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龍谷大学佛教学研究室年報 第7号(1994) 003長谷川 岳史「転識得智に関する唯識諸家の見解 : インド・中国篇」

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料 転 剖 蹴 倒 情 川 知 胃 に 聞 閃 ふ ? る 暗 唱 曲 淵 諸 問 申 忽 の 目 見 僻 肝

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イ ン ド ・ 中 国 摘 │ │ は じ め に │ │ 問 題 意 識 │ │ 有 漏 の 八 識 を 転 じ て 無 漏 の 四 智 を 得 る と い う 転 識 得 智 説 は 、 ﹃ 摂 大 乗 論 ﹄ ﹁ 彼 果 智 分 ﹂ に お い て 法 身 の 五 自 在 の 第 五 を 説 く 部 分 に 五 由 円 鏡 平 等 観 察 成 所 作 智 。 自 在 由 転 識 繭 依 故 。 ( 玄 英 訳 ) ︻ 1 ︼ と あ る こ と か ら 、 無 著 ( 古

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官 ・ 三 九 五

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頃)の 創 唱 し た 説 で あ る と 思 わ れ る 。 { 2 } 唯 識 学 派 で は 、 無 著 以 降 、 ﹃ 摂 大 乗 論 ﹄ に 説 か れ る こ の 説 を 、 さ ら に 具 体 化 ・ 体 系 他 し 、 後 に 述 べ る よ う に 、 安慧(臼芸む

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頃)・護法(宰何百喜 l

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五六一)の時代には、 第八阿頼耶識│││││(転依)│││←大円鏡智 第 七 末 那 識 ( 染 汚 意 ) l ( 転依)│││←平等性智 第 六 意 識

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転依)│││←妙観察智 前 五 識

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成 所 作 智 と い う 転 識 得 智 説 が 、 唯 識 学 派 内 で 確 立 し て い た と 考 え ら れ る 。 こ の 説 は 、 護 法 の 弟 子 と 伝 え ら れ る 親 光

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七 世 紀 ) { と も 採 用 し て い た よ う で あ る 。 博 士 後 期 課 程 一 回 生 長 谷 川 岳 史 しかし、主として漢訳の唯識関係の論書には、 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 と は 異 な っ た 前 五 識 Illi--ー l( 転依)│││←妙観察智 第 六 意 識

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転依)│││←成所作智 という説を述べているものがある。 そ こ で 、 本 論 致 で は 、 唯 識 諸 文 献 に み ら れ る 転 識 得 智 に 関 す る 記 述 を 検 討 す る こ と に よ っ て 、 イ ン ド ・ 中 国 の 唯 識 諸 家 が ど の よ う な 見 解 を 有 し て い た の か 、 み て い く ことにする。 尚 、 本 論 孜 で は 、 便 宜 上 、 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 を 正 説 と 呼 び 、 先 に 述 べ た こ の 正 説 と は 異 な る 説 を 異 説 と 呼 ぶ こ と に す る 。 ま た 、 異 説 に 関 し て は 、 こ れ ま で 、 深 浦 正 文 氏 と 佐 久 間 秀 範 氏 に よ っ て 問 題 と し て 取 り 上 げ ら れ て い る が 、 両 氏 の 見 解 に つ い て は 後 に 触 れ る こ とにする。 この安 n ι

ι 一 、 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 こ こ で は 、 イ ン ド に お い て 転 識 得 智 の 正 説 を 説 い て い た と 考 え ら れ る 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 を 取 り 上

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げ る 。 尚、以下の転識得智の正説を説く人物・文献に関して は、すでに、いくつかの研究がなされている(とので、 ここでは資料を提示するに留まりたい。 ︽ 安 慧 ( 臼

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頃)︾ ﹃大乗荘厳経輸釈疏﹄菩提品 安 慧 の 転 識 得 智 説 は 、 チ ベ ッ ト 訳 の み に 残 さ れ る ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ に 対 す る 彼 の 註 釈

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によって知られる。 安 慧 は 、 ﹁ 菩 提 晶 ﹂ に 対 す る 註 釈 の 中 、 転 依 に 関 し て 説明する段で次のように述べる。 八 識 の 内 、 阿 頼 耶 ︹ 識 ︺ を 清 浄 に す る な ら ば 知 鏡 智 に転換する。 染汚意を清浄にするならば平等性智に転換する。 意識を清浄にするならば妙観察智に転換する。 眼 ︹ 識 ︺ か ら 身 ︹ 識 ︺ ま で の 五 識 を 清 浄 に す る な ら ば成所作智に転換する。 { 8 } ︽ 護 法 ( 呂 町 弓 言 問 ︼

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五六一)︾ ﹃成唯識論﹄巻十 護 法 の 転 識 得 智 説 に つ い て は 、 玄 英 ( 六

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六六四) 訳﹃成唯識論﹄に拠らなければならない。 ﹃成唯識論﹄は、玄撲が、唯識十大論師の﹃唯識三十 頒 ﹄ に 対 す る 註 釈 を 合 探 し 、 護 法 の 教 説 を 正 義 と し て 訳 出 し た も の と 伝 え ら れ る の で 、 こ こ で は 、 以 下 に 引 用 す る﹃成唯識論﹄の転識得智に関する教説を、護法の教説 として扱う。 ﹃成唯識論﹄巻十に次のようにある。 此転有漏八七六五識相応品。如次而得。智雄非識而 依 識 転 。 識 為 主 故 説 転 識 得 。 又 有 漏 位 智 劣 識 強 。 無 漏 位 中 智 強 識 劣 。 為 勧 有 情 依 智 捨 識 。 故 説 転 八 識 而 得此四智。

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﹃成唯識論﹄のこの部分をもって、中国・日本の法相 教学では正義と看倣し、後にみる異説の取り扱いについ て様々な見解が提示されることになる。 ︽親光

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七世紀)︾ ﹃仏地経輪﹄巻三 親光の教説を伝える資料は、玄英訳﹃仏地経論﹄のみ であるが、表題に﹁親光菩薩等造﹂とあるので、玄突が、 他の諸師の﹃仏地経﹄に対する註釈を合経し、親光の教 説を正義として訳出したものと考えられる。 ﹃仏地経論﹄巻三に次のようにある。 転第八識得大円鏡智相応心。能持一切功徳種子。能 現能生一切身土智影像故。 転第七識得平等性智相応心。遠離二執自他差別。証 得一切平等性故。 転第六識得妙観察智相応心。能観一切皆無碍故。 転五現識得成所作智相応心。能現成弁外所作故。 q o n L 8

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以 上 、 唯 識 学 派 に お い て 、 正 説 を 支 持 し て い た 論 師 達 の 見 解 を み て き た が 、 次 に 、 こ の 正 説 が イ ン ド 密 教 に 受 容 さ れ て い た 証 拠 と し て 、 パ ド マ ヴ ア ジ ユ ラ の 転 識 得 智 説をみていく。 一一、密教における転識得智説 ︽パドマヴアジユラ

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雪 印 ︿ 仰 い

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・九世紀頃)︾ ﹃タントラ義人註釈﹄ イ ン ド 密 教 に お い て 転 識 得 智 説 が ど の よ う に 説 か れ て いたのか、については、中国において翻訳されたもの、 あ る い は 日 本 に お い て 撰 述 さ れ た も の よ り 、 サ ン ス ク リ ッ ト 本 や チ ベ ッ ト 訳 に 残 さ れ た イ ン ド 密 教 家 の 著 作 に 拠 るべきであろう。

