なぜ用いられなくなったのか?
著者 小田 勇一
雑誌名 經濟學論叢
巻 63
号 4
ページ 545‑573
発行年 2012‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013643
【論説】
銀行取付け防止策の経済効果
―預金の支払停止はなぜ用いられなくなったのか ?―
小 田 勇 一
**1 は じ め に
銀行には,銀行取付けという不安定性が内在する.通常,銀行は預金の大 半を企業への貸出や,株式や国債などの有価証券への投資に運用している.
その結果,何らかの理由で将来における預金の払い戻し可能性に対する疑義 が生じたとき,預金者は一斉に預金を引出すという行動に出るため,銀行取 付けが発生する.銀行取付けは善意の第三者である預金者や借り手を不測の 事態に陥らせるという意味で外部不経済効果を有している.そのため,預金 の支払停止(suspension of convertibility 以下,支払停止と呼ぶ)や中央銀行による 最後の貸し手機能(lender of last resort function 以下LLRと呼ぶ)や預金保険といっ た取付け防止策が時として発動されてきた.
これまで,銀行取付けや取付け防止策について,Diamond and Dyvbig (1983) を基礎として非常に多くの研究がなされてきた.支払停止を研究したものに は,Gorton (1985),Chari and Jagannathan (1988),Engineer (1989),Villamil (1991), Selgin (1993),小田(2008)などがある.そこでは,Engineer (1989)や小田(2008)
* 本稿は,筆者の博士論文「金融システムの安定化措置にかかわる経済分析:中央銀行の最後 の貸し手機能を中心として」の第3章を大幅に加筆・修正したものである.本稿の作成の過程で,
同志社大学の河合宣孝教授,鹿野嘉昭教授,田中靖人教授,京都大学の今井晴雄教授,神奈川 大学の酒井良清教授から多くのコメントを頂いた.ここに記して感謝したい.もちろん,本稿 中のすべての誤りの責任は私自身に帰せられる.
** E-mail: [email protected]
のように支払停止の取付け防止効果に関して否定的な結論を示しているものも あるが,Gorton (1985),Chari and Jagannathan (1988),Villamil (1991),Selgin (1993) のように肯定的な結論を示しているものの方が多い.
しかし,現在では支払停止は取付け防止策として用いられなくなっている.
すなわち,Smith (1936)やBordo (1990)に述べられているように,20世紀の初 めまでアメリカでは中央銀行が存在せず,本格的なLLRの発動が不可能な状 況にあったため,次善の策として民間における銀行取付け防止策として支払 停止が用いられてきた.しかし,1913年の連邦準備制度の創設とともに,支 払停止は取付け防止策として用いられることはなくなり,現在に至っている.
このように,支払停止に関する理論的な分析と歴史的な事実の間には,大 きな乖離が今もなお存在している.この乖離を解消するためには,支払停止 とLLRの経済効果を比較することが有効であるが,そうした研究は非常に 少ない.すなわち,取付け防止策の効果を比較した研究には,Repullo (2000), Kahn and Santos (2005),Martin (2006)などがある.しかし,その比較対象は主 としてLLRと預金保険であり,支払停止の効果が他の取付け防止策の効果と 比較されることはほとんどみられない.そうした状況下,本稿では,小田(2011a)
のフレームワークを用いて支払停止とLLRが経済厚生に及ぼす効果を比較,
検討することを通じて,支払停止が取付け防止策として用いられなくなった 要因を理論的に解明することにした.
その結果,支払停止はLLRと同等の取付け防止効果を持つが,支払停止の もとで実現する経済厚生はLLRより劣ることが明らかになった.すなわち,
支払停止もLLRも,財務状態が健全な銀行に対する取付け(サンスポットによ る取付け)は排除することができるが,財務状態に問題を抱えた支払不能銀行 に対する取付け(情報による取付け)を排除することができない点では変わら ない.しかし,LLRと異なり,支払停止のもとでは取付け発生時に一部の預 金者が消費することができなくなるうえに,支払不能銀行が存続することに より経済の効率性が失われる.そのため,LLRのもとでの経済厚生は支払停
止より高くなることが理論的に明らかになり,数値例による分析からもこの ことは確認された.さらに,預金契約への支払停止条項の追加が経済厚生を 低下させるケースが,数値例から多数確認された.以上の結果は,支払停止 の限界を明らかにするとともに,支払停止が取付け防止策として用いられな くなったことに対して一定の理論的根拠を与えている.
本稿の構成は以下の通りである.第2節では小田(2011a)のモデルについ て説明する.第3節では,支払停止の効果について分析する.第4節では,
支払停止とLLRの経済効果を理論的に比較,検討する.第5節では,第3節 と第4節の理論的結果を,数値例を用いて検討する.第6節はまとめである.
2 通常の預金契約 2. 1 モデル
本稿では,小田(2011a)と同じモデルを用いる.3期間モデルを考えて,期
間をt=0, 1, 2と表す.この経済には,大きさ1の連続体で表される消費者が
存在する.消費者は,第0期のはじめに1単位の消費財を保有する.消費者は,
この消費財を費用なしで将来に持ち越すこともできるし,後述する生産技術 へ投資することもできる.消費者には,異時点間の選好に関して2つのタイ プが存在する.第1のタイプは第1期でのみ消費するタイプであり(impatient タイプ,以下タイプ1と呼ぶ),第2のタイプは第2期でのみ消費するタイプであ る(patient タイプ,以下タイプ2と呼ぶ).タイプ1となる事前の確率はλ∈(0, 1) であり,タイプ2となる事前の確率は1−λである.各消費者は第1期の初 めに自らのタイプを知る.ここで,λの値は消費者間の共有知識であるが,
各消費者のタイプは私的情報であり互いに観察不可能であるとする.
第t期の消費者の消費量をct≥ 0 (t=1, 2)とすると,消費者の効用関数は u(ct)と表される.すなわち,タイプ1の消費者の効用関数はu(c1)であり,
タイプ2の消費者の効用関数はu(c2)である.ここで,効用関数u(・)は,2階 連続微分可能な増加関数で,u(0)=0であり,任意のc≥ 1に対して相対的リ
スク回避係数が −cu˝(c)
u´(c) >1 である.
