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密教研究 Vol. 1932 No. 45 002中野 達慧「高野山史の研究 (上篇之下) P19-58」

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(上

)

中 野 達 慧 五 檢 按 諸 役 員 の 名 さ 字 の 誤 謬 前 章 に 於 て 輩 に 檢 狡 の 任 補 と 退 職 と に 關 す る 年 次 按 排 の 錯 誤 の み を 指 摘 匡 正 せ し に 止 め た り し が 、 其 錯 誤 せ る 各 年 次 の 下 に 配 入 す る 他 の 記 事 に 就 て も 、 ほ ゞ 同 檬 の 錯 誤 が 数 多 あ る こ と は 、 推 し て 知 る 可 き で あ る 。 斯 様 に 澤 山 な 間 違 ひ の あ る 中 に も 、 別 し て 驚 く に 堪 へ ざ る 點 は 、 高 野 春 秋 の 面 目 と し て は た あ ざ な 將 又 檢 技 帳 の 性 質 と し て 、 尤 も 大 切 で あ り 、 又 最 も 注 意 す 可 き 筈 の 檢 校 や 諸 役 員 の 名 と 字 、 及 び 所 住 寺 院 に す ら 尚 ほ 影 し き 誤 謬 の あ る こ と で あ る 。 一 々 之 れ を 列 塞 す る こ と は 餘 程 の 紙 数 を 要 す る 故 、 遺 あ ざ な 憾 な が ら 拙 著 新 撰 高 野 山 檢 狡 略 譜 に 譲 り 、 今 は 唯 檢 校 の 本 名 と 假 名 乃 ち 字 の み の 誤 謬 を 摘 録 せ ん に 、 大 要 左 の 如 し 。 代 数 誤 正 代 数 誤 正 代 数 誤 正 代 数 誤 正 5 明 席 明 朝 35 勝 成 昇 成 86 良 喜 悟 山 房

悟 仙 房 103 嚴 茄 教 茄 123 静 喜 浮 喜 155 宥 任 仙 順 房

仙 賢 房 172 毫 遍 亮 遍 175 秀 曾 秀 存 197 頻 忽 頴 仁 252 英 義 榮 義 259 堅 翁 賢 與 房 ヲ ウ

賢 眞 房 277 能 觀 能 勤 高 野 山 史 の 研 究 一 九

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高 野 山 史 の 研 究 二 〇 あ ざ な 假 名 一 部 ( 字 ) 22 智 運 智 運 23 智 慶 智 處 29 月 上 月 乗 30 上 蓮 上 運 40 成 佛 定 佛 43 聖 禪 俊 恵 49 明 運 明 運 60 65 體 圓 禪 圓 78 81 蓮 日 蓮 行 90 輪 觀 琳 觀 104 浮 俊 静 俊 117 月 照 日 照 118 勧 長 觀 長 126 信 日 俊 日 161 長 興 智 興 165 発 智 巧 智 167 生 乗 性 乗 195 宥 智 宥 任 204 長 任 長 仁 209 春 禪 春 浄 218 宗 忍 宗 任 271 俊 識 行 識 256 聖 音 性 音 264 圓 良 圓 龍 ま さ な 南 山 を 統 治 せ し 極 官 檢 狡 の 名 と 字 (假 名 ) に す ら 、 術 ほ 斯 の 如 き 多 数 の 誤 り が あ る の で あ る か ら 。 ま し た し て 其 下 役 な る 而 も 人 数 の 多 き 執 行 代 ・院 主 ・花 園 ・ 行 事 ・ 會 行 事 ・ 総 預 等 の 諸 職 員 の 名 字 並 に 佳 院 杯 に 誤 り の あ る こ と は 勿 論 で あ る 。 其 他 時 代 の 遙 か に 隔 て し 同 名 異 人 を 混 同 し て 、 一 人 と な せ し 所 杯 も あ る こ と は 、 蓋 し 陥 り 易 き 成 り 往 き だ と 考 へ ら る ゝ 。 試 み に 甚 し き 誤 り の 一 例 を 暴 げ ん 、 高 野 春 秋 卷 第 八 ・暦 仁 元 ( 一 八 九 八 ) 年 戊 戊 の 下 に 、

二政

一也

実、 是 以 門 徒 中 止 二出 仕 一実 。 被 レ 越 二 階 政 疋 俊 悪 房 一 故 . 中 略 月 末 日 。 案 。 以 二 攻 定 一 錐 レ 被 レ 補 二 任 檢 挾 職 一 門 徒 中 不 レ 許 二 容 之 一 云 々 。 ス ニ と あ る も 。 之 れ は 檢 校 帳 の 長 者 定 毫 僧 正 改 二 定 俊 恵 房 一と あ る を 、 輕 卒 に も 讃 み 誤 つ て 政 定 ・俊 恵 房 と 儒

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で き せ し よ り 、 竝 に 政 定 と い ふ 新 ら し き 架 塞 的 入 物 が 出 來 た の で あ る 。 又 蕾 に 架 空 的 人 物 が 出 來 た ば か り ダ ミフ ル で な く 、 更 に 次 の 檢 校 俊 恵 房 信 寛 と 重 複 す る こ と に な り 、 此 の 始 末 に 困 り し も の か 、 信 寛 の 假 名 を 聖 禪 房 と 書 け る 點 は 、 僧 越 も 亦 甚 し か ら ず や で あ る 。 仍 て 之 れ が 爲 め 一 記 事 中 に 二 重 の 誤 り と 、 俊 恵 房 の 本 名 が 取 り ち が へ ら れ た る も の を も 合 す る 時 は 、 前 後 三 重 の 過 失 に 陥 り て 居 る の で あ る 。 そ れ を 知 ら ず に 年 表 や 其 他 の 諸 書 に 其 誤 り を 受 責 り せ る も の あ り 、 笑 止 千 萬 と 評 す る よ り も 、 寧 ろ 其 ハ害 の 及 ぼ す 所 甚 だ し と 謂 は ざ る を 得 な い の で あ る 。 六 記 事 の 褒 既 さ 偏 頗 由 來 我 が 佛 曾 し て ふ 概 念 的 自 負 陶 醇 心 あ り て 、濫 揚 過 褒 に 陥 る こ と あ る は 、萬 止 む を 得 ざ る こ と な が ら 、 そ れ も 程 度 問 題 に て 、 自 曾 心 が 餘 り 強 過 ぐ れ ば 、 往 々 到 断 を 誤 る 原 因 と も な る こ と は 、 誰 し も 知 る 所 で あ る 。 又 自 分 の 主 張 を 強 調 す る こ と は 、 あ な が ち 悪 し き 業 に は 非 ざ ら ん も 、 さ り と て 他 の 長 處 を と 葬 る 悪 手 段 と せ ば 、 大 な る 曲 事 と 論 ぜ ざ る を 得 ず 。 特 に 史 家 の 天 職 は 虚 心 澹 淡 、 事 實 其 物 を 有 り の 儘 に 見 て 、 之 れ を 卒 直 公 卒 に 描 寓 す る 所 に あ る こ と 、 是 れ 宛 も 寓 眞 と 其 使 命 を 均 し く せ り 。 萄 も 實 物 其 も の よ り も 、 よ り 以 上 に 美 化 せ ん 爲 め 修 飾 に 修 飾 を 加 へ 、 或 は 故 意 に 醜 く し 、 若 く ば 不 注 意 の 爲 を こ め 既 し め た 様 な 書 振 り に せ し な ら ん に は 、 誰 と て 歴 史 と し て 、 將 又 寓 眞 と し て の 眞 の 便 値 を 認 む る も の あ ら ん や 。 而 も 此 弊 を 高 野 春 秋 の 記 事 に 見 る は 、 予 輩 の 最 も 遺 憾 と せ ざ る 可 か む ざ る 點 な り。 高 野 山 史 の 研 究 二 一

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高 野 山 史 の 研 究 二 二 傳 ふ る 所 に 依 ら ば 、 元 とく 、 高 野 春 秋 を 作 り し 其 根 本 動 機 は 、 全 く 行 人 方 の 暴 戻 を 指 摘 し て 、 其 非 違 を 糺 弾 す る と 同 時 に 、 學 侶 方 の 法 流 の 正 し き 事 、 其 位 置 ・職 掌 の 優 越 せ る 事 、 功 績 ・法 勲 等 あ り て 、 特 権 教 構 を 與 へ ら れ た る も の な れ ば 、 よ し 時 勢 の 變 化 と 勢 力 に 消 張 優 劣 あ れ ば と て 、 決 し て 行 人 ど も よ り 些 の 侵 犯 だ も 爲 す 事 を 許 さ ゞ る 點 を 強 調 し 、 以 て 其 威 福 を 張 ら ん と せ し に あ り し と 。 ひ じ り さ れ ば に や 行 人 方 ・ 聖 方 の 非 違 は 、 事 の 大 小 を 論 せ ず 、 殆 ん ど 記 載 さ ,れ た ら ん も 。 行 人 方 ・ 聖 方 の 善 行 美 事 は 、 爪 の 垢 程 も 書 き 居 ら ざ る に 徴 し て も 、 聯 か 其 消 息 を 察 し 得 ん 。 又 説 く 所 の 如 く 行 人 方 ・ 灘 方 等 に 俗 悪 の や か ら あ り た れ ば と て 、 千 人 が 千 人 必 ず し も 悪 漢 の み に て は 之 れ 非 ざ り し な ら ん 。 多 か ず 数 の 中 に は 高 野 山 の 興 隆 發 展 に 封 し 、 随 分 貢 献 せ し 事 實 の 歎 々 あ り し こ と は 事 實 な り 。 又 學 侶 方 必 ず し も 醇 眞 の 人 の み に て も 非 ざ り し 事 は 、 後 段 の 別 章 に 至 つ て 記 す る 所 の 如 し 、 に も 關 ら ず 自 家 の み を 褒 め て 、 他 派 を 極 度 に 弾 劾 し 既 點 し た る 書 振 り は 、 堂 に 史 家 と し て 公 卒 の 筆 致 と 稽 し 得 べ け ん や 。 い ひ ぶ ん 泥 棒 に も 亦 三 分 の 言 分 あ り と の 諺 の 如 く 、 多 少 の 言 分 は 隻 方 に あ る べ く 。 喧 嘩 は 相 譲 らあ 所 に 起 る も の 、 も し 和 合 と 無 慾 と を 以 て 僧 侶 の 本 分 と 心 得 た ら ん に は 、 決 し て 爭 ひ の 起 る 筈 な し 。 然 る に 勢 ひ の し か ら し む る 往 き が ゝ り と は 云 へ 、 三 派 互 に 自 己 の 福 利 獲 得 に の み 專 注 し て 、 兄 弟 矯 に 圃 め ぎ 、 数 か ず 十 年 に 亙 り て 屡合 戦 焼 打 杯 の 兇 事 を 演 じ た る は 、 叡 山 對 三 井 寺 の 外 、 数 あ る 他 の 佛 教 各 宗 に は 、 殆 ん ど 絶 え て 之 れ な き 大 醜 悪 事 な り と 謂 ふ べ く 。 之 れ は 恐 ら く 天 台 と 眞 言 と の 卒 安 佛 教 、 乃 ち 貴 族 佛 教 ・

