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密教研究 Vol. 1928 No. 31 002松永 有見「高野山の二十五三昧式に就いて P9-29」

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Academic year: 2021

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一 今 夏 書 史 學 界 の 篤 學 者 中 野 達 慧 氏 が、 金 剛 三 昧 院 の 聖 数 を 調 査 中、 百 数 十 聡 の 講 式 の 中 に 鎌 倉 時 代 の 二 十 五 三 昧 式 が 五 岩 出 た 。 首 の 一 紙 程 が 鋏 け て 失 題 の 爲 め に 内 容 不 明 に つ き 中 野 氏 よ り 考 讃 を 依 嘱 さ れ た の で、 よ く 之 を 調 査 し て 見 る ご 貞 慮 三 年 に 作 つ た 高 野 山 に 於 け る 二 十 五 三 昧 講 式 な の で あ る 。 同 時 に 其 の 他 に も 類 本 ご 見 る べ き 二 十 五 三 昧 式 癒 六 道 騨、 華 供 養 等 を 登 見 し て 驚 異 の 戚 に 打 た れ た こ と で あ る 。 元 來 二 十 五 三 昧 講 式 は 叡 山 首 樗 嚴 院 の 源 信 僧 都 が 作 つ た も の で、 彌 陀 の 二 十 五 菩 薩 の 聖 衆 に 擬 し て 都 率 の 畳 超 等 の 二 十 五 人 を 黙 し て 根 本 登 起 衆 こ し、 花 山 法 皇、 源 信 曾 都 等 の 十 九 人 を 結 縁 衆 こ な し 八 個 の 起 請 を 捧 げ て 念 佛 の 連 盟 を 作 り、 一 は 自 己 の 浄 土 往 生 に 資 し、 一 は 六 道 の 衆 生 を 威 登 せ し め ん ご す る 純 宗 教 的 運 動 の 蓮 肚 で あ る 。 此 の 講 式 は 浄 土 数 信 仰 の 螢 達 に 件 ふ て 現 れ た 個 八 的 な 自 畳 的 宗 教 思 想 の 自 然 の 登 露 で あ つ て、 一 時 叡 山 首 榜 嚴 院 を 始 め こ し、 誓 願 寺、 雲 林 院 等 の 京 洛 の 地 は 勿 論 大 和 當 麻 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 九

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山口阿 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 〇 寺、 天 橋 立 等 に 行 は れ、 吾 國 浄 土 教 思 想 興 隆 の 木 鐸 と な つ た こ ご で あ る。 然 る に 威 も あ ら う に 現 世 爲 本 即 身 成 佛 の 根 本 道 蕩 た る 高 野 山 に、 浮 土 を 欣 求 す る 二 十 五 三 昧 の 講 式 が 流 行 し た こ ご は 一 種 の 驚 異 に 値 す る。 勿 論 王 朝 の 夫 期 よ り 厭 世 懸 遁 の 徒 が 期 せ す し て 高 野 山 に 集 り 來 り、 東 別 所 の 明 遍、 新 別 所 の 俊 乗 房 重 源 等 に よ り 法 然 流 の 口 唱 念 佛 を 唱 へ、 蓮 砒 を 組 織 し て 居 つ た こ ご は 巳 に 周 知 の 事 實 で あ る が、 叡 山 首 楊 院 風 の 念 佛 結 就 が 高 野 山 の 各 所 に 於 て 行 は れ た で あ ら う こ ご は、 吾 人 の 寡 聞 な る 未 だ 曾 て 知 ら な い こ ご で あ る 。 二 今 回 金 剛 三 昧 院 に 於 て 登 見 さ れ つ る 二 十 五 三 昧 式 は、 凡 て 五 種 五 憲 あ る。 こ の 中 二 岩 は 首 霧 が 鉄 げ て 失 題 で あ る が 他 の 三 巻 は 表 題 内 題 共 に 明 ら か で あ つ て 一 も 映 損 す る 所 が な い 。 二 十 五 三 昧 作 法 六 道 講 式 に は 種 々 の 檬 式 が あ る 。 普 遜 の は 寛 和 二 年 五 月 二 十 三 日 の 日 付 あ る も の で 初 に 惣 禮 伽 陀 が あ り、 先 三 禮、 次 に 如 來 唄、 禮 佛 頗、 表 自、 登 願 文、 勧 請、 四 奉 請 ご 次 第 し、 次 に 阿 彌 陀 経 を 諦 出 し、 次 に 縛 経 念 佛 の 功 穏 を 以 つ て 六 道 の 衆 生 に 廻 向 す ご 爲 し、 六 道 繹 に よ り て 六 道 受 苦 の 相 を 説 き、 天 堂 繹 の 偶 碩 了 り て 三 禮、 七 佛 通 戒 偶、 神 分、 難 分、 所 願、 九 條 錫 杖 ( 或 三 條 ) ご 次 第 し 最 後 に 総 結 文 を 以 つ て 終 つ て ゐ る。 ( 大 正 五 年 九 刀 登 行 大 旺 本 佛 敷 全 書 ) 此 の 外 永 延 二 年 六 月 十 五 日 首 樗 嚴 院 源 信 の 署 名 あ る 十 二 ケ 條 の 起 講 文 ご、 寛 和 二 年 九 月 十 五 日 慶 保 胤 草 の 署 名 あ る 八 個 條 の 起 請 文

