1-1 1. はじめに 1-1. 研究の背景と目的 伝統的建造物群保存地区制度 ( 以下,伝建地区制度 ) が創設されてから 40 年が経過し,現在に至るまでに 100 地区を超える歴史的集落や町並みが重伝建地区に 選定されてきた。地区内ではその歴史的風致を保つべ く,建造物に対する建築行為に制限を設け,歴史性の 維持保存や周囲への調和を図る。こうした行為は, 伝統的建造物の特性,即ち伝統的要素を維持するため に,既存要素を残すべきか否かという選択が行われて いると捉えることも出来る。その結果,建造物に表れ る伝統性は,残された既存要素と新たに付与された伝 統的要素が混在する形に変容する。 研究対象地はうきは市新川田篭伝建地区とする。対 象地は県南部に位置する山村集落で,茅葺き民家が群 として残ることから,2012 年 7 月に重伝建地区に選 定された。本研究は,民家改修による伝統的要素の変 容・維持について考察することを目的とする。 1-2. 分析の視点 対象地が重伝建地区に選定されてから現在までに行 われた民家改修は 8 事例確認できた。そのうち本研究 では,茅葺き民家の改修に注目し,事例 (A) 〜 (E) の 5 つを取り上げることとする ( 図 1)。次に,民家を構 成する要素を「外観」と「構造」に分け,それぞれ 3 章, 4 章で改修による変化点を抽出し分析を行う。それら の結果をもとに 5 章では,民家改修にみられる伝統的 要素の変容と維持について考察を行いたい。 研究方法は,改修前後の建築図面や写真資料を分析 し,改修関係者である施主や設計士へヒアリング調査 を行った。 1-3. 伝建事業の概要 伝建事業とは,歴史的風致の回復や維持を図ること を趣旨とした建築事業を指す。この事業では修理や修 景が行われ,事業主に対して経費補助が施される。
民家改修における伝統的要素の変容と維持
うきは市新川田篭伝統的建造物群保存地区を対象に
-青木 美音 図 1 改修事例一覧 建設年代:1907年(明治40年) 内 容:内部改修 施 主:「都市と山村交流」プロジェクト 改修期間:2014年11月-2015年3月 工 事 費:500万円 補助金:500万円(総務省) 建設年代:江戸期 内 容:修理事業,内部改修 施 主:所有者 改修期間:2013-12月-2015年6月 工 事 費:1500万円 補 助 金:1000万円(伝建) 建設年代:1887年(明治20年) 内 容:修理事業,内部改修 施 主:所有者 改修期間:2015年4月-2015年6月 工 事 費:1100万円(外周部) 補 助 金:800万円(伝建) 建設年代:1907年(明治40年) 内 容:修理事業,一部修景,内部改修 施 主:所有者 改修期間:2015年5月-2016年3月 工 事 費:1700万円 補 助 金:1000万円(伝建) 建設年代:江戸期 内 容:修理事業(再建),内部改修 施 主:うきは市 改修期間:2015年2月-2016年3月 工 事 費:4760万円 補 助 金:3000万円強(伝建+文化庁) 改 修 前 外 観 改 修 後 外 観 事 業 概 要 改 修 前 間 取 り 改 修 後 間 取 り (E) 移住体験施設 (A) カフェ併設住宅 (B) 田舎体験施設 (C) 別荘 (D) 再建復元民家 ※2015 年 12 月 23 日現在 ※2015 年 12 月 9 日現在 2 階部分は省略 2 階部分は省略 卍 ゴ フ フ フ フ フ・ト フ フ ト ト ト ト ト ト ト ト ト ト ト ト ト フ フ ゴ ザ ナ ダ ダ ダ ゴ ゴ ゴ ザ イ ( 店 ) ( 店 ) ザ ザ イ ナ 寝室 ナ ニ ニ ニ ゴ ザ ザ ザ ザ イ ナ ダ ナ ダ ゴ ニ ザ ナ ダ ダ ニ ニ ニ キ キ キ キ キ キ キ ゴ ザ ナ ダ…ダイドコロ , ナカエ ザ…ザシキ イ…イマ S=1:600 ゴ…ゴゼン ナ…ナンド 二…ニワ , ドマ キ…キッチン , 調理室 , スイジバ ト…トイレ フ…風呂 店…店舗部分1-2 修理事業では,伝統的建造物1) の特定物件を履歴 調査に基づいて然るべき旧状に復元し,修理事業で は,非伝統的建造物を修景基準に基いて周囲の歴史的 風致と調和するように整備する。