印度學佛敏學研 究 第
63
巻 第2
号 平成27
年3
月 (101
)『
理
趣
広
経
』
の
プ ダ
ク
写 本
と
『
吉祥 最 勝 本 初 広 釈
』
と
の
関
連性
に
つい
て
徳 重 弘 志
1
, はじ
め に『
理趣 広 経』
(白P
) は, 「般若分 (大 楽金剛不 空三昧耶 )」(舮1
), 「真 言 分 ・大 楽金 剛 秘 密 」 (9P
II) ,「
真
言 分 ・吉祥 最勝本
初」
(SP
III
) とい っ た段
階的
に成 立し た3
編が, 後 代 に 一つ に統 合さ れ た経典 で あ る 1) .§P
の チベ ッ ト大蔵 経諸版のう
ち ,§P
II
と9P
III
に属す る幾つ か の 章に お い て は , プ ダ ク写 本 (Ph )2)の 読み が ツ ェ ルパ 系 統や テ ンパ ンマ系
統とは 大幅
に異
な っ て い る.本稿
で は,SP
の チベ ッ ト 大 蔵 経 諸 版の 読み と,SP
の 註 釈 書で ある 『吉 祥 最 勝 本 初 広 釈 』 (p
繍 に お け る 本 経 典か らの 引用 文 とを比 較 する こ とで,Ph
が他の 諸 版 と は 異 な る 原 因 につ い て解 明 を試み た .2
.「
真 言分
・大楽
金
剛秘密」
に おけ
る用
例
SP
II
に関して は, チベ ッ ト語訳
の み が現存
して い る. また,SP
II
で は,複 数
の 章に おい てPh
の読
み が他の系
統 とは大幅
に異なっ てい る . そのう
ち,9P
II
の 第1
章3)に お け る相 違に 関 して は拙 稿4)で 既 に指摘 した の で, 本 稿で はSP
II
の 第2
章5)にお ける相 違に関 して 考 察 を行う
.まず,
SP
・II
の 第2
章に お け るPh
と他の 諸 版 とが顕 著に相 違 して い る記 述 と , そ れ に対 応 するgekd
に引用 さ れたSP
の 記 述 とを, 以下 に示 して お く. なお, 以 下 の 用例では, 下線
がPh
と他
の 諸版
の読
み が 一致
しない 箇所
を , ボ ール ド体
がSP
の記
述 と尹
蔽 に お ける引用文 とが一致す
る箇所
を, そ れ ぞ れ示してい る. 用 例1
[
Ph ]
6)bcom ldan ’
das
rnam par snang mdzad chen ede
bzhin
shegs a thams cadkyi
skUdang
1
[
Ph
以外の諸 版 ]7>(
102
) 『理 趣 広経』のプ ダク写本と 『吉祥最 勝 本初広釈』との関連性につ い て (徳 重)[
Tlka
]8)bcom
ldan
’das
de
bzhin
gshegs
pa
rnampar
snang mdzad chenpe
byang
chub mchoggi
phyag
rgya phyag gnyis
kyis
bcings
nas1
用 例
2
[
Ph]
9)tLg1t111h!
i
!
LgE1
h!ggE
−
Rg
sras dang bcas pa thams cadbyon
zhing ’dus nas brtan par gyur padang
!thams cad
grub
pa
’iphyir
dkyil ’khor chenpo
,i tshul zhugs te1
[
Ph
以外
の 諸 版]
1 )・ang・rgy・・、sra・
d
・ng・b
・asP
・・kun
!1
kun
… ’dus shi・gb
・tan p・r’gyur 11)4dkyil
’kh・r・ch・n p・’i
塑 thams cad grub p』yir kun nas bzhugs
11
[
Tika
]12)[_ ]de・b・hi・ gshegs・pa・sras・dang・b… p・ [_ ]
b
・k
・1
b
・・gy・ ・p・・’3)’d
・ ・ par mdzad ・d
・11
brtan
pa ni mi phyed pab /1
[...]thams cad grllbpa
’i
phyirdkyil
’khor
chenpo
’i
tshulgyis
zhugs so zhes bya ba ni 1
以 上の 用 例 で は,
Ph
にの み存 在 す る読み が, 罪緬 に 引 用 さ れたSP
の 記 述 と 一致
して い る. さ ら に, §P
II
の 第1
章に おい て も , 同 一 の 傾 向 を示 す用例が存 在す
る. この こ と か ら,Ph
と他の 諸版 とで は サ ン ス ク リッ ト原 典が異 なっ て お り,Tlka
に引用 さ れ た6P
はPh
と同一 の 原 典 に基づい てい る と推 定で きる.こ こで 問 題 と な るの が,
SP
の チベ ッ ト大 蔵 経 諸 版で は,SP
I
の 奥 書 にはSrad
−dh
蕊karava
an とRin
chenbzang
po
が翻 訳 者で あ り,
忌
P
III
の奥
書に はMantrakaldSa
と
IHa
btsan
po
Shi
ba