この経済には,収益に関する不確実性を伴う3期間の生産技術が存在する.
第0期に投入した消費財1単位に対して,第1期に投資を清算すると1単位,
第2期に投資を清算するとR(θ) ≥ 0単位の消費財が得られる.R(θ)は,θ の 連続かつ強い意味の増加関数であり,R(0)=0と仮定する.ここで,θ∈[0, 1]
は経済の状態を表す確率変数である.θは景気の変動などによって決まる投 資収益の決定要因のことである.θは[0, 1]区間上の一様分布を持つと仮定 する.消費者はθの値を第1期の初めに知る.また,R(θ)の値は観察可能 かつ立証可能(observable and verifiable)であると仮定する.一方,θ の値は観 察可能しかし立証不可能(observable but unverifiable)であると仮定する.この ことは,消費者はθの値を知っているが,その水準を第三者に対して証明で きないため,θに条件付けられた契約が不可能であることを意味している.
また,
u(1)<
∫
1
0
u(R(θ))dθ (1)
を仮定する.
2. 2 効率的配分
分析のベンチマークとして,銀行が存在しないケースを分析する.まず,消 費者が直接生産技術に投資する場合を取り上げる.(1)式で表される生産技術 の仮定から,消費者は第0期に初期保有財をすべて生産技術に投資する.そう して,タイプ1の消費者は第1期に投資を清算し,1単位の消費財を消費する.
一方,タイプ2の消費者は,R(θ)<1のときに第1期に投資を清算して1単位,
R(θ)>1のときに第2期に投資を清算してR(θ)単位の消費財を消費する.
次に,自己投資の結果を用いて,この経済における効率的な消費財の配分 を分析する.小田(2011a)では,状態変数 θ の値が一定以上の水準にあると きに第1期にタイプ2の消費者からタイプ1の消費者へと消費財を移転する ことで経済厚生が改善することが示されている.すなわち,
1−λc1
1−λ R(θ)=c1 (2)
となるθの水準をθ*(c1)とし,θ∈(θ*(c1), 1]のときにのみ第1期にタイプ 2の消費者からタイプ1の消費者へと消費財を移転するような消費財の再配分 を取り上げる.ここで,c1∈[1, 1 /λ]は消費財を移転した後のタイプ1の消費 者の消費量である.このとき,第0期の消費者の期待効用をEUFB(c1)とすると,
EUFB(c1)=λ
∫
1
θ*(c1)
u(c1)dθ+(1−λ)
∫
1
θ*(c1)
u 1−λc1
(1−λ)R(θ)dθ+
∫
θ*(c1)
1
u(1)dθ (3)
である.
本 稿 に お け る 効 率 的 な 消 費 財 の 配 分 と は,消 費 者 の 事 前 の 期 待 効 用 EUFB(c1)を最大にする消費財の配分のことである.すなわち,効率的な配分 とは(3)式を最大にするようなc1のことである.そこで,(3)式をc1で最大化 する1階の条件は,
∂EUFB(c1)
∂c1 =λ
∫
1
θ*(c1)
u´(c1)dθ−
∫
1
θ*(c1)
R(θ)u´ 1−λc1
1−λ R(θ) dθ + u(1)−λu(c1)−(1−λ)u 1−λc1
1−λ R(θ*(1)) ∂θ*(c1)
∂c1 =0 (4)
である.ここで,c1=1とすると,(1)式と(2)式より(4)式の中央の式は正と なり1階の条件を満たさない.すなわち,(4)式を満たすc1をc1FBとすると,
c1FB>1である.よって,θ∈(θ*(c1), 1]のとき,タイプ2の消費者からタイ プ1の消費者へと消費財を移転することで経済厚生が改善する.
2. 3 銀行の導入
2. 2で,状態変数θの値が一定以上の水準にあるときに第1期にタイプ2 の消費者からタイプ1の消費者へと消費財を移転することで経済厚生が改善す ることが示された.しかし,消費者のタイプは私的情報であるため,消費者の タイプに依存した条件付き請求権の取引は不可能である.そのため,競争市場 では効率的な消費財の配分を達成することができない.そこで,モデルに銀行 を導入し,預金契約を通じてタイプ2の消費者からタイプ1の消費者への消費 財の移転が可能となるようにすれば,経済厚生が改善することを示す.
次のような銀行をモデルに導入する.銀行は,第0期の初めに預金契約を 提示して,消費者が保有する消費財を預金として集め,それらをすべて生産 技術に投資する.このとき,状態変数θは銀行の財務状態を表し,景気変動 や銀行のリスク管理などにより決まる.預金契約は,第0期に銀行に消費財 を預けることで,第1期または第2期に銀行から消費財を受け取ることがで きるようにする契約のことである.預金者は第1期に預金を引出すために銀 行に行くと,預金1単位に対してあらかじめ定められたr∈[1, 1 /λ]単位の 消費財の払い戻しを受ける.第2期に銀行へ行った場合,預金者は第2期に 銀行が得た投資収益を第1期に預金を引出さなかった預金者の間で等分した 額の払い戻しを受ける.したがって,第2期の払い戻し額は銀行の投資収益 と第1期に引出された預金の総額に依存する.また,θは立証不可能である ので,預金契約はθに条件付けすることが不可能である.その意味で,この 預金契約は不完備契約の一種である.
第1期の預金の払い戻し額が銀行の保有資産を上回った場合,銀行は破綻す る.すなわち,第1期に預金を引出す預金者の割合をnとすると,rn>1のと き,銀行は第1期に破綻する.このとき,第1期に銀行へ行かなかった預金 者と第1期に銀行へ行った預金者の一部は払い戻しを受けることができない.
