その他のタイトル Execution and the Legislature's Omission
著者 ?作 正博
雑誌名 關西大學法學論集
巻 64
号 3‑4
ページ 911‑934
発行年 2014‑11‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/8879
高 作 正 博
序—課題設定
1 死刑の執行方法と「立法事項」
(1) 一 般 論 (2) 先例の立場 (3) 法律の二重機能
2 死刑の執行方法と「立法義務」
(1) 太政官布告と実務との不一致 (2) 行刑法体系の法改正との関係 (3) 死刑をめぐる国際動向 3 死刑の執行方法と「立法裁量」
(1) 立法裁量による正当化 ? ― 大 阪高裁平成25年7月31日判決 (2) 立法裁量の統制手法とその深化
結 び ― 先 例 と の 整合性?
序ー一課題設定
死刑の執行方法に関する事項を定めた「明治 6年太政官布告65号」(以下,
単に「太政官布告」と言うことがある。)の制定後,今日に至るまで法律を制 定していない立法府の行為(不作為)が違憲となるか。この問題は,死刑制度 の是非をめぐる議論の中で,これまで注目されてこなかった論点である。しか し,最高裁判所の判決で,死刑制度についての合憲判断が繰り返される中に あってなお,重要な検討課題を含んでいる。死刑制度それ自体の違憲性ではな く,法律上の根拠の不十分性(「法律の留保」の有無)という法治国家のあり 方が問われているからである。違憲の主張が認められれば,係属中の訴訟にお いて,死刑判断やその執行を事前に差し止めることも必要となる。
この主張には,特に次の点で意義がある。第 1に,事後的な救済では不十分 だという点である。通常,法律の適用が法規定に違反する場合,その行為の違 法性を理由に損害賠償を求めて争う方法が考えられる。しかし,「法律の留保」
なくして死刑が執行されても,違法行為を争うべき当事者の生命が失われてい る以上,事後的な救済を図る方法には意味が乏しい。第 2に,死刑の執行停止 を求めて訴える方法も困難だという点である。死刑確定判決の執行を行政訴訟 で停止させるため,国がその執行義務を負わないことの確認を求めて提訴され た事件がある。しかし,最高裁は,「実質上において,行政事件訴訟をもつて 刑事判決の取消変更を求めることに帰し,かかる訴訟は許されないものといわ
なければならない」とした叫
以上から,太政官布告に基づく死刑執行が「法律の留保」の要請に反してい るとすれば,さらに時期を早めて,未だ確定判決の出される前に,刑事訴訟に おいて刑の執行の停止ないし死刑判断の回避を求めるしか方法がない。その試
1) 最高裁昭和36年12月5日判決・民集15巻11号2662頁。この判決の原審は,例外と して救済が認められる余地を肯定していた。東京地裁昭和35年9月28日判決・行集 11巻9号2753頁。 なお,行政訴訟の可能性を検討するものとして,早川和宏「死刑 執行と行政訴訟」大宮ローレビュー 7号 (2011) 34頁以下参照。
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みの 1つが,本稿で検討する立法不作為の違憲性を問う手法である。以下,死 刑 の 執 行 方 法 が 立 法 事 項 で あ る こ と を 述 べ た 上 で (1)'太 政 官 布 告 を 改 正 し な い 立 法 行 為 は , 立 法 義 務 の 履 行 を 怠 り 放 置 す る 点 で 違 憲 で あ る こ と を 論 じ (2)' この点が争点とされた事案において,大阪高等裁判所の判決が言及した
「立法裁量論」の適否について検討する (3)。
1 死刑の執行方法と「立法事項」
(1) 一 般 論
立 法 の 不 作 為 の 違 憲 性 を 問 題 と す る 場 合 , 実 体 論 に お い て 論 じ ら れ る べ き 点 としては,① 立 法 の 不 作 為 が い か な る 場 合 に 違 憲 と な る か , ② どのような場 合に憲法上の立法義務が認められるかである。
第 1に,立法の不作為はいかなる場合に違憲となるか。 一般 に は , ① 立 法 者 が 憲 法 の 明 文 上 ( 第10条 , 第17条等)ないし解釈上(抽象的権利についての 具体化立法等) 一定 の 立 法 を な す べ き こ と が 義 務 づ け ら れ て お り , ② 国 会 が 立法の必要性を十分認識しかつそれが可能であったにもかかわらず,合理的と 認められる相当の期間を経過してもなお国会が立法を怠った場合には,その不 作 為 が 違 憲 と な る と さ れ て い る 叫
2) 以ヒ,在宅投票制度廃止事件における札幌高裁昭和53年5月24日判決・高民集31 巻2号231頁同旨。また,これら 2つの要件については,学説でも一般に認められ ている。戸波江二 「立法の不作為の違憲確認」芦部信喜編『講座憲法訴訟第1巻』
(有斐閣, 1987)362頁,佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院, 1995) 346頁以下,
芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法〔第五版〕』(岩波書店, 2011)374頁以下等参照。
他方,「立法の不作為に関する司法審査の可能性がない」ことから,「『立法の不作 為』概念を用いることは意味がない」とするものとして,戸松秀典『憲法訴訟〔第 2版〕」(有斐閣, 2008) 157頁。立法の不作為の違憲性については, (西) ドイツの 憲法判例及び憲法学が比較法上の素材を提供してきた。この点につき,山内敏弘
「立法者の不作為に対する憲法訴願ー一社会的法治国家・西ドイツにおける新しい 訴の形態」『一橋研究』 13号 (1966) 1頁以下,長尾一紘「立法の不作為に対する 憲法訴願」『法学新報』 79巻1号 (1972)111頁以下,笹田栄司「西ドイツにおける 立法不作為論の展開」「九大法学」 45巻 (1983) 1頁以下,真鶴俊喜「ドイツの憲法 裁判における立法の不作為(‑)‑ (三・完)」『上智法学論集』 39巻1号 (1995) 305頁以下, 40巻1号 (1996) 189頁以下, 43巻2号 (1999)157頁以下等参照。
