25日(毎月1回25日発行)ISSN曲 目4剖3
7
2003
とべる刊行会NO. 124
ひろば⑫ 感性と技術 一一岡崎拓巳さんの文章(3月号)を読んで 高田嘉敬 読書ノート⑩ 「冷え物J
論争への私の批判 吉田智弥 尼崎だより③ 「ありがと うJ
という言葉 中村大蔵ひろば⑫ 高田嘉敬︵福祉施設職員︶
感
性
と
技
術
||岡崎拓巳さんの文章︵ 3 月号︶を読んで 素朴な疑問 岡崎さんは、障害者施設で働く同僚の感性を問題にし ていらっしゃいますが、率直に申し上げると、問われる べきは感性ではなくて、まずは︵支援︶技術そのものだ と思います︵八頁の 4 節以降は、職場での岡崎さんの葛 藤について述べられていますので、これは、わたしの感 想 の 範 囲 の 外 と し ま す ︶ 。 ただし、私は和光寮の成り立ちを具体的に知りません し、実際の利用者の様子も知りませんから、岡崎さんの ご報告が、どのような︵支援︶技術をもってしでも克服 できないほど困難なケ l スの中で行き着いた結果だった とすれば、このような感想は一方的で過酷すぎるかもし れ ま せ ん 。 し か し 、 素 朴 な 疑 問 が あ り ま す 。 まず、﹁利用者のこだわり:::﹂を﹁頭ごなしに否定 し 感 情 的 に 怒 ﹂ ︵ 四 頁 ︶ る よ う な 援 助 職 員 に つ い て で す 。 いまどきこのような人が本当に存在することの方が、む しろ驚きです。以下延々と取り出される職員の事例は、 いずれも論外のものばかりだと思います。論外というの は、運転免許証のないタクシードライバーが︵いるとし て︶議論にならないのと同程度の意味で、です。 このような論外の援助職員を、岡崎さんは﹁頑張れ主 こ"る 1義や訓練主義、あるいは、能力主義や教育主義﹂と感じ ておられるようですが、端的にいって、そのような人は 障害のメカニズムに無知であるにすぎません。残念なこ とに、確かな可能性を具体的に追求できる術を持たない 援助者ほど、感性に訴えたがる傾向が強いようです。援 助者の責任も支援内容も、具体的に問われることがない からです。人体生理に疎い医者︵がもし存在するとし て︶の道徳性をあれこれ言及しても仕方のないことと同 じでしょう。岡崎さんが怒るべきは、当該援助職員の感 性ではなくて、福祉の現場でこのような人が雇用されて い る こ と で あ る べ き だ と 思 い ま す 。 ﹁知的障害と自閉症を併せもつ人たちに対する関わ りを追求する考え方に、﹃普通の価値観を押し付け な い ﹄ : : : ﹂ ︵ 七 頁 ︶ 引用以下に述べられていることは、入力系の障害を持 つ人々に対するごくごく当たり前の常識論だと思うので す。ことさらの説明の意図がよくわかりません。それほ ど劣悪な職場ということでしょうか。たしかに、 い ま だ このような施設の存在が許されているとすれば不思議な ことです。それこそ公立施設としての存在根拠が問われ ま す 。 少し寄り道になりますが、ここで、簡単に日本の障害 者の現状を術服しておきます。総人口の約五%が障害者 にカウントされています。カウントされるという意味は、 ﹁障害者の定義﹂のしかた次第で数が増えたり減ったり するということです。ある人が障害者になったりならな かったりすることは、奇妙に見えますが、現実です。こ の点では﹁同和地区住民の数﹂も同様です。だれがどの ような根拠で、だれを少数者と認定するのか︵障害者で あ れ ば 障 害 認 定 ︶ 、 ﹁ だ れ を 障 害 者 と 呼 ぶ こ と に す る か ﹂ は、最終的には文化の問題になるのでしょうが、このよ うに社会的少数者が定義されることの意味はとても重要 で す 。 ところが、障害者運動の中で、﹁障害者を定義するこ と﹂は大切な問題になってこなかったように見えます。 障害者の﹁自明性﹂、つまり、﹁その人が障害者かどうか は見たらすぐにわかる﹂からでしょうが、この﹁自明 性﹂には大きな落とし穴があると思います。障害者のみ
ならず、在日朝鮮人を定義することも、実は自明ではあ りません。社会的な少数者といわれる人々︵一般的には 定義をされる側の人々︶は、けっして自明な存在ではな いからです。このことは、なぜ少数者を定義する必要が あるのかを考えてみれば、すぐにわかります。 さて、日本では、障害者は大きく三つに分類されます ︵当然この分類の基準も普遍的ではありません。障害者 を受容する文化と福祉政策に依存して多様です︶。身体 障害者・知的障害者・精神障害者です。人口比では、身 体一約三五
O
万人、知的一四六万人、精神一約二O
四 万 人です。この割合は意外かもしれません。知的障害者は、 比較的よく話題にのぼるわりには、このように少数です。 社会保障の内容は一律公平ではありません。障害種別 ごとに歴然と格差があるということです。身体・知的・ 精神の順にそれぞれ制度は狭くなり歴史が新しくなって ゆきます。身体障害が一番古くから最も手厚く、精神障 害は後発で施策も手薄くなるわけです。ここにも、日本 の障害者観が色濃く反映されているといえます。 年齢構成では、知的障害者群が一番若く、以下、精神、 身体の順です。厚生労働省の最新の全国調査︵二OO
