博 士 ( 生 命 科 学 ) 伊 藤 萌 子
学 位 論 文 題 名
核 酸 認 識 性 DEAD box 型 ヘ リ ケ ー ス の 自 然 免 疫 活 性 化 機 構 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
「背景」
哺乳類 の免疫系は自然免疫と獲得免疫のニつに大きく分けられる。自然免疫はバ夕一ン 認 識レ セプ ター
(PRR)が病 原微生物の 特徴的な構造を捉えることで炎症性サイトカイン やI 型インターフェ口ンを産生して感 染初期の免疫が発動する。自然免疫によって獲得免 疫 系 が 活 性 化 す る た め 、 こ の シ ス テ ム は 生 体 防 御 に 非 常 に 重 要 で あ る 。
ショ ウジ ョウ バ ェ(Drosophila melanogaster) のToll が発見されたことをきっかけに ヒトでも10 種類の1 ヽ011 様受容体(T |011 .
LikeReceptor:TLR )が発見された。細胞質内の ウ イル スRNA を認 識す る受 容体 とし ては
LGP2、
RIG.I 、
MDA5(RIG ‐I11ikereceptor :
RLR)が発 見された。
RLRは細胞質で増 殖したウイルスの複製中間体やゲノムを認識し、
ミトコン ドリア上のIPS .1 にシグナルを伝えてI 型インターフ工口ンの発現誘導が起こる。
自然免疫に関与するPRR は非常に注目されて研究が進んでいる。
しかし 、このようなインターフェロン産生系は主に脊椎動物に特異的に発達した生体防 御機構で あり、大多数の無脊椎動物種はイン夕一フェ□ンを持たず、獲得免疫系も存在し ない。それにもかかわらずウイルス感染に対して効率的な抑制手段を備えている。例えば、
¢ 甜 轡 カ
sの
RNAi機 構 は 、 長 い 二 重 鎖
RNAを 切 断 し 、
20bp程 の 短 い
RNA断 片 を 作 る
Dicer分子 がウイルス由来の二重鎖RNA を分解し、ウイルスの抑制に働く。また、出芽酵 母 では
RNAエ キソ ヌク レア ーゼ 複合 体の エキ ソ ソー ムがウイルス のRNA を分解すること でウイル スの増殖が抑えられる。興味深いことに、このようなモデル生物の生体防御系と して明ら かになった分子の多くはヒ卜にも保存されている。しかし、その機能については 明らかになっていないものが多い。
我々の 研究室ではこれまでウイルスに対する自然免疫応答の研究を進めてきた。その中 で、麻疹 ウイルス感染時に発現誘導される遺伝子群をマイクロアレイによルパネル化した と こ ろ 、
DDX60遺 伝 子 が 発 現 誘 導 さ れ て い た 。
DDX60は
RLRと 同 じ く
DEADbox型 ヘ リケース であるがその機能は全くの未知である。相同性検索からは興味深いことにエキソ ソ ームの構成因子のSki2 と弱いながら も相同性を示した。そこで、本研究ではこの機能 未 知 の
DDX60の 分 子 機 能 を 明ら かに し、 自 然免 疫に おけ るDDX60 の役 割 を解 析す るこ と を目 指し た。 喃 乳類
DDX60の自然免 疫応答はほとんど報告がなく、成果は自然免疫の 新たなヌカニズムの解明にっながることが期待される。
「結果」
DDX60
の 発現 誘導 を実 験的 に 確認 する ため
RT‑PCRを 行っ たところ、細胞への牛水疱 性口内炎ウイルス(
vesicular Stomatitis Virus: VSV)感染、ポリオウイルス感染、polyI:C 刺 激、
IFN‑p刺 激で 発現 誘導 さ れることが明らかになった。 これらのことはDDX60 が刺 激 前か ら発 現し 、VSV や ポリ オ ウイルス感染で発現が上昇す ること、さらにIFN 誘導性 遺伝子であることを示している。
DDX60
と配列類似性の高い分子 として
Ski2に着目した。この分子は出芽酵母のウイル スに対する生体防御に非常に重要で、工キソヌクレアーゼ複合体エキソソームと相互作用 し て ウイ ルス
RNAを分 解す るこ と が知 られ てい る。 そこ でDDX60 と ヒト のェ キソ ソ一
一1150 ‑
ムの構成因子との結合を調べたところ、DDX60 とェキソソームは結合し、出芽酵母のSki2 と同 様に