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第2に,どのような場合に憲法上の立法義務が認められるか。これについて は,憲法の個別的規定ごとに検討されることが必要である。ここで問題となる のは,生命を剥奪する死刑の執行方法についての立法義務の有無である。憲法 第13条では,「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追 求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の 国政の上で,最大の尊重を必要とする。」と規定され,「生命……に対する国民 の権利」が保障されていること,同第31条では,「何人も,法律の定める手続 によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せら れない。」と規定され,「法律の定める手続」が必要とされていること,同第36 条では,「公務員による拷問及び残虐な刑罰は,絶対にこれを禁ずる。」と規定
され,「残虐な刑罰」を設けない義務が定められていることから,公権力が個 人の「生命」を奪う措置を執る場合,その当否は別として法律の根拠が必要で あると解すべきである(「法律の留保」)。
しかも,死刑の執行方法についてはより一層厳格な「罪刑法定主義」(憲法 第31条)ないし「法治主義」(法律による行政の原理)が要請される。国会に よる法律の制定という民主的正統化のプロセスを経ることが何より強く求めら れるものと解される。
(2) 先例の立場
最高裁判所の立場は,最高裁昭和36年7月19日大法廷判決3)で示されている。
次の 3点が重要となろう。
A 死刑の執行方法と法律事項
死刑の執行方法に関する基本的事項は,法律事項かどうかが明らかにされな ければならない。この点について,判例は,次のように述べ,法律事項である 旨を明確にしている。① 太政官布告の「定めた死刑の執行方法に関する事項 のすべてが,旧憲法下また新憲法下において,法律をもつて規定することを要 する所謂法律事項であるとはいえないとしても,同布告は,死刑の執行方法に
3) 最高裁昭和36年7月19日大法廷判決・刑集15巻 7号1106頁。
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関し重要な事項(例えば,「凡絞刑ヲ行フニハ……両手ヲ背二縛シ……面ヲ掩 ヒ……絞架二登セ踏板上二立シメ……絞縄ヲ首領二施シ……踏板忽チ開落シテ 囚身……空二懸ル」等)を定めており,このような事項は,死刑の執行方法の 基本的事項であって,死刑のような重大な刑の執行方法に関する基本的事項は,
旧憲法下においても法律事項に該当すると解するを相当」(旧憲法23条)とす る。
② 「更に新憲法下においても,同布告に定められたような死刑の執行方法に 関する基本的事項は,法律事項に該当するものというべきであって(憲法31 条),検察官はその答弁書において,右布告の内容は法律事項ではなく,死刑 執行者の執行上の準則を定めたものに過ぎないから,現行法制からみれば法務 省令をもつて規定しうるものであるというが,当裁判所は,かかる見解には賛 成できない。将来右布告の中その基本的事項に関する部分を改廃する場合には,
当然法律をもつてなすべきものである」。 B 「明治 6年太政官布告65号」の法的効力
太政官布告が法律の効力を有していたかどうかが問われうる。この点につい て,先例は次のように述べている4)。太政官布告は,「旧憲法下において既に 法律として遵由の効力を有していたものと解するを相当とする。けだし,旧憲 法前の法令は,その名称の如何を問わず,旧憲法下において法律をもつて定む
べき事項を定めたものは,法律として遵由の効力を有していたからである。
(旧憲法76条1項。この理は,同布告自体が旧憲法下において一回も改正され る機会がなかったことによっても,何ら異なるところはない。」)
C 「明治6年太政官布告65号」の有効性
太政官布告は現在においてもなお有効な法律かが問題とされうる。この点に ついて,先例は次のように述べている叫 ① 「死刑の執行方法に関する事項を 定めた所論明治6年太政官布告65号は,同布告の制定後今日に至るまで廃止さ れまたは失効したと認むべき法的根拠は何ら存在しない」。
4) 前掲最高裁昭和36年7月19日大法廷判決。
5) 前掲最高裁昭和36年7月19日大法廷判決。
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② 「昭和22年法律72号『日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の 効力等に関する法律』は,新憲法下において法律をもつて規定することを要す るとされている事項を定めた従前の命令の規定につき,その新憲法下における 効力を定めたものであって,旧憲法下において既に法律としての効力の認めら れた法令(例えば本件明治 6年太政官布告65号のごとく旧憲法76条により法律
として遵由の効力を認められたと解されるもの,または旧憲法 8条による緊急 勅令であつて帝国議会の承諾を得たもの等)については,触れるところはない。
それ故,右布告は,右法律によつて昭和22年12月31日限り効力を失ったもので あると解する余地はなく,新憲法下においても,法律と同一の効力を有するも のとして存続しているのである。そして,現行死刑の執行方法が憲法36条の
『残虐な刑罰』に当らないことは,……当裁判所の判例の示すとおりであるか ら,右布告は新憲法下において,法律と同一効力を有するものとして有効に存 続しているといわなければならない(憲法98条1項)」。
③ 「死刑に関する現行法制としては,刑法11条,監獄法71条1項, 72条,刑 訴法475条ないし478条等の法律の規定があるほか,憲法上法律と同一の効力を 有すると認められる明治 6年太政官布告65号の規定が有効に存在し,これらの 諸規定に基づきなされた本件死刑の宣告は,憲法31条にいう法律の定める手続
によつてなされたものであることは明らかである」。
(3) 法律の二重機能
以上のように,「死刑の執行方法に関する基本的事項は,法律事項に該当」
し,法律の根拠を必要とする。今日,この点についての異論はないであろう