一 年八月実施︶によりますと、身体障害者の約八七%強は 五O
歳以上の人々で構成されています。つまり高齢者が 多いということです。私たちはともすると、青年期の障 害者につい目が向いてしまいがちですが、全体の構成と しては、中高齢者が障害者の圧倒的多数を占めているの で す 。 また、日本では手帳主義です︵精神障害の場合は一部 当てはまりません︶。手帳を取得してはじめて、公には 障害者として認知されます。つまり、障害のある人が公 的な支援を受けようとする場合、手帳が必須になるわけ です。このことも、福祉の関係者でない人から見れば奇 異なことかもしれません。少し極端ですが、どんな重度 の障害者でも、手帳を持っていなければ、障害者とは認 定されないという仕組みなのです。 この手帳制度も、戸籍と同様に日本独自の制度だと思 います。手帳には罰則規定はありませんが、﹁常時携帯﹂ が求められています。戸籍・外国人登録証・各種障害者 手帳は市民管理の手法として、密接なつながりを持って いると、私は考えています。 さて、本題にもどって、先に入力系の障害と書きまし こぺる 3たが、この用語は一般的でありません。私は、コミュニ ケーションの入力系の障害のつもりで使っています。コ ミユニケ l シヨンとあいまいに書きましたが、対人関 係・音声情報・視覚情報・皮膚感覚などもう少し広い範 囲を含めて考えています。 典型的な例をあげますと、耳が聞こえないことは、音 声情報について入力系の障害がある、と考えるわけです。 また、車イスの人の場合は、手足や四肢に機能不全のあ る人が一般的ですから、運動機能について出力系の障害 がある、と考えます。わざわざ、こなれの良くない用語 を使うのは、どのような支援が有効かに着目してのこと です。後者の場合、移動の手段や生活の場や職場などの 物理的な環境を整えることが、最優先課題になるはずで す 。 さて、自閉傾向あるいは自閉症と呼ばれる人々は、他 の障害と重複している場合を除けば、およそ出力系の障 害はありません。ですから、ちょっと見た目には不具合 はなさそうです。しかしよく見ると、立ち振る舞いがど こか微妙に違う。特定の C M のフレーズばかり繰り返す、 会話をしても感情のこもっていないような平板な話し方 をする、目線が合わない、ヒラヒラしたものが大好き、 踊るように歩く、急に大きな声を出す、周囲の人の存在 をまるで石か木のように無視する:::。どこか普通じゃ ないところがあるのに、どこといって悪そうなところは ないようだし:::これが自閉傾向の方の一般像でしょう か 。 も り 自 」 聞 を と 連 ぃ 想 う さ 呼 せ 称 事 も f 、
だ考
ぇ 自 ァ 閉 J主宰 れ
VJ ば 方 奇 は 帥 け ネC
す
て 「 閉 閉 じ じ もっているわけではありません。この障害が﹁発見﹂さ れたアメリカではオ l テイズム2
5
2
8
一オートマチツ クのオ l トです。同じ動作を繰り返すことから直訳は自 動症︶と呼ばれていました。日本では、自閉症と訳され ますが、原諾と大きくニュアンスを変えています。どう してでしょう。普通の人が理解し難い立ち振る舞いから、 かなり否定的に解釈された言葉だと思います︵問題を感 じますが、しばらくこの呼称を使います︶。 今でこそ、自閉症は中枢神経系の器質的な障害だとほ ぼ特定されるようになりましたが、まだその原因がよく わからなかった頃には、母親の子育ての失敗が自閉傾向 の原因の一つに挙げられたことがあります。同時にテレどが自閉症を生んだとも。この時期にどれほどの母親が 苦しめられたか、けっして忘れてはいけないと思います。 岡崎さんのご報告を読む限り、同じ過ちが福祉施設のな かで再現されている可能性が十分にあるからです。 さて、自閉傾向と呼ばれる人々に対する認知行動療法 の成果は重要です。入力系の障害を持つ人々が、ニ疋の 制御された環境の中であれば、さまざまな個性をいかん なく発揮できる可能性があることも、よく知られた事実 です。当然、このような環境を整える技術のノウハウは、 プロの支援者ならば、知っていて当たり前の領域だと思 うのです︵うまく実践できるかどうかは、さらに一定の 経 験 知 が 必 要 に な る で し ょ う ︶ 。 な か で も ﹃ 叶 何 ﹀ の の 同 ﹄ ︵ ノ l スカロライナ大学で三
O
