奈良教育大学学術リポジトリNEAR
堂内氣象の観測 その2 法隆寺講堂内の氣象観測
著者 永田 四郎
雑誌名 奈良学芸大学紀要
巻 6
号 2
ページ 65‑79
発行年 1957‑01‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/4940
(flう)
堂 内 気 象 の 観 測 その2 法隆寺講堂内の気象観測
永 田 四 郎
(昭和31年10月31日受理)
緒 昌
苗文化財の保護,保存の為には,それらの現存位霞に於ける,気象状態の解明が充分でありた い。著者は,兜に,三月堂を中心として,田奈艮市内にある,重要な諸寺堂内の気象観測(1)を異 施したのであるが,この一環として,1955年4月より,翌1956年6月まで,1年余に亘り,法隆 寺内の金堂,犬宝蔵殿,綱封蔵,大講堂,上ノ御堂の諸建物内の気象観測を連続実施した。
法隆寺については,これより以前にも,金堂や大宝蔵殿内の気象観測が連続実施されていたよ うであるが,それらの資料は→−一部が東京大学斎藤平蔵助教授のもとに整理されてある以外は,
殆んどその大部分が未整理のま1のようである。著者は,これらの今迄の観測とは別個に,独自 の立場から,出来る限り正確にして,長期に亘る連続資料を得る為に棋力を尽した。これには諸 種の困難が伴って,著者の意の如く実施し得なかった点も少くないのであるが,幸にして信仰上 その他の薇妙な事情にも拘らす法隆寺当局から広範囲の観潮が許可され,関西気象協会及び奈良 交通株式会社からは,夫々研究費とバス利用の便宜が与えられ,又京都大学気象学特別研究所と 奈良国立博物館からは多数の測器の貸与を受けて,単身ながら,一回の欠潮も無く実施し得た。
鼓に厚く謝意を表する次第である。
得られた資料は可成りの多量にのぼり,その詳細は到底発表し得ない。不充分とは思うのであ るが,これらを諸表にまとめて,これを中心として若干の解析を試み卒直な所感も述べてみた。
多くの識者によって,夫々の立場から更に検討されんことを煩うものである。
倍,この期謂中,1956年3月より5別こかけて,法隆寺笥堂内の塵攻測冠も実施した。これについても,種 々の重要な閉篭を含み,古文化財保存上重崩しなければいけないように思うので,更に検討,研究してその後 に於て,吏めて発表したい所存である。
I 朝 潮 方 法
(1)塞潮位帯。微細気象的立場からは,測点の位缶が非常に問題となる。著者としては,室内 では,卦中央の適当な高さ(例えばその勤こある最重要な文化財の中心の高さ)を選びたかった のであるが,諸種の事情で不能であった。また,室外では,適当な位置に設置された百葉箱内で 額測すべきであ.るが,とれ亦予算等の都合で不能であった。従って,測点の位置は何れも不充分 であるが,極力望ましい位置を凄足したつもりである。室外では,正倉院観測の例に倣って,大 宝蔵殿床下(床の高さは約1米で通風は極めてよい),中央部に於て実施した。今測点について概
略を示せば,
1.金堂…‥・…・・…・内陣須悶壇(白色士道)東北隅に床上にそのまま測器を置く。
2・大宝蔵殿………A・北棟特別窒:北棟の東端の部屋で,南と北に大扉がある。南の大扉は葬観時中常に
(11ti) 永 田 四 郎
開かれているが,北の大事は時々開かれる○この部屋の南西部床(板張り,改装後リノ リウム張り)上に高さ約50cmの台を置き,この上に測器を置く。(以下宝Aと略す)
玉・南棟第二窒:南棟の中央の室で,ここの大きな須禰望(木造)の中央近くの位鷺に,
床上そのままに測器を置く。(以下宝玉〕
C.南棟第一室:再校の西端室,大扉が膏と北にあり,普通は北扉が開かれているが,
攻菜工事中(本観測実施期間を含む)は甫扉が開かれていた。この室の大須璃壇(木 造)南西隅,壇上にそのまま渕符を置く。(以下宝C)
D・北棟特別室通気孔上:空中栄西偶,百済観音須璃壇と西壁との問の通気孔上にその まま測器を置く。
3.駒封戒…・…・…・校倉造りの如く床が高い(高さ約1.5米)〇三室に分れて,その甫室の大きな台C木製)
上北吾酎こそのまま置く。
4.大講堂‥…‥…‥須璃垣(士造)中央,本尊台座最下段(木部)上,本尊の後方(北方)にそのまま設置。
5・上ノ御宝・‥…・・・須瑚壇の周囲の木製供物台上,東部そのままに置く。
6.宝荘隈幕下‥‥‥北棟床下中央部,換気地下望上部(コンクリート)上にリノリウム盤を敷き,その上に 筐く。(リノリウム藍は主として惇導による計器とコンクリート間の熱移流を防ぐため
