博 士 ( 経 済 学 ) 鈴 木 良 始
学 位 論 文 題 名
日 本 的 生 産 シ ス テ ム と 企 業 社 会
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1970年 代 末 か ら80年 代 、 日 本 企 業 の 国 際 競 争 カ や そ の 表 現 と し て の 貿 易 摩 擦 お よ び 日 本 企 業 の 海 外 進 出 に 対 し て 国 際 的 注 目 が 集 ま っ た 。 他 方 で は 、 過 労 死 を 生 み 出 す 日 本 の 企 業 労 働 の 実 態 へ の社 会的 関心 も同 時に 高ま った 。本 研究 は、
日 本 の 企 業 経 営 が 発 し た こ の 時 期 の こ う し た 諸 現 象 を 研 究 対 象 と し 、1970・80 年 代 に ー っ の 爛 熟 を み た 「 日 本 的 経 営 」 の 構 造 を 統 一 的 に 把 握 し よ う と す る 。 全 体 は 大 き く 三 っ の 部 分 か ら な る 。 一 っ は 序 章 で あ り 、 そ こ で は1980年 前 後 に 国 際 競 争 場 裏 に 明 確 に 現 れ た 日 本 製 造 業 の 競 争 力 実 態 を 分 析 し 、 そ の 特 質 を 生 産 性 . コ ス ト 、 . 品 質 、 製 品 多 様 性の 三側 面か ら、 それ らの 高水 準で の同 時的 達 成 と し て捉 え、 かっ 、い つ頃(70年 代後 半か ら80年前 後) 、ど のよ うな 産業 (加 工 組 立 型 産 業 ) で 顕 著 に 現 れ た か を 確 認 す る 。 競 争 カ の 三 側 面 の 高 水 準 で の 同 時 達 成 は 、 従 来 の ア メ リ カ 的 大 量 生 産 の 生 産 戦 略 か ら い え ば 不 可 能 に 近 い 矛 盾 し た 追 求 で あ っ た 。 日 本 企 業 の 競 争 カは これ を実 現し たと ころ に特 徴が あっ た。
さ ら に 、 自 動 化 の 進 展 ・ME技 術 ( ロ ボ ッ ト 、NC工 作 機 ) の 先 進 性 か ら 日 本 の 競 争 力 優 位 を 把 握 す る 、 あ る 程 度 通 説 化 し た 見 方 が 批 判 的 に 検 討 さ れ る 。 日 本 の 競 争 カ の 強 さ が 注 目 さ れ た 加 工 組 立 型 諸 産 業 ・ 諸 企 業 の 製 造 技 術 水 準 に は 、 格 別国 際優 位は 発見 され な かっ た。 以上 から 、そ うし た諸 現象・特徴の 「なぜか」
を 生産 過程 の分 析か ら解 明 する 課題 が提 起さ れる 。
こ れ ら の 課 題 に 答 え る の が 、 第1章 〜 第5章 で あ る 。 そ の 内 容 は 、 大 き く 前 半 部 分 (1・2章 )と 後半(3〜5章 ) に分 かれ る。 前半 部分 は、 日本 的生 産シ ステ ムと は 何 か を 明 ら か に す る 第1章 と 、 こ れ を 前 提 に 日 本 的 生 産 シ ス テ ム の 視 角 か ら 序 章で 立て た諸 問題 へ接 近 する 第2章か らな る。
ま ず 第1章 で は 、 ` 日 本 的 生 産 シ ス テ ム をJIT生 産 シ ス テ ム と 日 本 的 労 働 編 成 の 総 合 シ ス テ ム と し て 捉 え る 。J IT生 産 シ ス テ ム と は 諸 工 程 間 の 在 庫 を 圧 縮 し た 生 産 の 手 段 と 方 式 の 体 系 で あ り 、 そ れ に よ る 淀 み な い 生 産 の 流 れ の 達 成 で あ る 。 日 本 的 労 働 編 成 と は 、 現 場 労働 の垂 直的 .. 水平 的な 職務 の広 がり とそ れ に 基 づ く チ ー ム 制 作 業 編 成 で あ る 。 両 者 は 密 接 に 補 完 し あ っ て 日 本 的 生 産 シ
ステ ムを形作 る。生産 システム を構成するこの二側面は、時期的には1970年代 以降 に加工組 立型産業 を中心に 普及・確立した。本章ではまた、日本的生産シ ステ ムにおけ る技術の 特質を解 明して、序章の製造技術先進説への批判との関 係を明らかにしている。