年ほど前に開発された自閉症教育プログラムのことです。 テ ィ l チといいます︶という手法はとても有効だと思い ます。大雑把に言いますと、コトパよりも写真や絵を使 ってスケジュールや手順や環境を構造化します。﹁何を したらいいのかは、いつでも見たらわかる仕組み﹂です。 たとえば、﹁パスに乗ってハイキングに行きましょう﹂ とコトパで説明する代わりに、マイクロバスと森林の写 真を掲示します。これを使ってスケジュールを予告する ことで、混乱や不適応行動が減るわけです。 また、自閉傾向のある人に、﹁きちんとそろえなさい﹂ などとコトパで指示したのにうまく伝わらなかった場合、 ﹁あかんやないの! 何ベんもいうたでしょ!もっと よく考えてからやりなさい。あなたは︵体に障害がない から︶しようと思えばできるんやからね!﹂などと怒鳴 って叱時激励するのが、一北旦別の福祉現場では横行して いたものです。もともと、コミュニケーションの苦手な 人にコトパだけで指示を出そうという援助者側の発想自 体が大きな誤りだったのですが。 このような場合、﹃ティ l チ﹂なら﹁今日の仕事は、 このように︵写真や絵で示す︶並べることです。まず、 いっしょにやってみましょう。できましたね。それでは、 この仕事を十回してください。休みたくなったらキッチ ンタイマーを 3 にセットしてベルがなるまで休憩してく わからなくなったらこの絵︵写 ださい。もし途中で、 真︶を見てください。それでもわからないときは、この こベる ベルを押してください:::﹂といった具合になるでしょ 、 ﹁ ノ 。 5これは、指示が①具体的・限定的・定量的、②スケジ ュールや手順が見てわかる、③いつでも確かめられる ︵コトパは消えてなくなります︶、④個別化︵利用者一人 一人向けに内容がわかりやすく噛み砕かれている︶、な ど の 特 徴 が あ り ま す 。 ﹁利用者のこだわり:::﹂を﹁頭ごなしに否定し感情 的に怒﹂るのとは、対極のアプローチであることがよく わかります。もちろん﹃ティ l チ﹄で、すべてがうまく いくわけではありません。しかし、多くの自閉傾向の 人々に実によく当てはまっています。また、パニックに なったときの対処方法にも一定の理論的な裏づけのある 手 法 が 確 立 し て い ま す 。 さらに、職業リハビリの現場では、ジョブコ l チ︵日 本では職場適応援助者と呼ばれています。就業する障害 者と一緒に職場に入って、ほほマンツーマンで職場定着 できるまで援助をする福祉スタッフのことです。各地で 養成講座も聞かれています。日本でも専門職として認知 されつつあります︶の支援を受けることで、以前では考 えられなかったほど﹁重度﹂な自閉傾向の障害者が就労 し て い ま す 。 ﹃ テ ィ l チ﹄の手法や考え方を取り入れている小規模 作業所︵障害者の福祉的就労を支援する場所です。全国 に 約 八
000
箇所ありますが、認可施設ではありません。 運営費は認可施設の数分の一程度です︶が、俄然増えて きました。このことの意味は重要です。小規模作業所の 職員は公務員の%から%の給料しかありませんが、援助 計画をしっかりもって自閉傾向の人々と向き合っている 作業所は少なくないからです。 このように見てくると、岡崎さんの指摘された技術の 乏しい援助者がなぜ公立の福祉施設にいるのか、あらた めて不思議になります。理由はおそらく二つあると思い ま す 。 自動車の教習所なら、教習技術のない指導員はただち につまみ出されるはずです。しかし、福祉施設では、支 援技術の有無がそれほど厳しくは問われないことがある からだと思います。暖昧さが許されてしまう福祉現場の 雰囲気があります。これは、援助者側の致命的な問題で す。また、悲しい現実ですが当事者が異議・申し立てをす ることも少ないです。自動車学校なら、教え方が間違っ ていると受講生が抗議したら済みますが、施設の利用者にはそれが難しい。施設内のいびつな権力関係が沈黙を 許してしまいます。利用者の権利意識の希薄さにどう応 えるか、施設職員の於持が問われるところです。 もう一つは、利用者や親にとって、選択肢がほとんど ないという絶望的な現実です。施設の援助内容に満足し ている利用者は、案外少ないと思います。﹁おまえさん ら、そんなあほなことしてて、それでもプロか!﹂と大 声で叫びたくなる施設であっても、選択肢が他になけれ ば︵その施設をやめて他を利用することができなけれ ば︶、我慢するより仕方ありません。これは、地域に医 療機関が少なければ、薮医者が繁盛する仕組みに似てい ます。﹁よろしくお願いします﹂と親も利用者も頭を下げ る姿を見るたびに、私は非常に屈折したものを感じます。
2
