博 士 ( 理 学 ) 佐 藤 幸 治
学位論文題名
Electrophysiological mechanisms of homing mlgrationby01faCtioninSalmonidfiSheS
(サケ科魚類の嗅覚による母川回帰に関する電気生理学的機構)
学位論文内容の要旨
両生類、爬虫類、哺乳類は一般の匂いを受容する主嗅覚器の他に、フェロモン受容に関与す る鋤鼻器を持ち、前者には繊毛型嗅細胞が、後者には微絨毛型嗅細胞が受容細胞として分布し ている。嗅細胞が匂い物質を受容すると嗅受容器電位が生じるが、匂い物質が電気信号へ変換 される嗅覚トランスダクション機構は、まだ完全には解明されていない。一方、鋤鼻器を持た ない硬骨魚類の嗅上皮には繊毛型と微絨毛型嗅細胞の両者が混在している。魚類の嗅覚器はア ミノ酸、胆汁酸、プロスタグランジンやステロイドなどのフウロモン候補物質を受容するが、
この2種の嗅細 胞が、どのようにこれらの匂い物質を受容するのか、全く不明であった。
魚類は生活史の中で、嗅覚により行動や体内の内分泌的状態が調節されている。特にサケ科 魚類が生まれ育った母川の匂いの記憶や視覚を頼りに何千kmも離れた海洋から生まれ育った 母川へ回帰する現象はよく.知られている。しかし母川回帰とサケの嗅覚に関する電気生理学的 研究報告は多くない。その理由として、冷水性大型魚であるサケの電気生理学的手法による嗅 覚応答の測定が困難であることが挙げられる。特にパッチクランプ法による分離嗅細胞の匂い 刺激に対する応答電流の記録の例はない。母川回帰と嗅覚機構に関して、どのような匂い物質 が河川水の匂いの記憶として有効であるのか、その記憶のメカニズム、成長に伴う嗅覚機能の 変化、などの問題が解明されていなかった。これまで嗅球誘起脳波の測定による、母川回帰の 指標となる匂い物質に関する報告はされているが、実際にサケの嗅覚器が河川水に示す応答は 全く記録されていなかった。また、嗅受容器電位の発生には細胞外のNa゛の流入が重要な役割 を果たすが、回遊に伴い様々な塩分環境に生息するサケが、その塩分濃度の変化に適応し、海 水から河川ヘ移行する際の河川水の匂い識別を可能にする嗅覚のメカニズムについても、全く 不明であった。
本研究では湖沼型個体群のヒメマス、サクラマス、ニジマスを用いて母川回帰に関係する匂 い物質に対する嗅細胞の応答を嗅神経積分応答記録法とパッチクランプ法により記録解析する ことにより、サケ科魚類の母川回帰における嗅覚の関与と嗅覚機能の維持機構を明らかにする ことを目的とした。第1章において、ヒメマス、サクラマスの河川水や湖水などの自然水に対 する嗅神経積分応答を記録し、これらの魚種の嗅覚器における河川水識別能の評価を行った。
被検魚は筋弛緩剤の筋肉注射で不動化し、嗅球および嗅神経束を露出させ、嗅神経束に双極タ ングステン電極を刺入した。鼻腔に入れたステンレスチューブを通して嗅上皮を河川水などで 刺激し、得られた応答は増幅、積分したのちぺンレコーダに記録した。22尾のヒメマスと8尾 のサクラマスから測定した結果、各自然水はそれぞれ異なる大きさで嗅神経積分応答を引き起 こした。母川水に対して応答が大きくなる傾向は認められなかった。応答の大きさについて、
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種差 、性差 および 成熟度 の違いに よる差 は認め られな かった 。交差 順応実 験では 全ての自然水 の 組 み合 わ せ につい て、2次 応答が 消失し た組み 合わせ はなか った。 また湖水 に順応 したあ と の河 川水に 対する 交差順 応実験か ら、河 川水を 識別で きる濃度閾値は0.1‑1.0%と示された。こ れら の結果 はヒメ マスと サクラマ スは嗅 覚で河 川水を 識別で きるこ とを示 してい た。嗅神経積 分応 答は嗅 覚仮説 におけ る匂いの 刷り込 みの指 標では なく、 河川水 に含ま れてい る匂い物質の 強度を反映していることを示した。
本論 文 第2章 に おい て 、 ニ ジマ ス を 用いて 嗅上皮 中に混 在する2種類の 嗅細胞 (繊毛 型およ び微 絨毛型 嗅細胞 )をCa2十 フリー 液で分 離し、 圧力刺激 装置により繊毛または微絨毛に限局し て匂い刺激を与えwhole‑cell voltage‑clamp法により応答電流記録を行う手法を新たに開発した。
