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伊藤, 不二男

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

グロディウス『ジユウカイロン』ト『ホカクホウロ ン』ダイ12ショウトノヒカク : コクサイホウガクセ ツシノケンキュウ

伊藤, 不二男

九州大学法学部教授

https://doi.org/10.15017/1610

出版情報:法政研究. 36 (2/6), pp.327-349, 1970-12-20. 九州大学法政学会 バージョン:

権利関係:

(2)

グロティウスの﹃自由海論﹄と

﹃捕獲法論﹄第一二章との比較

1国際法学説史の研究一

伊藤不二男

   グロティウス=⊆σQoO3酔ごω噂左Q︒ω1日①斜㎝●の﹃自由海南﹄ζ霞①=び臼口§りH①OPは︑かれの﹃捕獲法論﹄Uo言・

  お喝鑓09ρ︵H①O戯lHOO㎝.︶鴇目◎︒①Q︒●の第一二章に修正をほどこし︑それをまとまった独立の著書に作りかえて︵一六      ハユ   〇九年にはじめは匿名で︶公刊されたものである︒このことは︑今日では周知のことといってもよい︒

   しかしそのことがはじめて世にしられたのは︑一八六四年である︒つまり︑ ﹃捕獲法論﹄は一六〇四年の秋から一

  六〇五年夏春の間に書かれたものと推定されるが︑しかしそれはグロティウスによって公刊されることなく︑原稿の

  まま残された︒その原稿は一八六四年にグロティゥスの後結であるコルネッツ・デ・フロートOo諺①諾自①080け家

  において発見され︑同家の依頼によってオランダの書店ナイホフ楽士二2ωZごぎ駿により競売にふされた︒が︑そ

  のときにはじめて︑その﹃捕獲法論﹄の著作の第一二章が有名な﹃自由海霧﹄のもとであることがしられたわけであ

  ︵2︶  る︒それまでは︑その﹃自由無論﹄はグロティウスによってはじめから独立の著書として書かれたものとぽかり一般

36 (2−6 ●327) 465

(3)

論説

に信じられていた︑ ︵その﹃捕獲法論﹄の原稿は︑結局はライデン大学の落札するところとなり︑同大学のフィヅセ

リソグ教授℃﹁Oh・ω一§o雷≦ωω⑦﹁ぎσqとフライン教授勺ha.閑○ぴΦ簿閏﹃¢ぎがそれを検討したうえ︑古典学者ハマケル

博士Uづ団.O●国餌§鋳Φ﹁によって編纂され︑一八六八年にはじめて公刊された︒これが︑今日あるグロティウスの      ヨ ﹃捕獲法論﹄の唯一の版といってもよい︒︶

 ところで︑グロティウスが﹃捕獲法論﹄の第一二章をもとにして﹃自由藩論﹄を著作しようとおもいたったのは︑

一六〇八年の一一月ということであるが︑それはつぎの事情によるものといわれる︒

 すなわち︑オランダのスペインに対する独立戦争を終結させるために︑一六〇七年から両国間に休戦または平和の

交渉がはじめられていた︒が︑その交渉において︑スペインはオランダの独立を承認することにしたけれども︑別に

インドとの通商については︑当時スペインと密接な関係にあったポルトガルの立場を支持して︑オランダがその通商

に参加することをあくまでも拒否しようとして譲らなかった︒そのために交渉は一六〇八年には挫折するかにみえた

ほどである︒が︑このときにナランダの東インド会社は︑その点でオランダがスペインに譲歩することをおそれて︑

インドとの通商の重要性を強調し︑このことを国内の世論に訴えるためにあらゆる努力をつくした︒グロティゥスが       へ4︶﹃自由海論﹄の刊行を決意したのも︑つまりはこうした動きにうながされてのことである︒

 けれども︑とにかくそのように﹃捕獲法論﹄の第一二章が﹃自由海論﹄のもとであるとすれば︑その﹃捕獲法論﹄

第一二章がどのように書きあらためられて﹃自由藩論﹄となったのかをしることは︑ ﹃自由海南﹄の成立を研究する

ために必要なばかりでなく︑その内容を正確に理解するためにも重要である︒そのゆえに︑私はここにその二つの著

作の本交を比較検討して︑e﹃捕獲法論﹄第一二章のいかなる箇所が﹃自由通論﹄においてはどのように修正された

か︑⇔その修正によって論旨になにか変化がみられることになったか︑もしみられるとすれば︑それはいかなる変化

36(2−6●328)466,

(4)

グロティウスのr自由二一』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

であるかをたしかめてみたいとおもう︒ ︵これまでグロティゥスの﹃自由叢論﹄と﹃捕獲法論﹄第=一章との関係を

考察したものとして︑ファン・アイジンガの論文く碧国望ωぎσqPO器5二①ωoげの①コ彗一〇器窒ωε簿α⊆竃碧①=ぴ①凄§

①仲α⊆U①凶霞︒官器ユ9①自①O噌〇二者℃Oδ仲冨轟閑iHり自一H㊤お噛戸曾一堂・がある︒ 私もこの論文から有益な示唆

をうけた︒︶       ︵5︶ 原典としては︑ ﹃自由海論﹄については一六〇九年の初版︵匿名︶を︑また﹃捕獲法論﹄については前記のハマケ      ︵6︶ル博士の編纂した一八六八年の版を用いる︒

︵−︶ ﹃自由海論﹄の初版︵一六〇九年︶は匿名である︒グロティウスの名がはじめてしるされたのは︑第二版︵一六一八年︶

  である︒しかしそれよりもまえに︑一六一四年に三つのオランダ語の訳書がつくられた︒が︑そのなかの一つに︑すでにグ

  ロティウスの名がしるされている︒ ↓o︻ζ〇三〇コこ碧︒び9U帯目ヨ諺ρ℃●9一ご田三ざひq門︒︒娼三〇像︒の9ユδ一皇宮7

  目σ¢αロ=鐸oQoO﹃〇ニロωL雷O.娼.N一9b︒一㌍卜︒嵩Ib︒H︒︒●参照︒

︵2︶グロティゥスが﹃捕獲法論﹄を書いた時期およびその原稿が発見され競売されたときのことについて︑津巳P幻︒げ︒﹁ゴ

  b昌鐸昌聞鎧げ一δず︒畠≦o降oh=嵩oqoO8江二の.ρb6ま凱︒爵oo街く房ω〇二9︒瓢9︒噛↓oヨ.<℃一〇N9℃●望︒︒Ol蒔O参照︒

︵3︶正確にいうと︑この一八六八年版のほかに︑一八六九年版がある︒この版はオランダのナイホフ書店とフランスのトラン

   ︵国﹃5r①ψけ 直りずO﹁凶口︶書店とが共同で出版したもので︑表紙の題名だけがフランス語でピ①島︒搾αo℃ユの︒︵U①一口0  67        冒器口器︶噂9︒﹃串03二諺⑦ロユ曾03①9冒①α搾↓①韓︒ピ四江P 弓βげ=ひbog山南①日凶曾oho凶︒ゆ◎.昌呂︒陰冨    の  §霧︒・ぎ・ξ巷冨9・乙9出§蚕と書かれているが・本文竺八六八年版と全く里である︒目・・蚕喜.覗

