幼児の言語生活の一考察
川 崎 宏
1 目 的
言語機能の本質や役割についての研究(■)や,その発達的研究(2)(3)(4)は,従来数多くなさ れているが,言語そのものに就いての考察面で優れた業蹟は残してはいても,幼児の具体的生 活の場において,行動的様相の中で把握したものが少いように思われる。本研究では,この観 点から,幼児の挨拶用語を,社会的行動の一要素として捉え,幼稚園における担任教諭の観 察,並びに一対一の質問(口頭)により,又家庭における言語生活の理解及び行動面で,いか なる実態を示すかを父兄に対する質:問紙法によって把握しようとするものである。
H 方 法
(A) 幼稚園に於ける挨拶用語の理解と表現 (1)対 象: 長崎市内公立幼稚園児 4才児(男 88名 女 79名)
5才児(男147名 女146名)
(2)観察要領: 朝の挨拶について,いかなる言語表現をするか,叉どのような行動表現 を伴うかを,観察項目を決めチェックする。特に教師側から先に挨拶しないように して,叉記録していることを気づかれぬよう注意する。
a)用語記号
A おはようございます B おはよう
C せんせい
D その他(ことばで記述)
E 無応答 b)行動記号
◎きちんとまっすぐ △ よこをむいて ×○ 目で挨拶 ×× 全くしない。
c) 面接質:間項目
1.朝,先生と会った時どんな挨拶をしますか。
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
(3)観察期日:
(B) 家庭における挨拶用語の理解と表現
朝,友だちと会った時どんな挨拶をしますか。
昼ごはんをたべる時どんな挨拶をしますか。
昼ごはんをたべた後どんな挨拶をしますか。
幼稚園から帰る時なんといって帰りますか。
道で先生と会った時どんな挨拶をしますか。
道で友だちと会った時どんな挨拶をしますか。
お客さんが来た時どんな挨拶をしますか。
お客さんが帰る時どんな挨拶をしますか。
ものをもらった時なんといいますか。
1959年7月中旬
(1)対 象: 前記園児の各父兄 (N一爵ll)
(2)方 法: 質問紙(別表1)無記名
(3)調査期日 1959年7,月中旬
第1表 あいさつ用語調査票
○ この調査は,あいさつがとのようになされているかという用語の種類を調査するものです,この結 果,幼稚園におけるあいさつの指導の重要な手がかりを得ようとするものです。したがって,現在 使っておられるあいさつ用語をすなおに御記入願います。御使用の用語に○をつけていただけばよ ろしいのですが,記さい例以外の用語がある時は,其の他の所に記入して下さい。めんどうなこと ですみませんがよろしく御協力下さるよう御願いします。
1.朝,家族と最初顔をあわせた二
親 が
「おはようございます 一おはよう
子供に「えしゃくをする しなにもいわない 1一おはようございます
子供が一おはよう
親 に 一えしゃくだけ 一なにもいわない
2.食事の前
①[薦養諜
其の他
(
其の他
(
(①と②の両方とも○をつけて下さい。)
一いただきます
其の他 一おごちそうさまになります
肺野を伴って,いただきます (
一78一
)
)
)
一宗教的な約束にしたがってあいさつをする 一なにもいわない
一えしゃくする
3.食事の後
一ごちそうさまでした
其の他 一ごちそうさま
_宗教的約束に従ってあいさつをする (
一なにもいわない 一えしゃくだけする
4.外出する時
一いってきます 其の他 一子供酬出する時一しってくっけん ( 一だまって
一いってらっしゃい 1
其の他 一はやくおかえり
一親沸くり出す時_だまっている (
一はい
一いってらっしゃい 其の他
一子供が送り出塒『だまって (
一行動身振りで 5.外出から帰った時
一ただいま
其の他
一子供
p≡llll∵(
一えしゃくで
6,就寝時
一おやすみなさい
一おやすみ 其の他 子供一おさきに @ (
一だ まって 一えしゃくで
)
)
)
)
)
)
)
「おやすみなさい 一おやすみ 親の反応 一だまって 一はい 一えしゃくだけ
7.来客 の 時
一いらっしゃい 一ようこそ 子供さんは
一だまって 一えしゃくする 一いらっしゃい 一ようこそ 親 は
一どうぞ 一えしゃくする
8。客が帰る時
一さようなら 一またおいで 子供さんは
一だまって 一えしゃくする 一一さようなら 親 は 一ごめんください 一えしゃくする 9.訪 問 の 時
一こんにちわ 子供さんは 一だまって 一えしゃく 一こんにちわ 一一ごめんください 親 は
一・おじやまします
10.帰 宅
子供さんは
親 は
しえしゃくする
(訪問先を辞)する時 一さようなら 一だまって しえしゃくする
1一
ィじやましました 一ごめんください 一では,しつれいします一80一
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
