制度会計論の現代的課題
一制度会計の社会的機能をめぐって一
井 上 良 二
1 はじめに 近年の会計をめぐる環境の変化の中で,制度会計は,その改変を迫られてい るといわれている。この問題を明らかにするためには,制度会計が果たすこと を要求されている社会的機能の解明が,まず第1に,必要である。第2に,現 実の制度会計がその社会的機能を果たし得ているのか否かが問われなくてはな らない。そして,第3に,もし,果たし得ていないとすれば,どこに問題点が 存在するのかを解明し,第4に,如何にすれば果たしうるのかが問われなくて はならないのである。本稿では,この意味で,①制度会計が果たすことが要求 されている社会的機能とは何か,②現実の制度会計は,その社会的機能を十分 に履行し得ているのか,③履行し得ていないとすれば,いかなる点に問題が存 在しているのかを明らかにし,④十分なる解決策の提示は今後にまたなければ ならないが,その問題は如何なる方法で解決されうるかについての若干の示唆 を行おうとするものである。 II制度会計の社会的機能としての成果分配機能 制度会計の社会的機能を分析するためには,ここでの社会的機能とは何かを 明らかにしておく必要がある。制度会計は,一定の社会の中に存在する。静態 分析(均衡分析)である場合には,社会に存在するものは,何らかの形でその 社会の維持に対して貢献するものと想定し得る。換言すれ,ば,静態分析(均衡 分析)では,社会の構成要素は,その社会の維持にとって順機能を果たしてい るものと想定して分析することができよう。むろん,その社会の維持にとって,マイナスの機能,したがって逆機能を果たす構成要素が存在することを否定す るものではない。しかし,逆機能を果たす構成要素は,ときの流れの中で消滅 させられるか,社会そのものの変革をもたらすかのいずれかであろう。後者の 場合には,明らかに動態分析(変動分析)が必要とされることになる。したが って,本稿では,静態分析(均衡分析)を想定し,構成要素の順機能の分析を 意図していることになるのである。 制度会計は,社会を構成する構成要素としてとらえることができる。そうで あるならば,社会の維持にとってその制度会計は何らかの順機能を持っている ことになる。社会は自らを維持するために必要なことがらをその社会の構成要 素に対しての要請という形態で示す。これが機能要件といわれるものである。 したがって,社会の各構成要素は,社会の中に存在し,そこでの順機能を果た すためには,社会が課すこの機能要件を充足しなければならない。その機能要 件を充足できない限り,その社会での存在意義をもち得ないものと考えること になるのである。 制度会計がその社会において順機能を果たすためになさなければならないこ とを,ここでは構成要素の社会的機能とよぶ。静態分析(均衡分析)において は,現存の制度会計が現に果たしている社会的機能は,制度会計に対して社会 が課している機能要件を析出することによって明らかにされ得る。では,制度 会計に与えられている社会からの機能要件は何であろうか。 山桝忠恕教授によれば,「企業会計は,そのような運動の経過ないしは顛末を 計数的に測定・描写L,計数の側面から企業資本の統一的・全体的な管理を行 なうためのものであり,またこの運動が企業自体の行動目標を反映する利潤生 出の運動であるというところから,ひいては利潤の計数的確定をもその必須の 1) 課題とする関連にある」とされる。したがって,山回説によれば,企業の経済 活動は,自己増殖活動であり,一定の目的によって導かれた企業資本の統一的 な運動であることになる。こうして,企業会計の機能は,(1)企業資本の運動過 程を計数的に測定・描写することによって,企業の管理に資すること,および 1)山桝忠恕『増補改訂 近代会計理論』国元書房 1973年 7−8頁。
(2)企業の自己増殖活動としての経済活動の経過ないし利潤として表される結果 を計算的に確定することにあると解されていることになるのである。 では,とりわけ,後者,すなわち企業資本の運動過程を系統的かつ組織的に 測定・描写し,その企業資本の構成と増殖額とを計数的に把握し,計算的に確 定することは,何ゆえに,必要とされるのであろうか。「われわれは,企業をめ ぐる利害関係者にさまざまなグループのものがあり,しかもそれらの利害がお のずから相対立せざるをえないという深刻な現実に思いをいたすとき,いまや, この企業会計に,いわば一種の社会的機能をさえも期待しないわけにはいかな くなってきている。そして,それは,生産成果を公正に分配するための合理的 2) な計算:根拠を,この企業会計の中に求めようとすることにつながる」。