『
法 華 経 』
に
お
け
る
「
加 持
」
の
概 念
津
田
眞
一 ・ こうろ ん
1
は じめに 問題と行論の方 針 昨 年の 暮れ の事で あっ たか今年 (平 成 18年 )の 始めの こ と で あっ たか、 40 年 来の 旧 友福田亮成博士の 古稀記 念特 集 号 「密教 理 趣の 宇 宙」(r
智山学 級 』 第五 + 六輯 )へ の 投 稿の依 頼を頂い た時 、私はそ れ を 天啓の如 くに感じて ほ とん ど反 射 的に 「『法華 経』 に お け る 「加 持」の概念」な る論 文の提 出を お約 束し た もの で あ る。 「加 持」とい う こ と が 「密 教理 趣の宇 宙 」とい う総 題 が そ れ を指 示 して い る とこ ろ の密 教の 思 想 に とっ て最 も重要な視点を構 成 すべ き もの で あろ うことは当然予想 し得る とこ ろ で ある が、 その 前にそ れ が 「『法 華経』にお ける」 とい う限定 を附 して の もの で あっ たの は、 ひ とえに、当時私が 『法華経』とい う丁度深い 泥田の ようなテキス トにか かずらっ て 苦し ん で お り、 ことにその投稿 依頼を受けた時 点で或る 一つ の用 例 (後に検 討 する 【用 例 1】) に お け るこの 「加持 」とい う言葉が どうして も理解で きず、 ひ ど く苦しん で い た か ら に 他 な ら ない 。 私 ど も学問、 い や、 仏 教学 とい う特殊な学問 を す る 者 に とっ て のその時々 の問題は、 こ の私 なら私とい うその学 問の当事者に とっ て外 的な或る者、 私 な ら私の その 学問 的 な一生の 全体を 見渡すこ との で き る或る超越 的 な存在 者、 い わ ば一種の ゲニ ウス 傀霊)の如 き者に よっ てその予め 見 渡 さ れ た 全体の 中で私 た ちの そ れ ぞ れに対 して そ れ ぞ れ必 然 的 (notwendig 、 運 命 的)に与 えられ る のだ、 とい う の がこの 二十 数年来の 私の持論なので あるが、 『智 山学 報 』か らの 投 稿依 頼に対 し て 私を して即座 に応諾せ し め、ま た 反射的 に 「『法 華経 』に おける 「加 持 」 の概 念」 と い う問題をその 題 目 と して提 示せ しめ た もの は、 今に して思 えば、 こ れ また確かに、 その私に とっ ての学問の ゲニ ウス に他な ら な かっ た。 その 執 筆依頼があっ た時、 その ゲニ ウス は咄嗟に私 をそれに応諾せ しめ、 その こ とに よっ て私を拘束して私をこ の 問 題 に 立 ち向か わ せ ようと し たの で あ る。 こ うしてそのゲニ ウス に ま さに 「加 持 」 さ れ た 如 くに して 、 す な わ ち、 こ れ がこ の 「加持」 とい う言 葉の最 も普通の、 常識 的な意 味なの であるが、何か魔 術 的な力を加 えられ た かの 如 くに して私は執筆依 頼に応諾し、 その用 例における 「加持 」の問題に 改めて主題的に取 り組 もうと し た わけであ る が、 その時点で私 に は その 行 論の 方 途 に 関 して一つ の 目算が無いで は なかっ た。 す なわち私はその用 例に おけるbodhisattvad
−histhatlena
(「菩 薩の加 持 に よっ て」)とい う用語 を、 私が これ まで永 らく親しん で き た 『華厳経 』の 「入法 界晶」、 私が そ れ を 目 して 〈大 乗 仏 教の 典型 〉、 〈大乗 仏教の完智山学 報 第五十六輯 成 態〉であると考える
Garp4avyaha
−stitra (略 号 GV )の、 大 乗 仏教 的 世 界構 造 をわれ わ れ が再構成 し ようとする 際に決定的 なkeystone
(要 石 )の 位 置 を 占め る或るパ ラグ ラフ (それ につ い て も後に論ずる)の 中にあるbodhisattvajfianadhi
§thita
(「菩薩の知慧 に よっ て加持せ ら れ た」)とい う表 現 と結 びつ けて考 えるな ら、 こ の問題に何 らかの 解 決の途が 開かれて くる の では ない か、と考えてい たの で あり、その線か ら改めて こ の用 例の解釈 を試み ようと考 えた の で ある。 実は私はGV
のそのパ ラ グ ラフに 関して は 1988 年1)以来、 すで に幾 度か繰返 して論じて き たの であ る が、その 間依然と して このbodhisattvajfianadhiS
!hitaとい う言葉に 「菩薩の 知慧に よっ て加 持 され た」 とい う 全 く形式的な訳語を当て は めてそれで済 ませ て きたの であ り、 し か しながらその 間い つ も、 心の底でそれ で は まだ何か考 えが及ん でい ない 事 柄が、しかも決して少 くなく 残さ れて い るの で は ないか とい う不 安 を感じ続け てきた の で ある。 事 実的に考 えるな ら、 こ の 意 識潜 在的 な 不 安が件の 『法 華 経 』の用 例 に お け るbodhisattvadhisthana
(「菩 薩の加持 」)とい う用 語を私に問題 と して意識さ せ、 私を そ れ に拘 泥さ せて き た の であ り、 そ し てこ の意識潜在が私 を強迫して 自 ら進ん で こ の問題 を約束の論文の主 題 と し提出 さ せ、 さ ら に今年の8
月末、 とい うその 締切期限 に よっ て重ねて私 自身の 努力の意志を拘 束し ようと し たもの で あろ う。 しか し、 実 際に執筆に か かっ てみる と、 こ の私の最初の 目論み は事 実 的 な文献解 釈 の レヴェ ル に おい て簡単に 挫 折 し た。 ま た 私 は その 挫折を 通 じ て新た に出来し て くる 困難を その都 度回避 し ようと して次々 にい くつ かの 試考を し た が、 そ れ ら も 結局は挫 折 し た。 そうして挫折を繰 り返 してい るうちにた ち ま ち8 月 末日の締 切 り期 限 は 過 ぎ、10
月末の猶予期限も過 ぎ、 とうとう今日の絶対期 限 を迎 えて しまっ たの で ある。 し か しこの 間、 その挫折の繰返 しの うちに、その挫折の繰 り返 し を通 じて徐々 に見 えて きたもの があっ たの もまた事実で あっ た。 それは気がつ い て みれ ば私 なら ば最 初か ら そ れ を予測 してい て 当然の もの、 端的 に 言 うな ら、 そ れ は 『法華経』とい うテキス ト の背後に あ り、 し かもこ の テ キス トの 中に明ら かに或る仕方に よっ てそれ自身を告知 して いる とこ ろの如 來、 『法 華経』 本門の い わ ゆる久遠 実 成の 釈迦が そ れの明示 的な、 あ るい は自己 言及的 な 「加持」、 キ リス ト教 神学の 言 葉で い うな ら ま さ にGegenwart
(臨在)であ る とこ ろ の神 (必ず し も キ リス ト教その もの の 「神」Gott
で は な く、 もっ と開放さ れた意味に おける神 )と しての 如來、 伝統 的な用語法に従っ てい うな ら 『法華 経』に おける 〈法身の如來〉、とい う問題であっ た。 因みに、私は 上に 「私な ら ば最初 か ら そ れ を予測して い て当然の」と言っ たの であるが、そ れ は、 私がこの 「二 十年 来の 持説 」に お いて、 〈開放系の神 〉 と称して その 種の神の 存 在 をテ キス ト理解 の 最終 的 な原 理 とし てきた か ら に他 ならない 。 す なわち、そ れ は、その私の 「持 説」 に おい て先ず 仏教思想 史の究極 的な統 制原理 と して その仏教 思想 史をその ように展 開 せ しめ、 その尖端 (あるい は帰 結、 とい うべ きか)に於てそ れ 自身の正体ない し は そ (16
