博 士 ( 薬 学 ) 安 田 学 位 論 文 題 名
妊娠の進行に伴う胎盤トランスポータの発現変動 およびその調節機構に関する研究
学位論文内容の要旨
哲
【目的】胎盤絨毛を構成 している栄養膜細胞(トロフ ォブラスト細胞)は胎盤の 成長過程で分化 することが知られており 、胎盤の機能は成長する胎児 に応じて短期間に著しく変 化している。ト ロフォブラスト細胞は母 体から胎児方向への栄養素な どの輸送あるいは胎児から 母体方向への代 謝物の排出を担う種々の トランスポータを発現していることが近年の研究で明らかにされているェ 卜ランスポータの胎児― 母体間と物質輸送に戴対する 寄与も胎盤の成長に伴い変 化していると推 察されるが、妊娠期を通 した胎盤輸送機能の変動およ びその調節機構に関する研 究は十分ではな い。そこで、本研究では 妊娠期を通した胎盤トランス ポータの発現・機能の変動 およびその調節 機構の一端を明らかにし 、胎盤における薬物胎盤透過 および相互作用による副作 用を回避するた めの知見を得ることを目 的とした:
【結果および考察】はじ めに妊娠日齢の異なるラット 胎盤に発現している種カの 栄養素トランス ポー タお よび 代 表的 な排 出ト ラン ス ポー タのmRNA発現量を比較した。そ の結果、胎盤に発現し てい るト ラン ス ポー タの 多く は妊 娠 の進 行に 伴いmRNA発現量が増加する 傾向を示した。しかし ながら、それらとは反し て妊娠の進行に伴い発現が減 少しているトランスポータ の存在も確認さ れた。これらの結果より 薬物の胎盤透過性あるいはそ れらに認識され得る栄養素 の胎盤輸送機能 は妊 娠の 時期 に よっ て変 動し てい る こと が示 された。葉酸の母体ー胎児 方向の輸送に関与する FRn、RFCなら び にHCP1の 発現 は増 加 して いた 。一 方 、胎 児ー 母体 方向 の 輸送 への 関与 が示 唆 されているB(ニRPは減少 していたことから、本研究 では胎盤における葉酸輸送に関与するこれら の輸送担体に着目した。
妊娠ラットに葉酸を投 与し、胎児および胎盤への移 行量を評価した結果、それ らの移行量は妊 娠の進行に依存して増加 していることが示された。こ の結果は、葉酸輸送担体の 発現変動との関 連が示唆されるものであ った。そこで、ヒト胎盤由来 であルサイトトロフォブラ スト細胞のモデ ルと して 汎用 さ れて いるBeWb細胞 お よび シン シティオトロフォブラスト 細胞で構成されている ヒ ト 満 期 胎 盤 よ り 調 製 し たBBMVsを 用い て葉 酸の 輸 送機 構を 解析 した 。BeWb細胞 にお ける 葉 酸取 り込 みはpH依存 性を 示し 、HCP1の阻 害剤 であ る へミ ンは2相 性を示 す葉酸取り込みの低親 和性 画分 を阻 害 した 。一 方、RFCの基 質で あ るTPPは全く影響を及ぼさな かった。これらの結果 よ り 、BeWb細 胞 に お け る 葉 酸 取 り 込 み は 主 にFRaお よびHCP1が 関与 して おり 、RFCの 寄与 は 小さ いこ とが 示 唆さ れた 。ヒ ト満 期 胎盤BBMVs^ の葉 酸取 り込 み は、FRaの機 能を 停止 させ る PI‐PLC処理 によ って 減 少し 、ヘ ミン また はTPPを共存することにより、 その減少の程度は大き
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く な っ た 。 し た が っ て 、 ヒ ト 満 期 胎 盤 にお ける 葉酸 輸 送はFRa、RFCな らび にHCP1の3種 類の 担 体 に よ っ て 行 わ れ て い る こ と が 示 さ れた 。以 上のBeWo細 胞お よび ヒ ト胎 盤BBMVsの結 果よ り 、ト ロフ ォブラスト細胞における葉 酸の取り込み機構は細胞の分 化に伴って変化しているこ と が示唆さ れた。
