支 那 近 代 工 業 化 を 続 ぐ る 諸 問 題
横田弘之
O 一二三四 支那近代工業化の獲生遙程
支那近代工業化についての劉蹄的見解
支那近代工業化を規る亀城・資源︒勢働力
支那近代工業化と立塊問題 ■
︑ 支那國土の自然的基礎が︑おのつからその生産様式を特定化し︑現在︑所謂アジア的生産様式なる呼稽をさ
へ敢て受けて居る有様にあるが︑それは支那本來の性格に基く︑主として農業的なるものに向けられて居るこ
とには異論の飴地がない︒而も右の生産様式こそは︑所謂現實的な生産過程︑即ち人間と白然とσ︑その時々
の﹁物質代謝﹂の本質的な要素の全饅たるものであると同時に︑それはまさに,哺定の肚會時代の具龍的な
支那近代工業化を続ぐる賭問題(横田)一Q七
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め誌生産過程に於ける︑物的及び人的生産諸力の統}艦でなければならぬ意味に於て︑吾々は所謂イ﹄ストの高
調する如き︑地理歴史的な綜合性の明確な把握が︑支那についても矢張り重硯せられねばならぬことを畳えて
くる︒
とまれ人聞は︑その地理的自然の影響を︑軍に受動的にのみ受けるのではなく︑寧ろ逆に積極的に人聞は︑
自然の性質を利用し攣革して︑所謂自然の支配並びにその征服をさへ目指して居るものなのである︒とΣに始
めて人間肚會と地理的自然の正しき交互作用が生れ︑その中間項としての︑尊き人間勢働過程を媒介せしめる
こととなる︒從つで地理的自然の良否のみが︑人間肚會の進歩を決する原因ではなくして︑寧ろ人間の自然に
封する反作用だる︑その技術力の爽達こそが決定的要因となるのである︒確かに地中に埋藏せる富源は︑その
ま玉では死物に等しく︑それが技術力により︑嚢掘加工せしめられてこそ始めて肚會進歩の要因となり得る︒
斯くして吾々は︑その焚展的な人間肚會の︑技術的面の一つを捲ふぺき︑所謂工業問題の重要性を認識せざる
を得ないこととなる︒
この様な意義に基いて︑吾々は︑支那國土そのものの中に存する﹁工業﹂を蝕に取り學げて知るならば︑確
かに夫はその歴史性に制約せられつつ︑長い攣韓進歩の諸段階を経過せるものなることを吾女は識るごとが出
來る︒だが特に今︑吾々の封象とすべき所謂支那近代工業化は︑果してそれらの爽展段階に於ける何時の時期
を以て明瞭に劃すべきものであらうかが先づ鼓に重要な問題とならなければならない︒之について吾々は︑世
'
︑ 上に於ける多くの諸読を聞くことが出來る︒即ち︑グルージヤコフは︑﹁支那に於ける手工業は外國入の入國
のゆまで唯一の工業生産檬式であつ距﹂ーと拡べ︑G・クラアクほ︑﹁友那の誕代工業もその他の近代的嚢達と
の同様に︑李鴻章の創意に成るもめであり︑・彼は一八八八年上海に綿布工場を設立し・た﹂ーと読き︑次いでか
ののG・E・ハッパアードは︑﹁支那に於げる近代工業化は日本よりも約二五年邊れて行はれた﹂と前提しつつ︑
りの﹁それら近代工場の嚢達は一八九五年の日清職争の結末に基く︑かの馬關條約以來のことである﹂1と構し
て居る︒尚猫乙のペルニッチュ博士も・﹁支那の新式エ業は一八九四︑五年の日清職役以來開始ざれ劾﹂iと
その高著の中に明瞭に述べて居る如きであるが︑通読としてな︑矢張リハッパアードの述べるが如く︑馬關條
約以來︑所謂外國諸工業の支那開港市侵入創設が認められた時期とするのが︑より愛當なものではあるまいか
と思はれる︒
尤も嚴密な意味に於ける支那の新式工業乃至近代工業は馬關條約を契機とする遙か以前︑既にかの一八四二
の年の鴉片職孚に起り︑その正式開始の時期を以て向治初年となして居るが︑朱だその初期に於ては︑完全な封
建的官膏的な軍需工業として畿展し︑主として北洋大臣李鴻章及び湖廣総督張之洞により︑夫々紡績鴇造紙︑
織布酒棉糸︑廓︑・絹糸布方面に擬張せられつつある情勢にあつ光︒だが一般肚會的基礎俺業に封してほ︑何等
りの饗革を及ぼさす︑從りて支那は絶の相次ぐ近代工場の設立にも不拘︑依然として他面に手工業や家内工業︑
或はヤ勧ユフアクチユア等の分野が廣汎に存し︑いはばそとに近代弐な軍需工業と封蹄的な崎形的現象を示す
支那近代工業化を続ぐる諸問題(横田)︒一〇九
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實情にあつたのであるが︑既述馬關條約を契機として漸次近代工業の一般化に及び︑その情勢も著るしく攣化
せしめられるに到つたのである︒即ち︑伺條約の第六款第一項忙於て︑現今支那の巳に通商港として開ける盧
以外︑更に通商港として沙市︑重慶︑蘇州︑杭州の如きを加へ︑日本臣民の往來居佳し︑商業︑工藝︑製造に
の從事することに便ならしむる規定を記載したのであるが︑之等は既に存してゐた最恵國約款に基いて︑諸外國
もその利釜均需を要求し來たり︑叉工業投資権をも學つて奪取することとなり︑鼓にいはば外來的薪式工業の
驚くべき襲展とその傳播が見られるに到つた課である︒'
以上の前提を基本として吾々は︑斯る支那近代工業化の稜展過程に關し︑その最も代表的な意見とも謂はる
べき︑かのG・E・ハッパアード自身の所読の大要を︑蝕に暫らく縷述し︑以てその批判的な考察を深く進