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山 嶽 佛 教 ・儀 式 佛 教 . 所 濤 佛 教 の 特 異 性 な ら ん 。 併 し な が ら 斯 る 囲 爭 の あ り し 時 代 こ そ 、 寧 ろ 其 宗 に 探 つ て 活 氣 に 溢 れ た る 全 盛 時 代 な り し と も 幕 す 可 く 。 互 に 力 弾 き て 其 主 張 を 貫 き 得 ざ る 機 に 衰 へ て も 、 亦 餘 り 馨 し き 宗 運 で は な き ゆ ゑ 。 合 戦 焼 打 杯 も 、 見 様 に 由 つ て は 愉 其 宗 の 花 と 構 す 可 き か 。 旺 々 。 其 他 本 寺 ( 金 剛 峯 寺 ) 對 (傳 法 流 ) の 抗 爭 の 如 き も 、 到 る 所 に 褒 姫 の 筆 法 あ り 。 又 御 室 の 禪 助 國 師 は 後 は た 宇 多 法 皇 受 灌 の 大 阿 閣 梨 と し て 、 將 又 全 眞 言 宗 の 大 法 勲 者 で あ り し に も 關 ら ず 、 觀 賢 僧 正 と 同 榛 に 東 寺 集 権 主 義 な り し 關 係 上 、 南 山 を 牽 制 せ し 爲 め 。 高 野 春 秋 に は 機 會 あ る 毎 に 、 嫌 忌 の 文 字 を 使 用 せ る は 、 予 輩 の 直 感 せ し 所 な り 。 七 記 事 の 誇 張 虚 構 次 は 過 褒 の 餘 り 、 常 軌 を 失 し て 誇 張 に 流 れ 、 其 極 途 に 虚 構 妄 誕 と な り し 記 事 あ 惹 こ と 是 な り 。 試 み に 其 一 例 を 塞 げ ん か 、 高 野 春 秋 卷 第 六 に 、

勲。

口 牌 集 云 、 馨 師 修 行 功 閥 、 得 二 下 品 悉 地一。 と 記 せ る が 。 所 謂 羽 化 去 と は 、 肋 根 が は え て 天 狗 と な り 、 天 上 に 飛 び 去 る こ と を 表 示 せ し も の 。 唐 朝 に 作 ら れ た る 挿 眞 記 に 羽 化 爲 レ蝶 と 云 ふ 偶 語 が 出 線 な ら ん 、 之 れ は 乃 ち 仙 人 の 修 行 が 上 達 せ ば 、 自 由 自 在 に 天 に 昇 り 、 不 朽 の 生 命 を 保 つ と 云 ひ し も の 。 眞 暮 檢 狡 も 卒 素 の 修 行 が 十 分 足 り し 故 、 途 に 朋 化 昇 天 せ り と 褒 め し も の な り 。 然 る に 本 擦 と せ し 肝 心 の 檢 狡 帳 に は 、 高 野 山 史 の 研 究 二 三

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高 野 山 史 の 研 究 二 四 第 十 七 執 行 檢 校阿 閣 梨 良 禪 解 脱 房 補 任 。 保 延 三 年 正 月 十 八 日 再 補 二檢 校 執 行 一 云 々 。 眞 巻 死 去 之 替 也 と 書 い て あ る で は 無 い か 。 高 野 春 秋 が 如 何 に 誇 張 の 筆 を 弄 び 、 濫 り に 荒 唐 不 稽 の 文 字 々 用 ひ 淀 り し か ゞ 、 之 れ を 以 て も 證 す る に 足 る 。 之 れ 宛 も 彼 の 眞 濟 の 室 海 僧 都 傳 に 至 二 三 月 十 一 日 後 夜 一右 脇 唱 レ滅 と 書 し 、 藤 原 良 房 等 の 勅 撰 空 海 傳 に も 化 去 之 時 六 十 二 と あ り 、 貞 觀 寺 座 主 眞 雅 僧 正 の 綴 り し 空 海 和 上 傳 に す ら 、 明 か に 卒 去 と 特 記 せ る に も 拘 ら ず 、 後 代 に 編 述 せ し 後 宇 多 法 皇 御 製 の 弘 法 大 師 傳 に 至 つ て 、 始 め て 結 跡 猷 坐 ・ 奄 然 入 定 と 書 き 改 め し 類 と 異 曲 同 工 か 。 又 高 野 山 檢 校 帳 の 第十 九 執 行 檢 校 阿 閣 梨 琳 賢 の 項 に 、 久 案 年 八 月 十 四 日 入 滅年七十七 と 書 け る に 、 高 野 山 折 負 輯 の 彌 勒 院 過 去 帳 に は 、

定、

レ即

餘、

間、

院 幸 二子 廟 窟一、 親 拝 二定 雅一、 時 師 之 左 眼 送 散 面 呈 レ験 、 公 卿 皆 合 掌 嵯 嘆 、 其 後 安 二左 眼 含 利 於 常 院一、 至二 于 今 一尚 存 実 。 と 記 せ り 。 浬 造 虚 構 の 消 息 云 は ず し て 知 る 可 し 。 其 他 第 三 十 九 代 檢 校 明 任 の 改 定 を 入 定 と 云 ひ。 そ れ を 濫 用 し て 、 後 に は 自 殺 の 事 を 入 定 と 云 ひ し 例 は 、 後 段 に 於 て 引 證 せ る が 如 し 。 更 に 又 別 の 例 を 掲 げ ん か 、 同 書 卷 第 八 ・承 久 二 年 冬 十 二 月 の 下 に 、 今 月 日 、 覺 海 師亂 ニ退 檢 校 職一、 老 二隠 子 花 王 院 一偏 願 二求 下 品 悉 地 一也 。 後 貞 應 二 年 秋 爲 二 羽 化 之 起 本 一。 と 書 し 、 次 下 の 貞 應 三 年 の 所 に 至 つ て も 、 術 ほ 之 れ を 強 調 し て 、

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八 月 十 七 日 、 前 瞼 校 覺 海 上 人 胴 化 去 、 是 依 F李 生 成 ﹁魔 即 法 界 観 常 念 中下 品 悉 地 占也 。 行 年 八 十 三 也 。 ○口 碑 隼 漏 日 、 弾化 王 院 払樹 管 口 上 人 覺 海 師 者 、 自 二蚤 年 一柔 利 如 法 之 倫 鳳 也 。 退 職 巳 來 頻 、希 二 下 品 悉 地一、 入 二 廃 界 一 同 生 利 盆 、 而 欲 下 對 二 治 山 中 魔 障 帖 至 二 彌 勒 出 世 之 時 一 爲 中 臆 法 之 衆 加 行 願 巳 成 、 今 曉 大 設 二 饗 膳 二配 二 次 客 殿 ー、不 レ 令 三 人 窺 二見 之一。 子 レ時 及 二來 賓 已 去 之 比一、 上 人 均 力 長 大 、勢 二 破 中 門 二 扉一、 爲 二兩 翼 一 而 相 醗 飛 去 実 。 其 ハ後 勘 二 講 遍 照 峯一、 立 二 小 肚 一寧 二 敬 之一。 自 レ 爾 置 降 山 中 之 魔 陣 漸 々 安 醤 也 。若 不 律 往 山 者 自 然 蒙 二 現 即型 是 則 觀 善 懲 悪 之 護 、 山 耐 興 法 利 入 之 大 善 魔 也 , と 記 し 。 折 負 輯 の 花 王 院 々 譜 に も 、 貞 應 三 年 癸 丑 八 月 開 工修 羅 師 遮 那 之 覺 悟一、 本 月 十 七 日 曉 旦 、 招 二異 類 奇 形 之 羽 客一、 集 二會 寺 殿 一設 二饗 膳一、 而 禁 入 窺 蚕一 焉 、 饗 膳 寛、 海 師 俄 然 現 二天 身一、 兩 脇 生 二朋 翼一、 踏 ニ破 門 扉 一直 飛 去 、 去 所 即 遍 照 國 也 。 と 云 ひ 。 彼 の 雲 石 堂 寂 本 が 貞 享 四 ( 二 三 一四 七 ) 年 暑 維 下 涜 自 序 の 野 峯 名 徳 傳 卷 上 ・覺 海 傳 に も 、 年 八 十 二 既 化 、 貞 應 二 年 八 月 十 七 日 也 。 世 日 。 師 .通 二知 前 七 生一、 先 ノ是 此 山 魔 魅 盛 妨 二善 事一、 師 誓 入 二其 隊一、 調 二伏 於 彼 ﹁ 擁 護 教 法 一至 二三 命 島 途 兩 脇 胴 翼 生 、 踏 二破 門 扉 一面 飛 去 。 と 書 き 。 更 に 覺 海 の 傳 賛 を 作 る に 當 り 、 天 狗 の 害 を 陳 べ 、 而 し て 海 師 、が 此 の 魔 魅 を 騙 逐 せ し 所 以 を も 詳 に せ り 。 已 上 引 く 所 の 三 一書 は 、 文 言 に 於 て こ そ 、 互 に 相 出燥 す る 所 あ れ 、 其 趣 旨 に 至 つ て は 、 三 一書 共 に 何 等 異 る 所 な く 、 何 れ も 皆 奇 怪 千 萬 な る 事 を 書 け り 。 其 中 に も 後 の 兩 書 に は 、 明 ら か に 兩 脇 に 朋 翼 が 生 じ て 、 門 扉 を 踏 破 り 、 直 ち に 飛 去 と あ る に 比 し 。 高 野 春 秋 に 載 せ た る 所 謂 口 碑 集 の 誇 張 は 、 尤 も 劇 し く 、 中 門 の 二 扉 を 壁 破 て 兩 翼 と 爲 し 、 相 翻 し て 飛 去 る と 書 け る に 至 つ て は 、 實 に ア キ レ ル 外 な し 。 中 門 に 果 高 野 山 史 の 研 究 二 五

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高 野 山 史 の 研 究 二 六 し て 二 扉 が あ り し や 否 や も 、 一 の 疑 問 な る が 、 兎 に も 角 に も 南 山 の 正 史 と さ へ 幕 せらるゝ史乗に於て、 斯 る 記 事 を 載 せ し 其 事 は 果 し て 當 を 得 た る も の と 幕 し 得 る や 。 由 來 得 通 の 人 々 は 神 通 力 に 由 り、 飛 行 自 在 な れ ば 、 飛 ぷ に 朋 翼 を 要 せ ず 、 復 物 に 磯 げ ら れ ざ る 筈 故 へ 。 殊 更 門 扉 を 壁 破 て 、 之 れ を 朋 翼 と な さ ね ば な ら ぬ 必 要 も 起 ら ざ れ ば 。 又 門 扉 を 踏 破 ら ね ば、 邪 魔 に な つ て 飛 去 る こ と が 出 來 ぬ と 云 ふ 筈 も 無 い の で あ る 。 仍 て 此 等 の 事 を 考 考 し て も 、 記 事 の 虚 構 な る こ と は 、 即 座 に 首 背 さ れ る の で あ る が。 不 正 確 な 僧 傳 を 作 つ た と 批 難 さ れ る 師 變 の 本 朝 高 僧 傳 (元 緑 十 五 年 三 月 自 序 ) 卷 第 十 三 ・覺 海 の 傳 に 於 て 、 妄 誕 な る 傳 説 を 鵜 呑 に し て、 建 保 五 年 爲 二三 山 (南 山 ノ 誤 ) 檢 校一。 海 嘗 所 二弘 法 大 師 塔一、 知 二七 生 事一、 行 蹟 多 レ奇 、 山 中 振 二古 魔 事 熾 盛 、 モ ス レ バ 動 擾ニ 行 者一、 障 二磯 善 事一。 海 欲 ニ調 伏 以 護ー レ教 、 一 日 兩 腋 忽 生 二朋 謝一、 錫 二倒 門 扉一、 凌 レ空 而 去 。 時 年 八 十 有 二、 貞 應 二 年 八 月 十 七 日 也 。 山 中 於 レ今 往 々 見 レ海 云 。 と 書 け る は 、 豊 に 喘 ふ 可 く 欄 れ む 可 き の 至 り な ら ず や 。 遺 が に 檢 校 次 第 丈 に は 斯 る 不 稽 の 文 字 無きを 以 て 甚 だ 澤 ば し 、 金 三 本 に 依 ら ば 、 ナ リ テ ル ナ リ 當 山 碩 學 、 七 生 悟 人 。 貞 應 二 年 癸 未 八 月 十 七 日 入 滅 と 記 し 。 又二 卷 本 ・ 十 卷 本 の 檢 校 帳 に も 、 八 十 三 當 山 碩 學 、 七 生 悟 人 也 。 貞 應 二 年 癸 未 八 月 十 八 七 誤 日 入 滅 、

