セメント硬化体の溶脱に対する地下水組成の影響
(財)電力中央研究所 正会員 ○蔵重 勲・廣永 道彦 非会員 杉山 大輔
(株)セレス 正会員 関口 陽 日本原燃(株) 正会員 庭瀬 一仁・秋山 隆
1.はじめに
低レベル放射性廃棄物の余裕深度処分施設では,種々の部位にセメ ント系材料(モルタル,コンクリート)が用いられる(図-1)。特に人工バリア として用いられる場合には,放射性核種の安全な閉じ込めを目的に長期 耐久性能が期待され,地下水による溶脱の評価が必要となる。また,そ の他の部位に対しても,ベントナイトの放射性核種閉じ込め性能に悪影 響を及ぼさないよう,セメント系材料からの各種成分の溶出挙動を把握 することが課題となっている(図-2)。
これらに対する検討は,これまでイオン交換水を用いてセメント硬化体 の基本的な溶脱挙動を調べたものがほとんどであった。実際の処分施設 における現象をより合理的に評価するためには,実現象を模擬した実験 系,例えば実際の地下水組成を考慮したデータ取得および解析的評価 手法の構築が必要と考えられる。本研究はより合理的な溶脱評価手法の 構築を目指し,その基礎的知見の整備段階として,地下水組成が溶脱 挙動に及ぼす影響を実験的に検討したものである。
2.実験概要
表-1 に示す使用材料および配合条件にしたがって 20x20x80mm のセ メントペーストおよびモルタル供試体を作製し,50℃のセメント平衡溶液 中で 91 日間養生した。その後,供試体全面をエポキシ樹脂でコーティン グし,端部 10mm を切断して 20x20x70mm の 1 面暴露の浸漬用供試体に 加工した。浸漬用供試体は,表-2 のように仮定した地下水組
成の模擬溶液ならびにイオン交換水中に,供試体暴露面積に 対して 100 倍の容積の溶液が作用する条件で浸漬した。なお,
浸漬試験は大気中の炭酸ガスによる浸漬溶液ならびに供試体 の中性化を避けるため,炭酸ガス除去機能付グローブボックス 内ですべて実施した。また,浸漬溶液は溶脱を促進するため に所定期間で交換し,交換時に抽出された溶液の分析結果よ りセメント硬化体からの溶出成分を調べた。本浸漬試験は最長 3 年間を予定しており,長期浸漬後(26 週,1 年,3 年 後)には供試体の固相分析等を計画している。本報告 では,浸漬試験 13 週間まで(1,5,9,13 週後)の pH 変 化の測定結果を用いて,浸漬溶液種類が OH-の溶出 挙動に与える影響について説明する。
キーワード: 放射性廃棄物処分施設,セメント硬化体,耐久性,溶脱,地下水組成
連絡先: 〒270-1194 千葉県我孫子市我孫子 1646 (財)電力中央研究所 地球工学研究所 バックエンド研究センター TEL (04)7182-1181 FAX (04)7182-2243
図-1 低レベル放射性廃棄物の 余裕深度処分施設概念(検討中)
図-2 溶脱評価の必要性と位置付け
廃 棄 体 廃 棄 体 埋め戻し材 埋め戻し材 ベントナイト系人工バリア ベントナイト系人工バリア 覆工コンクリート
覆工コンクリート 吹付けコンクリート 吹付けコンクリート
地下深度約70~100m 地下深度約70~100m 幅約18m x 高さ約18m 幅約18m x 高さ約18m
セメント系人工バリア セメント系人工バリア
各種イオンを溶存した地下水各種イオンを溶存した地下水
廃 棄 体 廃 棄 体 埋め戻し材 埋め戻し材 ベントナイト系人工バリア ベントナイト系人工バリア 覆工コンクリート
覆工コンクリート 吹付けコンクリート 吹付けコンクリート
地下深度約70~100m 地下深度約70~100m 幅約18m x 高さ約18m 幅約18m x 高さ約18m
セメント系人工バリア セメント系人工バリア
各種イオンを溶存した地下水各種イオンを溶存した地下水
セメント系材料の溶 脱
セメント水和物の溶出 セメント水和物の溶出
組織の多孔化 組織の多孔化
セメント系材料の セメント系材料の 体積変化に起因する 体積変化に起因する ベントナイト膨潤時の ベントナイト膨潤時の
密度低下 密度低下
⇒
⇒膨潤圧低下膨潤圧低下
Caを含んだCaを含んだ 高 高pHpH溶出液による溶出液による
ベントナイトの ベントナイトの CaCa型化及び型化及び スメクタイトの溶解 スメクタイトの溶解
⇒
⇒膨潤性低下膨潤性低下
ベントナイト系 ベントナイト系
人工バリアの 人工バリアの
性 性能能低低下下 透水・拡散
透水・拡散 係数上昇 係数上昇
分配分配 係数低下 係数低下
セメント系 セメント系
