博 士 ( 理 学 ) 中 村 恒 史
学 位 論 文 題 名
細胞増殖におけるプ口テインホスファターゼの動態と意義
一 と く に ラ ッ 卜 PTPE の 分 子 ク 口 ― ニ ン グ と 発 現 に つ い て
学位論文内容の要旨
細胞 の増殖、 分化、癌 化のシグ ナル伝達 機構にお いてタンパ ク質のりン酸化が重要な 役割 を果たし ている。 多くの癌 遺伝子産 物、ある いは増殖因 子受容体がチロシン残基特 異 的 プロ テ イ ンキ ナ ーゼ (PTK) 活 性 を もつ こ とが 明 ら かに な って 以 来 、チロシ ン残基 のり ン酸化に よる機能 夕ンバク 質の制御 機構が解 明されつつ ある。しかしながら、機能 夕ン バク質の 可逆的な 調節機構 にはプロ テインキ ナーゼによ るりン酸化だけではなく、
脱リ ン酸化に よる制御も不可欠であり、チロシン残基を脱リ ̄ン酸化するチロシン残基特 異 的 プロ テ イ ンホ ス ファ タ ー ゼ(PTP) の生 理 的意 義 の 解明 も また 問 題 となって いる。
本 研 究 で は 、 主 と し て この PTP に着 目 し 、細 胞 増殖 に お いて 機 能 する PTP 分子 種 を 同 定する目的で reverse transcriptase ‑ polymerase chain reaction (RT‑PCR) 法により多種 の PTP 分 子 種 に 対 す る cDNA の 単 離 を 試 み 、 次 い で 膜 貫 通 型 PTP で あ る PTP £ の 生 理 的 機 能を 解 明 する 目 的で そ の 全長 cDNA を単 離し、そ の遺伝子 発現と臓 器分布を 検討し た。本論文の要旨は以下の4 点である。
1 . 細 胞 増 殖 にお い て 機能 す るPTP 分 子 種を 同 定 する 目 的で ラ ッ ト再 生 肝よ り PTP の 触 媒 領 域 に お け る 高 い 相 同 性 を 利 用 し たRT‑PCR 法に よ り cDNA を単 離 し、 ホ モ ロ ジ ー 検 索 の 結 果 、 膜 貫 通 型 、 細 胞 質 型 を 含 め 、 既 知 の 13 種 の PTP を コ ー ド す る cDNA を 得 た 。
2 . 膜 貫 通型 で ある PTP £ の生 理 的機 能 を 解明 す る 目的 で 、ラ ッ ト 脾臓 cDNA ラ イブ
ラ リ ー よ り そ の cDNA の 単 離 を 試 み 、 ま ず 5 末 端 を 欠 い た ラ ッ ト PTPe の cDNA ( ク
ロ ー ン Sl ) を 単 離 し た 。 次 い で 5 RACE 法 によ ル ク ロー ン Sl に お いて 欠 如し て い る
5 末 端 部 分 の cDNA ( ク ロ ー ン Pl ) を 単 離 し た 。 そ の 結 果 ク ロ ー ン Sl と ク ロ ー ン
Pl は 互 い に オ ー バ ー ラ ッ プ し て お り 、 そ れ らを 結 合し た cDNA の 全長 は 2155 bp で 、
そ れ から 予 測 され る アミ ノ 酸 配列 は 642 残 基 で あっ た 。 この 配列 は既に報 告のある 膜
貫 通型 のヒトPTP £ (HPTP £冫とi ま 異なり、 その配列 は疎水性ア ミノ酸に 富む膜貫 通領
域 を 持た な い 細胞 質 型夕 ン パ ク質 を 予測 さ せ るも の で あっ た 。5 RACE 法に よって単
離した クロ ーン Pl が 人工産物ではなく、その塩基配列は細胞内に mRNA として存在 することをRNase プロテクション法、RT‑PCR 法によって確認し、さらにラットPTP £ cDNA の 53 番 目の ATG が開 始メ チオニ ンを コー ドする こと を而 vitro ト ラン スレー ション法によって示した。
3 . ラット 脾臓 より 単離 された PTPe(PTPEC) は膜 貫通 型であ るHPTPe と非 常に 相
.同性は高かったが、N 末端領域の配列は異なり、細胞質型夕ンバク質を予測させるもの であった。この違いが動物種の違いによ・るものなのか、あるいはラットにも膜貫通型 PTPe が存在するのかを明らかにする目的で、ラット脾臓よりRT‑PCR 法によって膜貫 通型のラットPTPe をコ、ードするcDNA の単離を試みた。その結果 5 末端領域を含め て HPTP8 と非 常に 相同性が高いクローン(PTP £M) を得た。その塩基配列から予測さ れるアミノ酸配列は N 末端付近に疎水性アミノ酸に富む膜貫通領域を含むものであっ た。 PTP £M cDNA の206 番 目以 降の 塩基配 列は PTP8C と 完全 に一 致した こと から 、 PTP £ M と PTP £C は 単 一 遺 伝 子 か ら生 ずる イソ ホーム であ るこ とが示 唆さ れた 。
4 .PTP £ C お よび PTP £M の mRNA レ ベル の臓 器分 布をribonuclease (RNase) プロ テクション法、ノーザンブロット法により解析した結果、PTPsC は胸腺、脾臓、肺に 限局して存在し、PTP8M は広い組織分布を示し、特に脳、肺に高く発現していた。
PTP £C が胸腺、脾臓、肺で発現が高かったことから免疫系において特異的に発現して
いると考え、T 細胞、B 細胞、マクロファージ由来の免疫系の培養細胞についてその遺
伝子発現を検討した結果、調べたすべての細胞で発現していた。さらに免疫学的手法に
よりタンバク質レベルでのPTP £C とPTP £M の臓器分布を解析したところ、予測に反
