減圧 CVD 法によるグラフェン成長制御
平成 25年度
三重大学大学院 工学研究科 博 士 前 期 課 程 電 気 電 子 工 学 専 攻
量子エレクトロニクス研究室
前 坂 考 哉
目次
第1章 序論 ... 3
1-1 グラフェン ... 3
1-2 グラフェンの応用 ... 3
1-2-1 グラフェン薄膜トランジスタ ... 4
1-2-2 グラフェン薄膜の透明導電膜への応用 ... 5
1-3 グラフェンの作製法 ... 5
1-3-1 機械的剥離法 ... 6
1-3-2 化学的剥離法 ... 6
1-3-3 SiC熱分解法 ... 6
1-3-4 CVD法 ... 6
1-4 触媒CVD法 ... 7
1-5 本研究の目的 ... 8
第2章 理論 ... 10
2-1 CVD法による薄膜形成メカニズム ... 10
2-2 触媒CVD法によるグラフェン成長メカニズム ... 13
2-3 グラフェンの光学特性 ... 14
2-4 ラマン分光法 ... 16
2-4-1 ラマン分光法の基本原理 ... 16
2-4-2 グラフェンのラマン分光 ... 18
第3章 実験方法 ... 20
3-1 減圧CVD装置 ... 20
3-1-1 CW型減圧CVD装置 ... 20
3-1-2 HW型減圧CVD装置 ... 21
3-2 基板の作製 ... 23
3-2-1 基板の準備 ... 23
3-2-2 触媒薄膜の形成 ... 23
3-3 減圧CVD法によるグラフェン成長 ... 25
3-3-1 CW型減圧CVDによるグラフェン成長 ... 25
3-3-2 HW型減圧CVDによるグラフェン成長 ... 26
3-4 グラフェンの評価 ... 27
3-4-1 ラマン散乱分光法によるグラフェン測定 ... 27
3-4-2 走査型電子顕微鏡(SEM)による観察 ... 28
3-4-3 透過型電子顕微鏡(TEM)による観察 ... 29
第4章 実験結果及び考察 ... 31
4-1 Fe膜厚及びCVD時間依存性 ... 31
4-1-1 Fe触媒膜厚依存性 ... 31
4-1-2 CVD時間依存性 ... 38
4-2 冷却速度依存性 ... 44
4-3 水素導入による影響 ... 51
4-4 Co/Fe積層化による影響 ... 56
4-5 ホットウォール型減圧CVD ... 60
4-6 まとめ ... 62
第5章 総括 ... 63
参考文献 ... 65
謝辞 ... 67
第 1 章 序論
1-1 グラフェン
グラフェンは,炭素原子がsp2結合し蜂の巣状の六角形格子構造をとっている 2次元結晶のシートである。2004年にGeimとNovoselovらによって単層分離と その特異な電子構造の発見がなされた [1]。これをきっかけに,物理,化学,な どの基礎科学の観点からの研究が急速に発展し,高い光の透過率 [2, 3],化学的
安定性 [4],極めて高いキャリア移動度 [1, 5, 6],高い弾性 [7],室温での量子
ホール効果 [8],可変バンドギャップ [9, 10, 11],電気機械的変調 [12]などの多 くの興味ある特性を有することが判っている。また,応用技術・実用技術の観 点からも研究が行われており,光速の 1/300の速度で走るグラフェンの電子は,
シリコンに続く次世代電子材料として注目され半導体技術の展開を目標にさま ざまな研究,開発が行われている。また,グラフェンが導電性のある原子層 1 枚の 2 次元シートであるため,透明電極として注目を浴び透明で大面積のグラ フェンシートの開発がなされ [2],タッチパネルなどへの応用に関心が寄せられ ている。
1-2 グラフェンの応用
グラフェン(graphene)は革新的な新素材として注目されているが,先行してい るカーボンナノチューブ(CNT:Carbon Nano Tube),フラーレン(fullerene)やナノ
ホーン(nanohorn)などのナノカーボン類と同類のものと認識されていることか
ら,当面は社会や経済にインパクトを与える素材とは思われていないようであ る。それは,CNT の実用化や商品化が思いのほか難航し,その見通しが得られ ないこと,フラーレンは化粧品に使用されているものの,味付け的な役割にす ぎないことが原因であると考えられる。米国や中国でグラフェンは,次世代素 材と位置づけられ,グラフェンを用いた革新的材料や複合材料の研究が盛んに 行われている。
先行するナノカーボンとグラフェンの違いについて次のような点が挙げられ る。
① グラフェンは sp2結合炭素同素体で六角形セルをなした炭素原子 1 個の厚 さのシートである。このため,筒状の CNT やサッカーボール状のフラー レンよりも,炭素原子の結合状態に基づく特性がより効果的に発現され,
強度特性,導電性,熱伝導性などが優れている。
② 炭素原子 1 個の厚さのシートであるため,比表面積が 2,620 m2/g(計算値)
とどの物質よりも大きい。また,表面の機能化により,溶媒への一様分散 化,グラフェン同士の結合,ほかの素材との結合を容易にすることができ,
優れた複合材料である。
③ 比表面積が大きい,アスペクト比が大きい,グラフェン間およびそのほか の素材との結合性が良いことから,少量のグラフェンを添加することで,
複合化効果を大きくすることができる。
④ グラファイトから化学法などにより作製するグラフェンは兼価で,量産が 可能であるため,グラフェンを用いる製品の実用化の可能性は高い。
このように今までのナノカーボン類と決定的に異なるのは,低コストで量 産可能,容易にほかの素材と複合できることである。以下に主な応用例を挙 げる。
1-2-1 グラフェン薄膜トランジスタ
グラフェン薄膜トランジスタは,原子層という極限の薄膜にもかかわらず驚 異的な高移動度 [13]という特徴を有するため,従来のデバイスを凌ぐ高速特性 が期待され研究がなされている。先行して研究されてきたCNTでは,基板上に 配列させることや金属モードと半導体モードが混ざって形成されるなどの問題 があるのに対し,グラフェンは基板の任意の場所に 2 次元的に形成できるなど デバイス作製上で有利である。
