博 士 (地 球環 境 科学 )永 田純子
学 位 論 文 題 名
Molecular Phylogeny and Genetic Variation of the Deer in Japan and China
( 日本 およ び中 国に おけるシカ類の分子系統と遺伝的変異)
学位論文内容の要旨
二 ホ ン ジカCervus iiiljP017の環 境収 容カ を越 える 生息 数の拡 大に より 、日 本各 地で 植 生の 破壊 が社会 問題 とな って いる 。そ のような地域では駆除によって本種の個体数管理 が行われているが、適正な保護管理体制については検討の余地が残されている。本研究は、
野 生生 物の 保護管 理に 対す る基 礎デ ータ としてニホンジカの遺伝的特徴および遺伝的多様 性を明らかにすることを目的とした。
まず、中国産シカ類および日本産ニホンジカの分子系統学`的解析をすることによって、
二 ホ ン ジ カの シカ 類に おけ る系 統学 的位 置を 明ら かに する ことを 試み た。 中国 産シ カ類 10種 ( ジ ャコ ウジ カ科 :3種、 シカ科 :7種) と日 本産 ニホ ンジカ につ いて ミト コン ドリ アDNAの チ ト ク 口 ー ムb遺 伝 子 をPCR法 で 増 幅 し 、 塩 基 配 列 (352塩 基 ) を 決 定 し た 。 中 国 お よ び 日 本 に 産 す る シ カ 類 の チト ク 口ー ムbにお ける 種内変 異は 同じ 程度 を示 した
(1.1%ー1.8%) 。塩 基配 列の 違い にも とづ いて 分子 系統 樹を作 製し たと ころ 、各 科、
各 亜科 およ び各種 はそ れぞ れの クラ スタ ーを形成した。このように中国産シカ類および日 本 産二 ホン ジカの 分子 系統 は従 来の 形態 系統分類と一致したため、分子系統進化が形態進 化と同調していることが考えられた。
次に 、二 ホンジ カ種 内の 遺伝 的多 型お よび地域系統関係を明らかにするために、日本産 二 ホ ン ジ カ に つ い て ミ ト コ ン ド リ アDNAチ ト ク ロ ー ムb遺伝 子 (352塩 基 ) お よ びDー loop領 域 (697塩 基 ) をPCR法 で 増 幅し 、 塩 基 配 列 を 決 定 し た 。 塩 基 配列 の違 いか らそ れ ぞれ の領 域の分 子系 統樹 を作 製し た。 種内の遺伝的多型の検出には、より変異性の高い D一loop領 域 の塩 基配 列の 分析 がチ卜 クロ ームbの 分析 より も有効 であ ると 考え られ た。
f1ホ 産 二 ホ ン ジ カ は 形 態 学 的 な 研 究か ら6亜 稀に 分類 され ている が、 遺伝 的に は北 日本
( 北海 道お よび本 州) グル ープ と南 日本 (九 州以 南) グル ープ の2つ の系統に明瞭に分か れ た。 この ことから本種は少なくとも2つの母系祖先から派生していることが考えられた。
対 馬個 体群 につい ては 本州 の集 団( ホン シュウジカ)に含む説や本個体群を別種にする説 な ど さ ま ざ ま な 報 告 が 存 在 す る が 、本 研 究お ける ミト コン ドリ アDNAの分 子系 統解 析か ら対馬個体群は南日本グループの系統に含まれることが明らかになった。北日本と南日本、
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北日 本と 中国 、お よび 南日 本と 中国 の集団問遺伝的距離は同程度だったため、これらの3 集 団 は 同一 祖先 から ほぽ 同時 期( 約40 ー100 万年 前) に分 化し たこ とが 示唆 され た。 ま た 、 分 析 し た 全 て の ニホ ン ジ カ の D ― loop 領 域 に は1 回 か ら 4 回 の 繰 り 返し 配列 (各 39 塩基 )お よび それ に隣 接し 繰り 返し 配列 の一部 を持 った 不完 全配 列(27 塩基)が存在し た。 北日 本グ ルー プの 個体 は3 回 また は4 回の繰 り返 し配 列が あり 、南日本グループの個 体は 1 回 また は2 回 の繰 り返 しを もっ てい た。繰 り返 し配 列の 構造 においても南北のグル ープに明瞭な違いがあった。