  卑一︶冨門ヨ欝ωρ切一三ざαq叫自筆〇傷︒国ロひqoO8¢口ω︵oや︒卿r︶Ψω艮一ωOα・参照︒      6       ﹇︵4︶宰巳Po娼・9〜℃・軽一i心b︒・参照︒ここにのべた理由については︑グロティウスもみず.から︑かれの﹃自由海論﹄に対する       ω  ウェルウッドの反論︵類①一≦oP類一一一冨βO囲芸OOoヨヨ¢塗屋︒①5α℃8℃ユ︒江OOh誓㊦ω09︒︐・ぎO冨箕①H××<目       36  0歴︾昌﹀ぴ二画oq︒ヨ︒三〇h面一ω①㌣冨零$δ一ω・︶に対して答えた小論U①h①霧δ∩嶺︒℃三︒・ρ鶴ぎ臨竃潜ユピ等二︒℃b〒

(5)

百冊

  ゆq言臨麟〇三一一︒冒︒妻子≦&o のなかでのべている︒ この小論も未刊のまま残されたが︑ ﹃捕獲法論﹄の原稿とともに

   一八六四年に発見され︑ζ縄一一震司薄QoΩ︒§¢Φ♂蜜碧oo冨ロの信β切ご費9αqo8梓畠︒σq①の〇三①畠§δ轟昌畠︒ユ毒一潔①搾く9︒昌

  国コσq冨譜傷①瓢20匹①増訂ロ傷貯傷oNo<⑦寮費ロ畠①①o置ミ・︾導︒D紳①﹃α帥ヨ一︒︒刈舘℃・ωω一一ω①ご蛍﹄冨αQ①O・のなかに発表され

   ている︒なお寓三♪℃oωδ自首曾︵蕊刈切ybごま嵩︒爵Φ8≦︒・ωΦユ潜昌P↓oヨ・<L鴇9℃︒鳶一起・は︑ グロティゥスが

   ﹃自由海論﹄の出版を決心したのは︑東インド会社の要請に応じたためであることを認めている︒

︵5︶すなわち寂︒︒お自び︒暑ヨωオΦα①加護①ρ︿σ傷切乾二︒詮の8ヨ冒9亀山寄寄8器8日ヨ①旨冨象霧︒耳9︒ユ︒●ド自騎住雷三

   ゆ暮碧︒昌P胸×o駿6ぎ弔い⊆創︒乱9田No≦&・︾謬50竃・UH・一×・ ︹一①8︺・である︒ ﹃自由海論﹄については︑このほ

   かに一六〇九年版がもう一つある︒しかしそれは偽作とされている︒↓oN護Φ巳昌簿U一①︻ヨ碧器.田三δゆq﹃音三〇傷︒

  国鐸σqoO3寓ロω︵︒勺・65矯や醇ω参照︒

︵6︶すなわち出にαqo三の08虫U⑦言様勺鑓巴①①Ooヨヨ§δh言ρ国×﹀賃90ユωOoα甘︒α①零門言の臣下く謬一σq碧搾

   国・O・国曽日躊①♪鵠鋤σQ鋤oO︒ヨ一ε3S&罎自︒旨ぎ雷ヨ蔭言ohひ一︒︒①︒︒●である︒ ﹃捕獲法論﹄については︑この一八六八年

   版のほかに︑正確にいえばもう一つ一八六九年版があることについて︑前記の註︵3︶を参照︒訳書としては︑一九三四

  年にオランダ語の訳がつくられた︒以上のことについては︑↓葭寓〇三80けU帥自ヨ①諺︒℃聾びぎσq罠眉三〇畠︒国βσQo

   O8二易︵︒戸9仲y℃・ωo心一ωo⁝参照︒べつにカーネギー版の属露αqoO唇酔貯PUo幽ロ円︒胃9・①9Φ8ヨヨ①口畠二僧ρ︒

   ︿oす一⑩αO●︵O︒︒ヨ①σq陣①国巳︒≦ヨ魯計Ω帥富山$o︵冒8﹁ロ9︒鉱︒昌巴い動薯.︶ の第一巻に英訳がある︒この書の第二巻に

   は︑ ﹃捕獲法論﹄の原稿︵ライデン大学図書館蔵︶の写真版がのせられている︒

36 (2−6 0330) 468

﹃捕獲法論﹄第一二章と﹃自由海論﹄とを比較すると︑その本文についてつぎの相違が認められる︒      ︵1︶

(一

j 第一は︑e﹃捕獲法論﹄第=一章のはじめのところが︑本文でおよそ一頁ぐらい削除され︑それに代って︑

(6)

グロティウスの『自由海論』と『捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

﹃自由海論﹄では﹁キリスト教世界の諸君主と共和国の人民に対し﹂︾山群二昌︒昼ΦωOε三〇ωρ自①一一町︒ω自三ωOぼ一ω9・

三という題名の序文︵一〇頁︶が新しく書き加えられていることと︑⇔﹃捕獲法論﹄第一二章のおわりのところがお      ︵2︶     ︵3︶      ︵4︶よそ一八頁半ちかく削除され︑その一部が︑ ﹃自由無論﹄では第=二章として書きあらためられており︑それ以下は         ら 全く削除されていることである︒ ︵この二箇所の修正は︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章が﹃自由海論﹄となるためにはぜひ

とも必要であり︑それによって論旨も大きくあらためられることになった︒従って︑それはもっとも重要な修正とい

わなければならない︒︶

 ︵二︶ 第二は︑e﹃自由海道﹄第一章のはじめの書き出しのところが︑﹃捕獲法論﹄第一二章のそれに相当する文      ︵6︶章のとうりではなく︑そのところの三行の文章が書きあらためられていることと︑⇔﹃自由海論﹄第一二章のおわり

のところも︑ ﹃捕獲法論﹄のそれに相当するところの文章のままではなく︑これに工夫をこらして︑いくらかあらた

められていることである︒それは︑﹃捕獲法論﹄では他のところにある文章をこのところに加えたり︑﹃捕獲法論﹄に       ︵7︾ある文章を省いたりなどして︑そのところの説明をよりわかりやすくしたためである︒ ︵この二箇所の修正も︑ ﹃捕

獲法論﹄第一二章が﹃自由言論﹄となるためのものである︒が︑しかしそれでも︑それらの修正は︑文章の体裁をと

とのえ表現をあらためるためという程度のもので︑それによって論旨に変化が生じたというほどのものではない︒︶      ︵8︶      ︵9︶ ︵三︶ なおそのほかにも︑e用語が訂正されたり⇔文章が省かれたりしたところが各所に認められうる︒ ︵しか

しこれらの修正は︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章を﹃自由海論﹄に作りかえるためにとくに必要とされたものではない︒か

りにグロティゥスがみずからその﹃捕獲法論﹄の全体を印刷し公刊するとすれば︑そのときにはやはり︑そのような

修正はおそらくなされたであろうと想像されうる程度のものである︒︶

 そこで﹃捕獲法論﹄第=一章と﹃自由海量﹄とのもっとも重要な相違は︑﹃捕獲法論﹄第一二章のはじめのところ

36(2−6●331)469

(7)

論説

とおわりのところとが削除され︑それに代って﹃自由海胆﹄でははじめの序文が書き加えられ︑おわりの第=二章が

書きあらためられたこと︑ということになる︒従ってつぎに︑その二箇所の修正について考察し︑その修正によって

﹃捕獲法論﹄第一二章が︑ ﹃自由海部﹄ではどのように書きあらためられることになったかを検討することにする︒

 しかしそのためには︑まず﹃捕獲法論﹄の全体のなかでその第一二章がいかなる位置をしめるところであるか︑と       ︵10︶いうことをしらべる必要がある︒

 そうすると﹃捕獲法論﹄は︑インドとの通商に従事するオランダの商船隊を指揮したへームスケルク冨oOげくき      ︵11︶頃①①§ω≠①邑︒貯が︑ 一六〇三年にマラヅカ海峡でポルトガルの商船カタリナ号99母ぎ鋤を捕獲した事件について︑