DDX60はヒ トのエキソソームの重要な補助因子であることが予想された。
DDX60
の過 剰発現や ノックダウンの実験から、
DDX60が
VSVやポリオウイルスの増 殖を抑制することが明らかになった。DDX60 のVSV に対する増殖抑制効果はェキソソー ム構成因子をノックダウンしてその機能を阻害しても見られたのに対し、RLR のアダプタ ー分子である
IPS‑1をノックダウンした場合ではその効果は減弱したため、
DDX60によ る
VSVの 抑 制 は
IPS‑1を 介 す る 経 路 と 関 連 し て い る こ と が 考 え ら れ た 。
そこ で
DDX60の
RLRとの関連について詳細に検討した。DDX60 は細胞質に局在し、
細胞 質でウイ ルス
RNAを認識するRLR と共局在した。ウイルス感染後には
DDX60と内 在 性 の
RIG‑Iが 結 合 レ、 ま た、
MDA5や
LGP2とも結 合したが
IPS‑1や
IKKeといっ た
RLR経路の下流の分子とは結合しなかった。DDX60 がウイルス由来の核酸の認識に関与 していることを確認するためにDDX60 のヘリケースドメインのタンバク質を精製して検 討したところ、DDX60 はウイルスRN A や
DNAと結合することが明らかになった。さら に、
DDX60を過剰発現させることにより、RIG ・I のdsRNA に対する結合量が増加した。
DDX60
のノ ックダウ ンの解析か ら、
DDX60はウ イルス感染時に
RIG・
Iや
MDA5依存的 に誘導される
I型イン夕一フェ口ンやインターフェ口ン誘導性遺伝子の発現に必要な因子 であることが示唆された。また、
DDX60のI 型インターフェ口ン誘導にはへりケース活 性が必要であった。
「考察」
本研究では、麻疹ウイルス感染時に樹状細胞で発現誘導される遺伝子のマイク口アレイ の結果を基に、
RNAウイルスの
VSVやポルオウイルスを抑制するヒト自然免疫系の因子 とし て 新 たに
DDX60を 発 見し 、
RLR以外 のRNA ヘリケー ス分子が
RLR依存的な シグ ナル経路およびウイルス抑制経路に重要な働きをすることを明らかにした。DDX60 はウ イルス感染時に発現が上昇し、ウイルス由来の核酸と直接相互作用する。DDX60 とRLR が結合するとこれらに結合するウイルスRNA 量も増加し、I 型インターフェ口ンの誘導が 促 進 さ れ 、 結 果 と し て ウ イ ル ス の 増 殖 が 抑 制 さ れ る と 考 え ら れ る 。
RIG‑Iの機能を調節する分子は多く見つかっているが、ウイルス感染で発現誘導され、
RLR
と相互作用してウイルスの増殖を抑制するDEAD box 型ヘリケースは今回発見した
DDX60が初めてである。DEAD box 型ヘリケース分子は一般的に転写や分解など核酸の 代謝に関わる重要な分子群であり、その代謝反応には複数の
DEAD box型ヘリケースやそ の他の補助因子を必要とする場合がある。DDX60 はウイルス感染時の自然免疫系でRLR 以外にウイルスを直接つかむ因子であり、下流のアダプター分子と結合できるRLR と複 合 体 を 形 成 す る こ と で 効 果 的 に ウ イ ル ス
RNAを認 識 す るこ と が可 能 に なる 。
RLR/DDX60によって 認識されたウイルスRNA はその後どうなるのか。DDX60 と出芽 酵母エキソソームの補助因子Ski2 のアミノ酸配列は弱いながら相同性を示し、実際に免 疫沈降の実験からDDX60 とヒトのェキソソームが結合することが明らかになった。エキ ソソームは細胞内RNA の
5℃
AP構造や3 poly(A) の維持に関与しているため、宿主の細胞 種やウイルス種によっては細胞内で生じたウイルス由来の核酸がRLR/DDX60 に認識され た後
DDX60によ ってェキ ソソーム 依存的に除 去されて いる可能 性が考え られる。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨
主査 教授 田中一馬
副査 教授 瀬谷 司(医学研究科)
副査 教授 綾部時芳
学 位 論 文 題 名
核 酸 認 識 性 DEAD box 型 ヘ リ ケ ー ス の 自 然 免 疫 活 性 化 機 構