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そ こ で 、 こ こ で は 、 チ ベ ッ ト 訳 に 残 さ れ た 九 世 紀 頃 の イ ン ド の 密 教 の 学 匠 パ ド マ ヴ ア ジ ュ ラ の ﹃ タ ン ト ラ 義 入 註釈﹄に説かれる転識得智説を取り上げる。 ﹃タントラ義人註釈﹄は、﹃初会金剛頂経﹄を註釈し た八世紀頃のインドの密教の学匠ブツダグフヤ(回亘書伊 1

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の﹃タントラ義入﹄

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に対する復註であり、 唯 識 学 派 の ﹁ 五 法 ﹂ ( 清 浄 法 界 と 四 智 ) の 教 説 を 発 展 さ せ た と 考 え ら れ る ﹁ 五 智 ﹂ 説 に つ い て 貴 重 な 見 解 を 提 供 してくれる。 パ ド マ ヴ ア ジ ユ ラ は 、 ﹁ 五 智 ﹂ に つ い て 説 明 す る 部 分 で 、 唯 識 学 派 で い う ﹁ 五 法 ﹂ の 内 の ﹁ 清 浄 法 界 ﹂ を も ﹁智﹂であるとみる密教の﹁五智﹂説のもとに、﹁清浄 法 界 智 ﹂ も 転 依 を 媒 介 と し て 得 る こ と を 述 べ る

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続 い て 、 ﹁ 四 智 ﹂ に つ い て 、 先 に み た 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 と 同様の転識得智説を説く。 知 鏡 智 と 言 う の は 、 阿 頼 耶 ︹ 識 ︺ を 清 浄 に し た 自 性 より転換した、一切法を離れている無分別智である。 平 等 性 智 と 言 う の は 、 煩 悩 を 有 す る 意 ( 染 汚 意 ) を 清浄にしたことによって転換した自性︹であり︺、 あ ら ゆ る も の を 平 等 で あ る と 了 解 し 、 自 他 を 分 別 し ないのである。 観察︹智︺と言うのは、意識を三時において離れ、 断 じ て 、 清 浄 に し た こ と に よ っ て 転 換 し た 自 性 ︹ で あり︺、一切法を離れて、雑乱せず了解し、また、 不生であるとそのように領受するのである。 成 所 作 智 と 言 う の は 、 五 門 の 識 を 清 浄 に し た こ と に よ っ て 転 換 し た 自 性 で あ っ て 自 他 の 利 益 に 勤 め る の で あ る 。 ( 1 Z } -24-こ の よ う に 、 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 ( 正 説 ) は 、 密 教 側 に も 影 響 を 及 ぼ し て い る 。 こ れ は 、 安 慧 ・ 護 法 ・ 親 光 の 転 識 得 智 説 ( 正 説 ) が 唯 識 学 派 内 で 主 流 で あ ったことを意味していると思われる。 し か し 、 漢 訳 の 唯 識 関 係 の 論 書 の 中 に は 、 イ ン ド に お い て 正 説 と は 異 な っ た 異 説 が あ っ た こ と を 伝 え て い る 資 料 が あ る 。 次 に 、 そ れ ら の 資 料 を 取 り 上 げ 、 異 説 に つ い

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て検討していく。 三 、 転 識 得 智 に 関 す る 異 説 を 伝 え る 資 料 これまで、 第八阿頼耶識は転依して大円鏡智になり、 第七末那識(染汚意)は転依して平等性智になり、 第六意識は転依して妙観察智になり、 前五識は転依して成所作智になる、 と い う 転 識 得 智 説 が 、 唯 識 学 派 に お い て 主 流 で あ っ た と い う こ と と 、 ぞ れ が イ ン ド 密 教 に お い て も 受 容 さ れ て い た事実をみてきた。 し か し 、 こ の 説 の 他 に 、 妙 観 察 智 と 成 所 作 智 を 得 る こ とに関して、 前 五 識

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ヤ 妙 観 察 智 第 六 意 識

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転依)│││←成所作智 と い う 説 が あ っ た こ と を 伝 え る 資 料 が 、 主 と し て 漢 訳 の 唯識諸文献に見出される。 そ こ で 、 こ こ で は 、 こ の 異 説 に つ い て 、 明 確 に 異 説 と し て 扱 っ て い る 資 料 と 、 諸 本 に よ っ て は こ の 異 説 を 伝 え ている資料とに分けて検討していくことにする。 ︽異説として扱っている資料︾ ・ 親 光 等 造 玄 英 訳 ﹃ 仏 地 経 輸 ﹄ 巻 三 { 1 2 復有義者。転第六識得成所作。転五現識得妙観察。 此不応爾。非次第故。説法除疑周辺観察非五用故。 こ の 部 分 は 、 先 に 引 用 し た ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ の 転 識 得 智 の 正説の直後に説かれている。 こ こ で は 、 こ の 異 説 を ﹁ 不 応 爾 ﹂ と し て 、 誤 説 で あ る こ と を 明 確 に 述 べ 、 そ の 理 由 と し て 、 ﹁ 非 次 第 ﹂ つ ま り 八 ・ 七 ・ 六 ・ 前 五 識 の 順 に 識 を 転 じ て 大 ・ 平 ・ 妙 ・ 成 の 順に智を得るという正説に反すること、また、法を説き、 疑 を 除 き 、 周 辺 を 観 察 す る 妙 観 察 智 の 働 き は 、 前 五 識 の 正用と相応するものではないことを挙げている。 ︽諸本により異説を伝える資料︾ 先 の ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ で は 、 妙 観 察 智 │ │ 前 五 識 , 成 所 作 智 │ │ 第 六 識 と い う 関 係 に つ い て 、 明 確 に 異 説 と し て 排 斥 し て い た 。 し か し 、 こ れ か ら 検 討 す る ・ 無 著 造 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ ※ 波 羅 頗 蜜 多 羅 ( 宇 与

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守恒・五六五 t p 六 三 三 , 六二六

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六三三在中国)?と ・ 無 性 造 玄 英 訳 ﹃ 摂 大 乗 論 釈 ﹄ ( 以 下 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ ) は 、 諸 本 に よ っ て 、 正 説 を 伝 え る も の と 異 説 を 伝 え る も のとに分れるので、以下、諸本の異同をみていく。 F D n L -無 著 造 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ 巻 三 菩 提 品

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、 菩 提 品 第 六 二 倍 と そ れ に 対 す る 長 行 釈 7 5 } [宮内省本] 四 智 鏡 不 動 三 智 之 所 依

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八 七 五 六 識 次 第 転 得 故 釈 臼 ( 中 略 ) 八 七 五 六 識 次 第 転 得 故 者 。 転 第 八 識 得 鏡 智 。 転 第 七 識 得 平 等 智 。 転 五 織 得 観 智 。 転 第 六 織 得作事智。 [宋・元・明・麗(大正蔵)本] 四 智 鏡 不 動 三 智 之 所 依 八 七 六 五 識 次 第 転 得 故 釈 日 ( 中 略 ) 八 七 六 五 識 次 第 転 得 故 者 。 転 第 八 識 得 @ @ 鏡 智 。 転 第 七 識 得 平 等 智 。 転 第 六 織 得 観 智 。 転 前 五 轍得作事智。 ※①︹第︺│宋・元・明②前 H 第(宋・元・明)

