はじめに 卵巣表層上皮から発生する悪性腫瘍が卵巣癌 であるが,その発生には排卵が関与している. すなわち,排卵により卵巣表層上皮の一部が破 綻し,その後,破綻した卵巣表層上皮の修復・ 再生過程で遺伝子異常が起こり発癌するものと 考えられている.また排卵現象に伴い卵巣表層 上皮が陥入して,卵巣封入嚢胞(inclusion cyst) が発生するが,間質に深く入り込んだ卵巣表層 上皮は容易にホルモンや化学物質の暴露を受け やすく,遺伝子異常を起こして発癌する過程も 想定されている.最近,経口避妊薬(OC)に よる排卵抑制が卵巣癌の発生を低下させること が報告され〔1〕(表1),これらの発癌過程は 実際存在するものと考えられる.さらに,卵巣 子宮内膜症の合併頻度に関する病理組織学的な 検討〔2−15〕(表2)から,卵巣子宮内膜症が 卵巣明細胞腺癌や卵巣類内膜腺癌の発生母地と なっている可能性が注目され,また最近の遺伝 子解析〔16−19〕から,癌抑制遺伝子の1つで ある PTEN 遺伝子の異常が卵巣類内膜腺癌へ の癌化に関与しているといわれるなど,卵巣子 宮内膜症の癌化がクローズアップされている. そこで,今回は,卵巣子宮内膜症(卵巣チョ 〔ランチョンセミナー1〕
卵巣チョコレート嚢胞の癌化
―その発生メカニズムと鑑別診断―
近畿大学医学部奈良病院産婦人科 小畑孝四郎 表1 経口避妊薬の卵巣癌予防効果 (45 epidemiological studies) 経口避妊薬 内服期間 症例数 (Cases/controls) 相対危険度 (RR and 99%FCI) 内服なし 1年未満 1−4年 5−9年 10−14年 15年以上 14703/51908 1492/6353 2686/11329 1562/7118 655/3765 247/1639 1.00(0.96−1.04) 1.00(0.91−1.10) 0.78(0.73−0.83) 0.64(0.59−0.69) 0.56(0.50−0.62) 0.42(0.36−0.49)Collaborative Group on Epidemiological Studies of Ovar-ian Cancer :
Lancet;371,303−14,2008.
図1 atypical endometriosis
コレート嚢胞)の発癌メカニズムを解説し,さら に,癌化を視野に入れた子宮内膜症の管理の基 本となる卵巣癌との鑑別診断について述べる. ¿ 卵巣子宮内膜症の発癌メカニズム 1.卵巣癌における卵巣子宮内膜症の病理組織学 的合併頻度 卵巣子宮内膜症の診断基準を新たに設定し, 卵巣癌に認められる卵巣子宮内膜症を表3のご とく3つに分類した.子宮内膜類似上皮と子宮 内膜類似間質の両 方 を も つ も の を cystic en-dometriosis,子宮内膜類似上皮のみのものを non-cystic endometriosis,細胞異型,構造異型を 伴 う も の を atypical endometriosis と し た(図 1). さ ら に,non-cystic endometriosis は 腺 管 形 成を示す type1と腺管形成を示さない type2 の2つに細分類した.また atypical endometri-osis は Fukunaga ら〔1 4〕の基準に準じて,hy-perchromasia,N/C 比の増大,cellular crowding, stratification,tufting,crowding of glands の6つ の所見のうち3つ以上認める子宮内膜症と定義 した(表4).卵巣癌に合併する各種卵巣子宮 内膜症の合併頻度を組織型別に検討したとこ ろ,明細胞腺癌や類内膜腺癌でその合併率は高 率であった(表5).従来の卵巣子宮内膜症の 診断基準である cystic endometriosis の合併頻 表2 卵巣癌における卵巣子宮内膜症の合併率 文献 組織型 漿液性腺癌 粘液性腺癌 明細胞腺癌 類内膜腺癌 Scully et al.(1966) Aure et al.(1971) Kurman et al.(1972) Brecia et al.(1989) Crozier et al.(1989) Jenison et al.(1989) DePriest et al.