妊娠 期を 通 して 発現 の減 少 が確 認さ れたBCRPは その 発現量に性 差があると報告されている 。 ま た、 胎盤 は 性ホ ルモ ン分 泌 能を 有す る臓 器で あ るこ とから、BCRPの発現は性ホルモンによ っ て 調節 を受 けている可能性が推察され た。そこで、胎盤から分泌さ れる性ホルモンであるエス ト ロ ゲン およ び プロ ゲス テロ ン が及 ばす 影響 をBeWo細胞 を用いて評 価したところ、エストロン 、 エ ス ト ラ ジ オ ー ルお よび エ スト リオ ール の3種類 のエ ス トロ ゲン はい ず れもBCRP mRNAの 発現 を 増加 させ る 傾向 を示 した 。 一方 、高 濃度 のプ ロ ゲス テロンはBClい耐ばA発現を抑制するこ と が 明ら かと な った 。さ らに 、BCRPのタ ンパ ク質 発 現量 はエストラ ジオール添加によって濃度 依 存 的に 増加 し 、プ ロゲ ステ ロ ンはBCRPタン パク 質 発現 量を減少さ せる傾向を示した。エスト ラ ジ オ ー ル お よ び プロ ゲス テ ロン はBeWb細 胞 にお けるBCRPInI蝋A量を 変動 させ たこ と より 、こ れ らはBCRPの 転写 活性 に影 響 を及ばし ていることが示唆された。EeらはB(:RPプロモータに エ ス トロ ゲン レ セプ タ応 答配 列 (ERE) が存在していることを報告し ている。そこで、BcWb細胞 お よ びT47D細 胞 を 用 い 、ERnの 強 制 発 現 がBCRPプ ロモ ータ 活性 に 及ば す影 響を 検討 し た。 その 結 果、 両細 胞 にお けるBCRPプ ロモ ータ の応 答はEIkを強 制 発現 させ るこ とに よ り有意に増大 し た 。 ま た 、T47D細胞 を用 い てBCRPプ ロモ ー タの 上流 の削 除お よ びEI也配 列ー の変 異 導入 の影 響を確認 したところ、ERE(‐243/一225)を失うことによってその活性は著しく低下した。したがっ て 、EIuはEREを 介 し てBCRPプ ロ モ ー タ の 応 答 を 増 強 し て い る こ と が示 唆さ れた 。 しか しな が ら 、BeWb細 胞 に お い て プ ロ ゲ ス テ ロ ン はBCRPmRNAお よ び タ ン パ ク質 発現 量を 抑 制さ せる に も関 わら ず 、プ ロモ ータ 活 性に はほ とん ど影 響 を及 ぽさなかっ た。そこで、次にBeWb細胞 へ の 長時 間の 性 ホル モン 接触 がBCRPプロ モー タ活 性 に及 ばす影響を 評価した。その結果、エス ト ラ ジオ ール の添加はそのプロモータの 応答に対して何ら影響を与え なかったのに対し、プロゲ ス テ ロン はそ の 応答 を抑 制す る 傾向 が示 され た。 し たが って、プロ ゲステロンによるBCRPの発 現 減 少はBCRPプ ロモ ータ を介 し てい るこ とが 示さ れ た。 以上の結果 より、性ホルモンによるBCRP の 発 現 調 節 は 、 プ ロ モ ー タ の 転 写 活 性 へ の 影 響 に よ り 行 わ れ て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
【 結論 】胎 盤 トラ ンス ポー タ の発現は 妊娠期に応じて変動してお り、胎盤の葉酸輸送能はFRa、 RFC、HCPlな ら び にBCRPの 発 現 量 に 依 存 し て変 化す るこ とが 示 唆さ れた 。母 体か ら 胎児 方向 へ の 葉 酸 輸 送 に 寄与 するFRn丶RFCな らび にHCPlの発 現は 、ト ロ フォ ブラ スト 細胞 の 形態 と関 連 して いる こ とが 示唆 され た 。BeWb細 胞を 用い た 検討 により、胎 児から母体方向への葉酸輸 送 に 寄与 するBCRPの 発現 は、 エ スト ラジ オー ルお よ びプ ロゲステロ ンなどの性ホルモンによっ て 調 節を 受け て いる こと が示 さ れた 。さ らに 、BCRPのプ ロモ ータ 活性 はEIu―EI也を介して増 強 し 、プ ロゲ ス テロ ンの 長期 接 触で は抑 制さ れる こ とか ら、胎盤に おける性ホルモンによるBCRP の 発現 調節 はプロモータの転写活性へ の影響であることが示唆され た。以上の結果より、胎盤 の 輸 送機 能は 成長する胎児の要求に応じ て変化しており、それらを担 うトランスポータの発現量 の 変 動は 、胎 盤における細胞の分化や性 ホルモンの分泌などの生理変 化と強く関連していること が 示唆され た。