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、 菩 提 晶 第 六 七 偶 ( 妙 観 察 智 ) に 対 す る 長 行 釈 { 1 1 [宮内省本] 釈 目 。 此 偶 顕 示 転 五 識 得 観 智 。 観 智 於 所 識 一 切 境 界 恒 無 障 碍 。 書 如 大 蔵 。 与 一 切 陀 羅 尼 門 一 切 三 昧 門 而 為 依 止 。 何 以 故 。 如 是 二 門 皆 従 此 智 生 故 。 ︹宋・元・明・麗(大正蔵)本] 釈目。此偏顕示転向貯六織得観智。観智於所識一切境 界 恒 無 障 碍 。 警 如 大 蔵 。 与 一 切 陀 羅 尼 門 一 切 三 昧 門 而 為 依 止 。 何 以 故 。 知 是 二 門 皆 従 此 智 生 故 。 ※①︹第︺│宋・元・明

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、 菩 提 晶 第 六 九 偏 ( 成 所 作 智 ) に 対 す る 長 行 釈

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[宮内省本] 釈 目 。 此 偏 顕 示 転 第 六 識 得 作 事 智 。 彼 作 事 智 於 一 切 世 界 中 作 種 種 変 化 事 。 無 量 無 辺 不 可 思 議 。 如 此 等 業 。 皆為利益一切衆生故。 [宋・元・明・麗(大正蔵)本] @ @ 釈 日 。 此 偶 顧 示 転 前 五 識 得 作 事 智 。 彼 作 事 智 於 一 切 世 界 中 伊 種 種 変 化 事 。 無 量 無 辺 不 可 思 議 。 如 此 等 業 。 皆為利益一切衆生故。 ※①此 H 於(宋・元・明)②前 H 第(宋・元・明) ③ 作 H 亦(明) -玄 提 訳 ﹃ 無 性 摂 輪 ﹄ 巻 九 果 断 分 ︻ 1 1 [宮内省・宋・元・明本] 転 五 現 轍 故 。 得 妙 観 察 智 。 具 足 一 切 陀 羅 尼 門 三 摩 地 門 。 猶 知 宝 蔵 。 於 大 会 中 能 現 一 切 自 在 作 用 。 能 断 諸 疑能雨法雨。 転 意 識 故 。 得 成 所 作 智 。 普 於 十 方 一 切 世 界 。 能 現 変 化 従 観 史 多 天 宮 而 没 乃 至 浬 繋 。 能 現 住 持 一 切 有 情 利 楽事故。 [麗本(大正蔵)] 転 意 轍 故 。 得 妙 観 察 智 。 具 足 一 切 陀 羅 尼 門 三 摩 地 門 。 猶 如 宝 蔵 。 於 大 会 中 能 現 一 切 自 在 作 用 。 能 断 諸 疑 能 雨法雨。 転 五 織 故 。 得 成 所 作 智 。 普 於 十 方 一 切 世 界 。 能 現 変 化 従 観 史 多 天 宮 而 没 乃 至 浬 繋 。 能 現 住 持 一 切 有 情 利 楽事故。 n o η L こ れ ら を み る と 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の

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宮内省本,玄英訳﹃無性摂論﹄の宮内省・宋・元・明本 では、妙観察智と成所作智に関して、 前五識│1111111(転依)│││←妙観察智 第六意識Illit--│(転依)│││←成所作智 という玄突訳﹃仏地経論﹄で異説とされ排斥されていた 説が説かれているのに対し、その他諸本は、安慧・護法 ・親光と同じ説、つまり正説の立場をとっていることが 解 る 。 ﹃大乗荘厳経論﹄には、この漢訳の他にサンスクリッ ト本とチベット訳が存するが、これには﹁八七五六(八 七 六 五 ) 識 次 第 転 得 故 ﹂ と い う 僑 頒 の 部 分 と そ れ に 対 する長行釈等、転識得智に関する記述はみられない。ま た、﹃無性摂論﹄には、漢訳の他にチベット訳が存する が、先に引用した部分に相当する箇所は見当らない。 これらのことをふまえて、以下のような二つの点が問 題点として浮び上がってくる。 ①この両書の転識得智に関する記述は、訳者の挿入であ るのか、または、現存するサンスクリット本(﹃大乗 荘厳経論﹄)や、チベット訳が参照したサンスクリッ ト本とは異なる原本をもとにして漢訳したものなのか。 ②この両書の訳出当初の原型を伝えているのは、波羅頗 蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄の宮内省本や玄英訳﹃無性 摂論﹄の宮内省・宋・元・明本のように転識得智の異 説を伝えるものであったのか、あるいは、ぞの他の諸 本のように安慧・護法・親光と同じ正説を伝えるもの であったのか。 これら二つの問題点について、佐久間秀範氏は﹁︿智﹀ と︿識﹀│両者の結合関係とその成立過程│﹂(一九八 四年)において、まず、①に関して、両書に存在する転 識得智に関する記述は、訳者である波羅頗蜜多羅と玄突 によるものであるとみる。そして、②に関して、大正蔵 に示されている異本の中でも宮内省本が最も古いものと されていることから、両書の訳出当初の原型は、異説の 立場をとっていたとみる。ぞの理由として、もともと異 説の立場をとっていた波羅頗蜜多羅に、玄突が、長安出 発以前に会見していた可能性があり

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、玄突は帰国後、 ﹃無性摂論﹄を訳出するまで(六四九年六月一七日)は、 波羅頗蜜多羅と同様の見解を持っていた可能性を示唆し ている。また、佐久間氏は、玄提は﹃仏地経論﹄の訳出 (六四九年十月三日

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十一月二四日)にあたり何等かの 思想的変化を生じ、転識得智に関する考えを異説から正 説へと切り換え、これまで自らがとってきた立場を﹁不 応爾﹂として排斥したとも考えられるとしている。 ( 2 0 ︼ これら佐久間氏の見解は、いずれも推測の域を出ない ものであるが、佐久間氏は後に﹁玄突における︿識﹀の 扱い方﹂(一九八九年)において、②に関して、﹃成唯 識論述記﹄﹃成唯識論了義灯﹄﹃成唯識論演秘﹄が、波 羅頗蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄と玄英訳﹃無性摂論﹄の 転識得智説が異説の立場をとっていたことを伝えている ことから、このことを、先に推測の段階であった自らの 司 -円 L