解放教育の﹁術﹂と文化剥奪説について ここで、岡崎さんのテ l マ か ら 外 れ ま す 。 突然ですが、解放教育のさまざまなテ l マ︵低﹁学 力﹂を克服するなど︶は、今日解決する道筋がついたと いえるでしょうか?﹁外から見ている﹂︵つまり教育現 場にはいない︶私には、うやむやのうちに、別のテ l マ が 、 別 の 分 析 が 、 別 の 切 り 口 が 、 別 の 提 言 が : : : 次 々 と 立ち現れてきて、それで一体なにが解決したのか、結局 の と こ ろ よ く わ か ら な い の で す 。 そもそも、解放教育の守備範囲はどこまでなのでしょ う。英語や理科や技術家庭科の中にも解放教育のアプ ローチがあるのでしょうか。例えば、﹁被差別の立場性 の自覚﹂は、低﹁学力﹂を克服する前提になったと確信 をもっていえるでしょうか。無気力や学校嫌いが被差別 と直接に結びついているといえるでしょうか。よく似た 状況下にあっても、在日朝鮮人たちの場合、生き延びる ために学校に向きあった人々が少なくないように見える の は ど う し て で し ょ う か 。 出発点の﹁解放の学力﹂ですら、いまだにきちんと分 析に耐えうる概念として整理されてきたとは思えません ︵私はこの出発点の組み立て方、つまり﹁解放の学力﹂ が教育目標の中心に位置づけられたことに疑問を持って い ま す ︶ 。 私 が 確 か め た い の は 、 ﹁ 術 ﹂ と 文 化 剥 奪 説 の 二 つ で す 。 前に﹁問われるべきは感性ではなくて、まずは︵支 こ,−.:.る 7援︶技術そのもの﹂といいましたが、解放教育をなりわ いとする人々の中で、厳密な意味で専門性が問われたこ とがあったでしょうか。ここでいう専門性とは、例えば ピアノの教師なら子どものセンスを問うことなしにピア ノに向かわせてしまう術のことですし、自動車教習所の 指導員︵どうして教官と呼ばれるのでしょう︶ならどん なに時間がかかっても、運転技術を身に付けさせてしま う 術 、 の こ と で す 。 こ の よ う な 意 味 で 、 ﹁ 解 放 教 育 ﹂ は ︵ 教 え る ・ 伝 え る ︶ 具体的な技術の有無を、教員の専門性の要件として分析 したことがあったでしょうか。少々極端かもしれません が、思想は具体的な技術を前提にしてはじめて意味を持 つと思うのです。教育関係者に間われたのが感性であっ た と す れ ば 、 不 幸 だ と 思 い ま す 。 かなり飛躍した理想論になりますが、以下の循環が成 り立てば、援助技術が鍛えられ獲得課題が整理されてゆ く 道 す じ に な る と 思 い ま す 。 具体的な到達点・獲得目標︵福祉分野のサギヨウ シヨなら支援計画︶を決める そのために必要な援助技術を確認して、計画を実 ① ② 施 す る もともとの目標値が妥当かどうか・支援技術は確 か な も の か 、 目 標 値 と 援 助 技 術 を 検 証 し 、 修 正 す る 以下、①←②←③←①。これは、福祉︵サギヨウシヨ︶ や医療︵リハビリ︶の現場でよく見られる個別支援計画 そのものですが、このような発想で眺めたときに、﹁解 放教育﹂の目標は具体的に何であり、それを実現するた めの援助技術は何が必要であり、そして、この過程の中 で何が達成できて、課題として積み残したことは何だっ たのでしょうか。これらが明らかになれば、次に進む方 ③ 向が具体的に検討できると思います。 ︵ただし、ここでは過度に議論を単純化していま すので、少なくとも二つの点に留意する必要がある ことを急いで付け加えておきます。ひとつは、学校 の守備範囲、もうひとつは﹁方向﹂です。本題では ありませんので、簡単に補足しておきます。 まず、学校は万能薬ではありませんから、その守 備範囲︵できることとできないこと、あるいは本来 学校が担う課題とそうでないもの︶が明確になって いることが大切です。これがあいまいだと、援助技
術の質も結果に対する責任の所在も、あいまいにな ってしまいます。しかし意外なことに、学校の守備 範囲については明快な議論がありません。 もうひとつの﹁方向﹂というのは、教え伝える意味 についてです。まことに古めかしく死語同然で恐縮 ですが、教育学の論争の一つに﹁形式陶冶と実質陶 冶﹂がありました。私なりに要約しますと、計算が できること自体を究極の目標とするのか、計算がで きるようになったその先に獲得したい目標を考える のか、なのです。学校が提供するモノの意味、ある い は そ の 機 能 に つ い て 、 あ ら た め て 分 析 が 必 要 で す 。 ︶ 最近、兵庫で基礎﹁学力﹂︵いわゆる読み・書き・算︶ にこだわった教師集団が注目されています。文芸春秋社 から本も出ているようですし、そのリーダー格の方が広 烏の小学校の校長になったことも新聞に載って話題にな 拘 手 品 し た 。 私は、その小学校の
NHK
のドキュメンタリーを見た ことがあります。そこには、いくつか印象的な点があり ました。まず、教員の自発性が強く感じられたこと、明 確な獲得目標に近づくために今どんな援助が必要かを考 え、確かな教える技術を共有していることなどです。そ してなにより、教員のこうした試みを支える熱意が、ほ ぽ確実に子どもの手ごたえ︵達成感︶となって届いてい ることです。﹁こうすれば、きっと計算できるようにな て る し、よ る 」 よ とう?
