九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
数値流体解析に基づく市街地乱流場の時空間構造に 関する研究
池田, 恭彰
http://hdl.handle.net/2324/2236285
出版情報:九州大学, 2018, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
(様式3)
氏 名 :池田 恭彰
論 文 名 :数値流体解析に基づく市街地乱流場の時空間構造に関する研究
区 分 :甲
論 文 内 容 の 要 旨
都市への人口集中は世界的なトレンドである.2018年版の国連統計によると,現在,世界人口の55%が都 市に暮らしており,2050年にはこの数字は68%に上ると見込まれている.一方,都市にはヒートアイランド や大気汚染など,特有の環境問題がある.多くの人が暮らす都市の快適性を維持・向上するためには,こうし た環境問題の生成要因を理解するとともに,各要因による都市環境への影響を適切にアセスメントすることが 重要であるといえよう.
都市環境を構成する要素は様々あるが,中でも市街地の乱流場は地表付近に滞留する人工排熱や排ガス,水 蒸気などを上空大気に輸送し,換気を行ううえで重要な役割を果たす.一方で,ビル風などの間欠的な強風は 構造物の飛散や歩行安定性に大きな影響をもたらす.すなわち,風通しを良くすることが常に都市環境の向上 に寄与するわけではない.快適な換気の促進と危険なビル風の低減というトレードオフに対応するには,市街 地の気流の特性を理解することが肝要である.
市街地乱流場の研究には,様々なアプローチがある.例えば,市街地での風速の実測や,風洞実験を用いた 縮小模型による実験,数値流体力学(Computational Fluid Dynamics, CFD)をベースとした解析等により,
世界中で多数の研究が為されている.中でも,CFDを使った研究では,気流を詳細にシミュレーションするこ とができるため,実測や実験が困難な細部の流れの理解に貢献している.特に,近年は計算リソース及びスキ ームの発達により,時空間高解像度のデータが得られるようになったことから,非定常な乱流構造の把握に期 待が持たれている.一方,得られた時空間高解像度データをどのように解析するかという課題もある.Razak et al. (2013)はLarge-Eddy Simulation(LES)という計算スキームを用いたブロック粗度に関する乱流場のシミ ュレーションを行い,膨大な時空間高解像度シミュレーションデータを得ているものの,平均流(流れ場の時 間平均値)を中心とした解析に留まっており,まだ十分にデータを活用されているとはいえない.
そこで本論文では,Razak et al.(2013)が行ったLESによるシミュレーションデータを解析し,市街地乱流 場の時空間構造について説明するとともに,それを考慮した都市風環境の評価手法について論じる.
本論文は全5章から成り立つ.
第1章では,都市環境及び関連研究について概説し,市街地気流の研究の重要性について論じる.
第2章では,市街地気流に関する先行研究の成果と課題について整理する.従来は都市キャノピーの風通し をバルクに捉えた研究や,与えられた風速に対する人体への影響評価といった研究が多かったが,近年は実験 技術及び数値計算技術の発展によって非定常な流れ場を詳細に捉えることができるようになるに伴い,より局 所的な風環境の評価や,より詳細な物理プロセスの解明が望まれるようになってきている.また,CFD解析全 般について言えば,近年は時空間高解像度の膨大なデータが得られるようになったものの,その活用例はまだ 多くなく,今後いかにデータを有効活用するかという課題もある.本研究の意義は,この課題に解決を試みる ことである.
第3章では,平均流の空間構造に関する研究について述べる.本章では計算領域の水平方向境界に周期境界 条件を適用し,定圧力勾配によって流れを駆動した系において,時間平均した流れ場が単純粗度キャノピー地 表付近でどのような分布を有し,またその分布性状が粗度の幾何的な条件によってどのように異なるかを示す とともに,それを考慮した歩道空間の平均的な風通しを推定することを目的としている.
対象とする粗度群の幾何的条件は,粗度単体のアスペクト比αp(スレンダーさの指標,値が大きいほどスレ ンダーな粗度)および建蔽率λp(粗度群の平面上の粗密,値が大きいほど粗度が密集)の2パラメータにより 決定づけられる.本章では,αp=0.3, 0.5, 1, 1.5, 3およびλp=0.04, 0.16, 0.33, 0.44の組合せによる12パター
ンの粗度についてのシミュレーションデータを使用した.
主とする解析対象は,地上1.5m, 粗度壁面から3m以内の歩道空間の時間平均スカラー風速である.本章で は,粗度の正面(Front),側面(Side),背面(Behind)の3領域における風速の幾何パラメータに対する感 度を分析した.