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を 出 し た も の が あ る 。 ( 大 正 八 年 二 月 登 行 大 日 本 佛 激 全 書 ) 今 金 剛 三 昧 院 現 存 の 二 十 五 三 昧 式 を 黙 槍 し て 見 る 。 一、 二 十 五 三 昧 式 伽 陀 ( 表 題 ) 一 巷 鎌 倉 時 代 篤 圃、 華 供 養 事 (内 題 ) 奥 書 此 式 弘 誓 院 殿 の 御 作 也 内 容 は 天 台 の 一 色 一 香 無 比 中 道 の 観 智 よ り 華 供 養 の 徳 を 讃 頚 し た も の で、 多 分 二 十 五 三 昧 式 の 一 部 で あ ら う。 一、 二 十 五 三 昧 式 六 道 繹 一 巻 鎌 倉 時 代 寓 内 容 は 前 記 の 普 通 用 の 三 昧 式 の 中 の 六 道 繹 ご 大 同 小 異 で あ る が、 此 れ は 別 導 師 の 作 法 で あ る o 全 篇 を 六 懇 に わ か ち 一 憲 毎 に ( 一 道 毎 に ) に 禮 讃、 念 佛、 讃 経 し て 六 趣 の 衆 生 に 廻 向 す る も の で あ る 。 一、 失 頴 三 十 五 三 昧 式 一 懇 鎌 倉 時 代 寓 奥 書 此 式 者 見 合 恵 心 僧 都 起 請 二 通 杁 ン 蘇 條 井 雲 林 院 式 世 流 布 式 等 書 出 之 此 の 式 は 佛 教 全 書 第 二 種 の 十 ニ ケ 條 八 ヶ 條 を 見 合 せ て 作 つ た こ 奥 書 に 注 し て 居 る が 其 の 内 容 は 殆 別 種 の も の で、 始 め に 六 時 禮 讃 の 念 佛 行 道 等 を 行 し、 第 一 禮 拝 門 (彌 陀 十 二 光 等 )、 第 二 讃 歎 門 ( 三 十 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 一

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需 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 二 二 相 ) 第 三 作 願 門 ( 四 十 入 願 )、 第 四 観 察 門 ( 阿 彌 陀 讃 )、 第 五 廻 向 門 の 五 段 の 式 あ り て 後、 次 棘 分、 次 霊 分 ( 根 本 螢 起 二 十 五 人、 結 縁 衆 十 九 名 列 名 )、 次 所 願、 次 補 閾 分、 唱 六 種、 下 座 三 條 錫 杖、 導 師 佛 名 次 に 十 ニ ケ 條 の 起 請 の 次 に 別 導 師 を 以 つ て 土 砂 加 持 作 法 を 行 し、 次 に 登 願、 次 に 禮 舞 を 以 つ て 終

る。

一、

(

)

て、

る。

く、

逝。

畳。

者。

経。

敷。

唾。

衆。

衆。

志。

西

者。

最。

西

敷。

宿

風。

勤。

0

望。

之。

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年。

日始

降、

輩。

者。

日日

業。

之。

者。

心。

哉。

悩。

他。

苦。

想。

0

起。

請。

聞。

尖。

等。

ゝ、

る。

て、

い。

う。

し、

る。

一、

二、

三、

調

四、

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高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 四 五、 可 結 衆 病 時 結 番 膿 覗 事 六、 可 瓢 定 結 衆 墓 腱 號 花 毫 廟 二 季 修 念 佛 事 七、 可 常 向 西 方 深 積 功 力 事 八、 可 結 衆 没 後 守 義 修 善 事 此 の 入 ヶ の 起 請 文 に は 各 理 由 を 記 し て ゐ る 。 第 二 に 光 明 眞 言 加 持 土 砂 を 加 ふ る こ ご は、 根 本 の 式 に も あ り、 台 密 の 方 式 を 添 那 し た も の で あ る。 其 の 方 法 は 導 師 別 に 五 大 願 を 登 し、 諸 賢 各 三 密 観 に 住 し て 、 光 明 眞 言 を 論 し、 結 衆 者 の 中 に 逝 去 す る も の あ ら ば、 此 の 土 砂 を 屍 の 上 に 置 く の で あ る。 此 の 鮎 よ り 見 て 此 の 式 は、 顯 密 一 致 浄 密 調 和 の 式 で あ る こ ご を 首 肯 し 得 る で あ ら う。 別 に 病 院 を 建 設 し、 看 病 を 相 互 の 義 務 こ し、 死 後 の 菩 提 を 訪 ひ 墓 腱 を 設 け、 一 度 結 衆 者 の 内 死 す る も の あ ら ば、 其 の 地 獄 に 逝 く も 極 樂 に 生 る、 も、 共 に 結 衆 者 の 夢 に 告 知 せ よ ご あ る に 至 つ て は、 宗 敏 的 結 合 の 意 義 の 深 遠 に し て 純 情 あ る を 見 る べ き で あ る。 最 後 の 総 結 の 文 に ﹁ 我 等 生 涯 多 傾 來 世 漸 近。 今 勒 此 起 請 文 將 置 干 往 生 院。 後 日 結 衆 請 勿 退 轄 而 巳 ﹂ ご 云 ふ 文 を 以 つ て 結 ん で ゐ る。 此 の 往 生 院 ご は 何 れ の 寺 院 な る か、 文 明 記 に よ れ ば、 往 生 院 谷 の 所 に ﹁ 往 生 院 願 圭 不 尋 灌 頂 院 建 立 次 造 響 也 ﹂ ご あ り、 今 の 蓮 華 谷 の 一 寺 院 に 於 て 始 め て、 此 の 二 十 五 三 昧 式 に よ り て 浄 業 が 修 し 始 め ら れ た も の で あ ら う。 起 請 文 の 中 の 往 生 院 は 病 院 で あ つ て、 普 通 の 寺 院 で

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は な い。 叉 俊 乗 坊 重 源 の 新 別 所 を 專 修 往 生 院 ご 稽 し 把 が、 重 源 の 念 佛 は 不 噺 念 佛 で あ り、 法 然 流 の 口 唱 念 佛 で、 今 の 一 夜 式 の 會 式 ご は 全 く 異 つ た も の で あ る か ら、 此 の 式 が 新 別 所 に 行 は れ た も の こ も 考 へ ら れ 漁 。 一、 首 訣 二 十 五 三 昧 式 一 窓 貞 懸 三 月 正 月 十 五 日 此 の 式 は 次 前 の 式 ご 大 差 な く、 高 野 山 に 於 て 創 作 さ れ た 式 の 一 つ で あ る。 事 由 の 一 段 に ﹁ 今 勒 此 起 請