に つ感教
じ え ら る れ 側 幸 のC
唾
号
事
解 子 放 ど 教 も 育 た 」 ち に と も 共 、 有 こ で の き ような意味での確信が共有できていたでしょうか。 もちろん、確信の中身も、その獲得目標の組み立て方 の妥当性も、別に検証されねばなりません。学校や教員 を尊重する地域の文化など背景にはかなりの好条件があ ったのかもしれませんし、ドキュメンタリーですから、 いいとこ取りだった可能性もしっかりと差し引かねばな り ま せ ん 。 それにしても、このようなレベルの具体的な教育技術 が解放教育の資産としてきちんと積み上げられてきたの かどうか、くどいようですが、私が知りたいのはここの と こ ろ で す 。 こベる も う 一 ハ J 、文化剥奪説について。 いくども繰り返されてきた﹁遺伝と環境論争﹂︵でき 9つ る な す び の 良 し 悪 し は ﹁ 氏 か 育 ち か ﹂ 。 ﹁ 瓜 の 蔓 に 茄 子 は な ら ぬ ﹂ か﹁素質を育てた環境か﹂︶から、有力な説明原理とし て文化剥奪説が導き出されてきました。低﹁学力﹂の根 拠としてよく説明されたものです。大づかみの分析の仕 方としては、確かに説得力があります。文化的な環境が 奪われていたから、本来育つべきものも育たない結果に なった、というわけです。実態調査の多くは、文化剥奪 説を補強するように見えました。多くの調査から﹁差別 の結果﹂が導かれ、低﹁学力﹂の根拠が立証され、そし て特別施策の継続が導かれたのだと思います。 しかし、文化剥奪説には、決定的な陥穿があります。 個人の意志が説明できないのです。少し考えてみれば、 これはとても当たり前のことですが、同様の厳しい環境 にあっても、可能性を押し広げることができた人と挫折 した人のちがいを、文化剥奪説は説明できません。とて も俗っぽくいえば、その人にガツツがあるかどうかは、 環境が決定するわけではありませんから。 つまり、どんなに過酷な状況の下にあっても、その人 の可能性を切り開く最後の選択肢は、個人の意志の内に あることの意味を、文化剥奪説では汲み取ることが難し ぃ、ということです。ふりかえってみると、低﹁学力﹂ のメカニズムの説明原理そのものがまちがっていたよう に 思 い ま す 。 ﹁
OO
が獲得できなかったのは貧乏や差別 のせいや﹂と言ったとたんに弛緩する何モノかにこそ、 私はもっとしっかりとまなこを向けるべきだったのだ、 と今にして思います︵これは新たな部落責任論ではない か、という疑問が当然出てくると思います。私は、部落 責任論自体を丁寧に蹄分けしてみたらどうかと考えてい ま す ︶ 。 わかりきったことでしょうが、どうして弛緩するので しよう。﹁あなたは、そうなった結果について、責任を 負わなくていいですよ﹂とささやかれたからです。自己 の外に責任転嫁できるモノが提示されたわけです。自分 で責任をとらなくてよければ、だれでもほっとするもの です。もしかすると、この種の弛緩は﹁B
型ゃから、私 は落ち着きないねん﹂とか﹁うまくいかなかったのは今 日の運勢が悪かったからや﹂などといって納得するのと 同質のレベルかもしれません。 自己決定の集積であるべき自分の人生を、文化剥奪説 が成り代わって説明してしまうことは、明らかにまちがっています。どのような結果であれ、自己決定に対する 責任は、環境︵文化剥奪説︶が負うべきではありません。 少し脱線しますが、ナチズムの時代に占星術が大流行し たのだそうです。この状況に危機感をもった社会学者が いました。彼は、人生が個人意思の対極である宿命論 ︵星占いや血液型性格などのことです︶にゆだねられて しまうことに危うさを感じたのです。この点で、文化剥 奪説は宿命論の可能性を秘めていると思います。 福祉の現場でも、似たような経験があります。どうみ ても、しんどい環境︵家庭も障害も︶なのに、援助者が 応援したくなるような自己表現ができる人がいるかと思 えば、逆に裕福な家庭で障害の程度も重くなさそうなの に、応援しにくい人もいます。前者は仕事も食事もでき ることとできないことを明確にして、必要な支援をきち んと依頼します。他方、自分で取り組めることは、時間 をどんなにかけてでも自分でこなしています。後者は、 何がしたいのかあいまいなままで、支援者が手を差しの べるのをじっと待っているタイプの人です。 繰り返しますが、学校が嫌いなことも、家庭で勉強し ないことも、本を読まないことも、進学しないことも、 直接、文化剥奪説が説明すべきではありません。