『道命阿闍梨集』注釈(二)
著者名(日) 柏木 由夫
雑誌名 大妻女子大学紀要. 文系
巻 44
ページ 25‑47
発行年 2012‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00000135/
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大 妻 女 子 大 学 紀 要
︱ 文 系
︱ 第 四 十 四 号
︑ 平 成 二 十 四( 二
〇 一 二) 年 三 月
道 命 阿 闍 梨 集
注 釈
(
二 )
柏 木 由 夫
さ がの に︑ 花み にま かり て 31 花 すゝ きま ねく はさ がと しり ぬれ どと ゞま るも のは こゝ
(
欠々)
ろな りけ り 校 異
○ と ゝま る もの は
︱と ゝ ま はも の は( 谷)
︑
○
□□ ろ なり け り︱ こゝ ろな りけ り( 書1
・ 書2
・ 谷) 他 文 献 千載 集・ 秋上
・二 六八 詞 書「 法輪 寺 にま うで 侍り ける に︑ 嵯峨 野の 花を 見て よ める」 第三 句「 しり なが ら」
︑続 詞 花集
・ 秋 下・ 二三 二 詞書
「
嵯 峨野 に花 見に まか りて」 第 三句
「
し り なが ら」 現 代 語訳 嵯 峨野 に︑ 花見 に出 掛け て詠 んだ 歌 花 薄が 人を 招く のは 本来 の性 質と はわ かっ てい るが
︑行 き過 ぎる こと が 出来 ず︑ つい そこ に留 まっ てし まう のは
︑心 の本 音な のだ った よ︒ 語 釈
○ さが の︱ 嵯峨 野︒ 山城 国の 歌枕
︒今 の京 都市 右京 区西 部︒ 嵯峨 天皇 の離 宮な ども 作ら れた 貴族 の遊 猟・ 逍遥 の地
︒和 歌で は︑ 女郎 花・ 萩・ 薄 など の秋 草が 詠 まれ
︑「 嵯峨」 に「 性( さが)」
を掛 詞と す る︒ 今 はさ は憂 き世 のさ がの 野辺 をこ そ露 消え はて し跡 と偲 ばめ
(
新 古今 集・ 哀傷
・七 八七
・俊 成女)
○花 み に ま かり て
︱「 ま か る」 は「 行く」「
来」 の 丁 寧語
︒ 道 命 集 で は
︑「 山寺」(
一
〇二
︑一 一六
︑一 八七
︑一 九四) へ の用 例が 多い
︒ 寛平 御時
︑蔵 人所 の男 ども 嵯峨 野に 花見 むと てま かり たり け る時
︑帰 ると てみ な歌 よみ ける つい でに 詠め る 花に 飽か でな に帰 るら む女 郎花 おほ かる 野辺 に寝 なま しも のを
(
古 今集
・秋 上・ 二三 八・ 平定 文)
○花 すゝ きま ねく
︱薄 を擬 人化 し︑ 穂が 風に 揺れ る様 子を
︑人 を招 い て いる とす るの は︑ 古 今集 以 来の 伝統
︒ 秋の 野の 草の 袂か 花薄 穂に 出で て招 く袖 と見 ゆら む
(
古今 集・ 秋上
・二 四三
・棟 梁) さら でだ に心 のと まる 秋の 野に いと ども 招く 花薄 かな
(
後 拾遺 集・ 秋上
・三 二六
・師 賢)
○さ が︱「 さ が」 は
︑身 に つい た性 質
︒く せ
︒こ の歌 で は︑ 地名 の 嵯 峨 に寄 せて 用い た︒ 心と は招 かじ もの を花 薄さ がの の風 のた より なる らん
(
国 基集
・九 七)
○こ ゝろ なり けり
︱底 本本 文を 他本 で補 った
︒自 分の 心の 本音 に初 め て 気付 いた 感慨 を示 す︒ 例は 多い
︒ 身を 捨て て行 きや しに けむ 思ふ より ほか なる もの は心 なり けり 道 命 阿 闍 梨 集 注 釈( 二)
( 古 今集
・雑 下・ 九七 七・ 躬恒) 評 千 載 集 で は
︑ 法輪 寺(
↓一
〇) に行 く 道筋 で 嵯峨 野 の秋 の 花 を 見つ つ 通り 過 ぎる 時 の 詠と し
︑「 新古 典 大系」 の 注で は「 寺に 用 向 きが ある のに 誘惑 につ い気 が引 かれ る」 と説 明す る︒ 道命 集も
「
ま か る」 は謙 譲語 で︑ 法輪 寺に 向か うこ とを 暗示 する とも 解せ るか
︒ 法
輪な りし ころ
︑水 風に にゝ() た りと いふ 題を 32 み づの おも のか ぜに まが ふる 大井 河あ らし の山 のか げや うつ れる 校 異
