ボワソナードの不法行為論
─損害論を中心に─
La pensée de Boissonade sur le dommage délictuel
石 井 智 弥
1.はじめに
ボワソナードによって起草された旧民法財 産編は、規定形式や内容からフランス民法を 基にしていることが窺えるが、ボワソナー ド自身の説に基づいている規定もあるとさ れる。不法行為の規定について見てみると、
文言が似ていることからも、フランス民法 1382条(現1240条)を範とすることが明ら かだ。しかしその内容を精査すると、ボワソ ナードの独自の見解あるいは解釈がそこに反 映されている。代表的なものは、賠償される 損害についてである。現行日本民法では、条 文上、非財産的損害の賠償が明示されており、
フランス民法でも、ボワソナードの活躍した 時代から非財産的損害は精神的損害として賠 償の対象とされてきた。しかしボワソナード は、賠償される損害を財産的損害に限定して おり、これは明らかに彼独自の考えと言えよ う。また、権利侵害要件についても、ボワソ
ナードの見解が潜んでいる。日本では判例・
学説において広い意味で解釈され、条文上も 明記されているが、ボワソナードの旧民法に はこの要件はなく、フランス法も置いていな い。権利侵害要件の役割を過失や損害の要件 が果たしているとも考えられるので、フラン ス民法の引き写しと捉えるならば、彼の見解 が入り込む余地のないように思われる。だが、
後述するように、ボワソナードの時代のフラ ンスでも、過失の解釈において、権利侵害を 考慮する説1があることやドイツ民法草案な どの比較法的な視点から、権利侵害要件を入 れる選択もあり得ただろう。権利侵害要件の 役割を損害要件に果たさせる解釈を採ること で、明瞭ではないが、ここにおいても、ボワ ソナード自身の見解が旧民法の起草に反映さ れている。
このようなボワソナードの見解は、旧民法 から現行民法へと日本民法自体は変容したと はいえ、規定形式を維持しているという点で、
概要
ボワソナードの不法行為論をフランスの法状況等と比較しながら、考察する。旧民法の不法行為 の規定から現行法への移行過程において、権侵害要件が導入されたが、ボワソナードの不法行為論 は損害要件を中心に置いていたので、これは大きな変更と言える。従来、要件としての損害はあま り重要視されてこなかったが、ボワソナードの不法行為論を通じて、さらにフランスでも損害要件 が主要な要素となっていることも踏まえ、日本でも損害要件にもっと着目すべきことを指摘する。
1 19世紀フランスの不法行為の成立要件において権利侵害を考慮する説が多数であったことを指摘する 文献として、末川博「権利侵害論」末川博法律論文集Ⅱ『権利侵害と権利濫用』(岩波書店、1970年)
360-364頁、フォン・バール(窪田充見 編訳)『ヨーロッパ不法行為法(1)』(弘文堂、1998年)22頁注(76)。
日本の現行不法行為法においても意味を持つ と考えられる。とりわけ、権利侵害要件の意 義が見直され2、非財産的損害を生じさせる 人格権侵害が注目される現代の不法行為法学 において、これらを消極的に扱っていたよう にも見えるボワソナードの損害論は、日本の 不法行為法の原典を知る上で、大きな意味を もつものと思われる。そこで本稿では、不法 行為に関するボワソナードの考え、特に損害 論について考察していく。とはいえ、ボワソ ナードが不法行為について語った資料は少な く、彼の考えを正確に述べるのは非常に困難 である。それゆえ、本稿では、数少ないボワ ソナードの資料から見えてくるおぼろげな輪 郭を手掛かりにして、現行民法や同時代の学 説と比較しながら、彼の目指した不法行為理 論を探求し、現在の日本の不法行為法への示 唆を提示していきたい。
2. ボワソナードの見解
(1)ボワソナード草案及び旧民法
はじめに、ボワソナードの民法草案理由書3
(以下、草案理由書と表記する)と旧民法の理 由書4から、ボワソナードの不法行為に対す
る考え方を探っていく5。両理由書の不法行 為の規定(現709条)に関する記述は、後 者の理由書において一部削除・省略された箇 所があるものの、ほぼ同じ内容であるので、
削られた箇所を明示するため、旧民法の理由 書に沿って叙述しながら、削除・省略された 草案理由書の部分を適宜紹介していく6。
(ⅰ)要件としての損害
まずは条文の表題に関して、ボワソナー ド草案及び旧民法では「不正な損害すなわ ち不法行為及び準不法行為(des dommages injustes ou des délits et des quasi-délits)」と表 記されていた。これについてボワソナードは、
「不法行為」と言う表現の方がよく用いられ るが日本の法典では、「不正な損害」を使用 すべきだとしている。その理由として、ロー マ法を引き合いに出し、ローマ法では「権 利なく、不当、不法に引き起こされた損害」
の賠償が認められていたことを挙げ、草案 理 由 書で は「damnum injuria datum, damnum injuriae(違法に加えられた損害、違法な損 害)」というラテン語表記も記している7。 どのような場合に、賠償されるべき損害と なるのかについては、損害が不法であること、
つまり「過失又は懈怠によって」生じたこと が必要だとし、権利の通常の行使や義務の履
2 潮見佳男『不法行為法』(信山社、1999年)26頁、同『不法行為法I〔第2版〕』(信山社、2009年)9-12頁、
山本敬三「不法行為法学の再検討と新たな展望─権利論の視点から」法学論叢154巻4=5=6号(2004 年)292頁、同「基本権の保護と不法行為法の役割」民法研究5号(2008年)77頁。
3 Boissonade, Projet de Code civil pourľempire du japonľempire du japonľ , t. II, 2eéd., 1883.
4 日本立法資料全集別巻 29『仏語公定訳 日本帝国民法典並びに立法理由書 第2巻 財産編・理由書
(1891年復刻版)』(信山社、1993年)。
5 ボワソナード草案及び旧民法における不法行為の規定を解説するものとして、前田陽一「損害賠償の範囲」
山田卓生編代『新・現代損害賠償法講座6 損害と保険』(日本評論社、1998年)65-66頁、加藤雅之「一九 世紀フランス法における損害賠償範囲論─不法行為に基づく損害賠償の範囲について」法学政治学論究 51号(2001年)372-374頁。