初期は,グラファイトから剥離法で基板上に得られたグラフェン材料を加工 してトランジスタ特性が報告されていたが,最近では炭化ケイ素(SiC)へのエピ タキシャル成長や銅(Cu)基板上への化学気相成長(CVD)で作製したグラフェン でのデバイスの報告もなされている。剥離法,エピタキシャル成長させたグラ フェンを用いたFETの構造模式図を図1.1に示す。
図1.1 代表的なグラフェントランジスタ(GFET)の模式図
1-2-2 グラフェン薄膜の透明導電膜への応用
発光素子や太陽電池などで必要となる透明電極には,スパッタ成膜した酸化 インジウムスズ(ITO:Indium Tin Oxide)薄膜がもっぱら用いられている。ITO透 明電極の成膜,加工技術は高度に発展しており,安価である。しかし,インジ ウムには限られた埋蔵量,生産地域という問題があり,また ITO は共有結合性 の物質であるため可塑性が低く,フレキシブルで十分な強度を持つ ITO 透明導 電膜を形成するのは難しい。また,耐酸性,耐熱性が低いといった弱点もあり さまざまな ITO に代わる透明材料がこれまでに提案されていて,グラフェンも その一つである。
グラフェンを ITO に代わる導電膜として利用するためには,薄くて光透過率 が高く,一方で電気伝導度が高く,実用上十分に低いシート抵抗を持つグラフ ェン薄膜を形成しなければならない。そのため,グラフェン透明電極のシート 抵抗をITO並に下げ,多くの電流を流す必要がある用途に(太陽電池,自発光素 子)に単独で応用することは難しいと考えられ,シート抵抗はそれほど低くなく ても,「グラフェン透明電極でなければ実現できない用途」を開拓し,応用展開 を図るほうが現実的であると考えられている [14]。あるいは,ITO などの透明 電極と素子活性層との間にグラフェン透明導電膜を挿入し,接触抵抗を下げる ためのバッファ層として利用することも考えられる。
1-3 グラフェンの作製法
グラフェンはグラファイトの 1 層分であることから,グラファイトから剥離 することで単層および数層のグラフェンを形成できる。グラフェンを剥離する ために用いられるグラファイトとして通常,高配向熱分解グラファイト(HOPG:
Highly Oriented Pyrolytic Graphite)が用いられる。グラファイトの各層はファンデ
ルワールス力で弱く結合しているので機械的あるいは化学的に剥離することが でき,固体基板上に転写することでグラフェンを得ることができる。原料にガ スを用いる化学気相成長(CVD: Chemical Vapor Deposition)法によるグラフェン成 長には,基板に何らかの触媒作用が必要でありCu や Ni が広く使われている。
SiCは炭素(C)を含む結晶であり,熱分解してSiを蒸発させるとグラフェンが下 地のSiC 表面に成長し,SiC 熱分解法またはエピタキシャル法と呼ばれている。
以下に代表的な形成法を述べる。
1-3-1 機械的剥離法
機械的剥離法は,グラファイトから粘着テープを用いてグラフェン層を剥が し基板に転写をする方法[1]で,スコッチテープ法とも俗称される。この方法の 長所としては,高品質の HOPG からグラフェン層を剥がすため,他の方法に比 べて電子移動度などの点で優れている [5]。また,実験室レベルで特別な装置を 必要としないため容易に単層のグラフェンを形成できる。しかし,偶然性に頼 る方法であり,形成されるグラフェンの面積も小さいため,工業的な応用には 使用できない。
1-3-2 化学的剥離法
化学的剥離法は,酸化グラフェン(Graphene oxide)と呼ばれている水溶性グラ フェンの形成である。これは,グラファイト層間に酸化剤を入り込ませグラフ ェンの表面を酸化することで水溶化して溶液中で剥離したグラフェンを得る方 法である。酸化グラフェンは,Hummers法 [15]と呼ばれている方法で作製され る。この方法の特徴はグラフェンの溶液が得られることで,スピンコーティン グなどの塗布法により大面積のグラフェン薄膜を形成できることである。しか し,問題点としてそのままではグラフェンの特性が著しく損なわれることが挙 げられ,酸化グラフェンを還元するにしても還元工程の難しさが問題となる。
1-3-3 SiC熱分解法
SiC基板の表面を真空中で加熱するとSiが先に蒸発し,表面がC過剰となり,
その過剰なC がグラフェンと変化する。この過程において SiC の表面は再構成 されグラフェンと SiC がバッファ層を形成し,グラフェンと下地の SiC 表面と 一定の関係を持つためエピタキシャル成長に類似した構造となる [16, 17, 18]。 この方法は,単結晶の SiC を元とするエピタキシャル的な成長をするため,ウ エハスケールでグラフェン成長することができる。SiC表面にはステップなどの 欠陥が存在するが,2層目以降のグラフェンはステップを越え連続となるため大 きなドメインサイズの薄膜を得ることができる。
1-3-4 CVD法
CVD法は実用の観点から最も期待されている方法である。グラフェンの成長 に先立って,カーボンナノチューブ(CNT)の成長が盛んに研究されており,グラ フェンもその延長でさまざまな手法が提案されてきた。CVD法の基本的なプロ
セスは,触媒作用を持つ金属基板,または触媒金属薄膜を形成したSiO2/Si基板 を高温中(600~1,000℃程度)に置き,炭素源を流してグラフェン成長を行う。