第2章 では、日 本的生産 システム が競争カ の三面を それぞれど のようにして 生み 出すか、 日本的生 産システ ムではなぜ三面が強い卜レードオフ関係になり にく いかが多 面的に分 析される 。また、装置型産業と比較した加工組立型産業 の工 程数の多 さおよび 現場労働 の相対的な多さが、日本的生産システムの競争 力優 位をこれ ら加工組 立型産業 が生み出す理由であることが確認される。かく て序章で設定された問題の多くに、,一応の解答が与えられる。しかし、以上の,
分析 を通じて 、日本的 生産シス テムは日本企業の競争カの特徴をよく説明する が 、 日本 企 業 にお ける労 働の高い 密度、ocサ ークル参 加率や年 間提案件 数の 異常 な高さ、 低い休暇 取得率、 保全活動や品質管理への現場労勧の高い関与な どに みられる ように、 日本企業 の国際競争力実態の全体像の理解には日本の企 業労働者の働きぷり(国際的にみて極端に「勤勉」な働きぶり)の「なぜそうなの か」 の解明が 欠かせな い。第2章 の分析は 、競争カ の各分析局 面で以上の点に 言及 し、生産 システム 独自の説 明カと同時にその限界を確認しているふそこで 第3・4・5章は、 日本の労 働者の働 きぷりの 「なぜか 」の解明に あてられる。
第3章 では、第1に勤労意 識の国際 比較から、日本の労働者の労働意欲・姿勢 は、その外面的ナょ激しい働きぷりから予想されるほどには高くないことが確認 され 、第2に、しかし日本企業の組織・管理施策の中には仕事や組織貢献への意 欲を 高める効 果が確か に多くあ ることが 同時に確 認される。 しかし、第3に、
第2の 側面から 日本の労 働者の意 識が高い ので働き ぶりが良い というように短 絡的 に理解で きないこ とは、第1の点が示 している 。かくて、 働きぷりからみ れば 相対的に 低い労働 意識、激 しい勧きぷり、日本企業のコミットメント育或 的な側面、.これらはどう整合的に構造として把握されるべきかが問題として提 起 さ れる 。 こ の課 題に説 得的に答 えるかた ちで、第4、5章で、 働きぷル への
「強制」と「自発」という相対立するニつの管理要素が結合する日本企業の管理の 構造的特質が示される。
まず 第4章は、1960年代末か ら導入さ れ70年代後 半から強 められてきた日本 的「能力主義管理」が解明される。それは「能力主義管理」それ自体の分析として 独自 性を主張 するが( 労働者間 競争を煽ることで働かせるという通説に対する
批判 と限定 )、 その考察は上記のような日本企業の独特の管理構造の把握へと 収斂される。すなわち「能力主義管理」の最大の労働「強制」要因は、まず何より も労 働支出 のの 質量に生活条件や市民的常識によって際限を付さなぃ態度を要 求する「情意効果」やその他の管理的裁量の日本的な曖昧さ、それによる「能力」
の名 の差別 的管 理、および他方での業績考課基準などの明瞭さ、この暖味と明 瞭さ の結合 であ ること、またそこには日本的雇用慣行に基礎をもつ労働者側の 肯定 の契機 もあ ることが事態を複雑にしていることが確認される。また「能力 主義管理」の「自発」要因は、出世意欲よりもむしろ「絶対考課」「絶対区分」とい う労働者論理の限定的な管理的導入であることが確認される。そして「むすび」
にお いて、 日本 の企業労働の厳しい働きぶりは第一には強制されたものである こと、しかしそのやむをえざる働きぶりに事後的に「自発」が必然的に結合する 意識 管理の 様式 により、その働きぷりには独特の活カが生まれることが総括的 に確認される。第5章では、このような「強制」と「自発亅の結合した管理とぃう 視角 を参加 型管 理など日本企業の管理構造全体に広げるとともに、以上の「強 制」「自発」の結合に身を委ねる以外に労働者に別の選択可能性が許されない企 業内 外の構 造が 成立していることが分析される。以上により、日本的経営の勧 かせ 方にっ いて の従来の理論対立、すなわちー方的強制と人間尊重ないし合理 的管 理とい う全 く対 立し た把 握、 この 伝統 的紛 糾に 決着 がっ けられ てい る。