6 以下での叙述の典拠は日本立法資料全集・前掲注(4)495-500頁であるが、草案理由書からの引用は適 宜注で示す。
7 Boissonade・前掲注(3)p.277.
行により生じた損害や偶発事故または不可抗 力により生じた損害は賠償から除外されると する。例として、①不動産所有権をその制限 内において行使した結果、隣人を害すること があっても、その損害は賠償されない、②公 務員がその職権を通常の仕方で行使した結 果、個人の身体的な自由や財産対し損害を生 じさせても、その公務員本人も、国家も責任 を負わない、③偶発的な原因で馬がおびえ、
通行人を負傷させたとしても、その騎手がこ の馬の特性に配慮し、十分に手馴れて騎乗し ていたときには、いかなる賠償もその騎手は 負わない、ということが挙げられている。草 案理由書では、雷で火事になった家の火が隣 家に燃え広がったとしても、いかなる責任も 生じないとし、避雷針を付けなかったことを 非難するのは不合理であるとした。それゆえ、
責任を負わせ賠償義務を発生させるには、過 失又は懈怠が損害の惹起者に帰さなければな らないので、損害がその人自身によって生じ たのかその人の財物によって生じたのか、あ るいは損害が他人の身体に対し生じたのか他 人の財物に対し生じたのかはほとんど重要で はなく、いずれにせよ損害が不法であれば、
賠償されるとする。草案理由書はさらにロー マ法上の扱いを紹介し、草案の内容との比較 をしている。ローマ法では、人によって生じ た他人の財物に対する損害だけが原則として 完全な民事賠償を生じさせ、物によって生じ た損害については、加害物の放棄(abandon
noxal)8が問題となり、人に生じた損害は、
民事サンクションよりも刑事サンクションが
生じていたとする9。
(ⅱ)賠償される損害
人に起因し他人の財物にもたらされる損害 に、民事的かつ金銭的な責任を結び付ける考 えが、最も合理的であり今日採用されている ものであるとし、動物や建物など自身の物に よって生じた損害につき責任を負うのも、自 分自身が過失を犯していたり、配慮に欠けて いたことが理由になるとする。他人に生じた 身体的侵害に関しても、そうした侵害に責任 を負うのは、それが病気の費用や労働不能に よる正当な利益の喪失を生じさせるからであ るとし、財産的損害の発生の必要性を説く。
また、過失致死の場合には、被害者の子、配 偶者、尊属に定期金を支払わなければならな いが、それは加害者の過失が彼らの扶養者を 奪ったからであるとし、名誉毀損などによっ て生じた精神的損害は、被害者に何らかの財 産上の損害を生じさせていたときにのみ、金 銭的賠償が認められるとした10。
これらのことから、ボワソナードは、賠償 される損害を財産的損害に限定し、生命侵害 における損害賠償も財産的損害を対象にして いたと思われる。
(ⅲ)賠償範囲
損害賠償において、損害の発生が意図的な ものであるのか否かは重要な区別であるとす る。つまり、ボワソナードは、ヨーロッパで は支持する論者がほとんどいないとしながら も、債務不履行における賠償範囲の規定を不 法行為にも準用するという説を採用した。端 的に言えば、単なる過失あるいは軽率、懈怠
8 この制度によると、例えば、A所有の土地の隣にB所有の倒壊の恐れのある危険な建物がある場合、A はBに対し危険が現実化した際に生じる損害の賠償の担保契約の締結を求めることができ、Bが締結に 応じないときには、Aは最終的に当該建物の所有権を取得できる(原田慶吉『ローマ法─改訂─』(有斐 閣、1955年)103頁参照)。なおボワソナードは草案理由書第1巻(Boissonade, Projet de Code civil pour ľempire du japon
ľempire du japon
ľ , t. I, 2eéd., 1882.)398頁で説明している。
9 Boissonade・前掲注(3)p.278-279.
10 日本立法資料全集・前掲注(4)496-497頁。
によって生じた損害については、行為時にお いて現実に予見したあるいは合理的に予見可 能であった範囲に賠償は限定され、害意によ るものや意図的な損害については、予見可能 な損害だけでなく予見不可能な損害までも賠 償されるとした11。そして次のような例を示 した。
誰も住んでいないと思っていた家に石を投 げ入れ、家の中にいた人を負傷させ、あるい は財物を損壊した場合、加害者が意図的に害 する意思を持って行為したときには、生じた 損害を全て賠償しなければならないが、木の 上のカラスを狙って石を投げ、誤って隣家の 家に行ってしまったというときは、合理的に 予見可能な石で割れた窓の損害だけを賠償す ることになる。故意に殺人を犯した者は、被 害者の生命に正当な利益をもつすべての人
(たとえそれが多数になろうとも)に対しそ れによって生じた損害の賠償義務を負い、過 失致死を引き起こした者は、通常の場合に制 限されて賠償責任を負う。名誉毀損について は、それが中傷的あるいは悪意あるものであ るときには、被害者が受けうる現実の損害全 てが賠償の範囲に含まれ、名誉を害する事実 が無思慮・軽率に公表されてしまったときに は、予見可能であった損害についてのみ責任 を負う12。
(ⅳ)その他
最後に、賠償(indemnité)は生じた損害 の回 復(réparation)と失っ た利 益の補 償
(compensation)の二つの要素を持つとし、損 害賠償(dommages-intérêts)という表現の意 味を説明する。その中で、ほとんどの場合、
賠償は金銭でなされるが、それが可能かつ有 用である場合においては、裁判官は現物賠償
(réparation en nature)を命じるという原則に 反するものではないとした。その他、民事上 の不法行為となる行為が刑事上の罪を必ずし も形成するわけではない、ということも指摘 している13。
(2)自然法講義14
次に、ボワソナード自身の講義内容から不 法行為に関する部分を見ていく。ボワソナー ドは、司法省明法寮において「自然法講義」
と題する授業を行っていた。彼自身の講義案 は残存していないが、初回の講義内容につい てはフランスの法律雑誌に掲載されたもの15 が残っており、その他については受講生の ノートに基づいたテキストが公刊されてい る16。この「自然法講義」の内容は、タイト ルから想像される法哲学のようなものではな く、フランス実定法の概論ないしは民法入門 に該当するものであることがすでに指摘され ている17。それゆえ、この講義内容から不法