)『法華 経』における 「加 持」の 概 念 (津田) の 思想 をわ れ わ れ に告 知する当の もの なの で あ り、 或い は逆の方 向か ら言 うな ら、仏 教の 思想 史と は 「歴史を貫 く 目 的 論 的 理性 」 と して のその 神が 「自己を告 知 する」 (フッ サール)2)その過 程に他 な らない の であるが、 こ の神は とりも直さずその仏 教 思 想 史を形 成 し て い るそ れ ぞ れの体系の背後に必ず存 在して い る はず なの であ り、従っ て 私 が 『法 華 経』とい う異様なス タ イル の テ キ ス トを 理解 しようとするな ら、 私は当然 最 初か ら そこにこの神の存在を 最初か ら想定し て、 さ ら にい うな らばその異様なス タ イル (文体 )こそが、 こ の神の 、ま さに 「顕 わに語るの で も な く、 ま た 隠 し だてする の で も ない 」3) (ヘ ラ ク レイ トス )とい うそ の種の告知の 典 型 的 なス タ イル に よ る 自 己 告知の反映であるこ とと想 定しつ つ 、 そ れに臨むべ きで あっ た
し か も、不思議な こ とに、そ れ も ま た その 『法華経 』の神 ・如 來の 最初か らの意図、 まさ に後に論ずる 【用 例
1
】に お け るbodhisattva
−sa血mantrita (善
薩
の配 剤 )に よっ た かの如 くに、 私 は そ れ を想 定 して掛るこ と を し な かっ た の である。 つ い で に もう 一つ 補足を してお く な ら、 私が最初に述べ た私 なら私 とい う個々 の 仏 教学者の学問 的 な生涯 を その 見渡し sarhmannita によっ て 運命 的に支 配し てい るゲニ ウ ス と は、そ れこ そ が 私 ども仏教 学 者の学 問の 対象で あ る とこ ろの この仏教の個々 の テ キス ト の背後に一貫して存 在し、 し か も全体 的な仏教思想 史の展 開を その 如 く に 支 配 し てい る神 ・如 來と 同じもの なの で ある。こ の ように して私は、 こ の数ケ月 間、 それ がその神 ・如来の 作 意で あ るに違い ない ところのその異 様 な文体にお ける 『法 華経』の テキス トに、 その作意に思い至る こと な く正面か ら、も し く は表面 か ら 取 り組み、 試考と挫 折 と を繰 り返し て き た わけであ るが、 その 結果とし て改め て意識さ れて来 た もの が、 その 当の 神 ・如 来とい う問題で あっ た。 この、 改めて意識 さ れ た 『法 華経』の 神 ・如来とい う視点は、今度 は 一段 階 深い レ ヴ ェ ル におい て最初にそ れ を 目 論 んで挫 折 した 「入法 界 品」の それ との連関における 『法華 経』の 「加持 」の概念、とい う問 題 を再び私の解釈 作 業の視 野の 中に浮び 上 ら せ た、蓋 しその 『法 華経』の神 ・如 来は同時に仏教思 想史のゲニ ウス と し て、 『法 華 経』に先行する、とい う想定に私が 立 っ てい る 「入法界 品」の、 但 しその段 階に おい て はい まだ 『法華経』の 場合の 如 くに は自己言及 してお らず、要 する にい まだ沈黙 し てい る神 ・如 来と して、 背 後に も存在してい た道理である か らで ある。そ して、一旦 「入法 界品」 との解 釈 的な連 関が確 保さ れる と、そ れ は直ち に 反転 して 『法 華 経』に お ける 「加持 」の そ れ 以後の 用 例 (後 に論 じる
【
用例 6】、 【用 例 7】、そ して 【用 例8
】)へ と伸張せ ら れ て一つ の視 線を 形 成するこ とに なっ たのである が、そ の 視 線の 先 にあ る ものが、 ま さ に、 密 教の神たる法 身大 日如来、 ない し は、 その神の存在におけ る密教の世界の構造の 問 題である と私に は感じ取 ら れ たの であ る。私は今、 こ の原稿の締切 りの絶対期 限 とい う時 点に 立っ て み て ようや く、 その最初
智山学報第五十六輯 の原稿 依 頼とそれに対する即 座の 、 しか も 「『法 華経』に お け る 「加 持」の概念」と い う題 目 を 以っ てする 応諾が、その時 すで に こ の最 も菲 才の私の さ さや かな学 問の 過 程 をも運命的に支配 してい る件の ゲニ ウス に よっ て荷わ さ れて い たその 意味、 下に検 討する 【用 例 1】に引きつ けて言うな ら ば そこ における 「菩 薩」 それ はその実体 におい て は他 な らぬ神 ・如 来であるので あるが の salhmantdta 、 が解っ て 来 た よ うな気が し てい るので あ る。 そ して、 今の 時点に おい て得てい る かぎ りのその見通し を、 そ れ を得る に至っ た経過の 一端と ともに述べ てみ ようと思 うのである。 な ぜ な ら、 その見通しを支配 し てい るもの も ま た その ゲニ ウスで あ る と し た な ら ば、 そ れ はこ の 縁 を通 じて多分私を、私の運命た る、い や、畏 友福田亮 成博士 と不 肖私との 共 通の 運 命 的な制約で ある とこ ろの 、 わ れ わ れ が そ れに属する新 義真言宗の建て前で あ る加持 身説 法説へ の了解 的な、そ し て その了解に も とつ く実存 的な還帰へ の途を何 ら かの か た ちで示 して く れ る筈の もの であるか らで ある。
2
『法 華経 』の文 体の特 異性 とそれ に関 連し た解 釈作業 の方針し か し実際 に そ ら 「加 持」の用 例の解釈の作 業に入る前に、その 検討に入るため に も、わ れ わ れ はこの 『法華経』とい うテキス トの文体の特異性につ い て い くつ かの検 討 を加 えておく必要がある。 例えば平川彰博士は言われ る、 「法華経は諸経の王 とい われ、 仏教 経 典の 中で は、 もっ とも広 く尊崇 さ れ、 信奉せ ら れた経典であ る。 その大 き な 理 由 は、 法華 経 (『妙 法蓮華 経 』)は、読 誦して非 常に 美しい 経典で あ る か らで ある。 ……こ れ は法 華経の内容がす ぐれ てい る と 同時に、 翻訳 者羅什 (四〇 五 年訳)の 翻訳の 力が勝れて いたか ら である。」4〕 と。 私 も、 平 川博士の この言 葉 は 全 く その通 りで ある と考える。 しか し、それ は博士 も言わ れる通 り、 あ くまで羅什 訳の 『妙法 蓮華 経』に 限っ ての こ と なの であ り、その サン ス ク リッ ト原 文の文体は、 蓋し最悪で あ る。 と こ ろで、 E.ア ウエ ル バ ッハ 私はこの 人に関 し て は ご く最 近 、偶 然に知る こ とに なっ た に 過 ぎ ない の であ る が
は その論 文集 『世界文学の 文献学』(みす ず 書 房、 1998 年)の第一論 文 「聖書の 通 俗 的 な言 葉」に おい て、 聖書とい うその 内容が 最 も
「崇高で神秘に覆われ てい る」書物が何 故に sermo ・humilis、 すな わ ち「漁 師の言 葉」semlo
piscatolius
の 如 き卑俗な言 葉に よっ て 書か れ たの か、その理 由 を種々 考 察 し てい る (但し、 私の見る とこ ろ、 そ れ は は か ば か しい結 論を示 し得て はい ない 如 くなの であ る が… …)。 私は 『法華 経』 原典の梵語 それ 自体が その意 味に おいてhu
血lis
であるの か否か を判定 する能力は有 してい ない の で あ る が、 私が その文体 (ス タイル)を敢 え て 「蓋 し最悪」で あ る と評 するの は、 私 自身がそれ を理 想と して 、 日々 、 そ れ に向っ て 少 し で も 近づ こうと努力してい るその語 り方 ・口調の明快、 正確 とい うこ と か ら は、 (18