三。

三 誤

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は た と あ り 。 斯 の 如 く 別 段 特 色 の あ り し 人 と も 見 え ざ り し 爲 め に や 、 榮 海 信 正 の 眞 言 傳 に も 、 將 又 元 亨 釋 書 に も 、 覺 海 の 傳 を 設 け ざ り し に 徴 し て も 、 聯 か 其 清 息 を 察 す る こ と を 得 ん 。 爾 ほ 更 に 別 の 一 例 を 示 さ ん に 、如 法 蹄 住 爾 上 人 師 弟 登 天 の 一 事 是 れ な り 。 高 野 春 秋 卷 第 六 ・久 安 元 ( 一 八 〇 五 ) 乙 丑 年 の 下 に 、 夏 四 月 十 日 、 如 法 蹄 住 上 人明王院主也。 付 箋 云 、 如 法 上 人 懐 悪 大 如 法 、 露 住 上 人 小 如 法 。 登 天 、 自 二壇 上 三 會 曉 松一、 六 角 堂 前 松 也 。 瓢 々 飛 往 実 。 是 信 雫 臼 木 食 艸 衣 、 専 修 二觀 行一、 故 得 二中 品 悉 地 成 就 一也 。 と 云 ひ 、 更 に 明 王 院 譜 を 引 い て 、

如 法 . 欺 ヲ 上 人 有 二弟 子 ハ 師 資 共 以 二木 食 草 衣 一如 レ教 修 行 。 時 人 師 呼 二大 如 法一、 資 號 二小 如 法 叩 登 天 之 時 , 小 如 法 在 レ院 聞 レ之 、 手 捧 二杓 子一、 則 走 行 見 焉 。 師 瓢 々 遙 飛 、 立 一勝 蓮 花 峯 之 松 梢 一而 回 顧 。 小 如 法 亦 郷 二酌 子 二飛 行 、 爾 來 其 松 號 二登 天 松一、 松 根 芝 號 二酌 子 芝一。 初 上 人 觀 座 曉 、 丹 生 大 明 神 來 影 隔 神 光 変 々 券 々 、 宣 二 示 神 勅 一則 没 。 其 神 言 傳 ニ布 世 間一、 彼 影 向 之 室 中 、 薫 氣 不 レ止 挾 レ旬 実 。 と あ り 。 次 に 諸 院 家 折 負 輯 に 載 せ た る 明 王 院 歴 代 先 師 名 簿 を 見 る に 、 第 一 組 繋 三 幌

又 名 満 信 、 古 記 多 構 二 懐 馨一、 故 今 随 レ 之 。 欄 外 云 如 法 上 人 爲 二 懐 響 一 者 可 レ 誤 欺 云 々 。 假 名 眞 禪 房 、 中 院 明 算 附 法 弟 子 。 大 治 三 年 戊 申 十 月 十 二 日 、 從 二良 禪 檢 校 一受 二爾 部 灌 頂一 自 二大 日 一十 九 代 也 。 中 略 師 常 凝 二坐 禪 一不 レ知 二歳 月 之 過 司 久 離 二睡 眠一、 無 レ弁ニ 書 夜 別一。 穀 漿 之 味 永 断 、 探 レ菓 爲 レ食 。 絹 綿 之 類 不 レ終 、 結 レ草 爲 レ衣 レ禽 獣 自 馴 、 自 然 追 随 。 色 力 不 レ衰 宛 如 二仙人一。 終 久 安 元 年 四 月 十 日 午 剋 、 遍 明 院 上 高 野 山 史 の 研 究 二 七

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高 野 山 史 の 研 究 二 八 方 高 岡 之 上 有 二喬 松 二 株一、 暫 住 二其 處 ハ 凌 レ空 飛 去 。 盗 不 レ捨 二此 身 逮 ニ得 神 境 通 蓋 謂ニ 此 人 一乎 。 勝 運 花 院 塔 西 森 樹 之 際 、 隻 沓 落 來 、 故 以 二其 跡 一爲 レ廟 云 爾 。 第 二 祖 鶴 從 上 人又名滿徳。 如 法 上 人 入 室 潟 瓶 資 、 苦 修 練 行 准 二師 之 法 儀一、 依 レ之 俗 云 二小 如 法 房 一ゆ 途 則 追 陪 . 向 二東 万 一白 日 上 天 云 々 。 ○ 古 徳 傳 云 。 蹄 從 上 人 是 亦 如 法 之 入 室 、 人 呼 云 二 小 如 法 輔 累 年 從 ニ如 法 一常 在 給 仕 、 孝 順 言 行 、 猶 如 レ愚 。 逐 一師 跡 一向 レ東 自 日 上 天 。 丈 壇 上 杓 子 芝 之 故 跡 在 二 子 世 人 口 脾 一。 と あ り 。 文 字 に 多 少 の 差 異 こ そ あ れ 、 其 要 旨 は 師 資 共 に 同 じ く 白 臼 昇 天 せ し と 云 ふ に 結歸 す 。 昔 し よ り 正 法 に 不 思 議 な し と 云 は れ た る も 、 南 山 に 限 り 数 多 の 不 思 議 あ り と 傳 へ ら れ た る は 、 そ も 亦 如 何 な る 理 由 あ り し も の か 。 斯 の 如 き 手 段 に 出 で し 眞 意 は 、 是 れ 恐 ら く 高 野 山 の 僧 風 が 非 常 に 敗 頽 せ し 故 へ 、 之 れ を 矯 正 挽 回 す は た る 一 方 便 と し て 、 將 又 不 逞 の 悪 僧 等 を も 威 嚇 せ ん が 爲 め 、 斯 る 奇 躍 を 捏 造 せ し も の に は 非 ざ る か 。 然 テ ル ナ リ り 而 し て 殊 に 覺 海 を 選 び し 所 以 は 、 七 生 悟 人 と の 口 牌 を 奇 貨 と せ し も の な ら ん 。 其 他 も 亦 ほ い 同 様 の 口 牌 に 由 り し も の な ら ん か と 思 は る。 し く だ 然 ら ば 何 の 根 擦 あ り て 爾 か 断 案 を 下 せ し か と 云 ふ に 、古 記 録 に は 斯 る 妄 誕 不 稽 の 記 事 散 見 せ ざ る に 、 獨 り 徳 川 初 期 末 に 作 ら れ た る 院 譜 口 牌 集 等 の 文 献 に 於 て の み 、 暦 々 と 出 現 す る が 故 へ な り 。 而 も 殊 に

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徳 川 初 期 末 に 於 て 之 れ を 書 き し 所 以 は 、 永 年 に 亙 り し 學 侶 對 6 八 の 紛 擾 が 培 々 尖 鏡 化 し 、 屡 幕 府 の 裁 断 を 仰 が ね ば な ら ぬ 様 に な り し 結 果 、 互 に 儒 證 を 作 製 し て 、 攻 防 の 武 器 と 爲 せ し 關 係 上 、 學 侶 方 の 法 験 を 強 調 す る 方 法 と し て 、 竝 に 虚 構 の 奇 躍 を 宣 傳 し 、 以 て 教 敵 を 駆 服 威 嚇 せ ん と 計 り し も の な ら ん 。 之 れ に 由 り 多 少 の 敷 果 あ り し な ら ん も 、 さ り と て 之 れ が 爲 め 從 來 盛 ん に 鼓 吹 し て 築 き 上 げ た る 、 南 く つ が 山 の 古 傳 説 を 覆 へ せ し 事 に も な り し は 、 是 非 も な き 次 第 な り 。 何 ん と な れ ば 、 眞 然 信 正 の 謂 へ る が 如 く 、 我 高 野 山 は 諸 天 日 々 に 擁 護 し 、 星 宿 夜 々 守 護 し 給 ふ 無 二 の 震 場 な れ ば 、 足 一 度 此 の 山 の 土 を 踏 ま ん 輩 は 、 無 始 の 罪 障 忽 ち 滅 減 す と 云 へ る 、 金 科 玉 條 が 何 程 の 實 致 を も 齎 ら さ ず し て 。 寧 ろ 後 人 の 書 き い に し や も も し 山 中 魔 障 多 く 、 盛 ん に 善 事 を 妨 ぐ と か 、 或 は 山 中 古 へ よ り 魔 事 熾 盛 に し て 、 動 す れ ば 行 者 を 擾 し 、 善 事 を 障 磯 す 杯 と 、 震 山 に ふ さ は し か ら ぬ 記 事 の 方 が 、 結 局 事 實 の 眞 相 で あ り 。 術 ほ 又 数 百 年 の 久 し き に 亙 り 、 種 々 雑 多 の 醜 問 題 に て 、 幾 度 か 蝸 牛 角 上 の 紛 擾 を 重 ね し 點 杯 に 徴 し 。 之 れ で は 高 野 山 が 天 下 無 二 の 震 山 て ふ 一 枚 看 板 に 對 し 、 泥 を 塗 て 居 る の で は な き か と 思 は し め る の で あ る 。 又 寛 治 七 ( 一 七 五 三 ) 年 秋 七 月 、 東 寺 定 額 勝 實 僧 正 が 、 夢 の 中 に 宗 租 弘 法 大 師 よ り 口 授 せ ら れ し と 総 せ ら る ゝ 、 イ 留 身 テ ィ 無 ミバ シ ム ヒ テ イ 無 ニ ズ ノ テ ス イ 之 テ ト ニ居 於 高 野 之 樹 下一、 遊 紳 於 兜 率 之 雲 上 ハ 不 ン闘 ニ目 々 影 向一、 檢 一知 處 々 ノ 遺 跡一。 て ふ 感 得 文 も 、 何 等 其 数 果 を 示 し 居 ら ざ る 事 に な り は せ 澱 か と 思 は る ゝ の で あ るノ 尤 も 此 の 感 得 文 は 高 野 山 史 の 研 究 二 九

