Sons and loversにおける"Wait"について
著者 岡野 圭壹
雑誌名 主流
号 37
ページ 38‑53
発行年 1976‑09‑25
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014911
38
S o n s and L o v e r s における Wait 円について 岡 野 圭 萱
1
Sons αnd Loversは作者 D.H. Lawrenceの自叙的小説といわれてい るが9 この作品の第一部と第二部とでは,かなり異質な点が見られる.第 一部では,村落共同体ともいえる Bestwoodの炭坑村の theBottomsで の生活を中心に, Morel家の生活記録がリアルに描写されている.それは Morel夫婦の起伏の多い生活, 長男 Williamの出世と死, Paulの成長 といったように展開されていく.炭坑労働者として,過労と低賃金の恵ま れぬ状態にある Morelを一家の柱として頼る MrsMorelや子供らが,
如何に生活の貧困の苦汁をなめ,愛の葛藤にもがきつつ生きて行くかとい う生々しい生活の足跡が主に描かれている.一方,第二部になると,次男 のPaulをとりまく家庭や社会の枠組は第一部より広くなる.そして彼が 成長するにつれて,性への欲求が強まり,恋人の Miriamや Claraと彼 の母親を交えた複雑な関係から起こる愛の相殖が中心となる. この第二 部では Paulを中心に人物の意識や感情の変化などの内面的なものが,
Lawrence特有のリアリステイヅクな,明快な,柔軟性に富んだ文体で描 かれている.
第一部に見られる Morel家の悲劇的状況はこの作品の基調となってい る1が,そこに漂う情感は悲哀に満ちたものである. この悲哀については 二つに分けて考えるのが妥当である. 一つは Morel家での人間関係か ら来るものであり,他の一つは, PaulとMrsMorel, Miriam, Claraと の愛の相互[に見られるものである.前者は主に第一部で,後者は第二部で
Sons and Loversにおける vVait"について 39 見られる.
作品の理解には,作者の思想、や主張を適確に把握することが必要である が,この作品では特に作者の苦悩に,そしてそれが作品に与える悲哀に満 ちた情感に注意が向けられなければならない.そしてそれを理解するには,
その苦悩や悲哀をよく伝えると思われる言葉にも注意が払われなければな らない.では,その言葉は一体何であろうか.その言葉を手がかりに,少 しでも作品の核心に近づこうとするのが,この小論の目ざす所である.
その言葉を考えるにあたって, Lawrenceが作品を書く動機となったも のを考察してみなければならない.彼は自分自身を描くということと同時 に,恵まれずしてその生を終えた愛する母親の一生を描きたいという強い 願いがあったであろう.彼にとって自己を描くということは同時に母親を 描くことになったのである.それほどに彼は母親との幹は強く,自己の苦 悩を作品の上に吐露することにより,息子として死に,作家として新たな 世界へ生まれ出ずる必要があったのである.従って,当然のことながら,
作品の展開は生まれ出ずる天才作家の若き日の苦悩を描くといった形をと る.そして,その苦悩が悲哀に満ちた情感を作品に漂わすのである.
この作品に見られる悲哀は,愛情が離反していく Morel夫婦に見られ るように,登場人物おのおの特有の本質的なものとか,本来の個性や人間 性といったものが尊重されないでおり,未だ充実した生の実現を見ていな いということから発するように思われる. それは MrsMorelがいう I wait, and what 1 wait for can never come." (Italics mineJ2という言 葉に代表されるが,登場人物,特に Morel家の人々は, いつも何か満た
されぬ思いを抱き,より良い明日を待ち望んでいるように思われる.
従って, wait円という言葉こそが9 作品に見られる悲哀に満ちた情感 を最も表わすものといえる. 作品の中で用いられている wait"の用問 は「待つ」という意味が大半であるえ 最も多く用いられているのは Mrs Morelに対してである.息子であり恋人である WilliamやPaulに期待
40 Sons and Loversにおける Wait"について
し, そしてその期待が最終的に裏切られてしまう母親 MrsMorel‑‑彼 女が作品に占める比重が大きいだけに, wait"している彼女の姿が大き く浮彫りにされてくる. wait"の意味は OEDによると, toremain for a time without something expected or promised"であって,満た されていない状態にあるζとである.
