国語史の中世論攷
著者 坂詰 力治
学位授与大学 東洋大学
取得学位 博士
学位の分野 文学
報告番号 乙第115号
学位授与年月日 1999‑09‑13
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00000870/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
坂 詰 力 治 著
国 語 史 の 中 世 論 敬
笠 間 書 院
リ干序 文
国語史における中世語の研究は︑明治時代に近代国語学が発足して以来の永い伝統を持ち︑近年も︑
その成果が次々と公刊されている︒その主対象となったのは︑室町時代の抄物や狂言やキリシタン資
料を主とする外国資料である︒それは︑口語性の強い資料に注目したことから始まったが︑次第に対
象資料が拡がり方法も緻密になり︑この伝統を受継いだ積学の方々が積年の成果を世に問い出したこ
とによる︒
凡そ国語史における中世語といえば︑院政期を含め鎌倉時代から室町時代に至る五百年もの間の日
本語をさすから︑近代語の性格が色濃く出ている室町時代末期の言語に対して︑鎌倉時代語を中核と文する中世前半期の言語はヽ異なりという点から眺めるとヽ諸領域に相違が認められるIにも拘らずヽ
序室町時代語の記述が進んでいるのに比べると︑その実態の解明さえ未だしく︑山田孝雄博士が﹃平家
︲物語の語法﹄において︑この文献に絞って語法面からの記述を行ってから八十年余を経たが︑当代語
文 文 序
序
Ill
の全体を視野に入れた記述的研究の成果を見ていない︒
坂詰力治氏の﹃国語史の中世論孜﹄は︑中世後期の室町時代語だけでなく︑広く中世前期をも視野
に入れて︑語彙と語法の面から中世の日本語の解明に迫った労作である︒
全四篇のうち︑第一篇は﹁中世前期の語彙・語法﹂として︑当期の文学を特色づける軍記物語と説
話集との中からそれぞれ二︑三の文献を取挙げ︑文学評論書の﹃無名草子﹄を加えて︑その各々につ
いて或るものは和漢の混淆を語彙について論じ︑或るものは助動詞の使われ方や形容語の表現価値︑
又或るものは江戸時代の伝本に中世語法を指摘して資料性を論ずるなどしている︒第四篇も﹁鶏肋﹂
として︑二︑三の特定語の語誌と︑定家筆﹃更級日記﹄の字音の仮名表記︑伏見院宸翰本﹃松浦宮物
語﹄の和語の仮名遣いとを扱って︑中世前期の言語の実態の一面を明らかにしようとしている︒
一方︑室町時代語を扱った二篇のうち︑第二篇では﹁中世後期の語彙・語法﹂として︑係り結びの
崩壊過程と要因︑中世の助詞バシの用法の変化の実状︑副詞﹁必ズ﹂と﹁定メテ﹂の用法差︑副詞
﹁かまへて﹂の成立等を論じた個別考察と︑﹃御伽草子﹄並びに﹃長恨歌抄﹄﹃琵琶行抄﹄の語彙・語
法について時代語としての考察とを行っている︒第三篇は︑焦点を﹃論語抄﹄にあて︑この代表的口
語資料の一つとされる抄物の文章体の特徴を︑文末辞や漢文訓読語︑動詞や形容詞等に基づく分析に
より中世語の視点から説いている︒﹃論語抄﹄については︑先年︑この著者は﹃論語抄の国語学的研
究﹄影印篇︑研究・索引篇の二冊を公刊し︑その文末表現・接続詞・動詞について考察しているが︑
本書では更に広い立場から論じている︒
本書の特色の一つは︑具体的な特定の語や語法を取上げて︑対象文献の語例を網羅して拾い出し︑
数量的にも処理して︑手堅く現象の解明に迫っていることである︒それによって中世語の当該事象の
実態が浮び上って来ている︒著者は︑本書公刊より前に︑既に﹃論語抄﹄をけじめ︑﹃無名草子﹄﹃明
恵上人1之記﹄﹃平治物語﹄﹃保元物語﹄など多くの総索引を手掛けて公刊している︒その体験と基礎
資料とが︑著者の研究の方法を導き︑特色となったと思われる︒
思い起せば︑四十年余の昔︑東洋大学に奉職した稿者は︑中世前半期語の研究の必要性を説き︑そ
の基礎作業として中世語の代表的な文献の総索引を作成し積み重ねることを意図し︑王朝文学研究会
を創設してそこに集まった学生諸氏と共に︑実行に移しかことがあった︒﹃梁塵秘抄総索引﹄︵武蔵野
書院刊︶をはじめ︑﹃法華百座聞1抄総索引﹄﹃高山寺本古往来総索引﹄の第一次稿はここで出来上っ
たものである︒放課後や祝祭日︑或いは夏冬の長期休暇を利用しての手作業や合宿は︑楽しい思い出
として蘇って来る︒坂詰力治氏はその有力なメムバーの一人であった︒総索引作成の途上に得た知見
等は︑研究会誌﹃王朝文学﹄に特輯号を編んで発表したが︑坂詰氏はその中に好文を寄せていて︑既
に本書への芽を見せている︒
著者のその後のたゆまざる努力は︑七文献にも及ぶ語彙索引の作成とその関係1等の公刊と︑室町
時代の抄物を対象とした論考だけでも二十数編を数える業績とから伺い知られる︒これらは本書の各
篇各章に採録されているが︑その手堅さの故に︑室町時代語の網の目を埋めるものとして諸積学の成
書の仲間入りが許されるであろう︒又︑中世前半期語についての論考は︑この期の研究に良き刺激を
文 IV
序
与 え る も の と 思 わ れ る が ︑ 当 期 の 言 語 の 全 体 を 視 野 に 入 れ た 体 系 的 な 記 述 に 向 っ て ︑ 更 な る 展 開 が 期
待 さ れ る ︒
平 成 ト 年 ト 月 占 ︲
国 語 史 の 中 世 論 孜 目 次
小
林 芳 規 識
序文⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝小林芳規︲
序言⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝I
第一篇中世前期の語彙・語法
第一章﹃保元物語﹄﹃平治物語﹄の語彙論的考察⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝7
第二章法華百座聞書抄における助動詞⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝109
第四章和漢混淆文としての﹃沙石集﹄についてI漢語サ変動詞から見た和漢の混淆現象−⁝⁝⁝⁝⁝田第五章古典語のサ変動詞についての一考察−﹃沙石集﹄をとおして見たI⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝旧
次第六章﹃無名草子﹄における批評語としての形容詞・形容動詞⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝197
目 第 二 篇 中 世 後 期 の 語 彙 ・ 語 法
次 VI V 】I
第一章室町時代における﹁こそ﹂の係り結び⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝227
第二章室町時代における助詞﹁バシ﹂⁝⁝⁝
第三章室町時代における副詞﹁必ズ﹂と﹁定メテ﹂をめぐって⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝269