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高 野 山 史 の 研 究 三 〇 後 世 の 疑 作 な り と 云 は れ て 居 る 邊 も あ る こ と 故 へ 、 引 合 ひ に 出 す 程 の 領 値 も あ ら ざ る や に 思 ふ 。 震 山・ 震 場 ・ 震 佛 に 就 て は 、 別 論 に 於 て 卑 見 を 陳 ぶ る 所 あ り 、 併 見 せ ら れ ん こ と を 乞 ふ。 八 特 橿 の 保 全 さ 獨 占 に 關 す る 閲 踏 高 野 春 秋 並 に 南 山 關 係 の 古 文 書 等 に 現 は れ し 顯 著 な る 事 件 は 、 決 し て 数 種 に 止 ら ざ る も 。 寺 領 に 對 す る 紛 擾 は 、 其 最 も 甚 し か り し 出 來 事 と 見 え 、記 載 箇 處 頗 る 多 く 。 特 に 彼 の 高 野 山 寳 簡 集 の 如 き 、 其 大 部 分 が 殆 ん ど 之 れ に て 占 め 居 る に 徴 し て も 、 聯 か 其 消 息 を 窺 ひ 得 ん 。 是 れ は 眞 宗 の 如 き 一 合 一 勺 の 寺 領 す ら 絶 對 に 峻 拒 せ し 宗 派 に 在 っ て は 、 露 程 も 經 験 せ ざ り し 問 題 な り 。 之 れ に 對 す る 卑 見 は 他 日 に 譲 り 。 今 は 只 特 椹 の 保 全 と 、 其 獨 占 的 享 有 に 關 し て 排 他 的 な り し 事 、 及 び 他 の も の も 亦 均 需 せ ん 事 を 競 望 せ し よ り 、 劇 甚 な る 囲 爭 を 惹 起 せ し 所 以 を 論 せ ん と 欲 す 。 尤 も 所 謂 特 椹 に 就 て も 数 々 多 様 な る が 、 叢 に 掲 ぐ る 所 の も の は 、 乃 ち 紛 転 の 最 も 大 な り し も の を 澤 び た る に 過 ぎ ず 。 1 座 次 の 悶 着 高 野 春 秋 卷 第 六 ・長 承 三 ( 一 七 九 四 ) 年 甲 寅 の 下 に 、

廿

殿

一。

午 貝 壇 上 、 申 貝 奥 院 。 と あ る が 。 所 謂 本 寺 と は 即 ち 金 剛 峯 寺 の こ と に し て 、 末 院 と は 即 ち 覺 鍍 上 人 に 囑 す る 傳 法 院 の こ と な う 。 此 丈 の 記 事 を 見 て は 、 雫 稔 裡 に 宗 組 の 三 百 年 忌 を 勤 め た る や の 觀 あ る も 。 他 の 古 文 書 に 依 ら ば 、

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傳 法 院 の 昌 隆 が 意 外 な り し を 見 て 、 心 に 快 し と せ ざ り し 本 寺 大 衆 の 憤 葱 が 、竝 に 初 め て 表 面 に 爆 發 せ し 事 を 報 せ り 。 そ れ は 長 承 三 年 六 月 十 九 日 、 高 野 山 の 住 僧 檢 校 良 禪 ・ 阿 閣 梨 聖 仁 ・ 眞 碁 ・行 賢 ・尋 賢 ・ 琳 賢 ・ 山 籠 禪 信 ・俊 叡 ・ 慶 碁 ・ 琳 碁 ・禪 印 ・宗 賢 ・ 俊 覺 ・ 兼 賢 外 十 数 名 が 連 署 し 、 檢 校 良 禪 の 奏 達 状 を も 添 へ 、 二 箇 條 の 愁 訴 を 、 東 寺 の 長 者 法 印 御 房 政 所 に 差 出 し た る も の 。 所 謂 二 箇 條 の 愁 訴 と は 已 下 引 丈 の 句 逗 反 點 ほ 今 新 に 附 ぜ し も り 一 請 特 豪 二 恩 裁 一停 二止 爾 寺 交 座 一傳 法 院 山 籠 入 寺 不 レ被 レ書 二本 寺 交 衆 一 列 札 手 細 愁 状 理 由 の 文 ば 頗 左 長 き 故 略 す 臨 一 請 特 蒙 二 廣 恩 一裁 断 爲 下覺 鍵 上 人 制 二止 本 寺 入 堂 寺 役 一永 断 中絶 佛 事上 □ 案 愁 訴 同 上 故 略 す な り 。 之 れ に 對 し 八 月 二 日 、 椹 中 納 言 顯 頼 奉 勅 の 裁 断 は 、 金 剛 峰 寺 住 僧 等 訴 ニ申 座 席 非 理 一事 右 被 二 院 宣 一云 、 建 ニ立 傳 法 院 一申 二寄 御 願 寺 一定 並 座 主 以 下 職 ハ 是 彼 寺 佛 寺 彌 爲 轟繁 昌 h 此 院 行 法 不 レ 可 断 絶 之 故 也 。 而 凶 徒 之 輩 狼 戻 之 甚 、 偏 背 官 符 之 旨一、 忽 成 二座 席 之 相 論一、 頻 構 二衆 徒一、 狸 企 騒 動 一云 ん 。 菅 匪 レ違 二大 師 之 遺 教 h 既 不 レ揮 一上 皇 之 叡 旨 叩 冥 顯 之 謎 堂 以 遁 乎 。 山 籠 入 寺 不 レ依 二勤 勢 二相 二分 座 次 h 各 守 二等 差一、 敢 不 レ交 レ座 。 仍 寺 家 以 二下 萬 一任 二山 籠一、 以 二上 蕩 一補 入 寺 一云 々 。 當 山 之 習 未 レ及 二執 論一、 被 レ降 二 鳳 街 一之 日 何 成 二黒 悪 之 思一 手 。 何 況 以 二智 恵 一必 爲 レ先 、 以 二年 萬 一未 レ爲 レ先、 命 レ禰 二修 學 ハ與 レ致 二濫 行 荷 理 何 非 能 可 二思 量 一欺 。 以 二經 王 之 説 一書 天 子 之此一、 背 レ之 者 五 逆 也 、 輕 レ之 者 爲 一重 罪 一也 。早 以 二官 符 一山 籠 入 寺 等 可 レ命 レ 列 二同 官 座 よ 永 爲 二流 例 敢 莫 二違 失 幻 中 略 抑 良 禪 爲 二 一 和 爾 一爾 方 加 署 所 爲 之 旨 、尤 以 左 道 也 。 聖 仁 不 レ 高 野 山 史 の 研 究 三 一

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高 野 山 史 の 研 究 三 二 恐 二先 度 之 論 言 ﹁ 今 度 加 ﹄ 署 名 ↓ 濫 吹 之 甚 、 殆 及 二科 決 一者 欺 。 尋 賢 勤 二修 御 壷 嫉 二妬 御 願 ハ 與 非 常 之 至 、 責 而 有 レ餘 者 欺 。 件 三 人 云 二意 趣 一云 二所 行 一皆 以 顯 然 也 。 自 餘 之 輩 惜 可 レ被 二注 申 之 由 宜 二遣 仰 二者 、 院 宣 如 此 。 已 下 略 之 と あ つ て 。 意 外 に も 原 告 の 敗 訴 と な れ り 。 仍 て 八 月 廿 一 日 、 檢 校 良 禪 ・ 阿 閣 梨 聖 仁 ・ 尋 賢 ・ 琳 賢 及 勝 山 籠 ・ 入 寺 ・三 昧 ・ 久 住 者 都 合 二 百 六 名 連 署 し て 、 金 剛 峯 ・寺 奏 状 座 席 事 長 承 三 年 八 月 十 一 日 金 剛 峯 寺 常 住 奏 状 云 請 被 下特 蒙 二 鴻 慈 一停 正 覺 鍵 左 道 企 一命 二住 信 等 一安 堵 勤 修 恒 例 御 願 佛 事 等 上状 本 文 頗 る 長 け れ ば 遺 憾 な が ら 之 れ 々 略 す て ふ 辮 疏 の 奏 状 を 上 り し が 。 復 そ の 甲 斐 も な く 、 九 月 廿 一 日 、 右 兵 衡 顯 頼 奉 勅 、 金 剛 峯 寺 に 對 し 、 い

長 篇 な れ ば 之 れ 々 略 す が 下 さ れ 、 此 の 裁 断 の 結 果 、 本 寺 方 凶 徒 等 の 住 坊 を 取 壊 は し て 、 山 門 よ り 追 放 せ し 事 、 就 中 聖 仁 ・ 尋 賢 等 は 違 勅 の 重 科 に 處 す 可 き の 所 。 尋 賢 の み は 今 大 師 の 懇 請 に 基 く み き 特 免 を 賜 は り た る も 。 聖 仁 は 京 都 に 召 具 し て 尋 問 に 付 す 。 其 他 所 司 に し て 凶 類 に 與 せ し も の は 、 悉 く 其 交 名 を 注 進 せ よ と の 嚴 命 あ り 。 此 時 檢 校 良 禪 と 阿 闊 梨 聖 仁 と は 、 山 門 外 に 追 放 さ れ た の で あ る 。 併 い ぶ し 斯 る 金 剛 峯 寺 の 不 首 尾 は 、 一 言 も 高 野 春 秋 に 記 載 せ ら れ ざ る は 甚 だ 誘 か し 。 或 は 斯 る 貴 重 な る 古 文 書 が 手 に 入 ら ざ り し も の か 。

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2

に ま た ヽ く ま 傅 法 院 覺 鍵 上 人 の 聲 望 が 隆 に し て 、 瞬 間 に 本 末 爾 院 の 座 主 職 を 占 め 、 其 發 展 業 達 が 餘 り に 急 淫 な り し 爲 め 。 金 剛 峯 寺 の 一 味 が 東 寺 の 一 門 を 語 ら ひ 、 一 百 餘 人 連 署 し て 朝 廷 に 憤 奏 し け れ ば 。 長 承 四 二 七 九 五 ) 年 二 月 、 覺 鍵 上 人 此 顯 職 を 僻 し 、 本 寺 方 の 嫉 親 議 謳 を 避 け ん が 爲 め 、 密 嚴 院 に 籠 居 し て 專 ら 修 定 ま な こ を 事 と し 、 聖 船 長 養 せ ら れ た る を 、 荷 ほ 之 れ を し も 猜 疑 と 憤 怒 と の 眼 を 用 て 邪 推 し た り し 顛 末 を 、 上 人 震 瑞 縁 起 に 述 べ て 、 ハ ニ ニ ス ノ ラ ヤ ニ 保 延 三・ 四・ 五・ 六 年 偏 密 嚴 院 修 ニ坐 禪 一之 間 、 寺 僧 猶 成 二一不 審 輔 何 況 比 寺 凶 徒、 既 入 定 之 由 頻 命ニ 嫉 妬 一云 テ ニ 云 、 人 魔 競 起 佛 閣 不 レ静 、 因 レ 竝 倫 出 二傳 法 院 一直 入 二 根 來 寺 一 云 々 。 と 云 ひ 。 元 亨 釋 書 の 上 人 傳 賛 に も 、 フ ク ン デ 世 言 。 鍍 警 二傳 洪 新 院 一威 二子 本 寺一、 々 徒 唖 レ之 章 二鍍 之 入 定 一欲 レ接 レ之 。 蓋 嫉 レ配 ニ姶 租 一也 。 と 評 し た り 。 蓋 し 入 定 は 雨口同 租 弘 法 大 師 獨 特 の 所 作 に し て 、 末 弟 た る も の が 擬 似 の 墨 動 あ る は 、 こ れ ぞ 倍 越 冒 漬 の 甚 し き も の に し て 、 屍 礫 を 珠 玉 に 繰 る ゝ も の な り と て 、 本 寺 方 の 大 衆 が 刀 杖 を 携 げ て 傳 法 ・ 密 嚴 兩 院 を 襲 撃 せ し か ば 、 覺 鍵 上 人 並 に 其 徒 は 、 此 急 難 を 避 け て 根 來 山 に 移 る や 。 本 寺 方 の 大 衆 は 、 勢 に 乗 じ て 傳 法 院 方 の 坊 舎 を 破 壊 し 、 或 は 佛 體 ・佛 具 ・資 財 等 を 掠 め 、 其 上 更 に 僧 衆 七 百 餘 人 を も 追 放 せ り 。 高 野 山 史 の 研 究 三 三

