博士(文学) 日渡素子 学位論文題名
情報の非対称性が存在する二者関係での 情 報 提 供 行 動 と 信 頼 形 成 過 程
学位論文内容の要旨
本論文は、情報の非対称性が存在する継続的二者関係において、情報提供者による情報 提供戦略が、受け手からの提供者への信頼あるいは不信に及ばす効果を明らかにすること を目的としている。現実の社会において、行政や企業などの情報提供者による情報の隠蔽 や改ざんが情報の受け手からの信頼を損なうということは、先行研究や各種の事例から明 らかである。こうした信頼損失のりスクに直面しながらも、現実には情報提供者による情 報の隠蔽や改ざんの事例はしばしば見受けられる。本論文は現実社会に見られるニうした 情報の非対称性状況を想定し、そうした状況での情報提供戦略と情報の受け手との間の信 頼 あ る い は 不 信 形 成 の プ ロ セ ス を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て い る 。 本論文の背後には、行政や企業と一般市民との間の情報提供の場面が想定されているが、
第2章ではまずそうした場面の特徴を、以下の3点に関して整理している。第1点は、情 報の非対称性が存在している点である。二点目は関係の継続性であり、特に行政と一般市 民との関係においては、同じ相手との間で関係が継続するという点で、情報非対称状況一 般と異なっている。三点目は、結果のフイードバックに時間がかかる点、っまり行政や企 業が提供する情報が不正確である、あるいは不十分であることが判明するのは多くの場合 は何か問題が生じた後であり、そうした問題が生じなぃ限り情報の隠蔽や改ざんは表面化 しないまま進行するという点である。本研究では、こうした3つの特徴をともなう抽象的 な情報提供場面を実験室に設定し、そこでの情報提供戦略の効果を調べるために、3つの 実験研究が実施されている。
第1実験は、自分に有利あるいは不利な情報を手にしている情報提供者が、そうした情 報をどのように組み合わせて情報の受け手に提示するかに応じて、受け手から得る信頼が どのよう影響されるかを検討したものである。具体的には、情報提供者が受け手に提示す るオプションの中から受け手がーっのオプションを選択し、選択したオプションで指定さ れている報酬を二人が受け取るとぃうかたちの繰り返しゲームが用いられている。情報提 供者はまず、実験者から7つのオプションを提示されるが、これらのオプションではそれ ぞれ、提供者と受け手が報酬として受け取るポイントが指定されている。これらのオプシ ヨンの中には、提供者に有利であるが受け手には不利なポイントの分配を示すもの、その 逆に提供者にとっては不利だが受け手にとっては有利なポイントの分配を示すもの、ある
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いは両者に対して等しいポイン卜の分配を示すものなどが含まれている。提供者はこの7 っのオプションのうちの任意のいくっかのオプションを受け手に提示し、受け手はその中 から自分の好きなオプションを選択する。その結果、受け手が選択したオプションに指定 されているポイントをそれぞれが獲得する。提供者は7つのオプションの全てを提示する 必要はなく、自分に有利なオプションだけを選んで受け手に提示することができる。受け 手は提供者が7つのオプションを実験者から与えられていることを知らされていない。た だし、受け手は提供者が情報の隠蔽を行っていると疑う場合には、オプションの選択を拒 否することができるように設定されている。受け手が拒否した場合は、受け手は最低限の 得点を保証され、提供者の得点はゼロとなる。また提供者には、受け手が拒否を選択する と予想する場合には情報の提示を全く行わなぃという選択も与えられており、その場合に は 、 両 者 と も 最 低 レ ベ ル の ポ イ ン ト を 獲 得 す る よ う に 設 定 さ れ て い た 。 この実験の結果、提供者に有利なオプションのみを提示すると、受け手からの不信と拒 否反応を招くと同時に、オプションのバラエティが多いことが受け手からの信頼を高める 効果があることが示された。また、受け手に対する信頼が低い提供者はオプションの提示 を控える傾向があるのに対し、受け手に対する信頼が高い提供者はすべてのオプションを 提示する傾向があることも示されている。
上述の第1実験では、情報の受け手は、情報提供者が提示するオプションを恣意的に取 捨選択していることを直接に確認することができなぃデザインが採用されていたが、第2 実験では、受け手がコストを支払って情報提供者にオプション一覧の開示を要求する権利 を設定し、新たな実験条件である情報操作発覚可能条件を追加した上で、第1実験の迫試 が試みられた。この第2実験では、発覚可能条件では提供者が提示するオプション数が増 加するとぃう新たな知見が得られた一方、第1実験で示された結果はほぼすべて確認され た。