)『法華経』に お け る 「加持」の 概念 (津田) そ れ こそ 明ら か に懸 け離れ て、その 対極の 曖 昧と混乱の極 致を 示 して い る か らに他な ら ない 。 そ して、 私はそ れ を故 意によ る もの で ある と考 える、要 する に、 『法 華 経』 の梵語 原 典の文体は、故 意 にmisleading なの であ る。 すな わち、 そ れ は、 次に検 討す る 【用 例 1】の キーワー ドの 一つ bodhisattva−sarbmantrita (b .s.)(〈菩 薩に よっ て周到 に配慮さ れ た (その計 画)〉)にな ぞ ら え る な ら ば、わ れ わ れ今日の解釈者に対 して 、 既に 「菩薩」ならざる、 件の 『法 華経』の ゲニ ウス あるい は神 ・如 来が、その 計画に 従っ て意 図 的にその よ う なス タイル を 採 用 した もの である筈なの である。 も ちろ ん、わ れ わ れの 解 釈 作 業におい て は、その様な神秘 的 な概 念 を最 初か ら持 ち 出すこ とは不 当である。 こ の テ キス トの 全 般 に亘 る 用 語の曖 昧 さ や その ド ラマ 的構 成 に おける前 後矛盾や混 乱、さ らには、その解釈作 業の結 果そ こに 回復さ れ る救 済論や 仏身論の 混乱 そこ で はそれ ぞれ相互 矛盾 的 な二 つ ない し 三つ の救 済論や仏身論 が、 丁度二 色 ない し 三 色 の縄 を なっ た ように 同 時存在し てい る は、 取 り敢 えずは編集 史 (Redaktionsgeschichte、 これ は言 う まで もなく新約聖書 学の用語なの で あ る が … …)的な混乱 と 見做 さるべ きもの で はある。 これは私 個 人の 全 く暫 定的な考え なの で ある が、 私は 「方便 品」の教 説 を承 けて 「譬喩 品」の 【引用 1】で その 帰結が示さ れ る 『法 華経 』の最初 の部分 に おい て す ら、 その 成立 ない し形成に三 つ の世 代が関与し て い る、とい う、言っ て み るな ら ば三世 代成 立説 、い や、 三世代関 与 説 をとるの で あ る。 す な わ ち、 まず第 一世代と して 、 或る多分 一人の宗 教 的 ・宗教 哲学 的な 天才がい た で あろう。 彼は 正統 的な大乗仏 教の教理 ・教学ない し は その 教 養 に は 冷淡であ り、 ま た 対 社会的 に は圭 角多 く狷 介で あ り、 それ だけに比較 的少 数の、そ して き わ めて熱 烈 な 崇 拝 者に囲 ま れて、当 初、閉鎖 的なcult を形成し て い た もの と想 像さ れる。 彼は 自 らの教 説に異 様な 自負を 抱い てお り、その 自負は 「方 便 品」の核心 的教説、 すな わ ち 「秘密」(rahasya )の 帰 結が示さ れ たあと、そ れ を承 けた 「譬…喩 品 」の 最初の部 分で諸 天 が そ れ を、 鹿野苑にお ける歴史上 の ブ ッ ダ (釈 尊 )の 初 転法 輪に次 ぐ 「第二 の 転 法 輪」、し か も、第一のそ れ を 遙 かに浚ぐ高度の転法輪で ある と見倣 した、とい う経の 記述にも反 映さ れ てい る ところである。 しか し、 彼の こ の 自負は当然の こ と乍ら外部 か らの反感さ らに は 迫害を呼ぶ。 『法 華経 』の 文体に 一種の高 雅 ならざる (humilisな る)気 味 を与 えてい る もの は、 繰返 し表 明さ れるその被害意 識 と、 外部 に対 する呪詛 とであ る。 次の第二 世代を 形 成するのは、 こ の教祖的 人物の直接の弟子達で ある。 その教祖 的 人物は、 何 年か、 十何 年か、 或い は何十 年かの間、 その説法の活動を続けた で あろ う。 その 間、その 教 説 は 或い は内的に変 化発 展 し、或い は対機 説 法的 な多様 性を有つ に 至っ たで あろ う。 そ して、そ れ は彼の 直 弟子たちによっ てその 時期 と場合に応 じてそ れ ぞ れ に受 けとめ られ、 記憶さ れてその相互 矛盾や多様性 をその ままに 一種の語録的
智 山学報第五十 六輯 集成を形 成してい っ た と想 像さ れる。 そ してその語録が その教祖 的人物の死 後、 それ ら弟 子達によっ て その 内容 をそ れ ぞ れの見 方に よっ て合 議の 上取捨 さ れ、 原初 形態に お け る 『法華経』と して再構成 さ れ たで あろう。 第三 の世代はそれら直弟 子達の次の、 いわ ば孫 弟子の世代によっ て形 成さ れる。 彼 らはその教祖 的人物 を直接に は知っ て お らず、伝 え聞 く その 為人へ の尊敬の 念か ら改 めて 「語録」に向い、 直弟子 世 代 の素直 な、敢 えて言うな ら ば凡庸な 理解を 批判的に 再考して、 「語 録 」の うち か ら改めてそれこそが教祖の真 意であっ たで あろ うと思わ れる部分 を拾い 出 し、 そ れ をその 原初 的 なテ キス トに附加した であろう。 この段 階が 現行 『法 華経 』の 冒頭 部分 、す なわち 「方便 品」 第二 とそこ にお ける根 本 教 説、 「方 便品」末尾の 第
140
偈にい うrahasya (秘密)、を承 けて 【用 例1
】に よっ てその帰 結 が示され る部 分、よ り厳密にい うならば 「火宅の譬喩」に入る以前の部分に 反映さ れ てい る の だ、 と今の ところ私は考 える の で あ る。 そ して 、 その 部 分 は、 こ の 「編 集 史」 的 な事情 を反 映した混 乱 を示して い る もの と、 一 まずは、 理解 しうるの で あ る。 こ こ で少しく脇 道に外れる ようでは あ るの で あ る が、 予 め 後の 検討の方向を 示 して お く、 とい う意味も あ るの で、 こ の第三世代に よる附加 、より正確には回復とい うこ と との 関連におい て私がい まの時点で気づ い て い るこ と、 ない しは、 問題 とし て意識 してい るこ とを一、 二書き留め て お くこ と に し よう。その 第一は、上の 「方 便 品」の第
140
偈にお ける rahasya (秘 密 )、 とい うこ と に 関 連 する。 苅谷 定彦博士は (私が殊に苅 谷博 士の所説 に注 目するの に は、 き わ めて重 大 な 理 由が存す るの であ る が、その ことにつ い ては、次に述べ る)、この 偈を含む第 135 偈以下の 11 偈を 「後代の 附加 」である とし、 「方便 品」テキス トにお けるその部分の 存 在 意 義を全 面 的に否 定して お ら れる5)。 し か し、 その rahasya が第138 偈 、すな わ ち、atas ca ascaryataram vadtmi
lmtv
亘nayo
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−imath
subh51itam1
anumodi ekarh
pi
bha
耳eya v且carh
kpa
sarvabuddhdna bhaveya pUjE〃 138〃「しかし、 私は今、 これ よ りさ ら に驚 くべ きこ と を 説こう。 (す な わ ち)、 誰 か 人 がこの (私 に よっ て か くの如 くに)善 く語ら れ た法を聞いて、 隨喜して仮 令 一言 で も (「然 り」とい う)言 葉を発 する なら、 (その 人は)一切 諸佛に対 して供養を なし たもの となる で あろ う。」(私 訳 ) が言 う ところを指 し てい るの だ と す る な ら (事実 、そ れ は指 して い る の であるが)、 そ れ は 「法 華 〈仏 乗〉を充 分に理解 しない もの」(苅谷 博士)で あるの で は なく、 逆に む しろ その 「法 華 〈仏 乗〉」の核心 を 「方便品」の そ れ ま での所 説 (K .41 .18− 20, K .42 .