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6) いわゆる「特別権力関係の理論」によれば法治主義が排除されることとなるが,
この理論自体に対する批判が説得力を持って主張され,少なくとも原則的には法治 主義も及ぶと考えられており,法律の根拠が必要であると解されなければならない であろう。この点,「受刑者の人権」保障について詳細に検討した業績として,菊 田幸一編「受刑者の人権と法的地位』(日本評論社, 1999)参照。なお,伝統的な
「侵害留保説」によれば,個人の生命を奪う死刑の執行は,究極の「侵害」行為と 言い得るのであり,当然に「法律の根拠」が必要と解される。法治主義や侵害留保 説等については,阿部泰隆『行政法解釈学I』(有斐閣, 2008) 91頁以下等参照。/
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但し,法律には,この「法律の留保」の機能だけでなく,もう 一つ重要な機能 が付与されていることに留意すべきである。即ち,「残虐な刑罰」にならない ことの保障機能である。この点,死刑が「残虐な刑罰」には該当しないことを 述べた次の判例に注目すべきであろう。
「刑罰としての死刑そのものが, 一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に 該当するとは考えられない。ただ死刑といえども,他の刑罰の場合におけると 同様に,その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般 に残虐性を有するものと認められる場合には,勿論これを残虐な刑罰といわね ばならぬから,将来若し死刑について火あぶり,はりつけ,さらし首,釜ゆで の刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたとするならば,その法 律こそは,まさに憲法第36条に違反するものというべきである」叫
この判示は,死刑の執行方法の内容次第では,「残虐な刑罰」に該当しうる ことを示している。罪刑法定主義の原則によれば,犯罪と刑罰を法律で定める べきこととなるが,刑罰には,その内容・種類だけではなく執行方法まで含め て考えるべきこととなろう。そうでなければ,裁判で刑罰の宣告を受けた後,
在監者には法律によらずして刑罰の執行を行うことが可能となってしまい,在 監関係を人権保障や法治主義の及ばない領域としてしまうこととなるからであ る8)。こうして,死刑の執行方法に関しては,根拠法律が存在するだけでなく,
その内容の適正さが規範的に要請されることとなる。
以上は,前掲最高裁昭和36年7月19日大法廷判決における藤田八郎裁判官の
\また,憲法学として法律の留保原則の意義を論じるものとして,松本和彦「基本権 保障の憲法理論』(大阪大学出版会, 2001) 231頁以下,同「基本権の制約と法律の 留保」栗城褥夫先生古稀記念『日独憲法学の想像カ・上巻』(信山社, 2003) 369頁 以下等参照。
7) 最高裁昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻 3号191頁。また,最高裁昭和30 年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,最高裁平成24年3月2日判決・裁判 所ウェブサイト等同旨。
8) 未決拘禁者に対する閲読の制限が違憲・違法となりうることを認めた判決として,
最高裁昭和58年 6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁。また,最近の事例とし て,大阪高裁平成21年6月11日判決・判時2056号65頁。
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補足意見が,「残虐な方法による死刑の執行は憲法の絶対に禁ずるところであ り,残虐な方法による死刑の執行を受けないことは憲法の保障する国民の権利 というべきであって,死刑の執行の残虐にわたらないことの担保に関する事項 は,少くとも新憲法上,法律をもつて規定すべきいわゆる法律事項に該当する
ものといわなければならない」と指摘するところにも現れている。こうした状 況にあって,明治6年太政官布告65号が罪刑法定主義の要請を充たすものと解
されうるのであろうか。
2 死刑の執行方法と「立法義務」
(1) 太政官布告と実務との不一致
前掲最高裁昭和36年7月19日大法廷判決の時点では,確かに,明治6年太政 官布告65号は有効な法律として存続しえていたのかもしれない。しかし,以下 の理由から,現時点では死刑の執行方法に関する新たな法律を制定する義務が 憲法上存在するものと解すべきである。第 1に,根拠法令と実際の執行との不 一致に由来する違法性である。この不一致は次の点に表れている。① 現在の 絞首刑の執行方法が,「地上高架式」から「地下高架式」に,② 踏み板から地 面までの高さが9尺(約2.7メートル)から約 4メートルに,③ 「二人ヲ絞ス 可キ装構」から「一人を絞すべき装構」に,④ 絞縄の長さが「2丈 5尺」(約 7.6メートル)から約11メートルに,⑤ 「紙ニテ面ヲ掩イ」と定められていた のが紙から布に,それぞれ太政官布告から変更されており,布告どおりには行 われていないのである。
この点は既に,前掲最高裁昭和36年 7月19日大法廷判決でも指摘されていた が,この時点では合憲とされている。「現在の死刑の執行方法が所論のように 右太政官布告の規定どおりに行われていない点があるとしても,それは右布告 で規定した死刑の執行方法の基本的事項に反しているものとは認められず,こ の一事をもつて憲法31条に違反するものとはいえない。それ故,右布告が既に 失効したものであることを前提とする憲法31条, 36条違反の主張は採るを得な い」と結論づけている。しかし,実際の執行方法が,太政官布告の内容に反す
― ‑
77 ‑ (919)るものであったにもかかわらず,憲法第31条に違反しないとする判断は適切で ない。