この主張 によるかぎり,企業をめぐる利害関係の対立を利潤の公正な分配を通じて調整 するための手段こそが企業会計であり,それこそが企業会計に対して社会が課 す機能要件であるとされているものと解さざるをえない。 生産成果分配の計算的根拠を与えることが企業会計に課された機能要件であ るとすれば,この生産成果とはどのようなものであるかの確定が必要である。 三二説は,企業資本の運動過程の測定・描写に注目していたのであった。企業 資本の運動過程を会計の認識・測定の対象とする考え方は,企業会計の性格に 一定の方向づけをあたえるといわなければならない。なぜならば,当初の貨幣 の投入量が貨幣資本としての性格を与えられ,これが生産資本なり,商品資本 3) なりに二二し,最終的には貨幣資本に還流すると解されているからである。 しかし,ここで注意すべきことは,すでに片野一郎教授によって明らかにさ れているように,この論理形態がただちに取得原価主義会計と結び付くか否か には問題があるのである。むろん,山鼠説は,それが取得原価主義会計に結び 付くように周到な用語(貨幣の投入量)が用いられている。したがって,ここ では,一般論として言及することになる。片野説による利益測定機能は,制度 会計をめぐって一般にいわれる分配可能利益の計算的確定によって達成される 2)同上書 9−10頁。 3)同上書 11−14頁参照。
機能であると解される。そうであるならば,そこでの分配可能利益は資本維持 保障利益であり,投下資本価値を超える回収資本価値の部分であり,それゆえ 4) に,分配可能利益となづけられるものである。すなわち,分配可能利益は貨幣 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 価値計算にもとつくものに他ならないのである。したがって,貨幣価値の変動 へ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ が存在するかぎり,そこでの分配可能利益は,以下で述べるように貨幣数量計 算としての取得原価主義会計と結び付く必然性はないといわざるを得ないので ある。 片野説によるとき,取得原価主義会計を基礎づけるものは,貨幣数量計算で 5) あり,会計責任の観点であるとされる。「企業会計では,その対象とする財産の 保全および運用に関する企業の会計責任の設定からその解除にいたる過程を明 らかにするためには,当該財産が当該企業の管轄に入ったそのときの価値を客 観的に表現する取引価格をもって計上することが理論上要求されるのである。 これが継続企業の会計上歴史的原価,あるいは投下原価,もしくは原初原価と 称されるものなのである。…(中略)…継続企業の財産の保全と運用に関する 会計のプロセスは,資本・負債・資産・費用・収益の一さいの項目についての これら項目に関わる取引発生の事実に即して成立した貨幣額,すなわち,取得 価額をもって会計記録の設定から財務諸表の作成にいたるまで首尾一貫して継 続することによって,会計上一サイクルを完遂することになり,その時の残高 を次期に繰越すことによって次のサイクルにおける企業の会計責任が設定され ることになる。…(中略)…このように,企業会計における会計責任解明の機 能を果たす手段としてのコストの本質は原価数値としてのコストであって,原 価価値としてのコストではないのである。すなわち,これによって行なわれる 貨幣計算は貨幣数量計算の性格をもつものであって,貨幣価値計算の性格をも 6) つものではないのである。」。したがって,貨幣価値変動が存在しないかぎり, 歴史的原価は,貨幣数量計算と貨幣価値計算の統合概念であることになるので 4)片野一郎『貨幣価値攣動会計第三版』同文舘 1977年 970−975頁参照。 5)同上書 968−970頁参照。 6)同上書 969−970頁。
