「新しい神話」とへ一ゲル美学
著者
四日谷 敬子
雑誌名
福井医科大学一般教育紀要
巻
7
ページ
59-83
発行年
1987-12
URL
http://hdl.handle.net/10098/5339
「新しい神話」とへーゲル美学
四 日 谷 敬 子
ドイツ語教室 (昭和62年10月12日 受理) ベルリン時代のへーゲルに依る、F
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シュレーゲル(
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のイロニ一概念に対する 批判一一つまりフィヒテ哲学の抽象的な自我の原理を芸術の領域に直接適用したイロニーの立 場は、一切の事柄、内容、客観を仮象とし無効にするような、 「客観性に対する決定的に否定 的な方向」であるとの批判ーーは有名である(1) 併しへーゲ‘ルがこのように激しく論難するイ ロニ一概念が、当のシュレーゲル(以下F
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シュレーゲルを指す)の内には全く見出きれず、 へーゲルの誤った理解に基づくものであることが、近年例えばI・シュトローシュナイダ一二 コアスの根本的研究に依って明らかにされた(2)。他方また1975年ベルリンの国立図書館(Preu・ sischer Kulturbesitz)で新たに発見されたへーゲルのイェナ初期の諸草稿に依って、彼がイェ ナ初期にはシュレーゲルのイロニ一概念を未だ積極的に受容していることが明るみに出(3)、 へ ーゲ、ル美学(芸術哲学)の発展史に修正が加えられた(4)。 17世紀以来のフランスの「古代人近代人論争J(Querelle des anciens et des modernes) に 対し(5)、近代人が「非摸倣的J (unnachahmlich)になるための唯一の道は、 「古代人の摸倣」 (die Nachahmung der Alten)以外にないと主張したヴィンケルマンの精神のもとで育まれた シュレーゲルは、ギリシアの「詩人に関するヴ、インケルマンのようなひと」を求めるへルダー の要求に答えて古典研究から出発したが(6)、R ・ブリンクマンの的確な把握に従えば、 「フリ ードリッヒ・シュレーゲルは、真正な詩人でも哲学者でもなく、彼はまた先ず第一に歴史家と いうのでもなかったが、併し彼は最初から、過去のもの、疎遠なものへの桐察、同時代のもの、 類縁のものへの洞察に基づいて、自身の本質、自身の道、自身の課題、そして自身の目標を認 識せんとした、創作力に富む批評家(Kritiker)であった」 (7)。従ってシュレーゲルは、ゥーィンケ ルマンの非歴史的な古典主義 (Klassizismus)から、芸術の歴史性へのへルダーの洞察を経て、 遂に彼の「時代の最も大きな諸傾向」の一つであったフィヒテの観念論に依って、近代的ポエ ジー(modernePoesie)の自立性の確立に寄与することになる(8)。そしてその近代的ポエジーを 可能にする理論的基礎が、所謂彼のロマン的イロニー (romantischelronie)の概念に他ならな - 59かった。このシュレーゲルには、確かに若きへーゲルとの共通性が幾っか見出されているo
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ベッゲラーに依って説得力ある根拠を以ってへーゲルに帰せられた所謂『ドイツ観念論 の最古の体系プログラム.!I(1796 od. 1797)は、シラーの『美的教育論.!I(1795)やへルダーリン の「国民教育の理想J(Ideal einer Volkserziehung)というコンテキストに於て、神話とポエジ ーに高い社会的機能を賦与しているo 即ちこの体系プログラムは、 「美のイデーJ(die ldee der Schonheit)に体系の最高点を求め、哲学者には「美的な力J(おthetischeKraft)を要求し、ま たポエジーには「人間性の教師」という「より高い尊厳」を与え、「感性的宗教J(eine s必liche Religion)という国民の求めに合致した構想、を企投して言う。[""我々は、新しい神話(eineneue Mythologie) をもたなければならないだろう。併しこの神話は諸々のイデーに奉仕しなければ ならなL、。それは理性の神話 (Mythologieder Vernunjt)とならなければならないd というの も、このような神話のみが国民の美的な関心をも、哲学者の理性的な要求をも同様に満たし得、 理性的な哲学者が感性的な国民を啓蒙するための媒体となり得ると考えられたからである(9)。 そしてそのような「新しい宗教」として、へーゲルはフランクフルトに於てへル夕、ーリンと共 に「美わしい宗教J(die schone Religion)の可能性の制約を追究したのである(10)。 ところでロマン的イロニーに依って近代的ポエジーの確立を試みたシュレーゲルも、更に近 代的ポエジーにも古代のポエジーが有していたギリシア神話のような地盤が必要なことを洞察 し、純粋に詩論的 (poetologisch)な立場からやはり「新しい神話」の要求を掲げる。また彼は、 既に1798年10月28日附けのノゥーァーリス宛書簡の中で、このように神話の創作と合致して行く 自らの文学的な諸々の企画の目標を、レッシングの「薪L
It¥永孟ゐ福音書
J (ein neues ewz"ges Evangelium)に倣って、 「新しい聖書を書くことJ(eine neue Bibel zu schreiben)と伝え、続 く12月 2日附けの書簡では、それは具体的に「新しい宗教J(eine neue Religion) を設立する ことであると述べている(1])。無論その場合の「聖書」とは、 「人間性と教養との福音書iを意 味し、従ってそのような「宗教」とは、詩的な人間性の宗教を意味している(]2) ところで、このように「新しい神話」の要求や「新しい宗教」の設立という点で、シュレー ゲルと共通の関心事を有していたへーゲルは 新たに発見された諸草稿で明らかとなったよう に、差当ってはロマン派の諸概念を受容しはするものの、イェナ中期には近代に対して「新し し、神話」の不可能性を結論し、後の「美学講義』に定式化されるような芸術の過去性のテーゼ の基礎を敷くに至る。 それでは近代的ポエジーを基礎づけるシュレーゲルのイロニ一概念、また「新しい神話」の 要求とは如何なるものであり、へーゲルはイェナ初期には如何なるコンテキストに於てその イロニ一概念を受容し、それにも拘らず一体何故に被は、近代に対して「新しい神話」の可能 性を否認するに至るのであろうか。この論文は、最近の研究成果を踏まえつつ、シュレーゲル との関連に於てイェナ時代のへーゲルの芸術思想の形成を追跡し、彼の芸術の過去性のテーゼ‘ との対決の糸口を見出すことを試みるものである。 - 60ー1 .シュレーゲルのイロニー概念と「新しい神話」 シュレーゲルの古典主義的とされる最初期の諸著作で問題になっているのは、根本に於て既 に近代のポエジーであった。ヴィンケル7 ンやレソシング、そしてへルダーなどの先駆者をも っシュレーゲルにとって、古代芸術の自然性とこれに対立する近代芸術の人為性という根本的 な図式と共に、古代史を円環として(へルダ一)、また近代史を前進として(啓蒙)考察する歴 史観は、何ら新しいものではなかった。それ故にシュレーゲルは、早くも 1794年の『美の諸限 界について』に於て、古代芸術がその栄光と不可分に頼落を宿していたという認識から、逆に 近代への希望を定式化する。 r併し我々は古代人を恋意的な幸運の寵児と羨んではならない。 我々の欠陥そのものが我々の希望であるJ(KA 1. 35)。 というのもシュレーゲルは、ギリシア の美を責らした自然と衛動に導かれる古代的教養が、その盲目性に依って美の没落を促したよ うに、逆に我々の欠陥を鷲らしている悟性的教養は、近代を統べる前進性に依って、ギリシア 的な完成された美へと将来無限に接近し得るに違いないと確信するからであるo この時期の最大の作品『ギリシアのポエジーの研究についてj)(1795/96)も、やはり時代批 判を通してまさしく古典主義的な「美」の要請を引き出し、来たるべき「神の国」への終末論 的希望を定式化する(13)。先ずシュレーゲルに従えば、近代的ポエジーの特徴として著しいのは、 シェークスピアにその絶頂を見出すような客観的な美の欠如と「関心をひく個体性J