こ、

り、

る。

言。

西

嶽。

塵。

去。

來。

歎。

計。

縁。

廿

巻。

也。

者。

也。

廿

也。

断。

云。

時。

期。

足。

樂。

簑。

進。

厭。

故。

來。

迦。

師。

殊。

音。

至。

吉同

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高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 六 三 寳。 随 途 守 護 不 相 捨 離。 於 一 切 時。 引 導 其 前。 最 後 刹 那 聖 衆 園 縫。 即 得 往 生 極 樂 世 界。 到 巳 不 久 見 佛 聞 法。 即 時 憶 念 今 日 結 縁。 如 本 誓 願 得 圓 足。 三 寳 願 界 願 垂 謹 明 敬 白。 貞 懸 三 年 正 月 十 五 日 之 れ に よ れ ば 此 の 式 は、 前 の 建 保 五 年 を 去 る こ ご 十 年、 貞 態 三 年 正 月 十 五 日 寂 静 院 に 於 て 修 せ ら れ た 式 で あ ら う。 寂 静 院 は 貞 癒 二 年 鎌 倉 法 印 貞 曉 の 創 立 し た 寺 院 で あ る。 貞 曉 は 源 頼 朝 の 三 男 で あ る、 七 歳 の 時 御 室 仁 和 寺 に 入 り、 隆 曉 の 弟 子 こ な つ た が、 北 條 氏 の 塵 迫 甚 し き よ り、 承 元 二 年 三 月 難 を 避 け て 高 野 山 た 隠 遁 し、 五 坊 寂 静 院 を 創 立 し、 傍 に 不 断 念 佛 並 に 四 季 陀 羅 尼 講 を 修 し、 貞 態 三 年 に は 三 代 驚 軍 實 朝 の 追 編 の 爲 め に 阿 彌 陀 堂 を 建 設 し て ゐ る。 且 つ 高 野 念 佛 の 開 組 明 遍 上 人 ご は 特 に 親 好 あ つ た。 此 等 の 事 實 よ り 考 察 す る に 貞 曉 が 圭 班 こ な つ て、 此 の 二 十 五 三 昧 式 を 一 心 院 谷 に 興 し、 同 心 の 澤 侶 ご 共 に、 浄 土 往 生 を 願 求 し た こ ご は、 極 め て 自 然 の 事 實 で あ ら う。 此 の 式 を 形 の 上 よ り 見 る 時 は 恵 心 信 郡 は 天 親 に 陥 つ て、 五 念 門 の 形 式 を 採 つ た も の で あ る、 五 念 門 ざ は 禮 拝 門、 讃 嘆 門、 作 願 門、 観 察 門、 廻 向 門、 即 ち 之 れ で あ る。 之 を 正 修 念 佛 ご 聡 し 往 生 極 樂 の 正 依 ご 爲 し て ゐ る よ り、 恵 心 は 之 れ に よ り て 二 十 五 三 昧 式 を 創 作 し、 後 人 の 作 も 大 禮 此 れ に よ つ た も の で あ る。 式 の 内 容 も 巳 に 所 蹄 の 本 尊 が 彌 陀 繹 迦 等 の 十 方 の 三 寳 で あ り、 修 す る 所 の 功 徳 も 諸 行 本 願 な

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る よ り 考 察 せ ぱ、 法 然 の 撰 鐸 本 願 の 口 唱 念 佛 と は 相 當 大 な る 相 違 の あ る こ と は 申 す ま で も な い。 三 吾 國 に 於 け る 浄 土 思 想 は 佛 敷 初 期 の 飛 鳥 時 代 に 巳 に 其 の 源 を 登 し て ゐ る。 日 本 書 記 に よ れ ば 自 雄 三 年 に 入 唐 留 學 僧 二愚 隠 が 宮 中 に 於 て 無 量 壽 維 を 講 讃 し 其 の 時 一 千 の 沙 門 が 聴 衆 と な つ て ゐ た こ と を 記 し て ゐ る。 奈 良 朝 時 代 に は 其 の 寓 維 史 の 内 に 阿 彌 陀 経、 無 量 壽 経 が 現 は れ、 印 度 僧 の 婆 羅 門 信 正、 僻 行 基、 聖 武 天 皇、 光 明 皇 后 等 が 巳 に 澤 土 を 欣 求 せ ら れ つ 事 實 あ り 次 に 李 安 朝 の 初 め に 現 れ つ も の は、 例 の 難 異 記 の 記 載 す る 所 に よ れ ば 往 生 極 樂 の 思 想 が 可 成 見 受 け ら れ る が、 天 台 眞 言 の 現 世 爲 本 の 佛 敷 の 興 隆 期 つ る 王 朝 の 初 期 に あ つ て は、 人 生 共 同 の 未 來 生 活 に 封 す る 憧 憬 が あ つ て も、 そ れ は 裏 面 に 流 れ て 未 表 面 に は 現 れ 居 ら 露 ご 言 つ て よ い。 か く の 如 く 往 生 極 樂 の 思 想 は 早 く 我 國 に 傳 へ ら れ て、 之 れ に 樹 す る 國 民 の 信 仰 も 次 第 に 盛 ん に な つ て 來 て ゐ る が、 是 れ が 特 に 就 會 の 表 面 に 表 れ 來 つ て 種 々 の 意 味 で 我 國 の 思 想 界 と 交 渉 す る に 至 っ た の は 李 安 朗 の 中 期 以 後 の こ と で あ る。 寛 和 年 中 に 作 つ つ 慶 保 胤 の 日 本 往 生 極 樂 記 に 依 れ ば、 天 慶 以 前 に は 通 俗 共 に 念 佛 を 唱 ふ る も の 極 め て 稀 で あ つ つ が、 市 聖 塞 也 上 入 出 で ゝ 民 衆 を 化 度 す る に 及 び、 世 畢 つ て 念 佛 を 事 と す る に 至 っ つ と 言 つ て 居 る の は 其 の 事 實 を 語 つ つ も の で あ る。 二 十 五 三 昧 式 の 著 者 源 信 恵 心 借 都 の 出 現 は 此 の 時 で あ る。 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 七