(1992) Vercellini et al.(1993) McMeekin et al.(1995) Cuesta et al.(1996) Goff et al.(1996) Jimbo et al.(1997) Fukunaga et al.(1997) Obata et al.(2004) 0%(0/357) 1.7%(2/118) 12.7%(7/55) 3.6%(8/220) 2.9%(1/34) 8.7%(8/92) 9.5%(6/63) 4.0%(4/100) 0.5%(1/203) 0%(0/63) 6.4%(6/94) 2.9%(1/35) 5.7%(2/35) 1.9%(1/54) 23.7%(14/59) 8.3%(1/12) 37.5%(9/24) 22.0%(13/59) 59.1%(26/44) 21.1%(8/38) 41.2%(7/17) 37.5%(9/24) 40.6%(13/32) 54.0%(27/50) 42.9%(9/21) 23.5%(4/17) 9.4%(20/212) 10.8%(4/37) 9.6%(5/52) 26.0%(11/42) 26.3%(30/114) 30.8%(28/91) 39.1%(9/23) 23.1%(3/13) 41.9%(13/31) 41.9%(13/31) Total 3.5%(36/1039)2.3%(11/484)35.8%(136/380) 21.1%(140/663) 表3 卵巣癌に合併する卵巣子宮内膜症の分類 1.cystic endometriosis 2.non-cystic endometriosis 3.atypical endometriosis ・子宮内膜類似上皮および子宮内膜類似間質を 伴う卵巣子宮内膜症 ・子宮内膜類似上皮のみ 腺管形成のあるもの(type 1) 腺管形成のないもの(type 2) ・細胞異型および構造異型を伴った子宮内膜症 表4 Atypical endometriosis の診断基準 下記の所見を3つ以上認める endometriosis を Atypical endometriosis とする 1. hyperchromasia
2. increased nuclear to cytoplasmic ratio 3. cellular crowding
4. stratification 5. tufting
度は諸家の報告とほぼ一致しているが,non-cystic endometriosis の合併は漿液性腺癌,粘 液性腺癌でも認められ,その合併率は明細胞腺 癌,類内膜腺癌で非常に高率であった.atypical endometriosis は類内膜腺癌,ついで明細胞腺 癌で高率に認められたが,漿液性腺癌や粘液性 腺癌ではほとんど認められなかった. 2.卵巣子宮内膜症から卵巣癌への移行像 Sampson〔20〕,Scott〔21〕らは子宮内膜症 の悪性化の診断基準として,1)子宮内膜症病 変と癌が同一卵巣に存在すること,2)癌がそ の組織から発生し他の部位からの浸潤や転移で はないこと,3)良性の子宮内膜症腺上皮を取 り囲む典型的な子宮内膜症の間質が存在するこ と,4)良性の子宮内膜症が癌と組織学的に連 続していることの4つを挙げている.子宮内膜 症の癌化の所見としてとくに重要と思われる移 行像の有無について検討したところ,卵巣子宮 内膜症から癌への移行像は漿液性腺癌や粘液性 性腺癌ではほとんど認められなかったが,明細 胞腺癌および類内膜腺癌では半数以上に移行像 が認められた.また子宮内膜類似間質をもつ cysic edometriosis を合併し, Sampson, Scott らは子宮内膜症の悪性化の診断基準を満たす症 例はそれぞれ約20%に認められた(表6)こと から,卵巣明細胞腺癌や卵巣類内膜腺癌の多く は卵巣子宮内膜症の癌化により発生するものと 推測された. 3.卵巣癌に合併する卵巣子宮内膜症の発生母地 (正所性子宮内膜由来か卵巣表層上皮由来か) では,卵巣類内膜腺癌や卵巣類内膜腺癌の発 生母地となりうる卵巣子宮内膜症は正所性子宮 内膜由来(移植説)か卵巣表層上皮由来(化生 説)なのであろうか.たとえばホルモンレセプ ター(ER,PR)を豊富にもつ卵巣類内膜腺癌 はホルモンレセプターをもつ正所性子宮内膜由 来であり,ホルモンレセプター(ER,PR)の ほとんどもたない卵巣明細胞腺癌は,ホルモン レセプターのほとんどない卵巣表層上皮由来と 考えると話は簡単である.