概要
本研究では,まずグラフェンを生成するための成長条件を確立する必要があ る。4.1 節では触媒の膜厚及び CVD 時間によって,グラフェン成長にどのよう な影響が生じるかを明らかにすることを目的として触媒膜厚依存性,CVD 時間 依存性について調べた結果を述べる。次いで,4.2節では4.1節の結果から触媒 膜厚,CVD 時間を固定し CVD 後の冷却速度によるグラフェン成長への影響を 調べることを目的として冷却速度依存性について調べた結果を述べる。4.3節で は,さらにグラフェンの大面積・高品質成長を目指すために水素導入を伴う実 験を行った。また4.4節では,Fe単体を触媒とするのではなくCoを積層化しそ の影響を調べた。最後に,コールドウォール型とホットウォール型における減 圧CVD法との成長比較を行った。なお4.1~4.4節の実験はコールドウォール型 で行った。
4-1 Fe膜厚及びCVD時間依存性
本節では,グラフェンの基本的なグラフェン成長条件を確立するために,触 媒膜厚依存性,CVD時間依存性について述べる。
4-1-1 Fe触媒膜厚依存性
Fe触媒を用いたグラフェン成長において,触媒膜厚が20 nm以上で多層グラ フェンが成長し膜厚をコントロールすることで,グラフェンの成長形態をコン トールできることが報告されている [42]。Feの膜厚が20 nm以上でグラフェン が成長することから,それを基準に膜厚を増やしてグラフェン成長を行った。
Fe触媒膜厚,CVD条件については表4.1.1の通りである。
表4.1.1 CVD条件
Fe膜厚 基板温度 ガス流量 成長圧力 成長時間 冷却速度
20, 40, 60 nm 750℃ 0.1 ml/min 0.5 Pa 30 min 50℃/min
実験結果
図4.1.1にグラフェン成長させた各基板の光学顕微鏡像を示す。これらの顕微
鏡像から,多数の黒色の斑点が観られ,膜厚の増加とともにこの斑点が大きく なっていることがわかる。この斑点に対しレーザーを照射しラマン散乱分光を
行った。図4.1.2に図4.1.1で観察した領域での代表的なラマンスペクトルを示 す。観測されたラマンスペクトルで,特徴的なピークが観られた。これは,2-4 節で述べたようにグラフェンに特有なスペクトルであり,図4.1.1で観られる黒 色の斑点はグラフェンの結晶と考えられる。図4.1.3のTEM観察像からも,グ ラフェンが成長していることがわかる。また,Gピーク2Dピークに着目すると,
Gピークに対する2Dピークの大きさ,つまりI2D/IG比はFe膜厚が増加すること で大きくなっている。さらに,図4.1.2の各スペクトルの2Dバンドを拡大した
ものを図4.1.4に示す。Fe膜厚が増加することで2Dピークが鋭くなっており,
膜厚が60 nmでは単一のLorentzピークであることから単層のグラフェンである
と推測され,Fe膜厚が厚いほど成長したグラフェンの層数が少ないことがわか る。
図4.1.5にグラフェン成長させた各基板を上面から観察したSEM像を示す。
Fe膜厚20 nmの基板においては,基板加熱によるFe薄膜の凝集によって形成し
たと考えられる穴が多く観られる。一方,Fe膜厚60 nmの基板では凝集した跡 は観られるものの形成された穴は20 nmの基板に比べ小さい。これらの結果よ り,凝集によるFe薄膜の結晶サイズが黒色の斑点の大きさに反映していると考 えられる。
次に,図 4.1.6 に図 4.1.2 で測定したラマンスペクトルから算出したスペクト
ル強度 IG,I2D,IDから求めた値および 2D ピークの半値幅(FWHM)を示す。図
4.1.6 において,プロットは各条件で複数点観測したラマンスペクトルの平均値
を表している。Fe膜厚の増加とともに I2D/IG比は大きく,FWHM は小さくなっ ており,より層数の少ないグラフェンが成長していることがわかる。また,ド メインサイズも同じく増加していることがわかる。
(a) 20 nm (b) 40 nm
(c) 60 nm
図4.1.1 各Fe触媒膜厚で成長させたグラフェンの光学顕微鏡像
図4.1.2 各Fe触媒膜厚で成長させたグラフェンのラマンスペクトル
図4.1.3 Fe触媒40 nmでCVDした基板のTEM像
(a) 20 nm (b) 40 nm
(c) 60 nm
図4.1.4各Fe触媒膜厚で成長させたグラフェンのラマンスペクトルの2Dバンド
(a) 20 nm (b) 40 nm
(c) 60 nm
図4.1.5各Fe触媒膜厚で成長させたグラフェンのSEM像
(a) I2D/IG比 (b) FWHM
(c) ドメインサイズ(La)
図4.1.6各Fe触媒膜厚で成長させたグラフェンのラマンスペクトル解析結果
考察