このように, wait"という単一の語を通してでも,作品との車接の関 連においてその意味をとらえて行くことができれば,それは作品研究の基 礎的作業としても意義がある上に,作品の特質と同時に, Lawrenceの特 質をも見出す乙とができるのではないかと思われるのである.以下作品の 第一部と第二部に亙って, 作品における wait円のもつ意味と働きとを 採っていきたい.
2
Mrs Morelは結婚して8年目に theBottomsに引越して来た.その頃 は,既に夫婦の愛情にひびが入っていた.二人の子持である上に,今度は 三人目の子を出産する予定で,その事を考えてもみじめな気持になり,こ の世は物寂しい場所に思えてくるのであった.頼みとなるはずの夫Morel は居酒屋で給仕をしながら楽しんでいる (He was extraordinarily pleased with himself
,
because of his day's helping to wait in the Moon and Stars.) [Italics mineJ (p. 14)祭から帰った Wil1iamは次 の様に父親のことを母親にいう.'Has my dad been?' he asked. 'No,' said the mother. 'He's helping to wait at the Moon and Stars. 1 see him through that black tin stu妊wi'holes
,
on the window,
wi' his sleeves rolled up.' [Italics mineJ (pp. 11‑12)母親は息子に 1お父さんはね,お金を全然持っていないのよ.だから
Sons and Loversにおける Wait"について 41 手当をもらえば,それ以上もらわなくても満足なんだよ.Jと説明する.
Morelは給料が少い上に仕事が激しく過労となるので, 給仕をしながら でもビーノレにありっき,疲れを癒す.同時に家庭での憂さを晴らそうとす る.彼には給仕する必然性があるのである.しかし彼が酔って帰ると,夫 婦の喧嘩が始まる.その様な日々を過ごす MrsMorelのやるせない不満 は I私,待つわ. 待ってもだめでしょうけれどJ(p. 13)という独語に 出ている.こζには,祭から家族連れで幸福そうに帰っていく善良なよそ の夫を,横目で見詰める彼女の心境が,表現されている.彼女は娘時代の 夢や希望を捨てがたく,現実の悲哀にくれる. 居酒屋で給仕してくwait) いた夫が帰って来て, I俺を待っているのかい.J (Waitin' for m巴, lass?) (p. 14)という. 妻は家に居て,家事育事に精出しているのに,夫は酔っ ぱらって帰って来る.そして度々,喧嘩が,どちらかが死の一歩手前にく る迄の凄まじい血の闘いがなされる.
そういう夫でありながら, もともと働き者で,やさしい一面を持ってい る Morelは,妻に早起きさせないで, 自分から朝食の支度をする.その 間,妻は目がさめていても,寝床にいる. (When she could not sleep, his wife lay ωaiting for this time
,
as for a period of peace.) [Italics mineJ (p. 38). しかし不機嫌な時には,彼は妻に当る.特に,酔って帰った時はそうである.
'What are you doing
,
clumsy,
drunken fool?' the mother cried. 'Then tha should get the flamin' thing thysen. Tha should get up, like other women have to, an' wαit on a man.' 'Wait on you一ωait0悦 you?' she cried. 'Y es,
1 see myself.' 'Yis,
an' 1'11 learn thee tha's got to・ Waiton me,
yes,
tha sh'ltταlit on me ... ' 'Never, milord. I'dτ:vait on a dog at the door first.' (Italics mine J (pp. 52‑53)42
s o
削 andLoversにおける Wait"についてここには waiton" (給仕する〉がふんだんに使われている これは失 われつつある妻の愛を,夫が求めているのである.
子供達は,父親が夕方,居酒屋へ行くのを待っている (Thechildren τvaz・tedin restraint during his pr&!parations. When he had gone
,
they sighed with relief.) (ItaliωmineJ (p. 57).その子供達でも,父親が,母親の財布から6ペンスを持出した事を, 母親に問い詰められて家出し た時は, 泣き出すのである. 夫に二度と会わないのは救いだと思う Mrs Morelも待っている.(Mrs Morel was waiting.) (p. 59)次のヲ
l
用文に は,一日の仕事が終っても,帰らないで,炭坑の垢にまみれたまま9 居酒 屋で酒を飲んでいる Morelを待つ妻子の状況がよくでている.Then Paul ran anxiously into the kitchen. The one candle stm burned on the table, the big :fIre glowed red. Mrs Morel sat alone. On the hob the saucepan steamed; the dinner‑plate lay waiting on the table. All the room was full of the sense of wait仇g
,
waiting for the man who was sitting in his pit‑dirt,
dinnerless, some mile away from home, across the darkness, drink帽 ing himself drunk. ••• The minutes ticked away. At six o'clock still the cloth lay on the table
,
still the dinner stood waiting,
still the same sense of anxiety and expectation in the room.