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高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 八 恵 心 儒 都 は 天 台 の 學 徒 で 共 の 名 宋 朝 の 學 素 に 聞 ぬ つ 程 の 大 家 で あ る。 併 し な が ら 當 時 の 叡 山 は 極 盛 の 時 期 に 達 し、 學 徒 は 凡 て 罐 勢 榮 華 の 奴 僕 と な ら ん と す る 傾 向 を 兆 し、 將 に 堕 落 に そ の 一 歩 を 踏 み 込 ま う と し て 居 つ 時 代 で あ る。 そ こ で 源 信 儒 郡 は 叡 山 三 千 の 衆 徒 の 交 り を 絶 つ て 濁 り 横 川 の 奥 に 屏 居 し 念 佛 と 著 述 と に 全 心 を 傾 倒 し つ。 長 和 二 年 の 願 交 に、 念 佛 二 十 倶 豚 遍 ( 二 億 遍 )、 大 乗 緯 護 議 五 萬 五 千 五 百 懇、 法 華 八 千 慰、 阿 彌 陀 経 一 萬 憲、 般 若 経 三 千 鈴 巻、 此 の 間 に 於 け る 悪 心 の 生 活 は 想 像 す る に 難 く な い と 思 ふ。 其 の 名 著 往 生 要 集 の 開 悲 第 一 に、 ﹁ 夫 れ 往 生 極 樂 の 敷 行 は 濁 琶 末 代 の 目 足 な り、 道 俗 貴 賎 誰 れ か 蹄 せ ざ る も の あ ら ん。 但 し 顯 密 の 漱 法 其 の 文 一 に 非 す、 事 理 の 業 因 其 の 行 惟 れ 多 し、 利 智 精 進 の 人 は 未 難 し と 爲 さ す、 予 が 如 き 頑 魯 の 者 量 に 敢 て せ ん や ﹂ と 喝 破 し、 自 己 自 ら の 信 仰 に 墨 し て 佛 敢 學 的 根 篠 を 輿 へ、 澤 土 敷 興 隆 の 大 先 達 と な つ つ こ と で あ る。 往 生 要 集 に よ れ ば、 恵 信 の 信 仰 が 浮 土 に 誘 は れ て 居 る 事 に は 少 く と も 四 つ の 原 因 理 由 が あ る。 一 つ は 現 世 に 封 し て 期 待 を 持 つ こ と の 意 義 な き 事、 二 つ は 時 代 の 風 潮、 換 言 す れ ば 浄 土 荘 嚴 願 求 の 横 浴 し て 居 つ 事、 三 つ は 聖 道 自 力 に 封 す る 浮 土 易 行 の 思 想、 四 つ は 叡 山 傅 統 の 摩 阿 止 観 の 四 種 三 昧 の 中 の 常 行 三 昧 念 佛 の 思 想 で あ る。 か く の 如 き 信 仰 と 時 代 の 風 潮 は 叡 山 の 學 徒 を 騙 つ て 支 那 の 慧 遠 の 臼 蓮 肚 に 擬 し、 二 十 五 三 昧 の 蓮 魅 を 組 織 せ し め つ の で あ る。 次 に 高 野 山 に は 何 日 頃 よ り 如 何 に し て 浮 土 思 想 が 興 隆 し つ か、 此 れ を 考 察 す る の 必 要 が あ る。 但 し

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澤 土 思 想 に は 二 つ の 大 き な 潮 流 が あ る、 夫 れ は 云 ふ ま で も な く、 兜 牽 の 澤 土 と 西 方 極 樂 浄 土 と で あ る 今 は 兜 率 の 浄 土 は 且 く 鴛 き 極 樂 澤 土 に 就 い て 記 せ ん と す る の で あ る。 日 本 往 生 梅 樂 記 に よ れ ば、 高 野 山 第 二 の 座 圭 無 塞 律 師 が 李 生 口 唱 念 佛 し て 浮 土 に 往 生 し つ と あ る も、 其 の 記 述 に 信 じ 難 き 瓢 が あ る の で 未 ば 明 確 で な い。 李 安 朝 の 申 期 以 後 に 至 し て は、 小 田 原 の 敷 懐、 南 院 の 維 範 及 ぴ 豊 入、 明 寂、 良 灘 等 あ り て、 何 れ も 彌 陀 の 浮 土 を 願 求 し て 居 る が、 高 野 山 に 於 け る 浮 土 思 想 興 隆 の 唱 導 者 は、 蓮 花 三 昧 院 の 明 遍、 新 別 所 の 俊 乗 坊 重 源 の 二 人 に 待 つ な け れ ば な ら ぬ。 明 遍 は 小 納 言 藤 原 通 憲 の 子 で あ る。 父 通 憲 が 李 治 の 鰍 に 自 殺 す る や、 名 利 を 捨 て ゝ 高 野 山 に 登 山、 .蓮 華 谷 に 蓮 花 三 昧 院 を 創 立 し、 父 通 恵 の 郎 等 八 人 摩 つ て 随 從 す 之 れ を 入 葉 の 聖 と 総 し つ。 明 遍 内 に 密 敷 の 秘 観 に よ り て 蓮 三 昧 槻 を 修 し、 外 に は 法 然 上 入 よ り 傳 へ つ 口 唱 念 佛 を 修 し、 山 上 を 下 ら ざ る こ と 三 十 年、 是 れ 實 に 高 野 山 に 於 け る 大 衆 念 佛 の 濫 膓 で あ る。 之 よ り 其 の 分 派 全 山 を 通 じ て 三 十 六 道 場 に 分 れ、 念 佛 の 聲 全 山 に 満 つ る に 至 る の で あ る。 明 遍 の 没 し つ の は 貞 慮 三 年 で あ る か ら 鎌 倉 時 代 の 初 期 三 四 十 年 間 に 於 て、 明 遍 の 域 化 が 全 山 に 及 ん だ も の と 推 察 す る こ と が 出 來 る。 寂 静 院 の 貞 曉 も 亦 其 の 戚 化 を 受 け つ る 一 人 で、 法 然 上 人 の 遺 骨 を 生 涯 頸 に か け て 離 さ 寧 り し 明 遍 は、 貞 癒 三 年 六 月 十 六 日 之 を 眞 曉 に 譲 り て 入 寂 し つ と 言 ふ こ と で あ る か ら、 此 の 事 實 は 間 違 な い こ と ゝ 見 て 差 支 あ る ま い と 思 ふ 併 し な が ら、 蓮 花 三 昧 院 は 経 濟 的 に は 頗 る 貧 弱 で あ つ つ こ と は 後 に 出 す 金 剛 三 昧 院 の 文 書 に 甥 の 虚 假 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 一 九

