博 士 ( 薬 学 ) 石 川 リ カ 学 位 論 文 題 名
神経系における酸I 生線維芽細胞成長因子 (aFGF) の分布と損傷による変化
―神経成長因子(NGF)との比較―
学位論文内容の要旨
神経栄養因子と総称される一群の物質は,発生初期の神経細胞の生存,分化,シナプス形成な どの分化成熟,機能の保持,損傷後の神経再生,そして神経細胞死に至るまで神経細胞の一生を コ ント口一ルしていると考え られている。代表的な神経栄養因子である神経成長因子(NGF) は末梢では交感神経,知覚神経,脳では主に前脳基底核のコリン作動性神経に作用することが明 らかになっている。一方,既知の細胞成長因子の中にも神経栄養因子様の活性を持つ因子がある こ とが知られるようになった。そのひとっである線維芽細胞成長因子(FG F)は,本来中胚葉 由 来細胞に増殖刺激活性を持 つ因子として分離されたもの で,酸性(aFGF)と塩基性(bFGF) があり,両者のアミノ酸配列には約55%のホモ口ジーがある。両者のin vitroでの神経栄養因 子 様活性はNGFの場合と比べて多くの種類の神経細胞においてみられ,特異性は低いと考えら れ て いる。またFGFの神経系で の詳細な分布さえ明らかでな い。最近,bFGFのinvivoで の ラ ット脳海馬采切断後の神経細胞死の抑制作用が報告されたが,aFGFにっいては脳内での生 理機能にっいてもまったく不明である。本研究では,まずaFGFの高感度酵素免疫損IJ定法を確 立 した。これを用いてラットにおける脳内分布,発達に伴う変化を調ベ,aFGFが生後のラッ ト脳内で部位特異的,時期特異的に分布していることを明らかにした。さらに免疫組織染色によ り ,ラット橋・延髄ではaFGFは神経細胞に局在することを見いだした。次に,脳および末梢 神 経 損傷時のNGFおよびaFGFの 動態を検討し,これらの因子 の損傷後の動態がまったく 異 なることを見いだした。
脳内のaFGFの機能を探るためにまず必要なのは脳の発達との関係であるが,信頼性の高い 定量系がなく,この方面の情報は極めて限られていた。そこで最初に,サンドイッチ法による酵 素 免 疫測定法(EIA)を用いてaFGFの定量系を確立した。こ のEIAにより,aFGFはO.2ng/
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施より検出され た。bFGFや脳内に存在する可能性のある種々の成長因子類とも交差反応性を 示さず,このEIAはaFGFに特異的であること が確認された。さらに,ラット脳抽出液中の免 疫活性物 質の分子量は精製ウシaFGFと 同じ約18Kであり,その希釈 曲線はウシaFGFのそれ と一致したことから,このEIAがラット脳内aFGFレベルの測定に適用できることが示された。
確立したEIAを用 いて正常ラット悩内aFGFを 定量した。この結果,生後2日齢では脳内すべ ての部位 でaFGFレベルは低く(く10ng/g),その後8〜21日齢にか けてとくに橋・延髄に おいて著しいレベル上昇が見られ,その後もその高レベルが維持された。49日齢では橋・延髄で 高レベル(75―90ng/g),中脳,間脳で比較 的高レベル(30一40ng/g)を示し,その他の前 頭葉皮質,梨状葉皮質,海馬,嗅球,小脳,線条体では加齢に伴う上昇が見られるものの,低レ ベル(5―15ng/g)にとどまった。次 に免疫組織化学的手法を用い て,aFGFの特異抗体で ラット脳切片を染色した。この結果,橋・延髄および小脳にある特定の神経細胞や神経線維様構 造 物 が 染 色 さ れ , aFGFが 神 経 細 胞 に 局 在 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 脳は損傷を受けた場合に神経栄養因子の合成量を高めることでその後の神経再生や機能修復を 有利に導くと考えられており,損傷脳においてさまざまな成長因子や栄養因子様活性か検出され ている。しかしこれらの活性は個々の因子として同定,定量されてはおらず,その動態ははっき りしていナょい 。そこで次にラット脳に損傷を与え,これに伴うNGFおよびaFGFの動態につ いて検討した。大脳皮質の部分的吸引除去を施すと,組織除去部位への浸出液中に,損傷4時間 後よりNGFが検出され,16時間後に最高値を示した。その後6日まで比較的高レベルを維持し,
30日後には元の レベルまで低下した。一方,この浸出液中にはaFGFも検出されたが,その時 間経過はNGFの場合とは明らかに異なり,損傷後10日から30日にかけて増加傾向にあった。正 常脳では神経細胞がNGFを合成していると考えられている。しかし,損傷脳で広く観察される 反応性アスト口サイトの出現のタイムコースと損傷後のNGFのレベル上昇のそれが類似してい ること,培養アスト口グリア細胞が細胞増殖依存的にNGFを分泌することを考えあわせると,