太政官布告が法律の効力を有し,今なお有効であるとするならば,それに反 する執行の実態は違法と評価されなければならないであろう。これまでは,死 刑執行の実態に関する情報が開示されないまま執行されてきたこと,また,違 法な執行によって自らの権利• 利益が侵害されている本人が生命を奪われてい るということ等からして,訴訟に至るケースが存在しなかった。しかし,だか らといって,違法性が治癒されているわけではない。単に違法の実例が積み重 ねられているというだけである。しかも,違法な執行の実務を放置していた責 任は,立法府にも及びうる。監獄ないし刑事収容施設の近代化に伴って発生し た違法状態は,予算の議決権(憲法第60条,第86条)を通じた財政民主主義の 運用との麒甑を意味するからである(施設設備の予算措置を認めながら,法律 の改正を行わないという意味で)。法改正を通じた違法状態の解消が法的に求 められていると解される。
(2) 行刑法体系の法改正との関係
第2に,法改正の動向と整合性を図る必要性である。このことを監獄法の改 正経緯との関連で整理する。
A 監獄法の位置と改正の理由
行刑法体系の中で,監獄法は,死刑の執行方法に関し太政官布告を補完しつ つそれと一体のものとして理解されていた。前掲の藤田裁判官は,次のように 指摘する。「現行監獄法は明治41年に制定施行された法律で,主として自由刑 の執行の方法に関するものであるが,当時,囚人の権利保障に関する事項は命 令に委ねるべきでなく,法律をもつて規定せよとの要望に応えたものであった。
(自由刑執行の方法が法律をもつて規定されたのは,わが監獄法が世界最初の ものであるという)。 しかも,同法は死刑執行の方法に関してはほとんど規定 するところなく, 7条に『死刑の執行は監獄内の刑場に於て之を為す』と規定 するの外, 72条に前記絞縄解除の時間に関する規定あるのみである。そして,
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同72条は太政官布告65号の 2分を 5分と改めたものであることは前叙のごとく であって,即ち監獄法の右の規定は死刑の執行方法に関し,同布告の規定を補 足するものであり,同布告は監獄法と一体を為して,刑の執行の方法に関し,
行刑法体系を形成していたものというべきであって,この点から見ても同布告 は旧憲法下において法律と同一の効力をもつものとして取扱われていたことは あきらかである」。
この監獄法は,平成17年に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」に 改正され,また,平成18年には「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する 法律」が制定されて監獄法の全面改正が実現した。行刑法体系全体の見直しを 立法府自体が行ってきたことは明白である。監獄法には,次の問題点が指摘さ れており,それが法改正によって改善されたのである。即ち,① 「監獄内にお ける保安の維持あるいは在監者に対する強制的規律の確保に重点が置かれすぎ ていたきらいがあり,その後における社会情勢の変化及びこれに伴う刑事政策 思想の進展にかんがみると,内容的に不十分なものとなってきた」こと,②
「第二次大戦後, 日本国憲法の制定を始めとして,我が国の法制度及び法思想 の大きな変革が行われ,国際連合の『被拘禁者処遇最低基準規則』による被収 容者処遇の国際的標準化が図られたほか,内外における行刑の理論及び実践の 著しい発展を見るに及び,受刑者に対する合目的的矯正処遇による社会復帰の 促進と被収容者の権利義務関係の明確化という現代行刑の理念にそぐわないも のとなっていた」こと9)である。
B 監獄法の改正経緯
しかし,行刑法の法整備の過程では,太政官布告の見直しはなされなかった。 これら監獄法の問題点は,死刑の執行方法に関する太政官布告にも同様に妥当 するものと思われるにもかかわらず,である。法改正の経緯は以下の通りであ
る。
第1に,「刑事施設法案」の 3度にわたる国会提出である。昭和51年3月,
9) 名取俊也「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律について」『法曹時報』 58 巻4号 (2006)1188頁。
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法務大臣が法制審議会に監獄法改正についての要綱を示すよう諮問をした。昭 和55年11月,法制審議会は,「監獄法改正の骨子となる要綱」を確定し,法務 大臣に答申した。昭和57年4月,法務省が立案した「刑事施設法案」JO)が,内 閣から国会に提出された。その後,同法案は,衆議院の解散に伴って廃案とな り,その後,刑事施設法案は一部修正の上,昭和62年,平成 3年に提出された ものの廃案となってきた。
第 2に,「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」の制定である11)。平 成14年から15年にかけて,名古屋刑務所における受刑者死傷事件をきっかけに,
監獄法の運営上の問題が明らかになった。平成15年4月,法務省は,民間有識 者からなる行刑改革会議を発足させ,平成15年12月,「行刑改革会議提言」を とりまとめた。法務省は,提言を受けて監獄法改正作業を進めることとし,警 察庁, 日本弁護士連合会の三者で法改正の枠組について協議を行った。平成17 年3月11日に,法案は閣議決定され,同月14日に国会に提出された。同年4月 14日,衆議院において一部修正の上可決され, 5月18日,参議院で可決され,
「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が成立し,同月25日に公布され た。本法律では,刑事施設の施設的事項(被収容者の分離,実地監査,巡視,参 観労役場・監置場の附置等)と被収容者のうち受刑者の処遇に関する事項と が定められた。死刑確定者の処遇については,今回の法改正の対象外とされた。
第 3に,「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の制定であ る12)。法務省は,未決拘禁者等に関する法整備に向けて,警察庁及び日本弁護
10) 内容は, ① 「監獄」の名称を「刑事施設」に改めること, ② 被収容者の権利・
義務の範囲を明確にし,生活や行動に制限を加える必要がある場合に,その根拠と 限界を定めたこと, ③ 被収容者に適正な生活条件の保障を図るとともに,健康の 維持のための適切な措置を講ずること, ④ 受刑 者 に 対 す る 処 遇 の 目 標 が 改 善 更 生・社会復帰にあること,また,これに沿った処遇方法を定めたこと, ⑤ いわゆ る代用監獄の制度について存置すること,同時に提出された留置施設法案とともに 留置施設に収容される者の処遇に関する規定を整備したこと等である。