以上の仮定のもとで,預金契約は預金金利rにより表すことができる.また,
銀行業への自由参入を仮定する.この仮定により,銀行は第0期の期待効用
を最大化する預金契約を預金者に提示することになる.ここで,第3節や第 4節の預金契約と区別するために,支払停止条項やLLRの担い手が存在しな い場合の預金契約を通常の預金契約と呼ぶ.この通常の預金契約のもとでの 預金者に対する事後的な払い戻しは第 1 表のとおりである.以上の準備を用 いて,第1期の預金者行動を分析する.
定義 1
通常の預金契約のもとでの第1期の預金者行動を,戦略系ゲーム ΓNORで 定義する
ΓNOR=〈I, {Ai}i∈I, {gi(a)}i∈I, n(a)〉
ここで,
I=[0, 1−λ] , Ai=[0, 1] ,
gi(a)=aiu(r)+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ) n(a) ≤1 r
gi(a)= ai
rn(a)u(r) n(a)>1 r n(a)=λ+(1−λ)
∫
1−λ 0
aidi
である.
第 1 表 通常の預金契約の払い戻し
『良い』均衡 『取付け』均衡
n<1 /r n>1 /r
t=1 r
r…確率 1 rn 0…確率1−1
rn
t=2 1−rn
1−n R(θ) 0
戦略形ゲームΓNORの各要素は以下のとおりである.集合Iはプレイヤーの 集合を表している.戦略形ゲームΓNORのプレイヤーはタイプ2の預金者か らなる.すなわち,タイプ1の預金者は必ず第1期に預金を引出すので,能 動的なプレイヤーには含めないものとする.集合Aiはプレイヤーi∈Iの戦 略の集合を表している.Aiの要素aiは,第1期にプレイヤーiが引出す預金 の割合を表している.すなわち,ai=1は第1期にプレイヤーiがすべての預 金を引出すことを表していて,ai=0は第1期に全く預金を引出さないことを 表している.また,
a∈A=
i∈ΠIAi
はすべてのプレイヤーの戦略プロファイルを表し,
a−i∈A−i=
j∈ΠAI\ {i}j
はプレイヤーi以外のすべてのプレイヤーの戦略プロファイルを表す.関数 gi(a)はプレイヤーiの利得関数を表している.関数n(a)は第1期に銀行から 引出される預金の割合を示す関数である.
定義 2
戦略形ゲームΓNORのナッシュ均衡は,すべてのプレイヤーi∈Iに対して,
gi(a*) ≥gi(ai, a*−i),∀ai∈Ai.
を満たすような戦略プロファイルa* ∈Aのことである.
戦略形ゲームΓNORのナッシュ均衡は,θの値に応じて決まる1).θ ∈[0, θ*(r)) のときには,すべてのプレイヤーが第1期に預金を完全に引出すような戦略 プロファイル
a*={a*i=1, ∀i∈I}
が唯一のナッシュ均衡となる.この均衡では,タイプ1とタイプ2のすべて の預金者が第1期に預金を引出すため,第1期に銀行取付けが発生する.そ
1) 小田(2011a)を参照せよ.
こで,この均衡を『取付け』均衡と呼ぶこととする.この銀行取付けは,銀 行の資産価値に関する情報に基づいて発生する.そこで,この銀行取付けを 情報による取付けと呼ぶこととする.
この情報による銀行取付けは,銀行の長期的な収益が当初の予想に反して低 い水準にとどまると,預金者の行動に関係なく第2期の払い戻しが第1期の払 い戻しを下回ってしまうために起こる.この情報による取付けの存在が示すよ うに,銀行が第2期に第1期を上回る払い戻しを実行できないとき,プレイヤー に第2期まで預金を維持するインセンティブを与えることができない.このよ うなときに銀行が支払不能であると呼ぶこととすると,θ∈[0, θ*(r))のとき 銀行は支払不能で,θ∈[θ*(r), 1]のとき銀行の経営状態は健全であるという ことができる.
一方,θ∈[θ*(r), 1]のとき,すなわち銀行が健全であるときには2つのナッ
シュ均衡が存在する.第1の均衡は,タイプ1の預金者のみが預金を引出し,
タイプ2の預金者は預金を維持するような戦略プロファイル a*={a*i=0, ∀i∈I}
である.この均衡では,銀行取付けが発生せず効率的な消費財の配分が実現する ので,この均衡を『良い』均衡と呼ぶこととする.第2の均衡は,『取付け』均衡 a*={a*i=1, ∀i∈I}
である.
このように,θ∈[θ*(r), 1]のときには『良い』均衡と『取付け』均衡とい う2つのナッシュ均衡が存在するが,預金者の間でどちらが選ばれるかは定 かではない.そこで,2つの均衡の間の選択を決定づけるサンスポット・シ グナルを全てのプレイヤーが第1期のはじめに観察するものとする2).サンス ポット・シグナルをx∈{xH, xL}とする.xHは確率s∈(0, 1),xLは確率1−s で発生し,1>s>0であるとする.そうして,xHを観察したときには『良い』
2) このようなサンスポット・シグナルは,Peck and Shell (2003)やMartin (2006)で用いられている.
均衡が,xLが観察されたときには『取付け』均衡がそれぞれ選ばれるとする3). このような銀行取付けはサンスポット・シグナルに依存して発生するので,
サンスポット的な取付けと呼ぶことができる.このサンスポット・シグナル による均衡選択は第 2 表のとおりである.
戦略形ゲームΓNORのナッシュ均衡は,銀行取付けの要因に関する2つの異 なる考え方に関係している.1つの考え方は,銀行取付けはランダムに発生す るパニックによって発生するというものである.もう1つの考え方は,景気 循環の結果,不景気のときに銀行の経営状態が悪化することによって銀行取付 けが引き起こされるという考え方である.前者の代表的な研究にDiamond and Dybvig (1983)があり,後者の代表的な研究にJacklin and Bhattacharya (1988)が ある.前述のサンスポット的な取付けは銀行の経営状態に関係しないため前者 に対応し,情報による銀行取付けは銀行の経営状態に関係しているため後者に 対応している.このように,戦略形ゲームΓNORは,銀行取付けに関する2つ の異なる考え方を1つに統合していると捉えることができる.