333319?91
第五章接頭語﹁御﹂を冠した形容詞の敬譲表現︱御伽草子を中心として
第六章御伽草子の形容詞1その語彙的変遷の過程を踏まえて
第七章御伽草子の美的表現1﹁うつくし﹂﹁いつくし﹂をめぐってI・: 1
・一一一一幸一一参・・・・II・一fね3
第八章御伽草子の文章⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝369
第九章国語史上における﹃長恨歌・琵琶行抄﹄⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝ ⁝⁝⁝381
第十章﹃琵琶行抄﹄
第 三 篇 論 語 抄 の 国 語 学 的 考 察
7第二章国語資料としての書陵部蔵﹃魯論抄﹄⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝ ⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝詔
503483 565
第五章﹃論語抄﹄の動詞の語法o⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝m
第六章﹃論語抄﹄の動詞の語法﹈⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝547
第七章﹃論語抄﹄の待遇表現−敬語動詞を中心にI
第 八 章 ﹃ 論 語 抄 ﹄ の 形 容 詞 ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝587
第 四 篇 鶏 肋
第二章﹁しばらく︵暫く︶﹂考
629
第四章御物本﹃更級日記﹄における字音語の仮名表記⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝683
第五章伏見院宸翰本﹃松浦宮物語﹄の和語の仮名遣い⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝697
本書と既発表論文との関係⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝721
索 引
一●・一1
727
序言
本書は︑紀要・雑誌・論文集等に発表した国語史中世の語彙・語法に関する論文を内容により整理し︑一書にま
とめたものである︒
国語史における中世は︑特に音韻や文法に見られる歴史的変遷の事象から︑院政・鎌倉時代の前期と室町時代の
後期とに二分するのが今日では一般的である︒したがって︑本書はそのような立場から中世前期にあたる論考を第
一篇に︑中世後期にあたる論考を第二篇にそれぞれまとめ︑更に中世後期に該当する論考のうち︑筆者の主要研究
である抄物の﹃論語抄﹄を中心とした論考︵すでに﹃論語抄の国語学研究研究・索引編﹄に発表したものを除く︶のみ
を特立させて第三篇とし︑第四篇には︑広く中世全般に亙る語誌に関する論考その他を収めることにした︒
第一篇では︑軍記物語としての﹃保元物語﹄﹃平治物語﹄︑説話集︵唱導資料︶としての﹁法華百座聞書抄﹂﹃発心
集﹄﹃沙石集﹄︑文学評論書としての﹃無名草子﹄などの文献を対象として︑語彙こE法の研究をしたものを取りあ
げた︒そのうち第一章は︑従来︑和漢混交文という観点からはあまり取り扱われることのなかった﹃保元・平治物
語﹄の語彙論的考察をしたもので︑ここでは動詞語彙と形容詞語彙とを基にして︑それぞれの異なり語数と延べ語
数という数量的考察や活用の種類別調査をし︑﹃平家物語﹄との比較検討を行いながら︑﹃保元・平治物語﹄におけ言
る動詞語彙と形容詞語彙の多様性や用法を明らかにしたものである︒そして︑和漢混交文を﹁和文調と漢文訓読調序とヽさらに鎌倉時代の俗語などを交えたもの﹂と捉えたときヽその混交の語彙的度合いがどのような形で現れるかI
を﹃平治物語﹄を手掛かりにして実証しか︒こうした検討が個別文献ごとにより厳密に行われる必要があろうと考 −・−rIII一四 s−
2えている︒第二章は︑説話の一話一話の構成にあずかる叙述内容に助動詞がどのような関わりを有するかを探るた
言めに︑叙述内容が説教部と説話部とに区分できる﹃法華百座聞書抄﹄に注目し︑そこでの助動詞の使用法を検討す
ることによって︑説話に使用される助動詞の特徴について究明したものである︒第三章は︑その文献の成立年代とJ
遠く隔たった江戸時代の版本や写本しか存しない﹃発心集﹄について︑それが巾世の国語資料として有用であるこ
とを︑その文献に見出される多様な中世語法に目を向け明らかにしたもので︑江戸時代の版本には﹃発心集﹄と同
じ事情を有する文献が数多く存するが︑従来の版本に対する国語資料としての処し方に対し何らかの示唆を与える
ものと思われる︒第四章・第五章は︑中世以降︑漢語の使用がますます隆盛する中にあって︑漢語と和語とがどの
ように融合し使われているかを︑第一章第四節で試みた和漢混交文における和語と漢語との混交の実態を探ったと
同し方法によって︑﹃沙石集﹄に使われているサ変動詞︵単純サ変と複合サ変︶をとおして検討し︑漢語複合サ変で
は一字漢語の方が二字漢語よりも和語化している︵和語の中に浸透している度合いがずっと高い︶という結論を導き出
したものである︒第六章は︑文学評論の書として注目されている﹃無名草子﹄という文献において︑形容語として
人物や作品の批評の表現にあずかる形容詞・形容動詞がどのような形式をとって現れ︑いかなる批評的意味を担わ
されているかを考察し︑さらに作者の批評の姿勢を捉えようとしたものである︒どのような形容詞・形容動詞がそ
れぞれにあるいは互いに並列したり︑修飾・被修飾の関係をとりながら批評の表現に関わっているかを明らかにす
るために手掛りを与えたものであるが︑今後さらに綿密な考察が求められるであろう︒
第二篇では︑巾世後期︵室町時代︶を中心とした⁚⁚⁚四語・文語の多くの文献を駆使した語彙・語法についての研究
の結果を提示しか︒第一章は︑係助詞﹁ぞ・なむ・や・か﹂を受けて文末を活用語の連体形で終止する係り結びの
法則が中世前期に崩壊した中にあって︑なお﹁こそ⁝⁝已然形﹂の呼応が中世後期まで規範的には保たれてきたと
いうその実態を調査し︑係助詞﹁こそ﹂の係り結びがどういうところから乱れ︑やがて崩壊していったかに注日し︑
その要囚を探ろうとしたものである︒第二章は︑中世の助詞として院政期ごろから使われ出した﹁バシ﹂が時代が
降るに伴って︑疑問や禁止など特定の意味を表す語と呼応するようになり︑副助詞としての用法から係助詞として
の用法へと変化していく過程を辿ったもので︑併せてそうした﹁バシ﹂の変化は文学的内容を持った文献には顕著
に現れるものの︑他の文献︑とりわけ抄物資料には見られないことに言及する︒助詞の歴史的研究はかなり進んで
