誘導法による精神薄弱児の箱庭表現の特徴について
相馬 壽明*・橘 育代**
(1994年10月12日受理)
Sandplay Characteristics of Mentally Retarded Children by a Guided Method
Toshiaki SouMA and Ikuyo TAcHIBANA (Received October 12,1994)
1 問題および目的
箱庭療法は心理療法の一技法としてさまざまな心理臨床の分野で用いられており,その適用範囲は 幅広く,適用年齢は子どもから成人まで,適用対象は子どもの種々の不適応行動から成人の神経症,
心身症,精神病まで多岐にわたっている。また,発達障害である自閉症児に対しても遊戯療法の一 部として箱庭療法が併用されている。しかし,知的遅滞を伴う精神薄弱児に対して箱庭療法が用い られることは比較的少ない。その主な理由として,精神薄弱児の表現活動の乏しさがあげられる。岩 堂・奈比川(1970)は,精神薄弱児の箱庭作品は玩具の数や種類が多く,作品のテーマが不明で,玩 具を雑に置いたり,羅列的であったり,玩具を詰め込むなどの特徴を示すことを明らかにしている。
また大石(1980,1983)は,精神薄弱児の箱庭作品の特徴として,空虚性,無秩序性などの点を挙げ ている。安村(1969)は,箱庭療法は非言語的な表現が可能であり,制作に技術を要しないという 点が,精神薄弱児に箱庭療法を用いる利点であると指摘している。
しかし,一定程度の知的能力を備えていない精神薄弱児に対しては,箱庭療法を原法のまま適用す るには限界があると思われる。相馬・行方(1989)は柵を用いて領域を限定し,あらかじめ課題を 設定して,精神薄弱児に対する箱庭療法の適用について実験的に検討した結果,知的遅滞が軽度で あれば箱庭療法が有効であることを示唆している。したがって,知的遅滞を伴う精神薄弱児に対し て箱庭療法を原法のまま自由に制作させることは,彼らの表現活動の乏しさのため困難を伴うが,何 らかの課題によってイメージを誘発させる技法の修正を行えば,一定程度の知的能力のある軽・中 度精神薄弱児に対しても箱庭療法が有効であると考えられる。しかし,相馬・行方(1989)が行っ た「動物園」という課題設定は,精神薄弱児にとって身近で親しみやすい課題であるが,現実的要 素が強く,箱庭制作の方向性を規定し,箱庭療法が本来もつイメージの喚起性を弱める欠点がある。
そこで,こうした課題設定による規定性を弱め,箱庭の制作を促進させる方法として,描画法にお
*茨城大学教育学部障害児教育講座(〒310水戸市文京2丁目1−1)
**茨城県立水戸養護学校(〒310水戸市吉沢町3979)
いて後藤・中井(1983)が考案した「誘発線」のように,あらかじめいくつかのアイテムを指定し,
それを順次呈示してイメージの喚起を促す誘導法の適用が考えられる。
本研究では,誘導法を用いて,精神薄弱児の箱庭表現の特徴について主に空間配置の観点から検討 することを目的とする。また,枠の設置の有無による枠の効果についてもあわせて検討する。なお,
誘導法のアイテムとしては,HTP法を援用した。
ll方法
1, 対象児:F養護学校高等部に在籍する精神薄弱児29名(男子14名,女子15名)。対象児の生活年 齢と精神年齢を表1に示す。
実施場所:養護学校内の一室。
実施期間:平成元年7月〜10月。
用具・材料:箱庭療法の用具一式。
手続きおよび教示:同一の対象児に対して箱庭制 作を2回施行する。検査1は箱庭にあらかじめ枠が設け てある施行で,検査2は枠のない通常の施行である。検 査1と2の間隔は1ヶ月以上とし,いずれの場合も制作 時間の制限はない。検査1と2は枠の有無による条件の 違い以外は,以下の手続きおよび教示に従って同様に施 行された。
対象児を箱庭の前に誘導し,棚の玩具を見せながら,
「ここにあるおもちゃを使って,家のある風景(景色,様 子)を作ってください」と教示する。次に,「家・木・
人」の順に置くものを指定し,3つのアイテムが置かれ た後で,「家のまわりににはいろいろなものがあると思
うので,
表1 対象児の生活年齢と精神年齢
生活年齢 精神年齢
人数 平均
29
17:0
27
7:11
範囲15:6〜19:05:5〜10:9
(精神年齢は測定不能の2名を除く)
もっとほかに置きたいものがあれば,それを使って自分の好きなように作ってください。時 間は自由ですから,できたら知らせてください」と教示する。なお,検査1の枠で囲まれた面積は,
箱庭全体の約3分の1で,枠の内部領域が箱庭の中央に位置するように置かれた。
6,結果の記録:箱庭制作中の行動を観察記録し,制作終了後,対象児が言語化できる範囲で箱庭作 品の内容について質問する。また,対象児が退室した後,玩具の種類や数を記録するとともに,箱 庭作品を写真撮影して保存した。
7.結果の分析:以下の3つの観点から結果を分析する。
①空間配置について,検査1では枠の内外の領域について,検査2では全体の空間配置について検 討するとともに,検査1と2の空間配置の変化を検討する。
②玩具数について,検査1と2を比較検討する。
③玩具の種類について,検査1と2を比較検討する。
皿1結果および考察 1.空間配置について
検査1で枠の内外の領域を使用した者は34%,枠の内部領域を使用した者は66%であり,統計的に 有意ではないが,約3分の2が枠の内部だけに玩具を配置した(写真1,3,5,7)。精神薄弱児が箱 庭の全領域を使用する場合は,玩具を羅列して空白を埋めるか,粗雑に玩具を詰め込むことが特徴 である(岩堂・奈比川,1970)。それが精神薄弱児の使用する玩具の多さと関係しているのであるが,