二 ホン ジカ 地域 集団 の遺 伝的 構成 を明 らかに する ため に、 北海 道集団(エゾシカ)で D ― loop 領 域 の 塩 基 配 列 の 多 型 を 検 出 した 。エ ゾシ カ集 団( 141 個 体) では 602 塩 基中 4 ケ所 のみ で塩基の置換がみられ、6 つのD ―loop ハプロタイプ(a ーf 夕イプ)が存在した。
その こと から エゾ シカ 集団 には 少な くとも6 つの母系集団の存在が示唆された。塩基配列 の違 いに もとづいて作製した分子系統樹から、それぞれのタイプは互いに非常に近い関係 に あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 6 夕 イ プ の う ち 、 a ― 夕 イ プ ( 36.9 % ) お よ び b ― 夕 イ プ
(41.8 % )が 優占 して おり 、工 ゾシ カ集 団中に 占め るこ れら 2 夕 イプの割合は合計78 .7
%だった。それぞれのハプロタイプの分布は異なっており、a ―、b −およびc 一夕イプの分 布は 北海 道における針葉樹林の分布と類似していた。本研究の結果とエゾシカの分布地域 拡大 の傾 向を 総合 して 考察 する と、 主に3 つの集団(阿寒集団、大雪集団、日高集団)を もと に、 針葉樹林を経由してエゾシカは分布地域を拡大してきたと考えられた。次に、工 ゾ シ カ 集 団 に つ い て 3 つ の マ イ ク ロ サ テ ラ イ ト DNA ( OarFCB193 , IN RA0 40 , BOVIRBP ) にお ける 対立 遺伝 子を 見いだ し、 それ ぞれ の対 立遺 伝子 頻度 から 平均 ヘテ ロ 接合度を算出した。他の集団―(千葉集団)との比較を行うことによルエゾシカ集団の遺伝 的 多 様 性 を 検 討 し た 。 工 ゾ シ カ 集 団 は OarFCB193 と INRA040 で は 2 つ 、 BOVIRBP で は 1 つ の 対 立 遺 伝 子 を 持 っ て い た の に 対 し 、 千 葉 集 団 は OarFCB193 と INRA040 で は 5 つ 、 BOVIRBP で は 2 つ の 対 立 遺 伝 子 を 持 っ て い た 。さ ら に エ ゾ シ カ 集 団の 平均 ヘテ ロ 接 合 度 (0.222 )は 千葉 集団 (O . 361 ) より 低い 値を 示し た。 北海 道開 拓以 前( 明治 時 代以 前) 工ゾ シカ は道 内に 広く 分布 をし ていた が、 狩猟 や1879 年 の大雪の影響によって 一時 は絶 減寸前にまで個体数が激減した。しかし近年は、個体数および分布域が急速に拡 大し てい る。 エゾ シカ 集団 はこ のよ うに少なくとも1 回のポトルネックを経験しており、
エゾ シカ 集団の相対的に低い多様性は過去に経験したポトルネックの影響を強く受けてい ることが示唆された。
ホ WF 究 によ って 、ll |Iq 産シ カ頬 とLl 本産二ホンジカのミ卜コンドリアDNA の遺伝的多 型を 検出 する分子生物学的手法が確立された。それにより、中国産シカ類と日本産ニホン ジカ の分 子系統およびニホンジカ集団の遺伝的多様性が明らかになった。本研究は中国お よび 日本 のシカ類の系統進化や、二ホンジカの亜種分類および集団遺伝学的分析に有用な 情報をもたらすものと思われた。
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学位論文審査の要旨
主査 教授 東 正剛 副査 教授 吉田廸弘
副査 教授 阿部 永(農学部)
副査 教授 大泰司紀之(大学院獣医学研究科)
学 位 論 文 題 名
Molecular Phylogeny and Genetic Variation of the Deer in Japan and China
( 日 本 お よ び 中 国 に お け る シ カ 類 の 分 子 系 統 と 遺 伝 的 変 異 )
ニホンジカは繁殖カに富み、 日本各地で植生破壊や農作物被害をもたらしており、その 個体数管理は野生生物管理上重 要な課題の1っとなっている が、その地史的由来や亜種間 の系 統 関係 には 未だ 不明 な点 が多 い。 本研究はミトコンドリアDNAやマイクロサテライ トDNAを分 析す るこ とに より 、ニ ホ ンジカ地域集団 およびその近縁シカ類の分子系統関 係を明らかにするとともに、野 生生物を管理する上で近年重視されっっある集団内遺伝的 多様性を明らかにしようとする ものである。