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高 野 山 史 の 研 究 三 四 其 後 傳 法 院 よ り 此 の 暴 状 惨 劇 を 貫 主 に 注 進 せ し 所 、 貫 主 よ り 院 へ 奏 聞 せ し か ば 、 互 魁 の 宗 賢 ・玄 信 ・ 覺 賢 等 の 十 二 人 を 遠 處 に 蜜 し 、 後 更 に 二 十 四 人 を も 流 罪 に 處 分 せ り 。 又 兼 賢 阿 闊 梨 等 の 二 十 人 は 、 各 謝 罪 文 を 上 り て 深 く 前 非 を 悔 悟 せ し に 由 り 、 穗 便 の 裁 断 を 下 さ る 。 思 ふ に 此 の 大 惨 劇 も 、亦 全 く 特 権 保 全 の 精 神 に 基 き た る 排 他 的 墓 動 と 評 す 可 し 。 是 れ に よ り 高 野 一 山 内 の 大 衆 が 始 め て 二 大 分 と な り 、 後 の 所 謂 新 義 眞 言 宗 を 、 根 來 山 に 別 立 せ し む る に 至 ら し む 。 此 事 件 は 高 野 春 秋 卷 第 六 に 記 録 さ れ た る も 、 其 筆 法 が 本 寺 を 讃 し 末 院 を 點 け た る 點 あ る は 、 マ ダ シ モ ノ 事 、 随 分 錯 誤 せ る 記 事 あ り 、 頗 る 繁 雑 な れ ば 之 れ を 別 著 傳 法 院 法 流 史 に 譲 る 。 3 裳 切 の 騒 動 ス ヽ シ ノ モ キ リ 次 は 大 合 戦 大 焼 打 を 行 ひ し 、 世 に 所 謂 生 絹 子 裳 切 り と 稽 す る 大 紛 擾 是 れ な り 。 之 れ は 高 野 春 秋 卷 第 七 ・仁 安 三 ( 一 八 二 八 ) 年 戊 子 正 月 の 下 に 、 十 一 日 、 本 末 信 侶 相 交 勤 三修 傳 法 院 之 修 正 法 事 司 奮 例 十 日 迄 本 寺 方 修 正 會 、末 院 方 三 分 一 相 交 。 又 自 二十 一 日 一 末 院 修 正 、 本 寺 曾 牛 分 交 レ 之 。

勢一、 裁 二捨 末 院 方 行 道 衆 生 絹 子 裳 司 是 依 二末 院 悪 僧 等 一殺 ニ害 本 寺 僧 静 辮 ・ 千 福 之 爾 承 仕 一也 。 而 後 互 相 及 二 合 戦一、 末 院 學 頭 隆 海 .座 主 日 禪 出 奔 。 本 寺 方 輸 ニ勇 力 一追 二機 院 僧 七 百 餘 輩一、 破 二却 院 宇 二 百 餘 坊 叩 是 任 二去 久 安 三 年 院 僧 蹄 住 時 誓 紙 ・殊 御 副 院 宣 之 旨 一也 。 委 旨 詳 二 干 久 安 三 傳 注一。

廿

二語

終・

覺る

趣一、

二官

下一、

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高 勢 再 三一 也 。 と 記 し 、 嚴 し く 院 僧 等 の 驕 恣 濫 行 を 責 め 、 此 の 事 件 の 發 端 を 次 下 に 於 て 、 考 。 傳 法 院 別 記 云 。 仁 安 三 年 正 月 十 一 日 、 傳 法 院 僧 興 本 寺 僧 二相 交 行 一修 正 法 事 司 然 末 院 座 主 日 禪 新 着 二紫 衣 始 駕 二手 輿 司 随 ニ從 純 色 從 僧 四 人 ・ 大 中 童 子 撒 輩一。 又 行 道 衆 七 十 口 命 レ着 二生 絹 子 裳 袈 裟一。 又 所 司 張 二威 儀一、 仕 丁 着 二赤 衣一。 依 レ之 寺 僧 院 僧 起 ニ非 例 之 謝 論一、 騒 二動 會 場一。 院 僧 数 十 之 悪 漠 提 二出 刀 杖一、 殺 二 害 寺 僧 方 奉 仕 静 辮 千 福 二 人一。 加 レ之 及 二傷 五 六 輩一。 仍 本 寺 方 坊 人 等 不 レ忍 レ見 二聞 之一、 翁 然 相 集、 押 裁ニ 行 道 衆 中 之 裳 一棄 二捨 之一。 彼 滑 張 隆 海 ・ 日 禪 等 無 レ地 レ謝 二罪 名 一而 出 奔 。 是 以 寺 僧 衆 議 任 二覺 畜と 追發 之 例一、 且 又 守 下若 猶 命 レ違 二背 本 寺 一者 其 時 可 レ按 融 之 一 院 宣 之 旨 切 院 信 七 百 餘 輩 逐ニ 彿 山 中一、 其 序 破 二却 院 宇 二 百 餘 坊 殉 而 後 上 二奏 二 箇 條 之 訴 書 一 云 々 。 と 附 記 し 。 且 つ 此 の 大 騒 動 の 結 果 を 次 下 に 記 し て 、 夏 五 月 三 日 、 本 寺 末 院 裳 切 騒 動 官 裁 俗 。 寺 院 今 般 命 二騒 飢 之 事 、 自 二日 禪 隆 海 等 之 驕 恣 非 法 二起 、 而 傷 二 殺 本 寺 承 仕 僧 之 條 重 罪 也。 此 故 永 不 レ可ニ歸 住 二。己前出奔之人故。 殺ニ 害 人 二者 命 三其 碍 張 禁 二獄 之一。 且 已 後 不 ノ 可 レ致 二 覺れ 贈 大 師 號 之 上 奏 一者 也 。﹂ 本 寺 方 訴 奏 ・事 已 前 後 、 先 二私 意 後 二 公 裁 一者 、 不 義 之 甚 也 、 仍 削 二檢 校 ヲ ヲ 宗 賢 之 職 掌一、 配 二流 薩 州一、 及 上 綱 玄 信 萱 岐 ・房 光 對 馬 既 レ之 、 而 誠 二自 餘一 焉 。 禪 信 替 補 二 檢 狡 司 と 記 せ る も 。 本 寺 末 院 隻 方 と も 、 兄 た り 難 く 弟 だ り 難 き 暴 状 な り し を 以 て 、 喧 嘩 兩 成 敗 の 裁 断 が 下 り 高 野 山 史 の 研 究 三 五

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高 野 山 史 の 研 究 三 六 し も の と 見 ゆ 。 然 り 而 し て 此 騒 動 も 蹄 結 す る 所 は 、 則 ち 末 院 が 濫 り に 特 椹 の 模 微 、 若 く ば 催 越 な る 非 法 の 儀 例 を 敢 て せ し よ り 。 本 寺 方 が 特 権 の 侵 害 を 憤 り 、 途 に 禁 逼 の 手 段 と し て 、 私 的 制 裁 を 加 へ し に 外 な ら ざ り し 。 然 ら ば 此 の 裁 断 に て 變 方 と も 前 非 を 悔 い 、 爾 後 謹 愼 せ し か と 云 ふ に 、 決 し て 然 ら ず 。 七 年 後 の 安 元 元 ( 一 八 三 五 ) 年 四 月 十 七 日 に 至 り 、 再 び 本 寺 末 院 の 間 に 合 戦 勃 發 し て 、 本 寺 の 坊 人 等 末 院 の 過 半 を 焼 き 、 其 大 衆 を 放 逐 せ し か ば 。 乃 ち 本 寺 方 自 恣 の 暴 爆 を 答 め 、 檢 狡 禪 信 を 阿 波 に 肥 し 、 執 行 代 定 兼 を 上 総 に 流 せ り 。 更 に 六 十 七 年 後 の 仁 治 三 ( 一 九 〇 二 ) 年 七 月 十 三 日 、 本 寺 末 院 の 確 執 愈 々 熾 烈 と な り 、 合 戦 の 末 、 本 寺 の 餘 勢 ・院 信 を 呑 み 、 終 ひ に 傳 法 院 を 焼 彿 ひ し か ば 。 其 翌 寛 元 々 年 正 月 二 十 五 日 、 去 秋 の 怨 離 を 酬 い ん と 欲 し 、 再 び 合 戦 に 及 び し も 、 復 々 院 僧 の 敗 北 と な れ り。 併 し 同 年 七 月 に 至 り 其 時 の 檢 校 明 賢 を 署 し て 、 筑 前 に 配 流 す 。 五 年 の 後 、 傳 法 院 方 の 御 室 曾 勝 院 の 行 遍 前 大 僧 正 が 、 寺 務 長 者 兼 金 剛 峰 寺 座 主 と な る や 、 大 に 末 院 を 援 け て 葎 り に 本 寺 を 抑 歴 せ し か ば 、復 々 大 騒 動 と な り 。 寳 治 二 二 九 〇 八 ) 年 十 二 月 、 本 寺 方 が 末 院 と 合 戦 せ し よ り ﹂ 國 司 登 山 、 漸 く 和 孕 に 蹄 せ し が 、 公 裁 の 結 果 、 行 遍 前 大 俗 正 の 寺 務 長 者 兼 座 主 の 諸 職 を 停 止 せ し 事 。 檢 狡 第 七 十 二 代 茄 信 の 時 、 本 寺 末 院 合 戦 の 答 に 依 り 、 茄 信 檢 狡 を 改 易 せ し 事 。 及 び 弘 安 六 ( 一 九 四 三 )年 已 降 、 藪 箇 年 間 に 亙 り 大 悶 着 せ し 、 有 名 な る 天 野 紳 就 神 馬 相 論 . 寺 中 發 動 の 件 。 傳 法 院 大 湯 屋 立 不 立 之 講 論 に 依 り 、 伺 九 年 七 月 二 十 西 日 申 刻 、 本 寺 末