炭素源にはメタンガス(CH4)などの炭化水素ガスやエタノール(C2H6O)などのア ルコールが用いられる。CH4などの炭化水素ガスの結合エネルギーが大きいため 熱分解ではグラフェンを成長させることは困難であり [19],グラフェンのCVD 成長では一般的に炭化水素に触媒作用を持つ基板を用いる「触媒CVD」と,マ イクロ波などによって生成したラジカルを用いて触媒効果を持たない基板に直 接成長させる「プラズマCVD」がある。触媒CVDでは,Cu基板を用いて数百 μmにも達するドメインサイズのグラフェンが得られている [20]。プラズマCVD では,カーボン・ナノフレーク(CNF)やカーボン・ナノウォール(CNW)などでの 合成は成功しているが,グラフェンとしては低品質もしくは多層のものにとど まっている。本研究では,触媒CVD法を用いてグラフェン合成を行った。
1-4 触媒CVD法
前節で述べたようにグラフェン成長の炭素源となる炭化水素に触媒作用を持 つ基板を用いるCVD法を触媒CVD法という。触媒CVD法で用いられる触媒に は,炭素の固溶限が大きい遷移金属(Fe [21],Co [22],Ni [23]),炭素の固溶限が 小さい貴金属(Cu [3],Pt [24],Ir [25],),炭素が固溶しない元素・化合物(Ga [26],
Al2O3 [27])の3つの分類があり,それぞれでグラフェンの成長メカニズムが異な
る。
Ptでは安定した炭素化合物形成をしにくく,炭素の固溶限は1,700℃付近では 約3%と大きいものの,1,000℃以下では0.1%程度まで小さくなる。そのためPt でのグラフェン形成は表面での炭化水素ガスの解離吸着,表面拡散,会合反応 などが支配的となる。
これに対して Fe などの遷移金属は炭化水素への触媒作用を持つだけでなく,
大きな炭素の固溶限を持っている。そのため解離吸着した炭素原子は金属触媒 内に容易に固溶できる。詳細な成長メカニズムについては 2 章で述べるが,グ ラフェンの形成には触媒金属中の炭素の固溶量,炭素の固溶限の温度依存,炭 素の表面析出と内部拡散の競合で支配されている。よってグラフェンの層数制 御には様々な調整が必要である。
液体 Ga(融点:29.8℃)にアモルファスカーボン(a-C)やレジストを接触させる
と多層グラフェンが形成されることが報告されている[27]。Ga の中へは炭素原 子が非固溶であるため,a-C/Ga 界面で黒鉛化が進むと考えられている。触媒金 属上ではなく,下でグラフェンが形成でき成長後に触媒金属を容易に除去でき るため,他の基板への転写が必要なく任意の基板へのグラフェン成長を低温で 行なえる可能性を持っている。
これら3種類の触媒CVD法の中で,最も実用化に近いと考えられているのは Cu 触媒を用いた方法であり,role-to-role 法でのグラフェン薄膜形成プロセスが 報告されている [2]。この方法で,2010年には30インチサイズの量産技術が開 発されている [20]。しかし,金属薄膜は多結晶であるため粒界が存在し,グラ フェンも単一の連続膜でなく,グラフェンと基板の熱膨張係数が異なるため冷 却過程で”しわ”が発生し,HOPGから剥離したグラフェンに品質が及ばないとい う問題がある。
1-5 本研究の目的
グラフェンは独特な特性を持ち,1-2節で述べたような電子デバイス類への応 用が有望とされている。しかし,期待されているグラフェンの特徴は層数に非 常に敏感であるため [28],層数の制御ができる成長方法が好ましく,グラフェ ンを実用的に使用するためには大面積の成長も必要である。1-3節で述べたよう に様々なアプローチでグラフェン成長が行われているが,その中でも大面積,
高品質なグラフェンが行え,シリコンベースの集積回路の製作プロセスとの整 合性がよく,カーボンナノチューブ成長方法としてもほぼ確立している,CVD 法によるグラフェン成長が最も有望とされている。そして,Cu上での単層グラ フェン成長(被覆率95%)が報告されて以来 [3],Cu表面上でのグラフェン自己制 限成長による単層グラフェン成長が注目を集め,1-4節でも述べたrole-to-role法 でのグラフェン薄膜形成プロセスが開発された。しかし,得られるグラフェン の物理特性は HOPG から剥離させたグラフェンと比べると低レベルにとどまり,
触媒CVD法によって作製したグラフェンの製品への実用化には以下のような課 題がある。
① 触媒金属の粒径・厚さにより成長するグラフェンの層数,結晶ドメインサ イズが変化し,最適化された成長条件を見出さなければならないことであ る。このことに関しては,1-4 節で述べたように触媒となる金属の種類で 状況が異なりFeでは,Feの膜厚でグラフェンの層数が変化する一方,Cu では多層のグラフェンの成長が抑えられ,単層成長が可能とされている。
② CVD 成長したグラフェンにはしわが発生する。これは,触媒金属とグラ フェンの熱膨張係数の違いによるもので,Cu(16.8×10-6/℃)に比べ炭素材 料(黒鉛:4.5×10-6/℃以下,ダイヤモンド:1.1×10-6/℃)は小さいため,1000℃
でCVDを行うCuでは,Cuが冷却過程でグラフェンより縮むためグラフ ェンにシワにでき,これがグラフェンの物理特性の低下につながる。
③ 触媒金属に形成したグラフェンはそのままでは応用が限定されるため,剥 離して SiO2 膜などの絶縁基板へ転写が必要とされ,また転写の工程での
薬品による化学吸着や欠陥の発生によって物性が変化してしまうことで ある。
以上のような課題がある中,本研究では①,②の課題に着目して研究を行 った。我々は過去に,通常の方法よりも低い圧力下で CVD を行う減圧 CVD 法により,単層CNTの成長を従来よりも低い温度で行えることを実証した[図 1.2]。詳しい装置構造などについては3章で述べるが,原料ガス導入にノズル を使用し基板に直接照射しているため,基板へのガス供給量を調整し易い。