The boy could not stand it any longer. [Italics mineJ (pp.79‑80). 母子の Morelを待つ不安な気持が, waiting"という語を通してよく感
じられる Morel家にみられるこういった waitingevenings円の雰囲 気は,作品に一層哀感や緊迫感を漂わせ,作品の第一部の特徴となってい
る4固
Mrs Morelは,夢や希望をもはや夫に託すことが出来ないので, 子供 に夢を託す.子供の成長が唯一の楽しみとなる.(She was a woman who
Sons and Loversにおける Wait"について 43 waited for her children to grow up.) (pp. 88‑89).既に, Williamは Nottinghamで仕事についている.今や,彼に代わって Paulが母親と の交わりを深めている. 母親が外出先から帰るのを, Paulは心待ちして L 、る.
Paul was wai・tingfor her. He loved her home‑coming. She was always her best 80 ‑ triumphant, tired, laden with parcels, feeling rich in spirit. He heard her quick
,
light 8tep in the entry and looked Up from his drawing. [Italics mineJ (pp.95‑96) 母親と Paulは,母親が買って来たものを見て,楽しい一時を過ごす.そんな時 Londonにいる Williamがクリスマスに帰ってくることに なり,家族は協力して歓迎の準備に取り掛かる.興奮して,皆はまるで気 が狂ったかの様になる Morel家の人々にとって, 長男の Williamが Iρndonから地方の炭坑町の坑夫の家へ,立派な若者となって帰って来る ことは,彼らの誇りであり,大きな喜びであるa 村人達も,彼の出世振り を見に来るほどである.何よりも母子を喜ばすのは,満たされぬ日常生活 が,興奮と喜びに包まれることである.恐らく,待つ喜びと興奮を,これ ほど痛烈に読者に訴える箇所は,本文には他にないであろう.次の
5 1
用文 にも,待つ状況が心にくいばかりのリアリスティックな筆致で描写されて いる.Everybody was mad with e玄cItement. William was coming on Christmas Eve. Mrs Morel surveyed the pantry. There was a big plum cake, and rice cake, jam tarts, lemon tarts, and mince‑ pies ‑ two enormous dishes. Everywhere was decorated. The kissing bunch of berried holly hung with bright and glittering things, ••• A great五re roared. There was a scent of cooked
44 Sons and Loversにおける WaIt"について
pastry. He was due at seven o'clock
,
but he would be late. The three children had gone to meet him. ... 'What time dost say he's coming ?' Morel asked for the fifth time....Goodness,
man!' she said. 'You're like an ill‑sitting hen.' 'Hadna you better be gettin' him summat t'eat ready?' asked the father. 'There's plenty of time,' she answered, turning crossly in his chair. She began to clear the table. The kettle was singing. They waited and waited. Cltalics mineJ
(pp. 101‑102)兄を迎えに駅迄行っている三人の弟や妹らも 1時間半も遅れた列車を待 っている.(Sti1l they waited in the dark and cold.) (p. 103) William が玄関に着いた時,母親はドアに二三歩走りより,待つのであった.(The mother ran a few steps towards the door and waited.) (p. 104) Williamの帰宅は家庭の中のすきま風を,一時でも防いでくれる.喜びの
うちに,母親の不満も消え, 彼女の Williamへの愛を一層かき立てるの であった.
Morelは, 不注意な上に, 危険に対して無頓着であるから, よく怪我 をした. 彼が, 脚を複合挫骨して,病院に担ぎ込まれた時, Mrs Morel は看病に出かけるが,背後から, herson's heart waiting on her" (p. 108)を感じる.母親が帰宅すると,子供らは父の容態を聞こうと,かた ずを飲んで言葉を待つ.(The children waited in silence.) (p. 109)父 親の怪我を心配する気持が, この waitin silence"に込められている.