’od が翻 訳 者で ある と, 共 通 し て記さ れ て い る こ とで ある . これ に 関 して は,SP
III
の 奥 書にShi
・ba
・’od が 翻 訳 し た と記 さ れてい て も , そ れ がPh
に おけ
るSP
II
の 翻 訳者
もShi
ba
’od で ある という根
拠とはなり
え ない と判 断
で きる.さ らに,
Ph
と他の 諸版の 原 典 が 異 なる ことを裏
付 ける記 述が,Shi
ba
bd
に関す
る伝
記に存 在す
る.具体
的に は,SP
全体
をRin
chenbzang
po
が 翻 訳 し た が,SP
II
とSP
III
に関 し て は サ ン ス ク リ ッ ト原 典の 欠 落箇 所 を残 した ままの 「未 完訳本 」であっ た ため, 彼の 死 後 に
Shi
ba
’
od が新た な 原典 を入手 し て, その 欠 落を
補っ た 「完 訳 本 」 を作成 し た とい
う
経 緯が ある. ま た,Rin
chenbzang
po
はpka
も翻 訳 して い るが, こ の 註 釈 書 も 「未 完 訳 本 」 と同様に原典の 欠 落 箇 所 を残 して
い ると伝 え られ てい る 14)、
以 上の こ と か ら,
sP
II
に関しては,Ph
以 外の 諸 版 がshi
「理 趣広経』の プ ダク写本と 「吉祥最勝本初 広釈』との 関連性につ いて (徳 重) (
103
)で あるの に対 して,
Ph
は従 来 未 発 見 であっ たRin
chenbzang
po
に よ る 「未 完 訳本 」で あ る 可能 性が 高い と判 断で き る.
3
.「
真
言 分
・吉 祥 最 勝 本 初 」
にお
け
る用 例
SP
III
に関 して は , チベ ッ ト語 訳 と漢 訳 が 現 存 してい る. また,SP
III
で は, その 第17
章15)に お け るPh
の 読み が, 他の系
統とは大幅
に異なっ てい る . まず
,SP
IH
の 第17
章に お けるPh
と他の 諸 版とが 顕著に相 違 して い る記 述 と, そ れ に 対 応 するπ
版 に 引用 され たSP
の記 述 とを, 以 下に示 して お く. 用 例3
[
Ph
]16)kun bde
bde
ba
bla
na med 1[
Ph
以外の諸 版 ]17)gd1
!99E
.9
!y
!lb
kungxt18
) bd・b・’i・m ・h・9
!腿 ∂]19)
dngos grub kun gyi
bde
ba
’i mchog !用 例
4
[
Ph
]20)rdo rje sems dpa ’ ci rigs
par
!1[
Ph
以外の諸 版 ]21)rdo rje sems dpas gsungs
pa
bzhin1
/ma grub 22)rnams ky窃ng 23)grub par ’gyur /![
Tikd]
24>m ・g・・
bm
・m ・ky
・ng 曾・b
・par・’gy・ ・〃 [_ ]・d
・rj・sem ・・dpa
・g・ungs P・・b
・hi
・25)〃以 上の 用 例で は,
Ph
以外の 諸 版にのみ存 在 す る読み が ,箕
版 に 引 用 さ れ たSP
の記 述 と一致 して い る. さらに, 当該の章 全 体に, 同
一
の傾 向を示 す 多 数の用 例
が存 在 する. これ につ い て は , 次の
2
つ の 可能 性が 想 定で きる. 一方は,SP
III
に関 して は,
Rin
chenbzang
po
が依 拠 した77
版 の原典 と,Shi
ba
’od が依 拠 し た原 典が, ほ ぼ 同 一 の 内 容 だ という
可 能 性 で ある,他 方 はtShiba
bd
が 「完 訳 本 」 を作
成す
る過程に おい て,Rjn
chenbzang
po
が翻 訳 した 箕航 を参 照 し, 訳文 にそ の影響
を受 け
た という
可能
性で ある. これ に関連 して ,SP
II
の 第2
章に おい て も,Ph
と他の 諸 版とに共 通 して 存 在 する記述 の うち ,Ph
以外の 諸 版 に お け る読 み の方
が ,葬雁 に引用 さ れ たSP
の 記述 と一致
してい る用 例が存在 す
る. こ の こ とか ら,Shi
ba
bd
が箕
航 の影
響 を受 けた可 能性が高い と判 断で きる .(
104
) 『理趣広経』のプ ダ ク写本と 『吉祥最勝本初広釈』との関連性につ い て (徳 重)また,
Ph
にお けるSP
III
は,SP
II
の場合
と は異
なり
,pka
に引
用さ れたSP
の記
述 と は読み が一 致し ない . さ ら に,Ph
に お け るSP
III
の 奥 書に は, 他の 諸 版 と同様にShi
ba
’ od に よる翻 訳で ある と記 さ れて い る . こ の 問題 に 関 し て は, 次 の2
つ の 可 能 性が想 定で きる. 一方は,Ph
にお ける‘
P
III
は, 他の 諸 版 と同様 にShi
ba