また,修理・修景で ない現状変更を行う場合は,最低限度の規則を示す許 可基準に従わなければならない。 2. 各改修事例の概要 民家改修事例 (A) 〜 (E) の概要について述べる。改 修された民家は共通して伝統的建造物の特定物件であ る。事例 (A) 〜 (D) は,伝建の修理事業による外観改 修に加えて内部改修も行われている。それぞれの改修 目的は次の通りである。事例 (A) は,田舎暮らしに憧 れこの地へ移住した所有者による改修であり,雨漏り 等損傷部分の修繕,居住性の向上を図りつつ,住居の 一部をカフェとして利用可能にするために行う。事例 (B) の民家は,各種団体の宿泊や田舎体験に利用され てきた。今後も同様に利用されるべく,建物の傷みを 修繕する。事例 (C) は,30 年以上空き家で傷みが激 しかった民家を再生するために改修する。事例 (D) の 民家は水害で倒壊したものであり,うきは市が建物を 譲り受け,解体保存した部材より再建を行い,旧状復 元をする。事例 (E) は,空き家を活用して移住体験施 設とするために行われた改修である。この事例のみ伝 建事業ではなく,総務省の補助金によって内部改修を 行っている。また,事例 (D) は公共工事であり,総事 業費は他と比較するとおよそ 3 倍である。 3. 外観の変化 本章では,民家改修において外観を構成する要素が 何へ変化したかを捉える。また,その構成要素に関し ては〈屋根〉と〈壁面〉に大きく分け,二つの要素を 個別に取り上げ分析を行うこととす る。なお,壁面の名称は図 2 のよう に定義する。 3-1. 屋根葺材と屋根形状 対象地の茅葺き民家には,「茅」,「杉皮」,「トタン」 で葺かれたものが見られる。 茅は,これらの屋根葺材の中で最も古くからみられ たものである。次いで,大正期頃から杉皮が屋根葺材 として用いられるようになった。その背景には,対象 地において林業が興隆し,産出された杉材の余材とし て容易に入手出来るようになったことが関係する。さ らに時代が下り 1960 年代から,トタンを茅葺きの上 から被せる民家が増加した。従来の屋根葺材が入手困 難になったことや,屋根葺き職人の減少等様々な要因 によって茅・杉皮葺き屋根の維持が危ぶまれた状況に 対応すべくトタンという屋根葺材が現れた。現存する 民家には,これら 3 種類の屋根葺材が見られるが,ト タン被せ葺きが約 9 割を占めているのが現状であり, 茅葺き,杉皮葺きのまま残るものは殆ど無い。 このように,多くの民家がトタンを被せている中, 改修に伴ってトタン被せを外した事例がみられた。こ れにより,再び茅や杉皮葺き民家が現れるようになっ てきている。屋根葺材を茅や杉皮に変更したのは事例 (A),(C),(D) の 3 事例である。事例 (A) は杉皮を茅に, 事例 (C),(D) はトタンを外し,茅と杉皮にそれぞれ 葺き替えた。 これに対し,トタン葺きを維持する事例も見られ た。事例 (B) は,既存のトタンを新材のトタンへと架 け替えたものである。事例 (E) は外観改修を行ってい ないため,屋根葺材は既存のままである。また,屋根 の葺き替えに伴い,屋根形状に変化が見られたものも あった。事例 (C) では,むくりのきいた屋根形状になっ ており,段違いの屋根を繋ぐ部分は,曲線的に葺かれ ている。事例 (D) では 4 周に出された下屋を撤去し, 下屋空間がある正面や側面の一部分のみ屋根を葺き下 ろした形状になった ( 図 3)。 3-2. 壁面 本節では,壁面を構成する要素を (1) 壁面の仕上げ 材,(2) 壁面構成 ( 開口部の位置,仕上材の構成 ),(3) 開口部の意匠に分け取り上げる。 (1) 壁面の仕上げ材:改修前の壁面には,漆喰や土 壁,羽目板といった古くからみられる要素と,トタ ン,コンクリートブロック,モルタルといった現代的 な要素が混在していた。事例 (A) や (B) に見られるよ うに,正面と比較すると裏面の方がより多くの現代的 な要素で構成されている。 改修後これらの要素は白漆喰壁,土壁 , 聚楽壁,羽 目板張りといった,伝統的要素に集約された ( 図 4)。 (2) 壁面構成:改修前における壁面では,各仕上げ 材が規則性を持たず配置されており,事例毎に比較し てもその構成にはばらつきがみられる。 改修後の壁面はそうした不規則な構成から,腰壁と 壁,若しくは壁全体が一種類の仕上げ材で統一される といった明確な構成へと変化している。前者は事例 (A),(B),(C) に,後者は,事例 (D) にみられる。 図 3 屋根の形状 図 2 壁面名称定義 〈正面〉 〈裏面〉 ドマ ザ シ キ ゴ ゼ ン ナ ン ド ナ カ エ 〈上手側面〉 〈下手側面〉 (C) 別 荘 (D) 再建復元民家 丸みのある茅葺き 下屋部分まで葺き下ろした屋根
1-3 次に開口部の位置や規模に関して述べる。正面に概 ね構成される要素として,玄関の大戸,ゴゼンに面す る落縁のある引戸と越高窓,ザシキに面する引戸があ る。これらの要素は改修前後を通して維持される傾向 にあり,また全ての事例に共通する事象であることが 見てとれる。裏面や側面に見られる開口部は,各事例 により位置や規模は様々である。事例 (A) の裏面や事 例 (C) の上手側面に見られるように新たに開口部を設 けるか,事例 (D) の下手側面に見られるように,既存 の開口部を撤去している例が見られた。これは増改築 部分の減築により既存の開口部がなくなったり,新た に表出した壁面に新設したりするためである。 (3) 開口部の意匠的変化 : 開口部では主に次の様な 変化が見られた。(1) ゴゼン正面にある既存の越高窓 に,格子が付け足される ( 図 5- ① )。(2) アルミサッ シュの開口部が図 5- ②のような意匠の木製建具窓に 変更される。(3) 格子窓が既存のまま利用される ( 図 5- ③ )。(4) 木製戸袋を設置する。また,事例 (E) に おいて,家屋裏面の石垣を見せるピクチャーウインド ウ ( 図 ④ ) や断熱効果を高めるための内窓 ( 図 5-⑤ ) を設置している例が見られた。 4. 軸部の改変 5 事例のうち,構造部材を改修しているものがみら れた ( 図 6)。その目的に着目すると,「間取りの変更 のための部材改修」と「材の腐朽・躯体の老朽化に対 処するための部材改修」であることが挙げられる。前 者は事例 (E) に,後者は事例 (C),(D) にみられた。 事例 (E) は,図 6 に示すように軸部が正面から見て 反時計回りに捻れており歪んだ構造でありながら, 補正や補強といった対処は全く行われていない。さら にその状態のまま,ザシキ・ナンドを一体的な空間に するべく,両室を隔てる壁の中央に通る柱材を抜き取 り,間に合わせの補強として差鴨居をいれている。 事例 (C),(D) はどちらも同じ目的で軸部の改変が 行われているが,その方法には顕著な差異が見て取れ る。事例 (C) では,材の腐朽は見られるものの,構造 の崩壊は無く家屋は自立している状態であったが,既 図 4 壁面構成の変化 減築 減築 減築 減築 減築 減築 増築 土壁 ※上屋・下屋の下端で壁面を切り取っている. 羽目板張り 漆喰 コンクリートブロック トタン モルタル 黃聚楽壁 0 1 5m (A) カ フ ェ 併 設 住 宅 (B) 田 舎 体 験 施 設 (C) 別 荘 (D) 再 建 復 元 民 家 正面 正面 裏面 裏面 正面 正面 裏面 裏面 正面 正面 下手側面 下手側面 正面 上手則面 正面 上手側面 改 修 前 改 修 後 図 5 開口部の意匠的変化 ④石垣を切り取る窓 (A)( 改修前 ) (A)( 改修後 ) (E) (E) (B) (B) ⑤内窓を設けた開口部 ①ゴゼンの新設格子窓 ③既存の格子 ②木製建具に変更