11) 制定の経緯及び法律の概要については, 名取• 前 掲(9)1187頁以下参照。 12) 制定の経緯及び法律の概要については,名取俊也「刑事収容施設及び被収容者等
の処遇に関する法律の概要」『法曹時報』58巻10号 (2006) 3169頁以下参照。
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士連合会との協議を進め,平成17年12月6日,警察庁と合同で「未決拘禁者の 処遇等に関する有識者会議」を立ち上げた。平成18年2月2日に,有識者会議 が提言をまとめたことを受けて,法務省は,警察庁及び国土交通省との間で法 改正作業を進め,本法律案を作成した。同年 3月13日に,同法案は国会に提出 され,同年4月18日に衆議院で可決,同年 6月2日に参議院で可決され,成立 した。本法律の制定により,監獄法が全面改正となった。特に重要な点は,刑 事施設・受刑者処遇法が,受刑者の処遇を中心として監獄法を改正する内容で あったのに対し,本法律は,未決拘禁者及び死刑確定者の処遇を改めるもので,
これにより,受刑者と未決拘禁者・死刑確定者との不合理な法律上の格差が解 消されることとなったことである。
c
行刑法体系の現状現時点での法整備の状況は,次の通りとなる。まず,司法府を名宛人とする 裁判規範には,次の法律が整備されている。① 死刑判決の実定法上の根拠で ある刑法等がある。② 死刑判決を下す手続法上の根拠である刑事訴訟法があ る。
また,行政府を名宛人とする行刑法については,次の法律が整備されている。
① 死刑確定者の処遇の根拠として,刑法第11条第 2項が「死刑の言渡しを受 けた者は,その執行に至るまで刑事施設に拘置する。」と定め,より具体的に は,刑事収容施設・被収容者等処遇法が規定する。② 死刑執行の組織法上の 根拠として,刑事訴訟法第472条第 1項,第475条乃至第478条
1 3 ) .
さらに,法13) 「裁判の執行は,その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮 する。」(刑事訴訟法第472条第 1項),「死刑の執行は,法務大臣の命令による。」
(刑事訴訟法第475条第1項),「前項の命令は,判決確定の日から 6箇月以内にこれ をしなければならない。但し,上訴権回復若しくは再審の請求,非常上告又は恩赦 の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であった 者に対する判決が確定するまでの期間は,これをその期間に算入しない。」(刑事訴 訟法第475条第2項),「法務大臣が死刑の執行を命じたときは, 5日以内にその執 行をしなければならない。」(刑事訴訟法第476条),「死刑は,検察官,検察事務官 及び刑事施設の長又はその代理者の立会いの上,これを執行しなければならない。」
(刑事訴訟法第477条第1項),「検察官又は刑事施設の長の許可を受けた者でなけ/
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務省の訓令である「執行事務規程」がある。また,刑務官が上司から執行に関 する職務命令を受け,それに従う義務の根拠としては,国家公務員法第98条第
1項がある。
③ 死刑執行の作用法上の根拠として,執行場所及び執行方法について,「死 刑は,刑事施設内において,絞首して執行する。」(刑法第11条第 1項),執行 場所について,「死刑は,刑事施設内の刑場において執行する。」(刑事収容施 設・被収容者等処遇法第178条第 1項),執行日について,「日曜日,土曜日,
国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日, 1月2日, 1月3日及び12月29日から12月31日までの日には,死刑を執行しない。」(刑事 収容施設・被収容者等処遇法第178条第 2項),執行方法について,「死刑を執 行するときは,絞首された者の死亡を確認してから 5分を経過した後に絞縄を 解くものとする。」(刑事収容施設・被収容者等処遇法第179条)と規定される。
以上の法整備の状況からすれば,具体的な「絞首」方法について定める太政 官布告のみが改正されることなく存続していることは異常というほかない。
従って,刑事収容施設・被収容者等処遇法の制定後もなお法改正しない立法不 作為は,立法義務に違反し違憲と評価されるべきと解される。
(3) 死刑をめぐる国際動向
第 3に,国際動向の変化である。死刑という刑罰を適正な法律によって正統 化すべきことは,死刑廃止をめぐる国際動向からも導くことができる14)。即ち,
仮に,死刑の存置を選択することが国家の主権的判断に委ねられているとして も,国際機関や諸外国からの批判にも耐えうるような法整備をなすべきことは,
法治国家である以上,当然の義務と解される。
第 1に,死刑廃止に関する国際条約である。次の諸条約が締結されている。
\れば,刑場に入ることはできない。」(刑事訴訟法第477条第2項),「死刑の執行に 立ち会つた検察事務官は,執行始末書を作り,検察官及び刑事施設の長又はその代 理者とともに,これに署名押印しなければならない。」(刑事訴訟法第478条)。 14) ここでの記述は,衆議院調査局法務調査室『死刑制度に関する資料』(平成20年
6月)を参照した。
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① 「死刑の廃止を目指す市民的及び政治的権利に関する国際規約の第2選 択議定書」(死刑廃止議定書)である。1989年に国連総会で採択された。 2008年 5月2日現在,当事国は66か国であり,署名のみで未批准の国は 6 か国である。
② 「死刑廃止に関する米朴1人権条約の議定書」(死刑を廃絶する人権に関す る米州条約議定書)である。1990年に米朴
I
機構総会で採択された。2008年 5月2日現在,当事国は 9か国であり,署名のみで未批准の国は 2か国で ある。③ 「死刑の廃止に関する人権および基本的自由の保護のための条約の第 6 議定書」(欧州人権条約第 6議定書)である。 1982年に欧州評議会で採択