いるが︑資料の性格の違いによって資料ごとに個別的に検討される余地が残されていることが窺える︒第三章・第
四章は︑副詞の用法を考察したもので︑第三章では現代語では共に﹁きっと﹂の意味として解釈される﹁必ズ﹂と
﹁定メテ﹂についてその川法の違いを検討し︑第四章では副詞﹁かまへて﹂がドニ段動詞﹁構ふ﹂の連用形﹁かま
へ﹂に接続助詞﹁で﹂が付いて︑副詞として独立して使われるようになったのは中世以降であることを跡づける︒
動詞の連川形に助詞﹁て﹂を付けて副詞に転化する例は国語史上多く認められるが︑その場介︑古くは四段動詞か
ら︑後世になると下二段から転化するものが増えてくるといわれる︒本章はその一つの例証を示したものである︒
第五章から第八章までの四章は︑J般に室町時代の短編物語を中心に集めて編まれたといわれる御伽草子を資料と
した語彙・語法の考察をしたもので︑いずれも中世の時代語的な現象を取り扱っている︒第九章・第十章は抄物の
﹃長恨歌抄﹄﹃琵琶行抄﹄における語彙・語法の数量的︑時代語的考察を行っている︒
第三篇では︑中世後期の代表的口語資料の一つである抄物の﹃論語抄﹄について︑その本文・文体・語彙・語法
というように︑広く国語学的観点からの諸問題を検討し論じたものを掲げた︒第一章は宮内庁書陵部所蔵﹃魯論抄﹄
︵論語抄︶﹄の題箭に﹁論語聴塵﹂と添え書きされた意味と本文︵抄文︶の内容との関係について︑書誌と文末辞に
着目し考察したものである︒第二章は﹃魯論抄﹄の中世後期の図語資料としての価値を︑当代に見られる特徴的な序国語現象に照らして論じ︑第三章は抄物が表現された記録であり︑抄物における表現形式が文体にどのような関わ3
りをもつかを︑抄物文体の特徴を表す文末辞に着目しながら考察し︑今後の更なる検討の必要性を謳ったものであ
4る︒第四章は抄物が内典・外典の語句の解釈として行われた講義の記録であることから︑漢文の原点に基づく抄物
言の場合はその漢文の訓読による影響を抄文が受けることは十分に予想されるという観点に立って︑抄物文体に漢文
の訓読によってもたらされた語詞や表現法の影響が存することを具体的に指摘したものである︒第五章から第八章J
は京都大学付属図書館蔵﹃論語抄﹄を中心資料としたもので︑第五章・第六章は動詞の活用に関する事柄を中世語
法の立場から取り上げて整理し︑第七章は敬語動詞を中心とした待遇表現を検討し︑第八章は原点の注釈講義録と
いうある種の制約を被る抄物にはいかなる形容詞が使われているかを考察する︒
第四篇では︑時代的・内容的にみて第一篇から第三篇には収めにくいと判断した論考を取りあげた︒第一章から
第三章は中世という時代に限定せず︑個々の語がいつ頃から使われ始め︑その意味や用法が歴史的にどのような変
遷を辿ったかを明らかにした語誌を扱ったものである︒第四章・第五章は時代的には中世前期に関わる御物本﹁更
級日記﹂と伏見院宸翰﹃松浦宮物語﹄における字音語及び和語についての仮名遣いの問題を︑それぞれ検討したも
のである︒
本書は︑語彙・語法を中心とした中世の日本語研究に関する論文集であるが︑中には音韻や文法・文体に重きを
置いた論考などもあって︑必ずしも純然たる語彙・語法研究にとどまっていない︒しかし︑多岐の分野にまたがる
内容であっても︑その論考の視点は常に著者の目指す中世の日本語研究に向けられていることは理解されるものと
思う︒
第 一 篇 中 世 前 期 の 語 彙 ・ 語 法
『 保 元 物 語 』『平 治 物 語 』 の 語 彙 論 的 考 察 章
第
7
第 一 章 ﹃ 保 元 物 語 ﹄ ﹃ 平 治 物 語 ﹄ の 語 彙 論 的 考 察
一動詞語彙について
﹃保元物語﹄﹃平治物語﹄︵以下︵﹃保元・平治物語﹄︶という︶は︑﹃平家物語﹄などと並んで︑中世における軍記物
語の代表的作品である︒その文章も和漢混淆文という︑雅語ふ戻語と俗語︑漢文体と和文体といったものが入りま
じったもので︑中世の国語資料としての価値を十分有しているにも拘わらず︑従来︑国語学的観点から取りあげら
れることが少なかったように思われる︒それは︑この二作品の諸本の系統関係が複雑で︑その成立年代なども明確
に示され得なかったからであったと思われる︒しかし︑最大の原因は︑軍記物語として十分に整った構成と文体と
をもっか﹃平家物語﹄が存在したためと考えられる︒
筆者は︑先に公刊した﹃平治物語総索引﹄︵坂詰力治・見野久幸共編︑武蔵野書院刊︶中の研究編で︑金刀比羅宮所
蔵の﹃平治物語﹄を﹁でき得るかぎり原本を忠実に翻刻することを所期し﹂て編まれた日本古典文学大系本︵永積
安明・島田勇雄校注︑岩波書店刊︶の仮名遠火記からその国語史的考察を行った︒﹃保元・平治物語﹄はこうした表記
而からばかりでなく︑音韻・語彙・語法・文体などの諸観点からも論究される必要があるが︑本章はその一端とし
て︑語彙論的観点から動詞を中心にその使用語彙の実態を整理・考察したものである︒
第一 篇 中 世前 期 の語 彙 ・語 法8
−
|
−
異なり語数と延べ語数
﹃保元・平治物語﹄において使用されている動詞の総量を︑異なり語数と延べ語数によって調査すると︑︿表1﹀
のごとくなる︒
異なり語の数値は︑一語の認定基準によって多少の増減が考えられるが︑
︿表1﹀
平 治 物 語
保 ミ几・ 物
語
九
六
= .〃 ̲
・ . 一
. ・
四 ‑
〃 J . J
異 な り 語 数
五 八 七 六
.j.べ
九 四 九
延 べ 語 数
異なり語数
延べ語数 一︑二四
三七︑一一一 表の数値は複合語を一語と認定する基準によって算出したものである︒
︿表1﹀の数値から︑﹃保元・平治物語﹄における動詞一語当りの使用数
は︑﹃保元物語﹄が約五回弱︑﹃平治物語﹄が約六回強となる︒これを﹁平
家物語﹂の動詞と比較すると︑﹁平家物語﹂は︑
で︑一語当り使用数は約三〇回強であって︑﹃保元・平治物語﹄の方が同一語を使用する回数がはるかに少ないこ
とを知る︒ただし︑﹃平家物語﹄における動詞使用量の右の数値は︑複合語を一語と認定せず︑上位下位それぞれ
の構成要素に含めて算出されたものである︒従って︑複合語を一語と認定して算出すれば︑異なり語数が増大し︑
︿表2﹀
平 治 物 語
保 ミ〃 几 物 語
一 五 七 四
.● 一
○
←j
○
総 行 数 五
八 七 六
.‑I‑べ
九 四 九
延 べ 語 数
約 ミ〃6‑
一一 七
約
〃J一 一一
五
ト
延べ語数が減少するので︑一語当り使用数は大幅に減少すること
になり︑﹃保元・平治物語﹄における動詞一語当りの使用数と接
近することが予想される︒
﹃保元・平治物語﹄における異なり語数と延べ語数との関係は
右のごとくであるが︑﹃保元・平治物語﹄の動詞の出現率を日本
古典文学大系本の総行数で算出すると︑一行当り使用語数は︿表2﹀のごとくとなる︒
この﹃保元・平治物語﹄の動詞の出現率は﹃平家物語﹄の動詞の出現率約ごT五語︵延べ語数三七︑一二一に対す
