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パーリ学仏教文化学 (19) - 006釋 悟震「現代における韓国仏教の対応 : 仏教社会福祉を中心として」

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全文

(1)

に お

韓 国

仏教

対 応

仏 教

社会 福祉

心 と し ω 一

悟  震

1

. は

じめ に

 

今 日の 韓 国

仏教

が, 日々変遷 を増し て い る現 代 に , どの よ うな対 応を し, 仏

を現

代社

会に如 何

位置

づ け よ う と して い の か を

考察

す るの が

論の 目的で あ る。

 

以上の

観 点

か ら,

日に至るまで

教に おい て著 し い 飛躍や 思 想の 遷に よ る現 代を 生 き る韓 国 仏 教の

多様

な現

が あ るが, 中で も 「仏 教

社会福

」 に関す る現況 は韓国仏 教の 歴史 以来 覚 醒 的な もの が あ ると思わ れ る。 こ こで は,

韓国仏

教に お ける

社会福祉活

動を中心に論を進め たい 。

 

た だ ,一つ お断 わ り して お き た い こ と は,

者 は社 会福 祉を専 門 とす る者 で は ない こ こで は, 現 地 調 査を し て現

国仏 教の 今を あ りの ま まに

す るこ と とす る。

 

は ,去 る

16

2004

年 )

8

月か ら

9

月に か けて現

い て

題の趣 旨に よ り, 質 問な らびに

地 調査の 形 式で研

っ た。 以下はそ の 研 究の一で あ る。

2

韓 国仏 教社

 

日の

韓 国仏

教 界におい て 「

教 社 会福 祉」 とい う言 葉は ご く一般に用い られて い る。 しか し, これ は仏教 だ けの社 会福 祉が別に設け ら れ て い るとい うよ りは, 慈悲の 思 想 を基底に おい て い る仏教の 中で,

祉 的

要素

か し て社 会 的実践を為 し て い るの を指 して い る。

(2)

 

20

      パーリ学 仏 教 文 化 学

 

しか し, 「仏 教

福祉

」 とい う名 称に関して は, 未だ多 くの

議論

が ある もの と思わ れ るが , こ こ で は その 論 を進め るの が 目的で は ない (2)。

 

さて, 西

暦 372 年

国に

伝来

され た仏 教は長い

国民 族思 想 と融 合 して その 思想の 主

とな り,々 と継承さ れ て きたの は周知の くで ある。 殊に仏 教は慈 悲の思 想 に基 づ い て一切の差別が ない つ ま り

無量

平 等

に よ り人

間救済

活 動, 言い 換え れ ば仏 教 社 会 福祉を展 開 して き た と思わ れ る。

 

例 えば,韓国の 歴 史上

教 社 会福 祉 活 動が最も著しい

時代

高麗 時代 (

940

1392

あ ろ う 。 周知の如 く

高麗

時代は,他の 時代す な わ ち , 前の

句麗 (

1

668

年 )新 羅 (

356

935

年 ) , 百 済

(4

世 紀 前半 〜

660

年 ) お よび

時 代で あ る李 氏 朝 鮮 (

1392

1910

年 ) 時代 と違 っ て朝 鮮 半 島 の 歴 史上

め て 国教 として

仏教

を認め,国家 仏 教 的 な 色彩が一段 と強 く, 他 の 時代よ りも多 くの

文化

が同

時代

徴づ て い る。

 

した が っ て

高麗時代

に は社 会福 祉を総 括す る国の 機

と して 「

危宝

963

年 )

や 「

救都

監」

llO9

年 ), 「救 急都 監

1258 年 )

な どが

々 と

立 さ れ たω。 これ らの

機関

で は,貧 民 救済 活 動な ど を

め ,

日に い う

祉 的 活 動が 国 レ ベ ル に おい て活 発に行わ れ た。 ま た , 「東 西 大 悲 院 」 (

1057

, 「

1112年 )

とい う国の 機 関で は, 人 民の 医療に 重き をお き,

救済活

動 を行っ た。 この よ うな国の

直接

的な

機 関

による

社 会福祉活動

併行

し て, 主 な仏 教 寺 院や

関係機 関

に 公 的 立場を

え,人 民の 福 利 厚生 を促 し た。 例え ば, 現 在の

中部

地 方にあ た る

臨津

顯の 「

」 で は

家無

たちへ

済 活動

, 「

養 賢顧

」 で は人

材育成

をなすべ く,貧 者の 学 童た ち に奨 学金の 支 給を行 っ た。 あ るい は, 「演 福 寺」 「弘慶 寺」 「開 国寺」 な ど多 くの仏教寺 院で は飢 饉や貧 困で苦 し んで い る少年 少女及 び児 童た ち を保