された。2008年5月2日現在,当事国は46か国であり,署名のみで未批准 の国は 1か国である
④ 「あらゆる事情の下での死刑の廃止に関する人権および基本的自由の保 護のための条約の第13議定書」(欧州人権条約第13議定書)である。2002 年2月21日に欧州評議会閣僚委員会で採択され, 2003年7月1日に発効し た。 2008年5月2日現在,当事国は40か国であり,署名のみで未批准の国 は5か国である。
第2に,国際機関の動向である。ここでは,国連,欧fM連合 (EU), 欧1‑M評 議会を取り上げる。
① 国連拷問等禁止委員会の最終見解である。2007年5月に,同委員会は,
拷問等禁止条約の実施状況に関する第 1回日本政府報告書に対して最終見 解を発表した。ここでは,日本の死刑制度に関する多くの規定が「拷問又 は不当な取扱いに当たり得る」こと,改善のためのすべての必要な措置を 採ることの勧告等が示された。
② 国連における死刑執行の停止を求める決議案の採択である。2007年12月 に,国連総会は,死刑執行の停止を求める決議案を賛成多数で採択した。
③ 欧州連合 (EU)の対応である。死刑廃止が加盟の条件とされている E Uでは,加盟国はすべて死刑を廃止している。 1998年には,人権政策の
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一環として全世界で死刑制度を廃止するための死刑反対運動を強化するこ
とを決定した。1999年以来,ジュネーブで開催される国連人権委員会のす べての会合で死刑に関する決議を提出している。
④ 欧州評議会の対応である。 2001年6月25日,欧
1 + 1
評議会議員会議で,オ ブザーバー国である日本及び米国の死刑制度の廃止を求めること等を内容 とする決議が採択された。それ以降, 2002年の閣僚委員会, 2003年の欧州 評議会議員会議(決議・勧告採択), 2004年の閣僚委員会, 2006年の欧朴I
評議会議員会議 (6月28日に勧告採択), 2007年 1月の閣僚委員会代理会 合 (2006年の欧州評議会議員会議の勧告に対する回答採択)においてオブ ザーバ一国における死刑問題が取り上げられている。
3 死刑の執行方法と「立法裁量」
(1) 立法裁量による正当化?—大阪高裁平成25年 7 月 31 日判決15)
太政官布告と執行実務との不一致及び監獄法の全面改正等を挙げて,「死刑 の執行方法に関する新たな法律を制定すべき憲法上の義務が存在する」とする 主張に対する裁判所の判断が,大阪高裁で示された。大阪高裁平成25年7月31
日判決は,次のように述べた。
「確かに,現行の絞首刑の執行方法と明治6年太政官布告が規定した死 刑の執行方法は,基本的事項では合致するものの,細部は多くの点で食い 違いが生じている。また,弁護人が原審及び当審で立証するように,死刑 制度や執行方法などに関して,諸外国では検討が進められ,様々な法整備 もなされていることが認められる。そのような情勢などにも照らすと,生 命を奪う究極の刑である死刑の執行方法について,今もなお, 140年も前 の明治 6年に太政官布告として制定され,執行の現状とも細部とはいえ数 多くの点で食い違いが生じている明治6年太政官布告に依拠し,新たな法 整備をしないまま放置し続けていることは,上記昭和36年最高裁判決が,
死刑の執行方法は法律事項であると判示した趣旨にも鑑みると,立法政策 15) TKC法律情報データベース・文献番号 [25501589]。
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として決して望ましいものではない。とはいえ,現在の絞首刑も,その基 本的事項は,法律と同一の効力を有する明治6年太政官布告に従った方法 に則って執行されていることからすると,我が国において死刑の在り方や その執行方法の在り方に関する検討が未だ十分には進んでおらず,しかも,
死刑の執行自体は前にみたように安定的な運用が行われている現時点にお いては,未だこのような立法の不作為が憲法上の要請に反しているとまで はいえないから,立法の不作為の違憲性を主張する弁護人の主張は,結局,
失当である。」
本判決は,太政官布告と執行実務との不一致は「立法政策として決して望ま しいものではない」と認めた。しかし,① 「死刑の在り方やその執行方法の在 り方に関する検討」が不十分であること,② 死刑の執行自体は「安定的な運 用が行われている」ことから,「立法の不作為が憲法上の要請に反していると
まではいえない」と判断している。この判断は,本件布告の存在を前提に,
「死刑の在り方やその執行方法」についての法整備を立法府の裁量に委ね,現 状では未だ「憲法上の要請」に反しないとしたものと解することができよう。
しかしながら,生命を奪う刑罰について,立法政策や立法裁量の問題と位置づ ける思考には,根本的な問題が内在するものと思われる。また,検討の遅れや 違法な運用が安定的に行われていることを合憲の理由とする点にも,大きな問 題性が含まれているものと思われる。
(2) 立法裁量の統制手法とその深化
仮に,立法裁量の余地が認められるとしても,近時の判例から裁量統制の手 法を考慮に入れ,「憲法上の要請」に反する程度に至っているのではないかが 問われなければならない。以下に取り上げる判断は,従来の判例の見解からす れば,当該権利や自由の内容ないし性質の故に広い立法裁量が認められてきた 領域で下されたものである。それらの判断の分析を通じて,立法裁量の統制手 法を明らかにする。
まず,第 1に,「制度の選択」と「制度の具体的形成」との区別という視点
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である。選挙権や裁判を受ける権利を実際に行使するには,具体的な制度が必 要となるが,その「制度の形成は立法者に広汎に委ね,裁判所がそれを統制す ることには抑制的であることが,最高裁の基本的立場である」と指摘されてい る16)。例えば,最高裁は,国会議員の「各選挙制度の仕組みの具体的決定を原 則として国会の裁量にゆだねている」と一般論を述べて17), 衆議院議員選挙に おける小選挙区制度を合憲とした判決18)'重複立候補制度を合憲とした判決19)' 参議院議員選挙における非拘束名簿式比例代表制を合憲とした判決20)等で,