そこで,中皮のマー カーであるカルレチニン(中皮で陽性)と Ber ―EP4(中皮と扁平上皮以外の上皮で陽性)を 加えて免疫組織化学的に染色し検討した.その 結果,両卵巣癌に合併する卵巣子宮内膜症にカ ルレチニン陽性,Ber―EP4陰性の部分が存在(卵 巣類内膜癌合併子宮内膜症で31.9%,卵巣明細 胞腺癌で31.3%)し,さらに,ER,PR,カル レチニン,Ber―EP4すべて陽性(中皮からミュ ーラー管型上皮への移行部分と考えられる)の 部分も存在する〔15〕ことから,両者に合併す る卵巣子宮内膜症はともに卵巣表層上皮由来の 可能性が高いと考えられる. 4.卵巣癌に合併する卵巣子宮内膜症の差異 エストロゲンレセプター(ER)はミューラ ー管型組織に認められ,正所性子宮内膜組織で 表5 卵巣癌における卵巣子宮内膜症の合併率 漿液性腺癌 粘液性腺癌 明細胞腺癌 類内膜腺癌 cystic endometriosis 4.0% (4/100) 1.9% (1/54) 42.9% (9/21) 41.9% (13/31) non-cystic endometriosis 20.0% (20/100) 11.1% (6/54) 76.2% (16/21) 74.2% (23/31) atypical endometriosis 0.0% (0/100) 1.9% (1/54) 38.1% (8/21) 54.8% (17/31) (小畑孝四郎.日本産科婦人科学会雑誌 2003) 表6 卵巣癌における卵巣子宮内膜症からの移行像 (cystic endometriosis 合併+移行像症例) 漿液性腺癌 粘液性腺癌 明細胞腺癌 類内膜腺癌 1.0% (1/100) 0.0% (0/54) 23.8% (5/21) 22.6% (7/31) (小畑孝四郎.日本産科婦人科学会雑誌 2003)
は内膜腺上皮および間質細胞に発現する.卵巣 癌に合併する cystic endometriosis ではチョコ レート嚢胞と同様,子宮内膜類似上皮には ER の発現はほとんど認められない.しかし,non-cystic endometriosis(type1)では正所性子宮 内膜と同様,子宮内膜類似上皮に ER の発現が 認められる.卵巣類内膜腺癌に合併する non− cyctic endometriosis type 2およびatypical en-dometriosis では ER の発現が認められるが, 卵 巣 明 細 胞 腺 癌 に 合 併 す る non−cyctic en-dometriosis type 2お よ び atypical endometri-osis での ER の発現は,ほとんど認められなか った〔15〕. また PR の発現は ER と同様に,卵巣類内膜 腺癌に合併する non-cystic endometriosis(type 2)および atypical endometriosis でその 発 現 が認められるが,卵巣明細胞腺癌に合併する non−cyctic endometriosis type 2お よ び atypi-cal endometriosis での PR の発現は,ほとんど 認められなかった〔15〕. 以上の結果から卵巣表層上皮の化生によって 発生した卵巣子宮内膜のなかで中皮の性格を保 った卵巣子宮内膜症から卵巣明細胞腺癌が,ま たミューラー管型上皮に化生した卵巣子宮内膜 症から卵巣類内膜腺癌が発生するものと考えら れる. 5.卵巣類内膜腺癌および卵巣子宮内膜症におけ る遺伝子解析(PTEN) 10番染色体に存在する癌抑制遺伝子である PTEN 遺伝子の異常が卵巣類内膜腺癌で高率に 認められ〔16,18〕,さらに,卵巣類内膜腺癌に 合併する atypical endometriosis の40%に10q23 LOH が認められる〔17〕ことから,卵巣類内 膜腺癌の発生に PTEN 遺伝子が深く関与して いるものと思われる.また卵巣チョコレート嚢 胞 の56.5%に10q23LOH が,ま た20.6%に mu-tation が認められる〔18〕ことから,卵巣チョ コレート嚢胞は遺伝子学的にも卵巣類内膜腺癌 の発生母地となりうることが示された.