使用する玩具が少ない場合には領域が狭くなる特徴を持っている(相馬・行方,1989)。木村(1985)
はテーマ性のあるまとまった箱庭表現が5歳位から認あられることを示唆しているが,その点から考 えると,精神年齢5歳5ヶ月以上である本研究の対象児の約3分の2が枠の内部だけに玩具を配置し たことは,枠の内部領域の大きさが精神薄弱児にとって表現するのに適切な大きさの空間であった のではないかと考えられる。武野(1985)は分裂病者に対して原法よりも枠を1割縮小し,枠を少し 高くした枠強調砂箱を用いて,枠強調砂箱が表現抑止的効果を持つことを指摘しているが,もとも
と表現力の乏しい精神薄弱児にとっては,抑止的効果を持つ狭い枠の内部領域の方が,逆に箱庭表 現に適切な大きさであったと考えられる。従って,本結果は,精神薄弱児に箱庭療法を適用する場 合にも同様の工夫が有効であることを示唆していると思われる。
また,精神年齢の平均を基準として,対象児を精神年齢7歳11ヶ月以上(高MA群)と精神年齢7 歳11ヶ月未満(低MA群測定不能を含む)の2群に分けると,高MA群は枠の内外の領域を使用 した者と枠の内部領域を使用した者の比率は14%と86%であり,低MA群ではその比率は53%と47%で あり(表2),精神年齢の高い者は枠の内部領域を使用する割合が有意に高くなっている(df=1,κ2
=7.14,p<.05)。先に述べたように,枠の内部領域という狭い空間が精神薄弱児にとって適切な表現 空間であったとするなら,この結果は,精神年齢の低い精神薄弱児は箱庭全体を使用するというよ
り,枠外に玩具がはみ出てしまうために,結果として箱庭全体を使用しているように見えるとも考 えられる。箱庭療法の原法では箱庭の枠外の使用は,一般に否定的なサイン,つまり自我の統合力 の弱さを示すとされていることから,その点から見ると,低MA群の枠の内外の領域の使用は,精 神薄弱児の統合力の弱さを反映していると考えられる。
表2検査1の空間配置
群 枠 の 内 枠の内外
全体(N=29)
高MA(N=14)
低MA(N=15)
19(66%)
12(86%)
7(47%)
10(34%)
2(14%)
8(53%)
H一皿
『 1}W
(高MAは精神年齢7歳llケ月以上を,
低MAは7歳11ケ月未満を示す。) 図1 箱庭の領域分割図
表3 検査2の空間配置 表4 検査1と2の空間領域の変化
全体領域 45%(13/29)
空 疎 中央空白
部分領域 55%(16/29)
右側領域 中央領域
54%(7/13)
23%(3/13)
44%(7/16)
38%(6/16)
縮小28%(8/29)
拡大17%(5/29)
無変化 55%(16/29)
中央領域 領域移動
38%(6/16)
38%(6/16)
次に,検査2については,全体領域と部分領域に空間配置を大きく2つに分けて検討した。図1に 示すように,箱庭を上下左右に4分割し,それに中央領域を加えて,箱庭全体が5領域から構成され ると考えると,部分領域はそのうちの1〜3の部分領域から成る(例えば,ll・皿1またはll・皿・V は右側領域となる)。表3に示すように,全体領域を使用した者は45%,部分領域を示した者が55%で あった。空間配置は玩具の配置された領域から判断されるが,全体領域のほぼ半数の54%は玩具の配 置が空疎である特徴を示しており,中央領域(V)が空白でその周囲に玩具を配置した者が3例(23
%)見られた(写真8)。空疎と中央空白を合わせると全体領域の77%が空白の多い全体領域であり,さ らにそれに部分領域を合わせると,対象児の約90%が空白の領域が多い箱庭を制作しているのが特徴 である。また,部分領域については,右側(ll・皿1)4例,右下(皿)3例と右側領域を使用した者 が部分領域の44%を示し,部分領域では左側領域が空白であるという特徴を示している(写真6)。こ の結果は,空間象徴理論の観点から見れば,精神薄弱児の精神内界の乏しさを示唆しているといえ る。さらに,部分領域の中で中央領域を使用した者は38%であるが,これは検査1の枠の位置と関係 があり,中央領域を使用した者の6例すべてが検査1では枠の内部領域に玩具を配置した者である。
したがって,本研究の場合,中央領域の使用は,河合・藤井(1976)が指摘するような自己領域の 意味よりも,枠によって限定された空間領域の固定化を示していると考えられる。
最後に,検査1と2の空間配置の変化を比較すると,表4に示すように,検査1から検査2への変 化が領域の縮小である者が28%,拡大を示した者が17%であり(写真3,4),55%はあまり変化を示さ なかった。従って,精神薄弱児の空間領域は枠の有無によってあまり変化しない傾向が認められる
(df=1, X 2=6.66, p<.10)。さらに,変化を示さなかった16例のうち,6例(38%)は中央部分領域であ
り,検査1と2の空間領域にほとんど変化がなく(写真1,2),また枠の内部領域がほぼそのまま別
の領域に移動した者が6例(38%)見られた(写真5,6)。従って,変化を示さなかった者の75%が同一
空間領域もしくは領域移動であり,使用領域の広さがほとんど変わらなかったことを示している。ま
た,領域の拡大に分類されたうちの3例は表3に示す全体領域の中央空白を示した者であり,この3
例は逆転移動(すなわち,検査1と.2で空間配置の領域が逆転する)という特異な変化を示した(写
真7,8)。
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