「制度の選択」の場面では立法裁量を広く認める判断を示している。
他方,選択された制度の具体的形成の場面では,立法者の裁量を枠付ける論 理を採用する判決が見られる。憲法上の権利を用いて枠付ける試みであり,そ の例が在外日本国民選挙権判決である21)。判決は,選挙権を「国民主権」に基 づく国民「固有の権利」であるとし,「国民の選挙権又はその行使を制限する
ことは原則として許されず」,「制限をすることがやむを得ないと認められる事 由がなければならない」と述べて,在外国民に投票を全く認めていなかった措 置を違憲と判断した。選挙権の重要性から違憲審査を厳格に行った判決である。
また,平等権の観点から立法者の裁量を枠付ける論理を採用したものとして,
議員定数不均衡訴訟における違憲判決ないし違憲状態判決を挙げることができ る22)。
以上の「制度の選択」と「制度の具体的形成」との区別という視点を前提に 太政官布告の問題を検討すればどのように解されるのであろうか。まず,死刑
16) 渡辺康行「立法者による制度形成とその限界一 ー選挙制度,国家賠償・刑事補償 制度,裁判制度を例として」『法政研究』 76巻 3号 (2009)13頁。
17) 最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁。
18) 最高裁平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁。
19) 最高裁平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577頁。 20) 最高裁平成16年1月14日大法廷判決・民集58巻 1号 1頁。 21) 最高裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁。
22) 前掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決,最高裁昭和58年11月7日大法廷判決・
民集37巻9号1243頁,最高裁昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁, 最高裁平成 5年1月20日大法廷判決・民集47巻 1号67頁。
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制度ないし絞首刑という執行方法が「制度の選択」に位置づけられるものとす れば,その選択は,立法者の広汎な裁量に委ねられ,違憲とすることは困難と なる。他方,詳細な執行方法は,「制度の具体的形成」の次元の問題と考えら れ,憲法上の権利や原則による拘束を受けることとなるはずである。この意味 で,生命の権利(憲法第13条)を前提に,罪刑法定主義及び「残虐な刑罰」の 禁止によって立法者の裁量を枠付ける論理が妥当しうるとすれば,絞首刑の
「基本的事項」が太政官布告に従って執行されているからとはいえ,「憲法上 の要請に反しているとまではいえない」といいうるかは疑問である。
第2に,「ベースライン」論である。これは,制度の創設を前提とする権利 につき,その制度の内容決定において広汎な立法裁量に委ねられがちであるが,
次のような考え方によって立法裁量を限定する論理である。即ち,「憲法の条 項自体が立法裁量を限定している場合もあるが,そうした憲法明文の制約がな い場合であっても,当該制度のあるべき内容について法律家共同体内部で広く 共有された理解がある場合には,そうした理解に対応する立法裁量の限定を想 定することができる」とする考え方である23)。具体的には次のような判決の読 み方を提示する。
① 森林法の共有林分割制限規定を違憲とした森林法判決である24)。「『近代 市民社会における原則的所有形態』が『単独所有』であるとして,憲法の想定 する所有形態のベースラインを設定し,それからの離脱を図る立法」の「規制 手段について,立法目的との合理的関連性のないことが明らかであるとしてい る」とする25)。② 在外日本国民選挙権判決である26)。この判決については,
「あらゆる国民に平等に国政に対する投票の機会を保障するのが,憲法の要求 するベースラインだと言っている」とする27)。③郵便物に関して,国に対する
23) 長谷部恭男 「憲法の理性」(東 京 大学出版会, 2006) 133頁以下。
24) 最高裁昭和62年4月22日大法廷判決・民集41巻3号408頁。 25) 長谷部・前掲(23)135頁。
26) 前掲最 高裁平成17年9月14日大法廷判決。
27) 長 谷 部 恭 男 他 「 鼎 談 ・ 在 外 邦 人 選 挙 権 大 法 廷 判 決 を め ぐって」『ジュリスト』 1303号 (2005)3頁以下[長谷部発言]。
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損害賠償請求権を制限する郵便法の規定を違憲とした郵便法判決である28)。こ の判決については,「制度設計のベースラインとしては,事業者側に故意又は 重大な過失がある場合には責任制限を認めないとする運送事業者責任制限制度 の一般的なあり方が採用され,郵便法の採用する具体の制度がそこから乖離し たことの合理性が審査されている」とする29)。
死刑の執行方法という「制度の具体的形成」の合憲性を考える場合でも,同 様の思考枠組が妥当する。この場合,「当該制度のあるべき内容について」の
「法律家共同体内部で広く共有された理解」が見いだせるのであれば,立法裁 量の限界を設定できると考えるべきであろう。仮に,死刑の選択それ自体を合 憲とするとしても,そこには厳格な「法律の留保」ないし法律の明確性の原則 が妥当するはずであり,違法状態を放置してまで法律改正を行わない裁量が立 法府に認められるとは考えにくい。
第 3に,「首尾一貫性要請(立法者の自己拘束)論」ないし「基本権内容形 成論」である。これは,「憲法上『論理的に要請される一定不変の形態が存在』
しないところでは,立法者が一定の基本となる制度を選択した場合には,その 選択に立法者による制度のより具体的な形成が拘束されるという」統制方法で ある30)。基本となる制度が先行し,より具体的な制度形成がそれに拘束される と解するのは何故か。この議論は,「先行する立法行為が憲法上の規準に合致」