○ まか ふる
︱ま かふ は( 書)2
・ま かせ は( 谷) 他 文 献 なし
︒ 現 代語 訳 法輪 寺 にい た ころ
︑「 水 風に 似 た り」 と い う題 を 詠ん だ 歌 水 面が 風で 乱れ させ 見え ない 大井 川は
︑風 を起 こす 嵐山 の影 が映 って い るの か︒ 語 釈
○ 法輪
︱
↓一
〇
○ 水 風に に たり と いふ 題
︱ 水似 風
︒ 他に 例 なし
︒「 似」 を用 い る歌 題 には
︑「 池水 似鏡」(
海人 手 古良 集
・九 一)
︑「 花開 似美 人」(
高遠 集・ 一六 六)
︑「 月 似 昼」(
頼 実 集・ 三 八)
︑ な ど があ る
︒「 水 風 似 秋」 が 頼政 集
・一 五八
︑教 長集
・三 一 六︑ 広言 集・ 三 五に あり
︑そ の「 秋」 の脱 落か とも 疑わ れる が︑ 歌中 に「 秋」 を示 唆す る語 がな い︒
○ みづ のお もの かぜ にま がふ る︱ 歌題 の「 水似 風」 を表 す︒「 ま がふ」 は︑ 下二 段活 用の 他動 詞︒
①区 別で きな いほ ど︑ よく 似て いて 見ま ちが える
︑② 入り 乱れ て区 別つ かな くさ せる
︑の 意︒
①の 場合 だと して
︑「 水 面が 風 に似 て い て間 違 える」 と 解 釈す る だけ で は︑ 題 に 合う が実 体が なく
︑言 葉を 歌題 に合 わせ ただ けで
︑そ れを 下句 で無 理に 合理 化さ せた こと に なる
︒② の場 合だ とす ると
︑水 面が 風に よっ
て 波立 ち乱 れて 見分 け難 い大 井川 の様 子と 解し
︑そ れが 風を 視覚 化 し たも のと なっ て︑ 題意 を表 した もの と考 えら れる
︒② で解 する
︒ みよ しの の花 にま がふ る白 雲の はる るは それ もを しき なり けり
(
師光 集・ 八) 亡き 人を 霞め る空 にま がふ るは 道を 隔つ る心 なる べし
(
山家 集・ 七七 一)
○あ らし の山 のか げや うつ れる
︱嵐 山︒
↓一
〇︒ 水面 に嵐 山の 影が 映 り
︑嵐 の風 がそ こに ある かと 考え た︒ 水面 での 風を 視覚 化し た例 と し て︑ 水の 面に 柳の 影の 靡く をば 底に も風 の吹 くか とぞ 見る
(
国基 集・ 八) が ある が︑ 川面 に映 る山 の例 を挙 げる
︒ 大井 川水 に浮 かべ る影 ゆゑ や亀 山の 名も 世に 流れ けむ
(
道 命集
・一 五) 水の 面に 四方 の山 辺も うつ りつ つ鏡 と見 ゆる 池の 上か な
(
頼 実集
・七 四) 評 歌 題が ユニ ーク
︒一 応「 水似 風」 を︑ 水面 が乱 れ︑ かつ 嵐山 が 映っ てい るこ とに 風の 視覚 化が なさ れて 題意 を表 した と考 えた が︑ 誤 写が ある のか もし れな い︒ ある いは 言葉 遊び だけ の和 歌な のか
︒ど ち らの 解に せよ
︑ユ ニー ク︒ 表現 がこ なれ ず︑ 趣向 倒れ の感 があ る︒ 法 輪寺 で 催さ れ た 歌会 に 出さ れ たも の か
︒↓ 二 七 七︒ 夫 木抄 に は︑ 源仲 政 の「 法輪 百首」 を 出典 とす る数 首 が収 め られ てい る( 一〇 六八
︑ 他) ほか
︑承 安二 年( 一一 七二) 秋 に法 輪寺 で歌 合が 行わ れた
(
四 一 四一
︑他) こ とも 見え る︒ 山吹
の花 たば せ給 へる 人に よそ へて
︑人
よみ しに 33 むか しみ しゐ での 山吹 けふ はあ れど すぎ にし はる はな ほを() ぞ こひ し き
校 異
○ 花た はせ
︱花 をう せ( 書2
・ 谷) 他 文 献 なし
︒ 現 代 語訳 山 吹の 花を 下さ った 人に こと よせ て︑ 人々 が歌 を詠 んだ ので 昔 見た まま の井 手の 山吹 が今 日は ある けれ ど︑ あの 方が いら っし ゃっ た 過ぎ 去っ た春 が︑ やは り恋 しく てな りま せん
︒ 語 釈
○ たば せ給 へ る︱「 与 える」 の意 の尊 敬 語「 賜( 給