そのため,グラフェン成長に必要な炭素量を調整できると考えられる。①の 課題としてFeでは触媒膜厚によって層数が変化するため,グラフェンの成長 制御が難しいとされているが,反対に成長を制御できるならば,グラフェン の層数を目的に合わせて制御し成長することが可能と考えられ,ノズルによ る炭素原子の供給を精密に制御できれば,実現できるのではないかと考えら れる。また,②の課題に関してはCNT成長での低温成長を実証したことから もこの減圧CVD法が有効ではないかと考えられる。
以上より,減圧下でノズルを用いて原料ガス供給を行う減圧CVD法のグラ フェン成長への可能性を検討した。
(a) CNT成長基板断面SEM像 (b) RBM 図1.2 減圧CVD法によるCNT成長結果
第 2 章 理論
2-1 CVD法による薄膜形成メカニズム
CVD法は原料として供給されるガス状の前駆体に対して,熱,光,電磁気など のエネルギーを加えてガス分子の励起や分解を行い,基板表面上において化学 反応(吸着,解離,脱離)を経て薄膜を基板上に堆積させる方法である。これに対 して,蒸発による気化や固相への凝集などの物理的作用を利用するものを物理 気相成長(Physical Vapor Deposition ;PVD)と呼び [29],真空蒸着やスパッタリン グがその代表である。CVD法において,(1)反応物質は,常温あるいは少なくと も反応温度で気相であること,(2)生成物質の一つは薄膜を形成する物質と同一 の組成を持ち,かつ反応温度で固相であること,(3)残りの反応物質は反応温度 から室温で気相であること,の3つの条件を満たさなければならない。
ここで,CVD法による薄膜形成過程を,順を追って考えると以下の 5つの過 程でとらえられる [30]。
(ⅰ) 反応ガス(あるいは反応前駆体)の基板表面への輸送(気相拡散) (ⅱ) 基板表面への吸着,表面拡散
(ⅲ) 表面反応,核形成 (ⅳ) 反応生成物の脱離
(ⅴ) 脱離反応生成物の外方拡散(気相拡散)
図2.1に上記の反応の模式図を示す。この図で示すガス滞留層とは,ガスの流 速が完全にゼロとなる基板表面から,流速νの流れを持つ層流をなしている層 までの厚さのことである。真空蒸着やスパッタリングなどのPVDでは,平均自 由行程が長いため,原料は他の分子と衝突することなく基板に到達する。これ に対して,一般的なCVD条件では圧力が高く,原料は基板表面に拡散供給され る場合が多い。この場合,基板表面付近には一連の過程の進行によってガス滞 留層が形成される。図2.2に示すようにガス滞留層においてガスの速度分布が存 在する。滞留層外では一定量の層流が存在し,滞留層内では徐々に流速は低下 し,表面では流速は0になる。また距離L内での平均滞留層厚さδavは
δav =23(𝜌𝜈𝜂𝐿)1⁄2 (2.1) で与えられる [31]。ここで,ηは粘性係数,ρはガス密度,νは流速である。
次に,原料ガスの空間分布を考える。図2.3は原料ガスの空間分布とガス滞留層 の関係を示しており,原料ガス濃度 C はガス滞留層領域において,基板表面に
近づくほど減少する。
図2.1 CVD法による薄膜形成過程
図2.2 基板サセプター上の流速分布とガス滞留層
図2.3 原料ガスの空間分布とガス滞留層
上記の反応過程のうち,最も遅い過程がCVDプロセスを律速する。基板表面 での反応速度が十分に高く,(ⅰ)が律速過程である場合を供給律速と呼び,(ⅲ) が律速過程である場合を反応律速と呼ぶ。供給律速過程においては,膜の成長 は基板温度に依存せず原料の供給量に支配される。これに対し反応律速過程は,
膜の成長は原料ガスの分解反応などの化学過程に支配される。また,一般にCVD では基板付近のガス滞留層への原料ガスの拡散が膜の成長を支配すると考えら れている。ガスの拡散係数はガス圧力に反比例するため,ガス圧力を減少させ ることで原料ガスの効率的な供給が可能となる。以上のことから,基板表面で の反応律速の条件においてガス圧力を減少させることにより,均一性の良い膜 形成が可能となる。また,ガスの対流が抑制されるため,CVDにおける薄膜形 成においては一般的にガス圧力が低いほど有利である。グラフェン成長におい ても,大気よりも低い圧力下で行われるプロセスが多い。
2-2 触媒CVD法によるグラフェン成長メカニズム
触媒CVD法によるグラフェン成長は1-3節で述べたように,①炭素固溶限が 大きな遷移金属,②炭素固溶限が小さな貴金属,③炭素が非固溶の元素・化合 物の 3 つに分類される。本節では,本研究で用いる①の成長メカニズムについ て述べる。
Fe などの遷移金属は炭化水素への触媒作用を持つだけでなく,大きな固溶限 を有している。そのため解離吸着した炭素原子は金属触媒内に容易に固溶でき る。炭素の固溶限は基板温度が低下すると小さくなり,CVD成長の温度で固溶 した炭素の濃度が固溶限を超える温度まで冷却されたとき,炭素原子が基板表 面に析出し3次元的に成長する。2次元的成長にとどまる場合は表面偏析と呼ば れる。この表面析出と表面へ偏析時に触媒金属の結晶構造を基にグラフェン,
多層グラフェン,黒鉛,CNT が成長する。炭素の固溶限が大きい遷移金属を用 いた触媒CVDでは,CNTはCVD中に成長するが [32],グラフェンはCVD中 ではなく冷却過程でグラフェンが出現する [23]。CNT が CVD 中に成長するの は,ナノサイズの触媒金属粒子に溶け込んだ炭素原子が粒子の内部・表面を拡 散し,反対側の表面に容易に析出できるためと考えられている [33]。よってCNT 成長はCVD条件に依存するが,グラフェンは CVD条件だけではなく冷却条件 にも依存することになる。図 2.4 にグラフェンの成長モデルの模式図を示す。
CVD中に解離吸着した炭素原子は触媒金属に固溶しており,冷却速度が速すぎ ると炭素原子は表面析出しにくく,または内部拡散よりも表面析出が優先的に 進み多層グラフェンが形成し,反対に遅すぎると内部への拡散が進み表面析出 は見られず,最適な速度で冷却されると内部拡散と表面析出の競合でグラフェ ン成長ができる [23]。したがって形成されるグラフェンの層数は,触媒金属中 の炭素の固溶量,炭素の固溶限の温度依存,炭素の表面析出と内部拡散の競合 で支配されている。よってグラフェンの層数制御には様々な調整が必要である。