ζれは子供達に,父親への愛情があるというよりも,むしろbreadwinner として,父親は大事な人なのだという方が妥当であろう.父親がいない方 が家庭は楽しし父親が間もなく退院するという時には,彼らはつまらな いと思う{立だからである.
Paulが母親と Jordan製作所へ,就職の面接に出向いた帰りに,食堂
So出 GπdLoversにおける WaIt"について 45 に入る彼女が干ぶどうタートを一つ注文した時にも,彼らは待つ.
So the mother and son waited for the girl's pleasure
,
whilst she :flirted among the men. 'Brazen hussy!' said Mrs Morel to Paul. 'Look now, she's taking that man his pudding, and he came long after us.' ... Mrs Morel was angry. But she was too poor,
and her orders were too meagre,
so that she had not the courage to insist on her rights just then. They waited and waited. [Ita1ics except his mineJ (pp. 122‑123)更に母親は, W ehave waited quite 10ng enough," (p. 123)と主張す る.彼女のその冷やかさは,長年の苦闘の生活の結果,身についたもので あると Pau1は知る.母親は,長年待たされているという意識から,被害 者意識が強くなっているのであろう.彼女が貧しい生活を強いられている 事は,黒ぶどうを見ていう次の言葉が充分に語っている.
Now
,
just look at these black grapes!' she said. ' They make your mouth water. I've waI1ted some of those for years, but 1 s'l1 have to wait a bit before 1 get them. [Ita1ics mineJ (p. 123)Mrs More1は, WilliamとPaulが位に出る事によって,彼女が待っ ているものを実現してくれるだろうと期待している Pau1が Jordan製 作所に初出勤の時にも, 待つというイメージがある 二人の男性が出勤 する迄30分間, Hewaited and waited." (p. 128)であり,更に,仕事 の 前 に も Hesat on his stoo1 nervously awaiting the arrival of his 'boss 円.'(p.129)である. この様に, wait"という語の中に,仕事に 従事する Paulの不安と期待が込められているのである.
女工も工場で
i
動いているが, Thereal woman never seemed to be46 Sons aπd Loversにおける "¥Vait"について
there at the task
,
but as if left out,
τ:vaiting." (Italics mineJ (p. 141) と思われる.こζでいう「真実の女性」とは,母親のことであろう.Paul が12時間もの勤務を終えて帰宅すると, His mother sat waiting for him rather anxiously." [Italics mineJ (p. 136)とある様に, 今や母と 子は, 待ちつ待たれつ円の関係にあるLondonに住む Williamは結婚問題に行き詰まる彼は依然として,
母親との腐れ縁につながれていて,彼の行く手には,死の世界が待ってい る.出世の道をめざしながら,皮肉にも,ホワイトカラーの象徴ともいえ るカラーのために,あごの下に出来た傷が原因で丹毒にかかり,肺炎にも かかって死の床につくa 電報を受取った母親は, Londonへ急行するが,
Nottinghamで一時間近くも待たされる.
She had to wait in Nottingham nearly an hour. A small五gure in her black bonnet, she was anxiously asking the porters if they knew how to get to Elmers End. The journey was three hours. She sat in her corner in a kind of stupor, never moving. [Italics mineJ (p. 168)
簡潔な文体で書かれているこの引用文には,待たされていらいらする Mrs Morelが,不安な気持をじっと我慢している様子がよく出ている.看病す るほどの事もなく死んだ Williamをふびんに思う母親の帰りを待つのは,
The boy waited." (p. 171)とある様に, Paulである固 そして棺に入 っている Williamを待つのは, Downthe middle of the cleared room ωaited six chairs, face to face." [Italics mine J (p. 172)とある様に,
もはや肉身ではなく,部屋の中の六脚の椅子なのである。
この様に, 第一部では, Morel家の人々に, wait"というイメージ が濃厚に感じられる. 即ち Morelには, waiton円(給仕する〉が,
母と子には, wait"(待つ〉が主に用いられている. これが第一部に見
So市 andLoversにおける Wait"について 47 られる特質で, 作品に哀調や緊迫感を与えるのに成功している. 更に,
Paulの成長期における家庭やその人間関係を, 如実に, そして具体的に 読者に伝えるという大きな役割を果たしているのである.