る日本古典文学大系本の総行数一〇︑九四三︶とほとんど差はないと言える︒しかし︑異なり語の出現率をみると︑
第 一 章 『 保 元 物 語 』『平 治 物 語 』 の 語 彙 論 的 考 察
〈 表3 〉 「 保 元 物 語 」 に お け る 動 詞 の 活 用 の 種 類 別 比 率
9
活 川の 種類
総 異な り 語数 に対 す る比 率 総 延 べ 語 数 に 対 す る 比 率
異 な り 語 数 比 率 延 べ 語 数 比 率
四 段
下 二 段
サ 変
土 二 段 上 一 段
ラ 変
ヵ 変
ナ 変
下 一 段
785 ooZ 180 32 20 4 6 1 1
55.64%
27.07 12.76 2.27 1.42 0.28 0.42 0.07 0.07
4,416 1,425 502 114 138 332 14 7 1
63.55 %20.517.221.641.994.780.200.100.01
計 1,411 100.00% 6,949 100.00 %
〈 表4 〉『平 治物 語』にお け る動 詞 の活 用 の種 類 別比 率
活 用の 種 類
総 異な り 語 数に対 す る 比率 総 延 べ 語 数 に 対 す る 比 率 異 な り 語 数 比 率 延 べ 語 数 比 率
四 段
下 二 段
サ 変
上 二 段 上 一 段
ラ 変
ヵ 変
ナ 変
下‑‑ 段
521 285 115 14 18 5 4 1 0
54.10%
29.59 11.94 1.45 1.87 0.52 0.42 0.10 0
3,909 1,035 411 117 167 225 7 5 0
66.52%
17.61 6.99 1.99 2.84 3.82 0.12 0.09 0
計 963 99.99% 5,876 99.98%
第 一 篇 中 世 前 期 の 語 彙 ・ 語 法10
〈 表5 〉 「 平 家 物 語 」 に お け る 動 詞 の 活 用 の 種 類 別 比 率
活 用の 種類
総 異な り語 数 に対 す る比 率 総 延 べ 語 数 に 対 す る 比 宰
異 な り 語 数 比 率 延 べ 語 数 比 率
四 段
下 二 段
サ 変
上 二 段 上 一 段
ラ 変
ヵ 変
ナ 変
下 一 段
732 317 135 33 13 6 1 1 3
58.98%
25.54 10.88 2.66 1.05 0.49 0.08 0.08 0.24
23.365 6,989 2,729 646 975 2,190 132 71 15
62.96%
18.83 7.35 1.74 2.63 5.90 0.36 0.19 0.04
計 1.241 100.00% 37.112 100.00 %
﹃保元物語﹄は約一・四行に一語︑﹁平治物語﹂は約一二︿行
に一語であるのに対し︑﹃平家物語﹄は八・八行に一語で︑
﹃平家物語﹄の異なり語の認定の仕方が前述した事情にある
ことを考慮したとしても︑﹁保元・平治物語﹂の方が﹁平家
物語﹂よりも異なり動詞を多く使用していると推察される︒
換言すれば︑﹃保元・平治物語﹄はわずかな分量の中で比較
的変化に富んだ躍動的な表現をしていると言えよう︒
一!二活用の種類別比率
一−一において取り扱った動詞の異なり語数と延べ語数を
活用の種類別に整理すると︑︿表3﹀︿表4﹀のごとくなる︒
︿表3﹀︿表4﹀から知られるごとく︑﹃保元・平治物語﹄
における動詞は︑異なり語数・延べ語数ともに︑四段・下二
段・サ変の三活用動詞によって九〇%以上を占められており︑
とりわけ四段活用だけで全動詞の五〇%を占有している︒
﹃保元・平治物語﹄にみえるかかる動詞の活用の種類別数値
の結果は︑単に﹃保元・平治物語﹄にのみみられる現象ではなく︑﹃平家物語﹄における動詞の活用の種類別比率
を整理し示した︿表5﹀と比較しても極めて酷似しているのである︒更に︑築島裕氏が平安時代の訓点資料﹁大慈
恩寺三蔵法師伝古点﹂と和文資料の﹃古今集﹄﹃伊勢物語﹄﹃源氏物語﹄とにおける使用動詞の異なり語を数量的に
比較︑考察された結果︵︿表6﹀参照︶に照らしてもほぽ同じ様相を窺うことができる︒かかることから︑﹁保元・
平治物語﹂における動詞の活用の種類別比率の高低は︑作品のジャンルや成立時代などに関係なく︑広く日本語の
動詞に共通してみられる活用形式の本質にかかる結果によるものといえよう︒
第 一一 章 『 保 元 物 語j 『 平 治 物 語 』 の 語 彙 論 的 考 察
− 〈 表6 〉j
日
伝三人 古 蔵慈 点 法恩 師寺
氏源 物 語
伊 勢 物 語
立i
469 3265 315 343 四 23.5% 57.5% 59.9% 55.7% 53.8% 段
191 1570
川
211 下一一 一 一 J9.6 23.4 28.8 24.9 33.1 段
28 138 24 34 上
一‑J
1.4 3.4 2.5 4.2 5.3 段
19 1 0 4
‑●●・・■■■1 . 9
16 15 上
一 一ニ
1.0 2.3 2.8 2.4 段
0 0 0 0 下一
0 0 0 0 0 段
3 27 21 5 フ−
0.2 0.4 0.5 3.7 0.8 変
2 6 4 3 ナ
0.1 0.3 O 』 0.7 0.5 変
0 62 13 24 カ
0 0 1.1 2.3 3.8 変
1283 103 269 30 2 サ
64.3 12.6 4.9 5.3 0.3 変
0 7 2 1 不
0 0 0.1 0.4 0.2 明
1995 815 5448 566 638 100.1% 99.9 % 99.8% 100.0% 100.2% 計
注 :大慈恩 寺三 蔵法師 伝古点 の欄の2 行の内 、右の 行は 漢語動 詞を除 外した 数、左 の行は 漢語動 詞を 含めた 数。、
−三使用頻度数の大きい語
﹃保元・平治物語﹄の動詞の異なり語の中︑使用頻度数の大きい語︵頻度15以上︶を上位から順に示すと︑次のご
とく︑﹃保元物語﹄七四語︑﹁平治物語﹂五九語になる︵なお︑各語の下に記した数字は頻度数を表す︶︒
第一 篇 中 世前 期 の語 彙・語 法12 r保 元物 語 』『平 治物 語』 の 語彙 論的 考 察
第丿卒
13
○﹃保元物語﹄の場合
①たまふ︵給︶︹四段︺428②さうらふ︵候︶295③あり︵有・在︶289④まうす︵申︶m⑤たてまつる︵奉︶
㈲⑥す︵為︶139⑦いふ︵亘115⑧おもふ︵思︶川⑨なる︵成︶99⑩まゐる︵参︶86⑥まゐらす︵参︶78
⑩みる︵見︶74⑩おぼゆ︵覚︶56⑩おぼしめす︵思召︶54⑩およぶ︵及︶50⑩きる︵切・斬︶49⑩
しる︵知︶48⑩まします︵坐︶48⑩よる︵因・拠︶42⑩うけたまはる︵承︶41⑤めす︵召︶41 ⑩きこ
ゆ︵聞︶40⑩むかふ︵向︶︹四段︺39⑩みゆ︵見︶37⑤いづ︵出︶36⑩うつ︵打・討︶35⑩おほす︵仰︶32
とる︵取・捕︶32⑩いる︵人︶︹凹 ⁚段︺31⑩いる︵射︶30⑩わたる︵渡︶29⑩おはします︵御座︶27