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の支配である (KA1. 217-222,241,2
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。併し「関心をひくものJ (das Interessante)とは、読者よりも一層大きな量の知的内実ないし美的精力をもつような「あらゆ る独創的な個体J(jedes originelle Individuum)を意味し、本質的に量的なものである。従って 其処には「完全な満足」はあり得ない。このような完全な満足への要求を満たし得るものは、 シュレーゲルに従えば、古代芸術の内で完成に達したよ7な、カント的な意味で「無関心」 (uninteressiert)な客観的な美以外にはあり得ない (KA1. 253)。そしてまさしく「関心をひく もの」の支配を招来した近代的人為的教養こそは、近代人の趣味を「自由な自立的な仕事」と して保証し、新たな「美的革命」を鷲らし得ると、シュレーゲルは確信する (KA1 258. f)。こ うして彼は、近代人の美的教養に大きな希望を寄せ、とりわけゲーテのポエジー(特に客観的 なものを直観化するというその「様式J(Stil)の概念を想起すればよい)を有するドイツ人の美 的教養に最も大きな期待をかける (KA1 259. f)0 換言すればシュレーゲルは、近代の諸々の欠 陥を責らした近代的教養の原理たるフィヒテの超越論的な「自己活動性J(KA 21.62) こそは、 まきしくその原理の徹底化に於てまたそれらの欠陥を克服し、 「客観的なもの」への努力とな ると洞察するのであるO この論文は既に、近代的ポエジーの「前進J(Progression)の性格と、 「想像力J(
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に依る「普遍的芸術j(eineu
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Kunst)という性格を導出しており (KA 1. 265)、既に 後の「前進的普遍的ポエジーJ(progressive Universalpoesie)としてのロマン的ポエジーの前形 -61-式を含んでいるo 唯この前進の目標たる美が、未だこの過程の外部に、古代的範型!として存し ていることが異なるに過ぎなL。、 きてこの近代的ポエジーを可能にする諸制約の中核を成すのが所謂「ロマン的イロニー」で ある。 その基礎的概念は、 『リュツェウム断章.Jl(1797)の内に含まれている。 先ず断章42に従えは‘、 「一般に全体として、 また至るところでイロニーの神的な息吹を 呼吸するような古代や近代の詩がある。 これらの詩の内には、真実超越論的な喜歌劇(Buffone -rie)が生きている。 〔イロニーとは〕内的には、一切を見渡し、一切の制約されたものを、つ まり自身の芸術、徳、或いは独創性(Genialitat)を無限に超越する気分であり、外的には、つま り遂行の際には、通常のうまいイタリアの道化役 (Buffo)の物真似的な流儀であるU換言すれ ばシュレーゲルの謂フイロニーとは、 ソクラテス的に対話の相手を不合理に導くために自己を 偽装することではなく、 「内的」つまり詩人の態度として、自身の芸術を含む一切の制約され たものを意識的に超越することであり、唯それが「外的」つまり作品としては、極〈自然な現 象形式を取るということである(14) 従ってイロニーとは 意識的な態度と芸術的な自然性との 対立の綜合なのであるo 2) このような「逆説の形式J(eine Form des Paradoxen) (Nr.48)1(5) を惹き起こす元とな る詩人の態度としてのイロニーを更に詳しく見るならは¥ zen)の内で最も自由なもの(diefreieste)である。 「イロニーは、あらゆる認可(Lizen -これに依ってひとは自己自身を とし、つグ〉は、 超えて自己を定立するからである。併しまた最も法則的なもの (diegesetzlichste)でもある。 というのは、それは無制約的に必然的だからであるJ(Nr. 108)。即ちイロニーの本質を成すの フィヒテの自;我の自由な自己定立に基づいて生ずる無制約的なものへゐ或る二定ゐ商保な は、 のであるO 併しこの無制約的なものへの関係は、決して通常批判されるように、詩人が主観的、恋 意的に美的仮象の「空虚」の内に自己を喪失することを意味しない。詩人の態度としてのイロ ニーを可能にする「自由」 とは、シュレーゲルに従えば、まさしく「自己制限J(Selbstbesch -に他ならない(Nr.37)。或る対象に関してうまく書き得るためには芸術家にとって rankung) 自己制限が「最も必要なものにして最高のもの」である。 「最も必要なものであるというのは、 ひとが自己自身を制限しない場合には、至るところで世界がひとを制限するからであり、 ニグ〉 ことに依ってひとは奴隷となるからである。最高のものであるというのは、 ひとは唯無限の力 を有している場合にのみ、諸々の点や諸々の側面に於て、自己自身を制限し得るからであるu 従って自己制限の可能性の制約は、 「自己創造J(Selbstsch句fung)と「自己磁減J(Selbstver -nichtung)、つまり感激と懐疑である(16)。 こうして自己制限としてのイロニーは、其処に於て自 己とその対象たる作品との把握が可能にされるような無限者への関係で、ある。それは対象的描 写の際に芸術家の全き関心をも、全体的な客観化をも許容せず、自己にも対象にも一面的に拘
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東きれない芸術作品を可能にすると看倣されるO このように素描されたイロニ一概念は、更に『アテネウム断章.Jl(1798)で本来的に展開きれ る。 1) 此処でもイロニーは、 「自己創造」と「自己競減」との所産として思惟される。併しそ れは最早両者の一回的行為としてではなく、 「不断の交替J(der stete Wechsel)として把握き れる(Nr.51; Nr.121)。 2) そしてこの交替の過程こそ、既に「ギ1)シアのポエジーの研究』で示唆された、近代的 ポエジーの前進性と普遍性とを可能にするものである前進性」とは、シュレーゲルにとって 「無限なものへの努力」を意味する(17)。その際の「無限なもの」とは「永遠に分かれたり混ざ ったりする諸力の所産」を意味する (Nr.412)。そして「普遍性」とは、 「あらゆる形式とあら ゆる素材との交互飽和 (Wechsels証ttigung)Jであり、 「ポエジーと哲学との綜合」を前提する (Nr.451)。こうして有名な断章 116は、 「ロマン的ポエジー」を「前進的普遍的ポエジーJ と 規定するQ 3) この断章は、前進的普遍的ポエジーを可能にするイロニーの過程を、 「詩的反省J(die poetische Reflexion)の不断の「勢位高揚J(Potenzieren)として思惟し、これに従ってロマン的 ポエジーは、 「叙述きれるものと叙述するものとの聞で、」その中間に浮動する。それ故に「ロ マン的詩形は尚も生成の内にある。否それどころかロマン的ポエジーが永遠に唯生成するに過 ぎず、決して完成され得ないといつことは、その本来の本質であるU このポエジーの第ーの法 則は「詩人の恋意J(die Willkur des Dichters)であるとされるが、併しそれは既述の如くまさ しく「自己制限」を意味しているのである。 