であったが,計器の高さが薗過ぎた感がある)。
(2)測 器
1.自記温度計,間瀬更訂…・‥1週間薄。この観潮の中心をなすので,精度の良いものを揃えたかったが,
充分でなかった、つ勿論一腰,絵定済み(一部は票良測候所比餃換愚書)のものである0 2.アスマン通風濫漏計………主として自記鮒の補正に用いた。大型,与もcc目盛。
3.褒高,重低深度冨ト…‥・‥‥・′レサアオード塾,
4.甲田式蒸発訂………蒸発面は淀紙(二枚重ね),面積的78.5cm2(直径10cInの円面澤)
(3)観測時間……自記器の補正を充分に行うには,観測時問を変化して,補正に巾を持たした いが,この観測では諸種の事情から困桂であった。この観測は,大体10時より14時までの問に行 われたが,毎回観潮順序は変化した。
Ⅱ 観 測 結 果
多量の資料を如何にして適切にまとめるかを考慮したのであるが,結局青木氏(2)等の例になら って次の諸表とした。これらの諸表については,次の点を考慮して見て戴きたい。
1.毎週,自記恍取替毎に,アスマン通風濫漏計で補正した○従って,各自記紗こは,前後2回の補正値が 得られるが,原則として,それらの平均の補正値を用いた。
2.浬度の補正値は土2。C以内であったが,薄度は土10%ぐらいの稀正を要するものもあった。
3.督自記緋について,云匿と時間の補正を行ったものを2時間毎に読み聴った。
4.湿度は小数点下1位までを,罷度ほ1位までを目分量で読んだ。
5.2時間毎の旬別平均を求めたが,この際,吉己録が不明掠または記鎌していない箇所は,これを欠湖とし た。欠湖が1日以上ある場合は,これを欠測呂数で示し,欠測日数3〜6日の場合は()で,7〜9日 の場合は で包んである。欠灘が1日に満たず,又は不連続の場合は串を附してある。
6・使用した測器の性能上から,これら諸表中のこまかい数値には問題があるが,前後の相対的な関係や,
・変化の傾向を知るには参老となると思ったのでそのまま示した。
堂内気象の観測:その2法隆寺諸堂内の気象観測
大宝蔵殿床r下(外気)の旬別平均買泥(OC)
(67)
大宝蔵殿床下(外気)の旬別平均漏度(%)
221欠潮日数
永 田 四 郎
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第2−A裏 金望内の旬別平均気置(OC)
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堂内気象の観測:その2 法隆寺譜堂内の気象観測
第2−B表 金堂内の句別平均溝虔(%)
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第3rA表 大望醇駁内の旬別平均気温(cc)
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第3−B表 大宝薩段内の旬別平均肯定(%)
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堂内気象の観測:その2法隆寺諸堂内の気象観測
議 表中のAは北棟特別室.Bは南棟第二童,Cは南棟第一窒 第4−A表 メこ講望内の旬別平均覇∴沼
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(72) 永 田 四 郎
第5−B表 網封蔵内の旬別平均液圧(%)
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(67.9)
第6−A表 上御堂内の旬別平均気温(Oc)
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▼京.云0 14.29
趣・畦旦_糞),(坦
(13.46):(13.72)
第6−腋衷 上御堂内の旬別平均協定(%)
時刻(時〕
221欠測日数
22】欠測日数
第 7 衷 平田式蒸発計による1日平均蒸発量(gr)
堂内気象の観測:その2法隆寺諸堂内の気象観測 (丁ニ1)
5.0
(74) 永 田 四 郎
頂 考 察
得られた資料からは種々の考察が出来る様であるが,以下若干の点について述べて置く。
A 概観して
(1)法隆寺附近の気候状態であるが,第1表をまとめると次の如くなる。
第 8 表 宝蔵殴床下(外気)の月平均罵漂及び漏度
()内は禁足測慣所