どのよ うな選択であれ自己決定の結果は、まず自らが引き受け るよりほかありません。文化剥奪説がもし有効だとすれ ば、その先の過程においてだと思うのです。つまり、自 己決定の意味を客体化する︵自分で岨鴫してみる︶時に 必要な分析の手法の一つとして、です。 ﹁障害の理解﹂というとき、一般的に求められている のは、共感する気持ちであったりします。確かに寄り添 う気持ちが大切なことは十分承知のうえで、過激な言い 方をすれば、少なくともそれをなりわいとする人たちに あっては、感性は二の次だと思います。まず、援助の技 術者として臨む。感性は獲得できたものを共に喜べる時 までとっておいても、けっして遅くはありません。 この点で、教育と福祉の現場は似ています。確かな援 助技術の提供なしに、福祉や教育のプロは存在しません。 私たちは、具体的に何が提供できているかに着目し続け なくてはなりません。これが私の確信です。 こ"'る 11
読 書 ノ 1 卜 ⑩
﹁
冷
え
物
﹂
論
争
へ
の
私の批判
吉 田 智 弥 ︵ イ ー ジ ー ラ イ タ ー ︶ 小田実の﹁冷え物﹂︵河出書房新杜︶を読んだ。この 小説が最初に発表された当時︵一九六九年︶に物議をか も し た と い う こ と は 聞 い て い た 。 ﹃ 部 落 問 題 ・ 人 権 事 典 ﹄ によれば、﹁この作品は、ある党派から糾弾を受けたこ とで大きな話題になったが、部落解放運動からは問題に な ら ず 抗 議 も さ れ て い な い ﹂ と あ る 。 だが、私が部落問題を自覚的なテ l マ と し 始 め た の は 七五年より早くはないので、そうした﹁糾弾﹂があった ことも知らなかったし、作品も読んでいなかった。﹁大 きな話題になった﹂という噂を聞いたのはずっと後年に な っ て か ら で あ る 。 この本の扉に、五行ほどの短い断り書きがあって、そ こに﹁作者から読者へのお願い﹂がある。いわく︽﹁冷 え物﹂を読まれたあと、私自身が書いた﹁ある手紙﹂と、 土方鉄さんが書いた﹁﹃冷え物﹄への私の批判﹂をお読 み下さい。ある意味では、それら二つの書きものととも に 、 こ の 作 品 は 成 り 立 っ て い る と 考 え る か ら で す ︾ 。 当然のこととして、私は﹁冷え物﹂と併せて﹁それら 一 一 つ の 書 き も の ﹂ を 読 ん だ 。 ﹁ あ る 手 紙 ﹂ と は 、 ﹁ 糾 弾 ﹂ 者にむけて書かれた﹁返答﹂、又は﹁作品の読み方﹂で あ る 。 小説には、一言でいえば、ふみ子という女性の半生が 描かれている。それが﹁作品﹂になっているのは、最初 の日本人の夫と死別したあと、二人の子どもを抱えなが ら、金、朴というこ人の在日韓国人と再婚、再々婚して、 流転の果てに韓国へわたり、そこで更にせっぱ詰まった 状況に追い込まれる、という展開があるからである。ふ み子の実家の親兄弟は﹁韓国人との結婚﹂に反対し、子 ど も た ち も 韓 国 行 き へ の 同 道 を 拒 否 す る 。 小説の最後で描かれるのは、二日ぶりに帰宅した朴に ふみ子が体当たりして、三メートル下の石畳に突き落と すという修羅場である。結婚生活だけではなく、二人の 生きる術のすべてが八方塞がりとなって、文字通りに行 き場︵生き場︶がないという局面が読者に突きつけられ る 。 ど う す れ ば い い の か 。 ふみ子の出した﹁答え﹂は常識を超える。倒れた朴の 悲 鳴 ゃ う め き を ﹁ お き 去 り に し た ま ま ﹂ 、 呆 然 と 、 自 分 に 言い聞かせるように﹁死人の真似をするんや。死体にな るんや。むくろになってころがるんや﹂と考えつづける。表題の﹁冷え物﹂はその﹁死人の真似をする﹂ことを 指している。その昔、彼女の﹁おばあちゃん﹂は何度も そのようにして危機を切り抜けてきたのであった。その 記憶が、突然、ふみ子の身体のなかに蛙ったところで、 この物語りはまるでコンセントを抜かれて画面がフェイ ドアウトするように、中断される。 その後はどうなるのか。恐らく作者は、単純な意味で 失速したのではない。が、同時に、どこかに別の︵望ま しい︶﹁答え﹂を用意した上で、こうした手法をとった のでもあるまい。読者にむけて、お前ならどうする、と 問題を放り投げるやり方で、いきなり小田実は演出家の 役 を 降 り た の で あ る 。 しかし、結論からいえば、私はそうした手法、又は仕 掛けを支持したいと思う。