第1実験と第2実験では、主として情報提供者に対する受け手からの信頼ないし不信に 焦点を当てた分析がなされたが、第3実験では、受け手に対する不信が提供者によるりス ク回避行動としての情報隠蔽を生み、そうした情報操作が明るみに出ることで提供者に対 する受け手の不信が強まるという、提供者と受け手との間の不信の循環が研究対象として 設定されている。一旦こうした 不信の循環 が始まると、情報の受け手は提示された情 報が操作されたものであることを疑い、その内容を割り引いて受け取るため、情報の提供 者は割り引かれる可能性を考慮して、ますます強く情報操作を行うようになる。こうした 不信の循環のプロセスの分析に焦点を当てた第3実験では、危険な工場の管理者の役割を 割り当てられた実験参加者が、操業中に生じる問題の深刻さを住民役の参加者に告知する とぃう形態が取られている。住民は告知された問題の深刻さをもとにして、工場の操業を 許可するかどうかを決定する権利をもっている。この実験の結果は、そもそも住民が情報 に過剰に反応するだろうという住民に対する工場管理者の不信が情報操作を生み、情報操 作が明るみに出ることで工場管理者に対する住民の不信がより強まるという不信の循環が
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生 じ る こ と を 示 し て い る 。 こ れ ま で の 研 究 は 、 情 報 提 供 者 に 対 す る 受 け 手 の 側 か ら の 不 信 に 焦 点 が 当 て ら れ て き た が 、 本 研 究 の 結 果 は 、 一 般 市 民 や 消 費 者 と い っ た 情 報 の 受 け 手 に 対 す る 提 供 者 の 側 か ら の 不 信 に 注 目 す る 必 要 が あ る こ と を 示 し て い る 。 第3実 験 で は 、 ま た 、 受 け 手 の 提 供 者 に 対 す る 信 頼 は 虚 偽 報 告 発 覚 に よ り 一 時 的 に 低 下 す る が 、 問 題 が 発 生 し な ぃ 期 間 が し ば ら く 続 く と 時 間 と と も に 回 復 す る 傾 向 を 示 す 一 方 、 情 報 提 供 者 が 受 け 手 に 対 し て 持 つ 信 頼 は 簡 単 に は 回 復 せ ず 、 長 期 的 に 徐 々 に 低 下 し て い く 傾 向 が 示 さ れ た 。
本 論 文 で 紹 介 さ れ て い る3つ の 実 験 研 究 の 結 果 は 、 情 報 の 非 対 称 性 が 存 在 す る 情 報 提 供 場 面 に お い て 、 情 報 提 供 者 が 受 け 手 か ら 信 頼 さ れ る た め に は 、 自 分 に 不 利 な 情 報 も 含 め て 多 種 の 情 報 を 提 供 す る こ と が 効 果 を 持 ち 、 何 も 情 報 を 提 供 し な い こ と や 、 自 分 に 有 利 な 情 報 の み を 提 供 す る こ と は 受 け 手 か ら の 不 信 を 招 く こ と が 明 ら か に し て い る 。 ま た 、 情 報 の 提供 者 と受 け手 と の間 の相 互 不 信 の 循 環 は 、 情 報 の 受 け 手 に 対 し て 情 報 提 供 者 が 持 つ 不 信 が 大 き な き っ か け と な っ て い る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 こ う し た 受 け 手 に 対 す る 信 頼 の 重 要 性 は 、 さ ら に 、 情 報 提 供 者 に 対 す る 信 頼 と 受 け 手 に 対 す る 信 頼 と が 、 そ れ ぞ れ 時 間 軸 上 で 異 な っ た 変 化 を 示 す こ と か ら も 明 ら か に さ れ て い る 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨
主査特任教授 副査 准教授 特任教授
山 岸 俊 男 大 沼 進 瀧 川 哲 夫
学 位 論 文 題 名
情 報 の非 対称 性 が存 在す る二 者 関係 での 情 報 提 供 行 動 と 信 頼 形 成 過 程
本 論 文 は 、 情 報 の 非 対 称 性が 存在 する 継 続的 二者 関係 にお い て、 情報 提供 者 によ る情 報 提 供 戦 略 が 、 受 け 手 か ら の 提供 者へ の信 頼 ある いは 不信 に及 ぼ す効 果を 明ら か にす るこ と を 目 的 と し て い る 。 本 論 文 の背 後に は、 行 政や 企業 と一 般市 民 との 間の 情報 提 供の 場面 が 想 定 さ れ て い る が 、 第2章 で の 理 論 的 整 理 に 基 づ き 提 示 さ れ た3つ の 特 徴 を と もな う抽 象 的 な 情 報 提 供 場 面 を 実 験 室 に 設 定 し 、 そ こ で の 情 報提 供戦 略の 効果 を 調べ るた めに 、3つ の実験研究が実施 されている。