そのさいの捕獲の正当性を論証し︑事件の当事者︵正確にいえばその事件が裁判にかけられたときの訴訟の当事者︶       ︵12︶であるオランダの東インド会社の立場を弁護するために書かれたものである︒が︑その書は︑厳格な体系のもとに三

つの部分からなっている︒e第一の部分は基本原理︵UOぴq§驚倒8︶である︒それは︑著者グロティウス自身の法律思

想を統一的・体系的に論述した︵第二章︶うえ︑その思想にもとづいて︑正当戦争げ¢=¢8ごωε厳とその戦争のさ

いの捕獲権行使の正当性についての基礎理論を︑純粋に理論的・客観的な見地から理路整然と解説したところ︵第三

章から第一〇章まで︶である︒⇔第二の部分は歴史的事実 ︵誠一ω叶Oh同6四︶ である︒それは︑そのころポルトガル人が

オランダ人の通商を妨害するために︑これに加えた数々の残虐行為の事例を指摘するとともに︑本論の直接の対象と

なったカタリナ号捕獲事件の事実を詳細に説明したところ︵第一一章︶である︒⇔第三の部分は問題の解決である︒

それは︑第一の部分でのべられた基本原理︵Ooひqヨ簿鉱8︶を第二の部分の歴史的事実︵出一ωε﹃ド鋤︶にあてはめて︑そ

の場合の捕獲の正当性を解明したところ︵第一二章から第一五章まで︶である︒が︑この部分は三つにわけて論じら

れている︒第一は法律的見地からの論証︵第一二章と第一三章︶であり︑第二は道徳的見地からの論証︵第一四章︶

36 (2−6 .332) 47〔》

(8)

グロティウスの『自由海論』と『捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

であり︑第三は有利・有益葺一一一ωという見地からの論証︵第一五章︶である︒四そのなかで︑法律的見地からの論

証により問題の解決をこころみたところがわれわれにとってもっとも重要であるが︑この部分はさらに二つにわけて

論じられている︒第一は私戦び①一ピ目℃二く9・ε§の観点からの論証︵第一二章︶であり︑第二は洋学ぴ①=二§O昏一一〇⊆ヨ

の観点からの論証︵第二二章︶である︒

 従ってここで問題にしている﹃捕獲法論﹄第 二章は︑全体の議論のなかでただ私戦の観点からだけの論証をここ      ︵13︶うみたところにすぎない︑ということになる︒が︑その内容は︑あえてわければ三つの部分からなっている︑という

ことができる︒第一はその第=一章それ自身の﹁まえがき﹂に相当するところであり︑第二は﹁戦争の正当原因﹂を

のべたところであり︑第三は﹁私戦の正当性﹂を説いたところである︒

 そのなかで︑e第一の﹁まえがき﹂に相当するところというのは︑この第一二章においては︑当面の事件︵前記の

カタリナ号捕獲事件︶のさいにオランダの東インド会社がポルトガル人に対して行なった戦争をかりに私戦と仮定し       ヘ  ヘ  ヘ  へて︑その観点からみても︑その戦争は正当であったかどうかを考察することにする︑ということわりをのべたところ

である︒⇔第二の﹁戦争の正当原因﹂を説いたところというのは︑私戦が正当となるための一つの条件は︑それが正

当な原因にもとづいて行なわれるということであるが︑オランダの東インド会社が行なった戦争は正当な原因にもと

づいていたかどうかを論じたところである︒⇔第三の﹁私戦の正当性﹂を説いたところというのは︑私戦が正当とな

るためのもう一つの条件は︑裁判の欠如言巳︒鵠℃Φ昌ξ冨の場合ということ︑いいかえると︑一時的にせよ永続的に

せよ争いを訴えでる裁判所が存在しない場合には︑私人が戦争に訴えることも正当であるというのであるが︑オラン

ダの東インド会社の行なった戦争はそのような場合であったかどうかを論じたところである︒かくして第一二章は全

体を通じて︑ ナラγダの東インド会社の行なった戦争がかりに私戦と仮定しても︑ それは正当であったということ

36 (2−6 0333) 471

(9)

論 説

を︑もっぱら私戦の観点からだけ論証したものである︒これがその第一二章のすじである︒

︵1︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑二〇四頁︑二三行目ω一〇三目⁝⁝から二〇五頁︑二一行目⁝⁝Φ×覧︒罠昌α戯ω万一・まで︒ ︵本文

  でおよそ一頁ぐらい︒︶

︵2︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑ 二四九頁︑ 一二行目O鐸日一αq二幅門⁝⁝から二六七頁︑一八行目⁝⁝讐︒ρ自oNo江口Φぴ煽暮・ま

  で︒ ︵本文でおよそ一八頁半ちかく︒︶

︵3︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑二四九頁︑一二行目O煽ヨ茜潔霞⁝⁝から二五二頁︑七行目⁝⁝ヨび巴一〇い犀忽冨p一8旨搾

  まで︒ ︵本文でおよそ三頁ちかく︒︶

︵4︶ ﹃自由海論﹄第=二章︑六二頁︑一三行目のO巷ロけ×日の本文O§円oo鐸§⁝⁝から六六頁の終りの 鐸⁝凶雷8ヨ

  o暑¢αq昌四葺・まで︒ ︵本文でおよそ四頁半ぐらい︒︶

︵5︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑ 二五二頁︑ 七丁目Oユαqロ轟霞⁝⁝から二六七頁︑一八行目⁝⁝b貯ρ⊆①冨一ぎ︒ご鎧茸・まで︒

   ︵本文でおよそ一五頁半ちかく︒︶

︵6︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑二〇五頁︑一=行目等一日=ヨ⑦円αqo⁝⁝から二四字目20ぎ搾︒巳ヨU①賃︒・までのおよそ三行

  の文章が︑ ﹃自由海論﹄第一章の書き出しの℃︻o℃o忽ε旨①巽コ︒葺ω:・⁝からUΦ器ぎ︒ぢ︒・①℃禽ロ瘡︒ヨ鑓日一〇ρ鋸7

  全州も¢ヨまでの文章︵すなわち﹃自由海論﹄第一章︑=貝︑一〇行目から二一行目までの=行の文章︶で書きあらため

  られている︒そのために︑そのところは︑ ﹃捕獲法論﹄では︑

    ﹁それゆえに︑まず第一に︑永久不変な性質を有する第一の万民法の命令するところにより︑オランダ人はいかなる民

   族とでも通商を行なう権利を有する︑ということが主張される︒たしかに神は⁝⁝を欲しないので︑⁝⁝﹂

  となっているが︑ ﹃自由書論﹄では︑つぎのようになっている︒すなわち︑

    ﹁われわれはこれから︑オランダ上すなわちネーデルランド連合の国民が︑ 現に行なっているごとく︑インドに航行

   し︑そこの住民と直接に通商を行なう権利を有する︑ということを簡単明瞭に証明しようとおもう︒われわれはその根

   拠を︑第一の万民法とよばれる法に属する︑自明にして不変的な性質のもっとも確実な規則に求める︒が︑それはつま

36 (2−6 ●334) 472

(10)

グロティウスのr自由海論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

   り︑いかなる民族も他のいずれの民族のところへも行き︑これと通商を行なうことが許される︑ということである︒神

   もこのことを自然を通してみずから語る︒すなわち︑神は⁝⁝を欲しないので︑⁝⁝︑﹂と︒

︵7︶詳しくいえば︑﹃自由海論﹄第一二章︑六一−六二頁の本文では︑﹃捕獲法論﹄の本文のつぎの点があらためられている︒

  すなわち︑9﹃捕獲法論﹄第一二章︑二四九頁︑四行目の⁝⁝℃o三一=冨℃鋤謬一〜Ωoヨ︒緊一σq騨霞⁝⁝とあるところの︑

  国凶呂①三圃とΩ拶ヨ︒巳の間に︑このところにはない文章が口入されていること︒その文章は︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章︑