というのは、そうした手法、 又は仕掛けと、この小説のテ 1 マが不可分の関係にある か ら で あ る 。 改めて読み直せば、ふみ子は、巡り合わせの悪さや不 運をなげく代りに、それをあるがままに受けとめて、与 えられた条件の中で精一杯に生きようとしてきた。本人 も自覚しておらず、周囲も︵特に彼女の家族は︶そのよ うに評価していないが、私の理解の仕方では、彼女はと りわけで精神の健康な女性というべきではないか。個人 的な思いからいえば、できれば幸せになってほしいと願 わずにはいられないタイプの人である。 そういう読み方からすれば、この小説は、根源的な意 味での﹁希望探し﹂の物語ということもできる。それが 叶うには、あまりにも私たちの世の中は悪意の歴史を背 負ってきてしまっているので、ふみ子とその夫たちは裏 切られ続けざるをえない。 では、同じ作者が付記した﹁ある手紙﹂はどのように 読むことができるか? 発 表 当 時 で は な く 、 一 一 一 十 年 の 歳 月 を お い て 読 む か ら な おそのように思うのかもしれないが、これはこの国の ﹁政治と文学﹂がいかに悲惨な関係にあるかを示す文書 である。不遜に響くかもしれないが、小田実はこれを書 かない方がよかった。あえて予断と偏見のままでいえば、 この小説を﹁糾弾﹂にきた人たちは作品の中身を理解す る能力をもっていなかったのだろう。単に作中人物の台 調に﹁差別証巴が登場することをもって、それを必然な らしめる文脈や構造に思いを致すこともなく、居丈高に 作者と作品を否定するべきだと考えた、と私は推量する。 そんな連中など無視するべきであった。 何よりも、作者が自分の作品の意味を十全に﹁解説﹂ できるのであれば、もともとそれを﹁小説﹂などにする こべる 13
必要はない筈である。一冊の本に収められているから、 私は小説を読み終えてすぐに﹁ある手紙﹂を読むハメに なってしまったのだが、一人の読者としては非常に気分 を害された。併せて読んでほしい、という﹁手紙﹂の意 図を汲まないわけではない。それが作者の誠実さの発露 であることも分かる。だが、胃袋の辺りで漂っていた小 説 の 余 韻 は 台 無 し に な っ て し ま っ た 。 では、巻末の﹁﹃冷え物﹂への私の批判﹂を私はどう 読んだか。土方鉄は幾つかの点にわたって作品への﹁批 判﹂を述べたあとに﹁私は、この作品に多くの不満があ って、それを以上にかいてきたが、しかし、この作品を ﹃ 差 別 文 学 ﹂ と 断 定 し 、 ﹁ 糾 弾 ﹄ に 価 す る な ど と は 、 少 し も考えていない﹂という言葉で結んでいる。それどころ か、作品とそれへの批判を同じ本の中に収録されるべき とした﹁小田さんの、こういう発意は、われわれ運動の 側にとっても、非常に望ましい形であり、こういう機会 を与えられたことは、私としても実によろこばしいこと で あ る ﹂ と 書 く 。 こ れ ら は 当 然 の 原 則 的 立 場 で あ る 。 ﹁ 非 常 に 望 ま し い ﹂ というのは、論争の民主主義的な方法論としてそうだ、 というばかりでなく、部落解放運動の、差別・被差別相 互の︿関係﹀の解放をめざす本来の理念に照らしてそう だ 、 と い う 意 味 と し て 私 は 受 け と め る 。 そういう批評家が﹁われわれ運動の側﹂にいたことは ラ ッ キ ー で あ っ た 。 だが、そのように土方の姿勢の基本には共鳴しつつも、 ﹁私の批判﹂の全体については、いくつもの疑問点を私 は抱いた。第一に、最初の部分で﹁まずこの﹃糾弾﹄は 部落解放同盟がおこなったものではない﹂﹁部落解放同 盟では、この小説﹃冷え物﹄を正式議題にかけて討議し たこともない﹂と書かれているのは、どういう意味なの , 刀 的はずれの糾弾をするような﹁党派的行動様式を持つ 人﹂たちは﹁われわれ運動の側﹂には属しておらず、部 落解放同盟とは無縁だ、ということなのか。小説﹁冷え 物﹂は﹁正式議題にかけて討議﹂するほどの値打ちがな い、と断じているのか。部落解放同盟は、もともと文学 作品をとりあげて議論するような感性を持ち合わせてい ない、という内向きの批判が込められているのか。 むろん、こういう反問の出し方は斜に構えた見方に基 づいているだろう。しかし、そのような解釈の余地を排 除していない表現であることも事実である。土方の﹁私 の批判﹂が加えられたことによって、﹁冷え物﹂論争は その後、実り多い展開になったのか?