かく︵掛・懸︶27すつ︵捨︶27なす︵成・為︶27⑩したがふ︵従・随︶︹四段︺26⑥いたる︵至︶25
うしなふ︵失︶25きく︵聞︶25⑩いそぐ︵急︶23かかり︵斯有︶23な かす︵流︶23⑩だすく︵助︶22
のたまふ︵宣︶22㈲かうむる︵被・蒙︶21のる︵乗︶21ひく︵引︶21⑩おつ︵落︶20さす︵差・刺・指・
点︶20たつこザ発︶20⑤いる︵入︶︹下二段︺19おこなふ︵行︶19かたむ︵固︶19かへる︵返・帰 ︶19
つかまつる︵仕︶19⑩あたる︵当︶18おほせくだす︵仰下︶18きり︵然︶18ぞんず︵存︶18つく
︵付︶︹下二段︺18ゆく行︶18⑩たづぬ︵尋︶17はなつ︵放︶17図あふ︵合・遇・逢︶16おく︵置︶16
つく︵付・着︶16図あはす︵宣15あひぐす︵相具︶15すぐ︵過︶15たつ︵立︶︹下二段︺15のがる
︵逃︶15ひかふ︵控︶15をさむ︵治︶15をしむ︵惜︶150
﹃平治物語﹄の場合
①たまふ︵給︶︹四段︺334②さうらふ︵候︶300③まうす︵申︶262④あり︵有・在︶209③いふ︵言︶177⑥
のたまふ︵宣︶167⑦す︵為︶152⑧みる︵見︶109⑨なる︵成示︶104⑩たてまつる︵奉︶ 圓⑩おもふ︵思︶94
⑩うつ︵打・討︶91まゐらす︵参︶91⑩まゐる︵言67⑤おつ︵落︶61⑩きく面︶56鼎きる︵切・
斬︶︹四段︺54⑩とる︵取・捕︶53⑩いづ︵出︶48⑩みゆ︵見︶45⑤しる︵知︶44⑩おぼゆ︵覚︶42
⑩うけたまはる︵承︶40⑩いる︵人︶︹四段︺37⑤つく︵付・着︶︹四段︺34なす︵成・為︶34⑩かく
︵掛・懸︶32うしなふ︵失︶32⑩おはす︵御座︶⑩30かへる︵返・帰︶28めず︵召︶28⑩くだる︵下︶27
⑩だすく︵助︶26なかす︵流︶26⑩おく︵置︶25とふ︵問︶25⑩いる︵入︶︹下二段︺24とどむ︵止︶24
⑩およぶ︵及︶23たづぬ︵尋︶23⑥たつ︵立・発︶22たまはる︵給・賜︶22わたる︵渡︶22⑩おは
します前座︶21くむ︵組︶21⑩かく︵駆︶20⑩いる︵射︶19たのむ︵憑・頼︶19⑩なげく︵歎︶18
はじむ︵始・初︶18ひく︵引︶18ゆく︵行︶18⑩もつ︵持︶17⑩きこゆ︵聞︶16きたる︵来︶16たた
かふ︵戦︶16のる︵乗︶16⑩さす︵差・挿・点︶15とらす︵取︶15
これらの里ハなり語によって︑﹃保元∴平治物語﹄における動詞の延べ語数の五〇〜六〇%が占められている︒す
なわち﹃保元物語﹄においては︑異なり語数几四一一の約九分の一に相当する七四語で︑延べ語数六︑九四九の
五三%を︑﹃平治物語﹄においては︑異なり語数九六三の約よ︿分の一に相当する五九語で︑延べ語数五︑八七六
の六〇%を有し︑残りの多数の異なり語によってそれぞれの延べ語数の余り四〇〜五〇%を占めていることになる︒
また︑右の使用頻度の大きい七四語と五九語は︑それぞれ大部分が通時的・共時的に素材内容に関わりなく︑い
かなる作品にも共通して使用されることの多い︑いわゆる叙述に必要な基本的な動詞であるといえるものである︒
ただし︑一方においては︑﹁いる︵射︶﹂﹁うつ︵打・討︶﹂﹁おつ︵落︶﹂﹁かく︵駆︶﹂﹁きる︵切・斬︶﹂﹁とる︵取・捕︶﹂
﹁なのる︵名乗︶﹂﹁のる︵乗︶﹂﹁ひく︵引︶﹂﹁むかふ︵向︶﹂など︑﹃保元・平治物語﹄の︑軍記物語としての叙述内
容を形づくる基礎となるような戦闘の場面を躍動的に表現する動詞も入っており︑これらがむしろ車記物語として
の特徴を表し得る語であるとみることができよう︒
篇 中 世前 期 の 語彙 ・ 語法14 15 第 一 章 『保 元物 語』『平 治 物語 』 の語 彙論 的 考 察 第
一−四﹁保元・平治物語﹂における動詞の実態
﹃保元・平治物語﹄の動詞について︑異なり語数︑延べ語数という数量的観点から考察した結果︑﹁平家物語 ﹂を
はじめ︑平安時代の訓点資料︑和文資料などとも際立って相異するところがないことを前述した︒そこで︑次に
﹃保元・平治物語﹄の動詞について︑個々に観察した場合における実態がいかなるものであるか︑同一ジャンル︒
時代の作品である﹃平家物語﹄と比較することによって明らかにしようと思う︒なお︑複合サ変動詞およびその他
の複合動詞は一語として取り扱った︒
まず︑﹃保元物語﹄における︑動詞の異なり語一︑四一一と︑﹃平治物語﹄における動詞の異なり語九六三とのう
ち︑両作品に共通して見える動詞は五八〇語で︑﹃保元物語﹄の約四〇%︑﹃平治物語﹄の約六〇%に相当する︒こ
の五八〇語のうち︑﹃平家物語﹄に見えるものは五三七語で︑﹃保元・平治物語﹄の二作品に共通する動詞の九〇%
以上は﹃平家物語﹄にも共通して使用されていることになる︒更に︑﹃保元物語﹄﹃平治物語﹄のどちらか一方にの
み見える動詞で︑しかも﹃平家物語﹄と共通している動詞︵すなわち︑﹃保元物語﹄四五二語︑﹃平治物語二一二二語﹄を
含めると︑﹃保元・平治物語﹄の二作品に見える動詞のうち︑﹃平家物語﹄に見える動詞は﹃保元物語﹄九八九語︑
﹃平治物語﹄七五九語で︑﹃保元・平治物語﹄における動詞の総異なり語のそれぞれ七〇〜八〇%は﹃平家物語﹄に
も使用されていることになる︒その活用の種類別内訳は︿表7﹀のごとくである︒
そこで︑﹃平家物語﹄に見えない動詞にはどのような語があるかを︑次に示す︒
︵I︶﹃保元物語﹄と﹃平治物語﹄とに共通し︑﹃平家物語﹄に見えない動詞
︹四段︺
いさみあふ︵勇合︶いつはる︵偽︶いとほしむ︵愛︶うちたのむ︵打頼︶おぢあふ︵怖合︶かくしおく
︵隠置︶くどきまうす︵口説申︶こころざす︵志︶こもる︵龍︶ささやきまうす︵囁申︶たすけおく︵助置︶
〈 表7 〉
い に平 も 見家 の え物 な語
も に平 の 見家 尤物 る 語
語 異 数 な り
平 治 保元 平 治 保元 平 治 保元
21 315
521 785 四 64 197 121 252 段
16 156
285 382 下一 一段 51 90 61 119
3 43
115 180 サ 変 36 60 32 73
2 8
14 32 一上一 3 11 1 日 段
1 6
18 20 上一 段
6 6 5 7
0 4
5 4
ラ
1 0 0 0 変
0 2
4 6
力 変
0 4 2 0
0 1
1 1 ナ
変
0 0 0 0
0 0
0 1 下一 段
9 1 0 0
43 537
963 1,411 計 160 369 222 452
たてなほす︵立直︶ためらふ︵躊躇︶ておふ︵手負︶とりつむ︵取積︶はごくむ︵育︶はしりちがふ
︵走違︶はせめぐる︵馳廻︶ひきはる︵引張︶ひびきわたる︵響渡︶みかへる︵見返︶
︹下二段︺
いだきそだつ︵抱育︶うちこむ︵打龍︶うちつく︵打付︶うちふす︵打伏︶うちまく︵打負︶
︵掻人︶かけあはす︵駆合︶きりつく︵切付︶さす︿使役﹀さりあふ︵去敢︶たむく︵手向︶
︵手負︶とらす︵取︶はせいづ︵馳出︶まうしたすく︵申助︶まよひいづ︵迷出︶
︹サ変︺
がいす︵害︶かうず︵講︶しやうす︵賞︶
か き い る
て お ほ す