  二五一頁︑一=行目の属器︒冨ユ︒︾三訂︒¢ぎヨー・⁝から二五二頁︑ 一行目分⁝⁝騨¢盲實琴唄﹃までの八行の文章を

  多少修正したものである︒ ︵すなわち︑﹃自由海論﹄第一二章︑六一頁︑二二行目のぎく︒三ε﹃︾日げ8︒︐言︒︐−・⁝から六

  二頁︑二行目のO冨ヨ︒暮一αq算霞⁝⁝のまえまでの一〇行の文章がそれである︒︶その文章というのは︑アムプロシウ

  ろ︵︾繋げHoω冒ω︶とアウグスティヌス︵諺質σq葺けぎ口¢︶とナツィアンツェヌス︵2欝冨ロNo口口.・︶を引用して︑ この三人

  の学者が︑海を閉鎖し︑道を破壊し︑品物を買いしめてその価格をつりあげて他人に迷惑をかける行為を非難したことを

  のべたものである︒口﹃捕獲法論﹄第一二章︑二四九頁︑六行目と八行目にあるピロ︒鎚8ψ言ロユ①9象二¢・︵﹁おまえた

  ちはわれわれの利益をへらそうとしている︒﹂︶という同一の二つの文章が省かれていること︒日﹃捕獲法論﹄第一二章︑

  二四九頁︑八行目のρ巳︒ヨ§誓3冒︒ヨ富︒量け吋︵﹁いつまでもそのままであるとだれが約束したのか︒﹂︶という文章

  に崔拶く︒玄︒ぎ︒罠︵﹁それらの利益がおまえたちのものに﹂︶を加えてρ9リヨ9︒霧賃冨≡9く〇三¢一§話窟︒巳器旨葛

   ︵﹁それらの利益がいつまでもおまえたちのものになるなどとだれが約束したのか︒﹂︶としていること︒四﹃捕獲法論

  ﹄第一二章︑二四九頁︑一〇行目と=行目の二行の文章が削除されていること︒すなわちそれは︑器ρ三¢日臼8ヨ霞

  筥︒岳︒︒︑ピロ︒δ昌︒の窪①α09巳誠ψ・.Uo60菖︒︒貫帥ε円一P口昌傷︒言︒冨ユboωω冒賃9ρ︒一8ユロ︒ロ︻oヨ葺巽︒・︵﹁われわ

  れは公正な価格で取引きを行なっているのだ︒﹂ ﹁おまえたちはわれわれの利益をへらそうとしている︒﹂ ﹁それなら︑

  おまえたちは︑われわれが利益をうる可能性のあることを他のものに許してはならない︑ということを教えるわけだ︒﹂

  ︶という文章である︒ ︵つまり﹃自由言論﹄第=一章︵六二頁︶は︑この文章のまえまでをもって︑その章のおわりとし

  ている︒︶

︵8︶用語が訂正されたところは︑およそ六九箇所ある︒ ︵ここに﹁およそ﹂と不正確にいったのは︑﹂どの程度の用語のちがい

  をもって訂正されたとみるかにより︑その数がちがってくるからである︒私は︑8用語自体とそのつづりがあらためられ

36 (2−6 ●335) 473

(11)

……ゐ㌧

百冊

  たもの︑および口用語がはぶかれたところと︑それが加えられたところを基準にした︒だから︑8句点のちがいや口小文

  字で書かれている用語の頭文字が大文字にされたり︑つづり全体が大文字にされているもの︑たとえば8ヨヨ§冨が

  OO護筈︿2同﹀とされたものなどは︑訂正のなかに数えなかった︒

︵9︶文章が省かれたところは︑前記の註︵7︶の口と四にのべた﹁自由講論﹂第一二章のおわりのところ︵六一一六二頁︶以外

  に︑なおつぎの二箇所がある︒すなわち︑e﹃捕獲法論﹄第=一章︑二三九頁︑一一行目と=一字目の℃鎚08×εb量oi

  ︒︒自ぢ鉱〇三ρ︒雷ヨ一日噂①蝕︒ヨ一置貢ぎ曲§o質︒︒・富突一実bo象8昌080漕 ︵﹁禁止されるものにとって有害な行為とな

  るだけであって︑禁止するものにとっては︑すこしも利益となることではないのに︑時効という理由によって︑⁝⁝﹂︶

  という文章が省かれている︒ ︵すなわち︑ ﹃自由海論﹄第七章︑四七頁︑八行目に⁝⁝基く蒔9畠8①β器砧卑昼ヨー⁝・

  とあるところの︑昌β︒鼠σq麟二8①βと・・&①怠臼︒§の間に︑﹃捕獲法論﹄ではこの文章が入れられているが︑ ﹃自由海論﹄

  はこれを省いている︒︶口﹃捕獲法論﹄第一二章︑二四〇頁︑二五行目と二六行目にある⁝⁝詐9︒ユ︒井ぎ︒¢冨§

  ︒p︒ω裏罫︒ロ︒×℃︒島︒げ9︒け・︵﹁そのようになることは⁝⁝︵であったが︑︶しかしそれは後者の場合には都合が悪かった︵

  からである︶︒﹂︶という文章が省かれている︒ ︵すなわち︑ ﹃自由異論﹄第七章︑四九頁︑四行目の⁝⁝昌︒口︒×窟−

  象Φげ導につづいて︑ ﹃捕獲法論﹄ではこの文章がのべられているが︑ ﹃自由海老﹄はこれを省いている︒︶ ︵右にのべ

  た二箇所はいずれも︑バスケス司①ヨ§傷︒<9Nρ賃①NαΦ竃魯︒げ9︒8を引用したところである︒︶

︵10︶この点についてく拶う国矯ψ冨σqρO鐸①5qoωoげω曾く①け凶︒蕩僧麟︒ゆεΦ↓◎償︼≦9旨一一げ①2ヨ︒↓O二Uoご円①嶺9Φ魯︒伽⑦

  08謡房O門︒↓貯ロ勢貝1δ蒔一i一逡・︒噛℃・爵1ざ・を参照︒

︵11︶このカタリナ号捕獲事件について︑国箋ぎ︾昌q旨℃賃三冨ヶa≦o﹃閃oh国藏σqoO﹃9貯ω︑︒n︵ob●o悼yしd凶三δ爵oo自︒≦︒︒一

  の︒﹃貯gり↓oヨ●<.噂●一ω!一㎝膠参照︒

︵12︶正確にいえば︑オランダの東インド会社は事件のさいの当事者ではない︒カタリナ号を捕獲したへームスケルクが乗って

  いたのは︑アムスルダムの船主組合の船である︒しかしその組合は後に東インド会社に合併された︒だから東インド会社

  は事件のさいの当事者ではなく︑その事件が裁判にかけられたときの当事者である︒が︑グロティウスは︑つまりその訴

  訟について東インド会社を弁護して︑﹃捕獲法論﹄を書いたのである︒法内9斜︒℃.鼻こしd達一凶︒曾冨$<δ︒・臼冨惹噛↓oお.

