現
代
に お
け
る
韓 国
仏教
の
対 応
一仏 教
社会 福祉
を中
心 と して ω 一釋
悟 震
1
. はじめ に
今 日の 韓 国
仏教
が, 日々変遷 を増し て い る現 代 に , どの よ うな対 応を し, 仏教
を現代社
会に如 何に位置
づ け よ う と して い るの か を考察
す るの が本
論の 目的で あ る。以上の
観 点
か ら,今
日に至るまで韓
国仏
教に おい て著 し い 飛躍や 思 想の 変 遷に よ る現 代を 生 き る韓 国 仏 教の多様
な現実
が あ るが, 中で も 「仏 教社会福
祉
」 に関す る現況 は韓国仏 教の 歴史 以来 覚 醒 的な もの が あ ると思わ れ る。 こ こで は,韓国仏
教に お ける社会福祉活
動を中心に論を進め たい 。た だ ,一つ お断 わ り して お き た い こ と は,
筆
者 は社 会福 祉を専 門 とす る者 で は ない 。 こ こで は, 現 地 調 査を し て現代
の韓
国仏 教の 今を あ りの ま まに報
告
す るこ と とす る。筆
者
は ,去 る平
成16
年(
2004
年 )
8
月か ら9
月に か けて現地
に赴
い て ,表
題の趣 旨に よ り, 質 問な らびに実
地 調査の 形 式で研究
を行
っ た。 以下はそ の 研 究の一端で あ る。2
.韓 国仏 教社
会
福
祉
の歩
み今
日の韓 国仏
教 界におい て 「仏
教 社 会福 祉」 とい う言 葉は ご く一般に用い られて い る。 しか し, これ は仏教 だ けの社 会福 祉が別に設け ら れ て い るとい うよ りは, 慈悲の 思 想 を基底に おい て い る仏教の 中で,福
祉 的要素
を活
か し て社 会 的実践を為 し て い るの を指 して い る。
20
パーリ学 仏 教 文 化 学しか し, 「仏 教
社
会福祉
」 とい う名 称に関して は, 未だ多 くの議論
が ある もの と思わ れ るが , こ こ で は その 論 を進め るの が 目的で は ない (2)。さて, 西
暦 372 年
に韓
国に伝来
され た仏 教は長い間
,韓
国民 族思 想 と融 合 して その 思想の 主流
とな り,脈々 と継承さ れ て きたの は周知の 如 くで ある。 殊に仏 教は慈 悲の思 想 に基 づ い て一切の差別が ない, つ ま り無量
の平 等
思想
に よ り人間救済
の 活 動, 言い 換え れ ば仏 教 社 会 福祉を展 開 して き た と思わ れ る。例 えば,韓国の 歴 史上
仏
教 社 会福 祉 活 動が最も著しい時代
は高麗 時代 (
940
〜1392
年)
で あ ろ う 。 周知の如 く高麗
時代は,他の 時代す な わ ち , 前の高
句麗 (
前1
世紀
〜668
年 ),新 羅 (356
〜935
年 ) , 百 済(4
世 紀 前半 〜660
年 ) お よび後
の 時 代で あ る李 氏 朝 鮮 (1392
〜1910
年 ) 時代 とは違 っ て朝 鮮 半 島 の 歴 史上初
め て 国教 として仏教
を認め,国家 仏 教 的 な 色彩が一段 と強 く, 他 の 時代よ りも多 くの仏
教文化
が同時代
を特
徴づ けて い る。した が っ て ,
高麗時代
に は社 会福 祉を総 括す る国の 機関
と して 「済
危宝」(
963
年 )
や 「救都
監」(
llO9
年 ), 「救 急都 監 」(
1258 年 )
な どが次
々 と設
立 さ れ たω。 これ らの機関
で は,貧 民 救済 活 動な ど を始
め ,今
日に い う社
会福
祉 的 活 動が 国 レ ベ ル に おい て活 発に行わ れ た。 ま た , 「東 西 大 悲 院 」 (1057
年)
, 「恵民局 」(
1112年 )
とい う国の 機 関で は, 人 民の 医療に 重き をお き,救済活
動 を行っ た。 この よ うな国の直接
的な機 関
による社 会福祉活動
と併行
し て, 主 な仏 教 寺 院や関係機 関
に 公 的 立場を与
え,人 民の 福 利 厚生 を促 し た。 例え ば, 現 在の韓
国中部
地 方にあ た る臨津
顯の 「普
通院
」 で は家無
き者
たちへ の 救済 活動
を , 「養 賢顧
」 で は人材育成