結果,Front領域とBehind領域の風速は建蔽率よりも粗度アスペクト比の違いに大きく影響を受けており,
気流構造の形成要因として粗度のスレンダーさ条件が効いている一方で,Side領域の風速は両幾何パラメータ の違いよる明確な差異は見られず,気流構造の形成要因として両パラメータいずれかが大きな影響を持つわけ ではないということが確認できた.
また,Razakらが同粗度群の歩行者高さ時空間平均風速について提案した幾何パラメータによる風速推定式
を,上述の知見を踏まえて歩道空間平均風速の推定式として拡張し,その精度を検証した.結果,推定式によ る決定係数はFront, Side, Behind各領域でそれぞれ0.81, 0.73, 0.72であり,良好な推定精度を示した.
さらに,複数の先行研究で提示されている歩行者高さ風速比の推定式にについて,それぞれの式の適用可能 範囲と整合性について確認を行った.結果,それぞれの推定式は研究中で対象とされている粗度条件に対して は良好な推定精度を示すものの,それ以外の粗度条件下での推定精度は十分でないことが明らかになった.そ こで,広い粗度条件(λp = 0~1)について適用可能な推定式の提案を行い,その精度を確認した.結果,Whole, Front, Side, Behind領域における決定係数はそれぞれ0.80, 0.63, 0.72, 0.38と式(3-32)よりも劣る結果とな り,推定式の適用範囲と推定精度にはトレードオフが生じる結果となった.今後はより高い精度で,かつ多様 な粗度条件下で適用可能な推定式をさらに追及する必要がある.
第4章では,瞬間流の確率変動に関する研究について述べる.本章では3章と同じ数値計算系において,非 定常な流れ場の時間的確率変動の特性について明らかにするとともに,それを考慮した瞬間的な風速イベント の強度を推定することを目的としている.
対象とする粗度群は基本的に3章と同じであるが,非定常な流れ場の解析ではデータ量が膨大であり3章で 挙げた12パターンすべてについて解析を行うことが困難であったため,αp=0.3, 0.5, 1, 1.5, 3およびλp=0.16,
0.33, 0.44の組合せによる6パターンの粗度についてのシミュレーションデータを使用した.
主とする解析対象は,地上1.5mのスカラー風速瞬時値である.本章では,スカラー風速瞬時値の時系列変 動の確率性状の幾何パラメータに対する感度を分析した.
まず,本章で取扱うシミュレーションデータの妥当性を確認するため,実測データとの比較を行った.義江 らが2014年に東京都23区内の152地点についてまとめた風速の10分毎の平均値と10分間の最大瞬間風速 で定義されるガストファクタ(GF)の値とシミュレーションデータを比較するため,ランダムに選んだ1000 地点で600秒ごとに平均風速と最大風速の比を計算した.結果,平均風速が大きいほどガストファクタの値が 小さくなるという傾向及びその値の大きさについて,実測データと数値計算結果はよく一致していた.このこ とから,今回取扱う数値計算における気流変動は,実際の市街地の気流変動に近いと判断した.
次に,各粗度パターンにおける気流変動の確率性状を統計的に捉えるため,4000秒分の時系列データからス カラー風速瞬時値の確率密度分布を算出した.この結果,キャノピー内歩行者高さの時空間平均風速が小さい 粗度パターンにおいて,確率密度が正の方向に歪む,すなわち稀な確率で発生する強風イベントの強度が大き くなることが明らかになった.これは,平均風速が小さい粗度パターンにおいては,通常は上空風がキャノピ ー内部まで流入しづらいものの,稀に粗度の上層部がキャッチした上空の高速流が地表付近に誘引されること で強風イベントを生じたためと考えられる.
また,確率密度を積分した累積度数の配列パターン間の偏差は10%程度であったことから,10%程度の誤差 を許容すれば,強風イベントの強度は粗度の幾何的な条件に寄らず平均風速によって推定可能であることが示 唆された.そこで累積度数0.025%, 0.1%, 1%, 10%, 80%それぞれの風速瞬時値と平均風速の比例関係を確認し たところ,決定係数はそれぞれ0.68, 0.93, 0.95, 0.98, 0.88であり,発生確率が極めて小さい強風イベントの推 定精度はやや落ちるものの,概ね平均風速によって強風イベントの推定が配列パターンに寄らず可能であるこ とが明らかになった.
第5章では本論文の総論を示す.