3
作品の第二部に入ると, wait円というイメージは,第一部と趣を異にし て, Paulを囲む女性関係の中に感じられる.Wil1ey Farmに住むMiriam は,彼女の母親と同じく,神秘主義的な物の考え方をし,宗教的な女性で ある.徴妙な親密さと,自然のものに対する共通の感情から始まったPaul とlVIiriamの恋愛は, 精神的な色彩が強かった. しかし Paulが生命そ のものになっている母親にとって
r
愛を吸いとって,それで自分を一杯 にしなければ承知しないJ (p. 268) Miriamは,妻子きな女性で、はない.母 親は Miriamに嫉妬して, You only want me to wait on you ‑ the r邑stis for Miriam.円(p.261)と嘆く.それでも愛の最深部は,やはり母 親のものだった. Paulは, Miriamとは友達以上にはなれない. 彼の魂 は母親と共にあったからである.そのため彼は,彼女との交際を断つ決心 をする.絶交を告げられた彼女は,その理由を説明されるのを根気よく待 つより他なかった.She τvaited in silence
,
sadly,
patiently・Itwas no good being impatient with him. At any rate, he would tell her now what ailed him. ... He was so wearying. There was something he would not yield. Yet she must be patient with him. (Italics mineJ
(p. 271)
wait"するには9 patient"でなければならない.彼女の「待つ」気持 は持続する.Paulは WilleyFarmが好きなので, よく出かけたが,披 女とは余り一緒にならない.人生を宗教というかすみの中でとらえ,尼の
48 Sons and Loversにおける Wait"について
様な女性として, 孤独な生活を送る Miriamは, She waited.…She was nearly always alone, walking, pondering in the wood, reading, studying, dreaming, waiting." [Italics mineJ (p. 278)といった様に,
Paulを待つのである.
Miriamは, Paulが生きて行くには,自分が必要であるζとを信じてい る.彼女は,高尚なものに対する欲望と,もっと低劣な性質の欲望が, Paul に併存していて, 前者が後者に勝つと信じている. だから, she could simply trust to theβdure." [Italics mineJ (p. 280)なのである. ここ でいう trustto the future"は, wait"と同じ意味と考えられる.
そういう信念で Miriamは PaulをClaraに会わせる. Claraは夫 の Dawesと別居している30歳の女性である Paulはいつも彼女の美し い身体の線に気をヲ
l
かれていた.彼は彼女と肉体関係に迄入るが,精神は やはり彼女のものにはならない. Miriamは, Claraが彼にとって大きな 魅力であるにせよ,きっと彼は彼女の所へ戻って来るに違いないと信じて,ただ待つばかりである. [""待つ」という事には,それだけの理由と期待が ある.次の引用文がそれに対する説明をしているのである.
. .
still she was certain that the best in him would triumph. His feeling for Mrs Dawes ... was shallow and temporal, compared with his love for herself. He would come back to her, she was sure; with some of his young freshness gone
,
but cured of his desire for the lesser things which other women than herself could give him. She could bear all if he were inwardly true to her and must come back. (p. 337)Miriamは, Paulが comeback円することを wait円する. 従って,
∞me back円は wait円と内容的に関連している.作品に comeback"
という言葉が頻出するのは当然であろう.
Sons and Loversにおける Wait"について 49 Paulは Miriamの祖母の家で Miriamと二人で留守番をしている 時, 肉体関係を結ぶ. それでも二人の仲は好転しない. 1 want us to break off ‑ you be fre巴ofme, 1 free of you." (p. 360)とPaulが 宣 言しても,彼が Claraにあきれば,彼は自分の所へ戻ってくると Miriam は思う.母親が, shedoesn't give up hopes of you y巴t.円(p.366)と いうように, Miriamは彼をただ待つだけである.