をなすべ く,貧 者の 学 童た ち に奨 学金の 支 給を行 っ た。 あ るい は, 「演 福 寺」 「弘慶 寺」 「開 国寺」 な ど多 くの仏教寺 院で は飢 饉や貧 困で苦 し んで い る少年 少女及 び児 童た ち を保護養
育
す る と同 時に,途 方に明け暮れ るお年 寄 りた ちに寺院
で住
居や食事
を提
供 した とい わ れて い る 。以上の よ うに , 高 麗時代は, 「国教 」 と し て 仏 教 を標 榜 し た だ けで あ っ て, 国を あげて慈悲の精
神
に基づい て社
会福祉政策
が実
施され た こ とを うか現 代に お け る韓 国仏 教の 対応 2且 が うこ と が で き よ う。
とこ ろで , こ の よ うな状 況は,前の新 羅 や百 済 時 代に お い て行わ れ た社
会
福祉 政 策 とは大 き く異なっ て い る。 つ ま り, 新羅 と百 済 時代は,仏 教精 神に 基づ い て一般 的な儀礼や儀 式な ど を行 うこ とに よっ て , 社 会や人 民を浄化
さ せ よう とする意
図が強
く働
い てい た こ とで ある。例
えば,新
羅 時代
に は, 八 つ の 戒め(
八斎
戒)
を毎 日守
り,月
の うちの六 日を その戒め を実践 する(
六 斎 日) ことに よっ て多 くの功徳
が得
られ, 幸せ になる とい う 「八 関 斉会
」 が 国 家 的 な行 事 と して 行わ れ た。 こ の よ うな行 事な どは,決 して 人 民の 個 別的 な幸
せ や教化
よ りは, むしろ国
や社
会全体の安寧が最た る 目的で あ っ た こ と で ある か ら,上記 した高麗
時代
の い わ ゆ る仏教社
会 福祉
とは その意味
を 異に する もの と思わ れ る。 そ の観点か ら,韓 国に おい て 「仏教 社 会福 祉 亅 として 明 らか な形 で現わ れ たの は, やは り高麗 時 代がその始 ま りで はない か と思 う の で あ る。とこ ろで
高麗時
代か ら所謂 李氏 朝 鮮 時代に目を転 ず る と, こ の よ うな仏 教 社 会福 祉 活動 は一変す るの で あ る。 つ ま り仏 教 寺 院に必 要な物資
な どの す べ てが国 家で決
め られ, 寺院
独 自の財産運営
がで き な くな っ た。最
小 限 度の物
資
の中
で は寺 院に居住
す る僧 侶た ち だ けで も生活
に 困窮す る とこ ろ とな り,高麗時
代の よ う な社 会福 祉に手
を廻す余 裕が全 くなか っ た。 特 に最悪で あっ た の は, 同 王 朝 第 四代の 王 で あ る世 宗 (在 位1418
〜1450
年 )以降 全 土の 仏 教寺院
所有
の土 地 を没収しただ けで はな く,多
くの寺
院を廃 寺 に さ せ ,良
家
か らの 出家 を厳
し く禁じた。 した が っ て,最小限の 仏 教寺 院生活を営
む こ とす ら も容 易な こ とで は なか っ た。 こ の ような厳
しい 状況の 中では ,仏教 社 会福祉活動
は自然消
滅を余儀 な くさ れ た。その 後,韓 国の
仏
教 は 日韓
併合
お よ び統 治(
1910
〜1945
年
)
,朝鮮 戦 争
(
1950
〜1953
年 ),仏教宗
派同士す なわ ち , 日本 統治時代
に 創 生 した妻 帯 僧 な ど に よっ て構成 されて い る太 古 宗と,古来か らの 韓国 仏 教の 伝 統 を 継 承 し て きた とい わ れる比丘僧
た ち等
か ら構
成 されてい る曹渓宗
との 紛争(
1954
〜1976
年 )な ど長い 間, 政 治 的 ,社 会 的, 歴 史の 渦 巻きの中
で自
ら を守 るだ
22
パ ーリ学 仏 教 文化 学 けで 精一杯で あ り, 仏 教社
会福祉
活動を す る余 力は どこ に も なか っ たの で あ っ た。一方, 近現 代の
韓
国で は 国際援
助の 名の 下で キ リス ト教が全 面 的に西欧の 社 会 福祉 活
動を行 う だ けでは な く,1970
年 代 に は各キ リス ト教 系の 大 学な どの 設 立 と同 時に 「社 会福祉
士 」 とい う專 門 要 員 を養 成 し輩 出させ た。 ま た その専 門施 設で あ る社 会福祉