9
〜11,K43
.1
−−2
,v.53
)よ り さ ら に一歩 踏み 込ん だ レヴェ ル におい て反 映 して い る (20
)「法華経』にお ける 「加 持」の概念 (津 田)
の である。 因み に、こ の レ ヴェ ル を示 すもの は後に述べ る 『法華経』の成立的な第二
類の先 頭 に く る 「法師 品」冒 頭にお ける次の 如 きコ ンテ クス トなの で ある。
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§yanti __paripUrOabuddhako口nayutagatasahasraparyup 五sit酉vinas te....,.
bhavi
爭yanti
/(K .224 .8 −− 225 .1) 「薬王 よ、誰に せよ 如 来 (た る 私)が般 涅槃した後 (その私の)こ の法 門を聞 く で あろ う 者 た ち が、仮令たっ た一偈 で も聞 き、 た っ た 一念で も心を発 すこ と を 以 っ て (それ を)隨喜 する であろ うな ら、そ れ らの人々 は百 千 倶 胝 那由他の 諸 仏 に親近承事 した者と なる で あろ う。」(私 訳 ) すなわ ち、 それ まで の 「方便 品」に於ては、例 え ば 上 記K
.41
の例で は (K
.42
、K
, 43 の例 も 全 く 同 じ なので あ る が〉 「その 法 を聞 くで あろ う者たちはすべ て無上 正等 覚 の獲得者 (IAbhin) になる であろ う」と なっ て い る の であ り、そ して この 場合この 15b− hinに は (1)そ れ を聞い た その 瞬 間に、 (2)この 世に於て、 現法に、そ して (3)遠 い 未来 に、 「無上正 等覚の獲i
得 者」、 す なわち、 所 謂 「小善成仏」の パ ラグラ フ に お け る第93
偈に よっ て示さ れ る 同義語で言うな ら 「仏 buddha」に なる、 とい う三つ の 意 味 可能性が ある の であるが、第三 世代によ る 「回復 」部 分た る第 138 偈に おい て は、 それ は可 能性 (1>に限定さ れて い るの であ る。 い や、 さ ら に進ん で 、 私の こ の 第三 世代によ る 「回復」 説が仮 りに正 しい とする な ら、彼ら は、 私 が そ れ を 「方便 品」に おける 「救済論の尖頂」と 見做すと こ ろの、 遠い過去に於 ける菩薩と して の釈迦の 誓願の、 現 在における 「成 就」 (第
61
偈 「私の この 誓願 は成 就し た」paripOmam
etatpra
−pidhdnU mahyarh )による ぐ…切衆生はすで に成佛して い る の だ〉とい う願成 就的救 済 論とは一種の矛盾を示すか た ちで、無行の衆 生の 長遠の過 去が 、 今 、 『法 華 経』を聞 い ての 一念の 〈然 り〉において、 已行へ と転 ずる、過去の全体が改 変さ れ る、とい う 通 常の 論理 か らするな ら ま さに信 ずべ か らざる事 態を目し て、そ れ を 「憂曇華の 華が 現われ る こと」(第 137 偈 )よ りも 「さ らに驚くべ きこ と」と して 、 それ を 「法華 〈仏 乗〉」の 「秘密」 とし て積極 的に唱導しようと し た こ と になる筈なの で ある。 なお 、
こ の 「方便品」 第
140
偈の rahasya は【
用 例 1】
に お ける bodhisattva−rahasya (b.r.)よりも理解 的に一歩 進んだ段 階を示 すもの と して、 逆にこの
b
.r.に おける rahasya の 意 味を 還 元的に 限定 して、 そこ におけるわ れ わ れの解 釈作 業に糸ロ を提 供 するので ある。 つ い で と なるが、 もう一つ の附 記 を し て おこ う。 上に触れ た 「小 善成仏 」のパ ラ グ ラフ、 す なわ ち 「方便 品」第71
偈以下の所 謂 「過去佛 章」に お ける第97
偈に至る27
偈で ある が、そ れ は 近代 『法 華経 』 学のい わ ば開祖で あ ら れ る布施 浩岳 博 士に よ り 「是 等の偈 頌は本品 長行に其 片影も 顕 れて い ない の で あっ て後 世の挿入と し か 思 わ れ ぬ」(傍 点 津 田)6)と さ れ、 こ の布施博士の 理解が 現代に おける 『法華 経 』研 究の リ ー智 山学 報第五十六 輯 ダーの 一人 と 目 さ れてい る辛 嶋静 志 博 士 によっ て 、 布施博士の歴史主義的 発 想 が 『法 華経』 思想 理解の上に及ぼ してい る筈の重大 なマ イナス方 向の影響が全 く批 判さ れ る こ とな く、 その まま 「既 に指 摘さ れ てい る様に (布施
1934
:239
)、 これ らの偈は散 文 部分で全 く言 及が な く、 別に成立 して い たもの を後 世 挿入 し た可 能性は大い に あ る」(傍点 津田)7)と繰 り返さ れてい る の で ある。 し か し敢 えて言 うな ら ば、現 に わ れ わ れ が 何 ら かのか た ちにおい てその思 想 を 生 き て いる 日本仏教 (親鸞の宗教にせ よ、道 元の宗 教に せ よ……)のその帰趨 を決定 した もの は、 他 ならぬ この 「小善 成仏」の パ ラグ ラフ、 こ と に その第96
偈、 「若し 人、散 乱の心 にて 塔 廟の 中に入 りて 一た び南 無仏 と称 えば 皆、 已に 仏 道 を成ぜ り」 (岩 波、上、ll6ペ ージ)、 こ と にその 第二行 「一称南無仏 皆 已成仏 道」で あっ たの で ある。 逆の 方 向か ら言 う な ら ば、後代の 日本仏教の 諸体 系が 『法華 経』に言及する とき、 彼ら は 常 にこの 一点 に於て この経 典の決定 的 な意 義 を了解 して い た の である。 そ し てこの、 伝 統 的 に 了解 さ れ、われ わ れ 自身の (仮令われわ れが そ れ を 顕 示 的 に 理 解 し得て はい ない、 とい う ことは あ る かも知れ ない に せ よ)宗教 思 想の最深 ・最奥の レヴェ ル を示 しつ づ けて き たこの 『法 華経』 「方便 品」の核 心は、上記 布施 博士 よ り現代の 辛嶋 博士に至る全 く 単純8)な歴 史 主義 的学 問観 (いや 、 学術 観とい うべ き か〉に よっ て、 『法華 経 』の本 質部分と は関係のない (?) どこか 「別」の とこ ろ で成立 してい たもの が 「後 世に挿 入」 さ れた もの と して全 く簡単に捨て去ら れたの で ある。 しか し、 わ れ わ れの 「第三 世代に よ る 「復 活」」 説が 正 しい な ら、そ れは この 「小 善成仏」の パ ラグラフ を、少 な くともその核 心の 部分 を 『法華経』本 来の もの として、 そ して、 (こ の パ ラ グ ラフは) 「過去の諸仏の もとで、 多 くの衆生 が 仏塔 供養等の行 法 に よっ て 「仏 道を成 ずる者」 となっ た実例 を示 す」9)(平川彰 博士、傍 点 津田) とい うそ れ自体正 しい事実認定を超 えて、 件の宗教哲学的な最高の レヴェ ル にお ける事態認 識 (例え ば親鸞にその平行事 例 を求め る なら く一念の行信に お け る横 超 ・自然法爾〉の 立場、 因 み に、 「行信」と は、 私の 理解する とこ ろ、ま さに 「散乱の心に て」 も口 に 出 して念佛を 「一た び称える」 とい う行為が絶対 的 な信 を現 成せ し め る、 とい う立 場 で ある)に おいて わ れ わ れ に、 回復 ・確 保せ し め るで あろ う。 こ の様に、 わ れ わ れ は 『法華経 』テキス トの それが悪 文である ことの実態 をなす と ころの用 語 そ れ 自体の不明 晰性や多義性 、さ ら に、 内容F
.の前後矛盾や相互 矛 盾 とい う混 乱を、 まずは上 に述べ た如 き編集 史的な由来 に帰するこ と がで き る し、ま た、そ うすべ きであるの である が、 そ うする と、わ れ わ れの解 釈作 業は、まずは、 その編 集 史に 由来 する混乱を 整 理するこ と と してある こ とになる。 し か し わ れわれの 解 釈作業 は、 その次の段 階におい て直 ちに、 こ の よ うな編 集史とい う事実 的 理解で は カ ヴァ ー し得 ない 事態に打 ち当るの であ る。 そ れ が本稿の最 初に 『法華経 』テキス トを譬喩 的 (22