観測期間が1年余では短か過ぎるし,又第1表を得た測点が前述の如く必すLも適正とは云え ないが,大略は示されていると思う。これからと,額測中霞験したこととから言えることは,所 謂「高爽(燥)の地」として考え勝ちな程,特に乾燥した土地とも思えない。しかし,著者が今ま でに観測した範瀾(こ〜)では,三月堂等の存する奈艮公園附近よりは低湿で,温湿度の変化も大きい ようである。
(2)一般的に,法隆寺諸堂内は,三月堂,新薬師寺,戒壇院(また現在観測実施中の薬師 寺ブ 唐招提寺諸堂)等の諾堂内よりは高温低湿で,濫湿度の変化は可成り激しいようである。こ れは,その環境や建造物の構造等にもよろうが,特に拝観や管理状態などにも原因していると思
う。
B 諸堂の気象的特徴を知る為に,四季について,適当な旬を選び,諸堂内外の淀,湿度自変 化を比較図示すれば第1図の如くなる。図中,金(金堂)宝A(宝蔵殿A)宝B(宝蔵殿B)
綱(綱封蔵)講(大講堂)上(上ノ御堂)と略してある。これらの図は,夫々の旬の平均状 態を示しているわけである。
(1)大講堂の日変化は諸堂中貴大である。第1図3月下旬の平均状態の比較でも分るが,昼間 開扉中は殆んど外気のままの変化を行っている。毎日の変化もこれと同じで,その1例を第2図 に示す。普通木造建築内では湿度変化は気迫変化以上に緩和されるものであるが,それでも餌こ の通りである。この様に変化が極めて大きいのは,7枚の大罪が日中常に開扉され,外気の影 響を最も受け易い状態に置かれているからで,これは第7表の蒸発量にも現れているし,風塵 の侵入(特に南風の時)も甚しいようである。そこで大扉を中央3枚以外を閉ぢたら(この程 度であったら拝聞に特別の支障は無いものと考えた),どの程度に中の気象状態の激変が露和さ れるかを当って見たかったのであるが許可が得られなかったので,大講堂と構造が良く似てい る上ノ御堂との比較観測を実施した。上ノ御堂は常時開扉されているが,外気の侵入し得る如 き間隙は比較的多い。勿論変化は著しく小さいが,夜間大講堂開扉時に於て,両者の塩湿度が 良く接近している点が面白い。これから,若し,大講堂の蔑枚かの閉扉でも,可成り気象変化 を緩和し得るのではないかと想像するのである。大講堂は昭和大修理以前はこれ程開放的な構 造ではなく,大扉も小さかった由であるが,室内気象,中にある文化財の保護という観点から
堂内気象の観測 その2法隆寺諸堂内の気象観測 (75)
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(7(日 永 田 四 郎
は,創建当初と管理択 態等の著しく異なるで あろう今日に於て,こ の様な形を中心とした 復元にも無‡里があろう が,今としては,管理 についてよく研究して 見る必要を感する。
(2)犬宝薗殿内の気 象変化の大なることは 別に述べた(4Jことがあ
第 2 図
る。これについては,①外気の直接侵入0〔特に本観測実施中,改装工事等の為,宝A(北棟特別 窒)の吾北大罪は閃かれていたことが多いし,一般的にもそのままの外気が割に侵入し易いように 思う。〕②窒容積の狭小。(宝蔵殿はもともと保存を中心として設計されたと聞くが,現況は保存 の他に,居て封場としての性格が強く,患びただし叫手機者を入れるのには余りに狭過ぎる様であ る。窒容積の小さいことは,拝磯者の影響を大きくするが,これは多くの自記記釦こも現れてい るし,著者は観測実施恥好ましくない異様な気象状態を再々体感した。)③隔壁等の問題。(三 浦氏(5)等は円山こ薄い無董甫装のコンクリート建浩物では防寒防暑効果が小さい」ことを述べて居ら れる。これがこの大宝蔵殿にも該当するかは分らないが,他の諸堂との大きな相違でもあるし,
何かこの点無視し得ない気がする。)④管理状態(特に扉;窓の開閉),等の諸点が考えられよう。
掛こ,意外で説明しかねるのは,①宝Bの変化が意外に大きい。宝Bは中央の部屋で直接外気の 影響も受けにくい筈で,また改装工事も終了していて管理状態も特異ではなかった。しかし当然 この憬な部屋は拝領者の影響は大きいであろう。②宝A,宝B共に,殆んど常に他の諸堂に比し て高温低湿で,外気に対してもその様なことが多い。特に外気に対して,どの懐にしてかかる状 態にあり得るのか現段階では究明し得ない0
何れにしても,日変化がこの横に大きく現れていることは重視せねばなるまい。面もこれらは 平均状態であって,個々の日変化には甚だ大なるものが蔑らも現出していることを考えると,少 く共,現在裸陳列の百済観音その他の特に重要で損傷し易い文化財に対しては,何等かの適当な 方法でこの気象状態の激しい変化から遮断すべきであろう。(これはまた改装,土足拝観後教増 した塵挨防止上も必要であろう。)