法 人 も次 々 と出来あ が っ た。 この よ う な韓国特 有の 事情
も あ り, つ い 最 近まで は社
会福祉
とい えばキ リス ト教側 の専 売 公社
的
な よ う な もの で あ り,韓
国の社
会福祉
界を支配
的に長
い間
リー ド して き た。 例 えば仏教
側の志の ある者が社 会福 祉 活 動を し よう とし て も, その施 設 や専 門家あ るい は財 政な どがゼ ロ に 等 しい ほ どで あ るか ら結局は キ リス ト教 側に頼
る道 しか得 ら れ な かっ た と言
っ て も過 言で はない で あ ろ う。し か し なが ら過 去
100
年の 間, 全 く仏 教 社 会 福 祉 活 動を し なかっ たわ けで は な く, 上 記の よ うな困難な状 況の 中で も各 寺 院な ど を 中心に個 別 的に懸 命 に活動
を行っ た こ とは, 史実
の 記録
か らも理解
で きよ う。3
.韓 国仏教社
会福
祉
の現状
ま た
今
日に 至っ て は仏
教系
の大学
が次々 と設 立さ れ,各
大学
に は社 会 福 祉関連学科
が設け られ ,仏教社会福祉
士資格
を有
す る専門
要 員を年
間100
人 余 り輩 出 し てい る。 そ して その 専 門施 設 ともい うべ き施 設は平 成16
年(
2004
年) 6
月現 在, 計380
か所に のぼ る。 その 内訳を韓 国の 主要 都 市お よび 地域別
に確
認す る と次
の通
りで ある。(
1
) 仏 教系社会福祉施設
の地域別状況
ソ ウル 市122
か所 仁川市 8
か 所 蔚 山市
3
か所 忠清
道26
か所 済州 道5
か所 (5) 釜 山地域 26
か所 光 州市6
か 所京畿道 53
か所 全羅
道14
か所 大田市 9
か所 大 邱市30
か所 江原道
24
か所
慶 尚
道54
か所現代に お け る韓 国 仏 教の対 応 23
こ の よ う な現 況は,
1970
年 代あ るい は1980
年 代 前 半 まで の韓 国 仏教 に お け る社 会福 祉の 状況 はゼ ロ に 等 しい もで あっ たの で , 1980 年 後 半か ら徐 々 に始
まっ て 以来今 日に至るまで の こ とで, あ る意 味で は驚 異 的 な飛躍 とい っ て も過 言で は ない で あ ろ う。しか しなが ら韓国社 会に おい て , も う一方の 大 宗 教で あ る キ リス ト教 界に 比べ れ ばまだ ま だ
質
的量的に も劣
弱な もの とい え よ う。 例え ば ,現在韓
国キ リス ト教 系の40 余
りの 大学
か ら毎 年 数 多くの 社 会福 祉士 を養成輩 出 して い る。 そ う して 彼 らの専
門要
員の受
け皿 に なっ て い る各 社会 福 祉 施設も同教系
全 体で1637
か所 を数 えて い る 。 そ れで は実 際に 仏教 社 会 福 祉の 内容 と現 状は如何なるもの で あろ うか。 以 下の 図式 を もっ て確 認を した い。ボラン テ ィ ア ω活 動 内容お よ び現状 ボラ ン テ ィア組 織 発 足 人 数 活 動回数 活動場所 活 動 内容 看病ボ ラン ティ ア
92
年10
月1200
人 週 1回 病 院及 び 福祉施設 患 者さ んの看護 お風 呂話 し相手 臨 終看護 葬儀ボラ ン テ ィ ア 95 年 12 月 60人 週 1回 病 院 お経の奉仕 弔問な ど 家 族ボラ ン テ ィア 図 96 年 7月 50家 族 月 1回 福祉施設 環 境キ ヤ ン ペ イ ン 施 設 内の奉仕 海 難救 助 ボ ラン ティ ア
96
年7
月40
人 夏 季 海 辺 人命救助 環 境キヤ ンペ イン 一般ボ ラ ン テ ィ ア図 96年 3月 1500人 随 時 福祉施設 給食支援 イベ ン ト支 援 支援金伝達 (*[ ボラ ン テ ィア には家族ボ ランティ ア と一般 ボラン ティ アが ある 。 家 族ボラ ンテ ィ ア は両 親 と共に小 学 校 4 年 生 か ら 高 校 3年 生 まで の一家がボランテ ィ ア活 動に従 事 す る もの で あ る。 一般ボラ ン テ ィ ア は各地 域 の仏教 寺院を中心 にボランティ ア 活動 を行い , 福祉 団体の特別 行事な どに参加 する。 こ の 他に も刑 務所の 囚人た ちへ の相談など の ボラ ン テ ィア活動,臓器寄 贈,障害 者の た めに車両提供お よび手話 教育の実施, 軍 隊 へ 良書な ど の慰 問袋を送 付するボ ラ ン ティアな ど が 行 わ れて い る。24 パ ーリ学 仏 教文化 学