)『法 華経』にお け る 「加 持」の概念 (津田) に 「深い 泥田の 如 き 」 と 評 し た その事態に他な ら ない 。 す なわち、われ わ れ が その 田 の一点 (それ が本稿におい ては 「加 持」なの であ る が)に 足 を 下ろすと、 それ はズ ブ ズ ブ と どこ まで も沈ん でゆく。 その足を引 き抜こ うと して もう 一方の 足 を どこ か に 下 ろすと、そ れ も ま た 際 限 も な く泥の奥へ 沈んでゆくの で ある。 で は、 われわ れ は現実 の解 釈作 業に おい て どう した ら よい の で あろ うか。考え ら れ る方途は ただ一つ 、 その 沈んで ゆ くこ と そ れ自体 がこの 『法 華経 』とい うテ キ ス ト の内にい る 『法 華 経 』の 神 ・如 来で あ り、 且つ 、その テキス トに向か うわ れ わ れの解釈の営為 を支 配してい る 件の ゲ ニ ウ ス の sa血mantrita (周 到な 配 慮)であ るの な ら、 その 沈下が すな わ ち その 神 ・如 来の 「自己告知」に他 ならない 筈 なの であるか ら、わ れ わ れ は そ れ をこの神 ・ 如 来に向 けて の沈下 なの で ある と意識 しつ つ 、その 沈 ドその もの に身をゆだ ねてその 沈下 そ れ 自体 を見つ め つ づ ける以外に はない であろ う。 で は、 わ れ わ れ はその沈下、 即 、解釈 作業を現実 に は どの ように行なっ て ゆこ うとするの か。 い や 、その現実こそ が、 「加持」 とい う 一点に足を下ろ し た か ぎりに お け る 本稿の 内実で ある筈で ある か ら その 「見つ め」は 解釈作 業の 叙述 その もの に譲る とし て、その実行に入 る前に わ れ わ れ は、 われわ れ が現 時点で意識 してい る 自 らの解釈 方針 を 一つ だけ確 認 して おくこ と に し よう。 そ れは、 この 『法 華経 」とい うテキス トに特有の
〈実 証 性 Positivitatと 思弁性
Spekulativitat
との 二 律 背 反〉 とい う事 態における 思弁性 Spekulativitatの選択、 とい う方針で ある。 すな わ ち、テキ ス ト表 層に お ける 95% の Positivitatに よ るの で なく、 残 り5% の実 証可能性にお けるSpe
]ati。n (思弁、 投 機 的な思弁)に賭 けてみ よう、とい う方針である。以下 におけるわ れ わ れの実際の解釈作業の 方 向 を予め確 認してお く、とい う意味 も あ るこ とであ るの で 、 その 残 り 5% の実 証可 能性における
Spekulation
の 一つ の例 を こ こ で示 してお くこ と に し よう。 そ れ は、 ヒに私が殊に苅 谷定彦博士の所説に注目す る、 と述べ た その こ と と関係 する。 そ れ は他な らぬ 「仏知 見」の 問題、 す なわち、 「方便品」冒 頭 に おいて仏 が出世する 「一大事 因縁」、 すな わ ち、 唯一の 目 的 が そ れの「開示悟 入 」で ある と さ れる とこ ろの 、 原 語 に おい て tathagata−
jfi
互nadarSana すな わ ち「如 来知見 」の問 題である。 テキス トとい うの は一般にそうい う ものなの で は あろ うが、 わ れ わ れ が何か 一つ の テ キス トに 取 り掛るとき、一読 し てその 中の個々の事柄や 全体的 な イメージに 関 して 何か直 感 的な理解を得る、とい うこ と が あ る。 この 第 一印象は時が経つ につ れて 、 つ まり、 読み が進むうち に修正さ れ、 或い は訂正 さ れ、やがて忘れ去 ら れ るのが常であ る。 し か し、 中に は、ずっ と後に なっ てその第 一印象 的理解が ま た 何 か し ら意 味が 有っ たもの の 様に思われて くる こ ともある。 私はい ま か ら二十数年 前、 始めて 『法 華 経』のサ ンス ク リッ ト・テ キス トに触れ た とき、 この 「如 来知見」 とい う言葉を、そ れ がい まで い う
95
% の 可能性におい て仏が その悟 り ・無上 正等覚の体 験に おい て そ智山学 報 第五 十六輯 の 内面 に確 保し得た 世界理解、 テキス ト内の言 葉で言 うな ら、 所 謂 「諸法実 相」と か 「十如是」と か、 さらには 「一切 種智 」 (sarvajfiajn−
ana
)の こ とであろうこ と は充分に 承 知し た 上 で全 く素朴に、 tathagata−jfianadarSana
と は、わ れ わ れ一般 の 人間の、 「わ れ わ れ は如 来なの だ」とい う認識 (j
茄na ・知恵 ) ない しは臆見 (darSana ・ド ク サ)、 あるい はその認識 を根拠 とした ド ク サを意味し てい るので は ない か、と考えた こ と が あっ たの であ る。 そ して今、 改めて一初心 者の 自覚をもっ て 『法華経』に取り組み、 たち まちにその 「深い泥田」の如 き文体に足 をとら れて苦し んでい る私に改めて出来 して きたのが、 こ の 、 ’ 二十数年前、『法華経 』に関して まっ た く無知で あっ た その時 の私にひ ら めい た最 も素朴 な理解で あっ たの である。 そ し て、 『法華 経亅の テキス ト を繰 返し読み、 そ れ と平行して先行する諸学者の業績を少 しずつ 読ん で行 く過程で私 が 出 会っ たの が、 その 『法華 経一仏 乗の 思想一 イン ド初 期大 乗 仏教研究 』 (東 方出 版、 昭和 58 年)に お い て苅谷 定彦博士が それ を 「法華一仏 乗」の 核 心 を 示 す 認 識で ある と して強烈に主張 される ところの 、 「仏 知見 」 とは 「一切衆 生皆菩薩 」を 意味 する、 とする 認 識 で あっ たの で あ る。 私の 、 「如 来 知 見」 と は 「わ れ わ れ は如 来 なの で あ る」とい う認識 ・臆見 なの である、 とい う私の考 えは、 このすで に二 十年を 先行して 提 示さ れてい た苅 谷博士の 考 えと、 その発 想に於て全 く 同 じであっ たの であ る。 私は 苅谷博士の こ の理解に対 して心 か らの賛 意を表 明する の である。 もちろ ん、 私は苅谷博 士の事態認 識に完全に同調せ んとするもの ではない。 率直に い 批 判 を述べ させ て頂け る な ら、 博士 が 「一切衆生皆菩 薩」を道われ る ときのその菩 薩 と は、 通常の大 乗 仏教の、 要 する に 三乗の中の 菩 薩乗に お け る菩 薩なの で は なく、 『法 華経』独 自の (私 は 「法 華経 』を、 そ れ自身は依然と して大乗とい う意 識 を有 ち つ つ も、 その本質に おい て は く大乗以後 〉の仏 教の もの、 と 理解 する の で あるが… …)一仏乗の菩薩を意味 する の で あるが 、 苅谷博士はその 思考形 成の過程で 三乗 中の 二 乗と菩 薩 乗との criticality (両 者が く両立 不 可能、 且つ 、 二 者択 一 不可 避〉の関係 におい てある とい うこ と)の 認 識を欠い てい る た め (例 え ば同書126
ペ ージの議論 な ど は その criticality の欠如を示 して い る)、 その一乗の菩薩の観 念は三 乗 中の 菩薩を ど うい う点で 原理的に超 えてい るの か、 その 点が 示 し得てい ない の で ある。 ま た、 苅谷 博士は自ら意識的に、自覚的に三車家 的立場を採る こ とを表 明してお ら れ る が、 この こと も、 一乗の菩 薩の本 質に関する原理的 認識の 欠如 を示 して い る。 そ し て もう一つ 、 苅谷博士 が 「仏 知 見」を、そ して、 「諸法 実 相」をも (同 書 177ペ ージ)「一切 衆生皆菩薩」と さ れ る と き、その菩 薩はすで に通 常の意 味での 、 通常の 大乗仏 教 に おい て は その 様な 意味で ある とこ ろの 〈菩提とい う大乗 仏教の理想を 目指 して行を行じつ つ ある とこ ろ の人 間 ・薩陲〉とい う意味で は なくて、 『法華経 』 「方便 品」 その もの の核 心、 ま さに 「諸法実相」におい て、 それは くすで に菩提に到 達し て い る、 要するに、 すで に仏で ある とこ ろの 人間 ・薩唾〉、 ま た、 本 門的に言 う なら (24
)『法華 経亅に おける 「加 持」の概念 (津 田) 〈本 来菩提 を得てい る、 菩提の 中に い る、 要 する に本来よ り覚 者 ・仏で ある人間 ・薩 堙〉、の意 味で理解さ れね ばならない の である。 しか し、 この様 な事 実 的なレヴェ ル に おいて はい くつ か 批 判の余地 は あ る と して も、 私 は 苅 谷博.上の こ の 「仏知 見」を (そ して 、 さ らに 「諸法 実相 」をも) 「一切 衆生皆 菩薩」を意味する もの とするその認識の基本 線に対 し て は、 そ れを依 然と して テ キス ト表層の
Pos
;tivitatのみ に依っ た常識的な 理解の レ ヴェ ル を 遙 か に超 えて こ の 種の テ キス トに対 する解 釈 学の 本質に か なっ た Spe lationの成 果を示 す もの とし て 、 その 卓 見に対して心 か らの 敬 意を表す る もの なの で あ る。 しか し、こ こ でわ れ わ れ が 「加持 」とい う特殊な問題 を 立脚 点と して 『法華経 』の 神 ・如来の観 念を方 向にその解 釈を指 向し よ うとするとき、われわれ に は もう一点、 注 目して お くべ き点が存 する。 そ れは、 「方便 品」に二 十 数回 に 亘っ て 執拗に繰 り返され る こ の tathfigata −・