4) ところでシュレーゲルは、詩的反省の勢位高揚に依って、叙述されるものの内に叙述す るものが自己自身を共に叙述し、そのようにして「ポエジー」であると同時に、 「ポエジーの ポエジーとなったような詩のことを、超越論的哲学とのアナロギーに於て、 「超越論的ポエジ ーJ(transzendentale Poesie) (Nr.238) と名づける。 r超越論的」とは、 「観念的なものと実 在的なものとの結合ないし分離に関連を有するもの」との意である (Nr.22)。そして「ポエジ ーが学になると、それだけ益々ポエジーは芸術にもなる。ポエジーが芸術となるべきであるな らば、……詩人はその芸術に関して哲学せねばならないJ (Nr.255)と言われる。その例とし ( 18) ては、ダンテが考えられている きて問題は、一体何故にポエジーはこのょっなイロニーに依って超越論的ポエジーでなけれ ばならないのかということである。イロニーの機能は、結局のところ何処に存するのか。この 間に対しては、次のように答えることが出来る。つまり詩人がイロニーに依って自己とその対 象とを超越することを通して、ポエジーが自らの内にそのポエジーに関する哲学をも含む場合、 換言すれば、芸術作品が単に叙述されるものであるばかりでなく、その原理や制約をも共に自 らの内に叙述している場合、その作品はそれ自身から理解され得ることになり、そのような意 -
63-昧で「客観的なもの」 となる、 ということである。 併し乍ら、決して完成されることなく、生成の内にあると言われるロマン的ポエジーに、客 観的な作品が可能で、あろうか。 このような疑問に対しては、シュレーゲルは次のように答える であろう。即ち「制約され制限された全体性という概念」は矛盾的ではなく、そのようなもの の例として、動物、人問、そして作品などが考えられると(J旬。 『アテネウム断章』の断章 297 は言っているO 「作品が形成されているのは、それが至るところで鋭く限界づけられているが、 併しその限界の内部では限界がなく汲み尽くし難いという場合、作品が自己自身に全く誠実で、 自己自身に至るところで等しいが、併し自己自身を凌駕しているという場合である。」 併し乍ら、主観的原理に基づく近代芸術に、 「客観的なもの」が可能であろうか。確かにシ ユレーゲル自身『リュツェウム断章』に於て、それまでの自らの立場を自己批判に委ね、それ が「客観性熱J(Objektivit託tswut) に j荷ち、 「ポエジーに於ける客観的なもの」を讃美し過ぎ、 イロニーを全く欠いていたと反省しており、イロニーの立場が客観性と相容れないかの如き印 象を与える (Nr.66; Nr.7)。併し乍ら彼が此処で批判している「客観的なもの」 とは、イロニ ーの過程の外部に範型として要請された古代的美に他ならず、彼の意図は、決して近代に客観 性の可能性そのものを否認することではないのであるo今の彼にとって美とは「永遠の超越論的 事実」つまり超越論的行為にのみ現われる「事柄そのもの」に他ならな¥,.1(Athenaums-Fragmente. Nr.256)。彼は、近代が客観性を達成し得るのは、唯近代の原理たる超越論的な自己活動性に 徹することを通して以外にないことを、認識していたに過ぎな¥"'01799年にシュレーゲルは書 いている、 「フィヒテと彼の哲学に反対する唯一の重要なやり方は、 ひとが観念論を先へ先へ とi幕くことである」 と(20) そしてこの認識をその芸術理論に具体化したものが、彼のイロニー 概念なのである。それはル 1;''jチの表現を借りるならば、 「終わりまで歩んだ主観性の自己止 揚」に依る近代的ポエジーの「脆さの自己修正」である(21l。従って我々は、
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主代白土土手、二,.=.も古代白衣土去二ゐ由主客説住を{長在十るとi:tと£ろ走、 出来る(22)。 と要約することが 併し乍ら、近代的ポエジーの客観性への可能性は一応理論的に基礎づけられたものの、尚も 古代的ポエジーに比して欠けているものがあったo シュレーゲルは、既に『ギリシアのポエジ ーの研究』に於て、古代のポエジーが客観的であるのは、その根底にミュトス(Mythos)を有し ていたからであることに言及していたが(KA.1302f)、 「ポエジーに関する対話.n(1799/1800) の「神話に関する議論」の章で、彼は近代のポエジーに関して次のことを確認するo 「私は主 張する。我々のポエジーには、古代人のポエジーにとっての神話がそうであったような中心が 欠けているo そして近代の詩芸術が古代のそれに劣っている一切の本質的な点は、次の語に要 約され得る。聞ち我々は如何なる神話も有してはいないJ(KA 11 312)。こうしてシュレーゲ ルは今や、近代的ポエジーの普遍性と拘束性のために、 「新しい神話」を創作する必要性を提 64-唱するのである出)。 神話の復権への提唱そのものは、決して新しいものではない。既にへルダーが1767年の『神 話の最近の使用について』の中て¥神話を誤謬や迷信と看倣し、精々のところ文学的な装飾と してしか評価しない啓蒙の態度に対して、詩は抽象的な真理を形象の内に具象化するものであ り、従って神話は詩芸術の足場であること、但しあれやこれやの古代の神話を摸倣するのでは なく、 「新しい仕方で」使用し、神話に「新しい精神を吹き込むこと」、そのようにして我々自 身の神話の力を覚醒せしめることが肝要なことを説き、 「自らが創作者となるために、詩的発 見方法学(PoetischeHevristik)として、我々は古代人の神話を研究しよう」と提案した。また 彼は1796年の『イドゥーナ、または若返りのりんご』に於ては、夫々の国民が自らの母国語と 思考様式から生じた神話をもつべきことを説き、ギリシア神話のみならず 様々の国民的神話、 ~ (24) 特に北方の神話を復興させる必要性を提唱した 併しシュレーゲルになると へルダーに於ては未だ時代的制約の故に比較的控え目であった 全く新しい神話への要求が大胆に打ち出され、ヘル夕、ーの「新しい精神」の要求に確固とした 基礎が敷かれることになる。[""新しい神話は、 〔自然に基礎をもっギリシア神話とは〕反対に、 精神の最深の深みから形成し出きれなければならない。それはあらゆる芸術作品の内で最も人 為的なものでなければならないJ(KA II. 312)。つまりシュレーゲルは、近代的ポエジーをフ ィヒテの超越論的原理に依って基礎づけたように、このポエジーの地盤を成すべき「新しい神 話」をも近代が発見した人間精神の本質たる自己規定に、つまり「自己から外へ出て行き、ま た自己の内に帰還する永遠の交替」に基づけ、この試みに対する確証を、 「かの自己法則の承 認」を本質とする「観念論J(Idealismus)の内に見出すのである (KA II. 313f)。唯彼は、神的 なものの力を自我にのみ置く観念論の不遜と迷妄をも他方で認識しており(KAII. 315f
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Fn.)、 シュライエルマッハーの影響のもとでフィヒテの観念論とスピノザの実在論との綜合が問題と なっていたこの時期には(町、神話というものが唯単なる観念的な担造と解きれないように、こ の観念論がまきしく「客観的観念論」であって、自らの内に「実在論J(Realismus)を含むこと を強調する。彼に従えば、客観的な観念論こそが、精神的であると同時に感性的である神話の 源泉であり、この観念論の内に含まれる実在論を形態化し伝達可能にし得るのは、哲学ではな く、 「観念的なものと実在的なものとの調和」たるポエジーに他ならないのである (KA II. 315, 318)。 そのような「新しい神話」の例として、差当って(というのは、 「新しい神話」は更に進ん でロマン派の「ロマーンの理論」にも繋カtって行くからである(26)) シュレーゲルが考えている のは、スピノザ的な「自然学J(Physik)を神話的に、また神秘的に展開したものであるo 彼は 神話一般の中核をやはり自然に見ており、従って「新しい神話」も自然を地盤として、 「人間 に於ける神性の穏和な反射」を描写しなければならない (KAII. 315, 318, 321)問。勿論彼は、 このような神話の成立を促進するために、ヘル夕、、一的に古代の神話を新たに生気づける道やイ 65-ンドの神話など他の神話を再び喚び覚ます道も考えてはいる(KA II. 319)。併し究極的には彼 は、個々の民族的な神話を越えた人間性の神話を目指し、この課題に関しては、人聞の個別的 な「独創性