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高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 〇 阿 彌 陀 佛 の 寄 進 を 飴 義 な く し つ こ と に よ る も 明 か で あ る。 室 町 目 記 に す れ ば、﹁ 財 責 な け れ ば 善 根 を 施 す に 便 り を 得 す、 諸 國 の 路 次 に 屍 を 晒 す 無 縁 の 霊 骨 を 拾 て、 是 れ を 高 野 の 露 地 に 納 め 菩 提 の 資 糧 に 擬 す。 其 の 骨 を 運 び け る 料 に 負 口 を 造 り て 諸 州 に 遍 歴 す ﹂ と め る は、 他 の 寺 院 の 如 く 所 願 料 若 し く は 菩 提 の 資 料 と し て 寄 進 を 受 く る 荘 園 を 有 せ な ん だ 爲 め に、 諸 國 を 遍 歴 し て 高 野 山 に 納 骨 を 鋤 め て 其 の 信 仰 を 説 き て 口 腹 を 満 つ し つ も の と 見 え る。 是 れ 叉 諸 國 遍 歴 の 高 野 聖 の 起 原 と 構 す べ き で あ る。 俊 乗 坊 重 源 は 元 醍 醐 の 佳 侶 で 密 敷 の 學 徒 で あ つ つ が 後 法 然 上 人 源 塞 に 露 し て 專 修 念 佛 の 徒 と な り、 全 國 に 念 佛 の 道 塀 七 個 庭 を 設 け て 不 断 念 佛 を 興 す に 至 っ つ。 高 野 山 新 別 腱 は 其 の 随 一 で あ る。 一、 東 大 寺 念 佛 堂 二、 高 野 山 新 別 庭 三、 播 磨 の 浮 土 寺 四、 醍 醐 山 奮 住 道 場 五、 伊 賀 大 佛 寺 道 場 六、 大 阪 渡 邊 道 場 七、 周 防 阿 彌 陀 寺 郎 ち 之 れ で あ る、 重 源 が 新 別 庭 に 居 佳 し つ 年 限 は 明 瞭 で な い が、 新 別 所 の 專 修 念 佛 の 結 衆 者 は 二 十 四

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人 若 し く は 二 十 六 人 と 数 へ ら る ゝ 程 で あ る か ら、 相 當 盛 大 で あ つ つ ら し い。 二 十 四 輩 の 中 に は 熊 谷 藏 實 や 瀧 口 入 道 頼 時 等 の 如 き 有 名 な 隠 遁 者 が ゐ る。 一、 俊 乗 坊 重 源 二、 齋 所 聖 寂 阿 彌 (尾 張 中 島 郡 齊 所 椎 介 成 清 の 子 ) 三、 入 條 阿 波 守 宗 規 入 道 心 戒 房 幽 阿 彌 ( 孕 惟 盛 の 臣 ) 四、 宰 相 成 親 入 遁 禮 阿 彌 (奥 院 興 康 記 並 文 明 記 に 膿 蓮 房 と 云 ふ 是 れ な り ) 五、 信 濃 入 道 西 念 六、 齋 藤 瀧 口 頼 時 入 道 多 聞 房 澤 阿 彌 七、 熊 谷 次 郎 直 實 入 溢 蓮 生 法 師 八、 木 工 允 友 時 入 滋 圓 阿 彌 ( 李 重 衝 の 郎 蕪 ) 九、 浮 心 十 義 房 十、 筑 後 入 道 西 入 ( 源 實 朝 の 臣 に し て 實 朝 の 遺 骨 を 携 へ て 寮 山 ) 十 一、 松 葉 入 道 行 圓 (同 實 朝 の 臣 ) 十 二、 小 輔 入 道 ( 季 田 入 道 ) 十 三、 快 仙 俗 都 山商 野 山 の こ 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 一

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高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 二 十 四、 大 辮 光 俊 入 道 眞 槻 法 師 十 五、 静 蓮 房 十 六、 有 王 九 入 道 西 阿 彌 寛 寂 十 七、 小 蟄 一 丸 入 道 西 寂 ( 伊 勢 三 郎 義 盛 の 子 ) 十 八、 敷 心 上 人 十 九、 本 誓 入 溢 廿、 清 算 僧 郡 廿 一、 今 居 聖 廿 二、 入 蓮 頭 阿 彌 廿 三、 和 泉 前 司 入 道 畳 蓮 心 月 房 廿 四、 伊 藤 八 郎 時 門 入 道 常 光 阿 彌 延 壽 院 鐘 銘 起 は 二 十 六 人 を 列 記 し て ゐ る が、 今 は 高 野 山 風 土 記 に よ つ て 廿 四 輩 の 赴 友 を 列 名 し つ の で あ る。 此 等 の 二 十 四 輩 は 多 く 源 李 二 氏 の 臣 下 で、 具 さ に 戦 餓 の 悲 劇 に よ り て 人 生 無 常 の 槻 念 を 深 刻 に 昧 ひ つ く し て 入 道 し つ も の で あ る か ら、 卒 直 眞 摯 な る 求 道 の 心 は 火 の 如 く 燃 へ、 静 寂 な る 新 別 所 に 安. 佳 し て、 永 遠 な る 彼 岸 の 樂 土 を 願 求 す る と 共 に 圭 君 の 御 菩 提 を 所 っ つ。 そ こ に は 理 論 を 超 越 し つ 純 情