PTEN 遺 伝 子 の 産 物 で あ る PTEN protein は,Akt 活性を抑制することにより apotosis を 誘導して発癌に関与している.PTEN protein 陽性症例からは PTEN 遺伝子の異常はほとん ど検出されない(卵巣類内膜腺癌)が,PTEN protein 陰性症例からは PTEN 遺伝子の異常は 高率に検出される(卵巣類内膜腺癌).PTEN 蛋白を免疫染色し,卵巣類内膜腺癌の卵巣子宮 内膜症との移行部でその染色状態を検討する と,ovarian endometriosis では強く染色される が,atypical endometriosis で の 染 色 状 態 は 減 弱し,癌ではさらに減弱する(表7). 最近,マウスモデルで K-ras 遺伝子を活性化 することで,卵巣表層上皮から子宮内膜症が出 現し,さらに PTEN 遺伝子を不活化させると, 卵巣子宮内膜症に卵巣類内膜腺癌が発生するこ とが確認された〔18〕. しかしながら,ヒトにおける子宮内膜症組織 からは K-ras 遺伝子の異常は報告されておらず 〔22−24〕,ヒトにおける卵巣子宮内膜症の発生 および卵巣子宮内膜症からの癌化には K-ras 遺 伝子の関与は疑問である.そこで,卵巣類内膜 腺癌に合併する卵巣子宮内膜症,異型子宮内膜 症 お よ び 癌 組 織 か ら DNA を 抽 出 し て K-ras mutation の解析を行った.その 結 果,ど の 組 織からも K-ras mutation は検出されず〔25〕, ヒトにおいては卵巣子宮内膜症の発生や癌化に は K-ras 遺伝子の関与はほとんどないと考えら れる. 6.卵巣明細胞腺癌および卵巣子宮内膜症におけ る遺伝子解析(HER2) ヒト癌遺伝子 HER2/neu(c―erbB―2)の遺 伝子産物である HER2蛋白は,ヒト上皮増殖 因子受容体ファミリーに属する増殖因子受容体 であり,その細胞質側にチロシンキナーゼ活性 表7 卵巣類内膜腺癌に合併する卵巣子宮内膜症の PTEN protein 染色陽性率 病巣部位 染色陽性率 卵巣子宮内膜症 異型子宮内膜症 類内膜腺癌 81.5%(22/27) 53.3% (8/15) 17.4% (4/23) (小畑孝四郎.日本産科婦人科学会雑誌 2003;55:890 −902)
領域を有する分子量約185kDa の膜貫通型蛋白 質である.乳癌細胞において HER2が高発現 しているものには ER,PR 発現がみられない か低下しているものが多い〔26〕.乳癌におけ る HER2判定基準(免疫組織化学染色)を表 8に示す.スコアー2+,3+を over-expres-sion としハーセプチン治療の対象となる.た だし,スコアー2+は FISH による遺伝子増幅 が確認された症例が治療の対象とされている. 卵巣チョコレート嚢胞の上皮には ER,PR の発現がないか減弱していることが多い〔27〕. 卵巣チョコレート嚢胞における HER2蛋白の 発現を検討してみると,卵巣チョコレート嚢胞 の上皮および間質の一部にその発現が認めら れ,上皮細胞におけ る over-expression は30% (3/10)にみられた(表9). 表9 卵巣子宮内膜症における ER,PR,HER2発現 症例 ER PR HER2 上皮 間質 上皮 間質 上皮 間質 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 2+ 2+ − 1+ 1+ 1+ 2+ 1+ 1+ 2+ 2+ 2+ 1+ 1+ 2+ 2+ 2+ 2+ 2+ 2+ 2+ 1+ − − − − 1+ 1+ 1+ 1+ 2+ 2+ 2+ 1+ 1+ 2+ 2+ 2+ 2+ 2+ +2 +1 0 +1 +2 +1 +2 +1 0 +1 + + + + + + − + + + 陽性率 40% 80% 10% 80% 80% 90%
(Obata K et al.10th World Congress on Endometriosis 2008. Melbourne, Australia)
表10 HER―2 Over-expression in Clinical Speci-mens(Immunohistochemistry)
Histological type Over-expression(%)