(
3
) 韓 国最
大仏
教 宗派曹渓宗
のボ
ラン テ ィ ア教育
課程に見る仏
教社会福祉
ボ ラン ティア組織 教育 課程 年 間の 教 育回数 教育内容 看病ボラ ン テ ィ ア 毎週2
回1
か 月課 程 4 回 仏教ボランテ ィ アの役割 脳卒 中患者 ・アル ッハ イ マ ー病 患者 の 看護法 癌症状及び管理 臨終者の 看護 法 応急の処 置 法 患者さ ん との対話法 な ど 葬儀ボラン テ ィ ア 毎週 1 回 2 か月課程 4 回 葬儀の意 義 れん1ゆう 嶮 襲方 法 告別 式の 手 順 荼 毘及び埋葬方 法な ど 家族 ボラン テ ィア 2 日教育1
回 ボラン ティ ア活 動の理論 と実 際 健全な家庭を作り良 い 両親にな り, 家族の重要性 海難救 助 ボラン テ ィ ア ス クーバ ダ イ ビ ン グ資 格 所 持 者 1 回 ボランティ ア 活動の理論 と実際 応 急 処 置 法 一般 ボラ ン テ ィ ア2
日教育 2 回 ボラン ティア 活動の 理論と実際 ボラン テ ィア活動の 指針 健全な家庭を作り良い両親に なるボ ラン ティ ア活 動事例 発表以上の よ うな
教 育
課程
を通
して年
間500
人余
りの ボ ラン テ ィ ア たち を輩 出 させ て い る。(
4
) 宗教
にお ける病院内
のボ
ランティア活動
韓
国で は数多
くの国 公立お よ び私立病院
があ る が,私立総 合 病 院で 上記の 例証に よ りそれ ぞれ の 宗派や社会 福 祉 団体で ボ ラン テ ィ アの活動
が活
発に 行 わ れ て い る。 し か し国立病 院に おい て , その 行 為を認めて い るの はソ ウル に ある 「国立医療
院 」 だけで あっ た。 した がっ て, 同病 院に おい て仏教 お よび他の宗派の 聖職 者に お け るボ ラン現 代にお け る韓国仏 教の 対応 25
テ ィ ア 活動の 現 況は, 日本で は先ず見る こ とがで き ない現 状で あ り, 刮目に
値 す る故, こ こに その 概 略を紹介 したい C8)。
韓
国 「国立 医療 院」 (National
Medical
Center
)
は, ソ ウル 特 別 市 中 区乙 支路
6
街 18
−79
に所 在 し, その 設 立は昭和
33
年 (
1958年 )
で,今年
ちょ うど47
年目に あ た り,ベ ッ ド数616
床を有す る同国で も有数の 国立総合 病 院で あ る。同
病院
で は,韓 国
の主な宗
教で ある仏教
キ リス ト
教 系
が共
に院内
に おい て宗
教者
た ち が そ れ ぞ れの立場か ら ボラ ン テ ィア活
動を展開
して い る。 その概
略を見る と以下の 通 りである。1 )仏
教〔
平成
元年 (
1989 年 )設
立〕
常住 相 談 員 :在 家 信 者
1
人非常動 :比丘
2
人,比丘尼6
人(a) ボ ラ ン ティ ア 構成 :ソ ウル 「東国 大学 瑞 林 会 奉仕 団」 及 び一般 ボラ
ンテ ィ ア約
20
人 と病 院関係者
20
人(
b
) 主 なボ ラン テ ィ ア 活 動 :重 度 患者の お世 話(
例えばお風 呂,
ひ げ そ り,
看 病, な ど) (c) 法話 :週 1 回
(
d
) 本 尊 :患 者さん を対 象 と してい るか ら薬 師如 來像を安 置 して い るの が特徴 とい え よ う。2 )
プロ テス タ ン ト〔
昭和60
年(
1985
年)
設立〕常
住相談
員 :牧 師2
人 , 長 老1
人及 びボラン テ ィア (a) ミサ :週2
回3 )
カ ト リッ ク〔
平 成10
年 (1998
年 ) 設立〕常住相談員
:神
父(
ドミニ カ国籍)
1
人
, シス タ ー1
人及
び ボラン テ ィ ア〔
a)
ミサ :週
3
回(
b
) 書籍 を無
料 配布
4
)
院 内宗 教空 間の位 置 地 上一階 カ ト リッ ク 地 下一階 仏 教 とプロ テ ス タ ン ト5 )