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無 垢 の 宗 敷 生 活 が 警 ま れ つ こ と で あ ら う。 か く し て 鎌 倉 の 初 期 明 遍 重 源 の 二 人 に よ つ て 唱 導 さ れ つ る 專 修 念 佛 の 澤 業 は 次 第 に 一 山 を 風 靡 し て 谷 々 到 る 所 念 佛 唱 名 の 禮 讃 を 以 つ て 満 さ る ゝ に 至 る の で あ る。 即 ち 念 佛 道 場 の 分 布 を 考 察 す る に、 瀧 花 谷、 新 別 所 は 勿 論、 往 生 院 谷、 寳 瞳 院 谷, 清 浄 心 院 谷、 一 心 院、 五 室 等 殆 全 由 日に 通 じ て 所 謂 三 十 六 道 蕩 を 現 出 す る に 至 る の で あ る。 全 膿 高 野 山 に は 中 古 以 來 專 修 念 佛 の 高 野 聖 と 稽 す る も の に 三 涙 あ る。 第 一 は 明 遍 重 源 を 主 と す る 蓮 花 谷 聖 で、 此 の 涙 は 密 激 の 事 敷 二 相 に 通 じ つ る も の が、 浮 土 往 生 の 爲 め に 修 す る も の で あ る か ら、 勿 論 密 敷 の 本 旨 を 忘 れ す、 入 壇 灌 頂 し て 現 身 成 佛 砂 宗 意 を 失 は す 密 浮 一 致 の 安 心 の 上 に 修 す る 澤 業 で あ る。 第 二 は 萱 堂 聖 で あ る。 陀 の 涙 の 起 原 は 弘 安 九 年 金 剛 三 昧 院 の 一 代 に し て 臨 濟 宗 の 法 燈 國 師 の 弟 子 に 蟹 心 と 云 ふ 道 心 者 が あ つ つ。 在 俗 の 名 を 奈 須 野 七 郎 親 張 と 云 ふ 關 東 の 武 土 で あ つ つ が、 三 十 六 歳 の 時 塵 世 を 厭 ふ て 國 師 の 弟 子 と な つ つ の で あ る。 國 師 授 く る に 鉦 鼓 一 口 を 以 て し 專 修 念 佛 せ し め つ 畳 心 郎 ち 贅 鍵 上 人 の 密 嚴 院 の 傍 に 萱 の 庵 を 結 び 讃 鼓 を つ ゝ い て 專 修 念 佛 を な し、 後 心 境 朗 然 と し て 阿 字 不 生 の 心 地 を 禮 得 し つ と 云 ふ こ と で あ る。 世 に 磯 棄 さ れ つ る 不 幸 の 徒 墨 つ て 此 の 門 に 入 り、 途 に 密 敏 の 本 義 を 忘 る ゝ に 至 り 懸 永 廿 年 に は 誠 飾 を 加 へ ら れ て ゐ る。 第 三 は 時 衆 聖 と 稽 す る も の で、 時 宗 の 一 遍 上 人 の 流 涙 で あ る、 此 の 徒 は 後 に 千 手 院 谷 に 住 し、 諸 國 を 遍 歴 し て 念 佛 を 唱 へ つ 上 尚 野 山 の 浄 土 を 民 高 野 出 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 三

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高 野 面 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 四 衆 に 宣 傳 し つ が、 密 敷 の 本 義 に 背 く よ り、 徳 川 時 代 慶 長 元 和 の 頃、 幕 府 の 嚴 命 に よ り て 時 宗 を 改 め て 明 遍 の 本 流 に 選 元 し て 入 壇 灌 頂 密 敷 に 蹄 入 せ し む る に 至 つ つ。 如 是 高 野 山 に 三 涙 の 念 佛 專 修 の 行 者 が み つ つ が 館 す る 所 は、 浄 密 一 致 の 見 地 に 立 ち て 澤 業 を 修 す る も の と、 輩 に 口 唱 念 佛 し て 諸 國 を 癌 歴 し て 生 活 す る も の と の 一 一涙 に な る の で あ る。 明 遍 重 源 の 蓮 花 谷 聖 り は 其 の 第 一 種 に 當 り 他 の 二 涙 は 第 二 種 に 薦 す る。 併 し な が ら 此 等 遍 歴 の 高 野 聖 が 足 利 時 代 よ り 戦 國 時 代 に か け て、 高 野 山 の 漿 徳 を 民 衆 化 せ し め つ 功 績 は 決 し て 聞 脚 出 來 漁 事 象 で あ る。 四 以 上 の 三 派 は 法 然 流 に せ よ、 一 遍 流 に せ よ、 何 に し て も 專 修 念 佛 の 道 心 者 で あ る が、 此 他 に 眞 言 密 藪 の 本 義 に よ り て、 事 敷 の 二 相 を 究 め つ ゝ、 自 他 の 往 生 菩 提 の 爲 め に 一 日 一 夜 の 短 時 日 の 問 不 断 念 佛 を 修 す る 結 衆 が、 山 内 一 般 に 行 は れ つ ら し い 本 題 廿 五 三 昧 式 の 如 き は 勿 論 此 の 種 に 属 す べ き で あ る。 仁 治 元 年 十 月 の 金 剛 三 昧 院 文 書 に よ れ ば 金 剛 三 昧 院 に 於 て も 念 佛 結 衆 の あ つ つ こ と を 立 讃 し て ゐ る。 虚 椴 阿 彌 陀 佛 謹 寄 進 於 高 野 由 金 剛 三 昧 院 奉 爲 故 輝 定 二 位 御 料 黙 毎 月 十 一 日 御 忌 日 倉 勤 修 一 書 一 夜 念 佛 其 燈 油 佛 聖 並 結 衆 四 十 人 僧 解 米 毎 年 拾 武 解 ( 月 別 一 石 )事 右 件 料 米 者。 募 和 泉 國 入 田 郷 地 頭 得 分 之 内 以 月 別 一 石 永 所 合 寄 進 彼 御 念 佛 燈 油 佛 聖 並 信 僕 料 也。