ここで,第5節で預金の支払停止やLLRのもとでの預金者の期待効用と比 較するために,通常の預金契約のもとでの預金者の期待効用を導出する.通 常の預金契約のもとでの第0期における預金者の期待効用をEUNOR(r)とする.
第2表で表された預金者の事後的な消費量を用いると,EUNOR(r)は
3) このような共通して観察可能なシグナルに依存して意思決定するような戦略を相関戦略と 呼び,相関戦略のもとでの均衡を相関均衡と呼ぶ.相関均衡に関しては,岡田(1996)や Osborene and Rubinstein (1994)を参照せよ.
第 2 表 通常の預金契約における均衡選択
θ∈[θ*(r), 1] θ∈[0, θ*(r))
xH 『良い』均衡 『取付け』均衡
(情報による取付け)
xL 『取付け』均衡
(サンスポット的な取付け)
『取付け』均衡
(情報による取付け)
EUNOR(r)=
∫
s1
θ*(r)
λu(r)+(1−λ)u 1−rλ
1−λ R(θ) dθ +(1−s)
∫
1
θ*(r)
1
ru(r)dθ+
∫
θ*(r)
0
1
ru(r)dθ (5)
である.
3 預金の支払停止 3. 1 預金契約への支払停止条項の導入
本節では,取付け防止策としての支払停止の効果を分析する.以下のように,
預金契約に支払停止条項を導入する.第2. 3節と同様に,銀行は第1期に銀行 に来た預金者に対して預金1単位当たりr単位の財を払い戻す.しかし,第1 期の払い戻しは払い戻し額がrλに到達した時点で停止する.そして,第1期 に銀行に行ったのに預金を引出すことができなかった預金者は第2期に預金の 払い戻しを受ける.そうすることで,銀行は必ず第2期まで1−rλ 単位の投 資を継続することが保証される.ここで,支払停止が実行される払い戻し額 の制限rλは,『良い』均衡における第1期の払い戻し額に対応している.
預金契約に支払停止条項を導入したときの,預金者に対する事後的な払い 戻しは,第 3 表のとおりである.ここで,タイプ1の預金者は第1期に預金 を引出すことができなかった場合に全く消費できなくなるが,そのようなと き払い戻されることのない預金が第2期に銀行に残されることとなる.簡単 化のため,このような消費財は失われてしまうものとする4).
また,支払停止が実行されたとき(rn>rλ),第1期に預金の払い戻しを受 けることができる預金者のタイプ毎の割合は以下のとおりである.タイプ1の 預金者のうち第1期に預金を引出すことができるものの大きさは λ2で,第1 期に預金を引出すことができず消費できなくなるものの大きさは λ(n−λ)で
4) これは,銀行は預金者のタイプを観察できないため,預金を引出すことのないタイプ1の預
金者の預金口座を管理していることを意味している.
ある.同様に,タイプ2の預金者のうち第1期に預金を引出すことができるも のの大きさはλ(n−λ)で,第2期に払い戻しを受けるものの大きさは(n−λ)2 である.
3. 2 預金契約に支払停止条項があるときの預金者の行動
以上の準備をもとに,この節では預金契約に支払停止条項が追加されたと きの第1期の預金者行動を分析する.
定義 3
預金契約に支払停止条項が追加されたときの第1期の預金者行動は,以下 のような戦略形ゲームΓSUSで定義する
ΓSUS=〈I, {Ai}i∈I, {gi(a)}i∈I, n(a)〉, ここで,
I=[0, 1−λ] , Ai=[0, 1] ,
gi(a)=aiu(r)+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ) n(a)=λ (6)
支払停止なし 支払停止実行
n=λ n>λ
t=1 r
タイプ1
r…確率λ
n 0…確率1−1
rn
タイプ2
r…確率λ
n 1−rλ
1−λ R(θ)…確率1−1 rn
t=2 1−rλ
1−λ R(θ) 1−rλ
1−λ R(θ) 第 3 表 預金契約の支払停止条項が存在するときの事後的な払い戻し
gi(a)=ai λ
n(a)u(r)+ λ
n(a) u 1−rλ 1−λ R(θ)
+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ) n(a)>λ, (7)
n(a)=λ(1−λ
∫
)1−λ
0
ai di
である.
定義3が示しているとおり,戦略形ゲームΓSUSの構成要素は,利得関数 が第3表に基づくものに変わったことを除くと戦略形ゲーム ΓNORと全く同 じ要素から構成されている.以上の準備をもとに,戦略形ゲーム ΓSUSにはθ の値に応じて唯一のナッシュ均衡が存在することを示す.
命題 1. 戦略形ゲームΓのナッシュ均衡は,
a*={a*i=1,∀i∈I} if θ∈[0, θ*(r)) a*={a*i=0,∀i∈I} if θ∈[θ*(r), 1]
である.
(証明)
まず,θ∈[0, θ*(r))のとき,
r<1−rλ 1−λ R(θ)
より,(6)式と(7)式を最大にするaiは,ともにai=1である.よって,ai=1 は支配戦略であるので,戦略プロファイル
a*={a*i=1,∀i∈I}
がナッシュ均衡となる.
次に,θ∈[θ*(r), 1]のときも同様にai=0が支配戦略となるので,戦略プ ロファイル
a*={a*i=0,∀i∈I}
がナッシュ均衡となる. □
戦略形ゲームΓSUSのナッシュ均衡において,θ∈[θ*(r), 1]のときに『良い』
均衡,θ∈[0, θ*(r))のときに『取付け』均衡がそれぞれ選ばれる.このナッシュ 均衡のもとでは,前節のようなサンスポット・シグナルによる均衡選択の余 地はない.すなわち,θの各水準に応じて支配戦略が存在するため,プレイヤー はどちらのシグナルを観察するかに関係なくθ∈[θ*(r), 1]のときに第2期ま で預金を維持し,θ∈[0, θ*(r))のときに第1期に預金を引出す.戦略形ゲー ムΓSUSに,前節のようなサンスポット・シグナルを導入した際の,均衡選択 は第 4 表のとおりである.