広さ3
宗
教共に8
〜10
坪26
パ ーリ学仏 教 文化学6 )
活 動 内容患
者
及 び職 員た ちの相談。祈 願 儀 礼 など。 以上 の 同
病院 内
の実
写 的 な宗 教 空 間の 模様は次の よ う な もの で ある。 「韓国国立 医療 院 」 前 景 院内の プロ テ ス タン トの実務室 院内の仏教の法 堂 院 内の カ トリック教会以上, 同病
院
内に お け る韓
国の 主な宗
教界
の ボ ラン テ ィ ア活動
の事例
を概
観 し た が, そ れぞ れの 宗派は,運 営に当た っ て の 寄 付金 も拠 出す る とい う。 それ は患者さんか らで は な く,外 部の 信 者やそ れ ぞ れ の宗 派の 寺 院か ら で あ る。 その 寄付
金の使い 道は ,当病院
の そ れ ぞ れの 同宗
教の信者
で あ る病院
の 職 員な らびに 当病 院の 入院 患者へ の ボラ ン テ ィ ア活
動に すべ て使 用す る とい わ れて い る。現代に お け る韓国仏教の対 応 27
4
.高等教
育
にお け る
仏教社会福祉 専門要員養成
の現状
ボラ ン テ ィ ア
活動
を専 門
に役割
を担
う人は , 「福祉
士」 と呼 ばれて い る専
門要 員で ある。 か れ ら を養
成す る専門機 関
を大 学 な どに設 けて い る。 その高
等教育
に お け る仏
教社
会福祉
専 門要 員養 成の 現 状は如 何な もの で あ ろ うか。韓 国
仏教
界で社会福祉
サ ー ビ ス の提供
の為
に は, 慈 悲の精
神に基づ い た専 門 家育成が何 よ り重 要視
されて い る。 大 学 とい う高等 教 育の 場に お い て質 的 に高
い レベ ル の社 会福 祉 教 育がで きる環 境にな る為に は, 先 ず 教 員の 質を よ り高
い レベ ル に引 き上げるこ とが重要で ある。 と同時に, 中で も何よ り急が な け れ ば な らな い の は, 臨床 専 門 教 員の 育成
であ る。例 えば 大 学 にお ける社会 福 祉 学科の 専 門教 員の 数は大 学別 に
2
人 か ら9
人 ほ どで平
均 して4
.7
人で ある。 その中
で臨床専
門教 員は各
大 学に1
人か2
人 ない し多 くて も4
,5
人に過ぎ
ない。殊
に 大学 院で 修士課 程を 設け て い る大学は20
余 り ある。 こ れ らの 大 学で は僅か な教員 を もっ て修士 だ けで は な く,博士課 程まで 担 当させ て い る。 し たが っ て,社 会福祉
の 多様な領 域 と研究
対象
, あるい は方
法論
な どを担 当可 能 な教 員のス タ ッ フ の補 充
が急 務で ある。 臨 床専 門 教 員は,講義
と実習
の 指 導, 現 場 との連 携な どに よ る加 重 な業務の 負 担を強い られて い るの が実情で あ る。5
.現代
に対 応 す
る韓
国仏 教
の苦 悩
と展 望
こ こ で韓国仏 教の 主流をな し て い る曹 渓 宗に 関 して 少 し ふ れ る必 要 が ある で あ ろ う。 曹 渓 宗の 正 式 な 名 称 は 「大 韓仏 教 曹 渓 宗 」 で あ る。 同 宗は
3000
余 りの寺院
と13000
人の僧 侶
を有
す る韓
国仏教全体
の約
50
の宗派
の中
で も韓
国 仏教 を代表
す る比 丘 ・比 斤尼教団で ある。本論
の 主題である仏 教 社 会福祉
活 動に お い て も中心的な役 割を果た し てい る宗派で ある。同宗 派全 般の 規
範
を示す 『宗 団 法令 集』 の 「僧 侶 法」 に は 「僧 侶は具 足 戒 と菩薩
戒を受持
し,修行
と教化
に 全 力 を注 ぐ出
家 独 身者
で は な けれ ば な らな28 パ ーリ学 仏 教 文 化 学 い」(9)と定め られて い る。 し た が っ て同
宗
所属
の僧侶
は全て具足戒
を受
け, また そ れ を守 り, な お独身
で はな け ればな ら ない の で ある。 そ し て全 く自由な 生 活様 式に お い て の 修 行 形 態で あ っ て も基 本 的に は, 「比 丘 ・比丘 尼は ,社
会の精 神
的指導者
で ある と同時
に奉仕者