’od に よ る 「完 訳 本 」で ある が , 何 ら かの 原 因 に よ り特 異 な読み に変 化 し た という
可能 性で ある.他 方 は,Shi
ba
・’od が複 数の サ ン ス ク リッ ト原 典 を入手
して おり
,「
完 訳 本 」 と は異 なる原 典 からの翻 訳も存在
し, それ がPh
に収
め ら れ てい る という
可能性
であ
る . こ の問
題に関
して は, 今 後の課 題 と したい .4
. お わり
に本
稿
で は,SP
II
とSP
III
に属 する幾つ か の 章に おけるPh
の 読みが, 他の 諸 版 とは異な る原 因につ い て 解 明 を試み た .調 査の 結 果,SP
II
におい ては ,Ph
にの み存在
する読
み が, 臆 に引用 さ れ たSP
の 記 述 と一致 して い るこ とが判 明 した .この こ とか ら,
Ph
に お けるSP
II
は, 従 来 未 発 見であっ たRin
chenbzang
po
に よる
「
未 完訳本 」で あ る 可能 性が高い と判 断で きる.他 方,
SP
III
の 第17
章に おい て は,Ph
以外
の諸 版に の み存在 す
る読
みが , 箕ka
に引
用 されたSP
の記 述 と一致 してい るこ とが判 明 し た . こ の こ と か ら,Ph
に お けるSP
III
の 第17
章は ,shi
ba
bd
に よる 「完 訳 本 」が何ら かの原 因に よ り特
異 な読み に変 化 し た か, ある い はShi
ba
bd
が 「完 訳 本」
と は異 なる サ ン ス ク リッ ト原典
か ら翻訳
を行
っ た と推 測で きる.ま た,
Ph
の 読み と 箕ka
に引 用 さ れ たSP
の 記 述が ,SP
II
に お い て は 一 致 し,SP
III
に おい て は一 致 し ない ことにつ い て は,Ph
に おい て は,Rin
chenbzang
po
訳の
SP
I
お よびSP
II
と ,Shi
ba
’ od 訳のSP
III
とい っ た3
編 が 統 合 さ れてい るこ とが原 因である と推 測で きる .1
)こ れ につ い て は, 福田 [1987
:83
−104
]を参 照.2
)Ph
は, 他の 諸 版 と は サ ン ス ク リ ッ ト原 典が異 なっ て い た 可 能 性が指 摘 さ れ て い る.こ れ につ い て は, 佐 藤[
2008
:76
−77
] を参照.3
)Dno
.488
, ta176a3
−177b5
:Pno
.12e
, ta
181bl
−183a5
:Ph
no .477
, tha133a6
−135b7
.な おt 紙幅の 都 合上, これ ら 以外の 諸 版の位 置につ い て は省 略 した .4
)こ れ につ い て は, 拙 稿 (徳 重 [2013
コ, [2014
])を参照 さ れ たい ,5
)Dno
.488
, ta181a5
−−182a4
;Pno
,120
, tal87a5
−
188a5
;Ph
no .477
, tha141a2
−142a6
.なお,
『中 華大 蔵 経 ・甘 珠 爾』の註 記には永 楽 版の 読み も記さ れて い るが,
D
とは異 なる読みだ け を註記 す る とい う編 集方 針が採 ら れて い る.その た め, 本稿で扱っ た用例の異 読に
「理趣広経』のプダ ク写本と 『吉祥最勝本初広釈」との関連性につ いて (徳
重)
(
105
)6
)Ph tha141a5
−6
.7
)D
ta181a7
−b1
;P
ta187a8
.8
)『丹 珠 爾』, vol .30
:813
.9
)Ph thal41a7
−bl .10
)Dta181b1
−2
;Pta187bl
−2
.11
)’gyur]CDJPU :gyur
H L N S T .12
) 『丹 珠爾 』, vo1 .30
:813
−814
.13
)gyur pas]CD ; ’gyur
bas NP .14
)これにつ い て は,川越 [1984
: (115
)] を参照.な お,こ の記述 に関しては, 高野 山大学の藤 田光 寛教 授よりご指摘いただい た.記 して感 謝い た し ます .
15
)Dno ,488
, ta223b6
−227b7
;Pno .ユ20
, ta
232b8
−
237a2
;Ph no .477
, tha208a4
−214al
.16
)Ph tha208b3
.17
)Dta224a4
;P ta233a6
.18
)gyi
]CDHJPU :gyis
LNST .
19
) 『丹 珠爾 』, voL31
:33
.20
)Ph
伽211a2
.21
)D ta225b6
:P・ta234b8
.22
)grub ]CDHJPSTU :sgrubLN .23
)kyang
]CDHJNPSTU
: kying L .24
) 『丹 珠 爾』, vol .31
:49
.25
)bzhin
]CD
:yinN
P
.〈略号 と参 考文 献 >