このように,預金契約に支払停止条項を導入したとき,サンスポット的な 取付けは排除される.しかし,θ∈[0, θ*(r))のときに『取付け』均衡が選択 されることが示しているように,預金契約に支払停止条項を導入しても情報 による取付けは排除できない.このことは,預金の支払停止は,取付け防止 策として一定の効果を持つが,その効果には限界があることを示している.
また,このナッシュ均衡は,支払停止条項が付与された預金契約のもとで 発生した銀行取付けは,情報による取付けである可能性が高いことを意味し ている.これは,Gorton (1988)の結果と一致している.Gorton (1988)は,ア メリカの国法銀行時代(1863〜1914年)を取り上げて,銀行取付けの発生原 因を検証し,銀行取付けはパニックにより発生するのではなく景気循環の結 果発生すると主張している.Gorton (1988)で分析対象とされている時代は支
第 4 表 サンスポット・シグナルと均衡選択
θ∈[θ*(r), 1] θ∈[0, θ*(r))
xH 『良い』均衡 『取付け』均衡
(情報による取付け)
xL 『良い』均衡 『取付け』均衡
(情報による取付け)
払停止が主な取付け防止策として用いられていた時代であり,命題1はこの 結果を裏付けるものである.
さらに,支払停止は,通常の預金と比較すると以下の2つの特徴を持つ.
第1の特徴は,支払停止は情報による取付けは排除できないが,取付け発生 時にタイプ1の預金者の一部(大きさλ(1−λ))が消費できなくなることである.
ただし,通常の預金契約のもとでは取付け発生時に大きさ1−1 /rの預金者が 消費できないため,消費できない預金者の増減は預金金利rとタイプ1の預 金者の割合λの大きさに依存していて明らかではない.
もう1つの特徴は,θが非常に低いとき支払停止のもとでは取付けの際の預 金者全体の消費量が通常の預金契約のもとよりも低くなることである.すなわ ち,支払停止のもとでは,取付け発生時の預金者全体の消費量はλr+(1−λ)(1− rλ)R(θ)であるのに対して,通常の預金契約のもとでは1であるため,
R(θ)< 1−rλ (1−λ)(1−rλ)
のときには,支払停止条項の導入が預金者の消費量を減少させることになる.
このことは,支払停止条項の導入は,支払不能銀行が第2期まで存続させて しまうため経済の効率性が低下することを示している.
ここで,第5節で数値例によりLLRや通常の預金契約のもとにおける預金 者の期待効用と比較するために,預金契約に支払停止条項が追加されたとき の預金者の期待効用を導出する.預金契約に支払停止条項が追加されたとき の預金者の期待効用EUSUS(r)とすると,
EUSUS(r)=
∫
1
θ*(r)
λu(r)+(1−λ)u 1−rλ
1−λR(θ) dθ +
∫
θ*(r)
0
λu(r)+(1−λ)2u 1−rλ
1−λR(θ) dθ (8)
である.
4 銀行取付け防止策の経済効果 4. 1 中央銀行の最後の貸し手機能
この節では,まず4. 1で小田(2011a)におけるLLRに関する分析結果につ いて簡単にまとめ,それを利用して4. 2で支払停止とLLRについて,それら が経済厚生に与える効果について比較する.まず,小田(2011a)の結果につ いて概観する5).小田(2011a)ではLLRの効果を分析するために,次のよう な中央銀行をモデルに導入する.中央銀行は,消費者の事前の期待効用を最 大化するために,銀行取付けを排除するように行動する経済主体とする.中 央銀行自体は消費財を保有していないが,第1期に『貨幣』を発行すること ができる6).そして,第1期に預金契約の想定を超えた大量の預金の引出しが 発生したとき,銀行の流動性不足を解消するために,中央銀行は『貨幣』を銀 行に対して貸出を行う.ここでいう『貨幣』とは,それ自体には価値がないが 第2期に中央銀行に持っていくことで消費財と交換されるチケットのことであ る.
大規模な預金引出しに見舞われた銀行に対する中央銀行の緊急貸出は,以 下のように行われる.銀行は,第1期の預金の引出し量rnがrλに達するま では,通常の預金契約と同様に預金を払い戻す.しかし,第1期の預金の引 出し量rnがrλを超えたとき,銀行は投資を清算して預金を払い戻すことを 中止し,残された投資を担保に中央銀行から預金の払い戻しに必要なだけの
『貨幣』を借入れる.この中央銀行による貸出にはペナルティ・レートが課さ れる7).この貸出を受けて銀行は預金契約どおりに預金を引出しに来た預金者 に1人あたりr単位の『貨幣』を払い戻す.その結果,第1期の銀行破綻は 回避される.第2期になると,銀行は,まず第1期に預金を引出さなかった
5) 詳細は小田(2011a)を参照せよ.
6) この『貨幣』は,Martin (2006)の流動性供給政策をヒントに,LLRとしてアレンジしたもの
である.
7) 小田(2011a)では,このペナルティ・レートは,第2期に預金契約どおりの払い戻しを行っ
た後に銀行に消費財が全く残らないような水準であることが仮定されている.
預金者に対して1人当たり 1−rλ
1−λ R(θ)
単位の消費財を払い戻す8).その後,残された消費財で中央銀行の緊急貸出に 対して返済する.
また,大量の預金引出しに見舞われた銀行に対して,中央銀行はその救済 の是非をその銀行の財務状態を観察して決定する.すなわち,中央銀行は事 前に救済基準θe(r)を定めて,θ∈[θe(r), 1]のときのみ銀行に対する緊急貸 出を行う.