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見解を決定づける根拠としている。 実 は 、 ﹃ 成 唯 識 論 述 記 ﹄ ﹃ 成 唯 識 論 了 義 灯 ﹄ ﹃ 成 唯 識 論 演 秘 ﹄ に こ の よ う な 記 述 が あ る こ と に つ い て は 、 佐 久 間 氏 が 指 摘 す る 以 前 に 、 す で に 、 深 浦 正 文 氏 が 着 目 し て お り ﹁ ﹃ 荘 厳 ﹄ 等 の 諸 論 、 こ れ を 収 む る 蔵 経 の 種 類 に よ っ て 六 ・ 五 と 五 ・ 六 と 区 区 同 様 で な い と こ ろ よ り 案 ず れ ば 、 或 は す で に 、 西 天 に お い て 異 義 が あ っ た と 見 る が 至 当 で は な か ろ う か 。 ﹂ と の 見 解 を 提 示 し て い た す 三 の で あ る が 、 両 氏 と も 、 中 国 唯 識 諸 家 が 、 八 ・ 七 ・ 前 五 ・ 六 の 順 に 識 を 転 じ て 大 ・ 平 ・ 妙 ・ 成 の 四 智 を 得 る と い う 異 説 に 関 し て ど の よ う な 見 解 を 有 し て い た の か 、 と い う こ とについては、あまり踏み込んで論じてはいない。 そ こ で 、 次 に 、 中 国 唯 識 諸 家 に お け る 転 識 得 智 の 異 説 に対する見解を取り上げる。 四 、 中 国 唯 識 諸 家 に お け る 転 識 得 智 の 異 説 に 対 す る 見 解 ここでは、円測と唯識三祖といわれる慈恩基・慧沼・ 智 周 の 著 作 か ら 、 中 国 に お い て 転 識 得 智 の 異 説 が ど の よ うに解釈されていたのか、検討する。 ︽円測(六二ニ

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六九六)︾ ﹃成唯織輪疏﹄ 新 羅 出 身 の 円 測 が 、 転 識 得 智 の 異 説 に 関 し て ど の よ う な 見 解 を 有 し て い た の か 、 に つ い て は 、 日 本 で 撰 述 さ れ た ﹃ 成 唯 識 論 本 文 抄 ﹄ 巻 四 四 ( 著 者 不 明 言 と ) に 、 現 存 し な い 彼 の 著 作 ﹃ 成 唯 識 論 疏 ﹄ か ら の 次 の 引 用 が あ る の で、それによって知ることができる。 問 。 荘 厳 論 知 何 会 釈

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答。説四智諸教不同。依仏地経。広説四智而不配釈。 転 識 得 智 。 由 斯 諸 論 取 意 不 同

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何故如是諸教異者。 解 云 。 世 尊 不 説 転 識 得 智 而 有 差 別 。 然 前 六 識 。 皆 有 説 法 現 化 等 用 。 由 斯 道 理 。 荘 厳 唯 識 。 各 取 一 義 以 為 所宗。無性論中具存有二義。親光菩瞳。雄有両釈。 正義所存意向護法。故彼此尚不相違。 又 解 。 荘 厳 許 家 内 可 謬 ? と 。 取 親 光 護 法 弥 勅 宗 不 応 理故。此既相違。須勘党本云云 O { 2 5 ) ここで、円測は、転識得智に二説あることについて、 これは、﹁五法﹂(清浄法界・四智)説を説く﹃仏地経﹄ に は 、 転 識 得 智 に つ い て 何 も 述 べ ら れ て い な い か ら 、 後 に諸論において正説と異説が生じたのだとみている。 次 に 、 世 尊 は 、 転 識 得 智 に つ い て 、 ま た 、 四 智 に そ れ ぞ れ 相 応 す る 識 に 関 し て 説 い て い な い ( ﹃ 仏 地 経 ﹄ を は じ め と す る 経 典 類 に 転 識 得 智 に 関 す る 記 述 が な い と い う 意 味 ) こ と を 指 摘 し 、 前 六 識 に は 説 法 現 化 等 の 作 用 が あ る か ら 、 正 説 を 説 く ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ で は 、 ﹁ 説 法 ﹂ の 作 用 を 取 り 上 げ て 第 六 識

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妙観察智の関係を説き、﹁現佑﹂ の 作 用 を 取 り 上 げ て 前 五 識 │ │ 成 所 作 智 の 関 係 を 説 い た のだとみて、異説を説く﹃大乗荘厳経論﹄は、﹁説法﹂ の作用を取り上げて前五識 1 1 妙観察智の関係を説き、

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-28-﹁現化﹂の作用を取り上げて第六識│││成所作智の関係 を説いたのだとみる。さらに、円測は、﹃無性摂論﹄に は正説と異説の二つの内容が含まれているとみる。そし て、親光の﹃仏地経論﹄では異説の方を排斥しているか ら、親光は護法と閉じ説(正説)をとるとしているが、 最終的には、正説と異説は、前六識の諸作用を妙観察智 ・成所作智のどちらに相応させるか、という点で異なる だけであり、本質的に両者は相違しないという。 次に、円測は、もう一つの見解について述べている。 それは、﹃大乗荘厳経論﹄の異説に従う者は、護法・親 光等の正説を﹁不応理﹂とみるから、誤っているとする 見解である 21 。文末に﹁須勘党本﹂とあるのは、波羅 頗蜜多羅が﹃大乗荘識経論﹄を訳出するに際して、本来 正説を述べていた部分を改変して異説にしたということ、 あるいは、何等かの事情(訳者の挿入等)で原文通り漢 訳されていないことを示唆しているかのように思われる。 ︽慈恩基(六三二

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六八二)︾ ﹃成唯識論述記﹄(以下﹃唯識述記﹄)巻十末 無性菩薩及荘厳論説。

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観智転五識等。此中唯転第 六識得。仏地論中有二師説。彼非次故。説法断疑非 五用故。広如仏地。 { 2 7 ) ここで、慈恩基は、波羅頗蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄ と玄英訳﹃無性摂論﹄に説かれている異説に関して、 ﹁広如仏地﹂として、異説に関して否定的立場をとって いた玄英訳﹃仏地経論﹄にその説明を譲っている。よっ て慈思基は、波羅頗蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄と玄英訳 ﹃無性摂論﹄に説かれている転識得智説(異説)は排斥 すべきものであるとみていたようである。 また、慈恩基は、﹃成唯識論﹄の十五界唯有漏の義を 会通する部分を釈して、 此師若謂転五識得成事智品。便違荘厳摂論等説。 A 2 8 ) と述べている。ここで﹁此師﹂とは、後に日本の﹃唯識 論同学紗﹄等でいう﹁十五界唯有漏師﹂に相当するが、 ﹃唯識述記﹄のこの文の前後関係からみると、﹁此師﹂ というのは﹁外人﹂ということになり、文の内容からみ て異説を支持していたと思われる﹁外人﹂は、具体的に どのような人々を指しているのか、﹃唯識述記﹄自体に は述べられていない。 -29-︽慧沼(六四八

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七一四 ) 2 1 ︾ ﹃成唯識輪了義灯﹄(以下﹃唯識了義灯﹄)巻七末 釈転識得智中。大荘厳論転第六識得成事智。転五識 得妙観察智。 此論相違。知何会釈。 答本有二解 一云荘厳不依次説。非言転六得成事智。故不相違。 二疏外別解云。荘厳論中拠第六識能作神通等諸成業 云得事智。五識因位負不観察。果位方能云得観察。 故亦不違。

(9)