し、PTP8M は脳に特異的に発現し、PTP £C は胸腺、脳、脾臓、肺のすべてに発現して
いた。このことから、これらPTP8C 、PTP £ M は転写後に何らかの厳密な調節を受けて
いるこ とが 示唆 され た。以 上の ことから、PTPEC と PTP £M は N 末端領域のみ異なり
その他の配列は共通であるが、その組織分布、細胞内局在が異なることから、それぞれ
独立した生理機能を担うことが示唆された。
学位論文審査の要旨 主 査 教授 菊池九二三 副 査 教 授 東 市 郎 副 査 教 授 谷 ロ 和 弥
学 位 論 文 題 名
細胞 増殖に おけるプ ロテイ ンホスフ ァターゼの動態と意義
一と くに ラッ 卜PTP £ の分 子ク口 ―ニ ング と発現について
細胞の増殖、分化、癌化のシグナル伝達機構においてタンパク質のりン酸化が重要な 役割を果たしている。多くの癌遺伝子産物、あるいは増殖因子受容体がチロシン残基特 異的プロテインキナーゼ活性をもっことが明らかになって以来ヾチロシン残基のりン酸 化によろ機能夕ンパク質の制御機構が解明されつっある。しかしながら、機能タンパク 質の可逆的な調節機構にはプロテインキナーゼによるりン酸化だけではなく、脱リン酸 化によろ制御も不可欠であり、チロシン残基を脱リン酸化するチロシン残基特異的プロ テインホスフんターゼ(PTP)の生理的意義の解明もまた問題となっている。本研究で は、主としてこのPTPに着目し、細胞増殖において機能するPTP分子種を同定する目 的 で多種のPTP分 子種の触 媒領域に対するcDNAの単離を試み、次いで膜貫通型PTP であるPTP£の生理的機能を解明する目的でその全長cDNAを単離し、その遺伝子発現 と臓器分布を検討した。本論文の要旨は以下の4点である。
1.細胞増殖において機能するPTP分子種を同定する目的でラット再生肝よりPTPの 触媒領域に相当するcDNAを単離し、ホモロジー検索の結果、膜貫通型、細胞質型を含 め、既知の13種のPTPをコードするcDNAを得た。
2膜貫通型 であろPTPeの生理的 機能を 解明すろ 目的で 、ラット 脾臓cDNAライブラ リーよりそのcDNAの単離を試み、5 末端を欠いたラットPTPeの.cDNAを単離した。
次 い で5 RACE法に より欠 如してい る5 末端部 分のcDNAを 単離した 。これら の cDNAク口 ーンを 結合したcDNAの全長は2155 bpで、それから予測されるアミノ酸配 列は642残基であった。この配列は既に報告のある膜貫通型のヒトPTPe (HPTPe)と は異なり、その配列は膜貫通領域をもたない細胞質型夕ンバク質を予測させるものであっ た.5. RACE法によって得たcDNAクローンが人工産物ではなく、その塩基配列が細胞 内にmRNAとして存在することをRNaseプロテクション法、RT.PCR法によって確認し、
さら にラットPTP£ cDNAの53番目のATGが開始 メチオ ニンをコ ードす ることを而 vitroトランスレーション法によって示した。
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3.ラッ ト脾臓よ り単離さ れたPTPe (PTPeC)は膜貫通型であるHPTPeと非常に相同 性は高かったが、N末端領域の配列は異なり、細胞質型タンパク質を予測させるもので あった。この違いが何に起因するのかを明らかにする目的で、ラット脾臓より膜貫通型 のラ ットPTPeを コードす るcDNAの単 離を試 みた。そ の結果、HPTPeと 非常に相同 性が高いクローン(PTPeM)を得た。その塩基配列から予測されるアミノ酸配列はN末 端付 近に膜 貫通領域を含むものであった。PTPeM cDNAの206番目以降の塩基配列は PTPECと完全 に一致したことから、PTPeMとPTPeCは単二遺伝子から生ずるイソホー ムであろことが示唆された。
4.PTPeCおよ びPTPeMのmRNAレ ベルの臓 器分布を 解析し た結果、PTPeCは 胸腺、
睥臓、肺に限局して存在し、PTPeMは広い組織分布を示し、特に脳、肺に高く発現して いた。PTPsCが胸膿、脾臓、肺で発現が高かったことから免疫系において特異的に発現 していると考え、T細胞、B細胞、マクロファージ由来の免疫系の培養細胞についてそ の遺伝子発現を検討した結果、調ぺたすべての細胞で発現していた。さらに免疫学的手 法によルタンパク質レペルでのPTPeCとPTPeMの臓器分布を解析したところ、予測に 反し、PTPeMは脳に特異的に発現し、PTPeCは胸腺、脳、脾臓、肺のすぺてに発現し ていた。このことから、これらPTPeC、PTP£Mは転写後に何らかの厳密な調節を受け ていることが示唆された。
以上の実験成績より、チロシンホスファターゼPTPeに膜貫通型および細胞質型の少 なくとも2つの分子種が存在すること、両者の塩基配列はN末端領域のみ異なりその他 の配列は共通であること、また組織分布や細胞内局在を互いに異にすることが示された。
これらは、夕ンパク質チロシン脱ルン酸の生理機能とその意義を考える上で重要な新知 見である。
これを要するに、著者はチロシンホスファターゼPTPe分子の分子多様性とその意義 について新知見を得たものであり、タンバク質チロシンホスファターゼ研究において貢 献するところ大なるものがある。
よって、著者は、北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格あるものと認める。
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