イ ンフル エンザ やC型肝炎 ウイル ス、 麻疹ウ イルス など、 ウイ ルス感 染症は 現在に おいて も大 きな 社会 問題 となっ ている 。ヒト の免 疫系は 樹状細 胞やマ クロフ ァー ジ、上 皮細胞などからなる自然免疫 とT細胞 、B細胞を 中心と した 獲得免 疫から 構成さ れて いる。
自 然免疫 系によ る生体 内に 侵入し た病原 微生物 の認 識とサ イトカ イン産 生や抗原提示がその後の獲 得免 疫系 の活性 化に非 常に重 要で あるニ とが明 らかに なって 以来 、近年 ではウイルス感染時の自然免 疫活 性化 の分子 メカニ ズムの 解明 に関す る研究 が盛ん に行わ れて いる。
し かし自 然免疫 シグナ ルに 重要な 因子の 一端が 明ら かにな ってき ている 一方で、ヒ卜に感染する多 数の ウイ ルスを 抑制し 、それ を排 除する 機構は 詳細に はまだ 明ら かにさ れていない。ウイルス感染の 前後 では 機能の 既知、 未知に 関わ らず宿 主の多 数の遺 伝子の 発現 量が変 動し、これらの変動因子がウ イル ス感 染に対 する生 体防御 に重 要な機 能を持 っこと が指摘 され ている 。したがって、未だ多数ある とさ れて いる機 能未知 の宿主 の生 体防御 因子を 明らか にする こと がヒト の自然免疫を理解するニとに 非常 に重 要であ る。
本 論文は 、RNAウイル スの 感染を 抑制す る新規 分子を 明ら かにし 、それ により 新し い感染 症制御メ カニ ズム を提唱 するこ とを目 的と して研 究を行 った。 アプロ ーチ として は、ヒ卜の自然免疫系で重要 な役 割を 持つ樹 状細胞 に麻疹 ウイ ルスが 感染し たとき に発現 誘導 される 遺伝子をマイクロアレイによ り解 析し た既存 のデー タを用 いた 。そこ から明 らかに なった 機能 未知の 遺伝子群に対して、データベ ース によ る機能 ドメイ ンの検 索、 遺伝子 組み替 えと発 現、免 疫系 の各種 アッセイ、核酸や蛋白質の精 製な ど免 疫生化 学、細 胞生物 学的 手法を 用いて 各遺伝 子の機 能解 析を行 った。 その結 果、RNAウ イル ス の 感 染で 強 く 発 現 誘 導さ れ 、 ウ イ ルス の 細 胞 内 増殖 を 強 く 抑 制する 因子と してDEAD box RNAヘ リ ケ ー スDDX60を 同 定 し た 。DDX60は細 胞 質 内 の ウイ ル スRNAセ ン サ ーRIG‑I‑like receptorsと ウ イ ル ス 感染 後 に 強 く 結 合す る 。 各 種 のヒ ト 細 胞 に おい てDDX60の 発現を 抑制 または 欠損さ せるとI RNAに よ る 刺 激 やVSVや ポ リオ ウ イ ル ス 、HSV‑1な ど の ウ イ ルス の 感 染 に より ひ き 起 こ さ れるI型 イン ター フェン や,そ のほか の炎 症性サ イトカ インの 産生が強く抑制された。今回の研究から、DDX60 はRIG‑Iを 介する 自然免 疫シ グナル 経路に おいて 重要な 調節 因子で あるニ とが示 され 、感染 症の治療 の新 しい ターゲ ットタ ンパク 質と もなり うる可 能性が 示唆さ れた 。
こ れを要 約する に、著 者は 自然免 疫系で これま で明 らかに されて いなか った新 規因 子DDX60を同定 する こと により 、ウイ ルス感 染を 検知す るメカ ニズム の新知 見を 得たも のであり、自然免疫システム の理 解に 対して 貢献す るとこ ろ大 なるも のがあ る。DDX60は 多くの 研究に おいて 病原 微生物 の感染で その 発現 が増大 し、免 疫系へ の関 与が指 摘され ていた 分子で あっ たが、 実際にこの分子に焦点を当て て詳 細な 機能解 析を行 い、ヒ トの 生体防 御に貢 献する ことを 明ら かにし たのは本研究が初めてであり 高く 評価 できる 。
よ っ て 著 者 は , 北 海 道 大 学 博 士 ( 生 命 科 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格あ る も の と 認 める 。
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