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学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 准教授 准教授 准教授 講師
井 関 健 菅 原 満 宮 内 正 二 武 隈 洋 平 野 剛
学 位 論 文 題 名
妊 娠の進行に伴う胎盤ト ランスポータの発現変動 およびその調節機構に関する研究
本 学 位 論 文 の 筆 者 は 胎 盤 に お け る 物 質 輸 送 機 構 、 特 に 妊 娠 期 を 通 し て 生じ る そ れら の 変 化 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て 以 下 の 検 討 を 行 っ て い る 。
(1)胎 盤 ト ラ ン ス ポ ー タ の 妊 娠 期 を 通 し た 発 現 変 動
本 論 文 は 胎 盤 に お け る 種 々 の 栄 養 素 ト ラ ン ス ポ ー タ お よ ぴ 排 出 ト ラ ン スポ ー タ の妊 娠 期 を 通 し た 発 現 量 の 変 動 を 解 析 し て い る 。 そ の 結 果 、 ト ラ ン ス ポ ー タ の 種類 に よ っ て 発 現 量 が 増 加 ま た は 減 少 す る こ と を 見 出 し 、 こ れ ら の ト ラ ン ス ポ ー タ が 担う 胎 盤 の 物 質 輸 送 能 は 妊 娠 期 を 通 じ て 変 化 し て い る こ と を 強 く 示 唆 し た 。 特 に 、 筆 者は 胎 児 の 健 常 な 成 長 に 必 須 な 栄 養 素 で あ る 葉 酸 を 輸 送 す る ト ラ ン ス ポ ー タ の 妊 娠 期 を通 し た 発 現 量 の 増 大 を 示 し て お り 、 胎 盤 の 生 理 的 な 役 割 を 考 察 す る 上 で 有 用 な 知 見 を見 出 し て い る 。 ま た 、 胎 盤 に お け る 輸 送 能 が 妊 娠 期 に 依 存 し て い る と い う 知 見 は 妊 婦へ の 薬 物 治 療 を 行 う 上 で 、 そ の 胎 児 へ の 移 行 性 お よ び 栄 養 素 と の 相 互 作 用 を 考 慮 す るた め に 重 要 な 情 報 を 与 え う る と 考 え ら れ る 。
(2)胎 盤 にお け る 葉酸 輸 送 機構 の 解 析
筆 者 は 妊 娠 期 に 発 現 量 の 変 動 が 確 認 さ れ た 葉 酸 輸 送 機 構 に 着 目 し 、 ヒ ト 胎 盤 絨 毛 癌 由 来 のBeWo細胞 お よ びヒ ト 満 期 胎盤 よ り 調製 さ れ たBrush−border membrane vesicles の ニ つ の ツ ー ル を 用 い て 詳 細 な 解 析 を 行 っ て い る 。 そ の 結 果 、 胎 盤に お け る葉 酸 輸 送 機 構 は 、 絨 毛 を 構 成 し て い る ト ロ フ ォ ブ ラ ス ト 細 胞 の 形 態 に 依 存し て 輸 送に 寄 与 す る ト ラ ン ス ポ ー タ の 種 類 が 変 化 し て い る こ と を 明 ら か に し た 。 さら に 、 近年 報 告 さ れ た 葉 酸 トラ ン ス ポー タ で あるHeme carrier protein (HCP1) が胎 盤 の 葉酸 輸 送 に