其の他
(
)
)
)
)
)
)
)
)
)
○ このような挨拶を意図的に指導し,実行させておられますか。
①何とかいわせている ②そうでもない ③むりおしない ④時々いわせる
○ 食事,就寝時等で,家族的な挨拶,(いのり)が必要と思われますか。
① はい ② いいえ ③ すこしは
○ 幼稚園に行くようになってから,挨拶がかわりましたか ① かわった
②すこしは,かわった ③かわらない。
以 上
皿 結 果の 整理 上記の観察,並びに質問の結果を整理すると次の各表を得る。
第2表
4 才 児 (N一婁ll)
男
女
言 語
A B C D E
14.7%/
//
./13 11,4 / ノ
/9
2賑∴∵//%
2覧/ 6.3///
/ 5
5・Q/
// S %
行 動
◎ △ 絢i×刈其の他
34.0/
/ざ。 /2鷺∵4%
ツ∵㌃ //6,3 /
./ 5
3∵
町5㌦
5 才 児 (N一点)
男
女
1陽/25
/37
4,0 /
/6
∴∵筆∵4%12・
P//15
2雪2%∴∵雪2筆∵4筆∵ツ∵
11・1//
/、3
/4
9.6/2先先
2、 ㌦
第 3表
4 才 児 (N一婁ll)
2 3 4 5 6 7 8 9 10
男
女
讐5∵9先9先9覧6%5覧7臨9%膓
7陶4%∵/%%熟覧6鑑/覧/i9先
5 才 児 (N一黎)
男
女
9鑑6九9陶9㌦9鑑7兆5死㍉8雪9㌦
9、7臨1㌦%1㌦7㌦鷺81㌦㌦㌦
第4a表
用
語
黎
冤
家
庭 蓋
孟
二
二 男
女
男
女
男
女
男
女
朝
お お
鋼禁
下
穿
墓
晦
課
食 事
前
庶
男で
濫 饗 髪 賑 髪
% 塾
/ 窒 死
聾
藷讐
惣 鷺
死慶
力鷲 塞
死
饗挨
讐
妻
手
/ 死 死
㌃
% 庶 物
∠
/ 鑑/
∵ざ/
/
/
/
/ 旛 窺
/
/
/
/
肇
ぞ手
∠
雛
霧
/
/
ジばレf
覧
/
/
∠
/
/
/
/
後
ξ奪
髪
買 劣
/
/
/
/
響
覚
鋤 膓
/
/ 覧 覧 玄 覧
/
/
翫
蕪
//
/
覧
/
/
/1/
//
ド 第4b表
羅
外
出
(行) (帰)
≒
す
≒1
ん て
幾
い 萎
寝
お お か 1か
えな・ 一 りさ え
葦
就 寝
園
児
家
族 才一
4i男阿 児ト臨
孟 男
女
鑑 蹴
毒
孟 男
女
男
女
/ 死 窪
鞠
/ 鳴 到
頭
、
/ 霧
/
覧 覧
い,引て
1醤
い
濡物
//
塩82・6/16/7ユ 認 覧豚可/
臨/
鑑 //
烈 烈
∠
/
/
磐ご院
//
劇 烈
/
/
/
索
引
∠
/ 鷺
/
臨
㌦
鑑
おiお
多
可
/ 残
、
㌦
/ 塞
27.9
町
/
乱
け
董
て
竺蘇/
翔//
カ/
烈烈
//
/
/
//
∠ 霧
/
/
町劇 烈警 蹴
/
実 死
/
/
一82一一
第4c早
い∵
\語
園
児 4 才 児
5 才 児
男
女
男
女
来 客
(来)
り
巳
噴
家 4 才 児
よ
うこ そ
鞠 雪 死
81・2/
男/毛6
女雪
/
/
/
// 死
/
ど
うそ
/
/
/
8弄
え
し や
くす る死 死
/
だ
ま
っ
て鞠
3㌦
/
/
(帰)
族 5 才 児
17馴
_1臨露1三
女聞死3死
さ さ
つな
り
9惣
9死
//㌦
胃/%
ま た
お い で/ 恋 恋
/
/
/
こ
んに ち
わ% 残
%
こ
めく んだ さ い/
/ 匁
/ 覧
7%
失 礼し ま し た
/
/
/
/ 覧
おな
じり やま
まし にた/
/
/
/ 残 物 残
第5表
父 兄 の 関 心
奪ミ\
年 令 別 4 才 児
5 才 児
段
階
男
女
男
女
躾 の 要 心
入 何
と
か
29・5/
/13
2
そ
うも でな い) 11・6//8
3
無 理し な い)
2先 3死
《 時
ε
宗 教
入 は
e
唄 い い 乙
黛 少
し
遷
教 育 効 果
1客 3死
4不
2牝44・9///31
13∵客4%
死闘5㍉
入 念
つ
ち
2先
2究/
2i㌦
Ii聡
21.0 /
//18
2
少 し変 つ た
5蹴一
4惣
三 三 な じ
2先
覧
IV結果の考察と結論
A〕幼稚園における挨拶用語の理解と表現 1)別表2から次の様な結果がみられる。
a)先ず年令差が明らかに認あられるのは,A・(おはようございます)と, E・(無応答)
と行動面では,◎(正しい姿歴で)と××(無反応)の4項目である。即ち年長児の方が,よ
り正しい言葉で,叉より正しい態度で挨拶が出来るようになっている。Eと××の著しい減少 は,このことを更に裏書きするものであろう。
b)性差(5)に関しては,男子よりも女子の方が,言語,行動,何れの場合も年令の増加 に比例して増加が急激に上昇しているのがうかがえる。恐らくは,4才児から5才児にかけ て,性差の意識が比較的に明確化される一時期があるものと考えられるのではなかろうか。