jfianadar
≦ana とい う語に対 して、 先行する竺法護訳の 『正法華経 』(280 年訳)におい て はそ れ がすでに 「如 来慧 」と 訳 さ れてい る に もか か わ らず、 羅 什が そ れを一貫して 「仏知 見」と訳 してい るこ とで あ る。 この こ とか ら、 わ れ わ れの
Spekulation
は次の如 くに展 開する。 まず、 その場 合、 羅什は その 「仏知 見」 とい う訳に おい て自覚 的で あっ たの であろ うか、 とい うこと が あ る。 も し羅 什が 自覚的で あっ たのだ とす る な ら ば、 彼は わ れ わ れの言 う5
% の実証可 能性におい て、 〈わ れ わ れ は (迹 門でい うな ら) すで に、 (本 門 でい うなら)本 来、 仏 なのだ〉とい うその 事 態 を認 識して い たこ とに なる。 し か し、その認 識 旗 ath互gata→且珈a−
dargana
とい うその原語か ら し て、 そ れ 以前に 〈わ れわ れはすで に、あるい は本 来、如 来なの だ〉とい うもの で あっ た筈であ ろう。 しか し、こ の認 識に おい て は、事態 的に は 「われ われ人 間は如 来なの である」 とい う認 識の 前に 「われわれ 人間は仏 なの であ る」とい う認 識 が来る。 「仏で ある こ と」 と 「如 来で ある こ と」と は完全に同一なの ではない の である。 で は、羅什はこ の差異を認識し た 上 で わ れわれ 人 間の上 に 「すで に (迹門)、 あるい は本 来 (本門) 仏なので ある」とい う 事態 を 認 め、 し か し、 その 次の局面、 すな わ ち わ れ わ れ 人 間 は 「如 来 なの であ る」と い う事 態はそれ を認め な かっ た (認め得な かっ た)のか。
改め て ことわ るまで もな く、 わ れ わ れの この
Spekulation
は仮 定の 上に仮 定 を重 ね た、 まさ に5
% ならぬ0
.25
% の実証 可 能性に おけるSpekulation
に 過 ぎ ない 。 し か し、 この 意 味で の 「如来 知見」 を、 上の 「仏 知 見」に おける菩薩の観 念、 す なわち、 〈菩 提 に到達 してい る薩墟〉、〈仏であ る 人 間〉とい う観 念の 延 長h
に 置い て みた らどうで あろうか。 その場合 、そ れ は 形式的に は く如 来であ る 人 間〉を 意 味 し、 菩 薩 とい う語 に引 きつ ける な らば く菩提の世界 す なわち真 如の世 界か らこの人間の世界へ と 降 り て 来た、い うな れ ば 還 相 的 な存在 ・薩堙〉を意味し得る の で はない か 。 い や 、そ れこそ が後に検 討 する 「法 師品」 第十 に お け る 「加 持 」の 【用 例 2】(それ は所 謂 法 師を智山学報第五十六輯 「如 来の使者」 (tathagatakロyak劭 亀
K
.227 .1)、 「世 間の主 (た る仏)に よっ て衆生教化 のた め に (使と し て)派 遣さ れ たpre
§itaもの 」K 、228 .6
とする文脈の 中にある)を 中継点として、 「寿 量 品」における 【用 例71
の 理解可能性に於て密教 的な世 界構 造 における密 教 的な加持の観念を指 し示す もの なの で はない であろ うか。 と も あ れ、 こ の様 な方向づ けを一応の可 能性と して念頭 に お きつ つ 、 わ れ わ れは まず 【用 例 1】の 解 釈作 業に とりか かる ことに し よう。3
『法華経』に お け る 「加持」の最 初の用例 、 そ して その解 釈の ための前 衝と し ての 「小善成 仏」の問題 し か し、 その 検 討に 入る前に、 まず 『法華経 』の全体の 中におけるこ の 【用 例1
】 の 位置を確 認しておくこと が 必 要 である。 なぜ なら、 その位 置が 『法華 経』 全体の理 論構成 (例 え ば 「方便 品」を中心 とする所謂 迹 門の救 済 論 と 「寿量 品」を 中心 とする 本 門の仏 身論との 関係 、とい うような……)の 中で どの ような意 味を有っ てい る のか、 とい うこ とが、 その検討の結 果と して 明 らか に な る筈の事柄で ある か らで ある。 周 知 の 如 く、 近 現代の 『法華 経 』研 究に おい て は、 此経を その成立 順序におい て (その 成 立の年代の問題 は別と し て)大体次の如 くに三段 階に分 ける の が通念となっ て い る。 す なわち、 「方 便 晶」 第二 か ら 「授学無学人 記 品」 第 九に至る第一類、 「法 師品」 第十 か ら 「嘱 累品」 第二十一に至る まで と、そ れに 「序品」を加え た第二類、 そ して 「薬 王菩薩本事品」 第二 十二以 下の 第三類である。 そして、 こ の 【用 例 1】は その第 一類 にた だ一度、し か も 「方便 品」に おける 『法 華経 』本 来の教 説 この教 説 は 此品の 最後の部分 (そ れを、 さきに触れた如 く、 苅 谷 定彦 博士は 「法 華経 』 本 来の 「〈 一仏 乗〉思 想 と は 全 く 相 違 す る」 もの で、 「後 代 」の 「付 加 」で ある とされ たの で ある が)におい て rahasya (「秘密 」、羅 什訳で は 「諸 仏 之 秘 要」) とい う言葉によっ て指 示 さ れ てい る。 そ して、 【用 例 1】におい て bodhisattva−rahasya とい う複合に おい て示 さ れる こ の 言葉こそ が、 わ れわ れの解 釈作 業の 目標となる の 帰結を示すとこ ろの 、 そ して 、 早 くも此経の後半 部分 、すな わ ち所謂本門の 中心 教説で ある とこ ろの 仏身論 (さきに述べ た神 ・如 来の 問 題)へ の展 開 を秘 かに用 意 する もの で ある とこ ろ の 「譬 喩 品」 第三の最初の部分 (有名な 「火 宅の譬 喩」に 入 る直前の 部 分)に 現わ れる。 な お、 「加 持 」の第二 の用例はこ の 【用例1
】か らずっ と問を置い て上 述 「第二 類」の 「法 師 品」 第 十に 現 わ れ (【用 例 2】)、 その 重 頌に もう 一度 (【 用例 3】〉現わ れ たあと、 「見 宝 塔 品」第 十一 (【用 例 4】〉、 「安 楽行 品」 第十四 に 現 わ れ て (【用 例 5】)、 「第二類 」 ない しは 「本 門」の中心である 「如 来寿量品」 第十六 (梵本で は第十 五)に おける 三 つ の 用 例 (【用 例 6、7、8D へ と手渡され る。 「加 持 」の用例は こ の 「第二類 」におい ては さ らに 「常 不軽 菩薩 品」第二 十 に二 回 あ ら わ れ る が、この 二例 は その意味すると こ ろ において 「第三類 」に入っ て十 回現わ れる用 例と同じく通 常の (仏 ・如 来が) 対 (26
)『法華経』に おける 「加持」の概念 (津田) 象者の 上に何ら かの 祝福的 な力を加える、とい う意味の もの で あ り、本稿の検 討の 対 象か らは外さ れる。 で はまず、 この
【
用例 1】
の サン ス ク リッ ト原文 (その 所 在は ケ ル ン本、 略 号K
で示す) と、 そ れ に 対 す るご く 形 式 的 な、 略語 を 附 し、ま た、 後に 検 討 する であろ うこ とのlt
に は傍 点 を附した 上 で の和訳 を掲げ、 そ して検 討の た め に その必要部分 に対 する羅什訳 (岩波 文庫 版に おける坂 本 幸 男 博+の読み下し)、松 涛誠廉 博 上の訳 (中央公論 社刊 伏 乗仏 典』 4及び 5、略号 )、そ し て岩 波文 庫 本に おける岩 本裕 博上の 訳、 略号 )を 示 す。 【用 例1
】(「譬喩 品 」 第三 )翫ocay 瓢mi te
6
臨putra
,prativeday
訌mi
te asya sadevakasya lokasyapuratall
sam 瓧akasyasabrahmakasya saSramarlabr 且hmanikEy巨わ
praj
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)puratab
/may 巨 tvarh 諭 iputra vi由一6atfnfith
buddhakoliniyutaSatasahasr巨粤Am antike paripficito’nuttarAy 互ih samyaksaThbod −
hau
/mama ca tvaTh 忌詛 putradirghar
互tram anu .〈ik婁ito ’bhUt !sa tvarh 菖互triputra bodhi−sattvasaihmantritena (abbrev .