Clear cell adenocarcinoma Serous adenocarcinoma Endometrioid adenocarcinoma Mucinous adenocarcinoma 15/35(42.9)* 11/53(20.8) 3/13(23.1) 3/10(30.0) * P=0.026 vs. serous adenocarcinoma
(Fujimura M et al. Jpn J Cancer Res 2002;93:1250− 1257)
表11 卵巣明細胞腺癌に合併する卵巣子宮内膜症に おける HER2 Over-expression
Histological type Over-expression(%)
Ovarian endometriosis Atypical endometriosis Clear cell adenocarcinoma
0/8 (0.0) 3/9(33.3) 9/13(69.2) 表8 HER2判定基準(乳癌) スコア 染色パターン 0 細胞膜に陽性染色なし,もしくは細胞膜の陽性染色がある腫瘍細 胞が10%未満 1+ ほとんど識別できないほど,かすかな細胞膜の染色がある腫瘍細 胞が10%以上.腫瘍細胞は細胞膜のみが部分的に染色 2+ 弱∼中等度の完全な細胞膜の陽性染色がある細胞が10%以上 3+ 強い完全な細胞膜の陽性染色がある細胞が10%以上
*p<0.01 * * * * 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 陽性率 Calretinin Ber―EP4 ER PR Bcl―2 抗体 0 30.8 68.2 92.3 77.3 34.6 86.4 34.6 90.9 23.1 Inclusion Cyst 卵巣子宮内膜症性嚢胞 卵巣癌における HER2蛋白の発現は卵巣明 細胞腺癌に多く〔28〕(表10),その発生に HER 2が関与しているかもしれない.そこで,卵巣 明細胞腺癌に合併する卵巣子宮内膜症におけ る,HER2蛋白の発現状態を検討したところ, 卵巣子宮内膜症,卵巣異型子宮内膜症,明細胞 腺癌の順にその発現頻度は高くなった(表11). これらの結果から,卵巣子宮内膜症から卵巣 明細胞腺癌の発癌過程に HER2蛋白の関与が 示唆されるとともに,卵巣チョコレート嚢胞は 卵巣明細胞腺癌の発生母地として最適な状態と 考えられた. 7.卵巣チョコレート嚢胞の発生と発癌 卵巣チョコレート嚢胞の発生機序として移植 説および化生説が有力であるが,その進展様式 として,A癒着部分から広がる,B封入嚢胞の 化生から広がる,C卵胞の生理的破裂部分から 広がるなどの諸説〔29〕がいわれているがいま だ明らかではない.卵巣チョコレート嚢胞の上 皮には ER,PR の発現が減弱していることや 中皮のマーカーであるカルレチニンの発現がチ ョコレート嚢胞周辺に存在する non-cystic en-dometriosis type 1やチョコレート嚢胞の上皮 の一部に認められることから,卵巣チョコレー ト嚢胞も卵巣表層上皮の化生により発生してい る可能性が高いと考えられる.さらに,卵巣チ 図2 卵巣封入嚢胞および卵巣チョコレート嚢胞における免疫組織化学 染色 (小池英爾,小畑孝四郎ほか.近畿大医誌 2008;33¸:57−61) 図3 卵巣チョコレート嚢胞の発生仮説 A卵巣表層上皮の陥入と化生 図4 卵巣チョコレート嚢胞の発生仮説 B子宮内膜類似上皮への化生
ョコレート嚢胞の上皮と封入嚢胞の上皮の ER, PR,Ber―EP4,カルレチニンの発現状態を比 較してみると,卵巣チョコレート嚢胞の上皮は 中皮の性格を,また封入嚢胞の上皮はミューラ ー管型上皮の性格を強くもつ〔30〕(図2)こ とから卵巣チョコレート嚢胞の発生過程で封入 嚢胞を介さない可能性が高いと考えられる.こ れらの所見から卵巣チョコレート嚢胞の発生機 序を次のような段階を踏むと考えられた.すな わち,新たな卵巣チョコレート嚢胞の発生仮説 は,A卵巣表層上皮の陥入と化生(図3),B 子 宮 内 膜 類 似 上 皮 へ の 化 生(non-cystic en-dometriosis type1の 形 成)(図4),C子 宮 内 膜類似間質の誘導(cystic endometriosis の形 成)(図5),D間質の消退出血様反応と上皮の 剥脱(図6)が起こり,この反応が繰り返され ると上皮細胞のほとんど認めないわれわれが通 常組織でよくみる典型的なチョコレート嚢胞が 形成される.