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院 の 爾 陣 互 に 大 ひ に 戦 ひ 、 夜 に 入 り 院 僧 潰 滅 、 其 翌 月 時 の 檢 狡 肪 信 の 答 を 責 め 其 職 椹 を 改 易 し て 泰 然 に 替 ら し め し 件 等 。 大 小 算 じ 來 れ ば 、 筆 紙 の 能 く 艦 く す 所 に 非 ず 。 然 ら ば 何 故 に 同 山 中 に 在 つ て 、 斯 く も 不 倶 戴 天 の 仇 敵 と な り し や と 云 ふ に 、 そ は 他 に 非 ず 之 れ 全 く 博 構 の 保 全 に あ り し こ と は 元 よ り 論 な き も 。 何 分 撮 爾 た る 猫 額 の 深 山 中 に 蠕 居 せ る 結 果 、 互 に 利 害 の 念 が 鏡 敏 と な り 、 僅 か 針 の 程 の 事 に て も 、 必 ず 棒 程 に 感 じ て 、 忽 ち 其 爭 ひ を 籏 大 せ し 事 。 及 び 當 時 頽 敗 せ る 僧 風 と 殺 伐 な る 世 態 と が 、 斯 く あ ら し め た る も の と も 察 せ ら る。 已 上 は 金 剛 峯 寺 對 傳 法 院 の 圖 爭 の み に 就 て 、 之 れ を 陳 べ し が 。 更 に 輻 じ て 學 侶 對 行 人 の 閲 旙 に 就 て 、 之 れ を 考 察 せ ん 。 4 闘 旛 麿 排 め し つ か ひ 由 來 行 人 は 學 侶 の 召 使 た り し 關 係 上 、 疇 昔 は 別 段 反 抗 が ま し き 基 動 あ ら ざ り し も 。 何 分 長 年 月 を 閲 み す る 中 に は 、 自 然 相 當 の 人 物 も 出 で 、 漸 く 財 務 方 面 の 實 擢 を 掌 握 す る に 迫 ん で は 、 撚 ・ 轍 よ り 療 し と の 諺 の 如 く 、 手 足 却 て 頭 首 を 制 す る 習 ひ に 似 て 、 其 勢 威 途 に 學 侶 方 を 凌 駕 せ し よ り 、 不 心 得 に も 屡 學 侶 方 の 主 権 を 蔑 如 し て 、 寺 法 を 棄 観 す る に 至 れ り 。 其 例 を 墨 げ ん に 、 高 野 春 秋 卷 第 十 一 ( 二 〇 九 九 ) 年 己 未 の 下 に 、 (應 永 十 六=二 〇 六 九 年 の 錯 誤 な る こ と は 、 既 記 3 年 代 錯 誤 の 項 に 於 て 之 れ を 論 せり)

廿

西 院

南 谷

中 院

谷 上

レ捧

二署

守一。

高 野 山 史 の 研 究 三 七

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高 野 山 史 の 研 究 三 八 是 依 二近 年 行 人 中 傲 慢一、 學 侶 衆 中 引 二退 河 州 天 野 山 ﹁ 梱 訴 公 應 一也 。 と 書 し 。 之 れ を 説 明 し て 勘 二量 此 時 節 叩 行 人 之 強 勢 ・上 田 貞 長 之 狼 戻 等 、 學 ・侶 雄 レ訴 二公 廉一、 公 判 延 引 。 所 謂 就 二鎌 倉 騒 動 h 將 軍 家 ・ 同 管 領 不 レ暇 二應 政 司 去 二 月 持 氏 父 子 自 裁 、 鎌 倉 静 離 (所 謂 已 下 三 十 字 は 永 享 十 一 年 の 出 來 事 ゆ ゑ 年 代 混 亂 ) 是 以 國 伺 畠 山 氏 之 家 老 命 一遊 佐 越 前 攻 一一傾 行 人 等 司 仍 乞 二降 参 h 向 後 不 レ可 レ背 二寺 命 之 旨 、 對 二越 前 守 一差 二出 廿 九 筒 條 之 告 文 ﹁ 而 翼 二學 侶 一 同 之 蹄 山 司 此 廿 九 箇 條 者 被 レ 拾 二 學 侶 之 上 書 べ と 云 え る を 見 て も 之 れ が 一 端 を 察 し 得 ん 。 之 れ は 其 下 に 於 て 夏 四 月 十 三 日 、 學 侶 中 蹄 三來 自 二河 州 ﹁是 依 下行 人 預 中 沙 汰 人 覺 賢 ・泉 觀 ・宣 覺 ・良 明 等 、 重 差 二出 署 到 之 告 文 而 梱 申請 學 侶 蹄 山 上也 。 と あ る を 以 て 、 此 の 度 の 事 件 は 、 之 れ に て 一 先 づ 落 着 せ し が 。 天 正 の 末 年 、 傑 僧 木 食 應 其 上 人 が 豊 臣 秀 吉 公 の 信 望 を 荷 ふ に 迫 ん で 。 行 人 方 の 勢 力 が 跳 躍 的 の 進 展 を 示 し 、 其 勢 増 々 加 ふ る に 從 ひ 、 復 々 學 侶 方 千 古 の 特 椹 を 躁 踊 し て 揮 か ら ず 、 檀 ま ゝ に 薪 規 違 例 の 法 式 ・服 装 を 敢 て す る に 至 る 。 或 は 復 學 侶 方 が 御 影 堂 に て 、 高 租 の 大 御 遠 忌 を 修 せ ば 、 行 人 方 も 奥 院 に 於 て 、 一 層 華 か に 簗 盛 の 美 ・ 供 獄 の 善 を 凝 ら せ し 法 要 を 勤 め て 、 人 目 を 驚 か し 。 又 學 侶 方 が 東 照 権 現 の 年 忌 法 要 を 修 す れ ば 、 行 人 方 は 之 れ に 拮 抗 し て 御 祭 禮 を 執 行 す る 杯 、 沙 汰 の 限 り に 非 ざ り し が 。 是 等 は 畢 覧 其 裏 面 に 徳 川 幕 府 が 行 人 方 を 優 遇

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し て 、 相 當 の 格 式 を 與 へ 、 學 侶 方 を 牽 制 せ し 政 策 も 含 ま れ 。 或 は 行 人 方 が 其 地 歩 を 向 上 せ し め ん が 爲 め 、 渤 修 寺 宮 を 戴 き 、 虎 の 威 を 振 ひ し 手 段 杯 も 混 は り し 爲 め な ら ん 。 南 山 並 に 勘 修 寺 門 跡 に 数 多 の 書 類 現 存 せ る が 、 今 は た ゞ 事 件 の 大 綱 目 の み を 記 さ ん に 、 頃 日 約 諾 せ る 堂 上 灌 頂 を 違 變 し て 、 寛 永 十 六 年 正 月 二 十 六 日 に 、 行 人 二 千 五 百 人 が 學 侶 と 絶 交 せ し 事 。 變 方 紛 擾 の か ど に 由 り 、 正 保 二 年 十 月 二 十 二 日 、 幕 府 ・無 量 壽 院 門 主 澄 榮 ・ 寳 性 院 門 主 政 算 、 並 に 行 人 方 の 文 殊 院 立 詮 を 武 城 の 御 詐 定 所 に 召 し 。 老 中 ・諸 奉 行 等 列 席 の 上 、 此 の 三 院 に 閑 門 を 命 じ 、 三 住 職 を 蟄 居 せ し め し 事 。 萬 治 三 年 十 一 月 七 日 巳 貝 、 勘 學 院 の 鐘 を 鳴 し て 、 衆 中 分 二 百 八 十 信 が 離 山 し た る 事 。 學 侶 行 人 變 方 が 多 年 紛 擾 を 績 け 、 毫 も 終 娘 の 模 様 あ ら は れ ざ り し か ば 。 元 緑 四 年 四 月 二 十 八 日 、 幕 府 よ り 御 條 目 を 下 し 、 檢 校 に 山 地 の 堂 宇 を 綜 管 せ し め た る 事 。 之 れ に て さ し も 永 年 の 難 係 争 も 、 根 本 的 解 決 の 断 案 が 成 立 せ る も 、 行 人 方 に 取 て は 大 不 利 な り し 爲 め 、 山 中 頗 る 穏 か な ら ず 、 幕 命 を 犯 す も の 績 出 し け れ ば 。 其 翌 五 年 八 月 、 公 命 蓮 背 の 行 人 六 百 二 十 六 人 を 遠 島 に 流 窟 し て 、 其 寺 門 を 閉 塞 せ し め 、 後 更 に 行 人 方 の 院 宇 数 棟 を 學 侶 方 に 與 へ 、 若 く ば 壊 は し て 二 百 八 十 宇 に 頓 減 せ し め し 事 。 高 野 山 史 の 研 究 三 九

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高 野 山 史 の 研 究 四 〇 正 、徳 五 年 四 月 、 東 照 宮 一 百 年 御 忌 法 會 を 修 せ し 際 。 行 人 方 が 恣 ま ゝ に 非 例 の 中 曲 三 昧 等 の 新 法 を 僖 行 せ し 爲 め 。 學 侶 方 の 訴 へ に 由 り 、 享 保 二 年 九 月 二 十 三 日 、 此 の 濫 行 を 停 止 せ し め し 裁 断 等 。 の 事 杯 は 、 蓋 し 紛 孚 の 大 な る も の な り 。 尤 も こ せ り 合 ひ は 大 凡 そ 三 百 年 間 を 通 じ て 、 幾 度 と な く 繰 返 ひ じ り こ も え さ れ 、 或 は 聖 方 と の 紛 擾 さ へ 交 又 し て 文 字 巴 と な り 、 蝸 牛 角 上 の 争 岡 に 、 畢 生 の 心 血 を 傾 注 し 、 そ れ が い つ 果 つ 可 き か 測 り 知 ら れ ざ り し が 。 徳 川 氏 の 政 権 没 落 と 同 時 に 、 明 治 元 年 九 月 十 九 日 、 勅 し て 此 の 三 方 の 優 別 を 撤 發 し 、 青 巖 寺 の 號 を 易 へ て 、 金 剛 峯 寺 の 奮 名 に 復 し 、 該 寺 務 職 を し て 一 山 寺 務 を 一 統 せ し め 。 更 に 四 年 後 の 朋 治 四 年 一 月 に 至 り 諸 侯 と 共 に 、 此 の 一 山 所 領 二 萬 一 千 三 百 石 も 奉 還 せ し め 、 其 上 古 來 の 御 願 法 要 御 所 疇 等 も 全 然 御 療 止 と な り し か ば 。 山 寺 の 窮 乏 途 に 其 極 に 達 し 、 爲 め に 昔 日 の 醜 き 圃 矯 壌 斥 す ら も 、 惹 起 す る の 勇 氣 さ へ 失 喪 せ し 事 こ そ 是 非 も な き 次 第 な り 。 臆 時 な る か な 。 九 檢 按 職 の 孚 奪 さ 協 定 イ 爭 奪 已 上 は 宛 然 敵 對 の 地 位 に 在 て 、 味 方 の 利 盆 を 侵 害 す る も の と の 争 圏 な り し 故 へ 、 此 れ は 生 存 灌 を 擁 み 護 す る 手 段 と し て 、 無 糠 發 作 な り と も 觀 得 ら る ゝ が 。 至 極 圓 滑 に 仲 好 く 暮 ら す 可 き 筈 の 味 方 同 志 で あ り 乍 ら 、 是 れ は 亦 意 外 、和 敬 を 本 と す べ き 僧 分 で あ り な が ら 、 互 に 其 顯 職 を 獲 得 せ ん が 爲 め 、 種 々 の 暗 團 を 績 け 、 金 力 を 以 て 暴 力 を 以 て 、 將 又 長 者 若 く ば 公 武 の 依 情 を 以 て 、 互 に 相 排 濟 せ る 結 果 。 已 む を