無 性 両 釈 。 各 随 一 義 不 違 二 論 。 然 仏 地 論 破 転 五 識 得 観察智。云説法断疑非五識能者。固定破別師。非破荘 厳 。 A 3 0 ) 慧 沼 は 、 こ こ で 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 転 識 得 智 説 ( 異 説 ) が ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ 所 説 の 転 識 得 智 説 ( 正 説 ) と 矛 盾 す る も の で は な い こ と を 示 す た め に 、 二 つ の 解 釈 を 提 示 し て い る 。 第 一 に 、 八 ・ 七 ・ 前 五 ・ 六 と 識 を 転 ず る と い う こ と に 関 し て は 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ に は ﹁ 八 七 五 六 ﹂ と あ る が 、 こ れ は 、 識 を 転 ず る 次 第 を 述 べ た も の で は な い 。 だ か ら 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ で は 、 成 所 作 智 は 第六識を転じて得るということを述べてはいないとみる。 第 二 に 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ 中 に 、 第 六 識 は ﹁ 能 作 神 通 等 諸 成 業 ﹂ と あ る か ら 、 こ の 作 用 を 持 つ 第 六 識 が 転 じ て 成所作智が得られるということに矛盾はなく、また、 ﹃大乗荘厳経論﹄中には、前五識は、因位においては観 察しないが、果位においてはよく観察するとあるから、 こ の 前 五 識 を 転 じ て 妙 観 察 智 が 得 ら れ る と い う こ と に つ い て も 矛 盾 は な い と 述 べ る 。 こ れ は 、 先 に み た 円 測 の ﹁前六識。皆有説法現化等用。﹂という解釈と相通ずる ものがある。 さ ら に 、 慧 沼 は 、 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に は 正 説 と 異 説 の 二 つ の 内 容 が 含 ま れ て い る と み て 、 正 説 ( ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ ) と 異 説 ( ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ ) に つ い て は 、 前 五 識 と 第 六 識 に そ れ ぞ れ 妙 観 察 智 ・ 成 所 作 智 両 者 に 相 応 す る 作 用 が あ る の だ か ら 、 本 質 的 に 両 者 は 相 違 し な い と み て い る 。 こ の点についても円測説との一致をみることができる。 そ し て 、 慧 沼 は 、 ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ で 排 斥 さ れ た ﹁ 転 前 五 識得妙観察智。(転第六識得成所作智。)﹂という説は、 あ る 別 の 論 師 を 排 斥 し て い る の で あ っ て 、 先 に 挙 げ た よ うな二つの論拠を有する﹃大乗荘厳経論﹄や﹃無性摂論﹄ の説を対象としているのではないと述べている。 しかし、この慧沼の解釈には問題がある。まず、第一 の 解 釈 に つ い て は 、 先 に 引 用 し た 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 原 文 を み る と ﹁ 八 七 五 六 識 次 第 転 得 故 ﹂ と な っ て お り 、 こ れ に よ る と ﹁ 八 七 五 六 ﹂ と い う 順 序 を ﹁不依次﹂とみる慧沼の解釈は誤っていることになるの で あ る 。 ま た 、 第 二 の 解 釈 に つ い て も 、 慧 沼 は 本 来 ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ 所 説 の 転 識 得 智 説 ( 正 説 ) に 立 脚 し て い る は ず な の に 、 こ の 解 釈 に よ る な ら ば 、 妙 観 察 智 ( あ る い は 成 所 作 智 ) を 得 る に は 、 前 五 識 と 第 六 識 の ど ち ら を 転 じ て も 得 る こ と が で き る と い う こ と に な っ て し ま う 。 言 い 換 え る な ら ば 、 前 五 識 を 転 ず る と 妙 観 察 智 ・ 成 所 作 智 が 得 ら れ 、 第 六 識 を 転 じ て も 妙 観 察 智 ・ 成 所 作 智 が 得 ら れ る ということになってしまうのである。 こ れ ら 慧 沼 の 解 釈 に つ い て は 、 後 に 日 本 の 唯 識 諸 家 が 疑問を投げかけているので別の機会に論じてみたい。 n u n d ﹃ 金 光 明 最 勝 王 経 疏 ﹄ 巻 三 末 減 業 障 品 こ れ は 、 ﹃ 唯 識 了 義 灯 ﹄ 以 後 、 慧 沼 が 晩 年 に 著 し た も

(10)

のであるが

A S

-、 慧 沼 は 、 義 浄 訳 ﹃ 金 光 明 最 勝 王 経 ﹄ の ﹁浄智﹂﹁不思議智﹂について次のように述べる。 準 大 荘 厳 論 第 三 説 。 浄 智 ? 乙 是 観 察 転 五 識 得 。 能 於 大 衆 説 法 断 疑 。 雨 大 法 雨 能 令 他 浄 故 名 浄 智 。 ( 中 略 ) 不 思 議 者 是 成 事 智 転 第 六 得 。 於 一 切 世 界 作 種 種 変 他 事無量無辺不可思議。 A s s -こ こ で 、 慧 沼 は 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ を 引 用 し て 、 明 確 に﹁観察転五識得﹂﹁成事智転第六得﹂と述べているが、 先 に み た よ う に 、 慧 沼 は ﹃ 唯 識 了 義 灯 ﹄ で 異 説 に つ い て 二 つ の 解 釈 を 示 す 中 、 そ の 第 一 の 釈 に お い て ﹁ 荘 厳 不 依 次 説 。 非 言 転 六 得 成 事 智 。 ﹂ と 述 べ て い る の で あ る 。 つ ま り 、 こ の ﹃ 金 光 明 最 勝 王 経 疏 ﹄ の 文 は 、 慧 沼 自 ら 自 説 に 反 し て ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の ﹁ 八 七 五 六 ﹂ と い う 部 分 が 識を転ずる次第であることを認めている証拠なのである。 ま た 、 こ の 文 を み て 、 慧 沼 は 何 故 、 転 識 得 智 の 説 明 を ﹃大乗荘厳経論﹄に依ったのか、という疑問が生じてく る 。 な ぜ な ら 、 も し 、 慧 沼 の 転 識 得 智 に 対 す る 考 え 方 が ﹃成唯識論﹄に説かれる正説に立脚するのであるならば、 こ こ に は ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ か ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ の 正 説 が 引 用 さ れ て当然と思われるからである。 この点については、現段階ではなんとも結論し難いが、 あ る い は 、 慧 沼 は 晩 年 に 至 っ て 、 自 ら の 転 識 得 智 に 関 す る 立 脚 点 を ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ や ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に 説 か れ る 異説の方に置いていたのかもしれない。 ︽智周(六六八