損傷脳では,神経細胞の他に反応性アスト口サイトもNGFを合成,分泌していると推定される。
またNGFレセプ夕一(低親和性)はラット成体脳内では主に前脳基底野コリン作動性神経に存 在し,大脳皮質にはほとんど見られない。ところがこの損傷後約24時間に組織除去された部位に 近接する皮質にレセプタ一抗体陽性物質が出現した。これらのことから損傷時には正常時とは異 なるNGF合成,分泌,さらに応答の機構が働くと推測される。一方,別の脳損傷として皮質に 凍結損傷を加えたラットにっいても検討した。成熟ラットの場合,損傷を受けた組織中でNGF レベルの増加が認められた。しかし,同様の凍結損傷をグリア細胞がまだ分化していない胎児期
に行 った場合はNGFの増加は認め られなかった。これらの結 果から,損傷後のNGF合成に反 応性アスト口サイトも関与することが示唆された。一方,aFGFはその分泌機構が不明であり,
通常細胞外へは分泌されないとされている。したがって吸引除去損傷後の浸出液に見い出された 穏やかなレベル上昇は,損傷後に二次的に引き起こされた神経細胞死によって細胞外ヘ放出され たも のかもしれない。このよう に,aFGFはNGFとはまったく 異なる損傷応答を示すことが 示唆 された。これらの損傷脳で 増加したNGFおよびaFGFは, その後の神経機能再生を有利 に導くものと思われる。
末梢神経系では,NGFは標的組織で合成,分泌され,神経終末よルレセプ夕一を介して取り 込まれ,細胞体へと逆行輸送されて作用を発現する。一方,損傷時には損傷部位を中心に新たに 合成 誘導が起こることが知られている。しかし,末梢神経系においてもaFGFの神経栄養因子 とし ての解明はほとんどなされていない。そこで末梢神経として坐骨神経の損傷後の動態を aFGFにっ いてNGFと比 較しっつ検討し た。坐骨神経の切断後,NGFレベルが切断部位より 末梢 側で二相性に増加するのとは対照的に,aFGFレベルは末梢側でのみ著しい低下が見られ た。この末梢側でのレベル低下は坐骨神経挫滅後にも同様にみられるが,10週後には元のレベル に回 復していた。これらのこと より,aFGFは坐骨神経内をNGFのように逆行輸送されてい るの ではないことが明らかになった。また免疫組織染色の結果から,aFGFが坐骨神経内で神 経軸 索に存在することが明らかとなった。おそらくaFGFは,坐骨神経内にその軸索をのばす 交感神経,知覚神経,あるいは運動神経等の神経細胞体で合成され,その軸索内にも分布してい るものと思われる。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 栗 原 堅 三 副 査 教 授 野 村 靖 幸 副査 助教授 三宅教尚 副査 助教授 徳光幸子
本学位論文申請者は,長年神経成長因子に関する研究を行ってきたが,今回神経系における賛 成 線維 芽細 胞 成長 因子 の分 布と 役 割に 関す る研 究を ま とめ 学位 論文 と して提出した。
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神 経 栄 養因 子 と し て は,NGFが 最も 詳 細 に 研 究さ れ て き た 。一 方,既 知の細 胞成長 因子 の中 に も神 経栄養 因子様 の活性 を持つ 因子 がある ことが知られるようにナょった。そのひとっである線 維 芽 細 胞 成 長 因 子(FGF)は , 本 来 中胚 葉 由 来 細 胞 に増 殖 刺 激 活 性を 持 つ 因 子 とし て 分 離 さ れ た も の で , 酸 性 (aFGF)と 塩 基 性(bFGF)が あ り , 両 者 の ア ミ ノ 酸 配列 に は 約55% の ホ モ 口 ジ ー が あ る 。最 近 ,bFGFのinvivoで の ラッ ト 脳 海 馬 采切 断 後 の 神 経細 胞 死 の 抑 制作 用が 報告 さ れ た が ,aFGFに っ い て は 脳 内 で の 生 理 機 能 に っ い て も ま っ た く 不 明 で あ っ た 。 本 論 文 の 第 一 章 で は ,aFGFの 高 感 度 定 量 法を 確 立 し た 。脳 内 のaFGFの 機 能 を 探る た め に ま ず必 要なの は脳の 発達と の関係 であ るが, 信頼性 の高い 定量 系がな く,こ の方面 の情報 は極め て 限 ら れ て い た 。 そ こ で 本 申請 者 は , 最 初 にサ ン ド イ ッ チ法 に よ る 酵 素免 疫 測 定 法(EIA)を 用 い てaFGFの 定 量 系 を 確 立 し た 。 こ のEIAに よ り ,aFGFはO.2ng7mEよ り 検 出 さ れ た 。 bFGFや 脳 内 に 存 在 す る可 能 性 の あ る 種々 の 成 長 因 子類 と も 交 差 反応 性 を 示 さ ず, こ のEIAは aFGFに特異 的であ るこ とが確 認され た。