本 論 文 は2章 か ら な る 。 第1章 で は、 ま ずミ トコ ンド リアDNAのチ ト クロ ームb遺 伝 子 をPCR法 に よ り 増 幅 し て 塩 基 配 列 (352塩 基 ) を 決 定 し 、 中 国 の シ カ10種 ( ジ ャ コウ ジ カ科3種、シカ科7種、中国産ニホンジカを含 む)と日本産ニホンジカの分子系統 関係を明らかにした。その結果 は従来の形態分類にもとづく系統樹とほば一致し、これら のシカ類においては形態進化と 分子進化がほば同調していることが示唆された。中国の研 究者との共同研究により、本来 入手困難な中国産シカ種の生体組織をこれほど多数手に入 れて得られた本成果は評価に値 する。
本 章 で は 、 さ ら に ミ ト コ ン ド リ アDNAのD−loop領 域 内 の697塩 基 をPCR法 で 増 幅 し、二ホンジカ種内の地域系統 関係を明らかにした。日本産二ホンジカは体サイズなどの 形態差にもとづぃてホンシュウ ジカこエゾシカ、キュウシュウジカ、ケラマジカ、マゲシ カ、 ヤ クシ カの6亜 種に 分類 され て いる が、 ミト コン ドリ アDNA分析の結果、まず北海 道および本州の北日本グループ と九州以南の南日本グループの2系統に分類されることが 明らかとなった。特に、これま でホンシュウジカの中に含まれていた対馬の集団はむしろ 南日本グル―プに属すことや、 独立性が高いと考えられていたェゾシカがホンシュウジカ にかなり近いことは注目すべき 結果である。また、中国産ニホンジカ集団を含む3グルー プ間の遺伝的距離はほば同じで あり、これら3集団は同一祖 先集団からほば同時期分化し たことが示唆された。偶蹄類におけるチトク口―ム遺伝子やD−loop領域の分子進化速度か
ら分化時期は約40万年から100万年前と推定された。
第2章 では 特に エゾ シカ 集 団に 着目 し、 そのDNA解析 を行った。まず 、北海道各地か ら 得 ら れ た141個 体 の 生 体 組 織 か ら ミ ト コ ン ド リ アDNAのD―loop領 域 内602塩 基 の 配列 を決 定し た。 その 結果4塩基 で多 型が 検出 され 、こ れに もと づぃ て141個体 はaか らfま で の6っ の ハ プ ロ タ イ プ に 分 類 さ れ た が 、a、b、cの3夕 イ プ が 全 体 の90% を 占めており、それぞれ阿寒周辺、大雪周辺、日高周辺に分布の中心を有している。これら の地域は針葉樹林の分布中心域でもあり、1880年前後に絶減寸前まで減少したとされるエ ゾ シ カ の 個 体 数 が 針 葉 樹 林 域 を 中 心 に 回 復 し た こ と を 示 唆 し て い る 。 次 に、 核DNAに っい ても い くっ かの プラ イマ ーを 用い て分析したところ、3っのマイ ク口サテライトDNA領域OarFCB193,INRA040,BOVIRBPにおいて多型を検 出した。そこで 干葉のホンシュウジカ集団にっいてもこれらの領域の多型を調べたところ、いずれにおい ても対立遺伝子数がェゾシカ集団より多く、平均ヘテロ接合度もエゾシカ集団で0. 222だ ったのに対し、千葉では0. 361というやや高い値を示した。エゾシカ集団における低い遺 伝的多様性にも1880年前後に生じたボトルネックの効果が影響しているものと思われる。
以上の結果に より、1)中国および日本産シカ類の分類体系が分子系統 解析結果ともほ ば整 合す るこ と、2)日 本へ のシ カの 進入 が過 去に 少な く とも2回 生じ たこ と、3)エ ゾ シカ集団の遺伝的多様性は低く、これは恐らく過去に生じたボトルネック効果によるもの で あ り 、 針 葉 樹 林 域 を 中 心 に 個 体 数 が 回 復 し て い る こ と な ど が 明 ら か と な っ た 。
審査員一同は 、これらの成果を高く評価し、また大学院課程における研鑽や取得単位な ども併せ、申請 者が研究者として誠実かっ熱心であり、博士(地球環境科学)の学位を受 けるのに充分な 資格を有するもとの判定した。