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(Originalitat)に懸けるのである(KA II. 320)。 併し乍ら、凡そ神話というようなものが、新たに、而も個々の詩人の独創性に依って創作さ れ得るものであろうか。この問題を「新しい神話」に関して提起したのは、ロマン派の理論家 シェリングである。 彼もまた『超越論的観念論の体系.!I(1800)の終わりで、意識的なものと無 意識的なものとの同一性とし寸体系の完結を、哲学の知的直観を客観的に呈示する芸術に求め た際、 「哲学が学の幼児期にポエジーから生まれ養われたように、哲学と共に哲学に依って完 全性に向かつて導かれるすべての学は、哲学の完成の後、同じだけ多くの個々の流れとなって、 それらの流れが其処から出発したポエジーの普遍的な大洋へ逆流すること」を期待し、そのよ うな「ポエジーへの学の帰還の中項」を再び神話に、併し今度は「新しい神話」に求めた。唯 彼は直ちに、 「併し、個々の詩人の担造ではなく、唯ひとりの詩人を謂わば表象するような新 しい種族(Geschlecht)の創作であり得るような新しい神話は、如何にして成立し得るか」を問 うた(凹, 629)悶)。 この間を取り上げるのは、彼のイェナとヴュルツブルクに於ける講義『芸術哲学.!I(1802/03; 1804/05)の第42節である(抑。彼は其処で、古代の神話と近代のキリスト教との相違の考察を通 して、 「毛 h 自身かf白fおとじそィ白~Ij白会人商 lと寺 L仁、臨O
その産在」の作品たる神話という要 請を満たし得るものを追究する(
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,414)。シェリングに従えば、ギリシア神話は、無限なものを 有臨をもゐゐ内lと克る象徴的(symbolisch)な芸術であって、その素材を白糸に有するに対し、 キリスト教のポエジーは逆に、右│哀をもゐを来臨をもゐよ商{長与l干る誓略的 (allegorisch)な芸 術であって、その素材を歴史に有する(V,422f,430, 427)。勿論キリスト教にも象徴的な努力は あるが、併しそれは単に有限なものが無限なものへ移行する「象徴的諸行為J ( symbolische Handlungen) (洗干しゃ晩餐)としてあるに過ぎず、その統ーは主観に属し、客観性を欠くが故に、 「神秘的J(mystisch)なものに留まっている。唯「神の見える身体」としての「教会」仮i
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だけが象徴的であり得、その礼拝だけが「生ける芸術作品J(ein lebendiges Kunstwerk)であ り得たに過ぎない(V,434,447)。 こうしてシェリングはシュレーゲルと同様に、 「近代的世界は真なるエポス (wahresEtos) を全く有してはいないということ、そしてそのようなエポスと共に神話が初めて固定されるが 故に、完結した神話をも全〈有してはいないということ」を確認せざるを得ない(V,442)0rあ らゆる近代的ポエジーの究極的使命」は彼にとって、キリスト教の神秘的(主観的)な傾向を 転倒きせて、有限なものの内に無限なものを見出す象徴的な直観を客観化すること、つまりキ リスト教の「観念的な諸々の神性を自然の内に植えつけること」である(V,449)。そしてこのよ うな課題を満たす「真なるエポス」の基礎づけを意図するものがまさL
<彼の自然哲学(思弁 的自然学)に他ならず、 「自然哲学は、 〔キリスト教の神秘主義と〕同様に、有限なものに於け -66-る無限なものの直観であるが、併し普遍妥当的にして学的に客観的な仕方での直観である」 (V,448)。併し個体であるような種族の作品という要請は、結局はシュレーゲルと同様に、 「近 代的ポエジーの根本法則」たる「独創性」に求められ、 「独創的で、あればある程、それだけ益 々普遍的」と結論されるのである(V,446f)伽)。
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年ゾルガーは、ノヴァーリスの「ハインリッヒ・フォン・オフターデインゲ、ンJl(
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を、独創的な個体としての詩人に依って創作された新しい神話の傑作として称讃した。彼に従 4 えば、この「ポエジーを人生そのものに依って描写するという 新しいそして極めて大胆な試 み」は、 「神秘的な物語、有限なものがこの地上で無限なものの回りに保っているヴェールを 引き裂くこと、地上での神性の現象、簡単に言えば真のミュトス(einwahres Mythos)であっ て、それは他のミュトスとは唯次のことに依つてのみ、つまりそれが国民全体の精神に於てで はなく、唯一のひとの精神に於て形成されたということに依つてのみ異なっている」(31)。 II. へーゲルに依る「新しい神話」の否認1
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年イェナへ移住したへーゲ、ルは、差当って先ず従来宗教と一緒に論じられて来た美の問 題を新しい体系構想の内部で明瞭に芸術の問題として規定し直し、ロマン派の諸概念を受容す る。彼がイェナ初期(
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には、1
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1,思弁的知」から出発し、2
)自然哲学と3)
知性の哲学を経て、 4)これらを「絶対者の自己構成」としての「無差別点」に於て合一する という四区分の体系構想を有していたことは、従来『差異』論文(
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から取り出きれ、ま たローゼンクランツに依って報告されていたが、新たに発見きれたイェナ初期の諸草稿に依っ て改めて確証された問。それに従えは、へーゲルは、芸術を宗教と共に体系の完結部に位置せし め、これらに関する哲学を、体系の始元を成す純粋なイテ、ーへの帰還として把握していたo そのような位置価を有する「芸術」を規定して、 『差異』論文は言う。 Iかの〔絶対者の〕 直観は、芸術に於ては寧ろ一点に集中して意識を抑えつつ現われるo一一つまり本来的に芸術 と呼ばれるものに於ては、客観的なもの (objektiv)として一部は持続的なものであり、一部は 悟性に依って死んだ外的なものとして受け取られることもあるような作品 (Werk)として現わ れる。それは個体の、天才 (Genie)の所産であるが、併し人間性に帰属している」(33)。この箇所 からへーゲルが当時、 1)シュレーゲルと同様に、芸術の「作品」性格つまり客観性を重んじ ており、 2)またカント、シェリング、ロマン派の「天才」概念を受容していたことが明らか であるo 併しへーゲルの関心が専ら神話と芸術に依る民族精神の自己形態化にあることが、新たに発 見された諸草稿中の断片六(18