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此 勤 蓬 限 未 來 際 永 爲 無 退 轄 也。 此 則 捧 主 分 爲 奉 所 彼 御 菩 提 也。 以 件 得 分 徐 剰 欲 宛 概 同 寺 蓮 花 三 昧 院 毎 月 佛 聖 燈 油 並 寺 僧 供 養 料 等。 此 院 者 爲 伯 父 之 建 党 更 無 一 燈 支 幸。 待 御 善 根 之 次 訪 父 組 乾 伯 父 之 後 生 寄 遙 之 願 望 恭 蒙 御 菟 許 者 二 世 悉 地 忽 以 満 足 尖。 妨 言 上 寄 進 如 件。 仁 治 元 年 十 月 日 虚 假 阿 彌 陀 佛 之 れ に 依 れ ば 明 遍 上 人 の 甥 虚 假 阿 彌 陀 佛 な る 者 が 二 位 繹 尼 政 子 の 菩 提 の 爲 め に、 自 有 の 和 泉 國 八 田 郷 の 地 頭 職 の 得 分 を 以 つ て、 永 く 金 剛 三 昧 院 の 四 十 入 人 の 結 衆 者 の 偲 鯉 及 び 燈 油 料 ご し て 寄 進 し、 其 の 鯨 勢 を 以 っ て 蓮 花 三 昧 院 に 寄 進 し、 明 遍 及 び 通 憲 等 の 菩 提 に 資 せ ん と す る の で あ る。 仁 治 元 年 時 代 に 金 剛 三 昧 院 に 於 て、 四 十 八 入 の 結 衆 者 が 一 日 一 夜 不 断 念 佛 會 を 修 し つ こ と も 確 實 な 事 實 で あ る こ と も 見 得 ら れ る。 此 の 結 衆 も 亦 彼 の 二 十 五 三 昧 式 の 法 刷 に よ り て 多 分 修 せ ら れ つ も の で あ ら う。 若 し 果 し て 然 り と せ ば、 敷 密 羅 戒 の 四 宗 を 合 流 せ る 金 醐 三 瞭 院 に 於 て、 更 ら に 浮 土 往 生 の 思 想 が 同 時 に 存 在 し つ こ と ゝ な る の で、 吾 人 の 研 究 は 一 層 の 興 味 を 喚 超 す る。 金 剛 三 昧 院 は 三 代 將 軍 實 朝 の 菩 提 の 爲 め に、 二 位 の 尼 政 子 が 願 主 と な り、 實 朝 促 近 の 臣 秋 日田 城 介 景 盛 ( 入 道 し て 豊 智 大 蓮 房 と 総 す )及 び 葛 山 五 郎 入 道 願 性 に 命 じ て 建 立 せ し め つ 寺 院 で、 寺 院 の 規 模 は、 観 音 堂、 大 日 堂、 羅 漢 堂、 護 摩 堂、 阿 彌 陀 堂、 経 藏、 多 寳 塔 二 基、 鎭 守 肚 等 を 有 す る、 一 大 寺 院 で あ る 貞 癒 二 年 臨 濟 輝 の 開 租 榮 西 の 高 足 に し て、 實 朝 の 鰭 依 僧、 行 勇 を 以 つ て 供 養 導 師 と な し、 北 條 時 房 登 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 五

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高 野 榔 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 六 由 日し て 盛 大 な る 入 佛 供 養 が 修 せ ら れ つ。 寂 静 院 の 真 曉 は 其 の 呪 願 を 勤 め て ゐ る、 開 澱 行 勇 長 老 は 榮 西 輝 師 の 法 燈 を 傳 へ て、 台 密 灘 戒 の 四 宗 を 究 め、 密 漱 は 正 智 院 の 道 範 を 師 と し て 東 密 の 瀟 源 を つ く し つ る 入 で あ る か ら、 金 嗣 三 昧 院 は 一 種 特 別 の 學 風 を 有 し 學 徒 三 千 に 鈴 り 鎌 倉 時 代 よ り、 足 利 時 代 を 麺 し 一 山 文 化 の 中 心 と な つ つ 寺 院 で あ る。 第 六 世 の 法 燈 國 師 畳 心 は 由 良 の 興 國 寺 の 開 澱 で あ り、 入 宋 俗 と し て 學 徳 一 世 に 高 か き、 灘 俗 で あ る。 か ゝ る 寺 院 に 念 佛 の 結 衆 が 二 十 五 三 隊 式 會 を 修 し た と せ ぱ、 こ ゝ に 日 本 の 新 古 の 佛 敷 が 悉 く 混 然 融 和 し て 一 大 宗 激 を 現 し つ も の で、 此 の 時 代 で な け れ ば 見 る こ と の 翫 凍 澱 事 象 で あ る。 此 れ に よ つ て 見 る も、 法 燈 國 師 の 門 下 よ り 念 佛 行 者 萱 堂 韮 の 開 澱 壁 心 の 出 つ の も 何 等 の 不 思 議 は な い こ と ゝ な る。 五 普 涌 の 佛 敷 史 よ り 見 れ ば、 鎌 倉 時 代 の 高 野 山 は 激 相 研 究 の 黄 金 時 代 で あ る。 敷 學 樹 立 の 全 盛 時 代 で あ る。 鎌 倉 初 期 の 傑 僧 南 昌 院 の 豊 海 の 門 下 に は、 所 謂 南 山 の 入 傑 と 稻 す る、 法 性、 道 範、 匠 酢、 眞 辮 信 日、 信 堅、 畳 和、 元 海 の 動 き 學 界 稀 に 見 る 碩 學 が 前 後 に 輩 出 し て、 密 敏 の 敢 理 は 微 を つ く し 細 を 究 め て、 後 世 に 於 け る 密 敷 學 の 基 礎 と な つ つ 時 代 で あ る。 か ゝ る 時 代 に 一 面 浮 土 思 想 が 満 山 を 風 擁 し つ こ と は、 如 何 な る 原 因 日に 基 つ く も の で あ ら う か。 更 ら に 怪 む、 浄 土 思 想 の 源 流 は 寧 叡 山 を 根 擦 と す る に も か ゝ わ ら す、 叡 山 の 學 徒 は 常 に 新 佛 教 つ る 浮 土 宗、 眞 宗、 繹 宗 等 に 封 し て、 強 烈 な る 塵 迫 を 加 へ