11 日本立法資料全集・前掲注(4)498-499頁。
12 日本立法資料全集・前掲注(4)499頁。
13 日本立法資料全集・前掲注(4)500頁。
14 ボワソナードの自然法講義の内容と意義については、池田真朗『ボワソナードとその民法』(慶應義塾大
学出版会、2011年)25頁以下において詳細な検討が加えられている。
15 Ecole de droit de Jédo, Leçon 15 Ecole de droit de Jédo, Leçon
15 ďouvertureďouvertureď ďun cours de droit naturelďun cours de droit naturelď , par M.G.Boissonade, Revue de législation ancienne et moderne française et étrangère, 1874, p.508-525. 本稿では、日本立法資料全集別巻245『ボアソ ナード博士著作集2』(信山社、2002年)所収の「自然法開講授業」(1-20頁)を参照した。
16 本稿では、井上操(筆記)『校訂増補 性法講義』(明治14年中正堂蔵版)ボアソナード文献双書13(宗 文館書店発行、有斐閣発売、1986年)、加太邦憲『法律大意講義』(司法省版)ボアソナード文献双書14(宗 文館書店発行、有斐閣発売、1986年)を参照した。
行為に関連する部分を拾い上げ、ボワソナー ドの考えを知る手掛かりとしていく。
(ⅰ)基本原理
まず、ボワソナードが法をどのように観念 していたのかを確認する。法の定義について、
彼はローマの法学者ウルピアヌスの言、「法 は善と正義であるものを遵守する術である」、
「法は正義と不正義の学問である」、さらに「法 は、誠実に生きよ、人を害するな、各人に各 人のものを返せ、を命じている」を引用した。
ただし、ウルピアヌスは法と道徳を混同して おり、両者の領域を区別していない、と指摘 し、法と道徳を区別するために、ボワソナー ドは、個人の人間形成上の問題は道徳規範の 領域であるとした。そうした理由から、ウル ピアヌスの言から「誠実に生きよ」を除いた 二つを法としている。そして、この二つの言
「人を害するな」と「各人に各人のものを返せ」
も、前者の「人を害するな」に集約されると し、必要とされる社会的義務はこの言葉の中 になおも存在すると言う18。
この「人を害するな」という規範を、ボワ ソナードは以下のように広く解釈している。
第一に、この規範は他人の所有権の尊重を含 意しているという。それは、所有権がその所 有者の労働又はその者の親の労働の果実であ るからだ。そして、人間活動の最も大きな原 動力であるという理由から、何よりもまず、
他人の労働の自由自体が尊重されなければな らず、さらには他人の名誉、感情までもが尊 重されなければならないとする。第二に、害 意によろうと単なる不注意によろうと、身体、
名誉または財産において他人に生じさせた損
害は賠償しなければならない、ということが 導かれるとする。第三に、他人の間違いや不 手際の結果により、他人の損失において自ら 利得することを防止し、第四に、自由かつ適 法に合意されたのであれば、借りたものは返 還すること、取り決めた利息は支払うこと、
約束はすべて履行することを、この規範から 引き出している19。第三の帰結は不当利得を 想起させるが、第四の帰結は、契約の拘束力、
合意の尊重を示しているものと思われる。そ れゆえ、これら第一から第四までの解釈の帰 結は、所有権、損害賠償、不当利得、契約と いう法概念を「人を害するな」という規範か ら説明しようとするものだと言えよう。
(ⅱ)不法行為
次に、不法行為に関する見解を探っていく が、その前提としてボワソナードが説く債権 発生原因を見てみると、債権の発生原因とし ては、契約、不当利得、故意による不法行為
(民事の犯罪)、過失による不法行為(准犯罪)、
法律の五つが挙げられている。故意による不 法行為とは、不正かつ害する意図をもって他 人に損害を生じさせることであるとし、他人 に損害を与えても、権利の行使の結果である なら不正ではないので、損害賠償の責任を負 わないとした。過失による不法行為とは、権 利なく不正に他人に対し損害を生じさせるこ とを指し、害意がなくとも不注意による場合 には、損害賠償の義務が生じるとする20。
(ⅲ)損害賠償
損害賠償の問題については、まず、賠償額 の算定にあたっての考え方を示している。賠 償額の算定は厳密に行うべきだとして、100
17 野田良之「日本における外国法の摂取―フランス法」伊藤正巳編『岩波講座 現代法14 外国法と日本法』
(岩波書店、1966年)203頁、大久保泰甫『日本近代法の父ボワソナド』(岩波書店、1977年)54頁、
池田・前掲注(14)。
18 日本立法資料全集・前掲注(15)17-18頁。
19 日本立法資料全集・前掲注(15)18頁。
20 井上・前掲注(16)37-39頁。
円の損害に対しては100円の賠償金が支払 われるとする。それゆえ、所有権の侵害のよ うに金額が明確な場合には、賠償額の算定は 容易であるが、名誉侵害のような場合には算 定が難しいとした。また、賠償金の算定は裁 判所の職分であるとしている。身体への侵害 の場合には、病気の期間、医薬の費用、逸失 した収入を計算して賠償額を定めるとし、死 亡の場合は「家族寡婦孤児」に賠償金が払わ れるとする21。ただし、遺族への賠償金支払 いが相続を根拠にしているのか、遺族固有の 損害を根拠にしているのか、といった問題に ついては詳述していない22。
賠償範囲の問題については、「民事ノ犯罪 ト准犯罪トノ差異ハ其償金ヲ定ムルノ方法ニ 在リ」と述べており23、故意か過失かによっ て賠償額の決定に違いが生じることを示唆し ている。不法行為における損害賠償の範囲に ついて、『性法講義』にはこれ以上のことが 触れられていないが、債務不履行における損 害賠償の範囲について述べた「償金」と題す る部分では、フランス民法1150条及び1151 条に基づいた説明がなされている。すなわち、
過失による債務不履行の場合、債務者は契約 時に予見したあるいは予見し得た損害に限定 して賠償を義務付けられるが、「詐詭或ハ悪 意」による債務不履行の場合には、予見可能
性を問わず実際に生じた損害を賠償しなけれ ばならない、というものである24。
(3)特徴
以上の内容を小括すると、第一の特徴とし て、ボワソナードは不法行為の要件として損 害要件を重視している、ということが指摘で きる。フランス民法の規定には権利侵害要件 はなく、主要な要件は過失(faute)25、損害、