(3)金堂は一見して外気侵入容易で,変化も大きく現れそうに思われるが,実際には案外緩和 されているようである。開扉諸堂中では,大体最も低塩で,従って湿度は高い。この様な大屋根 の木造建造物内は,夏季酷暑時に涼しいものであるが,金堂についてもしばしば体感した。
1955年8月1日(快晴)11時30分頃のアスマン通風温湿計による測定では,
内陳須禰壇中央……29.00C,外陣……30・1。C,堂外=…・31・20C となっていた。
(4)綱封蔵内の日変化は最も小さい。気温の変化に於ては金堂と著しい差異が現れていない が,湿度変化は著しく緩和されて,殆んど不変の状態である。これは畠山氏等(6)が認めている如
く,木材等の吸放浬による恒湿作用が,糾封蔵の如き大きな重に於ても良く効いていることを示 すものであろう。
(5)第1図によっても,諸堂の涯湿度変化の時間的すれが認められるが,早朝開扉時の激変,
開閉扉等もあって無理ではあるが,今試みに5月上旬の気渡について調和分析を行うと,
堂内気象の観測:その2 法隆寺諸堂内の気象観測 (77)
外 気……T=16.42+3.09SiIl(β+241010′)+0・32Sin(28+2650うう′)+=‥
大講堂……T=18.39+1・76Sin(β+220つ20′)+0・11SiIl(28+76。0′)+・‥‥‥‥…
宝蔵殿……T=18.53+1.41Sin(β+195010′)+0・57SiIl(28+14040′)+・‥・
金 堂…・‥T=17.00+1.OGSin(β+193040′)+0.21Sin(2β+34050′)+…‥‥‥・‥
綱封哉……T=17.9㌢+1.のSiIl(β+160010′)+0.11SiIl(28+282。3う′)+‥…・
となる。これらの式の右辺第二項より,外熟こ対する諸堂の時間のすれを求めると,大講堂(約 1.4時間),宝蔵殴(約3.1時間),金堂(約3.2時間),綱封蔵(約5・4時間)となるo
C 堂内外の気象的関係について2,3の点について当って見ると,
(1)緒方氏(7)等は,一二定時問については,窒内気温(T)と窒外気温(t)との問に,T=T。+bt なる簡単な直線的関係があるとしている。そして1「。をそのままの状態で外気温が00Cまで降下 した時の窒況と見て,これを「室の固有湿度」とし,bを「気況係数」と考えている。試みにJ 金堂,及び大宝蔵殿と,外気(床下)との気浬で,最高気遮(外気は14時,室内は16時の測定値
をとった)と最低気温(外気,堂内共に6時をとった)についての関係を求めると,第3図及び 第4図の如く大体直線上に並ぶ。そこで,貴小目乗法を用いて貴近似直線を求めると,
長高気温については, 金 堂一外気…‥・T=0・〔)+0・89も 宝蔵殿一外気……T=十0.1十0.99t 境低気温については, 金 堂一外気……T=4.1+0.92七 「\
T…窒内気浬 t‥・嚢外気淀 宝戴殿一外気……T=3.9十0.97七 の薗係式を得る。
これからは,大宝蔵殿は金堂に比して,固有湿度は低く,気温係数が大であることを知るが,
特に犬宝蔵殿の気温係数が1に近いことは,固有温度以外の防寒防暑効果が殆んど効いていない ことになる。(但し,ここに用いた大宝戒殴内の測定値が宝Aと宝Bの両者のものである点が問 題である。)事実,夏季酷暑時には,宝蔵殿内最高気遮が室外(床下)のそれより高い場合が多 かった。
第 3 図 第 4 図
∴ ‥二一 ̄・∴・−
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(2)堂内外の湿度関係をしらべる為に,同様の図表を描いて見たが,点が非常に散在して,と
(丁・ヽ) 永 田 四 郎
ても簡単な関係では表現し得ないようである。むしろ,水蒸気量を用いたら,もつと簡単に関係 すけられそうであるが,まだ試みていない。室内の相対湿度は水蒸気量と気温との少くとも二つ の要素で左右されるので,簡単でない。
(3)外界の特異な気象変化が,どの程度堂内に効いてくるかを自記記録から2,3求めると,
○外界が非常に乾燥した例として,前述(第2図)1956年4月6日には,
床下(外気)18%に対し,:大講堂甥‰ 宝蔵殴内(宝B)43%,金堂36%,上ノ御堂57%と なっている。小振動は小さくはなっているが,上ノ御堂以外に害射こ波形がそのま1保存され てレ、る。