ある。分配可能利益の計算構造は,貨幣価値変動を考慮に入れないかぎり,資 本維持保障利益を計算し,会計責任の設定と解除の過程を表現することができ るのである。それゆえに,上記の制約の中で,取得原価主義会計を想定する以 上,そこでの利益は貨幣資本維持保障利益というべきであろう。ともに分配可 能でありながら,維持されるべき資本の概念如何により,そこに計算される利 益は,実質資本維持保障利益,実体資本維持保障利益のように異なりうるから である(以下では,分配可能利益を貨幣資本維持保障利益の意味で用いる)。 ここで注意すべきことは,片野説の会計責任の設定と解除の過程は,山桝説 における貨幣資本から生産資本ないし商品資本へ,さらに貨幣資本に転態する 流れを跡づける過程を意味するものといわざるを得ないという点である。こう して,山岳説での「生産成果を公正に分配するための合理的な計算根拠を提供 する」という社会的機能は,会計責任をも達成しうる分配可能利益の計算を意 味しているものと考えなければならないことになるのである。 ところで,わが国の制度会計は,取得原価主義会計により貨幣価値変動を顧 慮しない計算構造を採用している。それゆえに,それは,社会が制度会計に対 して貨幣資本維持保障利益である分配可能利益を計算:し,会計責任の設定と解 除の過程を明らかにすることを機能要件として設定しているものと想定できる のではないであろうか。かくして,制度会計の一つの社会的機能を貨幣資本維 持保障利益の計算し,分配の公正を可能ならしめる計算的根拠を提供すること (以下,成果分配機能と略記する)と想定することとなるのである。 III制度会計の社会的機能としての資源配分機能 これに対して,社会による機能要件の導出について異なるアプローチがある。 それは,現代社会を分析し,そこから直接に機能要件を推定するものである。 吉田民人教授によれば,現代社会は,社会的情報一資源処理システムであると 7) される。社会的情報一資源処理システムとは,「複数の個人的および/または集 7)吉田民人稿①「社会システム論における情報一資源処理パラダイムの構想」『現代社会学』 第1巻第ユ号,②「社会体系の一般変動理論」青井和夫『理論社会学』社会学講座ユ0東
団的な意思決定主体による情報処理を通じて,その内外の物的・情報的・人的 ・関係的な資源処理を直接・間接または意識的・無意識的に制御し,自らの生 8) 成・存続・発展のための条件を充足しうるようなシステム」である。 この定義によれば,このシステムは,情報空間と資源空間とからなっている ことになる。換言すれば,このシステムの構成要素は,情報空間と資源空間で あることになる。では,この二つの構成要素はどのような結合関係をもつので あろうか。つまり,システムの構造はどのようなものと考えられるのであろう か。上記の定義によるかぎり,その関係は,情報あるいは情報処理によって資 源あるいは資源処理を制御するという関係である。資源空間による情報空間へ の関係づけは,「社会システムの情報空間は……多系統・多段階の試行と選択淘 9) 汰を通じて当該システムの資源空間に制約される」という形態である。 以上を縦軸とすれば,横軸として各種の主体システムを社会の構成要素とす ることもできよう。その場合の主体とは,「それ自体が情報の選択淘汰を営む情 10) 報処理システム」であり,主体的システムは,「システム自体によっ選択淘汰さ れる情報ならびに情報処理,によって制御される資源ならびに資源処理のシス 11) テム」である。 ここで,吉田教授による情報,情報処理,資源,資源処理の概念規定を示し ておこう。社会システムにおける情報はシグナル性(記号と対象とが因果的な いし相関的に連結した記号)およびシンボル性(記号と対象が単に規約的にの 12) み連結する記号)の神経記号ならびに有意味の外記号集合である。この情報は, 3つの要素からなっている。(1機能(作用)。その機能の観点から情報は3つの 種類に分類される。①認知(知覚,知識等)の機能をもつ情報,②評価(感情, 京大学出版会 1974年,③「情報科学の構想」吉田民人・加藤秀俊・竹内郁郎『社会的コ ミュニケーション』〔今日の社会心理学4〕培風鐸 1967年 参照。 8)吉田 上掲論文② 194頁。 9)吉田 上掲論文① 24頁。 10)吉田 上掲論文② 192頁。 11)吉田 上掲論文② 192頁。 12)吉田 上掲論文② 195頁参照。
価値観念等)の機能をもつ情報,③指令(意思,命令等)の機能をもつ情報(以 下,それぞれ認知情報,評価情報および指令情報とよぶ),(2)動因(社会システ ムに自己包絡する集団的および/または個人的主体が当該社会システムの現在 または将来の非許容状態を自ら表示する情報)および目標(主体システムがそ のシステムがその情報処理および/または資源処理によって実現すべき一定の 状態を,自らに表示するシグナル性またはシンボル性の情報),定型的・非定型 13) 的また確定的・未確定的なプログラムである。 情報処理は,情報の貯蔵(記録,保存,再生),伝達,変換を意味する。ただ し,貯蔵を時間的変換,伝達を空間的変換とすれば,情報処理とは情報変換で ある。