5

七二三)︾ -﹃成唯識論演秘﹄(以下﹃唯識演秘﹄)巻七末 論。此転有漏八七六五等者。 間 荘 厳 論 頒 云 。 八 七 五 六 識 。 如 次 而 得 故 。 即 転 五 識 得妙観察。知何相違。 答 仏 地 第 三 有 二 師 釈 。 正 義 同 此 。 第 二 師 云 。 転 第 六 識 得 成 事 作 智 。 転 五 現 識 得 妙 観 察 。 正 義 破 云 。 此 不 応爾。非次第故。説法除疑周辺観察非五用故。釈目。 彼 第 二 師 意 向 荘 厳 。 正 義 顕 彼 荘 厳 論 説 非 次 第 也 。 故 不相違。A31 智 周 は 、 こ こ で 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ 所 説 の 転 識 得 智 説 (異説)と﹃成唯識論﹄所説の転識得智説(正説)との 識 を 転 ず る 次 第 の 相 違 に 関 し て 、 ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ で 排 斥 さ れ た 説 と ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 説 と は 意 を 同 じ く し 、 ﹃ 成 唯識論﹄(﹃仏地経論﹄の正説)では、﹃大乗荘厳経論﹄ の 転 識 得 智 説 ( 異 説 ) が ﹁ 非 次 第 ﹂ で あ る こ と を 顕 か に していると述べている。 し か し 、 文 末 の ﹁ 故 不 相 違 。 ﹂ に 関 し て は 、 ﹃ 仏 地 経 論﹄においてすでに異説が排斥されているのを受けて、 ﹃成唯識論﹄と﹃仏地経論﹄の転識得智説が異ならない (両者とも正説の立場)という意味で﹁不相違﹂と言っ て い る の か 、 あ る い は 、 ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ ( ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ の 正 説 ) で は 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 転 識 得 智 説 ( 異 説 ) が ﹁非次第﹂であることを顕かにしているから、﹃成唯識 論 ﹄ と ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 聞 の 相 違 点 に つ い て は 解 決 済 , , . ‘ n d

(11)

(﹃大乗荘厳経論﹄の転識得智説は訂正済)であるとし て﹁不相違﹂と述べているのか、筆者には判断できない。 ま た 、 こ の 智 周 ﹃ 唯 識 演 秘 ﹄ は 、 異 説 を 取 り 扱 う に 際 して、先にみた三師(円測・慈思基・慧沼)とは異なり、 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に 全 く 言 及 し て い な い 。 こ れ は 、 智 周 に 何 等 か の 意 図 が あ っ た か ら な の か 、 理 由 は 解 ら な い 。 以 上 、 円 測 と 唯 識 三 祖 と い わ れ る 慈 思 基 ・ 慧 沼 ・ 智 周 の転識得智の異説に対する解釈をみてきたが、この内、 慈 恩 基 と 智 周 は 、 異 説 に 関 し て ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ と 同 様 の 解 釈 ( 排 斥 す べ き 説 ) を し て い た と い う こ と が で き よ う 。 だ が 、 慧 沼 に 関 し て は 、 慈 恩 基 ・ 智 周 両 師 と は 異 な り 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ や ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ の 異 説 に 対 し て 、 一 見 強 引 と も 思 え る 理 論 付 け を 行 な い 、 何 と か 正 統 視 し よ う と い う 苦 労 の 跡 が み ら れ る 。 こ れ は 、 無 著 ・ 無 性 と い っ た 祖 師 達 の 説 は 、 慧 沼 自 ら の 立 場 ( 護 法 正 義 ) と 異 な る は ず は な い と い う 信 念 に よ っ た も の で あ ろ う か 、 と も 考 えられる。 ま た 、 円 測 に 関 し て は 、 ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ と ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 転 識 得 智 説 が 本 質 的 に 異 な る も の で は な く 、 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に は 正 説 と 異 説 の 二 つ の 内 容 が 含 ま れ て い る と い う 見 解 と 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 説 に 従 う 者 は 、 護 法 ・ 親 光 の 説 を ﹁ 不 応 理 ﹂ と み る か ら 謬 者 で あ る と の 二 つ の 見 解 が あ る が 、 特 に ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ と ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 転 識 得 智 説 が 本 質 的 に 異 な る も の で は な く 、 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に は 正 説 と 異 説 の 二 つ の 内 容 が 含 ま れ て い る と い う 見 解 に つ い て は 、 円 測 の 教 説 に 批 判 的 で あ っ た と い わ れ る 慧 沼の見解と一致する点が興味深い。 玉、結び こ れ ま で 、 イ ン ド ・ 中 国 に お け る 唯 識 諸 家 が 転 識 得 智 に 関 し て ど の よ う な 見 解 を 有 し て い た の か 、 に つ い て み て き た が 、 異 説 が イ ン ド に お い て 存 在 し て い た こ と を 伺 わ せ る 資 料 は 全 て 漢 訳 で あ り 、 ま た 、 そ れ ら 漢 訳 資 料 に 相 当 す る チ ベ ッ ト 訳 ・ サ ン ス ク リ ッ ト 本 が 存 在 し て い た と し て も 、 ぞ れ ら に は 転 識 得 智 に 関 す る 記 述 が み ら れ な い こ と か ら 、 先 に も 述 べ た よ う に 、 こ の 異 説 は 、 漢 訳 者 の挿入であろうという意見もある。

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5

しかし、これは、 異 説 が 中 国 に お い て 担 造 さ れ た と い う 意 味 で は な い 。 事 実 、 異 説 を 説 く 漢 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 訳 者 は 波 羅 頗 蜜 多羅

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だからである。 -3 1 中 国 の 唯 識 諸 家 も 、 当 然 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ , 玄 突 訳 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ , 玄 英 訳 ・ 親 光 等 造 ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ に 説 か れ る 異 説 は イ ン ド に お い て 説 か れ て い た も の と 信 じ て い た わ け で 、 特 に 波 羅 頗 蜜 多 羅 訳 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ , 玄 英 訳 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ に 説 か れ る 異 説 の 扱 い に つ い て は 、 そ れ を 正 説 に 違 う か ら と い っ て 、 一 概 に 排 斥 す るわけにはいかない複雑な事情を有していたであろう。 な ぜ な ら 、 そ れ ら に 説 か れ る 異 説 を 排 斥 す る こ と は 、 彼 η L

内 。

(12)

らにとっては祖師達を誹誘することになるからである。 中国の唯識諸家がこれらの事情のもとに苦心して異説を 扱った様子は、先の慧沼﹃唯識了義灯﹄にみられる通り で あ る 。 日本の唯識諸家も中国の唯識諸家同様、異説の扱いに は苦労していたと思われ、また、本論孜でも触れたよう に、慧沼﹃唯識了義灯﹄の明らかに誤った異説の取り扱 いに関する、新たな問題も生じていたはずである。 日本の唯識諸家の転識得智に関する見解については、 後日、﹃唯識義私記﹄﹃成唯識論本文抄﹄﹃唯識論同学 紗﹄等 ( 3 Z を中心としてまとめてみたいと思う。 { 付 記 } 本論致では、チベットにおいて転識得智説がど のように説かれていたのか、ということについ て触れる機会がなかったが、翻訳家として知ら れるイェシェデ(吋@回

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とベルツエク

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ω 品目)が、各々の著作の中で、転識 得智に関して正説の立場をとっていたことが報 告されている。 佐久間秀範﹁︿智﹀と︿識﹀│両者の結合関係 とその成立過程│﹂(﹃豊山学報﹄二八・二九 号,豊山宗学研修所,一九八四年) 袴谷憲昭﹁臼包回吋雪印国立国

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-宮 │ 解 説 お よ び 和 訳 l ﹂(﹃駒沢大学 仏教学部研究紀要﹄三五号,一九七七年) 註 ( 1 )

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)