b
. s.1 )bodhisattvarahasyena(b . r.1)iha mamaprava
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upapanna り
1
sa
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≦firiputra
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tatpaurvakarh
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(b
. s.2)bothisattva
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. r.2
) nasamanusmarasi !nirv40 ’
s而 ti manyase !so ’
harh
tvAth
6firiputra
parvacaryfipraOidhAna−
jfiananubodham
a皿usmdrayituklima ima由 saddhamlapu 吋arlkalh dharmaparyEyaihsUtr蕊ntarh mah 互valpulyarh bodhisattv且vav 且da面 sarvabuddhaparigraharh
gr
互vak 互nfithsaihprakfi ,
6ayEmi
! (K.64.8・・65.2) 【和訳】「私は汝に告 げる、 舎利 弗よ、 私はこの諸天 と倶な る、 魔と梵天 と 倶 なる世 界の前で、 沙門 ・婆 羅 門の部類と倶 なる人々 の前で汝に告 げる。 汝は舎 利 弗よ、 我に よっ て 二 十の百 千倶胝那由他の仏の 御 前に おいて 無上 正等覚に向 け て成 熟せ しめ ら (れて き)たので あ る。 そ して汝は、舎利弗よ、私に とっ ての 長 夜に教導され (て き〉た者で あっ たの で ある。 その 汝は、 舎利 弗よ、 〈菩 薩に よっ て周到に計 画さ れ た〉(b .s.1)〈菩 薩の (存在の)秘 密〉(b. r.1)に よっ て 此 処、 私の (この) 説法 (の会 座)に 生 まれて きた者なの である。 (し か し乍 ら) その汝 は、 舎利弗よ、 〈菩 薩の加 持〉(b.・a.) に よっ てその (汝の )往 昔の行 願 を、 (すな わち) 〈菩薩によっ て周 到に計画さ れ た〉(b.s.2)〈菩薩の秘密 〉(b. r.・2) を 想い起 すこ とな く、 「私は涅槃に入っ たの だ」と考 え (てい )たの である。 (であ るか ら)こ の 私は、 舎利弗よ、 汝に (汝の その )往 昔の 行 願と (菩薩とし てその 時点ですで に得てい た)智慧に よ る了悟を憶い 出 さ せ ようと欲して、 こ の 『妙法 蓮華 』とい う法 門、 菩薩の た めの教 誠に して 一切 諸仏によ っ て摂受さ れ た る 大 方 広経を、 (汝を 上 首 とする)声聞 た ち に 対 して、 説いた の である。」 み も と【問題 となる箇 処に対 する羅什訳】「わ れ、昔 、曾て二 万 億 の仏の所に おい て、 無上道の た めの 故に、 常に汝を教 化せ り。 汝は亦 、長夜に、わ れ に 随っ て受
智 山学報 第五十六輯 学せ り。 われ は方便をもつ て、 汝を引導せ しが故に、わ が法の 中 に生れた り。 舎 利弗よ、わ れ は昔、汝をし て仏 道 を志 願せ しめた りしに、 汝は今、 悉 く忘れて、 みずか ・ ロ ロ おも 便 ち 自ら已に滅 度 を得たりと謂 え り。」(岩 波、 上、 144 ペ ージ) 【松 涛 訳】「シ ャーリプ トラ よ、 私 は お前を、 (古い 昔か らい ま まで に)二 百 万コ ーテ ィ ・ナユ タ もの仏 陀の も とで、こ の上 ない 正 しい菩提 に向かうように 成 熟させ て きたの である。 そし て、お前は、シャ ーリプ トラ よ、長い 年月のあい だ、 私に従っ て学ん だの であ る。 そのお前は菩薩 とし ての (熟 慮の結果の)計 画 (
b
.s.・1) に より、 また菩 薩として の秘 密 (b.・r.・1) に よっ て、 い まこ こに私の説法 の座の な かに生 ま れ たので あ る。 し か し、 シャーリ プ トラ よ、 お前は菩 薩と して (みずか ら に) 力 を加 えたこ と (b.a.)によ り、かの過 去に おける (みずか ら 立 て た)修 行や誓願、 また菩薩と しての (熟 慮の 結 果の)計 画 (b.・s.2 )や、 菩 薩 と して の秘密 (b .r. 2) も 思い 出 さ ない で、 自分 は涅槃に はい っ た と 思い こ ん で い るの である。」(r
大乗仏典 』4、83ペ ージ、傍 点 及び略 号附 加津田) 【岩本 訳】「余は汝が 二十 ・千万億の仏の も とで、この 上 な く完全 な 「さ と り」に到達しうるように成熟 した こ とを宣言しよう。 シ ャ ーリプ ト ラ よ、汝は長 い あい だ余の弟子であっ た。 汝は前世における求法者として の 計画 (b.s,1) に よ り、 また求 法者の 神秘に よ り、 こ の 世に お い て余の 説法に近づ い た。 ところが、 汝は 仏の不可 思議な 威力 (b .a.) に よ り前世 に お け る修 行 と誓願 とを忘れ、 前 世 における求法 者と して の計画 (b.s.2) も、ま た求法者の神秘 (b. r. 2) も思い 出 すこ と なく 「わ た し は 「さ と り」の 境地 に達 した』と思っ た の で ある。」(岩 波、 上、145ペ ージ、傍 点及び略 号 附加 津 田 ) まず、 私 がこの用例に注目する に至っ た そ もそもの理由を 述べ よ う。 そ れ は まず、 日 頃 私 が そ れ を根本 的 に信頼し、 座 右に置い て常に参照する松 涛誠廉博士の 訳の上掲 部分に おけるbodliisattvfidhisthdnena
(b. a.)に対応 す る 「し か し、シャ ーリ プ トラ よ、 お前は菩薩とし て (みずか らに)力を加え た こ と (b.a.)に よ り」とい う訳が、 どう して も解らなかっ たか らで ある。 現 実に声聞である舎 利弗は 『法 華経 』の 「方便 品」 末尾の 「第三世代によ る 「復活」」の 部分 (第 140偈 )における仏乗的 な 「秘密」raha − sya (r.) に於て は、 確かに 「菩薩」なの である。 し か し、その現に声 聞で あ り、その 存 在の 「秘 密」(r.)に於ては 「菩薩」(b.)であ る ところの舎利弗にい わ ば魔法を掛 けた如 くに してその 「菩薩 」(b.)で ある とい う 「秘 密」(r.) を 「思い 出さ ない 」よ うに さ せ た当の もの、 す なわち、 加 持の 主体は、 どの ような理解 可能性か らするも、 舎 利 弗 「(みずか ら)」、 即ち舎 利 弗 自身で は あ り得ない 。 そ れ は、 どうし て も、 「菩 薩」(b.)で ある釈迦で なけれ ば な ら ない 。 その 「菩薩 」は釈迦の 自称で なけれ ば な ら ない。 で は、 「方便 品」以 下の ド ラマ 構 成におい て、 常に 「如 来」 ない しはそ れに 対等する自称 を用い る釈 迦が なぜ この 場合 「菩 薩」とい う自称 を用い るの か。 そ れは (28