なお,固有の意味での変換は,記号変換(異なる種類の記号への変換, たとえば,感覚表象を言語に変換)と意味変換(たとえば,上に示した情報の 機能,認知(C),評価(E),指令(D)の間での変換,すなわち,CE変換, 14) CD変換, DE変換等)とを含んでいる。 資源には,物的資源,情報的資源,人的資源,関係的資源(社会関係を形成 せしめ,その社会関係から生ずる資源一地位,名声,平和,自由,貨幣,権利 15) 等)が含まれる。 資源処理は,貯蔵,移送,変換からなり,変換には用役変換(開発,廃棄, 生産,消費)および所有変換(交換,売買,贈与等)が含まれている。貯蔵を 16) 時間変換,移送を空間変換と見れば,資源処理とは資源変換を意味する。 この吉田理論における社会観と社会構造論によって制度会計の機能を考察し てみよう。制度会計システム(またはそれを含む企業)と利害関係者とを構成 要素とする社会システムを考えよう。この会計人一利害者社会は,情報一資源 処理システムである。この社会の主体システムは制度会計システム(または企 業)および各利害関係者である。また,この社会は,情報一資源処理システム 13)吉田 上掲論文② 195−196頁参照。 14)吉田 上掲論文③ 101−110頁参照。 15)吉田 上掲論文① 12頁参照。 16>吉田 上掲論文② 199−200頁参照。
蜷木實教授追悼号(第276・277号) 図一1 情報一資源処理システムとしての会計人・利害者社会 情報空間 会計 または 会計人 利害者 、① 1 1 ② @ 1 i
③
利害関 資源空間 であるから情報空間と資源空間とからなっている。この両者の組合せたものが 画一1である。図上の白の矢印①から順を追って考えよう。①は,制度会計シ ステム(または企業)が情報処理によって物質・エネルギーの変化を記号変換 (=測定)し,それを情報として利害関係者に提供(=伝達)する。利害関係 者は受入れた制度会計情報を意味変換(たとえば,CD変換, ED変換, DD変 換)し,指令情報を産出する。仮に,利害関係者が個入であれば,この指令情 報は神経性のシグナルとして筋・腺の運動を生じさせ,人的資源の処理及びそ れを通じての物的,情報的,関係的資源に影響を及ぼす。たとえば,制度会計 情報が債権者に有利な状態を知らしめるものであれば,債権者は,その情報を 処理し,追加的な与信を決定する。この場合,自らの身体の活動と,保有現金 の貸付による資源の変化とがもたらされる。これは情報に制御された資源配分 を意味するものに他ならない。このことを示したものが図中の②である。③は, 企業が債権者からi提供された資源を受入れることを示し,④は,それを情報と して情報空間に持込むことを示している。 本稿での目的からいえば,①の情報空間から②の資源空間への矢印が問題で ある。この中では,制度会計情報は,利害関係者にとって企業活動を認知するための認知情報であるか,企業による利害関係者への指令情報であるかである。 これらの制度会計情報は利害関係者の動因喚起を生ぜしめ,許容状態達成のた めの目標設定に関する情報が形成されることによって利害関係者を動機づけ, 資源処理を行わせることになる。したがって,情報一資源処理社会を想定する かぎり,そこでの制度会計情報の機能を明らかにするためには,資源処理に対 する影響を考えなければならないはずである。むろん,制度会計情報は,企業 をめぐる唯一の情報ではなく,また,利害関係者の意思決定を通じて初めて達 成しうることであるから,直接的に社会システムの資源処理,したがってその 結果としての資源配分に貢献するとは,いいえないとする考え方もあろう。し かし,利害関係者の制度会計情報に対する信頼があつく,情報処理にあたって DD変換がなされるとすれば,そこでは制度会計の資源配分機能が認められう ることになろう。 また,制度会計情報が利害関係者にとって認知情報であるとすれば,利害関 係者は,動因(これも情報であった)をこの認知情報にもとづいて形成する。 すなわち,利害関係者の要件非許容が制度会計情報によって認知されるならば, それは動因喚起を生ぜしめ,許容状態実現のための目標設定がなされ,意思決 定を通じて資源処理を生じさせることになる。意思決定は認知情報としての制 度会計情報にもとつくCD変換であり,これにもとづいて資源処理が行われる といわなければならない。制度会計は,動因の形成と意思決定への関与を通じ て二重の意味で資源配分の機能を演じているということができるはずである。 別の観点から,資源配分機能を考察するならば,制度会計情報の証券市場で の資源配分機能についても言及しなければならない。証券市場での資源配分は, 均衡価格としての株価によって行われる。この証券市場が完全競争市場である と想定できるならば,そこでの均衡価格は,パレート最適な効率的資源配分が なされることになる。むろん,これは,流通市場としての証券市場での資源配 分である。したがって,発行市場としての証券市場における資源配分の問題の 検討する必要があろう。しかし,発行市場での発行価格は,流通市場での均衡 価格を基本として決定される。それゆえに,本稿では,発行市場での資金配分