図2.4 触媒CVDにおける温度履歴とグラフェン成長モデル
2-3 グラフェンの光学特性
成長させたグラフェンを観察する際,光学顕微鏡像が用いられる。グラフェ ンは原子 1 枚の薄膜であるのにもかかわらず,目で見ることができる。グラフ ァイトを繰り返し粘着テープで剥がし,基板に転写したものを光学顕微鏡で観 察すると,剥離されたグラファイト薄膜は図2.5のように色づいて見える。その 色は実は「量子化」していて,一番薄い色が単層のグラフェンということにな る [1, 34]。
グラフェンの光吸収は価電子帯から伝導帯への光励起によって起きる。一般の 2 次元系に対し,振動数ωの光を垂直に透過させるときの吸収率は近似的に式 (2-1)と与えられる。
η =4π𝑐 𝑅𝑒𝜎(𝜔) (2-1) ここでcは光速であり,σ(𝜔)は振動する電場に対する電気伝導度であり,動的 伝導度と呼ばれる。一般的に動的伝導度は複素数であり,Reはその実数部をと ることを意味する。単層グラフェンの場合,動的伝導度はωによらない一定値 σ(𝜔) = g𝑒2/16𝜋ℏとなることが示される [35]。ただし𝑒は電子の電荷の絶対値,
ℏ = h/2πであり,g = 4はバレー(谷)とスピンから来る自由度である。したがっ
て,吸収率も一定値となり式(2-2)となる。
η =𝜋𝑒ℏ𝑐2~2.3% (2-2)
振動数によらないのはグラフェンのバンドが特徴的なエネルギーや時間のケ ースを持たないことに起因する。すなわち,電気伝導度は𝑒2/ℏと同じ次元(単位) を持つため,振動数ωに依存するためには(𝑒2/ℏ) × 𝜔𝜏や,(𝑒2/ℏ) × 1/(𝜔𝜏)とい うふうに,必ず振動数の単位をキャンセルするための時間の定数τが必要となる。
しかし,フェルミエネルギーがディラック点にあり,かつ不純物のない理想的 なグラフェンにおいてはそのような時間スケールが存在しない。そのため,σ(𝜔) は𝑒2/ℏに比例する一定値とならざるを得ない。吸収率は微細構造定数𝑒2/ℏ𝑐にπ を乗じた値に等しく,微細構造定数を目で見ているともいえる。
図2.5 SiO2上の多層グラフェンの写真(白色光) [1]
2-4 ラマン分光法
本研究では,ラマン分光法での評価を主に用いている。ラマン分光法の基本 原理と,ナノカーボン材料におけるラマン分光法についてそれぞれ述べる。
2-4-1 ラマン分光法の基本原理
物質に単一の振動数(𝜈0)の光を当てると,反射,屈折,吸収などの現象のほか に,散乱と呼ばれる現象が起きる。散乱される光の割合は小さく,散乱された 光の振動数は,図2.6に模式的に示すように,一般に,
𝜈0, 𝜈0± 𝜈1, 𝜈0± 𝜈2, ⋯ , 𝜈0± 𝜈𝑘, ⋯ (2-3) となっている。入射光と同じ振動数の光をレイリー散乱(Rayleigh scattering)光と 呼び,入射光と異なる振動数の光をラマン散乱(Raman scattering)光と呼ぶ [36]。 ラマン散乱光は,入射光の振動数から正負に同じ振動数だけシフトした位置に
図2.6 ラマン散乱光とレイリー散乱光
対になって現れる。ラマン散乱光のうち𝜈0− 𝜈𝑘の振動数をもつ成分をストーク
ス(Stokes)ラマン散乱光,𝜈0+ 𝜈𝑘の振動数をもつ成分を反ストークス(anti-Stokes)
ラマン散乱光と呼んで区別する。入射光と散乱光のエネルギー差すなわち振動 数差(±𝜈k)をラマンシフト(Raman shift)と呼ぶ。二硫化炭素(CS2)に514.5 nmのア ルゴンイオンレーザーを当てて,出てくる光の波長または波数を計測し,波数 に対して光の強度をプロットすると図2.7のようになる [36]。横軸は,入射光と 散乱光との波数差すなわちラマンシフトで表し,通常,単位はcm-1で表示する。
非常に強いレイリー散乱を中央にして,低波数側にストークス散乱が,高波数 側に反ストークス散乱が観測されている。反ストークス散乱では,場合により
シフト値を正で表したり,負で表したりするが,シフトの絶対値が意味を持っ ている。シフト値は同じでも,ストークスラマン散乱のほうが,半ストークス ラマン散乱よりも強いため,多くの場合ラマンスペクトルの測定では,ストー クスラマン散乱のみを測定して表示する。
レイリー散乱では,光の電場によって,分子に運動する双極子モーメントが 発生し,双極子モーメントが電場を新たに発生させることで散乱が起きる。一 方,発生した双極子モーメントが分子運動を引き起こす場合もある。これは,
電子と格子の間の相互作用によるもので,双極子モーメントのエネルギーが一 部の分子運動に使われるためである。この場合,双極子モーメントの発生する 光のエネルギーは,分子運動のエネルギー分小さくなる。これがラマン効果で ある。格子振動は量子化(フォノン)されていてフォノン1個のエネルギーが,ℏω で与えられる(ℏ(=2𝜋ℎ)は換算プランク定数,ωは格子振動の角振動数)ので,ラマ ン散乱光は元の光のエネルギーからℏω分引いたエネルギーを持つ。この散乱光 は,回折格子を用いた分光器で光を分けて,CCDカメラなどで強度を測定すれ ば,入射光のエネルギーからℏωずれたエネルギー(ラマンシフト)のところで強 い散乱光強度が得られる。これは先に述べたようにラマンシフトと呼ぶ。この 格子振動数は,それぞれの物質に固有であるため,物質の状態に関する情報を 得ることができる。
図2.7 CS2(液体)のラマンスペクトル
2-4-2 グラフェンのラマン分光
ラマン効果では,入射する光の波長を問わず,入射する光のエネルギーが光 吸収の起こるエネルギーに一致する場合は,ラマン強度は非常に強くなる。こ れを共鳴ラマン分光といい,グラフェンは可視光付近のすべての光エネルギー に対して光吸収を伴うため,グラフェンのラマンスペクトルは,すべて共鳴ラ マン分光になる。
図2.8にさまざまな炭素材料のラマンスペクトルを示す [37]。上からグラフェ