大正・三一・一四九下 ︽諸本の対応箇所︾ ︿ 漢 訳 ﹀ ・ 仏 陀 扇 多 訳 ( 大 正 ・ 三 一 一 一

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中) ・真諦訳(大正・三一・一三

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︿チベット訳﹀ ・北京版・五五四九番・巳・四四

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・ 四

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五 .デルゲ版・四

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四八番・回目・三八

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・ 六

5

七 本論孜でも触れているように、波羅頗蜜多羅訳 ﹃大乗荘厳経論﹄菩提晶第六二備やそれに対する 長行釈等にみられる転識得智に関する記述は、 ﹃大乗荘厳経論﹄のサンスクリット本やチベット 訳にはみられない。 また、﹃大乗荘厳経論﹄は、漢訳では無著造と なっており、これは偶頒と長行釈とを合せた形態 のものである。サンスクリット本や、チベット訳 (北京版・五五二七番,デルゲ版・四

O

二六番) も同様の形態をとるが、両本とも著者名は記され ていない。しかし、﹃大乗荘厳経論﹄安慧釈(チ ベット訳存)等によると、これは世親の著作とさ れていたことが知られる。また、チベット訳(北 京版・五五二七番,デルゲ版・四

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二六番)から 偏頒のみを別出した形態のものに北京版・五五二 q u q o

(13)

これは弥勅

(

3

)

一番,デルゲ版・四

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番があり、 作となっている。 ﹃大乗荘厳経論﹄の著者に関する諸学者の見解 については、以下に詳しい。 袴谷憲昭﹁大乗荘厳経論解題﹂(袴谷・荒井裕明 校註﹃大乗荘厳経論﹄新国訳大蔵経﹁瑞伽・唯識 部﹂一二,大蔵出版,一九九三年)一七

S

二四頁 一般には、﹃成唯識論述記﹄巻一本や﹃解深密経 疏﹄巻一等の記述から、親光は護法の弟子であろ うとみられている。これに対し保坂玉泉氏は、四 分説に関して﹁而して従来四分説は護法の創設の 如く言われているが、実は親光の創意であって護 法は親光に直承した:・﹂と述べ、親光の教説を護 法が受け継いだとみている。 保坂玉泉﹃唯識根本教理﹄(鴻盟社、一九六

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年) 一四六

1

七頁 大鹿実秋﹁大乗から密教へ l 四 智 と 五 智 │ ﹂ ( ﹃成田山仏教研究所紀要﹄一号,一九七六年) 佐久間秀範﹁︿智﹀と︿識﹀│両者の結合関係と その成立過程 l ﹂(﹃豊山学報﹄二八・二九号, 豊山宗学研修所,一九八四年) 佐藤俊哉﹁﹃仏地経﹄における智慧について﹄﹂ (﹃大正大学大学院研究論集﹄十号,一九八六年) 拙稿﹁密教における五智思想の成立に関する研究

(

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)

﹂(﹃龍谷大学仏教学研究室年報﹄六号,

(

4

)

(

5

)

(

6

)

(

7

)

(

8

)

(

9

)

一九九三年) この安慧釈は、形式的には備頒に対する註釈では あるが、内容的には、随時、世親釈(註

2

)

を参 照しており、世親釈の復註ともいえる。 北京版・五五三一番,デルゲ版・四

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三四番 司ロ m w 昌 匂 m w 可 回 } 戸 。 回 匂 伊 σ 司肉可 m F 門 -m w m w z ロ 民 間 } 戸 円 。 胆 関 口 O EO-oz=oz.-吉 田 町 o m 田口

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串 E E m ) 新 導 本 巻 十 ・ 十 五 頁 ( 通 頁 四 五 三 ) 大正・二六・三

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二下 日本真言密教で説かれる﹁五智転得﹂については、 加藤精一氏が、漢訳密教経典の中にその例を見出 し得ないこと、また、﹁五智転得﹂を説く﹃秘蔵 記﹄﹃異本即身義﹄﹃五大明王義﹄等の著作は空 海の真撰とは認め難く、空海が転識得智を説く場 合は、﹃十住心論﹄巻六等のように、唯識教学の 説明をする場合に限られるということを明らかに している。 ともあれ、 a a 宮

内 。

不空訳に代表される漢訳密教経・論

(14)

-軌や、空海撰とされる著作類については、その 思想内容の源流をインド密教に求められるのか、 否 か 、 と い う 点 で 、 様 々 な 問 題 点 を 含 ん で い る の で、今は保留という形にして敢えて扱わない。 加 藤 精 一 ﹃ 密 教 の 仏 身 観 ﹄ ( 春 秋 社 , 一 九 八 九 年 ) 三七

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北 京 版 ・ 三 三 二 四 番 , デ ル ゲ 版 ・ 二 五

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,拙稿

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北 京 版 ・ 三 三 二 五 番 , デ ル ゲ 版 ・ 二 五

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二番 冨 o -o ロ 閃 一 円 。 σ z . 円 ﹃ O 臼 FomNYO 臼 匂 印 ロ 日 ¥ } 内 己 ロ 関岡町一-司ロ m w 自 匂 仰 吋 仏 伊 何 回 ︼ m w . 山 口 問 。 σ o -世 間 四 日 、 ロ ﹃ 匂 m w -目 。 VO 臼 汁 } M h w g m n m w S 何回 m w -σ N V H ロ 門 苫 阿 川 回 同 同 ( -J 吋仲 o m ) 匂 胆 ヨ O ︻山匂伊ヨ}岳山、。ロ問︼ m w . 0 ¥ ¥ ヨロ uB ヨ 切 符 ロ 山 、 向 島 宵 可 日 可。 myoωNYO 回 旬 。 ロ 山 口 山 、 。 ロ ヨ O ロ 閃 回 匂 曲 。 m w ロ 閃 ︼ 弘 司 日 仏 吋口。ョ同︼ m w 吋 門 -m w m 匂印 - m w 国 関 山 、 己 吋 匂 m w . 日 ロ 例 。 σ o H Y m w g 臼 。 印 仏 ヨ ロ 旬 。 ョ 旬 。 吋 づ 仲 o m m 旬 。 -P 臼 ¥ σ 品 開 閃 閃 N Y m w ロ ︻ 苫 自 由 . σ 山 、 。 ︻ 日 旬 。 -O ¥ ¥ m o m O 吋 吋 件 om 唱 m w N Y O 回 匂 印 口 同 司 日 仏 } 向 日 刊 日 吋 ロ 胆 ヨ 句 。 吋 田 町 。 臼 匂 m w 内山口国側回己ヨ - m w 何 回 向 w -ず m w H d 倒の OS 匂 胆 ︻ 目 。 吋 ロ m w ヨ同︼ m w 吋 品 。 何 回 ︼ 胆 -担 問 的 山 、 己 吋 匂 0 . 日 ロ moσooyo 目 立 戸 2 5 の h w 仏 関 回 目 w-NY 門 口 問 自 m w . ︻可。 m 阿 川 市 ( 巴 ・ 旬 。 ) 吋 仲 o m m ( 司 ・ 吋 ・ 円 o m ) -M m w u ﹃ m w ロ 何 百 戸 - σ ﹃ ロ ロ 閃 げ N V H ロ ︻ 宮 門 Z-cwHd ユ 閃 旬 。 司 σ ﹃ 0.0¥¥σ 山 、 胆 σ 担 問 阿 国 防 ( -J σ m l m2M げ ) 匂 0 . 日 旬 。 回 yomNyom 匂 m w ロ 日 ¥ 切 問 。 -ロ 閃 0 . 日 可ロ m w ヨ同︼ m w 吋 回 FO 回 匂 胆 可 ロ m w 自 問 ︼ 州 W H J ︻ 山 内 w m 同M m w -m w 国 関 河 口 吋 匂 m w . 山 口 開 。 σoσ 色 m w m m N Y m w ロ m u 刊 日 仏 O ロ 日 m w σ 可 H m o ロ 匂 m w 吋 σ 山、。品旬。目白件。¥・・・ ( -J U 回 目