c)注目すべきことは,表現面で,言語の場合,女児は無応答が,急速に減少するにも拘 わらず,行動面での無反応は,反って増加している点であろう。この現象の説明は,この資料 からだけでは,困難であるが,担任教師が女性であることX,何らかの関係があるのではなか
ろうか。
2)次に,理解面については,第3表から次のような結果が得られる。
a) 4才児,5才児を通じて,理解の程度が100%に近いものは,①教師に対する挨拶,
③食前の挨拶,④食後の挨拶,⑤幼稚園から帰る時の挨拶,⑨お客さんが帰る時の挨拶,⑩も のをもらった時の挨拶,である。即ち,「おはようございます。」「いただきます。」「ごちそう さま。」「さよなら。」「ありがとう。」等の言葉は,充分にその意味を理解している。ただ⑨お客 が帰る時の挨拶としての「さようなら」は,挨拶用語というより,幼児が来客による,精神的 な緊張感からの解放の意味とも受けとれる節がある。事実,具体的な場面でのこの言葉は,一 種の喚声とも受けとれることさえしばしばである。
b)②友達との朝の挨拶,⑦途中での友だちとの挨拶は,4才児においては,約半数が 理解しているだけである。教師に対する挨拶や,其の他の挨拶が,殆んど完全に近いのに,友 人間の挨拶が劣るのは,幼児の人間関係が上下の縦の系列が強く,横の人間関係が稀薄である ことを明瞭に物語っている。
c)行動面と比較してみる時,理解が,上述の②と⑦を除いて,殆んど完全に近いのに何 れも,その半数以下である点は,特に注目されねばならない。成人の場合に於いても勿論,知 行合一は,四々望めないことではあるが,挨拶のような対人的行動面においては,一応,程度 の差はあれ,無応答,無反応等は正常人の場合あり得ないが,幼児の実態は結果の表の通 りである。即ち挨拶用語が単なる象徴的機能としての言語でなく,むしろ社会的行動(6)とし ての,代理機能σ)を持つものであることを充分に物語っているものと考えられる。
d)更にまた,⑥教師に途中あった時の挨拶の場合のように,同じ教師に対しても,行動 の場が変ると,理解の点においてさえ,変化がみられる。即ち,言語機能が,夫々の具体的な 場において,異ることを意味するものと考えられる。
B〕 家庭における挨拶用語
第4a, b, c表から次のような結果が得られる。
a) 4才児,5才児を通じて,家庭でも大半が正しい挨拶用語を親が要求し,子供は,これ を理解して,使用していると,一応言えよう。
b)年令差,性差については,幼稚園における場含と殆んど同じような結果になっている
一84一
が,男子の場合,4才児より,5才児の方が,梢々使用の割合が減少しているのは,注目に値 しよう。この現象の説明として,一応,反抗期が考えられるのであるが,余りにも,公式的な 解釈は危険であると考えられる。
この点に関しては,別の視点から観察なり実験を進めて追求することにしなければならない のではなかろうか。
c)長崎という宗教的特殊性を予想したのであるが,必ずしも躾の面にこの点が強調されて いるとは認められない。
d)幼稚園の言語教育に就いては,一応父兄も,認めているものと考えられる。
以上の考察から言語の機能や本質に就いての論議を進める事は勿論余りにも性急に過ぎるの であるが,当初の目的で述べたように,社会的行動としての挨拶用語の幼児における具体的姿 の一端がうかがわれるものと思う。勿論,言語機能が,単に行動の代理機能のみであるとか,
或いは,思想の表現であるとかいうように,単一な機能であることを主張するものではない。
その点言語機能に就いての定説を決して否定するものではないが,幼児における言語生活の一 層の分析的研究,特に社会心理学的立場の研究が必要であることをこの研究から一層強く感じ
させられたので,今後この面からの分析を試みるつもりである。
筆を欄くに当って,この研究に多大の時間と努力を割いて下さった現場の諸先生及び,適切 な指導助言を頂いた教室主任沢英久教授,並びに教室員各位に深播な感謝の意を表します。
参 考 文 献
1.波多野完治: 言語 心理学講座 山中書房 12巻,LV,1953,p,10〜615,
2. Jersild,Arthur, T.= Child Psychology.4th Ed. Newyork;Prentic Hall Co,1954.
3.Gesse11, A, et a1,, The Five Years of Life, Newyork;Harper,1940.
4、Gesse11. A. et a1, The Child From Five To Ten, Newyork;Harper、1946.
5,矢田部達郎: 心理学序説: 創元社,1950,p,316〜323.
6.同 上1950,p,324〜328,
7.同 上1950.p.324〜328.
(昭35.L30受付)