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知的障害 をもった子 どもの造形活動

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Academic year: 2021

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(1)

埼 玉大学紀安 教育学部,57(1)12091211(2008)

知的障害 をもった子 どもの造形活動

榎 原弘二郎 *

附属特別支援学校の校長 になって、今年で

3

年 目を迎 えている。現在、生徒数 は

、6 0

名で、

定員 (小学部1

8

名、中学部1

8

名、高等部2

4

名、

6 0

名)通 りである。着任 当初、学校名 は、養 護学校 だった。「学校教育法の一部 を改正す る法 律」 によって、今年度

4

月か ら、特別支援学校

と名称 を変えた。

着任 した年の

6

月に、小学部

1

組の砂遊びの 授業 を見た。ノ」\学部 は、複式学級 になってお り、

1組が

1‑2

学年、 2組が

3‑4

学年、 3組が

5‑6

学年の

3

クラス編成である。児童たちは、

校庭の砂場 に入 った ものの、砂 で遊ぶ というこ とがで きないようだった。教員が、水 を持 って きて流 してみた り、 カップに砂 を入れて、砂型 をつ くった りして見せ るが、児童 は、 なかなか 自分か ら砂 に働 きかけて、形作 ろうとしなかっ た。私 は、 どうして彼 らは、砂 で遊べ ないのだ ろうか と思った。

その 日、私は、小学部の児童が下校す る姿 を 見ていた。児童たちは、 タンポポの綿毛 を吹い て飛 ば していた。昔か らある子 どもたちの遊び である。 タンポポの綿毛 に息 を吹 きかけ、綿毛 が朔 んでい く様子 を見て楽 しむのである。その 姿 を見 なが ら、子 どもたちを知 るためには、授 業以外 の時間や場所で、彼 らが どの ように して 楽 しさや喜びを兄 いだ してい るか とい うことを 捉 えることが必要だ と思 った。

同 じ6月に、小学部

1

組で、「絵 の具で遊ぼう」

の授業が行われた。いわゆる造形遊 びの授業で あ る。 絵 の具 をロー ラーにつ けて紙 の上 に転

● 埼玉大学教育学部美術教育講座

が した り、坂 に した板 の上 に貼 った紙 に絵の具 を垂 らした り、絵 の具 を塗 ったボールを転が し た り、大 きな刷 毛 で細 長 い紙 の上 に絵 の具 を 塗った り、お もちゃの 自動車の車輪 に絵の具 を つけて走 らせた り、いろいろなものを用いて、

絵の具 を紙の上 につけていた。ある児童が、手 に絵の具 をつけて紙 に押 し当てていた。その時、

その児童 は、 自分 の手形 を見 て、更にまた空い ているところに手形 をつ くった。ある児童は、

紙の上 にお もちゃの 自動車 を走 らせ るが、その 自動車が動 く姿 を見 ていて、その事が通ったあ との絵の具の跡 (形や色) を見ていない。

児童たちは、熱中 して取 り組む ものの、 ロー ラー とかお もちゃの 自動車 な どの動いているも のを見 るが、それによって どの ように絵の具が ついたか という変化す る様 を見 ることは、あま りなかった。児童 たちは、時間 とともに次第に 心 も解放 されて きて、 もう少 しで、変化 してい るものに 目が行 くように思われた。 しか し、そ こで授業終了 となって しまった。それで も、変 化 してい るものに目を向けた児童 は、 6人クラ

スの内

、 2

人いた。

ところで、附属特別支援学校 では、児童生徒 の学習活動の結果 は、小学部では教室 内の壁 に 粘 り出され、中学部、高等部では、教室内 とと もに多 く廊下 にも貼 り出されている。 いろいろ な体験や活動 の内容や感想が、絵や作文 に表現 されてい る。

7月初旬 に行 った林 間学校 の思い出が、高等

部の廊下 に貼 り出されていた。ある生徒 (高等

部 1

年生 ・男子)が、つ ぎのような作 文 を書 い ていた。

‑ 2 09

(2)

「馬 をは じめての りま した。馬の体があた たか いで した。馬 のふ ん をそ う じしま し た

。 」

この 「馬の体があたたかいで した」が、その 生徒の馬 に乗 った感覚 を生 き生 きと伝 えている

と思 った。

また、他 の生徒が、「きjlいな景色や動物や植 物 を大切 にす る」(女子)、「きれいなけ しきや動 物植物 を大切 に しました」(男子)と書 いていた。

この 「景色 を大切 にす る」 という表現 は、教員 が伝 えたのであろうが、 とて も良い と思 う。花 や木は、 ものであるが、景色 は、 ものの ようで ものでない。 この もののようで ものでない景色

/浮

iy

(風景) は文化 的な意味 を含 んでいる。風景 を 大切 にす ることは、 自分 の生活 を大切 にす ると いうことと同 じ意味を持 っている。

1

は、高等部の廊下 に張 り出 されてあった もので、高等部

2

年の男子生徒が描いた絵であ る。 この絵 は、「うがいを しよう」とい う題のイ ラス トレー シ ョンになっていて、「イ ンフルエ ンザの予防には、次の ことが大事 です。 まず手 洗い とうがいを必ず し、ちゃん と食事 をして栄 養をとること。‑‑・」 とい う文が付 け られてい た。 この絵 を見 た とき、 うがい をした時、口の 中で水が踊っているようなそんな感覚が伝 わっ てきた。

ものを自分 自身の感覚で とらえ、それを表現 するということの意義が ここにある。その表現 か ら、生徒が どの ように ものに接 し、 どのよう に生活 しているかが伝 わって くる

また、 日曜 日に家族参観が行われた時、ある 自閉症の生徒 (高等

部 3

年 ・男子) は、その朝、

ET曜 日なのに学ヰ交に行 くとい うこ とで不機嫌 だった という。 しか し、陶芸の作業 に入 った ら 機嫌が よ くなった とい う。恐 らく、陶芸の作業 で粘土 を扱 ううちに、次第に心が柔軟 になって きたのだろうと思われる。その要因が どこにあ るかは明瞭ではないが、私 は、粘土 という素材

2

2

10‑

(3)

にあるのではないか と思 った。

陶芸の授業 は、作業の時 間 となっていて陶芸 製 品 を作 ってい る。美術 の時間の ように 自由に 粘 土 を形作 る活動ではない。 しか し、作業 では あ って も、粘土 を形通 りにす る とい うことは、

粘土 の形 を確かめなが ら成型 しなければな らな い。頭の中にあ る形 にそ って手 を動か さなけれ ばな らない。 ここに、作業 において も、生徒 の 創 造 的な面 を兄 いだす こ とがで きる。 この よ う な創造的な活動が、生徒 の心 を柔軟 に させ るの で ないだろ うか。粘土 とい う素材が、心 を柔軟 に して くれるのである。

2

は、ある児童 (小学部

2

年 ・男子)が、

休 み時間に、教室 の床 に這 いなが ら、お もちゃ

な どを並べ てつ くり出 していった ものである。

ち ょっ と見 る と意味の ない ような空 間であるが、

よ く見 る と実 に整然 とな らべ られ、空 間が秩序 付 け られている。 ここに至 るまでに、 この児童

は、何 度 も並べ なお している。

この ような活動 は、作 品 をつ くろ うとす るも のではな く、活動 その ものが E目的である。

休み時 間中の児童 の活動 に、造形的、創造 的 要素が多 く見 られるが、 これ らの活動 と授業の 活動 とが、結 びついてい くことが必要である。

( 2 0 0 7

9

2 8

日提 出)

( 2 0 0 7

1 0

1 9

日受理)

‑ 211‑

参照

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