因果関係であるが、加害行為が不法行為と評 価されるのかを判断する際には、過失と損害 が重要な要件となる。しかしボワソナードは 過失に関してはあまり述べず、損害の不法性 に焦点を絞って詳述している。
第二の特徴としては、非財産的損害を賠償 の対象から除外していることが挙げられる。
理由については明言していないが、名誉毀損 の場合には賠償額の算定が困難であると述べ ていることや、草案においては財産上の損害 があれば賠償されるとしている点から、損害 賠償の対象になるには、金銭的評価が可能で なければならないと考えていたのかもしれな い。
第三の特徴は、損害賠償の範囲について、
債務不履行の規定を準用し、故意の場合と過 失の場合で範囲が異なるとしたことである。
フランス民法でいえば、債務不履行における
21 井上・前掲注(16)38頁。
22 「死者ノ親族ナキニ於テハ政府ハ死者ノ相續人ナリト雖モ政府ニ償金ヲ拂フヘシトハ言フヲ得ス」とい
う記述はある。
23 井上・前掲注(16)39頁。
24 井上・前掲注(16)135頁。
25 フランス民法1382条のfauteについては、その内容をめぐって多くの議論があるが、本稿では「過失」
の語を充てることにする。faute概念については、野田良之「フランス民法におけるfauteの概念」我 妻先生還暦記念『損害賠償責任の研究 上』(有斐閣、1957年)109頁、山口俊夫『フランス債権法』(東 京大学出版会、1986年)100-105頁、新関輝夫「フランス不法行為におけるフォート概念の変容」森 島昭夫教授還暦記念『不法行為法の現代的課題と展開』(日本評論社、1995年)65頁、フランソワ・シャ バス(北村一郎 訳)「フランス民事責任法における客観的過失(faute objective)概念の進化」山口俊夫 先生古稀記念『現代ヨーロッパ法の展望』(東京大学出版会、1998年)323頁を参照せよ。
損害の賠償範囲に関する二つの規定(1150 条と1151条)を準用する、というものであ る。これは、ボワソナード本人が認めるよう に、与する者が少ない説であった26。 以上三点の特徴を中心に、現行民法までの 変遷を次に見ていく。
3.起草過程の議論
(1)旧民法から現行民法への変遷
(ⅰ)損害と権利侵害27
権利侵害をめぐっては、その前提として条 文の表題の変更に関する議論がなされた。す なわち、旧民法の「不正ノ損害」から「不正 ノ所為」へ、さらには現行民法の「不法行為」
へと変更される過程の中で、賠償義務の根拠 となるのは「権利の侵害」か「損害」かとい うことが問題にされた。第7回の民法主査 会の出席者によって、賠償義務は権利の侵害 から生じるのであり実際の損害の有無は問わ ないとするイギリス法の「権利侵犯主義」を 採るのか、権利の侵害によって現実に損害が 発生することを必要とするフランス法の「実
害主義」を採るのか、という議論が展開され た28。起草者の中では、穂積陳重と梅謙次郎 が積極的な発言をしていた。穂積は損害を賠 償義務の根拠にした場合、「損害サヘナケレ バ他人ノ権利ヲ侵シテモ宜イト云フヨウナ事 ヲ言ハナケレバナラヌ」29として権利侵犯主 義を支持したが、梅は損害のない場合でも名 目的な賠償金が認められるイギリス法の名目 的損害賠償を「論理ニ適ハナイ事ト思フ」と 評し、「有形無形ノ損害ガ全ク無カツタ場合 ニハ私ハ訴權ヲ與ヘルノ必要ハ無イト思ヒマ ス」と述べて実害主義を主張した30。富井政 章は「新法典デハ此佛蘭西主義ヲ採ツテ居ル ト云フ判斷ヲ下ダスベキ根據ノアルヤウナ條 文ガアリマセヌカラ餘程疑シイケレドモ實害 主義ヲ取ツテ居ラウト思フ」としながらも、
それに続けて「此大問題ニ就テハ最ウ少シ研 究シテ見ナケレバ今日直チニ「不正ノ損害」
ト言ヒ切ル事モ出來ナイノデアリマス」と述 べ、明確な主張を避けている31。その後、法 典調査会において「不正ノ損害」を「不法行為」
に改められ、このことについて説明がなされ る。その理由は、不正に生じた損害と言って も、法律上保護されるものとされないものが
26 フランスにおける損害賠償の範囲に関しては、関口晃「フランス法における損害賠償の範囲及び方法に
ついて」東京都立大学創立十周年記念論文集〔法経編〕(1960年)93頁、松野友芳「フランス法におけ る損害賠償の範囲について(一)(二)」大阪市立大学法学雑誌26巻2号(1979)60頁、27巻1号(1980 年)75頁、加藤・前掲注(5)。
27 起草過程の先行研究としては、星野英一編代『民法講座6』(有斐閣、1985年)所収の錦織成史「違法
性と過失」133頁、淡路剛久「生命侵害の損害賠償」323頁、吉村良一「慰謝料請求権」429頁の三文献、
前田・前掲注(5)、広中俊雄・星野英一編『民法典の百年III』(有斐閣、1998年)所収の瀬川信久「民 法七〇九条(不法行為の一般的成立要件)」559頁及び吉村良一「民法七一〇条(財産以外の損害の賠償)」
631頁、加藤・前掲注(5)、前田陽一「不法行為における権利侵害・違法性論の系譜と判例理論の展開 に関する覚書」平井宜雄先生古希『民法学における法と政策』(有斐閣、2007年)445頁がある。
28 法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書13 民法主査会議事速記録』(商事法務研究
会、1988年)150-161頁。
29 法務大臣官房・前掲注(28)152頁上。
30 法務大臣官房・前掲注(28)153頁下。
31 法務大臣官房・前掲注(28)151頁上。
あり、不正に生じた損害であれば全て賠償さ れるように受け取られる表現は採らない方が 良い、というものであった。さらに「不正ノ 損害」の問題点としては、「損害」が債権(損 害賠償請求権)の発生原因となるように解さ れてしまうからだとしている。そして「其損 害ヲ生ジマスル行爲ト云フモノガ原因デアツ テ其行爲ノ結果トシテ矢張損害ガ生ズル之ニ 債権ガ生ズルト云フ方ガ寧ロ穩當」であると した。また、旧民法の表題で記されていたも う一つの用語「犯罪及ヒ準犯罪」についても、
犯罪という言葉は刑罰の対象になる行為に対 して用いられるので適切ではなく、ヨーロッ パで用いられているのもローマ法に由来して 受け継がれた名称に過ぎないとする。そこで ヨーロッパ諸国の立法例を紹介して、その中 でドイツ諸邦の「許サレサル行爲」、スイス やモンテネグロの「不法行爲」を取り上げ、
不法行為とは「他人ノ權利ヲ害スルモノ」、「法 ノ認メタ權利ヲ害スル行爲」であり、債権の 原因となる行為としては、これが一番穏当で あるとした32。