護養

す る と同 時に,途 方に明け暮れ るお年 寄 りた ちに

寺院

居や

食事

供 した とい わ れて い る  。

 

以上の よ うに , 高 麗時代は, 「 」 と し て 仏 教 を標 榜 し た だ けで あ っ て, 国を あげて慈悲の精

に基づい て

福祉政策

施され た こ とを うか

(3)

現 代に お け る韓 国仏 教の 対応 2且 が うこ と が で き よ う。

 

とこ ろで , こ の よ うな状 況は,前の新 羅 や百 済 時 代に お い て行わ れ た社

福祉 政 策 とは大 き く異なっ て い る。 つ ま り, 新羅 と百 済 時代は,仏 教精 神に 基づ い て一般 的な儀礼や儀 式な ど を行 うこ とに よっ て , 社 会や人 民を浄

さ せ よう とする

図が

い てい た こ とで ある。

えば,

羅 時

に は, 八 つ の 戒め

を毎 日

り,

の うちの六 日を その戒め を実践 する

六 斎 日) ことに よっ て多 くの功

られ, 幸せ になる とい う 「八 関 斉

」 が 国 家 的 な行 事 と して わ れ た。 こ の よ うな行 事な どは,決 して 人 民の 個 別的 な

せ や

教化

よ りは, むしろ

会全体の安寧が最た る 目的で あ っ た こ と で ある か ら,上記 した高

の い わ ゆ る

仏教社

会 福

とは その

意味

を 異に する もの と思わ れ る。 そ の観点か ら,韓 国に おい て 「教 社 会福 祉 亅 として 明 らか な形 で現わ れ たの は, やは り高麗 時 代がその始 ま りで はない か と思 う の で あ る。

 

とこ

高麗時

代か ら所謂 李氏 朝 鮮 時代に目を転 ず る と, こ の よ うな仏 教 社 会福 祉 活動 は一変す るの で あ る。 つ ま り仏 教 寺 院に必 要な物

な どの す べ てが国 家で

め られ, 寺

独 自の財

産運営

がで き な くな っ た。

小 限 度の

で は寺 院に居

す る僧 侶た ち だ けで も生

に 困窮す る とこ ろ とな り,

高麗時

代の よ う な社 会福 祉に

を廻す余 裕が全 くなか っ た。 特 に最悪で あっ た の は, 同 王 朝 第 四代の 王 で あ る世 宗 (在 位

1418

1450

年 )以降 全 土の 仏 教寺

の土 地 を没収しただ けで はな く,

くの

院を廃 寺 に さ せ ,

か らの 出家 を

し く禁じた。 した が っ て,最小限の 仏 教寺 院生活を

む こ とす ら も容 易な こ とで は なか っ た。 こ の ような

しい 状況の 中では ,仏教 社 会福

祉活動

は自

然消

滅を余儀 な くさ れ た。

 

その ,韓 国の

教 は 日

お よ び統 治

1910

1945

朝鮮 戦 争

1950

1953

年 ),仏

教宗

派同士す なわ ち , 日

本 統治時代

に 創 生 した妻 帯 僧 な ど に よっ て構成 されて い る太 古 宗と,古来か らの 韓国 仏 教の 伝 統 を 継 承 し て きた とい わ れ

た ち

か ら

成 されてい る

曹渓宗

との 紛争

1954

1976

年 )な ど長い , 政 治 的 ,社 会 的, 歴 史の 渦 巻きの

ら を守 るだ

(4)

 

22

      パ ーリ学 仏 教 文化 学 けで で あ り, 仏 教

会福

活動を す る余 力は どこ に も なか っ たの で あ っ た。

 

一方, 近現 代の

国で は 国

際援

助の 名の 下で キ リス ト教が全 面 的に西欧の 社 会 福

祉 活

動を行 う だ けでは な く,

1970

年 代 に は各キ リス ト教 系の 大 学な どの 設 立 と同 時に 「社 会福

」 とい う專 門 要 員 を養 成 し輩 出させ た。 ま た その専 門施 設で あ る社 会福

法 人 も次 々 と出来あ が っ た。 この よ う な韓国特 有の

も あ り, つ い 最 近まで は

福祉

とい えばキ リス ト教側 の専 売 公

な よ う な もの で あ り,

国の

福祉

界を支

的に

リー ド して き た。 例 えば仏

側の志の ある者が社 会福 祉 活 動を し よう とし て も, その施 設 や専 門家あ るい は財 政な どがゼ ロ に しい ほ どで あ るか ら結局は キ リス ト教 側に