  <も・一ω●参照︒

36 (2−6 0336) 474

(12)

グロティウスのr自由海論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

︵13︶従って﹃捕獲法論﹄第一・二章の題名は︑O︒︒三×国冒ρロooω8昌α律ロβo江9ヨ巴げ︒=蝿ヨ℃ユ轟言ヨ旨冨の︒計︺器−

  言日ho﹃①し口の8ρ躍︒層黛8ぢ℃鎚︒幽9ヨ冒◎ぢ鎖①出︒=碧αo﹁ロヨω09曾鉾一・︵﹁第一二章︒そのなかでは︑たとえ戦争

  が私的なものであったとしても︑それは正当であり︑従って捕獲品もオランダの東インド会社により正当に取得されるこ

  とになるであろう︑ということが論証される︒﹂︶というのである︒

 そのように︑﹃捕獲法論﹄第一二章は全体の議論の一部でしかない︒それゆえにその部分だけをそのまま印刷して公

刊しても︑その内容からみて︑それだけではまとまった著書とはなりえないことは明かである︒しかしそればかりで

はなく︑その﹃捕獲法論﹄第一二章は各所において︑その章よりもまえの星章︵第二章から第一〇章までの基本原理

︵Uoσq§β︒二69︶を説いたところ︶で論じられたことと関連させながら︑それらのところにのべられていることを論拠

と七て議論をすすめる︑という説き方をしている︒だからこの点からいっても︑その﹃捕獲法論﹄第一二章を他から

切り離して︑ただそれだけを印刷し公刊することは不適当である︒グロティウスが﹃自由海論﹄の著作にあたり︑そ

のもととなった﹃捕獲法論﹄第一二章に修正を加えたのは︑まさにそうした理由からである︒

 そこでその修正が加えられた第一の重要な点は︑さきにも指摘したとうり︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章のはじめのとこ

ろが削除され︑それに代って﹃自由奇論﹄では序文が書き加えられた︑ということであった︒が︑その﹃捕獲法論﹄

第=一章のはじめのところで削除されたところというのは︑つまりは第=一章それ自身の﹁まえがき﹂に相当すると

ころであり︑そこにはつぎのことがのべられている︒すなわち︑

36(2−6●337) 475

(13)

論説

0いまのべた事実︵第一一章の歴史的事実霞ω蜜懸搾9︶にさきに論じた戦争と捕獲の正当性に関する基礎理論︵第三

 章から第一〇章までのところの正当戦争の理論︶を当てはめて検討すると︑その理論はその事実に完全に当てはま

 る︒⇔そこで︑その場合にのべたあらゆる点をふくめて説くために︑当面の事件においてオランダの東インド会社

 が行なった戦争は真実には公戦であるけれども︑ それをかりに私戦と仮定して︑ その観点からも論じることにす

 る︒⇔そうすると︑自然はあらゆる人間に対して私戦を行なう権利を否定するわけではないから︑従って東インド      ︵1︶会社がそのような権利を有しないなどとは︑だれも主張しないであろう︒㈲そこで︑ここではまず︑その私戦が正      へ   当に行なわれうるための正当原因についてしらべることにする︒ そうすると︑ま・兄に︵第七章のはじめのところで︶

 のべたとうり︑攻撃を加えたものが正当と主張する原因が︑真実には正当でないときは︑その同・一の原因が︑こん

 どは相手の側を正当な立場におくことになる︒㊨それゆえにポルトガル人の原因をきくことにすると︑かれらは︑

 ポルトガル人以外のいかなるものも通商のためにインドへおもむいてはならない︑と主張する︒従って︑まずこの

 ことから検討をはじめることにする︵﹃捕獲法論﹄第一二章︑二〇四−二〇五頁︶︑と︒

そういう主旨のことである︒だからこのことは︑ ﹃自由海論﹄では不必要である︒そればかりではなく︑そこにのべ

られていることは︑前章︵第=章︶からのつづきであり︑またそれ以前の諸章に説かれていること︵第三章から第

一〇章までのところに論じられている戦争と捕獲の正当性に関する基礎理論や第七章のはじめに説かれていること︶

ともかかわりのあることである︒

 それゆえに﹃自由海論﹄では︑その部分を削除し︑その代りに新しく序文が書き加えられた︒が︑その序文とは︑

さきにものべたとうり︑ ﹁キリスト教世界の諸君主と共和国の人民に対し﹂︾α等ヨ︒骨Φω℃○娼乱︒ωρ⊆Φ一き8ωoきδ

O訂陣ω鉱β︒巳という題名がつけられたもので︑そこには︑つぎのことがのべられている︒すなわち︑

36 (2−6 ・338) 476

(14)

グロティウスのr自由型論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

0神は全人類が普遍的な社会を構成するように創造し︑その社会のなかですべての人間に普遍的に当てはまる全人

類に共通な法を定めた︒が︑その法は銅板や石板にしるされたものではなく︑各人の心にきざまれたものである︒

従って人間はだれでも︑自分の良心に訴えて判断すれば︑容易にその法をしることができる︒⇔その普遍的人類社

会に共通の法にもとづいて︑人間は全人類の共同の所有に残されているものに対し他のすべての人間と共同に使用

する権利を有する︒⇔人間が各自の所有に属するもののほかに︑そうした全人類の共同の所有に属するものをも有

するのは︑自然が人間の使用のためにそのようにつくったからである︒が︑それによって︑普遍的人類社会の存立

が可能となり︑その社会の調和が維持されることになる︒⑳そのような全人類の共同の所有に属し︑すべての人間

が共通に使用しうるものについて︑ここに新しい問題を提起する︒それは︑海洋のほとんど全域や航海の権利や通

商の自由に関するものである︒㈲具体的にいうと︑それはいまオランダ人とスペイン人との間に論争されている問

題である︒が︑つまり︑広大無辺な海洋がある特定の国家の領域となりうるか︑それとも︑それは全世界の領域で

あるのか︑ということ︒ある国家が︑他の諸国民が相互に通商し交通するのを禁止する権利を有するか︑というこ

と︒自分のものでないものを馳に与︑兄たり︑すでに他のものの所有に属するものを発見︵先占︶によって取得する

ことができるか︑ということ︒明白に不正なことが︑永い間慣習として行なわれてきたということで正しい権利と

なりうるか︑ということである︒㊧この論争の解決のために︑まず相手にわかりやすい根拠を求め︑神的な法や人

定法の権威であるスペインの学者の判断に訴え︑スペインの固有の法律を援用する︒しかし︑それでも相手が自分

たちの不正な主張をあらためようとしないならば︑そのときには︑キリスト教世界の諸々の君主や共和国の人民の

信念に訴える︒㊨その場合︑それらの君主や人民はなにも難しく考える必要はない︒そのときの判断の基礎となる

のは︑上述の普遍的人類社会に共通の法であって︑その法はすべての民族において同一であり︑人間に生得な自然

36 (2−6 ・339) 477

(15)

論説

 の法で︑各自の心にきざまれたものであるから︑自分の良心に訴えて判断すれば︑だれでもそれを容易にしること      ︵3︶ ができるからである︵﹃自由海論﹄︑序文︑一一一〇頁︶︑と︒