人工バリアの 人工バリアの
性 性能能低低下下
透水・拡散 透水・拡散 係数上昇 係数上昇
分配分配 係数低下 係数低下
核種閉じ込め性能の低下 核種閉じ込め性能の低下
表-1 供試体の使用材料と配合
M-M-OrFOrF 0.300.30
FAFA OPCOPCrr
M M--LFLF 0.30
0.30 FA
FA
M M--LL 2.0 2.0 -
- 0.50 0.50 -
L - LPPCC モルタル モルタル
P-P-OrLsOrLs 0.050.05
LSLS
P-P-OrBOrB 0.500.50
BSBS OPCrOPCr
P P--LBLB 0.50
0.50 BS
BS
P P--LFLF -
- 0.30 0.30 0.35 0.35 FA LPC FA LPC セメントセメント ペースト ペースト
供試体 供試体 略 略 号号 砂粉体比 砂粉体比**
S/
S/P(massP(mass)) 置換率
置換率RpRp ((内割内割mass)mass) 水粉体
水粉体**比比 W/
W/P(massP(mass)) 混和材 混和材 種 種 類類 セメント セメント
種 種 類類 供試体 供試体 種 種 類類
M-M-OrFOrF 0.300.30
FAFA OPCOPCrr
M M--LFLF 0.30
0.30 FA
FA
M M--LL 2.0 2.0 -
- 0.50 0.50 -
L - LPPCC モルタル モルタル
P-P-OrLsOrLs 0.050.05
LSLS
P-P-OrBOrB 0.500.50
BSBS OPCrOPCr
P P--LBLB 0.50
0.50 BS
BS
P P--LFLF -
- 0.30 0.30 0.35 0.35 FA LPC FA LPC セメントセメント ペースト ペースト
供試体 供試体 略 略 号号 砂粉体比 砂粉体比**
S/
S/P(massP(mass)) 置換率
置換率RpRp ((内割内割mass)mass) 水粉体
水粉体**比比 W/
W/P(massP(mass)) 混和材 混和材 種 種 類類 セメント セメント
種 種 類類 供試体 供試体 種 種 類類
L
LPPCC::低熱ポルトランドセメント低熱ポルトランドセメント OPC
OPCrr::研究用普通ポルトランドセメント研究用普通ポルトランドセメント
FA:FA:フライアッシュフライアッシュ(II(II種種) ) BS:BS:高炉スラグ微粉末高炉スラグ微粉末
(4000
(4000ブレーンブレーン,,セッコウ無セッコウ無)) LS:LS:石灰石微粉末石灰石微粉末
*粉体*粉体==セメントセメント++混和材混和材
S:S:石灰石砕砂石灰石砕砂
表-2 各種浸漬溶液の組成
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 純水 0
純水((脱気イオン交換水脱気イオン交換水))
400400 600600 17000 17000 320320 11001100 160160 95009500 海水系
海水系地下水模擬溶液地下水模擬溶液
400 400 15 15 70 70 5 5 5 5 5 5 185 淡水系 185
淡水系地下水模擬溶液地下水模擬溶液
HCO HCO33-- SO
SO4422-- Cl Cl-- Mg Mg2+2+
Ca Ca2+2+
K K++ Na Na++
濃 濃 度度 (mg/L)(mg/L) 組
組 成成 溶
溶液液種種類類
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 純水 0
純水((脱気イオン交換水脱気イオン交換水))
400400 600600 17000 17000 320320 11001100 160160 95009500 海水系
海水系地下水模擬溶液地下水模擬溶液
400 400 15 15 70 70 5 5 5 5 5 5 185 淡水系 185
淡水系地下水模擬溶液地下水模擬溶液
HCO HCO33-- SO
SO4422-- Cl Cl-- Mg Mg2+2+
Ca Ca2+2+
K K++ Na Na++
濃 濃 度度 (mg/L)(mg/L) 組
組 成成 溶
溶液液種種類類
土木学会第60回年次学術講演会(平成17年9月)
-455- 5-228
3.実験結果
図-3 は,試験期間 1,5,9,13 週間経過後(溶液交換時)の浸漬溶液の pH 測定結果を,溶液種類別に示したもの である。純水浸漬の場合,浸漬溶液の pH は初期値(pH=7.0)から所定の溶液交換時期までの間に,いずれの供試 体でも 11.0 前後に大きく上昇することが確認された。これに対して,淡水系・海水系地下水模擬溶液への浸漬では,