ン,HOPG(Highly Oriented Pyrotic Graphit,高配向熱分解黒鉛),単層カーボンナ
ノチューブ(SWNT),結晶性の悪いグラフェン,単層カーボンナノホーン(SWNH), 非晶質炭素(amorphous carbon)である。単層グラフェンでは,1,580 cm-1に現れる,
sp2混成軌道に共通に観測されるGバンドと呼ばれるスペクトルと,2,700 cm-1 にも共通で観測されるG’バンドと呼ばれる(2Dバンドとも呼び,本研究では2D バンドと称する)スペクトルが観測される。また,1,350 cm-1に現れるDバンド と呼ばれるスペクトルは,何らかの欠陥により現れる信号であり本来は観測さ れないピークであるが,欠陥による弾性散乱とフォノンによる非弾性散乱とが 含まれることにより観測される。ここで欠陥とは特定のものを指すのではなく,
さまざまな欠陥がかかわる。これらのスペクトルから,グラフェンの存在を知 るだけでなく,グラフェンの構造・物性の評価を行うことができる。
図2.8 さまざまな炭素材料のラマンスペクトル
単層グラフェンのラマンスペクトルの特徴は,(1)2Dバンドの強度がGバンド よりも大きいこと,(2)スペクトルの線幅が細いことである。グラフェンの原子 層が増えると,Gバンドの強度は層数に比例し大きくなり,2Dバンドは線幅(半 値幅)が広がり強度が変わらないため,2Dバンドのピーク強度は,Gバンドよ
り相対的に小さくなる [38, 39]。図2.9(a)はGrafらが報告した単層と多層のグラ フェンとグラファイトの2Dバンドを示している。二層のグラフェンでは4つの ラマンピークの合成波となるため半値幅が増加する。これは,グラフェンと2 層以上のグラフェンではエネルギーバンド構造(図2.9(b))が異なるためである。5 層以上では分裂したエレルギーバンドが噛みあうため,単層と2層で見られる ほどの大きな変化はない。さらに,2DバンドとGバンドの強度比を比較する ことで層数の解析ができる [40]。また,結晶性が悪いグラフェンに見られるよ うにDバンドのピークが現れ,Gバンドとの強度比から結晶性を評価すること
ができ [37],GバンドとDバンドのピーク面積の比,IG/ID比を用いて式(2-4)か
らグラフェン結晶のドメインサイズ(La)を推測できる [41]。 𝐿𝑎 [nm] = 2.4 × 10−10𝜆𝑙𝑎𝑠𝑒𝑟(𝐼𝐼𝐺
𝐷) (2-4)
𝜆𝑙𝑎𝑠𝑒𝑟:ラマンのレーザー波長
以上のことから,ラマンスペクトルはグラフェンの構造解析を行う上で重要 な評価方法となる。
図2.9 (a)単層と多層のグラフェンとグラファイトの2Dバンドと(b)単層,2層グ
ラフェン,バルクグラファイトのエネルギーバンド構造 [39]
第 3 章 実験方法
3-1 減圧CVD装置
今回グラフェン成長には,コールドウォール(CW)型とホットウォール(HW)型 のそれぞれの実験装置を用い,それぞれの構成については図 3.1(CW 型),図
3.2(HW型)に示す。
3-1-1 CW型減圧CVD装置
CW型減圧CVD装置は,リアクター,複合型ターボ分子ポンプ,ロータリー ポンプからなる排気系とエタノール蒸気及びH2ガス導入系によって構成されて いる。リアクター内の圧力は電離真空計,シュルツゲージ,キャパシタンスマ ノメーターを圧力領域に応じて使い分けて測定する。基板を加熱する,熱源と なるセラミックヒーターは,セラミックボンドで直接ヒーター上に接着した熱 電対により測定する。
グラフェン成長の炭素前駆体であるエタノール蒸気の流量は,フローメータ により制御している。本装置の構成部品を表3.1に示す。
表3.1 CW型減圧CVD装置構成部品の仕様一覧表
部品名 製造元 形式 仕様
複合分子ポンプ OSAKA
VACUUM TG220F 到達真空度
1×10-6 Pa メカニカルポンプ ULVAC MBS-030 - ロータリーポンプ ULVAC GLD-135 - 電離真空系 ANELVA U80-1S - シュルツゲージ ANELVA LG-11S - キャパシタンスマノメーター ULVAC CCMT-10 - 温度調節器 SHIMADEN SR91 - サイリスタレギュレータ CHINO JB-2020 -
流量計 KOFLOK RK1250 5 ~ 50 ml/ min
熱電対 ニラコ - アルメル-クロメル φ0.1 mm-φ0.1 mm
図3.1 CW型減圧CVD装置概略図
3-1-2 HW型減圧CVD装置
HW型減圧CVD装置は,石英管リアクター,ロータリーポンプからなる真空 系とエタノール蒸気,Ar ガスの導入系から構成されている。リアクター内の圧 力は,ピラニー真空計,キャパシタンスマノメーター,電離真空計,シュルツ ゲージ,ブルドン真空計で測定した。石英管リアクターは管状電気炉によって 加熱し,管内温度は石英管中央部に取り付けた熱電対により測定した。
グラフェン成長の炭素前駆体であるエタノール蒸気は,液体エタノールが入 ったリザーバーにヒーターを巻きつけ加熱し気化させ,流量はフローメータに より制御した。また,エタノール蒸気が導入管中で凝縮し液化することを防ぐ ために,導入系を断熱材で囲み,配管にはヒーター線を巻き付けて加熱した。
本装置の構成部品を表3.2に示す。
図3.2 HW型減圧CVD装置概略図
表3.2 HW型減圧CVD装置構成部品の仕様一覧表
部品名 製造元 形式 性能仕様 石英ガラス管 - - Φ40×L700
管状電気炉 ISUZU KRO-13K 最高到達温度 : 250~1150℃
温度調節器 SHIMADEN SR91 - サイリスタ CHINO JB-2020 -
熱電対 - - クロメル-アルメル ロータリーポンプ ALCATEL 2005 -
ターボ分子ポンプ OSAKA
VACUUM TF160 到達真空度