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大正・二六・三

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二下

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波 羅 頗 蜜 多 羅 の 生 没 年 代 と 在 中 国 年 代 は 、 宇 井 伯 寿 氏 が 道 宣 の ﹃ 続 高 僧 伝 ﹄ 巻 三 波 羅 頗 迦 羅 蜜 多 羅 伝 に 基 づ い て 作 製 し た 、 彼 の 年 譜 に よ る 。 そ れ に よ る と 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 が ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ を 訳 出 したのは、六三

O

年 夏 か ら 六 三 二 年 冬 に か け て で あ り 、 六 三 三 年 春 に 清 書 し て 奏 上 し た こ と に な っ て い る 。 また、波羅頗蜜多躍の入京の年次については、 字 井 氏 が 支 持 す る ﹃ 続 高 僧 伝 ﹄ の 六 二 六 年 ( 武 徳 九 年 ) 一 二 月 説 と 、 ﹃ 大 乗 荘 厳 経 論 ﹄ の 序 等 に 記 さ れ て い る 六 二 七 年 ( 員 観 元 年 ) 一 二 月 説 と が あ る が 、 桑 山 正 進 氏 は 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 の 入 京 年 次 が 記 載 さ れ て い る 諸 資 料 を 詳 細 に 検 討 し て 、 宇 井 氏 と同じく六二六年(武徳九年)説を支持している。 袴谷憲昭氏も桑山正進氏の見解を支持する。 こ の よ う に 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 の 入 京 年 次 を 六 二 六 年 ( 武 徳 九 年 ) 一 二 月 と み れ ば 、 桑 山 ・ 袴 谷 両 氏 が 指 摘 す る よ う に 、 玄 突 は 、 長 安 を 出 発 す る 六 二 七 年 ( 貞 観 元 年 ) 八 月 以 前 に 、 波 羅 頗 蜜 多 羅 に 会 見していた可能性がある。 宇井伯寿﹃大乗荘厳経論研究﹄ 六一年)二

5

六頁 F D n d ( 岩 波 書 庖 , 九

(15)

桑山正進﹁玄英三蔵の形而下﹂(桑山・袴谷共著 ﹃玄提﹄大蔵出版,一九八一年)四九

S

八二頁 袴谷憲昭﹁仏教史の中の玄突﹂(同右)一九五頁 註

2

,袴谷氏解題二五

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二七頁

(

1

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大正・=二・六

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六下│六

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七上

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大正・二二・六

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大正・二二・六

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七中

(

1

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)

大正・コ二・四三八上

(

1

9

)

佐久間氏は、註

1

4

の桑山・袴谷両氏の見解に基 づいて、この可能性を示唆している。

(

2

0

)

4

.

佐久間氏論文

(

2

1

)

佐久間秀範﹁玄突における︿識﹀の扱い方﹂ (﹃東方学﹄七八輯,東方学会,一九八九年)

(

2

2

)

深浦正文﹃唯識学研究﹄下巻 (永田文昌堂,一九五四年)七二六頁

(

2

3

)

同右,上巻,三九九頁には、著者は蔵俊(一一 O 四

1

一 一 八

O

)

ではないか、との見解が提示され ているが、現在では、鎌倉中期以降の成立とみら れている。

(

2

4

)

この部分は、大正蔵の註記に依れば、﹁荘厳訳家 可謬。﹂と訂正できる。

(

2

5

)

大正・六五・七七三上

(

2

6

)

2

4

のように訂正した上で解釈すれば﹁﹃大乗 荘厳経論﹄に説かれる異説は、訳者(波羅頗蜜多 羅)の誤り(誤訳)であって、誤訳である限り、 親光・護法等の主張(正説)と相応しないのは当 然である。﹂という意味にも取れる。 このように解釈すれば、文末の﹁須勘党本﹂と いう部分との関連が明確になるが、何故、﹃大乗 荘厳経論﹄と同じく異説を説く﹃無性摂論﹄の訳 者、玄突に関しては言及していないのか、という 問題が残る。

(

2

7

)

大正・四三・五九九中

(

2

8

)

大正・四三・六

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二 上 尚、﹃成唯識論﹄の十五界唯有漏の義を会通する 部分に関しては、勝又俊教﹃仏教における心識説 の研究﹄(山喜房仏書林,一九六一年)一八四

1

一八六頁に詳しい。

(

2

9

)

慧沼の年代に関しては、従来、六五

0

1

七一四年 といわれているが、これについて、根無一力氏は、 慧沼の伝記等を詳細に検討し、生没年代を六四八

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七一四年と改めている。 根無一力﹁慧沼の研究 l 伝記・著作をめぐる問題 l ﹂ (﹃仏教学研究﹄四三号 E 特集・唯識思想の研究 8

龍谷大学仏教学会,一九八七年)

(

3

0

)

大正・四三・八

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九下

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3

1

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2

9

,根無氏論文

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3

2

)

大正蔵では﹁智浄﹂となっているが、これは明ら かに﹁浄智﹂の誤植であるので訂正した。

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3

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大正・三九・二四五上 n o q u

(16)

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4

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大正・四三・九七六上

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5

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4

,佐久間氏論文

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6

)

転識得智の異説が説かれるサンスクリット語やチ ベット語の資料は未だ報告されていないが、佐久 間氏はツオンカパ

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ロ閃害担宮)の﹃閃∞

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D m ﹄にみられるチャンドラゴ

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円 。

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と の ﹃ 三 身 論 入 門 ﹄ ( 現 存 し な い ) か ら の 引 用 と思われる﹁あるものは,意識について変化身と 理解する。五根の識は受用身である。﹂という部 分について、﹁︿意識﹀│︿成所作智﹀,︿五現 識﹀│︿妙観察智﹀というもともとの形を背景と し,玄突の頃の確定した唯識学派の伝統の中です でに非正当視された考え方である。﹂と述べてい る。確かに、先のツオンカパ﹃怠耳目︼}弓

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﹄の内 容は、識の作用の見方から推測すると、異説の立 場をとる者の説である可能性が高い。しかし、佐 久間氏のように断定するには、さらに明確な典拠 が必要であると思われる。また、︿意識﹀ 1 ︿ 成 所作智﹀,︿五現識﹀│︿妙観察智﹀という異説 が、どうして転識得智説のもともとの形(正説以 前)と判断できるのか、筆者には理解し難い。 佐久間秀範﹁ロ

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号お富山口の失われた﹃三身論入 門﹄﹂(﹁東方学-八六輯,東方学会,一九九三年)

(

3

7

)

これらの文献によって、﹃唯識述記﹄﹃唯識了義 灯﹄﹃唯識演秘﹄等の見解に対して、日本でどの ような議論が行なわれていたのか、知ることがで きる。特に、本論致でも取り上げた慧沼﹃唯識了 義灯﹄に対しては批判的な立場をとっている。 円 -n d

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