Fe触媒を用いたCVD法では,2-2節で述べたようにCVD中にFe触媒膜に固 溶した炭素原子が,冷却時に表面に偏析し析出することでグラフェンが成長す る。このとき図4.1.7に示すように,Fe膜は多結晶構造を有しており,個々の結 晶粒界単位でグラフェンが成長する。そのため,Fe 触媒の表面状態がグラフェ ン薄膜の結晶状態に影響する。図 4.1.5 の SEM 像で観られたように,触媒膜厚 が薄い場合はCVD中に触媒膜の凝集が起こり,Fe薄膜が平滑な連続膜の状態を 維持できなくなり,その結果成長したグラフェンのドメインサイズが小さくな ったと考えられる。一方,触媒膜厚が厚くなると凝集が抑制され,Fe 触媒が平 滑な連続膜となるためグラフェンの結晶も大きくなったと考えられる。また,
層数に関しては触媒膜厚が厚いほど,薄膜内部に体積拡散する炭素原子が多く なるため,冷却時に表面に偏析する炭素原子の量が減少する。また大きい結晶 のグラフェンが形成されるため,グラフェンの面方向の成長に炭素原子が消費 されるため,結果として層数の少ないグラフェンが成長したことが考えられる。
以上の結果より,触媒の膜厚を厚くすることで結晶ドメインサイズが大きく層 数の少ないグラフェンを成長させることができると示唆される。
図4.1.7 Fe触媒におけるグラフェン成長の模式図
4-1-2 CVD時間依存性
Fe 触媒では,触媒に溶解した炭素が冷却時に表面偏析することでグラフェン が成長する [23]。つまり,基板に供給される炭素の量がグラフェン成長に影響 すると考えられる。炭素が供給される時間はCVDを行う時間であるため,この 節では CVD 時間のグラフェン成長への影響を調べた結果を示し,4-1-1 節の結 果を含めた結果も示す。CVD条件は表4.1.2の通りである。
表4.1.2 CVD条件
成長時間 Fe膜厚 基板温度 ガス流量 成長圧力 冷却速度 10, 30, 60 min 20, 40, 60 nm 750℃ 0.1 ml/min 0.5 Pa 50℃/min
実験結果
まず,触媒膜厚60 nmの時のCVD時間依存性について示す。図4.1.8にグラ フェン成長させた各基板の光学顕微鏡像を示す。黒色の斑点の大きさは,時間 とともに大きくなり,黒色の斑点で覆われる領域も増加している。図4.1.9に図
4.1.8で観察した領域での代表的なラマンスペクトルを示す。2Dピークは,CVD
時間を長くすると大きく鋭くなっており,層数が少なくなっていることがわか る。また,図4.1.10のSEM像からは,時間による基板表面の状態の違いはなく 加熱時間による凝集に変化がないことがわかる。
図4.1.11に示す各条件のラマンスペクトルから求めた各値の平均値から,CVD
時間が30 min以上で成長したグラフェン層数は単層に近づき,ドメインサイズ
の増加も飽和している。
次に,4-1-1 節の結果を含めた横軸を膜厚とし,各 CVD 時間に対するラマン スペクトルの解析結果を図4.1.12 に示す。ドメインサイズに関しては,Fe膜厚 が厚くなるほど大きくなっている。層数に関しては,I2D/IG比と FWHM の両方 の結果からもFe膜厚が厚いほど薄くなり,また30 min以上のCVD時間が必要 であるとわかる。
考察
CVD時間によって,触媒に固溶される炭素原子の量が変化する。そのため,
CVD時間が10 minでは固溶する炭素の量が少ないため,黒い斑点つまりグラフ
ェンで覆われる領域が少なくなり,図4.1.8のようにCVD時間が10 minでは斑 点が小さく白い部分が多くなる結果になったと考えられる。しかし,CVD 時間
が30 minから60 minに伸ばした際にドメインサイズは増加していない。これは,
CVD時間が10 minから30 minでは,供給される炭素の量によってドメインサ
イズが変化しているが,4-1-1節で述べたようにグラフェンのドメインサイズは
Feの結晶粒界に依存するため,30 minから60 minではFeの結晶粒界以上のグ ラフェン成長が出来ず,ドメインサイズの拡大にはいたらなかったと考えられ る。また,層数に関してはCVD時間が長くなり炭素の供給量が増加しているに もかかわらず,層数が少なくなっている。このことから,図 4.1.13 のモデル図 が考えられ,グラフェンの層数に関しては炭素の供給時間よりも基板を加熱し ている時間に起因していると考えられ,炭素が固溶した触媒が長時間加熱され ることで,触媒内に炭素原子が拡散され結果として析出する炭素原子の量が減 少したと考えられる。以上より,CVD時間を伸ばすことでグラフェンの成長領 域を増加させ層数を減少させることが示唆される。
(a) 10 min (b) 30 min
(c) 60 min
図4.1.8 各CVD時間で成長させたグラフェンの光学顕微鏡像