3×10-3 Pa 電離真空系 ANELVA U80-1S - シュルツゲージ ANELVA LG-11S - 隔膜真空計 ULVAC CCMT-100A - ブルドン真空計 KOFLOC - -
流量計 KOFLOC - -
石英ボート 名城化学工業 - W20×L77×H11
3-2 基板の作製
CVD成長を行うための基板作製を
1. 基板の準備 2. 触媒薄膜の形成
で行った。
以下に,各手順の詳細について説明する。
3-2-1 基板の準備
本研究では,基板として酸化膜層(SiO2,300 nm)付きp型のSiO2/Si waferを,
10 mm×10 mm×0.7 mmtに割断したものを使用した。このSiO2/Si基板をアセト
ン(純度99.5%)中に浸し,10分間超音波洗浄を行ったのち一度アセトンを廃棄し,
再度同じアセトンを使用して10分間の超音波洗浄を行った。さらに,メタノー
ル(純度99.8%)中で5分間の超音波洗浄を行った。
3-2-2 触媒薄膜の形成
本研究で行う CVD 法では,グラフェンを成長させるためには触媒の存在が不 可欠である。そこで,本研究では真空蒸着法を用いて,Fe 触媒金属の成膜を行 った。
真空蒸着法
原理
真空蒸着法とは薄膜形成法の一種で,金属等を加熱し気化または蒸発させる ことで蒸着対象に薄膜を形成するものである。薄膜成膜法には,スパッタリン グ法という方法もあり,基板に入射する粒子のエネルギーが大きいのに対し,
真空蒸着法では 0.1~1eV と非常に小さい。そのため,薄膜中への粒子打ち込み による欠陥の発生が少なく,結晶性の良い薄膜成膜が可能となる。また真空蒸 着法には加熱方法によって抵抗加熱法や電子ビーム加熱法,高周波加熱法など に分類されるが,本研究では比較的簡易な装置構成で薄膜形成が行える抵抗加 熱法を用いた。抵抗加熱法はタングステン等の融点の高いフィラメントに通電 し,その時発生するジュール熱により目的の材料を蒸発させ成膜する手法で,
融点が概ね2000℃以下の材料であればほぼ蒸着を行うことができる。
成膜法
真空蒸着装置はULVAC製のEBH-6を用いた。図3.3にその構成図を示す。加 熱用のフィラメントにはタングステンを用いた。成膜条件は,成膜時の圧力を 10-4~10-5 Paとし,フィラメント-基板間距離は100 mm,成膜時の基板温度を常 温(室温)下で行った。金属の蒸着量は真空蒸着装置に設置している水晶式膜厚計 によって測定し,成膜制御はフィラメントと基板間に設置されたシャッターに より行った。
図3.3 真空蒸着装置概略図
3-3 減圧CVD法によるグラフェン成長
2種類の減圧 CVD法によってグラフェン成長を行った。CW 型,HW 型にお けるプロセスを以下に示す。
3-3-1 CW型減圧CVDによるグラフェン成長
3-1-1節で述べた CW型減圧 CVD 装置を用いた成長プロセスのタイミングチ
ャートを図3.4に示す。なお,成長条件の詳細は第4章で述べる。
グラフェンの成長手順は以下のとおりに示す。初めに,セラミックヒーター 上に基板を設置し,ノズルと基板の角度が60°となるように固定する。その後,
チャンバー内をロータリーポンプ,メカニカルポンプ,ターボ分子ポンプによ りベース圧力が1×10-4 Pa以下になるまで真空排気を行う。ベース圧力到達後,
セラミックヒーターで基板の昇温を開始する。所定の温度(750℃)に到達後,昇 温開始から15分経過したら,エタノールを所定の流量になるように流量計によ り調節する。そして,チャンバー内にエタノールガスを導入し,圧力を L 型バ ルブで調節(成膜圧力)し,CVD を行う。成長時間(5~60 分間)が経過後,エタノ ール導入をやめ,再び真空排気を行う。その後,温度調節器の設定温度を調整 し一定の冷却速度(25~75℃/min)で550℃まで冷却を行う。そして,自然冷却によ り十分温度が下がったら,試料を取り出し評価を行う。
図3.4 CW型プロセスタイミングチャート
3-3-2 HW型減圧CVDによるグラフェン成長
3-1-2節で述べたHW 型減圧CVD 装置を用いた成長プロセスのタイミングチ
ャートを図3.5に示す。なお,成長条件の詳細は第4章で述べる。
グラフェンの成長手順は以下のとおりである。まず,あらかじめガス導入系を 覆う断熱材の内部をヒーター線にて暖める(50℃)。断熱材内部が均一な温度分布 になるまで約 1 時間程度待ち,その後グラフェン成長プロセスを開始する。石 英管内に,サンプル基板を乗せた石英ボートをサンプル交換ゲートから搬入し,
管状電気炉の中心に置きロータリーポンプ,ターボ分子ポンプを用いて管内圧 力が3×10-3 Pa程度になるように真空排気する。ベース圧力到達後,管内の昇温 を開始する。管内が所定の温度(750℃)に達したらエタノールを導入し,シュル ツゲージの圧力を基準として流量を調節し所定の成長圧力に調整,グラフェン 成長を開始する。成長時間(30分間)経過後,エタノール導入を止め管内のエタノ ールを排気し,一定の冷却速度(25~75℃/min)で 550℃まで冷却を行う。その後,
自然冷却にて管内温度が十分に下がったら,Ar ガスを最大流量で導入して大気 圧までパージし,石英ボートに載せた基板を取り出し評価を行う。
図3.5 HW型プロセスタイミングチャート
3-4 グラフェンの評価
減 圧 CVD 法 に よ り 成 長 し た グ ラ フ ェ ン の 構 造 は , ラ マ ン 散 乱(Raman Scattering)測定,走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)及び透過 型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)観察により評価を行った。
3-4-1 ラマン散乱分光法によるグラフェン測定
原理