1-4 存部材を丸ごと新材に交換している。それに対し事例 (D) では,水害で家屋が倒壊したのにも関わらず,極 力部材の交換を避け,柱の根本等,腐朽具合が極めて 甚だしい部分のみ新材を継ぎ足す形をとっている。 5. 変化における伝統的要素の変容と維持 屋根葺材に関しては,茅・杉皮葺きに戻すという変 化が見られた。これらが伝統的要素であることは言を 俟たないが,それを選択する背景は変容してきている といえる。かつて杉皮を屋根葺材に採用していたの は,林業の興隆により材が入手しやすいことに加え, 茅の 2 倍以上の耐久性を持つという,非常に費用対効 果の高い材であったことが理由にある。しかし現在で は,林業の衰退に伴い杉皮が入手しづらい状態にな り,茅の約 1.7 倍という高級な屋根葺材に変容した。 そうした理由から,杉皮葺きを維持することへの強い 意思と金銭的余裕を合わせ持たない限り杉皮を選択す ることはない。事実,現況は事例 (D) のみに留まって いる。一方で,茅葺き民家という再生産されない希少 価値のある存在に一部の者は特別な思い入れを持って おり,それらによって,茅葺き民家に戻されつつある。 壁面においては,様々な仕上げ材が白漆喰,土壁, 羽目板に集約される変化がみられた。これらの材は修 理基準に記載されている要素であり,全面的に修理を 行えば,どの壁面でも同様の仕上げになっていく。ま た壁面構成に関して,正面における開口部の位置や仕 上げ材の構成が殆ど既存のままということから,正面 の壁面構成は維持されていくと考えられる。一方,裏 面や側面にはもともと現代的な要素が多い部分である が,正面と同様の仕上げに揃えることで,新たに伝統 的要素を付加する方向へと変容している。 構造躯体を良好な状態に保つことは,民家の持続に 必要不可欠であり,それ自体が伝統性の維持に直結す ると考えられる。それを踏まえると,事例 (E) でとら れた軸部の措置は,民家の持続に関わる軸部の補正や 補強よりも目先の目的である間取りの変更を優先させ ているため,将来的に民家を持続させることには繋 がっていない。また,事例 (C),(D) でみられた軸部 の改変の差異から,両者が捉える伝統的要素が異なる ことが考えられる。事例 (C) では部材の大部分を替え ても,民家そのものを伝統的要素と捉えており,事例 (D) では,殆どの部材を既存利用していることから, 部材やその履歴を伝統的要素として捉えていると考え られる。これらより,伝統的要素の捉え方の相違が民 家の維持に多様性を生むことが明らかとなった。 以上より,屋根葺材や増改築の集中する裏面・側面 は,それぞれの要因により徐々に変容をみせている一 方で,軸組・小屋組といった民家自体を形成する部分 や正面性は,その改修内容に多少の差異がみられたも のの維持されていることを,5 事例ある民家改修から 捉えられた。これらの伝統的要素の変容と維持は、こ れからの新川田篭の民家の姿の一様相を表しているの ではないかと考えられる。 1)参考文献1)より,「築年数が50年を超え伝統的建造物の特性をもつ建築物」と定義されている。 〈参考文献〉 1) 福岡県うきは市教育委員会 :『うきは市新川田篭伝統的建造物群保存地区保存計画書』2012. 2) 文化庁文化財部参事官 :『歴史を活かしたまちづくり重要伝統的建造物群保存地区 87』2010. 【(E)移住体験施設】 【(C)別荘】 【(D)再建復元民家】 既存部材 新設部材 ※下屋・小屋組みは省略 ※歪みは強調して表現している (E):ザシキ-ナンド境の差鴨居 (C):新旧材 (D):柱継ぎ(左)、新設梁材(右) 柱材の部分的な継ぎ足し 新設された土台 新設された梁材 材軸の捩じれの向き 図 6 構造モデル図