尼崎だより③
﹁
あ
り
が
と
う
﹂
と
い
う
言
葉
中村大蔵︵特別養護老人ホ l ム 園 田 苑 ︶ ﹁最初は老人なんてあんまり接したことないしどうし ていいかわからなかった。初日から老人に、おしつこか けられて本間にだるくなった。話が理解できない人の方 が多いし、何を言ってもほとんど違う返事が返ってくる し、本間向いてへんわと思った。 動けない人もたくさんいるし、部屋に戻りたいとかト イレに行きたいとか言われでも、どうする事もできなか った。解ってあげたいねんけど、言葉は通用しないし、 初日はかなりイライラした。ほんで次の日とか、しんど くなってずっ!と休んでた。 でも家裁から呼出しあって調査官に﹁このままやった ら 少 年 院 ﹄ と か 一 一 白 わ れ て 、 も う 親 に も 迷 惑 か け た く な い し、絶対、明日からも頑張ろうと思った。ほんで、又、 行くようになって色んな事がたくさんあった﹂。︵原文の ま ま 女性K
さん、二ハ才。園田苑での﹁ボランティア活 動﹂後の作文はこのように始まる。 このあと、食事を自分で食べる人、手掴みの人、ちゃ んと食べない人など色んな老人との出会いを見たまま記 している。こんな老人も﹁ご飯前になったら機嫌良くな る人多いし可愛いと思った﹂と、感じたことを素直に表 現 し て い る 。 ﹁老人でも本問、しっかりしている人も居るしボケボ ケの人も居るし。一OO
才のおじいちゃんに二人でどっ か行こうとか言われたんは笑った。やっぱ年とっても男 は男ゃなぁと思った。マニユキィア塗ってあげたりもし た。やっぱり年とっても、おしゃれしたい気持ちは変わ ら な い ん や と 思 う 。 ピンクのマニユキィアとか塗ってあげたら、すっごい 喜んでくれるし私も嬉しいかった。︵中略︶桃太郎さん とか私が歌ったら一緒になって歌ってくれるし、本間可 愛 か っ た ﹂ 。 初日におしつこをかけられ﹁何か怒られてどつかれた 事 も あ っ た ﹂K
さんだが、園田苑の老人をグ可愛い H と 書き綴る。何も園田苑に居るから可愛いと言ってるので はない。閤田苑で出会った老人と接して老人を可愛いと こベる 15感じたのである。しかし、ここまで素直に可愛いと表現 できる大人がいるだろうか。老人問題に関わり理解を示 し、社会的発言を活発に行う知識人でも、老人をグ可愛 い d などとは教養が邪魔して到底言えない。斯く一言う ︵ 老 人 ホ l ムに働く︶私も、老人と接することは楽しい と思うことはあっても、これほど素直にグ可愛い u を 乱 て ら 発することには街いがある。 続けて彼女は﹁老人とか初めて介護したけど意外と楽 しかった。行動とか可愛いし、しゃべり方も本間可愛い と思った。多分、捕まってなかったらこんな所にボラン テ ィ ア も 来 て な か っ た と 思 う ﹂ 。 園田苑では家庭裁判所の命によるボランティアを受け 入れている。罪をおかした未成年男女である。短期で五 l 七日間、長期で泊まり込み三カ月間の﹁ボランティア 活動﹂に従事する。司法権の行使によるものだから、本 来のボランティアとは趣を異にしている。 裁判所からの補導委託書に記載されている事件・非行 名には、傷害、暴行から殺人未遂までありとあらゆるも の が あ る 。 彼ら彼女たちが老人たちと接するのは、ほとんどの場 合これが最初である。初めはどうすればいいのかとまど ぃ、出来るものなら引き返したいものの、ょうやっと鑑 別所から出てきたのに﹁このままやったら少年院や﹂の 脅しが待っているから、観念しての﹁ボランティア活 動 ﹂ と な る 。 この活動の最終日にもらう作文から、彼ら彼女たちの 心根と社会環境とをうかがうことができる。 彼ら彼女たちに共通していることは、物心がついてか ら今日まで﹁ありがとう﹂と言われた記憶があまりない こ と で あ る 。 ﹁なにかしてあげると﹁ありがとう﹄という言葉がか えってきたのが園田苑に来ている中で最もうれしかっ た ﹂ と 書 い た 少 年 が い た 。 このような作文を読んだ私と同世代の女性は﹁私にと って知らなかった社会です。かありがとう H ということ ばをかけられたことのない人たちがいるということは、 か あ り が と う μ を言う人たちがいない輸の中での生活が あるのですね﹂と感想をよこした。 少年少女たちの素直な老人観に学ぴながらも、一ムハ才 の少女から﹁やっぱ年とっても男は男ゃなあ﹂と言われ る と ギ ク ッ と す る 。
鴨水記 マ﹁前略﹁こぺる﹂6月号の寺園 氏の文章、不快感で身震いしました。 私の意見は過日述べたとおりですの で、これ以上同じことは申しません。 何が事実で何が正しいのか、などと いう議論以前の問題で、前にも申し 上げたとおり、まともに取り上げる 気がしません。先生から見れば、お そらく私がアブノーマルに見えるで しょう。そのことも十分承知で申し 上げているのです。私には寺園氏が 私以上にアブノーマルな人に思えて なりません。そして、どう考えても それが私の偏見だとは思えないので す。愛読とは申しませんが、それな りに読ませてもらってきた﹁こぺ る﹂、すっかり読む気がしなくなり ました。味噌のなかに汚物がまじっ た感じがします