そこで次に、権利侵害要件に関する議論を 見てみる。起草者33によれば、「権利ト認メ タモノノ侵害」でなければ損害賠償請求権は 生じない、という考えは、いずれの国の法制 度も採用しており、旧民法も同じであるが、
旧民法の規定ではそのことが明確になってい ないことが問題であるとする。旧民法の規定 では「如何ナル損害デモ如何ナルコトニ依ツ テ生ズル損害デモ宜イカ惡ルイカト云フコト ハ總テ分リマセヌ」と指摘し、この点を明瞭 にするため、権利侵害要件を明記することに
した34。
旧民法370条「過失又ハ懈怠ニ因リテ他 人ニ損害ヲ加ヘタル者ハ其賠償ヲ為ス責ニ任 ス」と民法709条(現代語化以前。草案719 条)「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵 害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償 スル責ニ任ス」を比較した場合、「過失又ハ 懈怠」と「故意又ハ過失」を同じものと説明 しているので35、大きな変更は「損害ヲ加ヘ タル者」を「権利ヲ侵害シタル者」に変えた ことである。「権利侵害」の明文化は、旧民 法を補足する趣旨であったと起草者は説明し ているが、表題の変更と併せて考えると、不 法行為そのものの根本的な考え方の変更と受 け取られうるものであり、その後の権利侵害 をめぐる不法行為法の議論から振り返ってみ ても、重大な変更と言えよう。
(ⅱ)非財産的損害
賠償される損害については、709条でいう ところの損害は「有形無形等」を含むとし、
無形の損害も賠償されるようにしなければ、
「近頃ノ社会ノ需要ニハ適ハヌ」と起草者は 述べている36。それゆえ現行民法の起草者は、
ボワソナードの考えとは異なり、非財産的損 害を広く認める見解を示した。その上で、現 行710条と711条が設けられることになる。
まず、710条については、709条の審議の 中で、賠償される損害に非財産的損害が含ま れると説明していたが、旧民法の規定やボア ソナードの主張との関係から、次のような懸 念があるとして、さらに設けることとした。
すなわち、709条の「権利ノ侵害」の範囲が 不明瞭であるという点、生命、身体、自由、
32 法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書5 法典調査会民法議事速記録五』(商事法
務研究会、1984年)294-296頁。
33 不法行為については、穂積陳重がほとんど答弁している。以下で引用する発言も穂積のものである。
34 法務大臣官房・前掲注(32)298頁下。
35 法務大臣官房・前掲注(32)297頁上。
36 法務大臣官房・前掲注(32)299頁上。
名誉等の侵害があっても、財産上の損害がな ければ、賠償されないのではないか、という 点、財産権の侵害があった場合、財産上の 損害しか賠償されないと解釈される恐れがあ る、という点である。権利侵害の範囲の不明 瞭さについては、特に生命が権利に含まれる のか、という議論があり、ドイツでも民法の 起草にあたって、この問題が議論されたこと を紹介している。二つ目の点は、財産上の損 害がなければ賠償されないというボアソナー ドの見解の影響力を考慮して、非財産的損害 を認めることの確認の必要性が意識されてい る。そして第三点については、「財産権ヲ害 シタ場合ニ於テ全ク其財産上ノ損害丈ケニ止 マルトハ尚更解釋スル人ガ多カラウ」と指摘 している。そこで、財産権か非財産権かを問 わず、すべての権利侵害の場合に非財産的損 害が認められうる、ということが明記される ことになった37。
711条を設けたことについては、権利侵害 要件との関連が第一に挙げられている。709 条によれば権利の侵害がなければ賠償は認め られないが、「其父母ガ其子ニ付テ權利ヲ持 ツテ居フコトハドウモ言ヘマスマイ」「又配 偶者ガ夫ヲ生カシテ置クトカ妻ヲ生カシテ置 クトカ云フヤウナ權利モ亦無イ」ので、侵害 された権利がないため709条の要件を満た さなくなる。しかし、「自己ノ身體財産抔ヲ 害サレタヨリハ餘程大イナル痛ミヲ感ズルト 云フコトモアル」とし、そうした痛みも法的 保護を与えるべきだとした38。
(ⅲ)賠償範囲
ボワソナードは債務不履行における損害賠 償の範囲に関する規定を不法行為の場合に準 用するという見解に立っていたが、現行民法
の起草者はその考えを採用していない。不法 行為の要件を満たした原因の結果であること が証明されれば、すべての損害を責任者が賠 償すべきという原則を採った。債務不履行の 場合との均衡を失するのではないか、という 意見に対しては、穂積が「不法行爲ハ千態萬 状ノ有様ニ於テ生ズルモノデアリマスカラ通 常生ズル損害ヲ賠償スルト云ツテ置イタ所ガ 矢張リドノ位ガ通常生ズベキモノデアルカト 云フコトガ誠ニ分リマセヌ」と反論し、予見 可能性についても「原因結果ノ關係ヲ豫言ス ルコトガ出來ルト出來ナイトカ云フコトハ言 ヒカネマスル」と述べた39。また別の回にお いて再度この問題が議論された際にも、穂積 は、不法行為の場合には権利の侵害によって どれだけ損害が発生するのかを予見すること は困難であり、予見可能性による制限ではな く、「其不正行爲ト其損害ト云フモノトノ間 ノ原因結果ノ關係ガ證明セラレサヘスレバ其 原因ヲ致シタ者ガ其結果ヲ補フト云フコトハ 當然」であると答弁している40。
(2)起草者の説明
法典調査会の議論では穂積の答弁が目立つ が、その他二人の起草者による民法の解説を 次に概観する。
(ⅰ)梅謙次郎
梅はまず、権利侵犯主義と実害主義の議論 に触れる。イギリス法では、権利の侵害があ れば、損害が無くとも損害賠償義務は生じる とするのに対し、大陸法では、損害がなけれ ば賠償義務は生じないという立場であるとし た上で、日本の民法は新旧両方とも後者の立 場を採用したとする。そして「他人ノ權利ヲ 侵害スルハ不法行爲ナルコト固ヨリ論ナシト
37 法務大臣官房・前掲注(30)441頁下-442頁上。
38 法務大臣官房・前掲注(30)455頁上。
39 法務大臣官房・前掲注(30)305頁。
40 法務大臣官房・前掲注(30)435頁。
雖モ是ニハ自ラ他ニ制裁アリ苟モ金錢ヲ以テ 賠償ヲ爲サシムルニハ被害者カ損害ヲ被ムル ニ非サレハ何ヲ賠償スヘキカ」と述べている。
ただし、損害さえあればよい、という意味で はなく、「本條ニ於テ斷然權利侵害ト損害ト ノ二者ヲ要スルモノトセル所以ナリ」と記し ているように、権利侵害と損害の両方が必要 だという趣旨である41。