これが﹃自由海論﹄の序文の主旨である︒ ︵そこでその﹃自由書論﹄は︑この序文につづいて第一章で︑右にのべた

普遍的人類社会に共通の法である万民法言ωσq①馨第二によると航海はなにびとにも自由である︑ という問題を説き

おこすことになるのである︒︶

36 (2−6 .340) 478

︵1︶従ってオランダの東インド会社が私戦を行ないうる権利を有するということ︑そのこと自体は疑問の余地がないことであ

  るから︑その問題についてはここでは説明する心要がない︑というわけである︒この私戦の正当性︑すなわち特定の条件さ

  えみたされるならば︑いかなるものも私戦を正当に行ないうる権利を有するということを︑グロティウスはすでに﹃捕獲

  法論﹄のことに第六章︵Uo甘器賢層︒ユ99ρO巷・嵩も.αり一①P︶ において説いている︒そしてその場合の結論として︑

  第一項・結論第五︵Oo50囲●<●︾十二ρ一・︶で︑ ﹁私戦はなにびとによっても正しく行なわれる︒⁝⁝⁝﹂9ミミ㌣琶ミミミ

  ︑§鷺恥ミ疑§ミ超ミ竜ミ⁝⁝⁝︵一︶o冒話質9︒oα額︒ρO碧●謡も・露・︶とむすんでいる︒ ﹃捕獲法論﹄第一二章のここで問

  題にしているところは︑つまりこの第一項・結論第五︵Ooロ︒ド<ト門灯︒﹂・︶をうけて︑それを根拠として説かれている

  ところである︒ところでグロティウスがそのように私戦の正当性を説いたのは︑その前提として︑かれが戦争の観念を広

  くとらえ︑君主や国家間の武力尊重ばかりでなく私人間の強力による争いもやはり戦争と解したためである︵U︒冒3

  鷺器αoρO巷.目.℃●ωo.︶︒しかし︑このように戦争の観念を広く解することは︑従来からの神学者の戦争論における

  伝統的な考え方である︒だからグロティゥスはつまり︑その伝統に従ったものということができる︒以上にのべたグロテ

  ィウスの戦争の観念と私戦の正当性について︑拙稿︑ ﹁﹃捕獲法論﹄におけるグロティウスの正当戦争論﹂ ︵一︶︑国際

  法外交雑誌︑六三巻︑五号︑四︑=二i一四︑一七−一八頁参照︒しかしこれに対して︑グロティウスの時代においても︑

  戦争をもっぱら国家間の畜力斗争にかぎり︑私戦を真実の意味の戦争とみることに反対する考え方を主張する学者もあっ

  た︒その代表者としては︑アヤラ切9芸舘賀犠︒︾蟹巴♪描偽︒︒i届︒︒♪とゲンティリス﹀写9客冬〇〇〇耳崔ω︑嵩伊・︒f嵩O︒︒噌

(16)

グロティウスの『自由海論』と『捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

  をあげることができる︒ この二人の戦争の観念については︑ それぞれ拙稿︑ ﹁アヤラの﹁戦争論﹂における戦争の概

  念﹂︑法政研究︑三二巻︑ニー六合併号︑=八i一二五頁と拙稿︑ ﹁アルベリクス・ゲンティリスの戦争の概念﹂︑法

  政研究︑二四巻︑一号︑二五一三二頁を参照されたい︒

︵2︶ ﹃捕獲法論﹄第一二章のここにのべられていることは︑まえに第七章でのべられていることをうけて︑それを根拠として

  説かれていることである︒その第七章でのべられていることというのは︑戦争を訴訟と同一に考え︑ ︵これが戦争につい

  てのグロティウスの根本の考えであるが︑︶原告が訴訟をおこしたときに︑その原告が主張する原因が真実には正当でな

  いときには︑その同一の原因が︑こんどは被告の立場を正当にする︑ということである︒そして︑その理由として︑われわ

  れに対してとられた行動︵訴訟︶が不正であるために︑ ﹁第一の規則によって﹂o×冨ぴq①眉ユ日麟防禦が必然的に正当と

  ならなくてはならないから︵一︶O U口﹁O ℃﹃餌O90猷盒0①弓︒ぐ閏鴇.刈O●︶︑とのべられている︒が︑ その第一の規則︵ピ︒×H︶と

  は︑ ﹃捕獲法論﹄第二章の法の根本思想を体系的に説いたところでのべられている自然法の第一の規則のことであり︑そ

  れは︑ ﹁生命をまもり︑有害となるおそれのあるものをしりぞけることは許される︑﹂ミミミミミミ§偽︑ミミ恥§ミミ犠

  ︑詩§︑・︵一︶O U口﹁O や︻餌O畠QOり︐O①b魍 H﹇℃ O︒ 一〇●︶という規則である︒

︵3︶この﹃自由海狸﹄の序文にのべられた普遍的人類社会の思想は︑ルネッサンスの時代からグロティウスのころにかけての

  時代思潮といってもよい︒しかしその普遍的人類社会の思想にもとずいて︑すべての人間に他の民族のものと自由に交通

  する自然的な権利が認められることを説き︑その交通の権利を基礎にして通商の自由を説いたことで︑だれよりも代表的

  な学者はビトリア団旨昌︒す8幽︒≦8﹃帥♪9=︒︒O\①一一詔①●である︒が︑グロティウスが﹃自由卓論﹄の序文のなかで

  のべたことは︑おそらくビトリアの説にもとつくものとおもわれる︒ビトリアの普遍的人類社会の思想と交通権の理論に

  ついて︑拙著︑ ﹃ビトリアの国際法理論﹄︑ ︵昭和四〇年︑有斐閣︶︑七九一八三頁参照︒

36 (2−6 ●341) 479

(17)

論説

 第二の修正された重要な点は︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章のおわりのところが削除され︑その一部が﹃自由海論﹄では

第=二章として書きあらためられた︑ということであった︒が︑その﹃捕獲法論﹄第一二章のおわりの削除された部

分というのは︑つぎのことがのべられているところである︒すなわち︑

  第一は﹁戦争の正当原因﹂について︑通商の自由が禁止されたことが戦争の正当原因になりうる︑ということが

 のべられているところ︒従って︑ポルトガル人がインドとの通商の独占を主張したことのために︑オランダ人はポ

 ルトガル人に対して戦争の正当原因を有する︑ ということが説かれているところである︒ ︵﹃捕獲法論﹄第一二

 章︑二四九i二五二頁︒︶

  第二は﹁戦争の正当原因﹂について︑ 通商の自由が禁止されたこと以外の事柄がのべられているところ︒ それ       ヘ  へ は︑通商の自由を禁止し妨害するための方法としてポルトガル人がオランダ人に対して加えた不正である︒が︑つ

 まり名誉が殿損されたこととか︑財産が奪われ権利が侵害されたこととか︑生命や自由がはく奪されたこととか︑

 その他の犯罪行為がおかされたことについて︑それらのことが︑通商の禁止におとらず重要な戦争の正当原因とな

 りうることが説かれているところである︒ ︵﹃捕獲法諭﹄第一二章︑二五二一二五八頁︒︶

  第三は﹁敵﹂について︑つまりは戦争によって責任が追求されうるその対象となる人についてのべられていると

 ころ︒それは︑不正をはたらいた個々のポルトガル人ばかりでなく︑ポルトガルの国民全体もそうであるというこ

 と︒すなわち︑国家はその役人が不正をおかしたとき ︵作為の場合︶ はもちろん︑犯罪者の処罰をおこたったと

 き︵不作為の場合︶も責任をおわなけれぽならないが︑その場合︑国家とは国民全体のことであるからである︒従

36 (2−6 ●342) 480

(18)

グロティウスの狛由争論』と『捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

 ってオランダ人はポルトガルの国民であればだれに対しても戦争によって責任を追求し︑その財産を正当に捕獲す

 ることができる︑とい︑うことが説かれているところである︒ ︵﹃捕獲法論﹄第一二章︑二五八−二六〇頁︒︶      ︵1︶  第四は﹁私戦の正当性﹂について︑裁判の欠如甘巳9一需昌霞すの場合には私戦も正当に行なわれうる︑という

 ことがのべられているところ︒つまりオランダ人とポルトガル人との間には争いを訴えでる裁判所が存在しないの

 で︑オランダ人の行なった戦争は︑たとえ私戦であると仮定しても︑それはやはり正当である︑ということが説か

 れているところである︒ ︵﹃捕獲法論﹄第一二章︑二六〇1二六七頁︒︶

 右のなかで第一の︑通商の禁止が戦争の正当原因となりうることがのべられたところ︵﹃捕獲法論﹄第一二章︑二      ︵2︶四九一二五二頁︶だけが︑ ﹃自由海崎﹄では第一三章として書きあらためられ︑その他の部分︵﹃捕獲法論﹄第一二       ︵3︶章︑二五ニー二六七頁︶はすべて削除された︒が︑それは︑それらの部分の議論が︑通商の自由を直接の目的として