る道 しか得 ら れ な かっ た と

っ て も過 言で はない で あ ろ う。

 

し か し なが ら過 去

100

年の く仏 教 社 会 福 祉 活 動を し なかっ たわ けで は な く, 上 記の よ うな困難な状 況の 中で も各 寺 院な ど を 中心に個 別 的に懸 命 に活

を行っ た こ とは

の 記

か らも理

で きよ う。

3

韓 国仏教社

会福

現状

 

ま た

日に っ て は

の大

が次々 と設 立さ れ

に は社 会 福 祉

関連学科

が設け られ ,

仏教社会福祉

資格

す る専

要 員を

100

人 余 り輩 出 し てい る。 そ して その 専 門施 設 ともい うべ き施 設は平 成

16

2004

) 6

月現 在, 計

380

か所に のぼ る。 その 内訳を韓 国の 主要 都 市お よび 地域

認す る と

りで ある。

1

) 仏 教系社会福祉施設

地域別状況

ソ ウル

122

か所 仁川

市   8

か 所 蔚 山

市    

3

か所 忠

  26

か所 済州 道

  

5

か所 (5) 釜 山地

域 26

か所 光 州市    

6

か 所

京畿道  53

か所 全

  14

か所 大田

市  9

か所 大 邱市  

30

か所 江

原道 

24

慶 尚

 54

か所

(5)

      現代に お け る韓 国 仏 教の対 応      23

 

こ の よ う な現 況は,

1970

年 代あ るい は

1980

年 代 前 半 まで の韓 国 仏教 に お け る社 会福 祉の 況 はゼ ロ に 等 しい で あっ たの で , 1980 年 後 半か ら徐 々 に

まっ て 以来今 日に至るまで の こ とで, あ る意 味で は驚 異 的 な飛躍 とい っ て も過 言で は ない で あ ろ う。

 

しか しなが ら韓国社 会に おい て , も う一方の 大 宗 教で あ る キ リス ト教 界に 比べ れ ばだ ま だ

的量的に も

弱な もの とい え よ う。 例え ば ,現

在韓

国キ リス ト教 系の

40 余

りの 大

か ら毎 年 数 多くの 社 会福 祉士 を養成輩 出 して い る。 そ う して 彼 らの

員の

け皿 に なっ て い る各 社会 福 祉 施設も同

教系

全 体で

1637

か所 を数 えて い る  。  そ れで は実 際に 仏教 社 会 福 祉の 内容 と現 状は如何なるもの で あろ うか。 以 下の 式 を もっ て確 認を した い。  

 

ボラン テ ィ ア ω活 動 内容お よ び現状 ボラ ン テ ィア組 織 発   足 人 数 活 動回数 活動場所 活 動 内容 看病ボ ラン ティ ア

92

10

1200

人 週 1回 病 院及 び 福祉施設   患 者さ んの看護   お風 呂

 

話 し相手   臨 終看護 葬儀ボラ ン テ ィ ア 95 年 12 月 60人 週 1回 病  院   お経の奉仕   弔問な ど 家 族ボラ ン テ ィア 図 96 年 7月 50家 族 月 1回 福祉施設   環 境キ ヤ ン ペ イ ン   施 設 内の奉仕 海 難救 助 ボ ラン ティ ア

96

7

40

人 夏  季 海   辺   人命救助   環 境キヤ ンペ ン 一ボ ラ ィ ア96 3 1500 随 時 福祉   給食支援   イベ ン ト支 援   支援金伝達 (*[ ア に家族ボ ラ 一般 ボ ィ ア 。 家 族ボラ ンテ ィ  ア は両 親 と共に小 学 校 4 年 生 か ら 高 校 3年 生 まで の一家がボランテ ィ ア活 動に従 事  す る もの で あ る。 一 ア は地 域 仏教 寺院 ィ ア 活動  を行い , 福祉 団体の特別 行事な どに参加 する。   こ の 他に も刑 務所の 囚人た ちへ 相談など の ン テ ィア活動,臓器寄 贈,障害  者の た めに車両提供お よび手話 教育の実施, 軍 隊 へ 良書な ど の慰 問袋を送 付すボ  ラ ン ティアな ど が 行 わ れて い る。

(6)