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に依って確証されたo その断片は、殆んど『体系プログラ ム』を想起せしめる仕方で、 「民族精神J(Geist eines Volkes)に於ける神話と芸術の機能を 考察している(34)。既に発表されている報告に従ってその内容を追跡するならば、先ず民族精神 -67-が一つの「形態」の内に形態化され、其処に民族精神の形式と内容が統ーされて美が現われる と、そのような形態は、 「必然的に他の諸形態を自らに並んでもたなければならず、天空は神 々に住まわれなければならないりこの過程が神話の成立であり、へーゲルはこの神話的過程に 二段暗を、つまり 1)自然宗教の神話と、 2)民族精神の神話とを区別する。そして後者の「よ り高き神話J (凶hereMythologie)の内で「かの諸々の精神は民族の意識へと」高められ、その 結果「民族の人倫的精神がその内に自己を認識するJ(75)0 iより高き神話」の神統記は、そ の素材(Stoff)を「人倫的個体性J(sittliche lndividualit比)の内にもっている限りに於て、この 個体性は人倫的意識が意識されるだけ多くの神々の契機を産み出す。つまりこの個体性は「守 護神J(Schutzgott)という一定の形態を取るが、併しそれは「人倫的意識の全体性」を包括し 得ないが故に、更なる諸形態つまり神々の契機が形成きれるので、ある
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f)。 へーゲlしがシュレーゲルのイロニ一概念を積極的に受容していることが明らかになったのは、 このような個体的な神々の系列を論ずる箇所に於てであるO 神々は、 「同様にそれぞれ単独に それら自身の内で動き、その一定の仕事を絶対的自由の内に成就し、また代表しているが、併 し同時にそれらの神々の完成に矛盾するようなそれら自身に於ける限定性というそれら固有の 形態との、また他の諸形態との多様な Ü~乱の内で、イロニーをそれらの神々自身の内にもって いる (dielronie in sich selbst haben)}5J。換言すればへーゲルは、神々自身の内にその限定性 を越え出ょうとする気分をもたせるのである。 併し「民族の絶対的精神J(der absolute Geist des Volkes)からの神々の誕生は、差当って 「生きた民族J(das lebendige Volk)と神々との聞に一つの対立を生ぜしめる。そしてこの対 立を媒介するものが、彼が「ムネーモシュネーないし絶対的なミュー丈、の女神」と呼ぶ芸術に 他ならないoへーゲルにとって芸術の機能は、 「諸形態を外的に直観的に見えるように、そし て聴こえるように呈示すること」、「神話の芸術作品」を産み出し、そのようにして言葉の形で 人倫的生の自己直観に現実的な存立を賦与することにある(78)。 要約するならば、若きへーゲルにとって、芸術の社会的機能という異なるコンテキストでは あれ、初期ロマン派の「新しい神話」の要求は疎遠なものではなかったO また彼はイェナ初期 には、芸術を哲学の「機関J(Organon)にして「証書J(Dokument)と看倣すシェリングの超越 論的観念論に従って、芸術に体系の完結部という位置価を与え、ロマン派の諸概念を積極的に 受容したo そして新たに発見された草稿では、ロマン派よりも一層積極的に、神話と芸術に、 民族意識の自己形態化という高い社会的機能を賦与しているのである。 併し乍ら、一見して若き日の理想の連続と映るこのような思想形成の根底には、まさしく自 らの若き日の理想に対する批判と、現代に於ける「新しい神話」の不可能性への洞察、延いて は後の芸術の過去性のテーゼが着々と準備されていた。それは一体何故であろうか。 1800年 11月 2日附けの有名なシェリンク相宛書簡に於て、最早へルダーリンにではなく、シェ 68-リングにのみ自らの友人を求めたへーゲルは(36)、先ず『差異」論文で、或る一定の宗教に於け る「最高の美的な完全性」というものが、単に「教養の或る段階」でのみ活気あるものであり 得たに過ぎないとして、 7ランク7ルト時代の自らの「美わしい宗教」の理想を批判し、美的 な完全性の妥当性を制限している(37)。彼は諸対立の合ーを最早美的には追求せず、その合一(絶 対的同一性)への接近通路を、今や第一義的に「思弁」としての哲学に求めたのである。 確かにへーゲ、ルは、既に見られたょっに、この新しい体系構想、の中で芸術に着手し、それを 『差異』論文で'は体系の完結部に置く。併し彼に依るシラーの「ウ、、アレンシュタイン.n(1800) に関する考察 (1800/1801)からも窺えるように、へーゲルは既にフランクフルト末期から、
会命か車代止長そ呆元
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侮る機寵に対して懐疑的である。 Iヴアレンシュタインの読書の後の 直接の印象は、黙して聞き入れない運命のもとでの力強い人聞の没落について悲しく黙り込む ことである。劇が終われば一切がおしまいであるO 無の国、死の国が勝利を得たのである。そ れは神義論として終わっていない。……嫌悪すべきことだ(abscheulich)。……身の毛もよだつ ほど恐ろしい (e口tsetzlich)J (38)。この悲劇がへーゲルにとってそのように恐ろしいという印象を しか与えないのは、それが彼の眼に和解 (Versohnung)を実現しないからである。ギリシア悲 劇を和解の方向に解釈したへーゲルは、現代悲劇にはそれを見出し得ず、つまり芸術は彼にと (39) って、現代に於ては最早諸対立の合ーという使命を果たさないのである ところでたとえへーゲルが彼の時代の芸術に不満足で‘あったとしても、彼には尚もシュレー ゲルやシェリングのように、 「新しい神話」や「真なるエポス」を将来の芸術に求めるという 可能性があり得たはずで、はないか。併し彼はそのような方向には進まない。彼は今や自らの若 き日の理想でもあった「美わしい宗教」実現の諸制約を現代の内に吟味するが、そのような諸 制約が現代には見出きれないことを結論し、従って芸術がギリシア世界に於てもち得た大きな 社会的機能が現代では反復不可能なことを洞察するO 其処にはフランクフルト時代の国民経済 学(スチュアートや A ・スミスなど)の研究に依る、現代市民社会の必然性と矛盾に対する認 識の深化があると考えられる(40) 「新しい神話」の不可能性への洞察は差当って、イェナ初期の「人倫性の体系.n(1802/03) の続行と看倣される宗教哲学に関するローセツクランツの報告 (Ros.131ff)から看て取ること が出来る。其処でへーゲルは、根源的同一性から差異を介した相対的同一性を経て、再びこれ を絶対的同一性へと包摂するというシェリングの自然哲学的な諸概念に依って、宗教の三つの 形式を区別している (135)0 1)第ーの形式の宗教としてはギリシア宗教が考えられており、 それは未だ「芸術宗教」としてではなく、シラーやシュレーゲルと同様に「自然宗教J(Naturre -lz'gion)として捉えられている (135f)o2) 第二の形式としてはキリスト教が考えられており (136的、 3 )そして第三の形式としてへーゲルは、 「薪Lv¥宗薮」たる「民族宗教J(Volksre -ligion)を構想している(139ff)。するとこの構想は、一見して「体系プログラム』を想起せしめ る。併し J. H・卜レーデのように、両者の議論には微妙な力点の相違が生じていることを看過 -69-しではならない(4。)1 というのも、 1)何よりも先ずへーゲルは此処で、ギリシア宗教が没落し、 反復不可能であることを認識しているからであるこの美わしい神々の世界は、それを生気 づけた精神と共に没落せざるを得ず、単に一つの回想 (einAngedenken)としてのみ留まり得 るに過ぎないJ (136)。此処でへーゲルの謂う「回想」とは、過去の世界にのみ関わり、現代 に対して何ら生きた関係をもち得ないという意味であるo 2)また此処でへーゲルが構想して いる「民族宗教」は、 『体系プログラム』の場合のように、神話とイデーとの一致を含むべき であると言われてはおらず、神話により寧ろ思弁のイデーの方に力点が置かれている rこの 再構成された宗教に依って、自然宗教の内でのみ存在し得る精神の観念性の形式つまり芸術に、 必然的に他の側面、つまり思惟の形式のもとでの精神の観念性が附加された。そして民族宗教 は、思弁の最高の諸々のイデーを単に神話としてではなく、諸々のイデーの形式に於て言表し て含むのでなければならなしり (139)。