・食) ぶ」 に︑ 尊 敬の 助動 詞「 す」 と尊 敬の 補助 動詞
「
給 ふ」 を続 け︑ 更に 完了 の助 動詞
「
り」 を 続 けた も の
︒「 下 賜 され た」 との 意
︒ この
「
人」 は か なり 身分 の高 い人 か︒ その 人が かつ て山 吹の 花 を下 賜す るこ とが あっ て︑ 死後 にそ の人 を山 吹に 添え て偲 んで いる とい うこ とに なる
︒山 吹を 人に 送る こと は︑ 二〇
〇に も見 える
︒谷 山本 等の 本文 だと
︑人 が亡 くな って いる こと がは っき りす る︒
○ よそ へて
︱擬 する
︒例 える
︒こ こは
︑今 見て いる 山吹 の花 を︑ かつ て山 吹を 下さ った 人に 縁深 いも のと 見な した
︒ 見 ぬ人 によ そへ て見 つる 梅の 花散 りな ん後 の慰 めぞ なき
(
定 頼集
・四 五五)
○ むか し みし
︱「 たば せ給 へ る人」 と
︑ かつ て 共に 見た
︒
↓二 七三
︑ 二八 一( 詞書)
○ ゐで の 山吹
︱「 井手」 は山 城国 の 歌枕
︒京 都 府綴 喜郡 井 手町
︒ 山吹 の名 所
︒ この 和 歌で は
︑ 実際 に 井 手に い て︑ 詠 ん でい る の か︑「 ゐ での」 を 美し い山 吹へ の枕 詞の よう に用 いた もの かは 定か では ない が︑ 後者 か︒
↓一 八六
︑二
〇〇
︑二
〇一 蛙 鳴く 井手 の山 吹散 りに けり 花の 盛り にあ はま しも のを
(
古 今集
・春 下・ 一二 五・ 読人 不知)
○ けふ はあ れど
︱日 頃と 違っ て︑ 今日 は格 別に もあ って 嬉し いが
︒
○ すぎ に しは るは な ほぞ こ ひし き︱「 す ぎに し春」 は初 句 の昔 に同 じ
︒ 今の 美し い山 吹を 見る こと から
︑そ の人 が山 吹を 下さ った 春を 思い
出 して 恋し さを 訴え た︒ 上句 の︑ 山吹 を目 の前 にす る嬉 しさ と対 照 さ せ て︑ 故 人 を偲 ぶ 気持 ち を強 調 す る︒ 評 に 述 べ る よう に
︑ 花 山 院関 連歌 なら ば︑ 院の 生前 のこ ろ︒ 春の ころ
︑為 頼長 能な どあ ひと もに 歌よ み侍 りけ るに
︑今 日 のこ とを ば忘 るな と言 ひわ たり て後
︑為 頼み まか りて
︑ま た の年 の春
︑長 能が もと につ かは しけ る いか なれ や花 の匂 ひも かは らぬ をす ぎに し春 の恋 しか るら ん
(
後 拾遺 集・ 雑一
・八 九一
・具 平親 王) 評 底 本本 文の
「
た ばせ 給へ る」 が正 しい とす れば
︑和 歌の 下句 に は道 命集 の花 山院 関連 歌に 多い 懐旧 の思 いが 示さ れて おり
︑次 に位 置 する 和歌
(
三 四) も関 連し たも のな ので
︑花 山院 がた だち に想 起さ れ る︒ 院は 寛弘 五年
(
一
〇〇 八) 二月 八日 に崩 じた ので
︑こ の歌 の詠 ま れた のは その 後か
︒ち なみ に 夫木 抄 には 花山 院の 山吹 を詠 んだ 和 歌が 見え る︒ 御集
︑山 吹を もろ こし の人 に見 せば や焼 き金 の黄 金の 色に 咲け る山 吹
(
春 六・ 款冬
・二
〇二 五) しか し︑ 三保 サト 子氏 は︑ 匡 衡集 に「 三 条院 の︑ 東宮 と申 しと き︑ やま ぶ きの 花 を たま は せて
︑ 歌 よめ と お ほせ ら れし か ば」(
七 二) と ある もの に関 連付 けて
︑こ の三 三も
「
あ りし 日の 院を 偲ぶ もの であ る 可能 性 も考 え る」(「 道 命 阿闍 梨 伝 考︱ 晩 年の 軌 跡
︱」 論 考 平安 王 朝 の文 学︱ 一条 朝の 前と 後︱ 稲 賀敬 二編 著 平成 一〇 年一 一月 新 典 社) とし て︑ 道命 の三 条院 関連 歌か とさ れる
︒ 花山
院︑ 歌合 せさ せ給 しに
︑題 あま たたゝ() まは せた りし に︑ 七 夕庚 申に あた りた りし に 34 まち えた るや どや なか らん たな ばた はこ よひ はひ との ねぬ よと か きく 道 命 阿 闍 梨 集 注 釈( 二)