初期値(それぞれ pH=8.6,7.4)から,どの供試体においても pH がほとんど上昇しないといった結果が得られた。
図-4 は,pH の変化量をもとに供試体からの OH-溶出量を算出し,その累積値を溶液種類別に示したものである。
同図より,淡水系地下水模擬溶液浸漬における OH-の溶出量は,純水浸漬と比較しほぼ 3 桁小さい値となっているこ とが分かる。また,海水系地下水模擬溶液では,pH 変化がごく微小なため pH 測定誤差の影響が相対的に大きくな っているが,OH-の溶出量は純水浸漬と比較して 5 桁程度小さい値を示す結果となった。
本実験で用いた淡水系地下水模擬溶液中には Na+,Cl-および HCO3-が主要成分として含まれており,海水系地 下水模擬溶液中には Na+,Cl-,HCO3-以外にも Ca2+,Mg2+,SO42-などのイオンが主要成分として溶存している。これ らのイオンの中で,HCO3-や Mg2+,SO42-等は供試体表層において細孔溶液成分と反応し,二次鉱物を析出して物理 的な溶出阻害作用として影響を及ぼしている可能性が考えられ,それらを確認するとともにその影響メカニズムを解 明する必要がある。特に今回の実験では,淡水系地下水模擬溶液にも 400mg/L 程度と他イオンに比べ多量に含ま れている HCO3-が,供試体表層において細孔溶液中の Ca2+と反応して CaCO3を析出し,物理的に溶脱を阻害したこ とが推察され,今後の供試体固相分析が期待される。
また,今回は所定期間で浸漬溶液を交換し溶脱を促進するといった条件で試験を実施し,OH-溶出速度の比較を 行っているが,各種溶液浸漬における平衡状態の検証までには至っていない。今後は,溶存イオン種類およびその 濃度がセメント硬化体固相の溶解に与える影響の把握に向けて,各種イオンを溶存した浸漬溶液とセメント硬化体の 溶解平衡関係も整理していく必要があると考えられる。
謝辞
本研究を進めるにあたり,群馬大学 辻教授,八戸工業大学 庄谷教授,東京工業大学 坂井助教授,東北大学 久田 助教授,東京大学 石田助教授より,貴重なご意見,ご助言を頂戴しました。ここに記して深甚の謝意を表します。
図-3 各種溶液浸漬における
pH
測定結果(左から純水,淡水系地下水模擬溶液,海水系地下水模擬溶液浸漬)0 50 100 150 200 250 300 350 400
浸漬試験期間(溶液交換時期,week)
累積OH-溶出量(mg/L)
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF
1 5 9 13
純水
0.00 0.05 0.10 0.15 0.20 0.25 0.30
浸漬試験期間(溶液交換時期,week)
累積OH-溶出量(mg/L)
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF
1 5 9 13
淡水系
-0.001 0.000 0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
浸漬試験期間(溶液交換時期,week)
累積OH-溶出量(mg/L)
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF
1 5 9 13
海水系
6 7 8 9 10 11 12 13 14
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF 供試体種類
浸漬溶液pH
海水系 浸漬溶液初期pH=7.4
6 7 8 9 10 11 12 13 14
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF 供試体種類
浸漬溶液pH
淡水系 浸漬溶液初期pH=8.6
6 7 8 9 10 11 12 13 14
P-LF P-LB P-OrB P-OrLs M-L M-LF M-OrF 供試体種類
浸漬溶液pH
供試体ごとに左側から
試験期間 1,5,9,13週間経過後(溶液交換時)の測定結果
純水 浸漬溶液初期pH=7.0
図-4 各種溶液浸漬における累積
OH
-溶出量の変化(左から純水,淡水系地下水模擬溶液,海水系地下水模擬溶液浸漬)400 0.30 0.006
土木学会第60回年次学術講演会(平成17年9月)
-456- 5-228