説いた﹃自由海論﹄では不必要であったためである︒

 ところでその第一の︑通商の禁止が戦争の正当原因となりうることがのべられたところが﹃自由海論﹄の第=二章

で書きあらためられたのは︑つぎの理由によるものとおもわれる︒すなわち︑O第一は議論の重点をかえるためであ       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へる︒が︑ ﹃捕獲法論﹄のそのところでは︑通商の自由が禁止されたことが戦争の正当原因となることを論証するため       ヘ  ヘ  ヘ  ヘ  へに︑その点に議論の重点がおかれたが︑ ﹃自由海樽﹄の第一三章では︑むしろ通商の自由が確保されなければならな

いことが強調され︑その点に議論の重点をおく必要があったためである︒しかしそればかりではなく︑⇔第二に︑ ﹃       ︵4︶捕獲法論﹄のそのところでは︑まえの塁塞で論じられたことと関連をもって議論がなされているために︑そのところ

の本文をそのまま﹃自由海髪﹄でとりあげることが不適当であったということも︑みのがされてはならないことであ

る︒

36(2−6●343)481

(19)

両冊

 とにかくそうした理由によウて︑ ﹃捕獲法論﹄のその箇所は﹃自由海賦﹄の第=二章で書きあらためられたが︑従

ってその第;一章においては︑それに代って︑つぎのような主旨のことがのべられることになった︒すなわち︑

 これまで︵﹃自由海猫﹄の第一章から第一二章までのところで︶論じられてきた通商の自由は︑いまオランダとス

 ペインとの間に交渉がおこなわれている平和条約が締結されても︑ あるいはその平和条約の締結が不成功におわ

 り︑それに代って休戦協定が結ばれることになっても︑またそれさえも成立の見込みがなく︑いままでどうり戦争

 がつづけられることになっても︑とにかくいかなる場合であっても︑これを絶対に維持し確保しなければならない

 ︵﹃自由海論﹄第一三章︑六ニー.六六頁︶︑

ということである︒が︑このように通商の自由を確保することについてのナランダの強い決意の必要が強調され︑そ

れをもってその第=二章は﹃自由再論﹄の全体の﹁むすび﹂とされたわけである︒

︒それにしても︑ ﹃捕獲法論﹄のそのところでのべられていることは︑通商の自由についてである︒だからそのとこ

ろには︑内容としては﹃自由細論﹄のなかに移されてもよい文章が各所にみられる︒そのために﹃自由評論﹄の第=二       ︵5︶章も︑ ﹃捕獲法論﹄のそのところの文章を四箇所にわたってほとんどそのままとりあげている︒ ︵ただ別に一箇所の       ︵6︶文章だけが︑ ﹃自由海論﹄の第=二章ではなくて第一二章のおわりのところに挿入されている︒が︑それによって第

一二章のそのところの文章が︑全体としてよりわかりやすくなったことはたしかである︒しかしそれでもなぜその文

章だけが第一二章のそのところに挿入されなければならなかったのか︑その必然性ということになると私にはよくわ

からない︒︶

 以上にのべた修正の箇所をのぞいて︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章のその他の本文は︑すべてそのまま﹃自由海論﹄にと

りあげられた︒その分量は︑ ﹃捕獲法論﹄第一二章の全体のおよそ七分の五にあたる︒この部分は︑もっぱら通商の

36 (2−6 0344) 482

(20)

グロティウスのr自由海論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

自由とそれを基礎づけるための海洋と航海の自由が説かれているところである︒従ってそれは︑そのまま﹃自由海論

﹄の内容となるにふさわしいところである︒しかし︑この部分がそのまま﹃自由同論﹄の本文となりえたのは︑ ﹃捕

獲法論﹄第一二章のなかでこのところだけが︑それよりもまえの諸島で説かれたことと関連して論じられたところが

一箇所もなかったためである︒

︵−︶私戦の正当性︑ すなわち私戦が正当に開始されうるための条件として裁判の欠如冒象︒該b曇霞冨が必要であることに

  ついては︑ ﹃捕獲法論﹄の第八章︵Uo言﹁ob畠︒畠9P置碁.葭讐ぜ・︒︒α一09︶で詳しく説かれている︒なおこの点につい

  て︑前掲︑拙稿︑ ﹁﹃捕獲法論﹄におけるグロティウスの正当戦争論﹂ ︵二︶︑国際法外交雑誌︑六四巻︑一号︑四ニー

  四七頁参照︒

︵2︶前記︑二の註︵3︶参照︒

︵3︶前記︑二の註︵5︶参照︒

︵4︶すなわちこの部分は︑ ﹃捕獲法論﹄第七章の戦争の正当原因を説いたはじめのところ︵Uo冒お箕以前㊦℃6碧・自・b・OO

  一刈一・︶にのべられている第一項の結論第六の一︵OO口O一●︿一●﹀﹃け・ H︒国×潜ヨO口H︶を根拠として指摘し︑その結論の具

  体的な適用として説かれている︒その第一項の結論第六の一 ︵Oぎ︒一●昌・﹀﹃rH●国×9︒ヨ①口H︶ とは︑ ﹁自己の意思に

  もとづいて戦争を行なうものにとって︑そのものが自己の生命や財産を防禦し︑またはその財産を取りもどそうとし︑あ

  るいは自己に属する債権の履行や︑不正を犯したものに罰を加えることを要求する場合には︑その戦争は正当な原因を有

  する︑﹂ミ⇔嶋ミ鴫ミ袋ミ竃ミミミ蛍ミミミミ旨リミ§ぎ伽ミら§鶏ミ嶋§ミミミ貸ミ§恥駄さミ§ミ§︑︑ミ愚ミミミ§鳴§︑

  ミミミミ魯ミミ犠ミ︑葛§蕩ミ亀§ら日岡愚ミミミ・︵UΦ冒︻o℃鑓︒ユoρO帥旭・昌も・刈O一二●︶というのである︒ ﹃捕獲法

  論﹄第七章のこの部分の説明については︑前掲︑拙稿︑ ﹁﹃捕獲法論﹄におけるグロティウスの正当戦争論﹂ ︵一︶︑国

  際法外交雑誌︑六三巻︑五号︑一九i二三頁参照︒

︵5︶その四箇所の文章とは︑つぎのものである︒すなわち︑e﹃捕獲法論﹄第一二章︑二四九頁︑二四行目の℃oヨ℃〇三霧⁝

36 (2−6 ●345) 483

(21)