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か さ 得 ず 自 ら 檢 校 の 位 置 を 放 棄 し 、 若 く ば 改 易 せ ら れ た る も の 。 並 に 對 傳 法 院 合 戦 、 復 は 不 都 合 の 廉 に 由 て 、 公 儀 よ り 職 掌 を 號 奪 さ れ た る 檢 校 第 十 四 代 良 禪 ・第 十 五 代 信 恵 ・第 二 十 三 代 宗 賢 ・ 第 二 十 四 代 禪 信 ・ 第 四 十 五 代 明 賢 ・ 第 六 十 代 覺 傳 ・第 七 十 二 代 鮪 信 等 を も 加 算 せ ば 。 第 十 四 代 よ り 第 七 十 べ 代 迄 の 六 十 五 代 の 間 に さ へ 、 尚 ほ 二 十 一 二 代 の 退 職 者 を 出 せ り 。 其 他 表 面 に 顯 は れ ず し て 、 退 職 を 餘 儀 な く さ れ た る も の 、 若 く ば 暗 闘 に 勝 ち 得 て 、 悟 然 其 職 に 在 り し も の も 亦 あ り し な ら ん 。 今 は 只 同 志 問 の 紛 擾 に て 、 其 職 を 退 き し も の を 掲 ぐ れ ば 大 要 左 の 如 し 。 (引 文 中 の◎◎は 今 新 に 付 せ し も の 。 又 檢 校 次 第 並 に 檢 校 帳 の 記 事 は 、 殆 ん ど 高 野 春 秋 と 大 同 に し て 、 僅 に 宇 句 の 相 違 に 過 ぎ ざ れ ば 、 之 れ を 略 せ り 。 ) 高 野 春 秋 卷 第 四 ・天 暦 六 ( 一 六 一 二 ) 年 壬 子 夏 六 月 の 下 に 於 て 、 同 月 日 、 震 奥 院 廟 塔 倉 二舞 殿 等 累 焼 一実 。 即 從 座 主 一倉 二定 觀 第 三 執 行

退

職一、

殿

僻 二所 帯 職一、 是 依 二満 寺 傲 万 慨 歎 一也 。 と 云 ひ 。 同 卷 六 ・久 安 五 ( 一 八 〇 九 ) 年 己 巳 の 下 に 於 て 、

癸 巳 申 剋 露 歴 震 二子 大 塔 ﹁ 炎 上 。 雷 脆 二 落 巽 角一、 忽 生 二 火 焔一、 即 鳴 二 洪 鐘一、 集 二 満 寺 曾 侶 一力 働 。 漸 取 三 出 中 尊 之 御 頭 與 二 脇 佛 三 體一、 並 蓋 幡 佛 具 等 之 類 、 各 抽 二 心 力 一扶 二 出 之一。

灌 頂 院 累 焼 。 佛 像 法 具 悉 出 二 蓮 之 一 畢 御 影 堂 獨 得ニ 安 全 也 。 心 柱 倒 二艮 方一。 考 。自 二 康 和 二 年 大 塔 再 興一、 至 子 竝 一 五 十 一 箇 年 、 再 焼 也 。

第 十 九 世 檢 校 執 行 被 レ止 二除 檢 校 職一。 是 依 二宗 賢 之 訴 奏一、 下 賜 於 院 宣 一故 也 云 々 。 と 記 し 。 同 卷 第 七 ・治 承 三 ( 一 八 三 九 ) 年 己 亥 春 正 月 の 下 に 於 て 、 高 野 山 史 の 研 究 四 一

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高 野 山 史 の 研 究 四 二 廿 三 日 、 玄 信 檢 狡 第 廿 六 代 出 二奔 河 州 叩 早 天 衆 逐 一故 也 。 と 書 し 。 同 卷 第 八 ・暦 仁 元 ( 一 八 九 八 ) 年 戊 戌 の 下 に 於 て 、 二 月 十 日 、 止 一良 任 之 檢 校一、 第 四 十 二 代 而 爲 二政 定 政 定 に 高 野 春 秋 の 錯 誤 、 な る こ と 既 記 の 如 し 。 於 檢 校 司 是 依 二長 者 座 主 信 正 補 任 至 一也 。 十 一 日 、 前 檢 校 良 任 逐 電 実 。 是 以 門 徒 中 止 二出 仕 一実 。 レ 越 二 階 政 定 俊 恵 房 二 也 。 中 旬 、 迎 二還 前 檢 狡 良 任 師 今 レ補 二勝 蓮

昌二

是 號 二 金 剛 定 院 御 室 殉 之 御 推 塞 一也 。 二 月 日 、 第 四 十 三 世 執 行 檢 校 阿 闊 梨 信 寛 拝 堂 。 と あ る が 。 同 年 中 に 、 其 四 月 十 六 日 、 止 二除 信 寛 聖 禪 房 之 當 職一、 命 二良 任 勝 蓮 花 院 執 行 職 並 天 野 院 主 。

梨一、

二補

援 一也 。 と 云 ひ 。 同 卷 ・ 建 長 元 (一 九 〇 九 ) 年 己 酉 正 月 の 下 に 於 て 、 廿 日 書 、 定 信 第 四 十 入 代 被 レ改 二易 檢 校 一畢 。 と 録 し 。 同 卷 第 九 ・ 弘 長 元 ( 一 九 二 一 ) 年 辛 酉 秋 七 月 の 下 に 於 て 。 同 月 日 、 被 レ止 二眞 辮 之 當 職一、 第 五 十 六 代 是 依 丁爲 二 大 衆 一見 レ逐 中出 山 家 上也 。 八 月 五 日 、 成 詣 法 義 房 補 二檢 狡 司 と あ る が 、 其 翌 二 年 正 月 に 至 り 、 晦 日 、 改ニ 易 成 詣 一而 還 二補 眞 奨 是 宗 家 座 主 定 親 信 正 依 レ見 レ差 二登 命 旨 二也 。 二 日 朔 、 第 五 十 八 世 執 行 檢

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校 法 橋 位 眞 辮 還 補 拝 堂 。 と 記 せ る に も 關 ら ず 、 半 歳 を 經 ざ る 中 に 、 六 月 十 日 、 眞 辮 又 爲 二大 衆 一被 二追 却 詑 。 紡 遍 替 二補 職 焉 。 十 五 日 第 五 十 九 執 行 檢 校 法 橋 上 人 位 紡 遍 拝 堂 。 古 牒 云 。 此 舞 堂 之 時 、 不 レ開 御 影 堂 内 陣 之 扉 っ 是 所 謂 衆 中 再 逐 二眞 辮 一之 騒 動 、 故 辮 之 徒 相 翠 而 不 レ肯 レ渡 二 堂 舎 之 鍮一 也 。 と あ る は 、 以 て 其 軋 礫 排 濟 の 劇 甚 な り し を 察 す 可 し 。 金 三 本 檢 校 次 第 に 、 眞 辮 爲 二大 衆 一被 二追 出一。 其 替 補 任 、 中 略 ニ 彼 勉 前 檢 校 不 レ被 レ出 二御 願 堂 之 鎗 一之 間 。 舞 堂 之 時 不 レ開 御 願 堂 内 陣 御 戸 ハ 是 希 代 之 例 云 々 。 と 書 せ る を 、 十 卷 本 檢 狡 帳 に は 、 其 儘 之 れ を 韓 載 せ る は 可 な る も 。 次 の 第 六 十 代 覺 傳 の 處 に も 、 彼 剋 巳 下 の 三 十 数 字 を 書 添 へ た る は 、 そ も 亦 甚 し き 誤 り な ら ず や 。 高 野 春 秋 卷 第 九 ・建 治 三 ( 一 九 三 七 ) 年 丁 丑 の 下 に 於 て 、 多 十 一 月 日 、 被 レ改 二易 興 實 之 檢 校 職一。 第 六 十 六 代

十 二 月 二 十 五 日 、 十 二 日 誤 檢 校 弘 曾 遷 化 。 (廿 五 日 ) 興 實 替 再 補 。 弘 安 元 二 九 三 八 ) 年 戊 寅 春 正 月 止 二檢 校 朝 拝 儀 式一、 交 替 改 易 、 寺 中 恩 遽 也 高 野 山 史 の 研 究 四 三

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高 野 山 史 の 研 究 四 四 と 記 せ る が 。 檢 校 次 第 に 依 ら ば 、 前 檢 校 興 實 と 第 六 十 九 代 賢 定 と の 問 に 、 猛 烈 な る 護 論 あ り し 爲 め 、 已 む を 得 ず 歎 日 間 舞 堂 を 渥 延 し 。 而 も 尚 ほ 僅 か 孚 月 だ も 經 ざ る 中 に 、 峻 嚴 な る 改 易 の 極 刑 に 處 せ ら れ た る を 考 一 考 せ ば 、 其 位 置 の 保 た れ 難 き 事 、 量 に 風 前 の 燈 火 に 異 ら ず と せ ん や 。 反 目 嫉 覗 の 害 何 ぞ 夫 れ 大 な る 。 次 に 同 卷 弘 安 四 二 九 四 一 ) 年 辛 己 の 下 に 至 り 、 十 二 月 十 三 日 、 静 辮 師 退 二譲 檢 校 職一、 第 七 十 代 賢 隆 替 補 焉 。 弘 安 五 年 壬 午 春 正 月 朔 、 檢 校 不 レ及ニ 朝 拝一。 神 馬 相 論 、寺 中 騒 動 、故 未 レ 成 二 拝 堂 一 也 。 と 云 ひ 。 同 卷 ・ 永 仁 二 ( 一 九 五 四 ) 年 甲 午 の 下 に も 、 三 月 日 、 自 奈 家一 助替 彼 レ改 二易 長 任 之 檢 校 職一。 第 七 十 八 代 隆 昇 補 二檢 校 一而 舞 堂 云 々 。 と あ る が 、 同 卷 ・ 正 安 三 ( 一 九 六 一 ) 年 辛 丑 の 末 段 に 於 て も 、 亦

二退

職一、

第 八 十 二 代 信 忠 座 主 除 二去 之 二也 。 乗 阿 圓 眼 房 替 昌補 之 一云 々 。 と 云 へ り 。 上 來 援 引 す る 所 の 文 に 、 十 分 な る 説 明 を 付 し 居 ら ざ る 爲 め 、 事 情 の 到 然 し 難 き も の 、 若 く ば 事 情 の 相 違 せ る も の も あ ら ん 。 然 れ ど も 何 れ も 皆 檢 校 を 目 標 と し た る 紛 擾 な れ ば 、 其 裏 面 的 動 機 は 、 他 を 追 出 し て 自 ら 之 れ に 代 ら ん と せ し 結 果 に 外 な ら ざ る や 、 容 易 に 窺 知 し 得 る な り 。 然 ら ば 斯 る 顯 職 の 争 奪 は 輩 に 高 野 山 上 の み に 起 れ る 唯 一 の 特 徴 な り し か と 云 ふ に 、 這 は 決 し て 然 ら ず 。 其 長 上 に 立 ち し 東 寺 の 法 務 一 長 者 間 に 於 て す ら も 、 尚 ほ 屡 よ 演 出 せ ら れ し 醜 態 に し て 。 只 其 度 歎 が 高 野 山 程 に 頻 繁 な ら