をも含めて証券市場での資源配分を考察することとする。上述のように,この 証券市場が完全競争市場であるならば,そこでの資源配分は,効率的配分であ る。完全競争市場であるということは,「ある財について,①供給者と需要者の 数がきわめて多く,②個々の市場参加者は市場全体への影響力が微小なため市 場価格を与件として受取り,③彼らは完全な市場情報・商品知識をもち,④売 買される財は全く同質で,商標・特許などによる製品差別化は存在せず,⑤市 17) 場参入は自由である」市場である。すなわち,本稿との関係でいえば完全競争 市場は,完全情報が前提とされていることになる。そうであれば,制度会計情 報が均衡価格の形成に影響力をもっていることとなり,証券市場での資源配分 に影響を与えていることになるのである。 以上によって,制度会計の研究においては,企業の成果の分配の計算的基礎 を提供するという社会的機能と資源配分という二つの社会的機能を看過し得な いことを明らかにしえたと考える。以下では,これにしたがって,制度会計の 問題点を探ってみよう。 IV 制度会計の問題点と今後の課題 制度会計に対して社会から与えられた機能要件を取り込み,それを達成すべ き制度会計の目的として設定し,その目的に向けて会計行動が履行され,それ が実現されるならば,そこでは制度会計は,その機能要件によって課せられた 社会的機能を遂行しえたことになる。 ところで,現行の制度会計は,取得原価主義会計であるといわれる。したが って,会計責任の設定と解除の過程の描写と成果分配の計算的基礎の提供の両 者の同時的達成が意図されていることになる。そこで,まず第1に,この制度 会計の第1の社会的機能について検討してみよう。現行の制度会計は,上述の ように,会計責任の設定と解除の過程の描写と首尾一貫する成果分配機能を遂 行することを要求されていると想定される。この社会的機能を遂行するための 17)「完全競争」金森久雄・荒憲治郎・森口親司編『経済辞典新版』有斐閣 1986年 108 頁。
図一2 経営資金の循環過程
⊥∴当∵
資金調達過程 資金投下過程 資金回収過程 計算構造は以下のようなものであると解される。成果を分配可能利益と解する かぎり,二つの方法でそれは計算される。第1は,損益法による計算であり, 第2は財産法で計算されるものである。損益法は,図∼2の経営資金の循環過 程を完了したものについての計算を行う方法であるといえよう。調達した経営 資金(貨幣資本といわれる)は,財(財貨および用役)に投下される。投下さ れた資金は,他の方法での利用を制限されるという意味でその使途が拘束され たものと考えられる。資金投下とは,資金の使途拘束を意味するのである。と ころが,資金の回収過程では,新たな資金が流入することによって投下されて いた資金の拘束が解除され,使途自由性(片野教授によれば,自由選択性)が 回復されるのである。使途拘束されていた部分は費用とされ,使途自由性をも った資金の回収が収益とされる。回収された使途自由性資金と使途拘束されて いた資金のうちその使途拘束を解除された資金との差額が成果分配機能を遂行 するための分配可能利益である。この「分配可能性」とは,使途拘束されてい た資金のうちその拘束を解除された資金が最低限維持されるべき金額を示すか ら,それを超える資金の回収額は,たとえ分配されても維持すべき最低額を維 持した上での余剰額であることを意味するものである。 これに対して,財産法によれば,当初の資金額(開業時または期首)と期末 時点での資金額との比較によって利益を計算する。当初の資金額は維持すべき 金額であり,利益はこの維持すべき額を維持した上での余剰額を意味する。し たがって,この利益を分配しても維持すべき額は,浸食されないという意味で 分配可能である。この分配可能利益は,利益処分可能な額として計算されるが,その利益処分 への参加者は誰であろうか。換言すれば,だれに対して利益処分されるのであ ろうか。分配可能利益が成果分配機能をもつとすれば,この参加者が誰である かは重要な問題である。