めてゆくことと致したいのである︒即ち︑彼は先づ支那の近代工業化は全く偶然の出來事であり︑その最初及
びその後の稜達は︑全くその外國貿易に蓮繋依存して居り︑事實上十九世紀に入る迄の支那には︑マニユフア
恥クチユア以外の何物もなかつたと述べて居るが︑而もそれらの近代的製造工場が︑かの馬關條約を契機とし
て先づ日本により︑その開港市及び公開都市に於て建設さるるの権利を獲得されて以來︑所謂最恵國約款の下
ゆにある西敵諸國にも︑自動的にその敷力が獲生したが︑その後それらの影響により︑支郡近代工業は頓に熾烈
化し︑主として紡績業にあつたが︑而も街︑製粉︑油脂︑石鹸︑硝子︑製紙︑燐寸︑姻草︑蝋燭工場等も漸く
ラサむ興起する状態となつて來た︒特に彼がそれら新式工業化上の一般的障害として︑所謂政治的原因を學げ︑直接
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0 の機能を有すべき中央政府の無能力︑各地方通信網の不完備︑地方税に基く物資交流の不圓滑︑全國輩一通貨拗媒介の欠如︑國内工場の二分化即ち外國所有工場と支那所有工場等を列記して居り︑之等の故にこそ忍耐力に
富み︑勤勉且つ手先器用,敏捷性等の長所を有つ支那勢働者も︑その力量を十分嚢揮することが出來す︑いは
ラノヨしばその國家的不統一︑順習︑傳統の弊害を強ぐ指摘して居るのであを︒而して彼は之等の封策として︑先づ外
國の技術力︑援助︑便宜等を得べきことを高調し︑日本の如く外國貿易を奨鋤し︑外國技術力を修得せしめ︑
恥叉は外國技術者を招膀して︑以て啓蒙すべきことを力読してゐる︒だが結局それらの根本問題として,特に支
那そのものの平和と秩序の二要素が望まれ︑更に從來の随脅ともいふべき傳統︑例へば搾取として有名な手数
料制︑面子の問題︑同族登用等の根絶を計り︑而も若しも支那人自身の智力的な攣化の無い限り︑少く共今迄
の永い傳統を破棄し︑以て西欧思想の採取置換とその實践の上に依存せしめ︑特に支那工業の申に西欧的要素粉を揖取すべき問題に蹄せしめて居るのである︒斯くて彼はう支那及び西欧諸國との協調的蓮結を以て︑その有
勒望な進歩手段と考へつつ︑次の如きA・サルタア卿の報告書を引読し︑以て支那工業政策の基本方針となして
居る︒︑
ω十分なる國内市場を確立すべき工業の損張とその積極化︒
②支那が特別の便宜を持つ輸出關税の制限︒
㈹比較的小資本に要求する工業の探揮9,
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◎ 一一二
㈲支那農⁝莱生産物と鑛業資源にりいての工業開嚢︒'
恥樹彼は支那本來の土着滉による︑所翻民族エ葉たるべき農村工業についても深く着目し︑それら農村工業は︑
必すしも大規模都市工業の代替とはならぬが︑或場合に於てその補充をなし︑例へば染色とその仕上げと云つ
た工合に︑都市の製造家によつてなされたるものを︑農村の家内工業勢働者に手渡すといふ過程が︑織物工業
お ユユ等によく見られると読いてゐるのである︒その他近代工業化につき︑勢働力{般の特質を記してゐるが︑之に
ついては後述することにしたい︒そこでハッパアードは︑以上の憩結論として︑第一忙矢張り從來の如く︑支
那及び外國所有の二種的混戴工彙組織の櫃績を主張し︑第二には︑所謂條約開港布及び公開都市制度下に於け
る︑特に外國工業の人爲的稜達を︑支那全般工業の指導的意味に於て高調し︑績いて第三には梢細く︑國全艦
の護達としての一部たる工業のそれを目指し︑特に鐵道の建設︑外國の融資等︑財政及び交通技術力︑その他
外國との諸種の協力問題を取學げ︑更に細目に亙つて次の如き菓項を記して居るのである︒
ω挙和と法律と秩序との確實な保設︒
働特に鐡道に關する支那の信用程度の向上︒
㈹支那焚展計書實現に關し︑協同的に審力すべき各國の夫々の行動につき︑特に太平洋方面に關する列國
相互の忍耐力の必要︒
㈲治外法構問題の撒慶と︑特殊外國権釜に封する支那敵樹行爲の解消︒
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喚 而して若しも之等の諸方針に七て成功的であレ︑實現容易ならば︑支那の経濟的刷新更生も亦必然であり︑
げ
20の近代工業化の前途も亦甚だ有望であると断言して︑彼は強く彼自身の言葉を結んで居るのである︒
(18)(15)(二2)(9)(8)(7)(6》(5)(4)(3),(2)
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グルーシヤコフ原著西尾・四澤共課﹁支那の経濟地理﹂五九頁︒
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南支那及南洋調査第百六十三輯﹁支那最近の工業拉に財政﹂一六頁︒
同書二四頁︒
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以上の述言に基くハッパアードの意見は︑あく迄も支那の近代工業化を以て外來的のものたらしめ︑西欧の
支那近代工業化を続ぐる諸問題(横田)一=二 ﹂
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