こ の 手法 を 用 い て44個 の 繊毛 型 お よ び20個 の微絨毛 型嗅細 胞から 、アミ ノ酸、 フェロ モン候 補 物 質お よ び 尿 に対 す る 応 答特 性 を 記 録し た 。 そ の結 果 、 繊 毛型 嗅 細 胞 はア ミ ノ 酸 、尿 と etiocholan‑3a‑ol‑17‑one glucuronide (ECG)に応答するが、微絨毛型嗅細胞はアミノ酸にのみ応 答す ること が明ら かとな った。ま たどち らの嗅 細胞で も、嗅 細胞ご とに応 答特性 が大きく異な る こ とが 示 さ れた。ECGに応 答した嗅 細胞は アミノ 酸と尿 にも応 答した 。魚類 の代表 的なフェ ロモ ンに応 答する 嗅細胞 は発見さ れず、 フェロ モンに 対する 感受性 を増大 させる アンドロゲン 処理 も嗅細 胞の応 答特性 に影響を 与えな かった 。以上 の結果 は、繊 毛型嗅 細胞は さまざまな匂 い物質に広く応答する Generalist として、微絨毛型嗅細胞は Specialist として特徴付けらる こと を示し た。こ の嗅細 胞の多種 の応答 特性は 河川水 の匂い の違い を識別 するこ とに役立って い る と考 え ら れ る。 ま たPGFsやDHPsな どの 魚 類 の 代表 的 な フ ェロ モ ン は ニジ マ ス の フェ ロ モンではないことが示された。
本 論 文 第3章 では 、 第2章 と同 じ手法 を用い て繊毛 型嗅細 胞から アミノ 酸混合物 に対す る応 答 を記 録 し 、 細胞 内 外 のNa+お よ びcrの 濃 度 を 変化 さ せ た 時の 逆 転 電 位の 移 動 、および6種 類 のcrチ ャ ネル プ ロ ッ カー の アミノ 酸応答 電流に 対する 効果を調 ぺた。 その結 果、細 胞外が Na+フリー であっ ても、 アミノ 酸刺激 により 繊毛型 嗅細胞 で内向き 応答電 流が発 生した 。この と き 、 保 持 電 位 を‑60mVか ら 十40mVま で 変化 さ せ る こと で 得 ら れた 電 流 ― 電圧 関 係 よ り求 められ た逆転 電位の 、細胞 内外のNa+およびCl・の濃度変化に伴う 移動は、電流成分にcrコン ダ クタ ンスが 含まれ ている と仮定 した時に 予想さ れる変 化と一 致した 。また6種類のCl・チャ ネルブ ロッカ ーは全 て、ア ミノ酸 刺激に よる内向 き応答 電流を 可逆的 に阻害した。応答阻害率 は嗅細 胞ごと で大き く異な り、内 向き応 答電流の 完全な 阻害や 自発的 チャネル活動の阻害も記 録 され た 。 以 上の 結 果 か ら、 繊毛 型嗅細 胞のアミ ノ酸刺 激によ る内向 き応答 電流に はcrの細 胞 外へ の 流 出 によ る 電 流 成分 が含 まれて いること を明ら かとな り、Ca2+活性化crチャネ ルが ニジマ スの嗅 覚トラ ンスダ クショ ン機構 に関与し ている ことを 示した 。このチャネルの存在に よ り、 ニ ジ マ スがNa+が ほ とん ど 含 ま れな い 淡 水 で生 活 していて も、嗅 細胞は 細胞内 からcr が 流出 す る こ とで 嗅 受 容 器電 位を 発生さ せること が可能 である 。またcrチャネ ルプロ ッカー は必ず しもcrチ ャネル に特異 的では なかっ た。
本 研究の 結果か ら、サ ケ科魚 類は嗅覚 器で河 川水の 匂いの 違いを 識別で き、各嗅細胞の応答 特 性 は それ ぞ れ 大 きく 異 な る こと、 その応 答電流 成分に はcrコン ダクタ ンスによ る成分 が含 ま れてい ること が明らか となっ た。嗅 細胞が 多様な 応答特 性を持 つこと は、匂い物質のわずか な 違いに 対して 個々の嗅 細胞が 様々な 応答を 示す可 能性を 示唆し 、河川 水に対して嗅細胞が示 し た様々 な応答 の総和が 、嗅神経積分応答における河川水ごとに異なる応答に反映したようだ。
ま た 嗅 細胞 に 存 在 するCa2+活 性 化crチャ ネルは 、サケ科 魚類の 嗅覚器 が回遊 に伴い 変化す る 塩 分環境 に適応 するため に役立っており、塩分環境が変化しても嗅覚機能を一定に保つことで、
嗅 覚によ る河川 水識別を 可能と してい ること が示さ れた。
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学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授