)『法華 経』に お け る 「加 持」の概 念 (津田) 全 く形 式 的に言 うな ら ば、 「方便 品」における純 粋に迹 門的 な救 済論 もし くは修行 論 におい て、舎 利 弗がその 実 存の 「秘 密」(r. ) に お い て 過 去に 「菩薩」(b.)で あっ た とき、 その 舎利弗と同時存在し、 彼を 「正 しい 菩 提に向かうよ うに成熟 させ て きた」 釈迦は、 た し か に 「菩薩」(b.) で あっ た筈で あ る か らで あ ろう。 因 み に、「方便品」その ものの 中で すで に これ と全 く矛 盾する本 門的な救 済論が存 在し てい る。 それ に関 して は別途論 ずる計画で あるが、 「方便 品 」 に お け る 前 述の 願 い 成就 的事態を道 う第
61
偈の導入部分 を なす第57
偈か ら第60
偈に至 る4
偈は、その きわ めて 明 瞭 な 理 解 可 能におい て、 その発 願 し た と きの釈迦が、 すで に 「菩提を得」 て い る (第57偈 )、 「(仏の)三 十二 相を具え、 (それ に よっ て) 世 間に輝 き渡 っ て い る」(第 5g 偈 )仏 なの で ある。 この 矛盾は 一応は件の 「編 集 史的混乱」で あ ると見做 し得る。 し か し、その混 乱 が も し も件の ゲニ ウ ス の sarkmantrita 周 到に配慮さ れ た計 画 (s.)で ある のだ とする なら、 それ は わ れ わ れの解釈 作 業 を通 じて われわれ をど こ に、 何に導び こうとする もの で あ るの か……。 ところ で、議論が時 間的に前 後して し まっ た が、私が (こ こ で略号を用い るが)b
. a.に対 する上述の如 き松 涛博士の訳を 「どうして も解らない」と感じ た とき、 私が 反射的に思い起 し たの が、私が そ れ を松涛 訳とは対極 的な意 味で常に注 目し て きた岩 本 裕 博士の それ に対 する訳、 す なわ ち、 「汝は仏の 不 可 思議な威 力 (b
.a.) によ り 云々」とい う訳で あっ た。 ところ で、 私 が岩本博士の 訳 に 注 目 す る その理由で あ る が、 そ れ は博士の訳 が き わ めて大胆かつ 尖鋭であ り、その点で大い に示 唆に富むもの で あ り、 そして も う一つ 、 その大胆さ が逆に 『法華経 』その もの の 本来の意趣 ない し は思想 的な 可能性を大 き く 取 り逃してい るの で は ないか と危惧 さ れ ること に あ る。 これ は本稿の趣旨に も関わ る こ とで あ るの で、その典型的な例を一つ 挙 げて み よう。 そ れ は今を去る二 十数年前 、 私が 『法華経 』のサ ン ス ク リッ ト・テキス トを 初 め て参照 し た、 その こ との契 機 を な してい たこ と なの であるが、岩 本博士 は、その と き 出版さ れ た岩波 文庫 本の 『法 華 経 』におい て、 上 に触れ た 「小 善成仏 」の パ ラグラ フ の 、羅 什訳で は常に 「皆 已成 仏 道」と過 去形で訳 されて い る箇処を 「か れ らはすべ て 「さ とり」に到達する であろ う」と未来形に訳 し てお られたの で ある。 そ れで私はふ と興 味を覚え、手近にあっ た Bibliotheca・Buddhica の ケ ル ン ・南条 本を閲したの で ある が、そ の 結 果 、そ の 原 文は 「小 善成仏」の パ ラ グ ラフを形成 してい る 14の パ ッ セ ージの うちの ll に お い て執拗に繰 り返 さ れ る その定形句に おい て、 te sarvi
bodh
取a abhOsilabhin
的 とい うア オ リスト形であっ たのである。 この こと が、 実はその 後今日に至る まで途切れ る こ とな く続
い て きた私の 『法華 経』に対する興 味の、多少誇張的 な 言い 方を す る な ら ば、 運命的
な 発端であっ たの である。
智山学報第五十六 輯 オリス ト形を単な る間違い や不注 意で未 来形に訳 し た、とい うこ と は あ り得 ない。 岩 本博士に は博士 の独自の考えがあっ て、 敢 えてそ う訳 され たもの であろ う。 その場合、 岩本博 士が何 を、 どの よ うに考え たの か、 そ れに関して は わ れ わ れは伺 い知る由 もない の である が、 いずれ に せ よ、 博士は結 果的に は、 こ のパ ラ グ ラフ の ア オ リス ト形 が対応の 長行 部分 布 施洪岳博士 は 「小善成 仏」の パ ラ グラ フを形成 す る諸偈が 「長行にその片影も顕 れ てい ない」、 また辛 嶋静志 博士もそれ ら は 「散 文 部 分に は全 く言及 がない」 と さ れ た わけである が、 わ れ わ れ は、 その対応 長行は有る、 羅什 訳でい うな ら 「舎利弗過 去諸 仏 … …究 竟皆 得一切種 智 」( g、7.b.4−7 )が そ れで ある、 と考 える
の アオリ ス ト形te ’
pi
sarve ……−bodher
・IAbhino
’bhnvan
(K .・41.8−g) を承 けた もの で あ るこ とを (多 分 )重々承 知の上で敢えて その小善成仏の事態を
未 来諸仏、 現在 諸仏 、そ して釈迦 仏 自身の上 に敷衍 して、 その アオ リス ト形をそれ ら
三 つ の場合に共 通に 見ら れる明 瞭な未 来形 te ’
pi sarve …−
bodher
IAbhino
bhaviSyanti
(K .41,1g・.20、42.10−・11、43,1’−2 )に整 合せ し めて 、い や 、何 よ り も、こ の 「小 善 成 仏」のパ ラグラ フを形成する
14
の パ ッ セージの うちで bodhlya abhrt 昏i IEbhinal)とい うか たちを と らない 例 外 的 な
3
パ ッ セ ージ (11、 12、 13) われ わ れは この 3 パ ッ セージ を
、 上 述の 第三世代が その 編集 ・回復の 作業に よっ て ほ ぼ現行の 『法華経亅の 問
題 部分 を成立 せ し め た時 、彼 らのその 作 業の前提 に件の 「教祖 的人物 」に由来 する
「語録 」 的資料が存在してい たことの痕 跡を示すもの と見做 すの であ る が一 の うち
で、 こ とに唯一つ 、 未来形 anup αrva 塑 ca buddhako 些
y
的 (K.52,6 > を示 す 第94
偈 (第12パ ッセージ)の その 未来 形とい うま さ に例外 中の例外に整合せ し め て、 その 様な 訳 を導出 さ れ たので あろ う。 そ して、 同じ く結果 的に は、そ れ は岩本博士 が こ の 「小 善成仏 」の パ