本論文では、こ うした目的を達成するために 申請者が新たに考案したニつの実験ゲームを用い た、3つ の実 験 室実験の 結果が報告されている。1) 情報の非対称性が存在する 情報提供場面に おいて、情報提供 者が受け手から信頼されるた めには、自分に不利な情報も含めて多種の情報を 提供することが効 果を持ち、何も情報を提供しないことや、自分に有利な情報のみを提供すること は受け手からの不 信を招く。2)提供者が自己に有利な情報操作を行うと受け手からの不信が高ま るため、情報操作 をし続けなければならないと いう相互不信の循環は、情報の受け手に対して情 報提供者が持つ不 信が大きなきっかけとなっていることが明らかにされた。これまでの研究は情報 提供 者 に対 する 受け手 の側からの不信に焦点が当て られてきたが、本研究の結 果は、一般市民 や消費者といった 情報の受け手に対する提供者 の側からの不信に注目する必要があることを示し ている。3)受け手 に対する信頼の重要性は、さらに、情報提供者に対する信頼と受け手に対する 信 頼 と が 、 そ れ ぞ れ 時 間 軸 上 で 異 な っ た 変 化 を 示 す こ と か ら も 明 ら か に な っ て い る 。 本 論 文が 一連 の実験 結果の分析を通して生みだし た最大の成果は、情報提供 者が情報の受け 手に 対 して 持つ 不信が 、両者の問で不信の循環を生 み出すにあたって果たす役 割を明らかにし た点にある。本論 文で示された不信の循環は、 経済学では逆選択の問題として古くから研究され ているが、本研究 の成果は、まず第1に、関係 の継続性が存在する固定した 二者関係においても 不信の循環が生ま れること、またこの不信の循 環の発生に際して情報提供者が受け手に対して持 つ不信がきわめて 重要な役割を果たすことを明 らかにした点にある。これまでの情報非対称性が
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生 み 出 す 不 信 の 研 究 の ほ と ん ど は 、 情 報 提 供 者 に 対 す る 情 報 の 受 け 手 の 信 頼 ・ 不 信 に 焦 点 を 合 わ せ た も の で あ り 、 提 供 者 が 受 け 手 に 対 し て 持 つ 信 頼 ・ 不 信 の 重要 性 を指 摘し た 点は 、本 研 究独 自 の 成 果 で あ り 、 本 審 査 委 員 会 は こ の 点 で の 成 果 を 高 く 評 価 し てい る 。加 えて 、 不信 の循 環 を分 析 す る た め の 新 し い 実 験 デ ザ イ ン を 導 入 し た 点 に も 、 本 研 究 が 今後 の 信頼 研究 の 進展 に対 し て持 つ 貢 献 が あ る 。
本 論 文 は 、 政 府 や 企 業 に 対 す る 一 般 市 民 や 消 費 者 の 信 頼 ・ 不 信 の 問 題 を 背 景 に 、 情 報 非 対 称 性 下 で の 不 信 の 発 生 お よ び 循 環 に 着 目 し 、 不 信 の 循 環 プ ロ セ ス の分 析 にお いて こ れま で着 目 され て こ な か っ た 、 情 報 提供 者 によ る情 報 の受 け手 に 対す る、 情 報を 正確 に 理解 して も らえ なぃ の では な い か と か 、 マ ス コ ミ等 が 偏っ たか た ちで 情報 を 流布 する の では ない か とい った 不 信が 、不 信 の循 環 を 生 み 出 し 拡 大 す るに あ たっ て果 た す役 割を 明 らか にす る とい う成 果 を生 み出 し てい る。 こ の成 果 は 今 後 の 信 頼 研 究 に 対 し て 大 き な 意 味 を 持 っ と い う 点 で 、 審 査委 員 の評 価は 一 致し てい る 。本 審 査 委 員 会 は 、 本 論 文 に 示 さ れ た 申 請 者 の 研 究 の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 全 員 一 致 で 、 本 論 文 を 博 士 ( 文 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る に ふ さ わ し い も の で あ る と の 結 論 に 達 し た 。
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