ラマン分光法の基本原理については,2-4-1で述べた。一般的なラマン分光測 定装置の概略図を図3.6に示す。基本的な装置の構成は,試料に光を照射するた めの光源,散乱光を分光する分光器および分光した散乱光を検出する検出器か らなっている。また,顕微ラマン分光装置では,顕微鏡を組み合わせることで1 μm以下の微細な領域の情報を取り出すことができる。
図3.6 ラマン分光測定装置の概略図
測定方法
ラマン散乱分光装置には,nanophoton製RAMAN-11Ii(半導体レーザー,波長:
532 nm,出力:2.5 mW,スポット径:1 μm)を使用した。測定する試料を励起
レーザーが試料に対して垂直に入射するように試料台に設置した。1つの試料に 対し3箇所を選び,1箇所につき9~12点にスポットを当て測定した(図3.7)。 測定から得られるラマンスペクトルのGバンド,Dバンド及び2Dバンドのピ ーク面積の算出には,OriginLab社製ソフトウェアOriginPro8.5Jを用いた。
図3.7 ラマン測定例
3-4-2 走査型電子顕微鏡(SEM)による観察
原理
走査型電子顕微鏡(scanning electron microscopy; SEM)は,電子線を照射するこ とで放出される二次電子・反射電子・X 線などを検出することで,試料表面を 観察する装置である。光学顕微鏡に比べ,焦点深度が 100 倍以上深く,広範囲 にわたり立体的な像を得ることができる。図3.8にSEM装置の概略図を示す。
電子銃から放出された電子ビームは,電子レンズによって収束され試料に照射 させる。この収束電子ビームを試料表面上で走査させ,発生した二次電子の放 出量を走査位置と同期させて検出,記録し像を形成する。電子の加速電圧や試 料の状態によって条件は変わるが,表面から 10 nm 程度まで電子が入射し,そ の際に試料表面 10 nm 以内の領域からも放出されるため,試料の表面だけでな く,表面近傍の内部情報も含んでいる。そのため加速電圧を高くすると,試料 内部の情報が強く出て,表面形状観察の像がぼやけてしまう場合がある。加速 電圧を数kV以下の低加速電圧で観察を行うと微細構造がはっきり観察でき,試 料のチャージアップなども抑えることができるが,同時に分解能も落ちるので,
試料に応じて加速電圧を調整することが必要である。
観察方法
SEM 観察には日立製作所製 S-4000 電界放出型電子顕微鏡を用いた。観察時の
加速電圧は 25 kV とした。試料台にはアルミ製のものを用い,カーボンテープ で試料基板を固定し,基板表面に対して垂直方向から観察した。
図3.8 SEM装置の概略図
3-4-3 透過型電子顕微鏡(TEM)による観察
原理
透過型電子顕微鏡像(TEM)の基本原理は光学顕微鏡と同じである。光学顕微鏡 像における「光」の代わりに「電子」を,「光学レンズ」の代わりに「磁場レン ズ」を用いている。TEMの特徴は,薄膜試料に電子線を透過させ,その際に試 料中で原子により散乱,回折された電子を透過電顕像として得ることにより,
主に物質の内部構造を観察できることである。TEM の構成を図 3.9 に示す。電 子銃で発生させた電子線は収束レンズと収束しぼりを通る。その後電子線が試 料に当たり,対物しぼり,対物レンズ,中間レンズ,投影レンズを経て蛍光板 に到達し,電子顕微鏡像が映し出される。蛍光板の下にはカメラ室があり,写 真フィルムが置かれている。シャッターを兼ねた蛍光板を上げ,フィルムに直 接電子線を当てて投影する。
図3.9TEM装置の概略図
観察方法
本研究では,グラフェンの形状構造評価に日本電子製JEM-1011Mを加速電圧
を80 kVで使用した。TEMは通常,像の撮影に感光性の写真フィルムを用いる
のに対し,この装置では像の撮影にデジタルカメラを使用していることが特徴 として挙げられる。TEM観察用の試料は以下のような手順で作成した。
電子顕微鏡用のNiメッシュを,グラフェンを成長させた基板表面にピンセッ トで押さえ擦りつけたものを観察用試料とした。
第 4 章 実験結果及び考察
概要
本研究では,まずグラフェンを生成するための成長条件を確立する必要があ る。4.1 節では触媒の膜厚及び CVD 時間によって,グラフェン成長にどのよう な影響が生じるかを明らかにすることを目的として触媒膜厚依存性,CVD 時間 依存性について調べた結果を述べる。次いで,4.2節では4.1節の結果から触媒 膜厚,CVD 時間を固定し CVD 後の冷却速度によるグラフェン成長への影響を 調べることを目的として冷却速度依存性について調べた結果を述べる。4.3節で は,さらにグラフェンの大面積・高品質成長を目指すために水素導入を伴う実 験を行った。また4.4節では,Fe単体を触媒とするのではなくCoを積層化しそ の影響を調べた。最後に,コールドウォール型とホットウォール型における減 圧CVD法との成長比較を行った。なお4.1~4.4節の実験はコールドウォール型 で行った。
4-1 Fe膜厚及びCVD時間依存性
本節では,グラフェンの基本的なグラフェン成長条件を確立するために,触 媒膜厚依存性,CVD時間依存性について述べる。
4-1-1 Fe触媒膜厚依存性
Fe触媒を用いたグラフェン成長において,触媒膜厚が20 nm以上で多層グラ フェンが成長し膜厚をコントロールすることで,グラフェンの成長形態をコン トールできることが報告されている [42]。Feの膜厚が20 nm以上でグラフェン が成長することから,それを基準に膜厚を増やしてグラフェン成長を行った。
Fe触媒膜厚,CVD条件については表4.1.1の通りである。
表4.1.1 CVD条件
Fe膜厚 基板温度 ガス流量 成長圧力 成長時間 冷却速度
20, 40, 60 nm 750℃ 0.1 ml/min 0.5 Pa 30 min 50℃/min
実験結果
図4.1.1にグラフェン成長させた各基板の光学顕微鏡像を示す。これらの顕微
鏡像から,多数の黒色の斑点が観られ,膜厚の増加とともにこの斑点が大きく なっていることがわかる。この斑点に対しレーザーを照射しラマン散乱分光を