ここで,第2期の『貨幣』と消費財の交換比率は原則として1対1で行わ れるが,担保である銀行の投資収益が非常に低いときには中央銀行は第2期 に『貨幣』と消費財を1対1で交換できなくなる恐れがある.逆に銀行の投 資収益が高いとき,『貨幣』との交換後に中央銀行の手元に消費財が残される ことも起こりうる.前者の場合,『貨幣』1単位に対して,中央銀行の保有す る消費財を発行済み『貨幣』の量で割った水準の交換を行う9).後者の場合,
残された消費財は補助金として消費者に等分される.
第1期に『貨幣』を受け取った預金者は,第2期に投資が終了した後で中 央銀行に行き『貨幣』と交換で消費財を手に入れる.しかし,タイプ1の預 金者が『貨幣』を受け取った場合は消費できない.そこで,第1期に『貨幣』
を受け取ったとき,タイプ1の預金者は競争的な市場で『貨幣』を消費財と 交換することができると想定する.
このような想定のもとで,中央銀行がLLRを発動したときの,預金者に対 する事後的な払い戻しは第 5 表のとおりとなる.一方,中央銀行がLLRを 発動しない場合は,通常の預金契約の時と同じ議論が適用できる.そこで,
8) この払い戻しは『良い』における第2期の払い戻しに相当している.この意味で,ここでの
預金契約は名目的(nominal)なものである.
9) この場合,中央銀行の発行した『貨幣』が減価することになる.この『貨幣』の減価をインフレー
ションと呼ぶこととすると,支払不能銀行に対する緊急貸出の実施はインフレーションを招く ことを意味している.
LLRが発動されないときの預金者に対する事後的な払い戻しは,第1表のと おりである.以上の準備をもとに,中央銀行のLLR機能が存在するときの第 1期の預金者行動について取り上げる.
定義 4
LLRのもとでの第1期の預金者行動を,戦略系ゲーム ΓLLRで定義する
① θ∈[0, θ*(r)]
中央銀行の介入なし 中央銀行の介入あり
n=λ n>λ
t=1 r
r…確率λ
1−rλ
1−λ R(θ)…確率1−λ
t=2 1−rλ
1−λ R(θ) 1−rλ
1−λ R(θ)
② θ∈[θ*(r), 1]
中央銀行の介入なし 中央銀行の介入あり
n=λ n>λ
t=1
タイプ1 r r
タイプ2 r r+{R(θ) (1−rλ)−r(1−λ)} (n−λ)
(1−λ)2
t=2 1−rλ
1−λ R(θ) 1−rλ
1−λ R(θ)+ {R(θ) (1−rλ)−r(1−λ)} (n−λ) (1−λ)2
第 5 表 中央銀行の介入が存在するときの払い戻し
第 6 表 中央銀行の最後の貸し手機能のもとでの均衡選択
θ∈[θ*(r), 1] θ∈[0, θ*(r))
xH 『良い』均衡 『取付け』均衡
(情報による取付け)
xL 『良い』均衡 『取付け』均衡
(情報による取付け)
ΓLLR=〈I, {Ai}i∈I, {gi(a)}i∈I, n(a)〉, ここで,
I=[0, 1−λ], Ai=[0, 1],
ⅰ) θ<θ*(r)
gi(a)=aiu(r)+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ) n(a)=λ gi(a)=aiλu(r)+(1−λ)u 1−rλ
1−λ R(θ) +(1−ai)u 1−rλ 1−λ R(θ)
n(a)>λ
ⅱ) θ≥θ*(r)
gi(a)=aiu(r)+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ) n(a)=λ gi(a)=aiu r+(τ−1) (rn(a)−rλ)
1−λ
+(1−ai)u 1−rλ
1−λ R(θ)+(τ−1) (rn(a)−rλ)
1−λ n(a)>λ
n(a)=λ+(1−λ)
∫
1−λ
0
aidi
である.
戦略形ゲームΓSUSと同様,戦略形ゲームΓLLRの構成要素は利得関数を除 いて戦略形ゲームΓNORと同じである.
小田(2011a)では,LLRの取付け防止効果は預金の支払停止と等しいことが 示されている.すなわち,戦略形ゲームΓLLRのナッシュ均衡は,θ∈[θ*(r), 1]
のときに『良い』均衡 a*={a*i=0,∀i∈I}
であり,θ∈[0, θ*(r))のとき『取付け』均衡
a*={a*i=0,∀i∈I}
である.このナッシュ均衡は,LLRの取付け防止効果は支払停止と等しいこ とを示している.すなわち,この均衡は,LLRがサンスポット的な取付けは 排除できるが,情報による取付けは排除できないことを意味している.また,
この均衡は,支払停止と同様にLLRのもとでもサンスポット・シグナルによ る均衡選択は働かないことも意味している.すなわち,LLRのもとでの均衡 選択は第 6 表のとおりで,これは第4表と同じである.
また,小田(2011a)は,LLRの最適な救済基準を明らかにしている.すな わち,
1
ru(r)=λu(r)+(1−λ)u 1−rλ 1−λ R(θ)
を満たすような状態変数θの水準をθ**(r)とすると,預金者の期待効用を 最大にする最適な救済基準はθ**(r)であることが示されている10).この救済 基準θ**(r)のもとでの期待効用をEULLR(r)とすると,
EULLR(r)=
∫
1
θ**(r)
λu(r)+(1−λ)u 1−rλ
1−λ R(θ) dθ+
∫
θ**(r)
0
1
r u(r)dθ (9)
である.
4. 2 預金契約の支払停止は,なぜ取付け防止策として用いられなくなったのか?
この節では,3. 2と4. 1の結果を用いて,支払停止とLLRが経済厚生に与 える効果を比較する.それぞれの場合に,銀行は預金者の期待効用を最大に する預金金利を設定することに注意すると,以下のようにLLRのもとでは支 払停止より高い期待効用が実現する.
命題 2
預金契約に支払停止条項を追加したときの預金者の期待効用EUSUS(r)と
10) 詳細は小田(2011a)を参照せよ.
LLRが存在するときの預金者の期待効用EULLR(rLLR)の間には,
EULLR(rLLR*)>EUSUS(rSUS*)
という関係が成り立つ.ここで,rLLR*とrSUS*はそれぞれ,
rSUS*=arg max EUSUS(r) rLLR*=arg max EULLR(r) である.