欠損した上皮細胞は修復・再生す 表12 年齢別に見た卵巣チョコレート嚢胞の卵巣癌 合併率 年齢 チョコレート嚢腫 卵巣癌合併数 合併率 (%) 20歳未満 20歳代 30歳代 40歳代 50歳代 60歳代 70歳以上 46 1908 3450 2362 415 55 27 0 11 45 97 91 27 11 0.00 0.58 1.30 4.11 21.93 49.09 40.74 合計 8263 282 3.41 (日産婦生殖・内分泌委員会;エンドメトリオーシス研究 会会員を対象としたアンケート調査による) 図5 卵巣チョコレート嚢胞の発生仮説 C子宮内膜類似間質の誘導 (cystic endometriosis の形成) 図6 卵巣チョコレート嚢胞の発生仮説 D間質の消退出血様反応と上皮の剥脱
5.0% 10.0% 15.0% 20.0% 25.0% 頻度 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 14.0% 16.0% 18.0% 20.0% 卵巣癌合併率 卵巣チョコレート嚢胞の大きさ 卵巣癌合併率 0.0% 1Ú 2Ú 3Ú 4Ú 5Ú 6Ú 7Ú 8Ú 9Ú 10Ú 11Ú 12Ú 13Ú 14Ú 15 Ú 以上 チョコレート嚢胞の長径 0.0% 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 以上 チョコレート嚢胞の長径(cm) 頻 度 卵 巣 癌 合 併 率 る過程で遺伝子異常を起こし,発癌すると推測 される.また最近,経口避妊薬で卵巣チョコレ ート嚢腫の縮小効果〔31−34〕や維持・再発遅 延効果〔35−38〕が報告されており,これらの 事実は経口避妊薬で卵巣チョコレート嚢胞での 消退出血様反応が抑制されている可能性を示唆 するものと思われる.もし,これらの過程が正 しければ卵巣チョコレート嚢胞からの発癌を経 口避妊薬が抑制するかもしれない.Modugno ら〔39〕は経口避妊薬の卵巣癌予防効果は子宮 内膜症を合併しているほうが合併していない症 例に比べ強いと報告しており,この仮説を支持 するものと考えられる. À 卵巣チョコレート嚢胞と卵巣癌の鑑別診断 卵巣チョコレート嚢胞と卵巣癌の鑑別診断は 治療を選択するうえで非常に重要である.鑑別 診断で重要なポイントは,A年齢,B卵巣嚢胞 の長径,C腫瘍マーカー,D画像診断(超音波 検査,MRI)である. 年齢別にみた卵巣チョコレート嚢胞の卵巣癌 合併率を表12に示す.20歳未満では卵巣癌の合 併はなく,年齢が上昇するにしたがってその合 併頻度は上昇し,とくに40歳以上で高率となり 50歳以上では非常に高率となる〔40〕. 卵巣チョコレート嚢胞の大きさの分布と日産 婦生殖内分泌委員会でのアンケート調査から推 測した卵巣チョコレート嚢胞の大きさと卵巣癌 の合併率を図7に示す.卵巣チョコレート嚢胞 の大部分はその長径が10cm 以下である.卵巣 チョコレート嚢胞と卵巣癌が同側に合併してい る症例は,嚢胞の長径が4cm 未満では卵巣癌 との合併は全くないが,嚢胞の長径が10cm を 超えると卵巣癌の合併は急増する〔41〕. 卵巣チョコレート嚢胞での腫瘍マーカーの陽 性率は CA125 42.6%,CA19―9 30.4%,STN 11.1%で,陽性症例の平均値は CA125 219.8
U/ml,CA19―9 123.6U/ml,STN 70.1U/ ml であった.最高値は CA125 9513U/ml,CA 19―9 1256U/ml,STN 149.8U/ml であり, 鑑別診断は不可能と思われる〔42〕.また Mal-kasian ら〔43〕は CA125の Cut-off 値 を65U/ml とした場合の良性疾患と卵巣癌との鑑別診断の 感度と特異度はそれぞれ89∼92%,75∼83%と 報 告 し,ま た 島 田 ら〔44〕は CA125の Cut-off 値を95U/ml とした場合のチョコレート嚢胞と 卵巣癌との鑑別診断の感度と特異度はそれぞれ 60.0%,78.9%と報告しており,腫瘍マーカー のみでの鑑別診断には限界がある.