 24      パ ーリ学 仏 教文化 学

3

) 韓 国最

教 宗

派曹渓宗

ラン テ ィ ア

教育

課程に見る

社会福祉

ボ ラン ィア組織 教育 課程 年 間の 教 育回数 教育内容 看病ボラ ン テ ィ ア 毎週

2

1

か 月課 程 4 回   仏教ボランテ ィ アの役割   脳卒 中患者 ・アル ッハ マ ー病 患者  の 看護法   癌症状及び管理   臨終者の 看護 法   応急の処 置 法   患者さ ん との対話法 な ど 葬儀ボラン テ ィ ア 毎週 1 回 2 か月課程 4 回   葬儀の意 義   れん1ゆう   嶮 襲方 法   告別 式の 手 順   荼 毘及び埋葬方 法な ど 家族 ボラン テ ィア 2 日教育

1

回   ボラン ィ ア活 動の理論 と実 際   健全な家庭を作り良 い 両にな り,   家族の重要性 海難救 助 ボラン テ ィ ア ス クーバ ダ イ ビ ン 資 格   所 持 者 1 回   ボランティ ア 活動の理論 と実際   応 急 処 置 法 一般 ボ ィ ア

2

日教育 2 回   ボラン ア 活動の 理論と実際   ボラン テ ィア活動の 指針   健全な家庭を作り良い両親に なるボ  ラン ィ ア活 動事例 発表

 

以上の よ うな

教 育

して

500

りの ボ ラン テ ィ ア たち を輩 出 させ て い る。

4

) 宗教

にお ける

病院内

ランティア

活動

 韓

国で は数

くの国 公立お よ び私立

病院

があ る が,私立総 合 病 院で 上記の 例証に よ りそれ ぞれ の 宗派や社会 福 祉 団体で ボ ラン テ ィ アの

活動

発に 行 わ れ て い る。 し か し国立病 院に おい て , その 行 為を認めて い るの はソ ウル に ある 「

」 だけで あっ た。   した がっ て 同病 院に おい て仏教 お よび他の宗派の 聖職 者に お け るボ ラン

(7)

      現 代にお け る韓国仏 教の 対応       25

テ ィ ア 活動の 現 況は, 日本で は先ず見る こ とがで き ない現 状で あ り, 刮目に

値 す る故, こ こに その 概 略を紹介 したい C8)。

 

国 「国立 医療 院」 (

National

 

Medical

 

Center

は, ソ ウル 特 別 市 中 区乙 支

6

街 18

79

に所 在 し, その 設 立は昭

33

年 (

1958年 )

で,

今年

ちょ うど

47

目に あ た り,ベ ッ ド数

616

床を有す る同国で も有数の 国立総合 病 院で あ る。

 

病院

で は,

韓 国

の主な

教で ある

 

仏教

 

キ リス ト

教 系

院内

に おい て

た ち が そ れ ぞ れの立場か ら ボラ ン テ ィア

動を展

して い る。 その

略を見る と以下の 通 りである。

1 )仏

年 (

1989 年 )設

 

常住 相 談 員 :在 家 信 者

1

  

非常 :比

2

比丘尼

6

  

(a ボ ラ ン ティ ア 構成 :ソ ウル 「国 大学 瑞 林 会 奉仕 団」 及 び一般 ボラ

   

ンテ ィ ア約

20

人 と

病 院関係者

20

  

b

) 主 なボ ラン テ ィ ア 活 動 :重 度 患者の お世 話

例えば

 

お風 呂,

 

   

ひ げ そ り,

 

看 病, な ど)     (c) 法話 1

  

d

) 本 尊 :患 者さん を対 象 と してい るか ら薬 師如 來像を安 置 して い るの      が特徴 とい え よ う。

2 )

プロ テス タ ン ト

昭和

60

1985

設立〕

  常

相談

員 :牧 師

2

, 長 老

1

人及 びボラン テ ィア     (a) ミサ :

2

3 )

カ ト リッ ク

平 成

10

年 (

1998

年 ) 設立〕

 

常住相談員

ミニ

籍)

1

ス タ ー

1

び ボラン

  

a

 

ミサ :

3

  

b

) 書籍 を

料 配

4

院 内宗 教空 間の位 置  地 上一階  カ ト リッ ク      地 下一階  仏 教 とプロ ス タ ン ト

5 )

広さ

 

3

教共に

8

10

(8)

26

       パ ーリ学仏 教 文化学

6 )

活 動 内容

 

及 び職 員た ちの相談。

 