(証明)
まず,預金の支払停止とLLRで預金金利が等しいと仮定する.EULLR(r)と EUSUS(r)を表す(8)式と(9)式を比較すると,任意の θ∈[0, 1]に対して(9)式が
(8)式を上回る.よって,共通の預金金利rに対して,EULLR(r)>EUSUS(r)が 成り立つ.
次に,預金の支払停止とLLRで預金金利が異なる場合を取り上げる.上の 議論から,
rSUS*=arg max EUSUS(r) に対して,
EULLR(rSUS*)>EUsus(rSUS*) が成り立つ.ここで,
rLLR*=arg max EU4(r) より,
EULLR(rLLR*) ≥EULLR(rSUS*)>EUsus(rSUS*)
となる.よって,EULLR(rLLR*)>EUsus(rSUS*)が成り立つ. □
命題2は,LLRは預金の支払停止より高い経済厚生を実現し,取付け防止 策として優れていることを示唆している.4. 1で述べたように,支払停止と LLRの取付け防止効果は等しい.しかし,3. 2で述べたように支払停止のも とでは取付けが発生したときにタイプ1の預金者が消費できないのに対して,
第5表が示すようにLLRのもとでは取付けが発生したときにもすべての預金
者に対して一定以上の消費を保証しているからである.さらに,支払停止は 支払不能銀行を第2期まで存続させるため経済厚生の損失が発生するのに対 して,LLRの発動は経済厚生の改善が見込まれるときにのみ行われるため,
より効率的な消費財の配分が行われる.このことから,情報による取付けが 発生したときに,支払停止よりも高い期待効用がLLRのもとで実現する.
5 数 値 例
この節では,第3節と第4節の結果について数値例を用いて検討する.そ こで,次のように関数とパラメータをそれぞれ特定する.効用関数u(c)は,
u(c)= c c+1−ε
とする.ここで,ε>0を微小な実数とする.一方,生産技術の収益を表す 関数R(θ)は,
R(θ)=R(η+1)θ η+θ
とする.ここで,ηは生産技術の収益性を表すパラメータで,η∈(0, 1]とする.
第 1 図は,R=4,η=0.01,0.1,0.5のときのR(θ)のグラフである.グラフ から分かるように,ηの値が低いとき生産技術の収益が高く,ηの値が高い とき生産技術の収益は低くなる.このηの値はマクロ経済的な景気に左右さ れ,好況期には低く不況期には高くなると考えられる.
一方,第3節と第4節で,預金の支払停止とLLRは,サンスポット的な取 付けを排除することが明らかにした.そこで,2つの取付け防止策の効果は,
サンスポット的な取付けの発生確率1−sが大きいときには高く,小さいとき には低くなるものと予想される.このサンスポット的な取付けの発生確率1
−sは,預金者の銀行に対する信認の強さに関係していて,預金者の銀行に 対する信認が高いときに低く,低いときに高くなると考えられる.
そこで,銀行の生産性および銀行に対する信認の高低が取付け防止策の効
果に与える影響を明らかにするために,生産技術の収益性に関してη=0.1と η=0.15,サンスポット的な取付けの発生確率に関してs=0.999とs=0.975 の各2通りずつ合計4通りのケースを取り上げて,それぞれ数値例の計算を 行うことにした.すなわち,好況期と不況期,銀行の信認の強弱で4つのケー スに分けることにした.各ケースと想定されたパラメータとの関係をまとめ たのが,第 7 表である.それ以外のパラメータは,λ=0.2,ε=0.001,R=4 とする.
ケース1からケース4まで,それぞれのηとsの値を(4),(5),(8),(9)式 に代入し,その場合の期待効用の最大値と銀行取付けの発生確率についてそ
第 1 図 R(θ)のグラフ(R=4)
R(θ) (a=0.01) R(θ) (a=0.1) R(θ) (a=0.5)
第 7 表 数値例に用いた4つのケース 銀行に対する信認が高い
(s=0.999)
銀行に対する信認が低い (s=0.975) 銀行収益が高い/
好況期(η=0.1) ケース1 ケース2
銀行収益が低い/
不況期(η=0.15) ケース3 ケース4
れぞれ導出した11).その結果を取りまとめたのが,第 8 表と第 9 表である.
これら2つの表に基づき,預金の支払停止とLLRの経済効果を比較するこ ととする.最初に,ベンチマークとして効率的な配分と通常の預金契約にお ける経済厚生と取付けの発生確率について検討する.まず,効率的な配分を 取り上げる.この場合,すべてのケースにおいて期待効用が最も高くなって いる.効率的な配分のもとでは,消費者間の協調が完全で銀行取付けが発生 しないうえに,状態変数θの水準が低いときには異なるタイプの消費者の間 で消費財の移転は行われないことが想定されている.効率的な配分はそのよ
11) 計算にはExcelを使用し,期待効用については小数点5桁,銀行取付けの発生確率と預金金
利については小数点2桁まで導出した.
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 効率的な配分(EUFB(r)) 0.70920 0.70920 0.70016 0.70016 通常の預金契約(EUNOR(r)) 0.70779 0.70255 0.69879 0.69398 預金契約の支払停止条項(EUSUS(r)) 0.70304 0.70304 0.69154 0.69154 中央銀行の最後の貸し手機能(EULLR(r)) 0.70831 0.70831 0.69909 0.69909
第 8 表 各取付け防止策のもとでの期待効用
第 9 表 各取付け防止策のもとでの取付けの発生確率
ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 効率的な配分(EUFB(r)) 0%
(r=1.21) 0% (r=1.21)
0% (r=1.18)
0% (r=1.18) 通常の預金契約(EUNOR(r)) 3.43%
(r=1.08)
5.41%
(r=1.01)
4.46%
(r=1.03)
6.56%
(r=1) 預金契約の支払停止条項(EUSUS(r)) 3.84%
(r=1.17)
3.84%
(r=1.17)
5.10%
(r=1.13)
5.10%
(r=1.13) 中央銀行の最後の貸し手機能(EULLR(r)) 3.78%
(r=1.16)
3.78% (r=1.16)
4.79% (r=1.09)
4.79% (r=1.09)
うな理想的な状況であるので,消費者の間で十分な量の消費財の移転を行う ことが可能となっている.