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ざ り し 差 違 あ る の み 。 之 れ は 畢 寛 東 寺 の 法 務 一 長 者 は 、 最 高 の 門 閥 家 な ら で は 之 れ に 登 る こ と を 得 ざ る も 、 南 山 の 檢 校 は 殆 ん ど 下 賎 の 出 身 な り し 故 へ 、 互 に 相 ひ 競 望 せ し な り 。 之 れ に 依 て 之 れ を 見 れ ば か ば 、 世 智 辛 き 現 代 の み が 碕 子 を 規 ふ 許 り で 無 く 。 全 然 人 生 の 外 に 超 脱 せ し 僧 侶 , 殊 に 大 師 の 芳 濁 を 慕 ふ て 、 深 山 中 の 深 山 、 震 山 中 の 震 山 た る 高 野 山 に 隠 遁 し 、 三 密 加 持 ・ 三 々 卒 等 の 觀 行 に 、 些 か た り と も 餘 念 な か る べ き 筈 の 法 萬 高 き 一 山 の 長 老 誉 宿 達 で す ら 、 尚 ほ 権 力 ・ 金 力 ・ 依 信 力 ・暴 力 等 を 以 て 、 顯 職 把 握 に 没 頭 し 、 其 極 途 に 泥 裏 洗 二土 塊 一て ふ 血 で 血 を 洗 ふ 合 戦 殺 傷 の 悲 惨 事 す ら 演 出 せ し は 、 よ し 當 時 の 時 代 風 潮 と は 云 へ 、 豊 に 歎 が は し き の 至 り な ら ず や 。 尤 も 當 時 の 桐 度 と し て 嚴 然 た る 世 襲 が 確 立 せ る 爲 め 、 如 何 に 不 出 世 の 英 傑 な れ ば と て 立 身 開 運 の 途 之 れ あ ら ざ り し に 引 替 へ 、 僧 官 の 顯 職 に 晋 ま ば 、 俗 大 官 連 と 比 肩 す べ き 優 遇 を 與 へ ら れ た る を 以 て 。 青 雲 の 志 を 抱 け る も の は 、 唯 一 の 登 龍 門 と し む け み ち て 、 出 家 の 群 に 投 じ た り し も の も 勘 な か ら ざ り し 。 然 り 而 し て 斯 る 抜 道 の あ り し は 、 卒 安 朝 の 貴 族 佛 教 た る 天 台 眞 言 爾 宗 に 於 け る 特 殊 事 情 に し て 、 僧 位 僧 官 の 無 か り し 卒 民 佛 教 、 特 に 眞 宗 に 於 て は 絶 え て 之 れ 無 か り し 問 題 な り。 ロ 協 定

も。

は た 弊 と に は 、 己 が 良 心 に 對 し て も 、 將 又 外 聞 上 に も 、 決 し て 馨 ば し か ら ぬ 所 以 を 痛 感 せ し か ば 。 一 は 此 高 野 山 史 の 研 究 四 五

(28)

高 野 山 史 の 研 究 四 六 の 悪 弊 を 蔓 除 す る 浮 化 運 動 と し て 、 一 は 自 己 擁 護 を 確 保 す る 意 味 を も 含 み し 良 策 と し て、 途 に 妥 協 的 取 り 極 め を 結 ぷ に 至 れ り 。 高 野 山 又 績 寳 簡 集 第 百 二 十 七 ・ 檢 校 昇 進 定 書 に 収 め ら れ た る 、 建 治 三 ( 一 九 三 七 ) 年 十 二 月 の 金 剛 峯 寺 衆 徒 置 文 は 即 ち 是 れ な り 、 其 文 左 の 如 し 。 定 置 金 剛 峯 寺 ハ ニ

ピ補

ル ニ ク デ ク シ ク ノ デ メ セ ン 右 考 天 師 御 遺 誠 一云 。 上 下 無 二謬 論一、 長 幼 有 二次 第一、 如 二乳 水 之 無ー ゾ別 護ニ 持 佛一、 如ニ 鴻 鷹 之 有 ソ次 利 二盆 シ ル テ ク セ バ ク ル ニ ノ ト シ ゴ ロ ブ ノ ハ 衆 生 司 若 護 レ之 即 名 二佛 弟 子 ハ 若 運 二斯 義 一郎 名 二魔 蕪 一 云 々 。 而 近 代 屡 依 二寺 務 競 望 一頃 年 及 二山 門 牢 籠一、 或 ツ デ テ シ ノ ニ ヅ デ ミ ヶ ヤ ミ フ

二而

二黄

囑ニ

一而

志一。

レ度

、寺

シ ラ カ ラ ン カ ナ シ マ ニ ル ご ミ 之 衰 微 、 山 上 之 佗 僚 、 有 レ心 之 徒 誰 不 レ傷 。 嵯 是 乃 檢 狡 職 不 レ守 二萬 次一、 頻 倉ニ 競 望 一之 所 ノ致 也 。 愛 含ニ 超 ニ ズ ニ ス ノ ミ ニ サ ヘ ブ 越 之 恨一、 不 レ能 昇 晋 一之 輩 、 途 及 二合 戦一 之 刻 、 或 殺 害 或 及 傷 、 非 二蕾 流 二 一 世 之 悪 名一、 剰 亦 結 二 多 生 之 苦 ニ チ ク デ

二組

趣一、

依ニ

議一、

二萬

次一

レ補

一件

職一。

二結

役一、

ホ 仍 歩ニ 入 壇一 仁 、 又 引 上 並 三 昧 倉 預 等 、 本 自 有 差 異一、 故 非 二沙 汰 之 限 司 一 同 寺 務 可 レ定 二年 限 事 ハ ス ル モ テ テ ニ ニ ス ン ト テ ル ニ ラ バ 右 住 山 之 前 途 、 交 衆 之 所 ン期 、 一 日 假 二其 號 於 貫 主一、 永 劫 欲 レ結 二縁 於 大 師一。 然 一 人 之 執 務 若 逡 二多 年 一 キ レ ノ ス ニ ク ケ ガ ノ ニ カ セ ン ナ マ シ ノ ニ ド ム ル ニ レ デ 者 、 傍 輩 之 蓄 懐 可 期 二何 日 一乎 。 矧 非 重 代一、 久 賠 二山 務 一而 何 爲 。 亦 非 和 傳一、 慾 負 二庄 薗 二而 有 レ恐 、 限

(29)

ヲ セ ツ テ ム ヲ レ ン 牧 納 三 箇 年 一宜 レ令 二贈 表一。 彼 南 都 之 分 二爾 門 二也 、 定 二年 限 一而 停 二圏 飢 ハ 此 當 寺 之 佳 二 一 味 一也 、 堂 延 街寺 塑 サ ン テ ズ シ 而 飴 二誘 訓 司 若 不 レ守 二萬 次一、 於 下会 一競 望 一之 輩 上者 . 一不 ソ論 親 疎 門 可 レ處 罪 科 一。 若 背 ニ斯 旨 一者 、 奉 レ始 ニ 梵 ノ ノ ノ ノ 天 帝 尺・ 四 大 天 王・ 雨 界 諸 尊 ・常 住 佛 陀一、 並 三 地 大 聖 ・爾 所 椹 現 之 御 治 罰 、 可 ン罷 二蒙 各 之 身 上 乏 状 如 レ件 。 建 治 三 年 十 二 月 日 預 大 法 師 教 算 在 判 年 預 山 籠 實 信 在 判 檢 校 法 橋 上 人 位 覺 傳 (巳 下 四 十 六 人 ノ 連 署 ア ル モ 之 レ ヲ 略 ス ) 之 れ に 依 て 之 れ を 見 れ ば 、 第 一 條 に 於 て 醜 随 な る 悪 運 動 を 禁 遇 せ ん が 爲 め 、 僧 侶 と し て 最 も 曾 ば る ゝ 戒 薦 に 依 て 、 最 も 高 き も の よ り 逓 次 に 任 補 す る 條 件 を 設 定 し 。 且 つ 如 何 に 蒐 高 く と も 、 敏 格 あ る 者 に 對 し て は 、 之 れ を 適 用 せ ざ る 事 を も 附 記 し て 、 越 階 競 望 の 野 心 を 捨 て し め 。 又 咬 り 付 き は 昔 も 今 の 如 く な れ ば 、 折 角 歳 ち 得 た る 榮 官 を 、 假 倉 ひ 一 日 た り と も 、 よ り 長 く 居 据 ら ん と 腐 心 す る は 、 全 く 後 學 の 進 路 を 閉 塞 す る 最 大 の 稿 根 な れ ば 、 任 期 を 断 然 三 箇 年 間 と 規 定 せ り 。 是 れ は 早 晩 自 分 達 に も 廻 り 來 る べ き 総 花 的 仕 組 に し て 、 一 種 の 自 己 擁 護 の 確 保 と も 見 ら れ ゆ 以 て 濫 吹 の 積 弊 を も 除 き 得 る 様 に な し た る も の り 。 此 の 書 期 的 協 定 に よ り 、 さ し も 久 し き 間 表 面 に 暴 露 さ れ し 醜 紛 転 も 、殆 ん ど 根 絶 し た る も の と 見 え 亀 高 野 山 史 の 研 究 四 七

(30)

高 野 山 史 の 研 究 四 八 從 前 短 き は 孚 月 已 内 、 乃 至 一 年 前 後 に し て 其 職 を 去 り し 反 對 に 、 長 き は 十 年 乃 至 二 十 餘 年 の 長 月 日 を 獨 占 せ し 終 身 在 職 者 が あ り し に 引 換 へ 。 一 朝 に し て 三 年 制 と な り し 結 果 、此 の 不 李 均 の 悪 弊 を 斐 除 し 。 是 よ り 已 後 は 殆 ん ど 満 三 箇 年 目 の 十 二 月 六 日 を 以 て 、 相 互 交 替 せ る を 見 れ ば 、 此 の 協 約 こ そ 頗 る 敷 果 あ り し も の と 察 せ ら る 。 尤 も 任 期 を 短 縮 し て 総 花 的 に す れ ば 、 洵 に 卒 穏 な る が 如 き も 、 就 任 者 の 人 物 品 位 を 低 下 せ し め し こ と は 、 實 に 蔽 ふ べ か ら ざ る 事 象 た り 。 特 に 徳 川 時 代 に 入 る や 、 任 期 を 一 箇 年 と 改 變 せ し は 、 増 々 就 任 者 の 素 質 を 悪 し く せ し め た り 。 ま 因 み に 在 官 中 不 時 に 退 職 し 、 若 く ば 頓 死 す 惹 も の あ り と も 、 表 面 は 必 ず 臨 終 の 刹 那 、 面 の あ た り 次 の も の に 對 し て 、 法 流 事 務 の 引 績 き を な し た る 様 書 せ り 。 又 任 期 一 箇 年 と 改 ま り し 時 よ り 、 十 一 月 二 十 一 日 の 御 影 堂 法 要 を 濟 ま す や 、 青 巖 寺 に 蹄 ら ず 、 直 ち に 自 坊 に 隠 退 す る 定 め と な れ り 。 然 る に 明 治 八 年 第 三 百 七 十 六 代 良 基 法 印 の 時 よ り 、 更 に 二 月 二 十 一 日 の 法 師 成 満 式 を 了 ら ば 、 前 官 と 曾 稽 せ ら る ゝ こ と に な れ り 。 又 往 古 任 期 の 長 短 不 規 則 な り し 時 代に は 、 左 記 の 如 き 還 補 重 任 あ り て 、 衆 人 の 羨 望 せ る 此 の 顯 官 を 、 一 人 に て 二 度 も 占 有 せ し 例 あ り し が 、 之 れ も 亦 此 の 協 約 後 全 く 其 跡 .を 絶 ち 、 以 て 後 賢 の 進 出 を 容 易 な ら し む る に 努 め た る は 、 南 山 和 卒 の 爲 め 甚 だ 以 て 喜 ば し き 現 象 な り し 。 第 十 四 代 第 十 七 代

第 四 十 二 代 第 四 十 四 代

第 四 十 七 代 第 四 十 九 代

第 五 十 代 第 五 十 五 代

第 五 十 六 代 第 五 十 八 代

第 六 十 代 第 六 十 玉 代

第 六 十 六 代 第 六 十 八 代

第 七 十 八 代 第 八 十 二 代

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