本 論 文 の 第 二 章 で は , 確立 し たEIAを 用 い て 正 常ラ ッ ト 脳 内aFGFを 定量 し た 。 こ の結 果 , 生 後2日 齢 で は 脳 内 す べ て の 部 位 でaFGFレ ペ ル は 低 く ( く10ng/g) , そ の 後8‑ 21日 齢 に か けて とくに 橋・延 髄にお いて著 しい レベル 上昇が見られ,その後もその高レベルが維持された。
次 に 免 疫 組 織化 学 的 手 法 を 用い て ,aFGFの 特 異 抗体 で ラ ッ ト 脳切 片 を 染 色 し た。 こ の結 果,
橋 ・ 延 髄 お よび 小 脳 に あ る 特定 の 神 経 細 胞や 神 経 線 維 様構 造 物 が 染 色さ れ ,aFGFが 神経 細胞 に 局在 するこ とが明 らかに なった 。
本論文 の第三 章では ,脳 損傷時 におけ る神経 栄養因 子を 取り扱 ってい る。脳 は損 傷を受 けた場 合 に神 経栄養 因子の 合成量 を高め るこ とでそ の後の 神経再 生や 機能修 復を有 利に導 くと考 えられ て い る 。 そ こ で ラ ッ ト 脳 に 損 傷 を 与 え , こ れ に 伴 うNGFお よ びaFGFの 動 態に っ い て 検 討し た 。 大 脳 皮 質 の 部 分 的 吸 引 除去 を 施 す と , 組織 除 去 部 位 への 浸 出 液 中 に, 損 傷4時 間後 よ り NGFが 検 出さ れ ,16時 間 後 に 最 高 値を 示 し た 。 その 後6日 ま で比 較 的 高 レ ベル を 維 持 し,30日 後 に は 元 の レベ ル ま で 低 下 した 。 一 方 , この 浸 出 液 中 にはaFGFも 検 出 さ れ た が, そ の時 間経 過 はNGFの場 合 と は 明 らか に 異 な り ,損 傷 後10日か ら30日 にか けて 増加傾 向にあ った 。正常 脳 で は 神 経 細 胞がNGFを 合成 し て い る と考 え ら れ て いる 。 損 傷 脳で は, 神経細 胞の他 に反応 性ア ス ト ロ サ イ トもNGFを 合成 , 分 泌 し てい る と 推 定 した 。 こ の よう に, 損傷時 には正 常時と は異 な るNGF合成 ,分泌 ,さら に応答 の機 構が働 くと推 測した 。
一 方 ,aFGFは その 分 泌 機 構 が不 明 で あ り , 通常 細 胞 外 へ は分 泌 さ れ な いと さ れ て いる。 し た がっ て吸引 除去損 傷後の 浸出液 に見 い出さ れた穏 やかな レベ ル上昇 は,損 傷後に 二次的 に引き
起こ された神経細胞死によって 細胞外へ放出された可能性がある。このように,aFGFはNGF とは まったく異なる損傷応答を 示すことが示唆された。これらの損傷脳で増加したNGFおよ び aFGFは , そ の 後 の 神 経 機 能 再 生 を 有 利 に 導 く も の と 考 察 し て い る 。 第四章では,末梢神経損傷と神経栄養因子の関係を取り扱っている。末梢神経として坐骨神経 の 損 傷後 の動 態を ,aFGFにっいてNGFと比較しつつ検討した。坐骨 神経の切断後,NGFレ ベル が切断部位より末梢側で二相性に増加するのとは対照的に,aFGFレベルは末梢側でのみ 著しい低下が見られた。この末梢側でのレベル低下は坐骨神経挫滅後にも同様にみられるが,10 週後 には元のレベルに回復して いた。これらのことより,aFGFは坐骨神経内をNGFのよう に逆 行輸送されているのではないことが明らかになった。おそらくaFGFは,坐骨神経内にそ の軸索をのばす交感神経,知覚神経,あるいは運動神経等の神経細胞体で合成され,その軸索内 にも分布しているものと推定している。
第五章では,各種のアミノアルキルェステル誘導体を用いて,ラット脳内のNGF誘導を検討 している。この結果,これらの化合物の投与によルラット脳内NGFレベルの有意な増加か認め られ,薬剤により脳内NGF合成が制御できる可能性が示された。
以 上のように,本論文は神経におけるaFGFの分布と役割に関する多くの新しい知見を含ん で お り , 博 士 ( 薬 学 ) の 学 位 を 与 え る に ふ さ わ し い も の と 判 断 し た 。
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