祈 願 儀 礼 など。 以上 の 同

病院 内

写 的 な宗 教 空 間の 模様は次の よ う な もの で ある。   「韓国国立 医療 院 」 前 景   院内の プロ テ ス タン トの実務室   院内の仏教の法 堂   院 内の カ トリック教会

 

以上, 同病

内に お け る

国の 主な

の ボ ラン テ ィ ア

活動

事例

観 し た が, そ れぞ れの 宗派は,運 営に当た っ て の 寄 付金 も拠 出す る とい う。 それ は患者さんか らで は な く,外 部の 信 者やそ れ ぞ れ の宗 派の 寺 院か ら で あ る。 その 寄

金の使い 道は ,

当病院

の そ れ ぞ れの 同

教の

信者

で あ る

病院

の 職 員な らびに 当病 院の 入院 患者へ の ボラ ン テ ィ ア

動に すべ 使 用 い わ れて い る。

(9)

現代に お け る韓国仏教の対 応 27

4

高等教

にお け る

仏教社会福祉 専門要員養成

現状

 

ボラ ン テ ィ ア

活動

専 門

役割

う人は , 「福

士」 と呼 ばれて い る

門要 員で ある。 か れ ら を

成す る

専門機 関

を大 学 な どに設 けて い る。 その

等教育

に お け る

福祉

専 門要 員養 成の 現 状は如 何な もの で あ ろ うか。

 

韓 国

仏教

界で

社会福祉

サ ー ビ ス の

提供

に は, 慈 悲の

神に基づ い た専 門 家育成が何 よ り重 要

されて い る。 大 学 とい う高等 教 育の 場に お い て質 的 に

い レベ ル の社 会福 祉 教 育がで きる環 境にな る為に は, 先 ず 教 員の 質を よ り

い レベ ル に引 き上げるこ とが重要で る。 と同時に, 中で も何よ り急が な け れ ば な らな い の は 臨床 専 門 教 員

であ る。

 

例 えば 大 学 にお ける社会 福 祉 学科の 専 門教 員は大 学別 に

2

人 か ら

9

人 ほ どで

均 して

4

7

人で る。 その

臨床専

門教 員は

大 学に

1

人か

2

人 ない し多 くて も

4

5

人に過

ない。

 

に 大学 院で 士課 程を 設け て い る大学は

20

余 り ある。 こ れ らの 大 学で は僅か な教員 を もっ て修士 だ けで は な く,博士課 程まで 担 当させ て い る。 し たが っ て,社 会

福祉

の 多様な領 域 と研

, あるい は

な どを担 当可 能 な教 員のス タ ッ フ の

補 充

が急 務で ある。 臨 床専 門 教 員は,

講義

と実

の 指 導, 現 場 との連 携な どに よ る加 重 な業務の 負 担を強い られて い るの が実情で あ る。

5

現代

対 応 す

国仏 教

苦 悩

展 望

 

こ こ で国仏 教の 主流をな し て い る曹 渓 宗に 関 して 少 し ふ れ る必 要 が ある で あ ろ う。 曹 渓 宗の 正 式 な 名 称 は 「大 韓仏 教 曹 渓 宗 」 で あ る。 同 宗は

3000

余 りの

寺院

13000

僧 侶

す る

仏教全体

50

宗派

で も

国 仏教 を代

す る比 丘 ・比 斤尼教団で ある。

本論

の 主題である仏 教 社 会福

活 動に お い て も中心的な役 割を果た し てい る宗派で ある。

 

同宗 派全 般の 規

を示す 『宗 団 法令 集』 の 「僧 侶 法」 に は 「僧 侶は具 足 戒 と

菩薩

戒を

受持

し,

修行

と教

に 全 力 を注 ぐ

家 独 身

で は な けれ ば な らな

(10)

  28      パ ーリ学 仏 教 文 化 学 い(9)と定め られて い る。 し た が っ て同

僧侶

は全て具足

け, また そ れ を守 り, な お独

で はな け ればな ら ない の で ある。   そ し て全 く自由な 生 活様 式に お い て の 修 行 形 態で あ っ て も基 本 的に は, 「比 丘比丘 尼は ,

精 神

指導者

奉仕

あ り,

として

な 人

資質

力 を

え, 平

に お い て 言 動が 一般 民

表 とな り, ブ ッ ダの 救世 願 力の 実践者 として 修 道 と伝法 を通 して 仏国 土建 設 の 使 命を果た すべ きで あ る」 とい う曹 渓 宗の 法 令の 定義に よっ て な されて い るもの で な け れ ば な ら ない “o)。 同宗 派に 属す る比 丘 や 比 丘 尼 は こ の よ うな 定義に 基づ い て 出家 し修 行に励む こ とに な る。