換言すれば此処ではまさしく「新しい神話Jへの要求 は後退しているのである。 3)それ故にへーゲルは明瞭に、 「新しい宗教」は唯哲学に依つて のみ準備され得ると断言する。 r二千年間世界とその形成のあらゆる形式を支配して来た苦悩 と対立とのもつ全エネルギーを、自らの内に含むと同時にその対立を超えて高まるこの認識、 この認識は唯哲学のみが与え得るJ (14日。 4)そして最後にもう一つ注目きれなければなら ないのは、へーゲルがキリスト教の如何なる点を不満足と看倣しているかということである。 彼に従えば、キリスト教の賓らす自然の聖化(Heiligung,Weihe)は自身の精神に依るものでは なく、 「聖化は自然に対して外からやって来る。全精神的領域は、自身の根底と地盤から登っ て来てはいなし、りすると「聖化に於て無限の苦痛が恒久的となり、和解そのものは天に向かう ため息(Seufzer)となるJ (140)。此処から看て取り得ることは、へーゲルの関心は単なる和解 にあるのではなく、この現在に於什毛布癖ゐ完全去成批にあるということ、従ってそれが最大 の関心事である限りに於て、その和解を彼岸に押しゃる宗教は、彼にとって最高のものではあ り得ないということであるo すると同じことが彼の時代の芸術にも妥当し、和解を今現在呈示 し得ず、それを過去の世界に求める芸術、或いは同じことになるであろうが、 「新しい神話」 の要求として将来を待たざるを得ない芸術は、へーゲルにとってやはり最高のものではあり得 ないのであるo 併し乍ら我々は既に、新たに発見された諸草稿の断片六が神話と芸術に民族精神の自己形態 化という高い機能を賦与していることを見たではないか。併しそれはへーゲルの芸術批判と何 ら矛盾しない。神話と芸術がこのように大きな社会的機能を果たし得たのは、彼にとってギリシ ア世界でのことだからであるO 従ってこの断片になると、ギリシア宗教そのものが最早自然宗 教としてではなく、 「芸術宗教」として捉えられているO そしてこの断片が既に、後の芸術の 過去性のテーゼを予め指し示すような思想を含んでいるo 即ちへーゲルは、丁度同じ頃に神話 を天才の独創性に求めていたシェリングや、 「天才」概念を受容していた自分自身の『差異』 論文とは逆に、「神話の芸術作品」は「普遍的な財産にしてすべての人々の作品J(das allgemeine -
70-Gut so wie das Werk aller)であって、内容的に個々人の「創作J(Erfindung)ではないこと を強調して、 「天才」概念を斥けるo 彼は芸術的な創作も井戸掘りやアーチ建設のような分業 的な「労働J(Arbeit)と同じように扱っている。 I芸術家は謂わば、その足場が見えない仕方 でイデーとして眼前にあるような、石のアーチを建設する労働者達の聞にいる者である。各々 が一つの石を置く。芸術家も同様である。
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石を置く〕最後の者であるということは、彼に偶 然に起こるに過ぎなl,-"'IoJまた彼は、芸術作品がこのよっに共同の労働過程の所産たることを、 「国家の革命J(Staatsrevolution)にも比し、 「生きた世界J(lebendige Welt)にこのような仕 方で最早担われていないような芸術家は単に過去の世界に属する作品を造っているに過ぎない と考える。そして彼が彼自身の時代の芸術に見出しているものは、まきしくそのような傾向な のである(42) 同じ箇所は、ローゼンクランツの報告では、次のように言われている I我々の時代に於け るように、明らかに生きた世界が芸術作品を自らの内に形成しない場合、芸術家はその空想を 過去の世界へ移し置かなければならない。彼は自らに一つの世界を夢見(traumen)なければな らない。併し彼の作品にも、夢想という、または生き生きしていないという、過去(Vergangen -heit)という性格が端的に押されている」(43)。我々の時代が『差異』論文に言われているように「分 裂J(Entzweiung)の時代であって側、従って此処で言われるように「生きた世界」がそれ自身 「芸術作品」の如き統ーを自らの内に有していないために、その統一ないし和解を呈示すべき 芸術がその素材を直接現代には見出し得ず、それを過去の世界に求め、そのようにしてその芸 術作品そのものに「過去」の刻印が押されるとすれば、芸術そのものが、この現在に於ける和 解の呈示という最高の使命に関しては、過去のものとなったことになるのである。 而も同じく新たに発見きれた諸草稿中の断片五(1803)は、 「詩的な直観J(pO己tisch eAn-schauung)に対する(未だ一面的な)抗議を含み、詩作と哲学との原則的相違の認識に到達し ている。即ちポエジーは唯「個別化された諸々の個体性J(vereinzelte lndividualit批)とその単 に偶然的外的な関係を形態化し得るに過ぎず、それらの個体性の内的連関を生の統ーの内に直 観に責らすことが出来ないが故に、そのような「純粋に詩的なもの」は偶然的なものから自由 な「理性」の前には退却せざるを得ないというのである刷。従って個体性の内的連関を生の統 ーの内に認識し、現代を統べる分裂の直中に和解を認識し得るのは哲学に他ならないことにな り、此処にシェリングの超越論的観念論に於ける哲学に対する芸術の優位は拒絶されたことに なる。 きでへーゲルは1803/04年の「精神哲学』に於て、キリスト教芸術をロマン的芸術として考 察し、初期ロマン派に依って近代芸術の創始者として高〈評価された夕、ンテに言及するが、彼 はこのような芸術に、そして延いては芸術一般に批判的である。即ちロマン的芸術の形式は、 現在の仮象に過ぎず、その素材は、愛、ロマン的冒険、諸宗教の設立者達であるが、 「絶対的 彼岸J(absolutes Jenseits)としての絶対的意識への個別的意識の関係は、此処では単に個別的 - 71-意識の機減に依つてのみ可能である。その代表的作品がダンテの『神曲.JI (Gottliche Komodie) であり、 「其処では人聞の行動は自己自身を直接職減し、唯その無(Nichts)のみが絶対的確実 性を有し、その意識は唯意識の夢(einTraum)に過ぎず、その性格は永遠に、全く無力な過去 (Vergangenheit)であって、その際この劇に同伴する人間〔ダンテ〕は、唯涙にかき暮れるば かりであるd要するにへーゲルにとってこの芸術の本質は、民族がその内で「普遍的な作品」 を完成するというような「生きた関係J(lebendige Beziehung)つまり現在を有してはおらず、 単に「絶対的惜慌J (absolute Sehnsucht)を有するに過ぎないということである。其処ではシ ェリン夕、目玉称讃するような、近代芸術に必要な神話を自らに作った天才的個体としての夕、ンテ は全く問題になっていない。またへーゲルは既にさきの人倫性の体系の続行で、キリスト教が 哲学に依って宗教の第三形式へと止揚されなければならない理由を、それが和解を彼単に押し ゃることの内に見ていたが、キリスト教芸術の欠陥もへーゲルにとってまさしくこの点にある。 そしてこの欠陥は今やダンテの作品には力通りではなく、初期ロマン派にも、そして芸術一般に も妥当すると看倣きれる。こうしてこの現在に於て「生きた関係」を成就し得るのは結局「概 念の形式」以外になく、一般に「世界精神J(Weltgeist)は新しL、「普遍性の形式」つまり哲学 へと前進しなければならないことが示唆される(46) 更にへーゲルは、イェナ時代のアフォリスメンの一つで、ジャンルの純粋性を守る立場から 諸芸術の融合や芸術と哲学との融合を目指す自らの「体系プログラム』や、ロマン派の普遍的 ポエジーの構想にも反対する。 r完全なものは、勿論至る所で唯一つであるo 併しそれは、特 に芸術に於ては偉大なものであるO 即ち/ijj;{象を彩色しょっとしないことo一一コロスの汗情的 性格を萱場人物の劇的性格と合一しないこと。