非財産的損害については、「例ヘハ不法ニ 他人ノ自由ヲ拘束シタルトキハ假令之ニ因リ テ其ノ者カ金銭ノ損害ヲ受ケサルモ亦賠償ヲ 爲スヘキモノトス」「自由ヲ奪ハレタルニ因 リ生シタル不愉快ノ感情ヲ金銭ニ見積リ以テ 之ヲ賠償セシムルコトヲ得ヘシ」と述べ、賠 償を認めることについて特に異論は唱えられ ていない42。これに対し、損害賠償の範囲に 関しては、416条の説明の箇所においてであ るが、現行法の内容に賛同していない趣旨の 記述がある。それは「立法論トシテ」という 前置きをしたうえで、「苟モ不履行ナル不法 行爲ヨリ生シタル損害ハ總テ之ヲ賠償セシム ヘキモノト信ス」「蓋シ債務者カ豫見セサリ シ損害ヲ賠償セシムルハ聊カ酷ナルニ似タリ ト雖モ債権者ニ取リテハ自己ニ毫末ノ過失ナ ク全ク債務者ノ過失ノミニ因リテ受ケタル損 害ノ全部又ハ一部ヲ自ラ負擔シ過失者タル債 務者ヲシテ之ヲ償ハシムルコトヲ得ストセハ 過失ナキ債権者ヲ保護スルコト未タ盡ササ ルモノアリ」というものである43。「不履行 ナル不法行爲」という言葉から、不法行為の 場合には、賠償範囲に制限を設けないという 発想が読み取れるが、不法行為の規定の箇所
で賠償範囲に関する説明がないので、これ以 上は不明である。しかしながら、賠償範囲に ついて、梅は、不法行為の賠償範囲について も債務被履行の規定を準用するというボワソ ナードの考えと、異なる見解を有していたも のと推測されうるだろう。
(ⅱ)富井政章
富井は、権利侵犯主義と実害主義の議論に 関して、民法主査会では積極的な立場表明を せず、民法総会においても「尚ホ自分モ是レ カラ十分研究シテ後眞ノ確定義ニシヤウト云 フ考デ何方ニモ賛成シテ居ラヌノデアリマス」
と述べていたが44、その後、別のところで自 説を述べていた。富井の主張は権利侵犯主義 であり、「法律上損害ナル者ヲ組成スルニハ必 ス他人ノ權利ヲ侵犯シタルノ所爲アルヲ必要 トスル」「凡テ權利ヲ侵犯セラレタルノ事實ア リテ始メテ損害賠償ヲ訟求スルヲ得ヘシ」「權 利侵犯ノ事實ナケレハ全ク基礎ニ其根據ヲ缺 クモノナリ」としている45。そして「金銭上 ノ實害ナキ場合ニ於テ假令ヒ銅貨一枚ト雖モ 賠償トシテ金銭ヲ請求セサル可カラストハ果 シテ當ヲ得タル法律ナルヤ」と述べ、イギリ ス法のような名目的損害賠償を論じ、そこで の救済は生じた損害ではなく侵害された権利 を対象とするものであるので、損害がなくと も賠償金が認められるのはやむを得ないとし ている46。
非財産的損害については、富井も肯定する 立場であり、金銭で評価できないものを金銭 で賠償しようとするのは擅恣を免れないが、
だからといって寸分違わぬ賠償金を与えるこ
41 梅謙次郎『民法要義 巻之三 債権編』(有斐閣、1985年、大正元年版復刻)884頁。
42 梅・前掲注(41)885頁。
43 梅・前掲注(41)60頁。
44 法務大臣官房司法法制調査部監修『日本近代立法資料叢書12 民法総会議事速記録』(商事法務研究会、
1988年)67頁下。
45 富井政章「損害ノ辯」法学協会雑誌64号(1889年)313-314頁。
46 富井政章「損害ノ辯」法学協会雑誌65号(1889年)386頁。
とができないことを理由に賠償を拒むのは公 平ではないとする47。賠償範囲に関しては、
故意によるのか過失によるのか、過失の場合 には過失の軽重など加害者の主観を考慮に入 れることが必要だとしている48。したがって 賠償範囲については、ボワソナードに近い考 え方を富井は有していたと言えよう。
(3)ボワソナードとの相違点
ボワソナードの見解と現行民法との相違 点、さらにはボワソナードの見解と三人の起 草者の見解との相違点をまとめてみる。起草 者三人が一致してボワソナードの見解と異 なる点は、非財産的損害の扱いであろう。現 行民法710条でも明記されており、財産的 か非財産的かの区別をすることなく、賠償の 対象にしている。これに対し、権利侵犯主義 と実害主義の議論については、起草者の間で 意見が分かれている。ボワソナードは後者の 立場であるが、これに賛同しているのは梅で あった。穂積と富井は前者の立場に立つ。賠 償範囲に関しては、起草者それぞれにおいて、
ニュアンスが異なる見解であったように思わ れる。法典調査会での穂積の説明では、債務 不履行における損害賠償の範囲を定めた416 条が不法行為の場合に適用されることを否定 していた。梅は、416条の規定内容そのもの に異論を有していたようであり、富井はボワ ソナードの見解に近い立場であった。そも そも416条自体が、ポチエの説に源流を持 つとはいえ、イギリスの判例を介して日本に 入ってきたので49、フランス民法の規定内容 と全く同じものではなく、フランス民法に基 づいた旧民法の規定と現行民法416条は異
なるものである。
以上の相違点の中では、特に権利侵犯主義 と実害主義の議論に注目したい。この議論 は、実害のない権利侵害の事案にも損害賠償 が認められるかという点において、具体的な 相違が表れるので、この問題は非財産的損害 を広く認め、権利侵害があればその権利者に は何らかの精神的苦痛が生じているとするな らば、大きな違いはなくなる。しかしながら、
ボワソナードが非財産的損害の賠償を否定し ていたこともあり、そのような指摘は特にさ れないまま、議論されている。不法行為の要 件に権利侵害が加えられたことから、権利侵 犯主義が採用されたかのように見えるが、生 じた損害を賠償するという点を重視するなら 実害主義ともとれる。いずれにしても、ボワ ソナードが「損害の発生」を繰り返し強調し ていたことから、旧民法では実害主義が採ら れていたと考えられるが、権利侵害要件の導 入により、権利侵犯主義の考え方が現行民法 には入り込んだと言えるので、不法行為の要 件論に大きな影響をもたらす変更であったと 見ることができる。
4.フランス法
最後に、フランスの法状況との比較を試み る。19世紀末から20世紀初頭にかけてのフ ランスの学説について主要なものを取り上 げ、ボワソナードの時代の状況を概観する。
その後、現在のフランス法状況を確認し、フ ランス法におけるボワソナードの不法行為論 の位置づけを検討していく。
47 富井政章『損害賠償法原理〔講義〕完』(信山社、1991年)92頁。
48 富井・前掲注(47)101-105頁。
49 イギリスの判例を母体としていることについては、平井宜雄『損害賠償法の理論』(東京大学出版会、
1971年)149頁以下。この判例がポチエの影響を受けたものである点については、同書151頁注(21)。
(1)当時の法状況