終 章の主 要論 点は、国際的な論争となっている日本的生産システムの評価問 題、その日本的労使関係との関係、およぴ日本的労使関係の本質と展望である。
生産 システ ムの 評価問題に関しては、日本的生産システムを、ー方的労使関係 ゆえ の苛酷 な高 密度労働にすぎないと捉える立場ではなく、そこに肯定される べき固有の先進性が認められるこ.と、それを日本の苛酷ナょ労働実態と混同せず 注意 深く析 出す べきことが主張される。また、日本的労使関係システムにっい てのロナルド・ドーア的なコーポラティズム論が批判的に分析されると同時に、
. 日 本 的 経 営 の 本 来 的 コ ー ポ ラ テ ィ ズ ム ヘ の 発 展 可 能 性 が 検 討 さ れ る 。
学 位 論文 審 査 の要 旨 主査 教授 富 森虔 児 副査 教授 真 野 脩 副査 教授 荒 又重 雄 副査 教授 米山喜久治 副査 教授 加 来祥 男
学位論文題名
日本的生産システムと企業社会
1970年 代末か ら80年代に かけて 、日本の 製造業 の国際競争カが俄かに注目されるな か で、貿易摩擦もかってなく激しくなり、また日本企業の海外進出に対して国際的注目 が集まった。.他方では、過労死を生み出す日本の企業労働の実態への社会的関心も同時 に高まった。
本 研究は、日本の企業経営が発したこの時期のこうした諸現象の背後にあるもの、す な わち1970年代から80年代にかけてーつの爛熟をみた日本的経営、の構造を、生産と技 術 、労働と管理の側面から統一的に把握しようと試み、その結果、主としてニっの面で 既 存の研究動向の壁を大きく破る独自の点を明らかにするに成功した。そのーっは、い わ ゆる日本的生産システムの評価に関する領域であり、他のーっは、そこで働くものに と っての日 本的経 営の意味 、日本 的な管理 の性格に 関する議論の領域である。審査委 員 会は、その点の功績を認識の上、本論文を博士学位に値するものと判断した次第であ る。
全 体 は 大 き く 三 っ の 部 分 に 分 け ら れ る ( 序 章 、 1‑2章 、3‑4・ 5章 ) 。
序章では、 1980年前後に国際競争場裏に明確に現れた日本製造業の競争力実態が分析 され、その特徴が整理される。ここで抽出される日本の国際競争カの特徴は、次の諸点 である。 日本の 国際競争 カは、生 産性・ コスト、 品質、製品多様性の三っの側面に顕
‑ 86−
著に認め られ、しかもそれらが高水準で同時に達成された点に特徴があった。これら三 つの側面 は、伝統的に、相互に対立し合う関係にあると見なされてきた。一っの側面の 高 度の 達成 は、 他 の側 面を犠牲にしなければなら ないという関係であった。そのトレ
―ドオフ 関係が日本企業において事実上解決されえた生産と労働の内実は何だったのか が 問題 とな る。 ま た、 日本の競争カの強さが注目 された加工組立型諸産業の製造技術 水準には 、格別の国際優位は発見されなかった。製造技術水準すなわち生産の自動化水 準の国際 比較と、現実の生産実績(すなわち上記の三側面の国際比較実績)に見られる圧 倒的な優 位の間には、著しい乖離が確認される。製造技術水準から競争カを説明するの は困難で ある。
以上か ら、そうした特徴の「なぜか」を生産過程と労働の分析から解明する課題が提 起される 。第1章〜第5章では、これらの課題にこたえるため、日本的経営の諸側面の分 析を行う 。
第1章 で1ま、 日 本的 生産 シス テム をJIT生 産 シス テムと日本的労働編成、この異な るニっの システムの総合システムとして捉えるべきことが主張される。また、このニっ は 、ま とま った シ ステ ムとしての各々の性格にお いても、それぞれ成立の基盤となっ た産業の 広がりの程度においても、そして第2章で示されるように、各々がもたらす競 争 優位 の内 容か ら 見て も、明らかに異なるシステ ムであることが明らかにされる。両 者を暖味 に混ぜ合わせて漠然と認識することは、そのいずれをも、また日本的生産シス テムの有 効性と問題性の分析的な理解をも、暖昧にする。日本的生産システムは、以上 のニっの システムの理解の上に、独特の結びっきかたで緊密にーつの生産システムを形 づくるも のとして理解されなければならない。