一ーそのようにしてまた哲学することを詩作す ることと合一しないことo 一般に必要な分離をすることを決意し そのような分離を守る 平 ' - (47) }ι」 そして遂に1805/06年の『精神哲学」に於て、未だ「憲法J(Constitution) の内部でではあ るが、芸術、宗教、哲学(学)に夫々の要素(Element)を指定することに依って、位置づけが 遂行きれるo 1)先ず芸術の要素は「直観」つまり「直接性」であり、それは媒介を本質とす る精神には「不適切」であり、 「この有限性の媒体つまり直観は無限なものを捉え得ない。」即 ち7ランクフルト時代には「真理」に等しかった美は(Nohl.254)、今や「絶対的な生命性の晴 着 (T出schung)J、 「真理を蔽うウ。エール (Schleier)Jに庇められ、その内には「思惟の形態」 はないとされる (279)(48)。 それに対して「芸術は、その真理に於ては寧ろ宗義である」とされ、 2)フランクフルト時 代に批判されたキリスト教は今や「絶対的宗教J(die absolute Religion) となるO というのは 此処では芸術の場合と異なり、 「神は精神であるということ」が「明るみに出ている」が故に、 精神が自らにとって絶対的に普遍的なものとして対象となっていると評価されるからであるo それに対してこのような精神の深みが啓示されていない「也ゐすよぺゐ宗義白木完全そ、為 ~oJ 72
そのような宗教としては自然宗教(未だオリエントの宗教かどうかは言及きれない)と「神話 自守」な「美わしい宗教J (ギリシア)が考えられている。併し乍ら絶対的宗教にしても、 「自 己を単に表象する精神」であるに過ぎず、精神の自己自身との和解は、 「この世界の彼岸」に 属し、 「精神の現在(Gegenwart)に於てではないu従って「宗教の内容は確かに真で、あるが、 併しこの真であることは一つの断言であり、一一一洞察 (Einsicht)がない一一J(280ff)。 3 )そして宗教に欠けているこの「洞察」を与えるものこそ、「絶対的学J(absolute
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β)としての哲学に他ならず、これは「宗教の内容と同ーの内容」であるが、併し「概念の 形式」つまり「媒介の形式」である。すると和解は、 「此処では別の自然ではなく、非現在的 な統一(dieu
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Einheit)ではなく、その享受や定在が彼岸 (jenseits)や将来的 (zu -kunftig)であるような和解ではない。そうではなく此処で仇z
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トー此処で自我は絶対者を認識する
(ERKENNT)J (286)。 この『精神哲学』に於ては、個別的な諸芸術の体系としては、 「静止的な描写」としての彫 剰と「形態なき動き」としての音楽という両極の中間に企画を位置づけ、更に言葉を音の拡張 と看倣すことに依って、ポエジーを音楽の後に位置づけている (278)。 また自然宗教、芸術宗 教、そして絶対的宗教という三つの世界観の輪郭も既に明瞭で、ある。それらは「精神現象学』 (1807 )の宗教の章で詳細に叙述きれ、特に自然宗教には、ペルシア、インド、エジプト等の オリエントの諸宗教が明瞭に割り当てられる。こうしてへーゲルは、シラ一、シュレーゲル、 シェリングの、古代(Antike)と近代 (Moderne)という抽象的な対立を突破するのであるo 皿.芸術の過去性のテーゼとの対決のために 以上簡単に考察きれたイェナ時代のへーゲルの芸術思想の発展を、芸術の過去性の思想形成 に焦点を絞って要約するならば、 先ずへーゲルは、イェナ初期には、一見シェリンクゃ哲学に従って芸術を体系の完結部に置き、 ロマン派の諸概念、を受容しているように見えるが、併しその根底には一貫して芸術の過去性の 思想が準備されていた。 1 )それは先ずへーゲルの反省が現代の歴史的状況に向かう時に明白となり、彼は反省の統 べる分裂の時代の中に、 「体系プログラム』で掲げたキリシア的な「美わしい宗教」実現のた めの諸制約を最早見出し得ない。 2 )そして彼は、例えばシラーの「ウーアレンシュタイン』のょっな現代芸術が、現代を統べ る分裂に対して和解を呈示し得ないことに失望する。 3 )へーゲルは、シェリングがイェナを去る1803年を境いとして、芸術に哲学よりも高い、 或いは哲学と同等の優位を与えるシェリング哲学を離れ、彼にとっての真実在たる精神の本質 を益々明瞭に自己関係性、自己媒介性、具体的普遍性として認識するに連れて、それに十全的 -73-な認識の要素が単に直接的個別的な「直観」ではあり得ず、媒介を本質とする「概念」である こと、従って芸術よりも哲学の方が高い認識であることを確信する。 4 )併しへーゲルは、彼が芸術の要素と看{故す
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固別」を「普遍」よりも低いものと看倣す に対し、まさしく宗教(絶対的宗教としてのキリスト教)は、たとえ未だ「表象J としてでは あれ、絶対者を普遍的なものとじて、つまり神が人となってその有限性を分かち、その上でそ の有限性(否定)に死する(二重否定)という否定を経て神に帰還するものとして認識するが 故に、芸術と哲学との聞に、更に宗教を位置づけるのである。 要するにへーゲルの関心は、抱舟岩ゐ言、議止命る車おと長什毛布癖ゐ成~にある。それが彼 の関心事である限りに於て、 この分裂の時代にその個別的要素と過去的素材の故に分裂の統一 を達成し得ないと判定された芸術は、それがギリシア世界で有していた絶大な歴史的社会的機 能を喪失し、 ロマンi
恨の要求する「新しい神話」や「真なるエポス」 としてのポエジーは、現 代では、少くともギリシア的な仕方では不可能で、あり、過去のものであると結論されたのであ る。 イェナ時代 (1801-1807)のへーゲルのこのような芸術思想は、未だ極的て一面的で、ある。 彼は詩的直観の本質を、偶然的外的な諸関係を伴った「個体性」 と看倣し、その内的連闘を形 態化し得ないものと解するが、芸術の個体性は、 「個体の内のイデーJ(Idee in individuo)で あり(
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A568, B596)、そのような個体性は統ーを欠いているどころか、まきしく有機 的統ーを具えているはずであるO また彼は芸術の要素たる直観を「直接性」の形式と決めつけ、 思惟と媒介性に無縁なものとし、真理の「晴着」と看倣すが、 「個体の内のイデ- jの形態化 はそれほど直接的なわけでも 思惟に無縁なわけでもなく またイデーに関わるものが単なる 晴着であるはずもないのである。 それ故にへーゲル自身がニュルンベルク時代 (1808-1816)には、 自らのこれらの思想のー 面性を修正するo 彼は1808年以降の『上級のための哲学的エンチュクロペディー」第 203節で、 芸術が精神を呈示する場としての「個体性」は、同時に偶然的な定在から純化きれたものであ ることを断っており、 また芸術の対象たる美が「自然の摸倣」ではないこと、従って通常の意 とは看{故され得ないことが示唆きれるo また1810/11年の 『中級のための論理学』第 130節では、彼は概念と実在性との直接的な合ーを「生のイテ、、一」 「晴着」 味での実在性と比して、 と規定し、 これを呈示したものを「美」 と捉えることに依って、芸術がイデーに関わるもので あることを認識している(49)。 そして過去のものときれたギリシア芸術は 確かに現代に於ては 反復不可能で‘はあるにしても、それなりにギムナジウムでの人文主義的な教養の理想(Bildungs -ideal)という意義が賦与される倒。 その上更にへーゲルはハイデルベルク時代 (1816-1818) には、ハイデルベルク・ロマン派との接触を通して所謂ロマン的(キリスト教的)芸術に対す る理解を深める機会を得、音楽ではJ.