(ⅰ)コルメ・ド・サンテール(1883 年)50 最初に、コルメ・ド・サンテールの概説書 を見てみる。それは、見解の分かれる論点に ついて、ボワソナードが依拠することの多 かったのがコルメ・ド・サンテールの説であっ たとされるからだ51。
コルメ・ド・サンテールは「不法行為及 び準不法行為」というタイトルの章の冒頭 で、不法行為とは、過失によってなされる行 為(fait)52という点で違法な行為であり、か つ他人に損害を生じさせる行為であるとす る。しかし、不法行為の条文において重要な 用語は過失であるとし、「他人に損害を生じ させる、人のすべての行為」が条文では主語 になっているため、誤解を与えやすいが、過 失のない行為は責任を生じさせないというこ とを指摘する。では過失とは何か。第一に、
それは他人の権利を妨げる作為又は不作為で あるとする。それゆえ、他人に損害を生じさ せる行為が行為者の権利の行使である場合も あるので、損害を生じさせる行為がすべて過 失となるわけではないとする。また、加害行 為は行為者を非難できるものでなければなら ず、作為又は不作為は自己の行為に道徳的責 任を有する者から生じていなければならない とする。そのため、低年齢の子供や狂人は自
己の行為を自覚しておらず、その者によって 生じた過ちは過失の結果ではない。同様に、
不可抗力により一定の行為を強いられること になった者の責任はすべて免除されなければ ならないとする53。
このように、コルメ・ド・サンテールは、
過失を中心に不法行為を説明しており、損害 を中心に据えたボワソナードの説明とは異 なっている。
(ⅱ)ローラン(1876 年)54
ローランも過失を重視している。まず、不 法行為と準不法行為の相違点について触れて おり、1382条が行為という用語を用いてい るのに対し、1383条が懈怠(négligence)と 軽率(imprudence)という用語を使っている ことに着目し、行為にはいかなる種類の過失 も含意していないが、法は行為を懈怠や軽 率よりも重大な過失として理解しているとす る。それゆえフランス民法1382条では損害 が過失によって生じたことを要求しており、
不法行為も準不法行為も過失がなければなら ないとしている。その上で、行為に関する分 析を次に行った55。
損害を生じさせる行為について、そもそも 行為と言う用語には積極的な行為だけでなく 怠慢や隠蔽なども含まれるのかという問題を 扱い、損害を生じさせる行為となるには、加
50 Colmet de Santerre, Cours analytique de code civil, 2e éd. 1883, t.5.
51 ボワソナードの説とコルメ・ド・サンテールの説の類似性については、「…ボアソナードに対する同時代
のフランス学派の影響関係については、これまであまり論じられていないが、いくつかの学説の分かれ る特徴的な点で、ボアソナードの考え方はコルメ・ド・サンテールの説と一致しているのである。たとえば、
この異議を留めない承諾の他に、所有権移転時期に関して意思主義を貫徹して特約による移転時期設定 を認めない点、債権者取消権について、その行使が取消債権者のみでなく総債権者を利するとした点が 挙げられる。」という指摘がなされている(池田真朗『債権譲渡の研究〔増補二版〕』(弘文堂、2004年)
371頁)。
52 「fait」については、「所為」という訳もあるが(山口・前掲注(24)など)、本稿では行為と訳している。
53 Colmet de Santerre, op.cit., p.657-665.
54 Laurent, Principes de droit civil français, 1876, t.20.
55 Laurent, op.cit., n.384.
害的な活動を防止しえた者が全く防ごうとし なかった、ということだけでは十分でないと する。損害を生じさせる行為を防止する義務 がなければならないとし、その義務は道徳的 な義務ではなく法的な義務でなければならな いとした。そして、「損害を生じさせる行為」
であるので、ある行為に過失が含まれていた としても、損害がなければ損害賠償訴権は行 使できないとする56。その損害に関しては、
「全ての損害」と規定されているので、物質 的損害だけでなく精神的な損害も賠償されな ければならないとし、学説及び判例もそのよ うに考えているとする。精神的損害について は、裁判官は正確な賠償額を命じることがで きないとしても、そのことから、精神的損害 に対してはいかなる賠償も認められない、と いう結論にはならないと述べる57。
また、行為については違法であることを必 要とし、違法性の問題を論じている。行為が 違法になる場合としては、刑法に反する行為 や法そのものへの反目などを挙げているが、
その中で権利侵害が取り上げられている。権 利を侵害する全ての行為は1382条の不法行 為にあたるとし、1382条の目的は、損害賠 償訴権を認めることで、人の権利を保護する ことにあるとする58。
(ⅲ)ドゥモロンブ(1882 年)59
ドゥモロンブが不法行為に関する記述でま ず挙げたのは、他人の権利を尊重する義務で
あった。これは社会的義務であり、先在する あらゆる個人的な債務とは独立した一般的義 務であるとする60。その上で、不法行為を構 成する要素として、過失と行為が取り上げら れた。特に行為については詳しい説明がなさ れており、金銭的な民事責任を引き起こしう る行為を三つに分類している。一つ目が、害 する意図をもってなされ、刑法上も罰せられる、
違法かつ損害を生じさせる行為である61。これ は刑法上の犯罪であると同時に民事上の不法 行為になるものだとする。二つ目は、害する 意図をもってなされたが、刑法上罰せられる ものではない、違法かつ損害を生じさせる行 為であり62、三つ目は、害する意図もなく、刑 法上も罰せられるものではない、違法かつ損 害を生じさせる行為である63。これらの分類は、
刑事罰の対象となるか否かという観点が含ま れており、実務上は、損害賠償請求が刑事裁 判の付帯私訴としてなされるのかという点と 時効の適用の問題に関係してくる。
成立要件に関しては、行為者に帰責性があ ること、その行為が違法であること、その行為 が損害を生じさせるものであること、を挙げて いる64。そして、全ての不法行為は、必ず人の 行為で構成され、その行為はその者の過失に よって実現されるので、その責任もその行為 者に帰されるとし、不法行為の規定によって 要約されている民事責任の理論は、行為と過 失を責任の構成要素としているとする65。