島田ら〔44〕は CA125値の Cut-off 値を95U/
表13 卵巣チョコレート嚢胞の卵巣癌合併率 (同側性) 大きさ(長径) 20歳代 30歳代 全年齢 10cm 以上 9cm 8cm 7cm 6cm 5cm 4cm 1.07% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.48% 0.69% 0.40% 0.57% 0.22% 0.19% 0.00% 1.08% 10.10% 2.25% 1.65% 0.97% 0.90% 0.48% 0.99% (小畑孝四郎ほか,産婦人科の実際 2007;56Á:1485− 1493) 図7 大きさ別にみた卵巣チョコレート嚢胞の卵巣癌合併率 (卵巣癌の合併が同側の症例) (小畑孝四郎ほか.日本臨床 2004;62:615−622)
ml,腫瘍の長径 の Cut-off 値 を7cm に し た 場 合のチョコレート嚢胞と卵巣癌との鑑別診断の 陽性的中率は81.5%,陰性的中率は87.3%と報 告しており,2つのパラメーターである程度の 鑑別診断は可能のようであるが,まだまだ限界 がある. 嚢胞の長径が10cm 未満の場合,画像診断で 充実部分が認められなかったときの良性腫瘍の 頻度は全年齢で99.4%,40歳未満で99.7%であ り〔42〕,画像診断で充実性部分がなく,嚢胞 の長径が10cm 未満であればぼぼ良性と診断で きるが,問題は凝血塊を伴う卵巣チョコレート 嚢胞と卵巣癌との鑑別診断である. チョコレート嚢胞の画像診断における充実性 部 分 の 出 現 頻 度 は 超 音 波 断 層 法26.4%,CT 17.7%,MRI7.5%で,その頻度がもっとも高 いのは超音波検査であり,超音波検査における 充実性エコー像を伴う卵巣腫瘍について充実性 エコー内の血流の有無を検討した.超音波カラ ードップラー法にて嚢胞内の充実性エコー内に 血流が認められれば,約80%が境界悪性あるい は悪性腫瘍であった.また充実性エコー内に血 流が認められなくても,約20%が境界悪性ある いは悪性腫瘍であり,注意が必要である.とく に妊孕能が問題となる40歳未満で,比較的卵巣 癌の合併のリスクが少ない嚢胞の長径10cm 未 満の症例で検討すると,超音波カラードップラ ー法にて嚢胞内の充実性エコー内に血流が認め られれば約80%が悪性腫瘍であるが,充実性エ コー内に血流が認めらない場合でも,約5%に 境界悪性腫瘍が認められた〔45〕. 妊孕能の温存がとくに問題となる20歳代,30 歳代における卵巣チョコレート嚢胞の卵巣癌合 併率を示す(表13).20歳代で嚢胞の長径が10cm 以下ではほとんど卵巣癌の合併はない.しかし ながら,最近,24歳で嚢胞の長径が4cm のチ ョコレート嚢胞と術前診断した境界悪性腫瘍の 1例[CA125:27.6U/ml,超 音 波 検 査:充 実 性エコー像(+),血流(−)]〔46〕をはじめ, 30歳で発見された卵巣子宮内膜症合併卵巣明細 胞 腺 癌 の1例[CA125:13.9U/ml,超 音 波 検 査:長径5.5cm,充実性エコー像(+),血流 (+)]や29歳で発見された卵巣子宮内膜症合併 卵巣 類 内 膜 腺 癌 の1例[CA125:26.7U/ml, 超 音 波 検 査:長 径49.5mm,充 実 性 エ コ ー 像 (+),血流(−)]を経験(本誌他稿参照)し ており,30歳以下であっても充実性エコー像を 認める症例は慎重な診断が必要である. 鑑別診断のまとめ 1.年齢40歳以上,嚢胞の長径が10cm 以上で チョコレート嚢胞の卵巣癌合併率は急増す る. 2.CA125のみでは鑑別診断は困難である. 3.CA125値が95U/ml 以上で腫瘍の長径が7 cm 以上の場合81.5%が悪性である. 4.嚢胞の長径が10cm 未満の場合,画像診断 で充実部分が認められなければ,ほぼ良性 で あ る(全 年 齢;99.4%,40歳 未 満; 99.7%). 5.年齢が40歳未満で嚢胞の長径が10cm 未満 の場合で,充実性エコーで血流が認められ れば,83.3%が悪性であるが,血流が認め られない場合でも約5%に境界悪性腫瘍が 含まれる. 6.30歳以下で嚢胞の長径が10cm 未満でも充 実性エコー像を認める場合には悪性を疑っ て慎重に診断すべきである. 文 献
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