第一篇 中 世 前 期 の 語 彙 ・ 語 法16 17 第 一 章 「 保 元 物 語 」『平 治 物 語 』 の 語 彙 論 的 考 察
︹トニ段︺
おふ︵生︶なりおつ︵鳴落︶
︹上一段︺
いきる︵生︶
︵H︶﹃保元物語﹄にのみ見える動詞
︹四段︺
○あきれまよふ︵呆迷︶あづかる︵与︶あひあふ︵相逢︶あひかはる︵相替︶あひしたがふ︵相随︶あひちか
づきむかふ︵相近向︶あひのこる︵相残︶あひまじはる︵相交︶あへづくあやしみあふ︵怪合︶あわてま
よふ︵慌迷︶いいだす︵射出︶いけづる︵射削︶いさみあらそふ︵勇争︶いさみすすむ︵勇進︶いつきかし
づく︵斎傅︶いでやる︵出遣︶いとなみいだす︵営出︶いはづす︵射外︶いひならはす︵言習︶いりあつま
る︵入集︶いわる︵射割︶うしなひをはる︵失終︶うちいだす︵打出︶うちおほふ︵打覆︶うちかさなる
︵打重︶うちかたぶく︵打傾︶うちくどく︵打口説︶うちつがふ︵打番︶うちならぶ︵打双︶うちはなす︵打
放︶うちふさぐ︵打塞︶うちまはす︵打廻︶うちわらふ︵打笑︶おしおほふ︵押覆︶おしかこむ︵押囲︶お
しけづる︵押削︶おしたふす︵押倒︶おしとる︵押取︶おしみがく︵押磨︶おしもぢる︵押板︶おそひきた
る︵襲来︶おちのこる︵落残︶おどす︵脅︶おひかかる︵追掛︶おひきたる︵追来︶おひなびかす︵追廃︶
おぽしめしいる︵思召人︶おほせいだす︵仰出︶おほせおこなふ︵仰行︶おほせつかはす︵仰遣︶おほせや
る︵仰遣︶おもひけがす︵思汚︶おもひはかる︵思量︶おもひまはす︵思廻︶おりふさがる︵下塞︶
○かいかなぐるかいつかむ︵掻掴︶かくれいる︵隠入︶かけめぐる︵駆巡︶かへりつく︵返即︶かまへもつ
︵構持︶ききおく︵聞置︶きこしめしおく︵聞召置︶きざみあらはす︵刻表︶きそふ︵競︶きりふさぐ︵切塞︶
きりまはる︵切廻︶くだしつかはす︵下遣︶くづれかかる︵崩掛︶くねる︵拗︶くぼむ︵凹︶くみあふ︵組
合︶くみとる︵組取︶くらます︵眩︶くらむ︵眩︶くろばむ︵黒︶けやぶる︵蹴破︶ごらんじしる︵御覧知︶
○さぐりまはす︵探廻︶さしおよぶ︵差及︶さしつがふ︵差番︶さしはづす︵差外︶さしふさぐ︵指塞︶さて
おく︵−措︶さぶらひあふ︵侍合︶さわぎまよふ︵騒迷︶したひまゐる︵慕参︶しめころす︵絞殺︶しめす
︵顕︶すすみよる︵進寄︶すべる︵統︶そそぐ︵注︶そぞろひく︵漫引︶そめなす︵染倣︶そりおとす︵剃
落︶
○だしぬく︵出抜︶たたかひかつ︵戦勝︶たたきころす︵叩殺︶たちすかす︵立透︶たちのく︵立退︶たちま
よふ︵立迷︶たづねのぽる︵尋登︶たづねまゐる︵尋参︶たておく︵立置︶たまはす︵賜︶つかれふす︵疲
臥︶つきしたがふ︵付従︶つげまうす︵告申︶つつしみかくす︵慎隠︶つのる︵募︶つぶす︵潰︶つみお
く︵積置︶てぐすねひく︵于−引︶とぎみがく︵研磨︶とつてかへす︵取返︶とどろく︵轟︶とぶらひまゐ
る︵訪参︶とむ︵富︶とりまうす︵執中︶
○ながしつかはす︵流遣︶なきおとす︵泣落︶なきやむ︵泣止︶なきわめく︵泣喚︶なきをめく︵泣喚︶なげ
きかなしみあふ︵歎悲合︶なげこむ︵拠液︶ならはす︵習︶にげちる︵逃散︶にごる︵濁︶になふ︵荷︶に
らみまはす︵睨回︶のがれきたる︵逃来︶のがれさる︵逃去︶ののしりあふ︵句合︶ののしりまうす︵句申︶
のばす︵延︶
○はきいだす︵吐出︶はせかさなる︵馳重︶はせよる︵馳寄︶はたす︵果︶はためくはねまはる︵皺廻︶は
やす︵生︶はらひおとす︵払落︶ひきこす︵引越︶ひきこもる︵引寵︶ひきさく︵引裂︶ひきそらす︵引反︶
ひきちらす︵引散︶ひきぬく︵引抜︶ひきのこる︵引残︶ひきほころばす︵引綻︶ひきむかふ︵引向︶ひ
しぐ︵拉︶ひりめくひれふす︵平伏︶ひろまる︵広︶ふりあふ︵振合︶ふりあふのく︵振仰︶ふるひたふ
19 第一 章 『保元 物 語』『平 治物 語 』の 語 彙 論的 考 察 第う
す︵振倒︶ほりうがつ︵堀穿︶
○まかりかへる︵罷帰︶まかりのく︵罷退︶まよはす︵迷︶まゐりあつまる︵参集︶まゐりちかづく︵参近付︶
みたす︵満︶みなぎりさわぐ︵族騒︶みやる︵見遣︶みわく︵見分︶むさぽる︵貪︶むすびおく︵結置︶
むずめくむまれつく︵生付︶めぐりあふ︵巡合︶めしえらぶ︵召撰︶もぐ︵椀︶もちあつかふ︵持扱︶も
ちはこぶ︵持運︶もてあつかふ︵持扱︶もてむらがる︵持群︶もとめいだす︵求出︶
○やけのこる︵焼残︶やりとほす︵遣通︶ゆきつく︵行付︶ゆきやる︵行遣︶ゆりかざす︵揺挿︶よせあたる
︵寄当︶
○わかれさる︵別去︶わけつかはす︵分遣︶ゐかはる︵居替︶ゐてまゐる︵率参︶をしへおく︵教置︶をぜみ
かかるをめきかなしむ︵喚悲︶をりかへす︵折返︶
︹下二段︺
○あつらふ︵誂︶あひたすく︵相助︶あひつる︵相連︶あひのぶ︵相延︶あやしむ︵怪︶あらそひまく︵争負︶
いだきかかふ︵抱抱︶いりはつ︵入果︶うけたまはりあふ︵承敢︶うちあはす︵打合︶うちいでかく︵打
出駆︶うちかたむく︵打傾︶うちちがふ︵打違︶うちのぶ︵打延︶おくりかぬ︵送難︶おくりをさむ︵送収︶
おしいる︵押入︶おつとりこむ︵追取寵︶おひかふ︵負替︶おぽしめしさだむ︵思召定︶おぼしめしわく
︵思召分︶おむ︵怖︶おもひあふ︵思敢︶
○かいこそぐ︵掻刮︶かがまりやぶる︵曲破︶かきあふ︵掻敢︶かきいる︵書入︶かけよく︵駆避︶かんじお
ぼゆ︵感覚︶ききあふ︵聞敢︶ききさだむ︵聞定︶ききたがふ︵聞違︶ききはつ︵聞果︶ききわく︵聞分︶
きりはつ︵切果︶くだけやぶる︵砕破︶くみふす︵組伏︶こしらへいる︵調入︶ごらんじすつ︵御覧捨︶
○さぐりもとむ︵探求︶さしあらはる︵差現︶さしさぐ︵差下︶さしつがふ︵差番︶さしつむ︵差詰︶さふ
︵障︶しう︵為得︶しをれはっ︵萎果︶すりきす︵磨着︶すりたっ︵摩立︶
○たえうす︵絶失︶たえこがる︵絶焦︶たすけのぽす︵助上︶ちりうす︵散失︶つぎう︵継得︶つきっかふ
︵付仕︶つきのく︵突除︶つぎのぶ︵継延︶つけこころう︵付心得︶つげしらす︵告知︶とぢっく︵綴付︶
○ながれいづ︵流出︶なしはっ︵為果︶なだめこしらふ︵宥慰︶なのりかく︵名乗懸︶なびく︵廓︶ならべす
う︵並据︶ねぢすう︵摸据︶
○はぎこしらふ︵矧拵︶はげかふ︵矧替︶はしりたふる︵走倒︶はぢしむ︵恥︶はやりかく︵逸駆︶ひきあふ
のく︵引仰︶ひきまうく︵引設︶ひしおぽゆ︵秘覚︶ひっつく︵引付︶ひろひいる︵拾入︶ふまふ︵踏︶ふ
みわく︵踏分︶まうしあぐ︵中上︶まうしきはむ︵中極︶まっりすっ︵奉捨︶まゐらせあぐ︵参上︶みとど
く︵見届︶めしすう︵召据︶
○ゆひわく︵結分︶ゆるぎいづ︵揺出︶
○われくだく︵割砕︶ゑみまく︵咲設︶をりあはす︵折合︶
︹サ変︺
○かいげんす︵改元︶がうじんす︵拷訊︶かくべっす︵格別︶がふごす︵合期︶がぶりよくす︵合力︶ききお
くす︵聞臆︶きりそんず︵切損︶きんごくす︵禁獄︶くわんれいす︵管領︶けいす︵計︶げちやくす︵下着︶
けんず︵献︶げんぷす︵還補︶けんらんす︵兼覧︶こうず︵候︶こころさわぎす︵心騒︶ごんじやうす
︵言上︶こんず︵混︶
○しはす︵死破︶しゆっけとんせいす︵出家遁世︶しゆっじゆす︵出入︶しゆどくす︵修読︶じゆらくす︵入洛︶