次に通常の預金契約について取り上げる.通常の預金契約のもとでは,ケー ス2,ケース4のように銀行に対する信認が低下する,すなわちサンスポッ ト的な取付けの発生確率が上昇すると期待効用は低下する.加えて,景気の 悪化,すなわち生産技術面での収益性の低下は,ケース3,ケース4のとお り期待効用を引き下げる.特にケース4のように,銀行に対する信認が低く かつ景気の悪化に伴い収益性が低いときには,通常の預金契約のもとでは異 なるタイプの消費者の間で消費財の移転が不可能となるため,期待効用は4 つのケースの中で最も低くなる.
次に,支払停止とLLRの経済効果を比較する.まず,すべてのケースで LLRのもとでの期待効用が支払停止のもとでの期待効用を上回っていて,命 題2の結果が数値例からも確認された.さらに,支払停止は,ケース2以外 のすべてのケースで期待効用が通常の預金契約を下回っている.
そのため,支払停止は取付け防止策としてLLRより劣っているだけでなく,
その導入自体に疑問が生じる.実際,預金契約への支払停止条項の追加が支 持されるのは,ケース2のように収益性が高いにもかかわらず銀行に対する 信認が低いときのみであり,ケース3やケース4のように銀行の収益性その ものが低いときにはその有効性には疑問が生じる.
このように支払停止のもとで期待効用が低くなるのは,預金契約に支払停 止条項が追加されたとき,預金金利が通常の預金契約やLLRが存在するとき よりも高くなるからである.3. 2で述べたように,支払停止は,サンスポッ ト的な取付けを排除するが,支払不能銀行を第2期まで存続させてしまうこ とにより経済の効率性を悪化させる.そのため,支払停止条項を伴う預金契 約は,通常の預金契約に比べて短期的なリスクが低い一方で,長期的なリス クが高くなり,預金金利を高めている.この預金金利の引き上げは銀行取付 けの発生確率を高める方向で作用し,特に銀行に対する信認の高いケース1
とケース3では通常の預金契約よりも取付けの発生確率が高まる.そのため,
ケース1とケース3で預金の支払停止のもとでの期待効用は,通常の預金契 約より低くなってしまうのである.当然のこととして,銀行に対する信認が 低くかつ収益性が低いケース4でも,期待効用は通常の預金を下回っている.
小田(2008)では,預金契約への支払停止条項の追加は預金金利を引き上げ,
外部の投資環境によっては経済厚生を悪化させるおそれがあることが示され ている.本稿の結果は,小田(2008)と同様の結果が,小田(2011a)のモデル のもとでも得られることを示している.
最後に,LLRが存在するときの期待効用を通常の預金契約と比較する.こ の場合,すべてのケースで期待効用が通常の預金契約を上回っている.この 事実は,LLRは経済環境に関係なく安定して経済厚生を高める効果を有し ており,取付け防止策として有効であることを示唆している.このように,
LLRのもとで期待効用が高いのは,支払停止とは異なり,取付けが発生した ときにも預金者に対して一定以上の消費を保証しているからである.さらに,
LLRの発動は,経済厚生の改善が見込まれるときにのみ行われるため,通常 の預金契約に比べてより効率的な消費財の配分が行われる.その結果,預金 金利が高く通常の預金契約よりも取付け発生確率が高くなるケースがあるに もかかわらず,通常の預金契約や支払停止よりも高い期待効用がLLRのもと で実現することになる.
6 ま と め
本稿では,預金契約の支払停止とLLRが,経済厚生や預金金利に与える効 果について,小田(2011a)の枠組みを用いて比較した.理論的な分析から,
支払停止とLLRは取付け防止効果に関しては変わらないけれども,経済厚生 に与える効果はLLRが支払停止を上回ることが明らかになった.数値例によ る分析から,支払停止はLLRよりも経済厚生が劣るだけでなく,支払停止条 項のない通常の預金よりも経済厚生を悪化させるケースが多く存在すること
が明らかになった.
以上の結果は,LLRは預金の支払停止よりも取付け防止策として優れてい ることを示唆するだけでなく,預金契約への支払停止条項の導入自体に疑問 があることを示している.すなわち,支払停止は一定の取付け防止効果を持 つものの,支払不能銀行が市場から排除されることを妨げ経済の効率性を悪 化させるという問題を抱えている.その結果,アメリカにおける連邦準備制 度の創設にみられるように,取付け防止策としての支払停止はLLRの担い手 である中央銀行の登場とともにその歴史的使命を終えたということができる.
本稿の結果は,このような取付け防止策に関する歴史的な経緯に対して一定 の理論的根拠を与えるものである.
ただし,本稿の分析は,預金者の期待効用に与える効果を中心にしている.
そのため,本稿の結果は,預金者保護の観点から支払停止とLLRを比較した ものであって,最終的な優劣を定めるものではない.特に,LLRには銀行の モラルハザードを助長するという問題も指摘されており,そのような点も含 めた両者の比較が今後の課題となる.
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(おだ ゆういち・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.63 No.4 Abstract
Yuichi ODA, Why the Suspension of Convertibility has not been used as a Policy Measure to Prevent Bank Runs?
This paper aims at clarifying the difference between the suspension of convertibility and the lender of last resort function of the central bank (LLR) as a measure to maintain banking safety. We find that under the suspension of convertibility, some depositors cannot consume when bank runs occur and that the residuum of insolvent banks decreases economic efficiency. Further, we find that depositors’ welfare under the suspension of convertibility is lower than that under LLR although the suspension of convertibility to prevent bank runs has the same effect as LLR. These results tell us why the suspension of convertibility has not been used as a policy measure to prevent bank runs after the setting-up of the central bank.