論 説

  ⁝⁝から二六項目の⁝⁝⁝α一9幹までの本文でおよそ二行の文章︵すなわちポムポニウス℃oヨ℃〇三顧ωの引用句︶が︑ ﹃

  自由海論﹄第=二章︑六六頁︑八行目から一一行目までのところに播入されていること︒ ︵その場合︑ ﹃捕獲法論﹄の本

  文のおわりの言葉の象︒算が﹃自由海論﹄では︻$b§α埠と修正されている︒︶◎﹃捕獲法論﹄第=一章︑二四九頁︑

  二八行目の℃雷①8﹃⁝⁝⁝から二五〇頁︑六行目の⁝⁝⁝傷♀頸ξω訟θ獄ごげまでの本文でおよそ八行半の文章︵すな

  わちローマの裁判官℃罠29の引用句︶が︑ ﹃自由海論﹄第一三章の四五頁︑ 一行目から一二行目までのところに揺入

  されていること︒国﹃捕獲法論﹄第=一章︑二五〇頁︑=二行目の℃oω什質︒窪三江︒郎Φヨ∵・⁝・⁝から=ハ行目のd言凶㌣

  昌賃の器ωb8α①﹃までの本文でおよそ三行半の文章︵すなわちウルピアヌス︐d一望§ロ︒︒の引用句︶が︑﹃自由海論﹄第一三

  章︑六五頁︑=一行目から一六行目までのところに播入されていること︒四﹃捕獲法論﹄第一二章︑二五〇頁︑一〇行目

  のOβ碧︒まω⁝⁝から一二行目の⁝⁝憎︒ω器︒︒6三井までの本文でおよそ二行半の文章が︑ ﹃自由海論﹄第一三章︑

  六六頁︑一五行目から一八行目までのところに表現を多少修正して播入されていること︒

︵6︶前記︑二の註︵7︶のeを参照︒

36 (2−6 ●346) 484

 かくして︑ ﹃自由海軍﹄が ﹃捕獲法論﹄ 第一二章のいかなる箇所をどのように修正して作られたかが明かにされ

た︒要約すると︑それは﹃捕獲法論﹄第一二章のはじめのところとおわりのところを削除し︑それに代って新しく序

文を書き加えるとともに因おわりの一部を書きあらためて第=ご章としたものである︒その修正は分量からいえばそ       ヘ  へれほど大部ではない︒だから﹃自由海論﹄は﹃捕獲法論﹄第一二章に多少の修正を加えて作られたものということが

できるであろう︒しかしその修正によって︑論旨は全くあらためられることになった︒すなわち﹃捕獲法論﹄第一二

章はもっぱら私戦の正当性を論証する目的で書かれたものであるのに対して︑ ﹃自由海上﹄はそうした観点からの議

(22)

グロティウスのr自由海論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

論とは全く切りはなされて︑ただ通商の自由とそれを基礎づけるための海洋と航海の自由が説かれることになったの

であるから︒この論旨の変化は︑たしかに大きな修正といわなければならない︒

 それにしても︑とにかくその修正によって︑ ﹃自由海論﹄はまとまった独立の書となることができた︒従ってその

書をそれだけとして読んでも︑われわれはその内容をひとまずはよく理解することができる︒ ﹃自由海論﹄がグロテ

ィウスによってはじめから独立の著書として書かれたものとばかり︑久しく一般に信じられていたのもそのためであ

る︒ けれども﹃自由謬論﹄が﹃捕獲法論﹄第一二章をもとにし︑それを修正して作られたものであり︑従ってその書は

もともと﹃捕獲法論﹄の一部として書かれたものにほかならないとすれば︑そのなかでのべられたグロティウスの学

説を正確にとらえるためには︑やはり﹃捕獲法論﹄の全体についての理解が必要であることはいうまでもないことと

なる︒ことにかれが法の根本思想を体系的に詳説したその書の第二章のところは︑ ﹃自由詳論﹄にとってもそのまま

基礎理論となるところである︒それゆえに︑たとえば海洋の自由と通商の自由を基礎づける自然法甘ω轟ε轟①や万

民法冒ωσq①昌件冨日︵第一の万民法言ωσqo口頭自80二目鴛ご§と第二の万民法言ωσqo昌二⊆§ωΦ2&母冒巨︶ について

も︑ひとまずは﹃自由至論﹄ のなかでものべられているけれども︑ それでもなおそれらの法の正確な意味と性質と       ハユ は︑ ﹃捕獲法論﹄のその第二章に説かれているところによらなければ︵とうてい充分には把握されえない︒が︑その

自然法と万民法との性質およびその二つの法の関係をグロティウスがいかに考えたかをしることなしには︑かれの通

商と海洋の自由に関する理論は根本的には理解しがたい︑といわなければならない︒

 同様のことはまた︑ ﹃自由海論﹄の各所にのべられている戦争の観念についてもいわれうる︒その戦争とは︑いう

までもなく︑グロティウスにとっては正当戦争ぴ¢一管日貸ωε厳のことなのである︒が︑ ﹃自由海論﹄はかれにおいて

36 (2−6 ●347) 485

(23)

論説

ば︑もともとは正当戦争論の一面として︑その理論の具体的な展開として論じられたものであり︑いいかえれば︑そ

れは正当戦争論における戦争の正当原因と関係して説かれたものといえるからである︒従って海洋の自由を基礎とし

て全人類に共通に認められる通商と航海の自由が侵されたときは︑そのことが正当戦争の原因となりうるということ

が﹃自由海南﹄のいろいろなところにのべられているけれども︑そのように主張されるとき︑その正当戦争をグロテ

ィウスが全体としていかに規定し理論づけたかをしることが︑ 問題を根本的に理解するためには必要となる︒ しか

し︑そのためには︑やはり﹃捕獲法論﹄の第三章から第一〇章にわたってのべられている正当戦争の基礎理論に関す       ︵2︶るかれの説を検討し参照しなければならない︑ということになる︒

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︵1︶﹃自由海論﹄は各所に︑自然法や万民法のことをのべている︒すなわち自然法については︑8第六章︵四六頁︶︑口第七

章︵四七︑五ニー五三︑五三︑五五頁︶︑日第=章︵六八頁︶︑㈲第=二章︵七四︑七五−七六頁︶に︒また万民法に

ついては︑8第一章︵七頁︶︑口第五章︵二三︑二九︑三二︑四四月目︑口第七章︵四七︑四八︑五二︑五三︑五五︑五

七頁︶四第八章︵六一︑六三︑六四頁︶に︒しかしこの二つの法の性質と関係については︑ ﹃捕獲法論﹄第二章に詳しく

のべられている︒従ってその第二章の説明によらなければ︑その二つの法︑ことに万民法の性質は正確に理解しがたい︒

また﹃自由三論﹄ ︵従って﹃捕獲法論﹄︶にいう万民法は︑ ﹃戦争と平和の法について﹄UΦごδぴ①臣器弓8δ℃一9α●

にのべられている万民法と同一の性質ではない︒前者は本質的に自然法であるが︑後者は人定的な合意法として説かれて

いる︒だから﹃戦争と平和の法について﹄でグロティウスがのべている万民法をもとにして﹃自由海論﹄の万民法を理解

しようとしても無理であるばかりでなく︑誤解を生ぜしめるおそれさえある︒つまりグロティゥスは︑ ﹃自由海論﹄を書

いたとき︵従って﹃捕獲法論﹄を書いたとき︶と﹃戦争と平和の法について﹄を書いたときでは︑万民法についての考え

がかわっている︑ということになる︒これらの点については︑拙稿︑ ﹁﹃捕獲法論﹄におけるグロティウスの国際法︵万

民法︶の基本観念﹂︵前原光雄教授還暦祝賀論文集﹁国際法学の諸問題﹂︑昭和三十八年︑慶応通信︑一八一一二一九頁︶

(24)

グロティウスのr自由海論』とr捕獲法論』第一二章との比較(伊藤)

︵2︶ を参照されたい︒

﹃自由海星﹄は各所に戦争について︑ことに戦争の正当原因のことをのべている︒すなわち︑e第一章︵八−一〇頁︶︑

口第四章︵一八︑一八一二一頁︶︑国里=二章︵七四︑七五頁︶に︒グロティゥスの正当戦争の理論については︑前掲︑

拙稿︑ ﹁﹃捕獲法論﹄におけるグロティウスの正当戦争論﹂ ︵一︶ ︵二︶︑国際法外交雑誌︑六三巻︑五号︑一一三九頁

と六四巻︑一号︑四〇1七九頁を参照されたい︒

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参照

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