 

とこ ろ が こ の よ うな修 行 僧た ち, つ ま り, 教団内部におい て問題が 大 き く 浮上 して い る。 そ れ は独

身僧

の教団で あるか ら当 然な が ら個々 の

僧侶

た ちの 世

的な意 味の家族は

在 し ない 。 そのた め

僧侶

た ち が, 老

に遭遇 し た場 合,

近 に彼 らの

倒を見る人 がい ない の で あ る。 こ の よ うに同教 団の 僧 侶た ちの 福 祉の進 展が見 ら れ ない は大き な 問題 点 として 指 摘さ れ て い る。 「現 代 」 に対 応 する

で , 同宗 派の 僧 侶たち

自身

の心 行 くまで の 修 行や 仏教に よ る社 会活 動を保 証 し て くれ る 「仏教 社会 福 祉」 が求め ら れ る とこ ろ で あ る。 中で も医療の保 障や老 後の保 障の ため に 「仏 教社 会福 祉 」 を求め る 声が 高い

 

その 理 由と し て同宗 派の 僧 団の

構造

的問

もある よ うで あ る。 っ ま り,

 

僧 侶た ちが一様に修 行や布教に専 念で きる環境が整え られて ない

 

経 済 的

の 差が激 し く, そ れ に よる違和感。

 

「門

」 とい う

有の

た ちの法

脈制度

に よ り

門衆

との連

感の 欠如。

  檀 信徒

も ま た 「

衆」 に左右 さ れ や す い の で , 当然な が ら 自ら が支 援す る門衆で なけ れば支 援 を しない 。

 

した が っ て 一 定の枠 組に入 っ て ない 僧 侶の場 合は諸 般にわ たっ て 困難に お ちい る可 能

い 。

 

そ れで も

くて

健康

な時に は そ れ な りの 生活を営むが 病 気な ど を患う場合は一層困難な境遇 に処す る こ とに な る。

 

今の とこ ろ これ らの僧た ち を支援 する仏 教社 会 福 祉 団体 また は病 院な どの 施

や老 後の施 設 も存在 しない し か し最 近, 同宗 派 と檀 信 徒また は教 団の

(11)

      現 代に おける韓国 仏 教の対 応                      

29

行 政 部 との 間で 一応試 案を出し, その 準備に心 か けてい るよ うで ある か ら, よ り よ き展 開に希望と期 待が も た れ る。

6

結    

び  こ の 度の 現 地 調 査 の 結 果をま と め る な らば ,以下の よ うに なるで あろ う。

1

)仏 教

現代

応 し よう として 「仏 教 社 会 福 祉」 の

践を

めて い る が,積極的 なボ ラ ンテ ィ ア活 動に参加 し よ う とす る

は少ない 。

2 )

しか し韓 国の 仏 教 徒たちは, 「仏 教 社福 祉 」 の実 践 のそ も そ もの 発 想 の を仏教の 「縁起 説」 に 求め て い る。 そ して 生 き と し生 け る もの と 「  に生 き る」 こ とへ 主 眼を おい て る 。

3

韓国仏教の 各 宗 派は, そ れ ぞ れの宗派レベ ル で, よ り積 極 的な社 会 福 祉 活 動に 参加 するこ とを 望 んで い る。 全国的に 各個 別の 寺 院の 住 職た ちに は 宗 派を

え て さ まざまな

会福祉 活動に 従事 して い るこ とは

しい も

 

の が あ る。 この よ う な各 寺 院の 個別的 活 動に 促さ れ各 宗 派が動か さ れ て い

 

る現

も あ る。

4 )

病 院の 社 会 福 祉 活 動 に お い て は 異なる

教同 士 に相 互 理 解 と尊 敬を も

 

ち,信条や思 想を超 えた社会 福 祉 活 動 に よ り一層 安心 して 生 き と し生 け る

 

もの に幸せ を与え よ う とす る努 力 を そ れ ぞ れの 宗 派が期 待を し て い る。

5

) 仏 教 思想が民族思 想の 主流に なっ て い る国々 が彑い に協力 しあい , 国 や

 

民族を超え た交流をシ ス テム して未来志向的に進め る必要が あ る と思わ

 

れ る。 そ れに よっ て 専 門の ノ ウハ ウ を指

し教授す るこ と がで き る。 そ の 事 実, 仏教 社 会福 祉 活 動を したい が

か らどの よ うに始め た ら良 い の か わ

 