じゆんけんす︵巡見︶しよくす︵属︶すいもんす︵推問︶せいくわいす︵勢快︶せいす︵征︶せっしやう
せっろくす︵摂政摂録︶ぜひす︵是非︶せんかうす千行︶
第一 篇 中 世前 期 の 語彙 ・ 語法20 21 第 一 章 『保元 物 語』『平 治 物語 』 の語 彙 論的 考 察
○たくす︵託︶ぢさんす︵持参︶ちゆうしやうす︵忠賞︶ちゆうばつす︵誄伐︶ちゆうりくす︵誄戮︶ついば
つす︵追罰︶づだす︵頭陀︶つつみぐす︵包具︶てうゑつす︵超越︶てきたいす︵敵対︶てぐみす︵手組︶
どす︵度︶どつぼす︵独歩︶
○ながおひす︵長追︶ぬひものす︵縫物︶
○はいるす︵配流︶ばつす︵罰︶ぶぎやうす︵奉行︶ふしんす︵不審︶へんたふす︵返答︶ほうず︵崩︶ぽつ
す︵没︶
○まうしさたす︵申沙汰︶まつさきす︵真先︶
○よくす︵浴︶
○れんず︵練︶ろけんす︵露顕︶
○わへいす︵和平︶ゐやくす︵違約︶
︹上二段︺
おきわぶ︵置佗︶かこちわぶ︵託佗︶かなぐりおつ︵−落︶くづれおつ︵崩落︶こころむ︵試︶こぼれおつ
︵零落︶こる︵懲︶しむ︵染︶たちしのぶ︵立忍︶とんでおる︵飛下︶なだれおつ︵傾落︶
︹上一段︺
うかがひみる︵伺見︶おしゐる︵押居︶つかひゐる︵使居︶ならびゐる︵並居︶ひきゐる︵率︶
︹力変︺
たぐへく︵比来︶たづねく︵尋来︶とぶらひく︵訪来︶ながれく︵流来︶
︻下一段︼
しめる︵染︶
︵m︶﹃平治物語﹄にのみ見える動詞
︹四段︺
○あざなふ︵礼︶いだきおろす︵抱下︶
ちおもふ︵打思︶うちかかる︵打掛︶
︵落浪︶ いだきつきそふ︵抱付添︶いではやる︵出逸︶いれかはる︵入替︶う
おきさわぐ︵起騒︶おしいる︵押入︶おしさする︵押摩︶おちたぎる
○かかやきあふ︵耀合︶かきいだす︵掻出︶かけむかふ︵駆向︶かまへおく︵構置︶くひつく︵食付︶けころ
す︵蹴殺︶けしとぶ︵消飛︶けちらかす︵蹴散︶
○さがしいだす︵捜出︶さしくだす︵刺下︶さしつぐ︵差継︶さする︵摩︶さへづる︵囃︶すふ︵晩︶そだて
おく︵育置︶
○ちかづきよる︵近付寄︶つげしる︵告知︶とびかへる︵飛返︶とびゆく︵飛行︶とりおく︵取置︶とりくだ
す︵取下︶とりはなつ︵取放︶
○ながしおく︵流置︶なげきまうす︵歎申︶なだめおく︵宥置︶にげくだる︵逃下︶ねぶる︵眠︶のりこす
︵乗越︶のりたもつ︵乗保︶のりつからかす︵乗疲︶のりなほる︵乗直︶
○はしりくだる︵走下︶はしりめぐる︵走廻︶はせならぶ︵馳並︶はねおとす︵跳落︶はやりきる︵逸切︶ひ
きいる︵引入︶ひきかなぐるひきかへる︵引帰︶ふしそふ︵伏添︶ふたがる︵塞︶ふらす︵降︶
○まうしたすかる︵中助︶まうしとぶらふ︵申弔︶まうしなす︵中為︶みのけだつ︵身毛立︶むきゆく︵向行︶
もえかかる︵燃掛︶ものおもふ︵物思︶
○ゆきさる︵行去︶よつきる
○をさめおく︵収置︶をどりいだす︵踊出︶
第一篇 中 世前 期 の 語彙 ・ 語法22
『保 元物 語 』r平 治物語 』 の 語彙 論的 考 察
第 章
︹下二段一
〇あらひかぬ︵洗難︶いだしはす︵出馳︶いばふ︵噺︶いひすつ︵言捨︶うかみいづ︵浮出︶うする︵薄︶う
ちうす︵打失︶うちおくる︵打遅︶うつていづ︵打出︶おしさぐ︵押下︶
○かけたつ︵駆立︶かけはなる︵駆離︶かへりいづ︵帰出︶きりとどむ︵切止︶くだしつく︵下着︶けがる
︵汚︶けづりすつ︵削捨︶こしかく︵腰掛︶こしらへとどむ︵慰止︶こしらへのす︵拵乗︶
○さしすう︵差据︶しいづ︵為出︶
○たづねいづ︵尋出︶たてならぶ︵立並︶ちかづく︵近付︶ついたちいづ︵突立出︶としたく︵年閑︶と
ひかく︵問懸︶
○ぬきかふ︵抜替︶ぬけいづ︵抜出︶のぞみたづぬ︵望尋︶のたまはす︵宣︶のたまひふくむ︵宣含︶のりか
ぬ︵乗難︶
○はごくみたつ︵育立︶はぢおそる︵恥怖︶ひきかく︵引掛︶ひきかたむ︵引堅︶ひきをる︵引折︶ひらむ
︵平︶ふとりせむ︵太責︶ふりいる︵振人︶ほりうづむ︵堀埋︶
○まうしふくむ︵申含︶まきをさむ︵巻納︶まちまうく︵待設︶
○ゆきいづ︵行出︶よびつく︵呼付︶
○わけいづ︵分出︶ゐかく︵居懸︶をりくぶ︵折焼︶
︹サ変︺
○いしやままうです︵石山詣︶いとまごひす︵暇乞︶うへす︵上︶
○かいめいす︵改名︶がつしやうす︵合掌︶かんけつす︵勘決︶きしよくす︵気色︶きたうす︵祈祷︶きらく
す︵帰洛︶くわうはいす︵荒廃︶けいきす︵傾危︶けんがくす︵兼学︶こきやくす︵油却︶こぐそくす︵小
具足︶
○さうそうす︵葬送︶ざぜんす︵坐禅︶じやうげす︵上下︶じやうざんみす︵正三位︶しやうぞくす︵装束︶
しゅぜんぢやうす︵修禅定︶じゅにゐす︵従二位︶しりっけす︵尻付︶せきめんす︵赤面︶ぜんぢやうす︵禅
定︶
○だいしやうす︵大将︶ちうしやうす︵抽賞︶つうやす︵通夜︶どういす︵同意︶どうしやす︵同車︶どしろ
んす︵同志論︶
○はいけんす︵拝見︶ひといくさす︵一軍︶ひとかけす︵一懸︶ふうず︵封︶ふうぶんす︵風聞︶
○れうぢす︵療治︶
︹上二段︺
おちのぶ︵落延︶はせすぐ︵馳過︶はせのぶ︵馳延︶
︹上一段︺
うちきる︵打着︶かんがみる︵勘見︶しのびゐる︵忍居︶はかりみる︵計見︶ひきゐる︵引居︶まぼりゐる
︵守居︶
﹃保元・平治物語﹄の動詞はほとんど﹃平家物語﹄に包含されるであろうという予想のもとに︑三作品の使用動
詞の共通度とその実態についてみてきた︒﹃保元・平治物語﹄における動詞の約七〇〜八〇%は﹃平家物語﹄と共
通し︑残りの二〇圭二〇%が共通しない︒﹃保元∴平治物語﹄の二作品がその作品の分量において︑﹁平家物語﹂の
約六〜七分のぐらいしかなく︑しかもそれらで使用されている動詞の中には︑右に掲げたごとく︑﹁平家物語﹂
23 に 見 え な い 語 が あ る と こ ろ か ら も ︑ 先 述 し た ﹃ 保 元 ・ 平 治 物 語 ﹄ に 見 え る 動 詞 語 彙 の 多 様 性 を 認 め る こ と が で き よ
第一篇 中 世前 期 の 語彙 ・ 語法 24
う︒しかし︑また一方において︑﹃平家物語﹄に見えない個々の動詞についてみると︑圧倒的に複合語の例が多く︑
一語当りの使用頻度数も極めて低いものばかりである︒なお︑単純語で﹃平家物語﹄に見えないものは次の諸語で
ある︒
おどす︵脅︶きそふ︵競︶くねる︵拗︶くぼむ︵凹︶くらます︵眩︶くらむ︵眩︶さする︵摩︶しめす
︵湿︶すふ︵晩︶そそく︵注︶つのる︵募︶とどろく︵轟︶とむ︵富︶ならはす︵習︶にごる︵濁︶にな
ふ︵荷︶ねぶる︵眠︶のばす︵延︶はたす︵果︶はやす︵生ひしぐ︵拉︶ひろまる︵広︶ふたがる︵塞︶
ふらす︵降︶まよはす︵迷︶みたす︵満︶むさぼる︵貪︶︵以上︑四段︾
あつらふ︵誂︶いばふ︵噺︶うする︵薄︶けがる︵汚︶さふ︵障︶ひらむ︵平︶ふまふ︵踏︶︽以上︑下二
段︾
こころむ︵試︶こる︵懲︶しむ︵染︶︽以L︑上二段︾
しかし︑これらの単純語は﹃保元・平治物語﹄にあって使用頻度が少なく︑また︑他の作品などにおいても使用
されることの少ない語なのである︒従って︑﹃保元し平治物語﹄において使用頻度の多い動詞はIIIでみたごと
くほとんど単純語であって︑複合語のものは極めて数少なく︑同時にそれらは﹃平家物語﹄などとも共通する度合