で あ り,聖職
者
として高
邁な 人格
と資質
と能
力 を備
え, 平素
に お い て 言 動が 一般 民衆
に 師 表 とな り, ブ ッ ダの 救世 願 力の 実践者 として 修 道 と伝法 を通 して 仏国 土建 設 の 使 命を果た すべ きで あ る」 とい う曹 渓 宗の 法 令の 定義に よっ て な されて い るもの で な け れ ば な ら ない “o)。 同宗 派に 属す る比 丘 や 比 丘 尼 は こ の よ うな 定義に 基づ い て 出家 し修 行に励む こ とに な る。とこ ろ が こ の よ うな修 行 僧た ち, つ ま り, 教団内部におい て問題が 大 き く 浮上 して い る。 そ れ は独
身僧
の教団で あるか ら当 然な が ら個々 の僧侶
た ちの 世俗
的な意 味の家族は存
在 し ない 。 そのた め僧侶
た ち が, 老衰
や病
に遭遇 し た場 合,身
近 に彼 らの面
倒を見る人 がい ない の で あ る。 こ の よ うに同教 団の 僧 侶た ちの 福 祉の進 展が見 ら れ ない 現状は大き な 問題 点 として 指 摘さ れ て い る。 「現 代 」 に対 応 する中
で , 同宗 派の 僧 侶たち自身
の心 行 くまで の 修 行や 仏教に よ る社 会活 動を保 証 し て くれ る 「仏教 社会 福 祉」 が求め ら れ る とこ ろ で あ る。 中で も医療の保 障や老 後の保 障の ため に 「仏 教社 会福 祉 」 を求め る 声が 高い 。その 理 由と し て同宗 派の 僧 団の
構造
的問題
もある よ うで あ る。 っ ま り,僧 侶た ちが一様に修 行や布教に専 念で きる環境が整え られて ない 。
経 済 的 に 貧
冨
の 差が激 し く, そ れ に よる違和感。「門
衆
」 とい う韓
国仏
教特
有の僧
た ちの法脈制度
に よ り他
の門衆
との連帯
感の 欠如。檀 信徒
も ま た 「門
衆」 に左右 さ れ や す い の で , 当然な が ら 自ら が支 援す る門衆で なけ れば支 援 を しない 。した が っ て 一 定の枠 組に入 っ て ない 僧 侶の場 合は諸 般にわ たっ て 困難に お ちい る可 能
性
が高
い 。そ れで も
若
くて健康
な時に は そ れ な りの 生活を営むが, 病 気な ど を患う場合は一層困難な境遇 に処す る こ とに な る。今の とこ ろ これ らの僧た ち を支援 する仏 教社 会 福 祉 団体 また は病 院な どの 施
設
や老 後の施 設 も存在 しない 。 し か し最 近, 同宗 派 と檀 信 徒また は教 団の現 代に おける韓国 仏 教の対 応
29
行 政 部 との 間で 一応試 案を出し, その 準備に心 か けてい るよ うで ある か ら, よ り よ き展 開に希望と期 待が も た れ る。6
.結
び こ の 度の 現 地 調 査 の 結 果をま と め る な らば ,以下の よ うに なるで あろ う。1
)仏 教
が現代
に対
応 し よう として 「仏 教 社 会 福 祉」 の実
践を求
めて い る が,積極的 なボ ラ ンテ ィ ア活 動に参加 し よ う とす る仏
教徒
は少ない 。2 )
しか し韓 国の 仏 教 徒たちは, 「仏 教 社会福 祉 」 の実 践 のそ も そ もの 発 想 の 因を仏教の 「縁起 説」 に 求め て い る。 そ して 生 き と し生 け る もの と 「共 に生 き る」 こ とへ 主 眼を おい て い る 。3
)
韓国仏教の 各 宗 派は, そ れ ぞ れの宗派レベ ル で, よ り積 極 的な社 会 福 祉 活 動に 参加 するこ とを 望 んで い る。 全国的に 各個 別の 寺 院の 住 職た ちに は 宗 派を超
え て さ まざまな仏
教社
会福祉 活動に 従事 して い るこ とは著
しい もの が あ る。 この よ う な各 寺 院の 個別的 活 動に 促さ れ各 宗 派が動か さ れ て い
る現
状
も あ る。4 )
病 院の 社 会 福 祉 活 動 に お い て は 異なる宗
教同 士 に相 互 理 解 と尊 敬を もち,信条や思 想を超 えた社会 福 祉 活 動 に よ り一層 安心 して 生 き と し生 け る