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て 之 れ が 絶 滅 を さ へ 期 せ ん と す る に 封 し て、 高 野 山 は 密 敷 の 根 本 遽 蕩 と し て 現 身 成 佛 を 期 し つ ゝ、 あ ら ゆ る 專 修 念 佛 の 徒 を し て 自 由 に 其 の 宗 敏 的 情 操 を 満 足 せ し め つ こ と は、 何 故 で あ ら う。 今 其 の 原 囚 を 考 察 す る に 大 膣 四 つ の 原 因 が あ る と 思 ふ。 一 つ は 胱 會 と 時 代 と の 要 求、 二 つ は 新 佛 激 の 影 響、 三 っ は 高 野 山 の 土 地 の 關 係、 換 言 す れ ば 法 性 の 浮 土 で あ る と 云 ふ 信 仰、 四 つ は 密 敏 の 敷 理 上 の 原 因 即 ち 之 れ で あ る。 第 一 に 胱 會 と 時 代 と の 要 求 は、 云 ふ ま で も な く、 王 朝 の 貴 族 的 肚 會 が 破 壊 さ れ て 新 つ に 武 家 や 否 民 を 中 心 と す る 鎌 倉 時 代 の 枇 會 が 生 れ つ、 王 朝 の 貴 族 的 肚 會 に あ つ て は、 現 世 の 安 樂 と 榮 達 が 圭 な る 要 求 で あ る が 爲 め に 眞 言 霧 敷 の 事 相 的 方 面 即 ち 加 持 所 騰 の 修 法 が 盛 に 修 せ ら れ つ が、 新 時 代 に あ つ て は 現 世 の 激 樂 に 失 望 し つ る 武 寡 や 季 民 は、 純 眞 な る 自 己 の 宗 敷 的 要 求 を 簡 短 な る 方 法 に よ り て 満 足 せ ん こ す る 要 求 に、 よ り、 現 世 の 幸 薦 よ り も 寧 未 來 の 生 活 に 安 住 の 樂 土 を 求 め ん と し つ る が 爲 め で あ る。 第 二 に 新 佛 敏 の 影 響 は、 王 朝 末 法 然 上 人 に よ つ て 唱 導 さ れ つ る 他 力 本 願 の 宗 風 は 時 代 の 要 求 と 相 待 つ て、 非 常 な る 加 速 度 を 以 つ て 全 國 の 思 想 界 に 傳 難 し つ か ら で あ る。 第 三 の 原 因 は 高 野 山 自 身 が 有 す る 特 別 の 事 状 な る 爲 め に 少 し 説 明 を 要 す る。 高 野 山 は 開 租 弘 法 大 師 が 特 に 入 定 留 身 の 地 と し て、 全 國 山 岳 中 よ り 鐸 ば れ つ る 霊 山 で あ る と 共 に、 大 師 が 晩 年 の 十 年 間 殊 に 三 蜜 の 観 行 を 薫 修 し て 全 心 を 倒 傾 し、 途 に は 五 十 六 億 七 千 萬 年 の 後 に 出 現 す る と 信 せ ら る ゝ 彌 勒 菩 薩 高 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 七

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嵩 野 山 の 二 十 五 三 昧 式 に 就 い て 二 八 の 出 燈 す る ま で 現 身 を 奥 院 に 止 め て、 衆 生 を 化 盆 せ ん と す る 大 誓 願 は、 末 代 の 弟 子 と 信 徒 と に 非 常 な る 戚 動 を 與 へ つ る が 爲 め に、 大 師 の 入 定 問 も な き 時 代 よ り 巳 に 高 野 山 が 法 牲 の 澤 土 で あ る と 云 ふ、 信 仰 が 弟 子 達 の 間 に 生 し つ ゝ あ つ つ が、 密 敷 の 叢 威 次 第 に 現 れ、 大 師 の 遺 徳 の 愈 盛 な る と 共 に 此 の 信 仰 は 盆 々 白 熱 の 度 を 増 し つ、 院 政 時 代 に 天 皇 法 皇 等 の 高 貴 の 方 々 が 熊 野 詣 の 風 を 生 す る 頃 よ り、 高 野 山 日 は 海 内 第 一 の 繋 場、 上 品 上 生 の 浮 土 な り と の 信 仰 が 確 立 さ れ、 王 候 貴 族 の 高 野 山 墾 詣 が 非 常 な る 敬 度 の 態 度 に よ り て 爲 さ れ つ る と 共 に、 一 面 新 魅 會 の 落 伍 者 若 し く は 現 世 に 希 望 を 失 ひ つ る 厭 世 者 に は 都 を 去 る こ と 三 十 里、 海 抜 三 千 尺 の 高 野 山 は、 此 等 悲 観 者 の 魂 に 安 慰 を 與 ふ る に 適 當 し つ 蕩 所 で あ る が 爲 め で あ る。 策 四 に 漱 理 上 の 原 因 で あ る が、 秘 密 儀 軌 や 爾 部 の 大 経 中 に 彌 陀 の 澤 土 を 樗 讃 し つ る も の は 殆 見 る こ と が 出 來 ぬ の み な ら す、 入 租 の 内 に 極 樂 浮 土 を 欣 求 さ れ つ 澱 師 は 一 入 も な く、 現 身 成 佛 を 最 高 の 理 想 と す る 秘 密 佛 敷 は、 浮 土 思 想 と は 全 く 關 係 が な い 様 で あ る。 併 し な が ら 一 歩 退 い て 眞 言 密 激 の 敷 理 よ り 見 れ ば 極 樂 の 敷 主 阿 彌 陀 動 來 及 び 観 音 薩 唾 は、 大 日 法 身 の 内 謹 を 示 現 し て 未 代 の 衆 生 を 激 化 す る も の な り と の 開 會 的 見 解 に 從 へ ば、 浮 土 思 想 は 全 く 密 敷 中 の 自 内 謹 の 法 門 と な ら ざ る を 得 澱、 畳 鍵、 實 範、 道 範 の 眞 言 宗 の 碩 徳 が、 此 の 見 解 の 下 に 浮 土 の 法 門 を 開 會 し て 以 來 密 敷 の 學 徒 は 何 等 の 躊 躇 も な く 時 代 の 要 求、 自 己 の 内 的 宗 敷 思 想 を 満 足 せ ん が 爲 め に、 箏 ふ て 浮 業 を 修 す る に 至 つ つ の で あ る。 包

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容 圭 義 の 霧 激 が 叡 山 の 如 く 法 然 一 癌 の 浮 土 激 を 排 斥 せ ざ る 理 由 も 亦 こ ゝ に 存 す る。 か く し 聖 道 門 に 獅 す る 反 抗 蓮 動 と し て の 專 修 念 佛、 二 十 五 三 昧 に 非 す し て、 密 激 の 敷 理 ご 融 和 し て 理 智 的 宗 敷 つ る 密 敷 の 内 に 豊 か な る 情 操 の 満 足 を 浮 土 思 想 に 見 出 し、 自 由 に 此 れ を 如 實 に 實 現 し 得 つ る 當 代 の 宗 敷 家 は、 宗 涙 的 宗 敷、 既 成 宗 團 の 穀 の 中 に、 生 命 の 蝦 脱 せ る 形 骸 を 擁 す る 現 代 の 宗 敷 家 の 夢 想 だ に 出 來 ぬ、 自 由 と 眞 劒 さ と が あ つ て 殉 に ゅ か し い 限 り で あ る。

奥、

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