か らず, その 辺 の ノ ウハ ウ を求め る声 が高い 。

6

こ の よ うに

国仏教 界が取 り組んで い る

仏教社会福祉

実践行動

 

とい う現代に対す る仏 教の応 が, 「福 祉 援序 列 」 す な わ ち ,

   

自助 (自分 の 自分で す る)

   

互 助

自分の りか らの 援 助 )

   

共 助

地 方自治 な どに よ る援 助 )

(12)

30

      パ ーリ学 仏 教 文 化学

   

公 助

政 府な どの公 的な力に よ る

をの り越え た世 界 と して 昇華さ れ る こ と が望ま れ る。

7 )

そ れは, 「比丘 た ちよ, 私は

々の きずなで あろ う と も, 人

の きずな で あろ う と も, すべ

か ら

。 比丘 た ち よ, そ なた た ち も, 神々 の きずなで あろ う と も, 人間の きずなで あ ろ うと も, すべ ての きずな か ら

されて い る

mutta

くの 人々の 利 益の た め に, 多 く の 々 の せ の た めに

世間

す る慈し み の た め に,

々 お よび人聞の 福

益 ・

せ の ため に, 遍歴を (c5rikaiP )な せ 。 一

くこ との ない よ うに し な さい

ma  ekena  

dve

 agamettha ) 比丘 たち

, 最

もみ ご と

kaly

細a

で あ り,中間 も み ご とで あ り,終わ り も み ご と で あ り,

が あ り,文 句 も 立派で あ る教え を説き なさ い 完 全で 浄 ら か な

浄 行

brahrnacariya

ら しめよ」(11)と, 釈 尊の

えの

義た る もの は, その 趣 旨か ら考え る場

, い うまで も な く, 「 生 き と

生 ける もの は幸せ で あっ て欲 しい 」 (sabbe  satta 

bhavantu

 sukhitatta ) (

Sn

145

147etc

とい う切 実な

望の 一

帰結

す るで あ ろ う。 その

点か ら現

代韓

仏教

に お い て社 会 福 祉 実践 行 動とい う現代対応は,

国仏 教 特 有の 苦 悩 と矛盾を抱え な が ら も, 適 宜円満に釈 尊の真髄を, 時代の潮 流 と共に生 きるべ き すが た を

懸命

摸索

して い る現

確認

で き たの で は な い か と思 う。 注 (

1

) 本 論作成の た め の現地調査に必要 経費は前田基金に よる。 前田惠 學 博士 に改め  て 心よ り感謝 申し上 げる。なお現 地調査の際に は,韓 国ソ ウル歓喜寺の茶竟尼の献       い b)t,  身 的 な ご 助 力を始め,「社 団法 か ち 本 部 」 事務 総長李 恵淑博  士,仏教 新聞社 ・李成 洙取材 次 長,現 代仏教 新 聞 社 ・魏 英蘭編 集局長, 社会福祉法  人, 大韓仏教曹渓宗社会福祉財団 ・煥部長 資料提 よ び導 を  賜っ た こ と に深甚な る謝意を表す る。 (

2

) 「社 会福 祉 」 に関 し て 国連は 「個 人や地 域 社 会の 基 本 的な欲 求を解 決す る ため  に,助 力 し,か れ らの幸せ を推 進さ せ る た めの活 動」 と, 定義をつ けて い る。 (W .

(13)

現代に おける韓 国仏 教の 対応

31

 

A

Friedlander

& Rie Apte. Introduction to 

Social

 wetfare .

5th

 edition , Prentice Han Inc.

 

且980 .

p

4

.) (

3

> 李恵淑博 士 『仏 教 社会 福 祉学 体 系化 』 東国 大 学 出 版 部, 1994年,  

22

頁;『高麗史巻 78 「百 官志亅 第 2 。 (4> 李 恵 淑博士 『仏教社 会福 祉学 体 系 化 研 究 同 上 高 麗史 』 巻

80

「倉貸   志」 第

3

。  

 

曹溪 宗 自願奉 仕セ ン ター 『か ちう修 行願 奉 仕 』 大韓仏教 曹渓 宗社会福祉   財団,

2004

年 6 月, 190−202頁。 (

6

) 李恵淑博士編 『宗教社会福 』 東国大学 出版部 ,

2003

年,

320

頁。

7

) ボラ ン テ ィ ア volumteer )と か ボラ ン テ ィ ア 活 動 (voluntary  action とい う名称

 