現行の制度会計を形式的に観察すれば,この利益分配 への参加者は,株主と経営者であるといわなければならない。当該期間の未処 分利益およびは積立金の目的二二崩額は,株主配当金および役員賞与として株 主総会においてその分配が決定されるからである。 分配可能利益がこのような形態で計算されるの何ゆえであろうか。言い換え れば,株主以外の外部利害関係者がこの利益分配に参加するような形態で利益 計算:を行わないのはなぜであろうか。それは,現行の制度会計での成果分配機 能が会計責任の観点とむすびついているからに他ならないのではなかろうか。 現行制度会計を規定している会計責任の観点にもとづけば,会計責任をチャー ジ(負荷)するのは資金提供者,とくに株主であり,会計責任をチャージ(負 荷)されるのは経営者である。ここでは,株主と経営者との間に受託・委託関 係の存在を想定していることになる。株主以外の資金提供者である債権者と経 営者との関係は,資金の受託・委託関係ではなく,資金の貸借関係として捉ら えられるのである。 経済学的な観点でいえば,株主によって提供された資金であれ,債権者によ り提供された資金であれ,利子としての資本コストが問題とされる。また,所 得分配が問題にされる場合には,労働,土地,資本のような生産要素への分配 について言及される。したがって,労働サービスの提供者への給料,土地の提 供者への地代,資本提供者への支払利息および配当が所得分配である。この観 点から,付加価値会計が展開されていることは周知の事実である。しかし,制 度会計上では,給料および地代は,成果分配とされることはないのみならず, 利息と配当とはその取り扱いがまったく異なるのである。給料,地代,支払利 息は,いずれも費用とされ,利益を計算する要素であって,利益を構成するも のではない。 しかしながら,近年におけるエイジェンシイ理論の会計理論への導入は,こ
の点に関し,問題を生じさせるといえる。エイジェンシイ理論によれば,企業 はプリンシイパルとエイジェントとの間の契約関係の集合と解される。株主お よび債権者は,契約関係を通じて企業と関係をもつプリンシイパルであり,経 営者は彼らのエイジェントである。したがって,もし仮に,ここに会計責任の 観点を用いるならば,契約の異なる各資金提供者ごとに対する会計責任が問わ れなければならないものと考えられるのである。そうであれば,そこで計算さ れる分配可能利益は,それら資金提供者への分配が前提とされた上での利益で なければならないことになる。それゆえに,会計責任をチャージ(負荷)する ものが誰であるか,したがって,会計責任の範囲を如何に設定するかに関する 検討が行われなければならない。これの検討が現行制度会計に関して制度会計 論に課せられた現代的課題の一つである。 第2の社会的機能,資源配分機能に関する問題点は,次の点にあると思われ る。証券市場における株価をめぐって資源配分が行われ,その株価に対して制 度会計情報が影響を与えるとすれば,それは何であろうか。従来,代表的な株 価指標は,株価収益率(price earnings ratio, PER)であるとされてきたPER は,株価を1株当り利益で除したものである。制度会計情報は,注記としてこ の情報を開示してきている。その意味において制度会計は,資源配分機能を達 成してきたと解されるのである。 しかしながら,1980年後半から,PERは60倍を超え,日本の株価はこのPER によっては説明が不可能であるとされたのである。このため,若杉敬明教授等 は,株価の急騰は,投資者の投資判断尺度が変化した結果生じたものと捉らえ る。それによれば,投資者の投資判断が1株当たり利益を中心とするPERか ら,資産価値を中心とするものへと変化したものと解することになる。資産価 値の重視は,株式時価総額と所有資産の時価(取替原価)評価額のうちの株主 持分との比率,すなわちqレシオを重視することになるとし,それによって株 18) 価の高騰を説明できるものとしたのである。 18)若杉敬明・紺谷典子・丸淳子・米沢康博他『日本の株価水準研究グループ報告書』1988 年 日本証券経済研究所 参照。