第2章では、日本的生産システムを 構成する以上のニつのシステムが、競争カの三つ づ 面を 各々 どの よ うに して生み出すかについて、 分析が行われる。この個々の諸側面
(競争カ の三面との関係)の具体的分析1ま、単に三面をそれぞれ説明するだけでなく、
これを通 じて序章で確認した問題の生産システム上の背景が明らかになる。すなわち、
な ぜ加 工組 立型 産 業に 集中するのか、アメリカ的 大量生産システムと比較して日本的 生産シス テムではなぜ三面が強いトレードオフ関係になりにくいか、なぜアメリカは大 量 生産 シス テム の 延長 としての自動化投資の推進 によって日本の加工組立型産業の躍 進に対抗 することに失敗したのか、などが明らかになる。
− 87ー
同時に、以上の具体的分析によって、はじめて、日本的生産システムの有効性と問題 性 の 弁 別す な わ ち日 本 的 生 産シ ス テ ムに 対 す る適 切 な 評価 の 手掛 かりが 得られる 。 と ころで 、日本企 業の国 際競争力 実態の全体像の理解には、日本企業における高密度 労 働 、100%に 近 いQCサ ー クル 参 加 率 や年 間 提 案件 数 の 異常 な 高 さ、 低 い 休暇 取 得 率 、保全 活動や品 質管理へ の現場 労働の高 い関与などにみられるように、日本の企業労 働者の働きぷり全体の生み出される構造の解明が欠かせない。そこで分析は、後半部分、
日 本 の 労 働 者 の 働 き ぶ り の 「 ナ ょ ぜ か 」 の 解 明 に 移 行 す る ( 第3‑4‑5章 ) 。 第3章 で は、こ の「なぜ か」の 問題に第1次的 接近を 試みられ る。こ の章の基 本的確 認 事項は 次の2点である。ドーアの「組織志向亅説やりンカーン=コールバーグの「コ,
ミ ットメ ント育成 的」組織 ・管理 施策仮説 とその検証が示すように、日本企業の雇用慣 行 や組織 ・施策の なかには 、たし かに仕事 への自発的意欲や組織協調姿勢を刺激する側 面 が あ る。 これが 第1で ある。第2の 確認は、 勤労意 識の国際 比較から 、日本 の労働者 の 労 働 意欲 ・職務 満足度は 、その 外面的な 激しい働 きぶり から予想 される ほどには 決 し て高く はないこ とである 。この 章はこう した一見矛盾する問題をいかに整合的に把え るべきかについての解明がなされる。
第4章 では、1960年 代末に 導入され70年代後 半から強 められ てきた日本企業の処遇方 式である「能力主義管理」(職能資格制度と人事考課)の特質が分析され、日本の企業労働 者 の 激 しい 働きぶ りとの関 係、す なわち、 「能力主 義管理 」の有す る労働 強制の側 面 と自発的意志を刺激する側面の二面的性格、およびニ面の結合様式が、「能力主義管理」
の機能に即して具体的に示される。
第5章 では、こ のような 強制と 自発の結 合管理 という視 角を、 集団的職場編成と職場 社 会性を 通ずる管 理、参加 型管理 など日本 企業の管理構造全体に広げるとともに、以上 の「強制」と「自発」の結合に身を委ねる以外に労働者に別の選択可能性が許されない企 業内外の構造が成立していることが分析されている。
終 章の主 要論点は 、国際 的な論争 となっている日本的生産システムの評価問題、その 日 本的労 使関係と の関係、 および 日本的労 使関係の本質と展望である。 生産システム の 評 価 問題 に関し ては、ま ずフォ ードシス テムとの 継承・ 発展関係 を整理 するとと も に 、日本 的生産シ ステムを 、一方 的労使関 係ゆえの苛酷な高密度労働にすぎないととら え る立場 ではなく 、そこに 肯定さ れるべき 固有の先進性が認められること、それを日本
一 88−
の苛酷な労働実態と混同せず注意深く析出すべきことを主張する。苛酷な労働実態は、
基本的には日本的生産システムそのものに必然的なものではなく、日本的生産システム を苛酷な労働実態を伴うものにするのは、日本的労使関係と管理の構造であることが確 認される。
以上
‑ 89―