を韓国で は 「自願奉 仕者」 と か 「自願奉 仕活動」 とい う。 つ ま り,韓 国で は日本で

 

一般名称になっ てい る力 タ カ ナ言 葉であ る 「ボラ ンテ ィ ア 」 と か 「ボラ ン テ ィ ア活  動」 とい う言葉は一般 的に は 用 いない の が通例で あ る。 (

8

) 国立医療 院の現 地 調査に あた っ て は,諸般の資料の 提 供 な どに関 して快 く ご協 力  を 頂い た韓国 ソ ウル 歓喜 寺の 茶 竟 尼 と同病 院の リハ ビ リ テ ーシ ョ ン (rehablhtation )

 

科 (再 活 医学科 )宋永徑女 史に よるもの が多い こ こに お二 人に改め て心 よ り感謝  を申し上げる。 (

9

} 第 】章か ら第

3

章 (「宗 団 』, 大韓 仏教 曹渓宗 ,2001 年改訂版,45−51頁 )。 (

10

) 同上 『宗団法 令集 』 47頁。

II

) muttoham 、 

bhikkhave

 sabbap5sehi  ye 

dibb

ye  ca  m 巨nus5 . tumhe  pi bhikkhave

 mutt 巨 sabbap 巨sehi ye 

dibb

ye ca  m 磊nus5 . caratha  bhikkhave c巨rikam  

bahujanah

而ya

 

bahujanasukh 盃ya

 lok

盃nukampakfiya ,  atthiya

 hitfiya

 

sukh5ya

 devamanuss

巨na 叩.

 

m 五

 

ekena

 dve 

agamettha   desctha

 bhikkhave 

dhammam

 

adikaly5rpam,  ma 」

jhe

 kaly

巨口a【

p pariyos

巨ηakaly am . s甑ttham

 

savyafijanam

 

kevalaparip Oa

 

parisuddha

 

brahmacariyam

 pak巨setha .

SN

1

 

p

.105 . L 24 −31 . M 衰rasa 叩ytta.〕;レ’1

− n .且 

pp

,20−21

 

Mahavagga ,に も同様な内容が 記 さ れて い る。 訳 文に関 し て は, 中村 元博士 『

 

タマ ・ブッ タ 1』 春 秋 社, 1992 年 ,

517

518

頁,前 田 惠學博士 『仏 教 と は何か ,仏

 

教学い に あ るべ か』 山喜房 佛書林 ,平 成 15年, 119 頁な ど を参照し た。 参 考 文 献   李 恵 淑 編 『宗 教 社 会 福 祉 』 東 国大学出 版 部,2003 年   李 恵淑 『仏教 社会福祉体系化 』 (博士学位請求論文)東 国 大学 出版   部,且

994

年   曹溪宗 自願 奉仕セ ン ター 『 ち 合 う修行/ 自奉仕 』 大韓 仏教 曹渓宗社 会 福祉財  団,

2004

(14)

 

32

      パ ーリ学 仏 教 文 化 学   大 韓仏教 曹渓 宗社 会福祉財団 『曹溪 宗社 会福 祉』 創刊号 ,大韓 仏教曹 渓宗社 会福祉   財 団,

2002

年   大 韓仏教 曹渓 宗社会福 祉財 団 『福 祉 』 第

2

巻, 大韓仏 教曹 渓宗社 会福祉   財 団,

2003

年   金 仁淑 「宗 教 の社会福 祉 参与現 況お よび活性 化の 方案」 (『社 会福 祉』 通巻第139  号 ,韓 国社 会福 祉協議 会, 1998)   成 圭卓 ・金 東培 ・殷俊 寛 「 の社会福祉 参与に関する研 究」 (『神学 論壇』 第  

19

号 ,延 世大 学韓 国キ リス ト教 文化研究所, 1991)   慎燮 重 「国 仏 教 社 会福 祉課題 展望 」 (『日本 研 究』 第

10

輯 釜 山大 学日本 文   化研 究所,

1992

)   林松山 「 仏 教社 会福祉」 (『思想と事 例

1

』弘益 齋, 1995)   曽普覺 「仏 教社 会 福 祉 ど う す 」 (『韓国仏教 発展研 究院 開院記 念セ ミ ナー』 韓  国 仏 教発展研究院, 1994)   趙成熙 「21 世紀を対備す る仏 教 福祉の 方 向」 (『仏 教 福祉 論 叢』 創 刊号, 中央僧伽  大 学社 会福 祉学科, 1995)

参照

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