'Well, leave her alone,' replied his mother. So he left her, and she was alone. Very few people cared for her
,
and she for very few people. She remained alone with herself,ωaiting. [Italics mineJ
(p. 366)この様に, Miriamは Paulを待つが,母親も彼を待つのである.母親 の生活は, Paulがあってこそ成り立つものであった. 彼がどこへ行って も, 彼女の心は彼と共にあった. 果たぜるかな Hehad come back to his mother. Hers was the stronger tie in his life. When he thought round, Miriam shrank away." (pp. 272‑273)であった strongに比較 級が使われているのは,勿論母親と Miriamを比較してのことである.母 親は, Paulを Miriamに奪われまいとして必死なのである.二人の女性 はお互いに, hewould come back"と信じながら待っている. 母親が Miriamを嫌うのは, Miriamが Paulの心を吸い取って,後に何も残さ ないという母親と同質の女性であるからである.Claraの場合には, Paul の心を吸いとるということはない. それは花の接し方で分る.Miriamは 花に口付けして,花の心を吸い取るが, Claraは,花は摘まないで,自然 のままで見る方が良いという. この様に,母親と Miriamには, 共通性 一‑Paulを待ち, Paulの魂を吸い取り, Paulが戻ってくると信じてい る一一ーがある.
では, Claraには wait円のイメージはないか. いや, あるにはある.
50 So市 andLoversにおける Wait"について
彼女が, 製作所で機械を回している時, Paulは彼女に waiting"の雰 囲気を感じる.
'There is always about you,' he said
,
'a sort of waiting.' Whatever 1 see you doing, you're not really there: you are waiting一一likePenelope when she did her weaving.' [Italics mineJ(p. 325)
布を織っている Penelopeのようだというのは,夫の帰りを待つ貞節な妻 を思わせるが, Claraには, Paulの魂を吸い取ることも, Paulが必ず自 分の所に戻ってくるという自信もない. そんな彼女だから, Paulが彼女 にすべてを与えてくれないことに不満を示す.そして彼女の失に男らしさ を感じて,夫の所へ戻って行く.
Claraの母親 MrsRadfordとPaulとの会話に,蜘妹が出てくる.
A house o'women is as dead as a house wi'no nre, to my thinkin'. I'm not a sPider as likes a corner to myself. 1 like a man about
,
if he's only something to snap at. CItalics mineJ (p. 318)自分の場を守って離れず,餌を待っている蜘妹のイメージこそ,MrsMorel とMiriamに共通したものであるように思われる.Mrs Radfordの言葉 は,特に MrsMorelに当てはめて考えられる.父親の権威が失墜し,崩 壊しかかった家で最後迄死を拒み,生き続けようとする MrsMorelは,
まさに烈風で痛めつけられた巣の中で,自分の場を守る蜘昧である.日本 では「朝の蜘妹は福の神,夜の蜘妹は親と思っても殺せ」といわれている が, Paulは,少年期に慈愛深かりし母親が, 盲目の愛に魔性を秘めてく
る晩年への変化をよく見て,母親を安楽死へと向かわぜたといえよう.
作品の終りに近い第14章に,解放 (TheRelease")という章がある.解
Sons and Loむersにおける Wait"について 51 放とは,母親の血の紳から Paulが自由になることである.解放される前
には待たなければならない.Paulには母親の死が待たれる. 母親の病気 は,心臓の発作が時々起きるということで,以前から予測されているが,
腹部の腫物でやせ表えてしまう 医者の診察を受けに行くが, 待合室に は多数の女の人々が待っている.母親も同様に待つ.二人の医者に往診し てもらっている時, Paulらは心配して待つ (waiting in the parlour anxiously) (p. 456)医者は, we must wait and see円 (p.456) とい
って様子を見る.Mrs Morelはなかなか死なない.死のうとしないつ いに Paulは Arthurと相談して,母親にモルヒネを多量にミルクに入れ て飲ます.二人は口を大きく開け9 荒々しく,苦しそうに息をしている母 親の枕元で待つ.
Annie huddled into th己 dressing‑gown,Paul wrapped himself in a brown blanket. 1t was three o'c1ock. H巴mendedthe五re. Then the two sat waiting. The great, snoring breath was tak白n
‑ held awhile ‑ then given back. There was a space ← a long space. Then they started. ... He bent c10se down and looked at h(;")r. (Italics mineJ (p. 481)
Paulは待つことに耐えられなくなる.(He could not bear it ‑ the wait咽
ing.) (p. 482)死を待つのは悲しいことであるが,笑って母親の安楽死を 決意した二人には,彼女のがんによる死亡後,一種安堵感が得られる.彼 女の死後, Paul ~;J:まるですべてを奪われたかの様に, 復女の死の世界に かり立てられる.しかし彼女の安楽死に見られる様に,母親への反抗心を 培う彼の自我,意志力によって9 彼女の死の世界から,生の世界へと歩も うとする.作品の最後のパラグラフは,それを描写したものである10 母 親の死を待つということが, 結果的に, Paulを生の世界へ歩まぜること になったといえよう.