もの に幸せ を与え よ う とす る努 力 を そ れ ぞ れの 宗 派が期 待を し て い る。
5
) 仏 教 思想が民族思 想の 主流に なっ て い る国々 が彑い に協力 しあい , 国 や民族を超え た交流をシ ス テム 化して未来志向的に進め る必要が あ る と思わ
れ る。 そ れに よっ て 専 門の ノ ウハ ウ を指
導
し教授す るこ と がで き る。 そ の 事 実, 仏教 社 会福 祉 活 動を したい が何
か らどの よ うに始め た ら良 い の か わか らず, その 辺 の ノ ウハ ウ を求め る声 が高い 。
6
)
こ の よ うに 現代
の韓
国仏教 界が取 り組んで い る仏教社会福祉
の実践行動
とい う現代に対す る仏 教の対応 が, 「社会福 祉 援助の序 列 」 す な わ ち ,
自助 (自分 の 事は 自分で す る)
互 助
(
自分の 周 りか らの 援 助 )共 助
(
地 方自治 な どに よ る援 助 )30
パ ーリ学 仏 教 文 化学公 助
(
政 府な どの公 的な力に よ る援
助)
をの り越え た世 界 と して 昇華さ れ る こ と が望ま れ る。7 )
そ れは, 「比丘 た ちよ, 私は神
々の きずなで あろ う と も, 人間
の きずな で あろ う と も, すべ て の きず
なか ら解
き放 された 。 比丘 た ち よ, そ なた た ち も, 神々 の きずなで あろ う と も, 人間の きずなで あ ろ うと も, すべ ての きずな か ら解
き放
されて い る(
mutta)
。多
くの 人々の 利 益の た め に, 多 く の 人々 の 幸せ の た めに ,世間
に 対す る慈し み の た め に,神
々 お よび人聞の 福祉
・利
益 ・幸
せ の ため に, 遍歴を (c5rikaiP )な せ 。 一つ の 道を二 人で行
くこ との ない よ うに し な さい(
ma ekenadve
agamettha )。 比丘 たちよ, 最
初
もみ ご と(
kaly
細a)
で あ り,中間 も み ご とで あ り,終わ り も み ご と で あ り,意義
が あ り,文 句 も 立派で あ る教え を説き なさ い。 完 全で 浄 ら か な清
浄 行(
brahrnacariya
)
を知
ら しめよ」(11)と, 釈 尊の教
えの本
義た る もの は, その 趣 旨か ら考え る場合
, い うまで も な く, 「すべ て の 生 き とし生 ける もの は幸せ で あっ て欲 しい 」 (sabbe satta
bhavantu
sukhitatta ) (Sn
.145
,147etc
.)
とい う切 実な願
望の 一句
に帰結
す るで あ ろ う。 その観
点か ら現代韓
国仏教
に お い て社 会 福 祉 実践 行 動とい う現代の 対応は,韓
国仏 教 特 有の 苦 悩 と矛盾を抱え な が ら も, 適 宜円満に釈 尊の真髄を, 時代の潮 流 と共に生 きるべ き すが た を懸命
に摸索
して い る現状
を確認
で き たの で は な い か と思 う。 注 (1
) 本 論作成の た め の現地調査に必要 経費は前田基金に よる。 前田惠 學 博士 に改め て 心よ り感謝 申し上 げる。なお現 地調査の際に は,韓 国ソ ウル歓喜寺の茶竟尼の献 い b)t, 身 的 な ご 助 力を始め,「社 団法人 生命を分か ち合 う実践本 部 」 事務 総長李 恵淑博 士,仏教 新聞社 ・李成 洙取材 次 長,現 代仏教 新 聞 社 ・魏 英蘭編 集局長, 社会福祉法 人, 大韓仏教曹渓宗社会福祉財団 ・崔鍾煥部長の ご親切な資料提供お よ びご教導 を 賜っ た こ と に深甚な る謝意を表す る。 (2
) 「社 会福 祉 」 に関 し て 国連は 「個 人や地 域 社 会の 基 本 的な欲 求を解 決す る ため に,助 力 し,か れ らの幸せ を推 進さ せ る た めの活 動」 と, 定義をつ けて い る。 (W .現代に おける韓 国仏 教の 対応
31
A
.Friedlander
& Rie Apte. Introduction toSocial
wetfare .5th
edition , Prentice Han Inc.且980 .