もし,現実に投資者の投資判断の基準が1株当たり利益を基礎とするPER から,資産価値を重視するqレシオに変化したとするならば,少なくともその かぎりにおいて1株当たり利益の情報としての有用性は失われたものと解さざ るを得ないこととなるのである。換言すれば,制度会計情報は,その点に関す るかぎり,効率的な資源配分機能を十分には果たしえず,逆機能化していると 指摘されても抗弁の余地がないことになるのである。 PERによって投資判断をすること,したがって,利益情報を資源配分の判断 基準とすることが不適切となり,資産価値を重視するqレシオこそが判断基準 として適切であり,株価を説明する能力をもっているとする上記の見解に対し て批判的な見解がある。 その批判的な見解であっても,現在のPERに対して肯定的であるわけでは ない。1心当たり利益算定の基礎である利益を構成する要素を変化させ,新た な意味でのPERを形成し,それによって,株価の説明を可能とさせ,新たな投 資判断の尺度とすべきことを指摘するのである。利益の構成する要素の変更は, 保有損益(含み損益)の利益構成要素化である。とりわけ,土地および株式に t9) 関わる含み損益の顕示化を主張するのである。「企業内容等の開示関する省令」 にもとつく現行制度会計は,ある意味において,この要求に答えようとしてい るものといえよう。有価証券について時価を開示すべきことを要求しているか らである。「ある意味で」とするのは,現行制度会計は,有価証券の含み損益を 損益計算に算入させるわけではなく,注記として情報開示しようとしているか らである。換言すれば,1株当たり利益は,従来通りの利益にもとつくもので あり,株式の含み損益を独立に計算可能な状態にしたにすぎないからである。 本来,あらゆる保有損益を損益計算:に制度的に組込んで,それを基礎として1 株当たり利益の計算をすることによってのみ,PERの株価説明能力が増大し, 投資尺度としての有用性を回復しうるはずのものであるからである。1株当た り利益そのものを計算構造の変化の中で捉らえることを要求するものであり, 19)舟岡史雄「日本の株価水準と投資尺度」西村清彦・三輪芳朗編『日本の株価・地価』東 京大学出版会 1990年春45頁参照。
時価主義会計の制度会計への導入を示唆するものと捉らえて誤りないと思われ るのである。 さらに,いま一つ別の観点で問題を指摘しうる。「効率的市場仮説が成立する とすれば,企業の価値は市場価値の中に正しく反映される。つまり,どの株式 投資も企業の財務価値に等しい市場価値を実現するだけであり,財務価値を上 回る正味現在価値を獲得することはできない。したがって,企業の財務価値と 20) 市場価値は理論上一致する」ことに注意しなければならない。むろん効率的市 場仮説が,わが国の現実の株式市場において成立するか否かについては疑問が あるとされている。しかし,財務価値を計算しうる財務情報を開示することの 必要性は否定され得ないであろう。財務価値は,将来期間の税引後正味キャッ シュ・フローの現在価値と各期末の残存資産価値の現在価値との合計額として 21) 計算されるといわれる。そうであるならば,キャッシュ・フローに関する財務 情報の開示が資源配分のために必要とされることになる。 こうして,qレシオに対応しうる時価情報導入の可否,新たなPERに対応し うる期間損益計算の在り方の検討およびキ・ヤッシュ・フロー一情報の開示の是否 が資源配分機能との関連においての制度会計論の現代的課題であることになる。 むろん,この問題は,第1の社会的機能との論理的整合性をもたなければな らない。第1の社会的機能として,従来どおりの会計責任の観点と合致する成 果分配機能を想定し,第2の社会的機能として時価主義会計を前提とすれば, 成果分配機能と資源配分機能との間での調整を如何に行うかが問題となるから である。ここにも,制度会計論の現代的課題がある。 V むすび 本稿は,問題提起のための論文である。しかし,制度会計が如何にあるべき かという点の検討は,現在の財務会計理論において早急に行われるべきことで あるように思われる。なぜならば,近年における急激な会計環境の変化の中で, 20)岡部政昭「企業財務論』新世社 1990年25−26頁。 21)同上書 24頁参照。
従来の制度会計論が急速にその順機能性を失い,逆機能化する危険すら内包し ているように思われるからである。逆機能化を順機能化するためには,制度会 計が社会から課せられた社会的機能を明確にし,その社会的機能を果たしうる 制度会計を設計する必要があるのである。この意味において,本稿では,二つ の社会的機能を析出し,現実の制度会計がその社会的機能を果たすために検討 されるべき問題点を明らかにしたものである。したがって,本稿は,それ以後 に続く改善の設計の予備的段階をなすものである。 [付記]本稿の初校の校正の際に,高尾裕二著『制度としての会計システム』中央経 済社に接した。同書は,制度会計の所得分配と資源配分への役立ちを論じてい る。しかし,本稿では,それを検討することができなかった。