52 Sons and Loversにおける 1司Tait"について
この様に, 第一部と第二部と共に wait"は作品展開の基調となって いる.第一部では, Mrs Morelを中心に,満たされぬ望みと,歪められ た家庭生活及び人間関係を, wait円という期待と不安の入り交じった心 理状態の中で,うまく表現している.第二部では, Paulを中心として,母 親と Miriamの関係を wait"という状態の中で, うまくとらえている.
作者 Lawrenceは, wait"という語を通して9 作品に哀調を漂わせ,
緊迫感を与えて,作者の苦悩の半生と同時に,母親の恵まれぬ一生を描こ うとしたのである.いいかえれば, wait"の持つ普遍的な意味内容が,
Lawrence独特の個性的表現を通して,含蓄のある,生きたものになり,
作品に一種独特の哀調を与える.この様に, wait月という単一の語の中 に, この作品の特質, ひいては Lawrenceの特質の一端が見られるので ある。
〉王
1 これについては, 拙論
i W
息子と恋人』の悲劇一ーモレル夫人にみられる機械 文明による破壊性の視点より一一J(W ロレンス研究~ No. 3, D. H.ロレンス研 究会, 1975), pp. 31‑49を参照されたい.2 D. H. Lawrence, Sons and Lovers (Penguin Books, 1973), p. 13. 以下,
同テキストからの引用は本文に頁数のみ記す.
3 その他の用例には, waiton" (to minister to the comfort of; to accom‑ pany on on己'sway)がある.
4 Lawrenceの妹Adaも次のように当時のことを述懐している.Ada Lawrene巴
and G. Stuart Gelder, Young Loreπzo (New York, Russll & Russell, 1966), pp. 25‑26. Mother would wait up for him, at night, her rage se邑thing, until on his arrival it boiled over in a torrent of biting truths which turned him from his slightly fuddled and pleasantly apologetic mood into a brutal and coarse beast. With palpitatirtg hearts we waited until he came to bed, knowing that not until then could we safely sleep."
5 Sons and Loむers,p. 128,At eigl:u o'clock he climbeと
r
the dismal stairs of Jordan's Surgical Appliance Factory, and stood helplessly against th己五rst great parcel‑rack, waiting for somebody to pick him up." (ltalics mine.)S開 sand Loversにおける Wait"について 53 6 Ibid., pp. 143‑144, Mrs Morel clung now to Paul. He was quiet and not
brilliant. But still he stuck to his painting, and still he stuck to his mother. Everything he did was for her. She waited for his coming home in the evening, and then she unburdened herself of all sh巴hadpondered, or of all tha t had occurrεd to her during the day...Th巴 two shared lives." (I talics mine)
7 彼が婚約者の MissWesternを連れて帰った時にも, wait"という語は使 われている.(p. 147, p. 149, p. 150)彼女が浅薄で,知性がないために 2人の 仲は余りうまく行っていない.母親は3 彼らは別れるだろうと思川様子を見守
る. Shewaited, and she kept Paul near to her.円 (p.166)
8 Mrs Morelの病気も長年待たされ続けて, いらいらしたことに一因がある と考えられる Barbara Weekly Barrは Lawren伎の母親について, His mother died in her五ftiesof cancer, a dis邑ase Lawrence told me ζusually caused by fret '." Stephen Spender (ed.), D. H Lawreπce (New York, Harper Row, 1973), p. 22.といっている.
9 She did not consεnt to die; she would not." (p. 477) この引用文には,
彼女が満たされずして生を終えなければならない悔しさと,それ故に一層強い生 への執着が感じられる.
10 Ibid., p. 511.尚,The Rainbowの結末に, Ursulaが人間関係の葛藤を超え て,大地にかかった虹の中に,大地の新しい建築3 生ける「真理」の構造の上に 築かれていく世界の姿を見て,大いなる望みを抱くとL、う場面がある Paulも Ursulaも, trust to the future"という点では共通している. それは L且w‑
renc己の作品によく見られる一つのパターンとなっている.