してそれが原則となるからだと述べる引。) 先行する立法行為・制度によって憲 法上の原則が確定され,それとの距離を測る方法によってより具体的な制度形 成の合憲性が審査されうることとなる。先の「ベースライン」論が,憲法のみ によって立法裁量を限定しうると主張する議論であるのに対し,「首尾一貰性 要請(立法者の自己拘束)論」は,立法行為による憲法上の原則の確定が為さ れることにより,立法裁量の限定を肯定するとする点で,両者は異なる論理構
28) 最高裁平成14年9月11日大法廷判決・民集56巻7号1439頁。
29) 長谷部恭男「憲法の境界』(羽鳥書店, 2009) 64頁。また, 143頁参照。
30) 渡辺• 前掲(16)20頁。
31) 小山剛「基本権の内容形成論からの応答」「法律時報』 81巻5号 (2009) 13頁。
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成をとる。
具体例として,再び森林法判決を挙げることができる32)。この判決は,「共 有物分割請求権」が「持分権の処分の自由とともに,民法において認められる に至ったものである」とする。この部分に着目すれば,判決は,民法によって 基本となる制度が先行して定められ,これが憲法上の原則として認められて,
共有林の分割請求権を制限する森林法の規定の違憲性を帰結したと捉えること ができる。
以上の考え方を用いて,死刑の執行方法を定める太政官布告の違憲性を検討 する必要がある。先行する立法行為により死刑の選択が為され,また,監獄法 の全面改正を通じて「行刑法の現代化」が進められてきた。こうして,立法者 は,首尾一貫性の要請に従い「現代化」を一層進める義務,即ち,その趣旨に 添うよう法整備をする義務を負うようになったと解することができる。この義 務に違反し,太政官布告のみ改正しないで放置する立法行為は,裁量によって 正当化しうるものではなく違憲と判断されるべきであろう。
結
び—先例との整合性?以上のように,死刑の執行方法に関する太政官布告を改正しない立法不作為 が違憲であるとすれば,先例(前掲最高裁昭和36年7月19日大法廷判決)との 関係をどのように考えればよいのであろうか。先例は,太政官布告が,大日本 帝国憲法及び日本国憲法の成立を経てもなお,法律として有効に存続しうるこ
とをもって憲法第31条には違反しないと判断したものである。しかし,この判 決から50余年が経過した現時点では,もはやこの判断を維持することはできず,
先例的価値自体の見直しが求められるのではないだろうか。
ここで考慮する必要があるのは,「時の経過」を考慮に入れる近時の判例政 策の傾向である。国民意識の変化や社会的・国際的状況の変化によって考慮す べき事柄が生じてきた時に,それを考慮に入れないことを違憲性の理由と捉え る判断に注目すべきである。第1に,議員定数不均衡訴訟における判例の変化
32) 前掲最高裁昭和62年4月22日大法廷判決。
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である。衆議院議員選挙における議員定数不均衡訴訟において,最高裁は,
「1人別枠方式」33)の 合 憲 性 を 審 査 し , 合 憲 と し て き た 判 断34)とは異なり違 憲状態とする判断を示した35)。「 1人別枠方式の意義については,人口の少な い地方における定数の急激な減少への配慮という立法時の説明にも一部うかが われるところであるが,……我が国の選挙制度の歴史, とりわけ人口の変動に 伴う定数の削減が著しく困難であったという経緯に照らすと,新しい選挙制度 を導入するに当たり,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配 分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減され ることになるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考 えられたこと,何よりもこの点への配慮なくしては選挙制度の改革の実現自体 が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であるということにある
ものと解される」。「そうであるとすれば, 1人別枠方式は,おのずからその合 理性に時間的な限界があるものというべきであり,新しい選挙制度が定着し,
安定した運用がされるようになった段階においては,その合理性は失われるも のというほかはない」。
第2に,届出による国籍取得につき,日本人の父から認知されていることに 加えて,父母が結婚していることを要件とする国籍法第 3条(平成20年12月12
日の法改正前)を違憲とした判決である。最高裁は,「国籍法 3条 1項の規定 が設けられた当時の社会通念や社会的状況の下においては,……立法目的との 間に一定の合理的関連性があったものということができる」とした上で,「国 内的,国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると,……立法目的との間に
33) 各 都 道 府 県 の 区 域 内 の 選 挙 区 の 数 は , 各 都 道 府 県 に あ ら か じ め 1を配当した上で,
残 る 議 員 数 を 人 口 に 比 例 し て 各 都 道 府県に配当した数を加えた数とする方法をいう。 34) 最 高 裁 平 成11年11月10日 大 法 廷 判 決 ・ 民 集53巻8号1577頁は,「人口の都市集中
化 及 び こ れ に 伴 う 人 口 流 出 地 域 の 過 疎 化 の 現 象等にどのような配慮をし,選挙区割 りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において
考慮することができる要素というべきである」と述べ,「 1人別枠方式」を合憲と
した。また, 最 高裁平成13年12月18日判決・民集55巻7号1647頁,最 高裁 平 成19年 6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁も同旨。
35) 最 高 裁 平 成23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁。
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