【学位論文審査の要旨】
本論文は河口域における塩水遡上の運動形態(距離や混合型)が,河道の平面形状や河 床地形,潮汐と淡水流量から受ける影響を定量的に評価している.河口域の塩水遡上に関 する従来の研究は,現地観測とそれらのデータを用いた解析的手法や数値計算に基づいて 行われてきた.そして,潮位差が大きいとき(4 m以上)に塩水遡上は強混合型になり,中 程度のときは(2~4 m)緩混合に,小さいときは(2 m未満)弱混合型の塩水くさびにな るとされている.このとき,それぞれの塩水遡上形態は場所に固有の情報-地形,淡水流 量,潮汐,気象条件-などの影響を既に含んだ状態であるため,塩水遡上形態を比較分類 しにくく,前述の分類もかなり曖昧である.
しかし,現地河川を対象とした場合はこれ以上の検討は困難であるため,本研究では三 次元流体シミュレーションを活用した検討を行っている.最初に,新たな格子モデル(Local Mesh Refinement: LMR)を提案し,三次元流体シミュレーションの精度を筑後川河口域 で検証している.次に,このモデルを用いて,単純化したモデル河川において塩水遡上実 験を行い,各種要因が遡上形態におよぼす影響を明らかにしている.そして,塩水遡上の 混合型の分類指標を提案し,これを既往文献で示された現地河川の混合型と比較し,適合 度を評価している.
本論文は5章から構成されている.
第一章は序論であり,前述の背景と研究内容についてまとめている.
第二章は方法であり,三次元流体シミュレーション[Fantom Refined]の内容,計算の検 証のための筑後川河口域の現場情報,モデル河川の内容,データ解析方法について述べて いる.シミュレーションでは水平格子に部分精細化メッシュ(LMR)を用いており,格子
サイズは20 m,40 m,80 mを用いている.塩水遡上を定量評価する指標として,塩水遡
上距離(SIL),塩分界面勾配(SIG),潮汐フラックスと重力フラックス,2 つの比で表さ れる混合指標(Mixing Index: MI)について定義を示している.
第三章はモデルの精度検証であり,Fantom Refinedを筑後川河口域に適用した結果を示 している.水位,塩分,SIL,SIGについて計算値と実測値を比較し,相関係数,誤差二乗 和平方根(RMSE),平均誤差(MAE)の観点から評価した結果,シミュレーションが高精 度に実測値を再現できたことを示している.また,格子サイズと計算精度の関係について 検討し,格子サイズは川幅の1/10以下であることが望ましいことを示している.その理由 として,川幅を10分割以上すれば澪筋の連続性が確保できるためとしている.
第四章はモデル河道における塩水遡上特性に関する検討と,新たに提案する混合指標に よる混合型の分類について述べている.淡水流量の増大は SIL の減少をもたらす.また,
潮位差が増大すると当初は SIL が減少して,混合型が弱混合から緩混合に変化するが,さ らに潮位差が増大すると,SILが増大して強混合型に変化する.地形効果に関して,河床の 粗度が増すとSILは15%減少するが,混合型は変化しない.直線河道に比べてラッパ状河 道(内陸から河口に向かって広がる形)では,上流域における河道容積の減少が SIL と混 合型に顕著な変化をもたらすことを示している.
本研究で提案した混合指標 MIを日本の80河川,世界の26 河川について適用し,文献 に記載された混合型と比較している.その結果,MIで分類された混合型と文献記載が一致 した河川は,日本では80%,世界に関しては90%であった.MIの長所は,塩分分布に関 する実測データを必要とせず,感潮域の長さ,深さ,潮位変動量といった地形・海象デー タのみから塩水遡上の混合型を推定できる点にあり,実用性が高い.
第五章は結論であり,本論文で得られた成果と今後の展望についてまとめている.
以上より,本論文は河口域の塩水遡上形態を対象として,地形・潮汐・流量の影響につ いて三次元数値シミュレーションにより定量的に評価するとともに,混合型の新たな分類 指標を提案したものであり,環境水理学分野における貢献は大きい.よって,本論文は博 士(工学)の学位を授与するに十分な価値を有するもとの認められる.