56 Laurent, op.cit., n.391.
57 Laurent, op.cit., n.395.
58 Laurent, op.cit., n.401-404.
59 Demolombe, Traité des engagements qui se forment sans convention, 1882, t.8.
60 Demolombe, op.cit., n.450.
61 Demolombe, op.cit., n.456.
62 Demolombe, op.cit., n.457.
63 Demolombe, op.cit., n.459.
64 Demolombe, op.cit., n.464.
65 Demolombe, op.cit., n.465.
このようにドゥモロンブも行為と過失を重 視しており、損害要件については行為の中に 含めて説明している。
(ⅳ)ボードリ‐ラカンチヌリ(1908 年)66 ボードリ‐ラカンチヌリは、不法行為が適 用されるのは損害を生じさせる行為であると し、三つの本質的な要素を提示した。すなわち、
違法な行為、行為者への帰責性(imputabilité)、
行為による損害発生である67。まず、違法な 行為とは法律によって許されていない行為で あるとし、権利行使は法に反する行為ではな いので、不法行為にならないとしている68。 次に帰責性については、ある行為が自由な意 思から生じているとき、帰責性は存在すると し、その行為が過失を構成するのに必要な要 素だとしている69。そして第三の要素である 損害に関しては、過失と明瞭に区別されなけ ればならないとしている。なぜなら、損害は 過失から生じうるが、必ず生じるわけではな いからだ。過失が考慮されるのは、損害を生 じさせるときだけであり、法は道徳と異なり、
過失そのものを考慮しているのではないとす る。つまり、立法者は、社会秩序の維持とい う使命から、過失が社会秩序を乱すときにの み、過失を問題として取り上げているとして いる。他方、賠償される損害については、現 実的で評価可能な(appréciable)ものでなけ ればならないとしている。それゆえ、損害が
可能性の段階にある場合や現実化しにくい脅 威の段階では賠償されず、現実に損害を被っ たことが確実な仕方で明らかにされなければ ならないとする70。
また、精神的損害に関しては、賠償を否定 する考えに立っている。多くの学説が精神的 損害の賠償を認めているが、金銭的評価が不 可能であることを挙げ、評価の方法がないと してボードリ‐ラカンチヌリは否定説を述べ ている。さらに、精神的損害の賠償を認める と、事故で死亡した被害者との友情から、そ の死亡により精神的損害を被った者すべてに 損害賠償が認められることになり、制度上不 都合が生じることも指摘している71。 損害の発生を重視している点や精神的損害 の賠償を否定する点などは、他の学説に比べ ると、ボワソナードの見解に近いと言えよう。
ただし、損害だけを重視しているわけではな く、違法性も要件として挙げており、相違点 も確認される。
(ⅴ)オーブリ=ロー(1920 年)72
まず、不法行為の定義としてオーブリ=
ローは、刑事上の犯罪と比較して説明し、民 法において不法行為とは、他人の権利を侵害 する違法な行為としている73。次に不法行為 の要素としては、人の行為を挙げている。す なわち、積極的な行為(作為)であれ消極的 な行為(不作為)であれ、全ての不法行為は 人の行為で構成されるとする。その上で、損
66 Baudry-Lacantinerie=Barde, Traité théorique et pratique de Droit civil Des obligations, 3e éd. 1908, t.4.
67 Baudry-Lacantinerie=Barde, op.cit., n.2853.
68 Baudry-Lacantinerie=Barde, op.cit., n.2854.
69 Baudry-Lacantinerie=Barde, op.cit., n.2856.
70 Baudry-Lacantinerie=Barde, op.cit., n.2870.
71 Baudry-Lacantinerie=Barde, op.cit., n.2871. なお、原則として精神的損害の賠償を排除する立法例として ドイツ民法を挙げているが、他方で、それを認める立法例の一つとしては、日本の民法を挙げ、条文を 仏訳で紹介している(n.2872)。
72 Aubry et Rau, Cours de droit civil français, 5e éd. 1920, t.6.
73 Aubry et Rau, op.cit., p.327.
害を生じさせる行為が不法行為となるための 要件を述べている。要件の第一としては行為 の違法性を取り上げており、行為が違法であ るというのは、他人の権利を侵害し、かつそ れが法的義務の履行あるいは行為者の適法な 権利行使を構成するものでないことを指して いるとする。第二に、その行為が加害者の責 めに帰されることを要求している。これは、
その行為が加害者の自由な意思決定の帰結で あると考えられるものである。さらに、準不 法行為との区別として、害する意図を要求し ている74。
損害賠償に関しては、現実かつ確実な損害 が賠償されるとしている75。そして不法行為 によって生じた損害の賠償は、物質的損害で あれ精神的損害であれ、金銭賠償になるとし、
この賠償金の算定は一般的に裁判所の裁定に 委ねられているとする76。注目すべき点とし ては、不法行為を構成する過失と契約上の債 務の不履行に関係する過失を区別する考えの もと、フランス民法1146条、1150条、1151条、
1153条はすべて不法行為を理由とする損害 賠償には適用されないとしていることが挙げ られる77。
精神的存損害の賠償を肯定していること は、他の多くの学説と同様に、ボワソナード と異なるが、さらに権利侵害や違法性を重視 している点や契約不履行における損害賠償の 規定を準用しないとする点にも相違点が見い だされる。
(2) 現在の法状況―フランス不法行為法の 損害要件
(ⅰ)カルボニエ78
カルボニエは、「損害は…民事責任の第一 条件である」と述べている。例えば、自動車 の運転者が事故を起こすことなく高速道路を 逆走した場合、刑事責任は別として、いかな る民事責任も生じないので、賠償請求する 者は賠償対象となる損害の証明をしなければ ならない、とする。そして、要件たる損害に 関しては、二つの性質に分類している。一つ は、合理的要請に対応する性質であり、これ は損害賠償の判決を根拠づけるための要素と なる。もう一つは法的要請に対応する性質で あり、これは、裁判官が合理的に賠償を命じ ることができるとしても、法がそれを禁止し たり、被害者に対し訴権を拒絶するような場 合に問題となる事項である79。
それぞれに分類される損害の性質を次に見 てみると、まず前者に分類されるのは、確実 性、個人性、直接性であるとする。確実性と は、損害が現実に生じていることを意味し、
この確実な損害に対置されるのが仮定的で不 確定な損害である。例えば、高電圧線の近隣 に土地を所有する者は、未だ生じていない高 電圧線から生じうる事故の危険に対する賠償 金を電力会社から得ることはできない。個人 性は、損害が賠償を求めているその者自身に 生じていなければならない、ということであ る。これにより、被害者が賠償請求しない場 合に、他の誰かが賠償責任者に請求するよう なことを防ぐことができる。そして直接性に
74 Aubry et Rau, op.cit., p.337-344.
75 Aubry et Rau, op.cit., p.345.
76 Aubry et Rau, op.cit., p.349-350.
77 Aubry et Rau, op.cit., p.352-354.
78 Jean Carbonnier, Droit civil Les obligattions, 1reéd., 1956.(PUF社から2004年に刊行された合本版Droit
civil 2 Les biens, Les obligations.を参照した。出典については合本版での頁を示している。)
79 Carbonnier, op.cit.,p.2269-2270.