が大幅に高いことがわかる︒かかることから︑﹃保元・平治物語﹄の動詞語彙がその語彙量などから考えて比較的
異なり語が多いことをみてきたが︑それは︑﹃保元・平治物語﹄において︑基本的動詞あるいはこれらの作品の特
色を示すような語群の枠外に点在すると思われる複合語が数多いことによるものと解せられるのである︒
︹注︺
︵1︶坂詰力治・見野久幸共編﹃平治物語総索引﹄﹃保元物語総索引﹄に拠る︒
︵2︶金田一春彦・清水功・近藤政美共編﹁平家物語総索引﹂︵昭和四八年四月︑学習研究社︶の巻末四二七頁に付載された
﹁品詞別使用度数表﹂に拠る︒
べ らたし載転らか頁一八五﹄論新語代時安平﹃著裕島築︶3︒4
︶たとえば︑﹃平家物語﹄における使用度数の大きい順位一〇〇位までの動詞を列挙すると︑次のごとくである︵注2文
献の巻末度数表に拠る︶︒
①たまふ︵給・賜︶︹四段︺②す︵為︶③あり︵有・在︶④さうらふ︵候︶⑤まうす︵申︶⑥いふ︵言・云︶
25 第 一一章 『 保 元 物 語 』『平 治 物 語 』 の 語 彙 論 的 考 察
− 一 一765
− 一 一
⑦おもふ︵思︶⑧なる︵成︶⑤みる︵見︶⑩とる︵取︶⑥まゐる︵参︶⑩さりTフ変︺⑩いづ︵出︶⑩
のたまふ︵宣︶⑩まゐらす︵参︶⑩うつ︵打・討︶⑩めす︵召︶⑩たつ︵立・発︶⑩いる︵人︶︹四段︺⑩
きく︵聞︶⑩きこゆ︵聞︶⑩ひく︵引︶⑩あふ︵会・合・逢︶好みゆ︵見︶⑩しる︵知︶⑩ゆく︵行︶図
かへる︵帰・返・還︶⑩かく︵掛・懸︶⑩おはす︹サ変︺⑩おぼしめす︵思召︶⑥おぼゆ︵覚︶⑩おほす︵仰︶
⑩いる︵入︶︹下二段︺⑩およぶ︵及︶⑩いる︵射︶⑩おす︵押・推︶⑩のぼる︵上・登・昇︶⑩きる︵切・
斬︶⑩のる︵乗︶⑩おつ︵落︶⑥おく︵置︶⑩よす︵寄︶⑩なかす︵流︶⑩むかふ︵向・迎・饗︶⑩あぐ
︵上・挙・揚︶⑩つく︵付・就︶︹四段︺⑥なす︵成・為︶⑩わたる︵渡︶⑩かく︵書︶⑩さぶらふ︹四段︺
⑥よる︵依︶⑩まします︹四段︺⑩くだる︵下︶⑩ぐす︵具︶⑩かへす︵返・帰︶⑩たつ︵立︶︹下二段︺
⑩く︵来︶⑩せむ︵攻責・逼︶⑩おとす︵落︶⑩つく︵付︶︹下二段︺⑥はす︵馳︶図もつ︵持︶⑩うけ
たまはる︵承︶好しかり︵然︶Tフ変︺⑥わたす︵渡︶⑩さす︵刺・差・指・挿︶図すぐ︵過︶⑩あく︵明・
開︶⑩すつ︵捨︶⑩たまはる︵賜︶⑨よる︵寄︶⑩きる︵着︶⑩つかまつる︵仕︶⑩おふ︵追︶⑤ゐる
︵居︶⑩いそぐ︵急︶⑩なく︵鳴・啼・泣︶⑩あがる︵上︶⑩かかり︹ラ変︺⑩つくる︵作・造︶⑥かなふ
︵叶︶⑩かく︵駆︶⑩たづぬ︵尋︶図あはす︵合・併︶︹下二段︺⑥だたかふ︵戦︶⑩つかはす︵遣︶好とふ
︵問︶好おくる︵送・贈︶⑩ふす︵伏︶⑩おはします︹四段︺⑥くだす︵ド︶⑩おこなふ︵行︶⑩うく︵受・
請・享︶⑩こゆ︵越・超︶⑩なのる︵名乗︶⑩まつ︵待︶⑩かふ︵代・替・換・変︶⑩つく︵着︶⑩とどむ
︵停ふ田︶価しぬ︵死︶
別掲I参照︒
別掲H参照︒
別掲Ⅲ参照︒
第一篇 中世 前 期 の語 彙 ・語 法26 27 第一 章 「 保 元 物 語 」「 平 治 物 語 」 の 語 彙 論 的 考 察
︵8︶万葉集・竹取物語・伊勢物語・古今和歌集・土佐日記・後撰和歌集・かげろふ日記・枕草子・源氏物語・紫式部日記・
更級日記・大鏡・方丈記・徒然草の十四作品に使われている単語を整理︑対照させた宮島達夫編﹃古典対照語い表﹄︵昭
和四六年九月︑笠間書院︶を参照した︒
別掲﹂
︵I︶﹃保元物語﹄﹃平治物語﹄﹃平家物語﹄の三作品に共通する動詞
︹四段︺
○あがる︵上︶あざわらふ︵嘲笑︶あそばす︵遊︶あたる︵当︶あづかる︵預︶あづけおく︵預置︶あつま
る︵集︶あひならぶ︵相並︶あひもよほす︵相催︶あふ︵合・遇・逢︶あふぐ︵仰︶あます︵余︶あまる
︵余︶あゆむ︵歩︶あらはす︵表・現︶あらふ︵洗︶あわてさわぐ︵慌騒︶いおとす︵射落︶いがる︵怒︶
いけどる︵生捕︶いころす︵射殺︶いそぐ︵急︶いだく︵抱︶いたす︵致︶いだす︵出︶いただく︵頂・
戴︶いたむ︵痛︶いたる︵至︶いつくす︵射尽︶いでむかふ︵出向︶いとほす︵射通︶いのる︵祈︶いは
ふ︵祝︶いひおく︵言置︶いふ︵言︶いりかはる︵人替︶いる︵入︶うかがふ︵伺︶うけたまはる︵承︶
うけとる︵請取︶うしなふ︵失︶うちあがる︵打上︶うちうなづく︵打頷︶うちかつ︵打勝︶うちかへす
︵打返︶うちころす︵打殺︶うちとる︵討取︶うつ︵打・討︶うつす︵移︶うつたつ︵打立︶うづむ︵埋︶
おく︵置︶おくる︵送︶おこす︵起・興︶おこたる︵怠︶おこなふ︵行︶おこる︵起・興︶おしのごふ︵押
拭︶おす︵押︶おちあふ︵落合︶おちゆく︵落行︶おつつく︵追付︶おとす︵落︶おとる︵劣︶おとろか
す︵驚︶おどろく︵驚︶おはします︵御座︶おふ︵負︶おふ︵追︶おぼしめしいだす︵思出︶おぽしめす
︵田−召︶おほせくだす︵仰下︶おもひきる︵思切︶おもひしる︵思知︶おもひやる︵思遣︶おもひわづらふ
︵思煩︶おもふ︵思︶おもる︵重︶およぶ︵及︶おろす︵下︶
○かいはさむ︵掻挟︶かうぶる︵被・蒙︶かうむる︵被・蒙︶かかる︵掛・懸︶かききる︵掻切︶かきくどく
︵掻口説︶かく︵昇︶かく︵書︶かくす︵隠︶かけいる︵駆人︶かしこまる︵畏︶かたぶく︵傾︶かたむく
︵傾︶かつ︵勝︶かなしむ︵悲︶かなふ︵叶︶かはる︵変・替︶かへす︵返・帰︶かへりまゐる︵帰参︶か
へる︵返・帰︶かよふ︵通︶かんじあふ︵感合︶きく︵聞︶きこしめす︵聞召︶きたる︵来︶きらふ︵嫌︶
きる︵切・斬︶くだす︵下︶くだる︵下︶くどく︵口説︶くむ︵組︶くもる︵曇︶けず︵消︶けづる︵削︶
こす︵越︶こととふ︵言問︶こふ︵乞︶ころす︵殺︶
○さうらふ︵候︶さがす︵捜︶さがる︵ド︶さきだつ︵先立︶さしおく︵差置︶さしつかはす︵差遣︶さしは
さむ︵梓︶さす︵差・挿・点︶さす︵鎖︶さそふ︵誘︶さらす︵晒︶さる︵去︶さわぎあふ︵騒合︶さわぐ
︵騒︶しいだす︵為出︶しく︵如︶したがふ︵従・随︶しづまる︵静︶しづむ︵沈︶しのぐ︵凌︶しのぶ
︵忍︶しぼる︵絞︶しる︵知︶しろしめす︵知召︶すごす︵過︶すすむ︵進︶すておく︵捨置︶すむ︵住・
棲︶すむ︵澄︶せめたたかふ︵攻戦︶そむく︵背︶
○たがふこ遅︶たすかる︵助︶たたかふ︵戦︶たちいる︵立入︶たちかへる︵立帰︶たちよる︵立寄︶たつ
︵立・発︶たづねいだす︵尋出︶たてまつる︵奉︶たのむ︵憑・頼︶たばかる︵謀︶たぶ︵賜︶たまはる
︵給・賜︶たまふ︵給︶たまる︵溜︶たもつ︵保︶ちかづく︵近付︶ちがふ︵違︶ついたちあがる︵突立ヒ︶
つかはす︵遣︶つかふ︵使︶つがふ︵番︶つかまつる︵仕︶つく︵付・着︶つく︵突︶つぐ︵継︶つく
る︵作︶つたへきく︵伝聞︶つづく︵続︶つつむ︵包︶つむ︵積︶つらなる︵列・連︶とく︵解︶とどま
る︵留︶とぶ︵問︶とぶ︵飛︶とぶらふ︵弔︶とぶらふ︵訪︶とほす︵通︶とほる︵通︶とりいだす︵取
出︶とりおこなふ︵執行︶とりつく︵取付︶とりなほす︵取直︶とる︵取・捕︶
○なかす︵流︶なきかなしむ︵泣悲︶なく︵泣・鳴︶なぐさむ︵慰︶なげいだす︵投出︶なげく︵歎︶なす