p
.4
.) (3
> 李恵淑博 士 『仏 教 社会 福 祉学の 体 系化の為の研究 』 東国 大 学 出 版 部, 1994年,22
頁;『高麗史』巻 78 「百 官志亅 第 2 。 (4> 李 恵 淑博士 『仏教社 会福 祉学の 体 系 化 の為の 研 究』 同 上 ;『高 麗史 』 巻80
「倉貸 志」 第3
。曹溪 宗 自願奉 仕セ ン ター 『分か ち合う修 行/自願 奉 仕 』 大韓仏教 曹渓 宗社会福祉 財団,
2004
年 6 月, 190−202頁。 (6
) 李恵淑博士編 『宗教社会福祉 』 東国大学 出版部 ,2003
年,320
頁。{
7
) ボラ ン テ ィ ア (volumteer )と か ボラ ン テ ィ ア 活 動 (voluntary action ) とい う名称を韓国で は 「自願奉 仕者」 と か 「自願奉 仕活動」 とい う。 つ ま り,韓 国で は日本で
一般名称になっ てい る力 タ カ ナ言 葉であ る 「ボラ ンテ ィ ア 」 と か 「ボラ ン テ ィ ア活 動」 とい う言葉は一般 的に は 用 いない の が通例で あ る。 (
8
) 国立医療 院の現 地 調査に あた っ て は,諸般の資料の 提 供 な どに関 して快 く ご協 力 を 頂い た韓国 ソ ウル 歓喜 寺の 茶 竟 尼 と同病 院の リハ ビ リ テ ーシ ョ ン (rehablhtation )科 (再 活 医学科 )宋永徑女 史に よるもの が多い 。 こ こに お二 人に改め て心 よ り感謝 を申し上げる。 (
9
} 第 】章か ら第3
章 (「宗 団法令集 』, 大韓 仏教 曹渓宗 ,2001 年改訂版,45−51頁 )。 (10
) 同上 『宗団法 令集 』 47頁。(
II
) muttoham 、bhikkhave
sabbap5sehi yedibb
五 ye ca m 巨nus5 . tumhe pi bhikkhavemutt 巨 sabbap 巨sehi ye
dibb
盃ye ca m 磊nus5 . caratha bhikkhave c巨rikambahujanah
而yabahujanasukh 盃ya
lok
盃nukampakfiya , atthiyahitfiya
sukh5ya
devamanuss
巨na 叩.m 五
ekena
dve
agamettha 、 descthabhikkhave
dhammamadikaly5rpam, ma 」
jhe
kaly
巨口a【p pariyos
巨ηakaly 帥am . s甑tthamsavyafijanam
kevalaparip叩 Oa甲
parisuddha叩
brahmacariyam
pak巨setha .(SN
.1
,p
.105 . L 24 −31 . M 衰rasa 叩ytta.〕;レ’1− n .且,
pp
,20−21,Mahavagga ,に も同様な内容が 記 さ れて い る。 訳 文に関 し て は, 中村 元博士 『ゴー
タマ ・ブッ タ 1』 春 秋 社, 1992 年 ,
517
−518
頁,前 田 惠學博士 『仏 教 と は何か ,仏教学い かに あ るべ きか』 山喜房 佛書林 ,平 成 15年, 119 頁な ど を参照し た。 参 考 文 献 李 恵 淑 編 『宗 教 社 会 福 祉 』 東 国大学出 版 部,2003 年 李 恵淑 『仏教 社会福祉学の体系化の為の研究 』 (博士学位請求論文)東 国 大学 出版 部,且
994
年 曹溪宗 自願 奉仕セ ン ター 『分か ち 合 う修行/ 自願奉仕 』 大韓 仏教 曹渓宗社 会 福祉財 団,2004
年