ティボーの合唱団や器楽(Instrumentalmusik)を楽しみ、 絵画ではボアスレー兄弟の中世絵画のコレクションに接する。そして詩ではクロイツアーの象 74-徴論(Symbolik)を識り、ゲーテの「西東詩集』の数少ない理解者の一人となり、ロマン的芸術 の「客観的フモールJ(objektiver Humor)を真の芸術作品と認識するに至る。I)。 併し乍ら周知の如くへーゲルは、彼が最初にハイデ/レベルクで、そしてベルリンで繰り返し行っ た『美学講義』に於て、結局は芸術の真理経験を何にも取って替わられ得ないような独自の仕 方としては承認しなかった。確かに芸術は一方で最高のもの(絶対者、精神、真理、イテ‘ー) を呈示するという使命を宗教や哲学と分かつており、人間精神の発展に於て絶対精神という高 い位置を占めるものではあるが、併し他方で芸術のイデーの呈示は、 「感性的」な具象化に依 っており、それ故に決して「最高にして絶対的な仕方」ではないのであるo 彼にとって「内容 が思惟の境域で獲得する現象の仕方」こそ「最も真実な実在性Jであるが故に、芸術に於ける 真理の現象仕方は、宗教や哲学に比した場合はやはり「晴着」と看倣きれる(1,23)臼)。而も現代 は「反省」の教養の時代である(I,24f)。こうして「これらのあらゆる関係に於て、芸術はその 最高の使命の側面に従えば、我々にとって過去のもの(einVergangenes)であるJ(1,25)。イェ ナ時代に基礎を敷かれたへーゲルの芸術思想、は、幾つかの修正は施されたものの、原則的には 「美学講義』に於ても保持され、主に芸術の感性的直観という要素を根拠として、その最高の 使命つまり和解の成就という社会的機能に関して終末を宣言されるのである(53)。 へーゲル生誕二百年祭 (1970) 頃から、へーゲル哲学のあらゆる分野(u"精神現象学』、論理 学、法哲学、美学など)に於て、その現代化 (Aktualisierung)が活発化しているが、とりわけ へーゲル美学との対決は、へーゲル哲学研究の方からも、哲学的美学の方からも極めて盛んで ある。そしてそのような対決の試みは、常にへーゲルの芸術の終末(過去性)のテーゼを巡っ て為される。何故ならば、へーゲル美学(芸術哲学)こそは、芸術の形而上学と芸術史学とを 綜合して、芸術が歴史的な真理経験のー仕方であるという放棄し難い認識を含み、美学を学的 理論として根拠づけているにも拘らず、まきしくその学的体系的基礎から生ずるかのテーゼが、 現代芸術を積極的に理解可能にし、芸術の将来的可能性を根拠づけることを妨げ、そのように して結局は美学そのものの可能性をも危うくしているからであるO この困難に関しては既にD ・へンリッヒが、へーゲルのテーセ守を、現代芸術の「部分的性格」 (der partiale Charakter)のテーゼ一一つまり現代に於ては芸術が形式の上からも内実の上から も「部分的」となったということを意味するに過ぎないテーゼーーと解釈して、寧ろこれを現 代芸術の解釈のために積極的に用いることを修正提案とした刷。併し乍らへンリッヒは、へーゲ ルのこのテーゼには、哲学こそが真理認識の真に包括的な仕方であるとい7要求(Anspruch)が 表裏一体的に結びついていることに故意に眼を閉ざしており、テーゼそのものを十分ラデイカ ルに受け止めてはいないが故に その修正提案はへーゲルの体系コンテキストそのものに立ち 入ろうとはしない。 それに対して、へーゲルの芸術の終末のテーゼを巡る議論に於て、その実りある方向づけに - 75
へーゲルのかのテーゼを、芸術の独 自性を否認するものとしてラデイカルに受け止めた上て¥現代に於けるへーゲル以後の哲学的 主辛ゐ取抱今什という関心事のために、改めてよ二今、Jt.-主辛ゐ引き主主表代化に着手した日)。 不断に寄与して来たA.ゲートマン二ジーフェルトは(55)、 彼 女は既に現代の代表的な美学理論の吟味を通して、ネオ・マルクス主義の美学からは芸術の歴 史白在会出機産の重視を、また解釈学的美学からは自律的を主車註験としての芸術の重視を取り、 これらを美学の根拠づ、けのために綜合する古最盛を追究して来たが、彼女は先ずこれらの洞察 をすべて若きへーゲゾレの芸術思想、から発展史的に引き出すことに努めた (17-141)。 その上で 彼女は、へーゲルのかのテーゼは唯彼の体系的基礎から必然的に生じたものに他ならないとし て、へンリッヒに対して、かの子ーセ、、の修正は、体系を前提するへーゲルの晩年の「美学講義』 の方からは不可能であり、体系以前の若きへーゲルの芸術思想、に依つてのみ修正可能であると 主張し (23f,280Anm 5, 376)、芸術が歴史的な真理経験のー仕方であるという若きへーゲル の思想、を、後の体系的枠組から切り離した (380)。 そして彼女は、若きへーゲル自身が要求し ていたにも拘らず、晩年のへーゲルが現代に否認した「新しい神話Jの可能性を、シラーの「素 朴的詩と情感的詩について』 (1795)に展開される新しいイ子"ューレ (Idylle)の構想に見出し、 この構想に含まれる芸術の社会批判的、ウトピー的機能を一層立ち入って規定することに依っ て、つまり 「へーゲルの立場のシラーの立場への還元J (375) として、へーゲル美学を修正し たのである。 元々現実の歴史の中にウトピーの可能性を認めないアドルノの否定的弁証法に対し、イデオ ロギーからの自由という意味での芸術の自律(Autonomie)と芸術の社会批判(Gesellsaaftskritik) の機能との綜合の可能性を、 ドイツ観念論美学に於ける「美的仮象」 (おthetischerSchein)の 概念に求め、 「美的仮象」に依る非人間的社会への批判という芸術の機能に、 ウトピ一的機能 という積極的な意義を見出さんとしたのは、 H.マルクーゼであるが、
A.
ゲートマン=ジー フェルトはこの7ルクーゼの試みに依拠しつつ、 シラーのイテでユーレ構想、が前提するウトピー 概念をこの方向に発展解釈し、芸術の社会批判的機能が如何なる点に於てウトピ一的機能をも ち得るかを明確に規定せんとした問。 即ち通常B.v・ヴィーゼなどのシラー解釈では、芸術は 美的仮象の内に現実に対する反対像を呈示することに依って、 カント的な統制的イデー(regula -として社会批判を遂行し、そのようにして現実のウトピー的和解(utopischeVersoh -に寄与すると看倣されるのであるが、 彼女に従えば美的仮象と現実との分離が前提さ れている以上は、美的仮象が責らし得るというウトピー的和解の現実への関連が尚も暖昧であ tive Idee) nung) るo 其処で彼女は通常余り着目きれないシラーのイテ、、ユーレ構想、に含まれるウトピ一概念が、 1 ) f.莫範としての古代ギリシアであること、 2 )併しそれは単なる古典主義を意味せず、 この ような過去の完成への指示は、将来への指示と相容れないものではないこと、 3 )つまりシラ ーは新しし、イテーューレに於て、古代的完成を近代的な仕方で達成し、先取的に呈示することを 課題としていたことを論じ、 この構想、が呈示するウトピーを「無限の文化的完成の過程の中で - 76の完成の具体的な出現(Vorschein)Jと規定し、それは決して直接的に政治的行動を惹き起こす わけではないが、併し現実の変革に向けて人聞の「行為の方向づ、けJ(Handlungsorientierung) を与えると考える r美的仮象は、それが(たとえ事実的には実現されてはいなくとも)原則 的に実現可能な二者択一として既存のものに対して構想きれているが故に、状況の変革への推 進力 (Impuls) を含も~}8)。 但しシラー自身がこの構想を放棄した原因を、彼女はシラーに於ける歴史構想の欠如に見、 彼が表現したギリシアとは美的国家といっ現実と対立する虚構的な芸術の領域であったが、も しもそのギリシアが現実を含んだポリス的全体として表象きれていたならば(そしてそれこそ は彼女の解釈するフランクフルト時代のへーゲルの非政治的ではない「美わしい宗教」の構想 に含まれるギリシア像である)、そのようなウトピ一概念こそは真に現実を変革する行為を動機 づけ得、こうして現実との真の関連を達成したであろうと考える問。