○外界が雨天杭きで高湿の場合の例を第 5図に示す。堂内は開扉と共に高湿と なり開扉と共に降下してゆく。これか らも分る如く高湿時の開扉は慎重であ りたい。第5因で意外なのは,金堂の 高湿であるが,これは金堂が最も低塩
第 5 図
である為であろう。しかし,金堂内で
も状況によってはこの程度の高湿になることは注目すべきであろう。金堂の激しい小振動も意 外である。 一
〇外界の温湿度の急変した場合の例として,1956年1月28日の変化を示す(第6図)。不連続線が 通過し,突風の有った且である。大体,金堂,宝蔵殴B,綱封
戒と変化が減じている。宝Bは冬で拝観者も殆んど無く,窓も閉 められ,犬扉からは遠い中央の窒であるから著しく緩和されてい る。納封蔵の湿度変化(不連続線通過後の急減)がどうしてこの ように大きく≡現れて来たのか分りかねる。
D その他注目すべき事項として
(1)第7表を図示すると第7図の如くなる。室内の蒸発量は,堂 外の1!2〜l/5ぐらいで,変化が少ない。何れも,夏を中心として大 きく,冬から春にかけて小さい。蒸発量は気温湿度,通風状態等
第 7 E頭
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第 6 図
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苗文化財の保存には,注目すべき 量であろう。即ち,蒸発量大なる 状態では,文化財の乾燥もひどい
と考えられるからである。
(2)宝蔵殴北棟特別窒床面の通 気孔上で法湿度の自記記録を取っ たが,その一例湿度について第8 図を示す。図中太線は床下,細線 は通気孔上,点線は室内(通気孔
堂内気象の観測:その2法隆寺諸堂内の気象観測
より約3m南方)である。通気孔を通って来た空気 が緩和されて変化が小さくなっているのがよく分 る。また,通気孔上では小振動が極めて洪しく,相
(持)
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当清澄に通気が行われていることを示す。(他の例 60_
でもすべて同じである)。改装後床面にリノリウムが p−
敷かれ,この孔は全く閉ぢられたのであるが,天宝 (1955〕7 用句 18日
蔵殿開扉後の換気が拝しく悪くなりブ その為に塵境に汚れた空気が長時間沈滞し,・これが徐々に 沈降しているのではないかと案ぜられる。(塵攻潮走の結果,繊細な産境が極めて多かった。)
Ⅳ 結 語
以上の他に感することは多いのであるが,別の機会に検討を加えたい。この新潮の対称建築物 以外の,新収蔵庫(壁画等収蔵,観測を意図したのであるが不許可であった),食堂その他の数あ る国宝繚築物についても,十応の気教学的検討が必要のように思う。夫々の建築様式,構造,管 理状態,環境等に応じて,特異な気象状態が見出されるであろうが,これは文化財の保存保護の 為のみならす,牛封⊂日本建築の室内気候を知る一般的な良い参考資料を得る為にも望ましいこと
である。また,改装修理(防火,土足拝観等)を終えた大宝嵐殿については,是非夏めて検討が 加えられる必衰を感する。著者の観測した範囲内では,宝物保存上好ましくない様な点が戌多感 ぜられるのである。
とに角,昭和大修理を終えてフ 貴重な遺産として後世永く伝える為には,更に多くの各方面か らの検討が必栗であろうが,本文が蔑分でもその参考となれば幸である。最後に,指導助言を賜 った京都大学滑川教授,中島講師,昆晴助教授,東京大学斎藤助教授,京都大学微細気象及び窒
内気ノ象グループの諸氏,及び,この観測実施中,種々の有意義な経験談等聞かして戴いた,法隆 寺寺大工西岡氏等に対し言草く謝意を表する次第である。
参 考 文 献
(1),(3)永田 四郎:堂内気象の観測(その1)奈良学芸大学紀要第3巷第2号 包) 青木 隊一:正倉院新宝庫の気象審潤周告(1956年)
(3) 永田 四部:莞艮公園を中心とした気豪状態の分布について 奈良学芸大学紀革第1巻第3号
(4) 永田 四郎:二つの特別道観に於ける気象敏渕:買艮学芸大学紀要第5巻第2号
(5) 三滴 運一一:防季防寒的効果より見たる本邦各種遺構家屋の比較研究 国民衛生第3篭第9号 第4雀第1号,第4雀第2号
(弓) 畠山 伺久:木箱の中の漬荘 子窯業と物理(昭和22年)
(6) 喜多村一男:木材の恒i晃作鼎′こついて 研究時報第3篭第6号 け 緒方 洪千 本邦家屋の夏季窒内気浩に就て 国民衛生第11巷第1号