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グ 共 通 ょ? 質 問 答 期 メ カ 員 ゼ 立 化 粧 品 開 発 飛 び 回 ェ ダ 雑 誌 取 材 受 内 ょ 有 名 周 囲 充 実 々 送 達 喜 び 毎 朝 力 振 絞 電 車 乗 向 ダ メ 涙 止 緒 司 同 僚 悪 口 被 害 妄 想 襲 立 信 用 病 院 種 状 態 ぜ 虚

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Academic year: 2021

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   プロローグ   「仕事、楽しい?」   この質問にイエスで答えられるサラリーマンが、いったいどれくらいいるの でしょうか。   日々の仕事はなかなか思いどおりに いかず、折れそうに なる自分との闘いで す。サラリーマンである私たちは、与えられたタスクに添えるよう、ときには 気の進まない仕事にも、エネルギーを注がなけれ ば いけません。   不測のトラブルが起こったり、人間関係のストレスもふりかかってきます。   仕事を楽しむ余裕などなく、ただ目の前のことを必死で片付けている。それ が多くのサラリーマンの姿だと思います。   でも、そんな中でも、仕事の楽しさを感じる瞬間というのはあるはずです。 それは、どんなときでしたか。   好きな仕事ができたとき。苦労の末、プロジェクトが成功したとき。

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  プロローグ   あなたが楽しいと感じたときのことを思い出してみてください。   そこに共通していることは何でしょうか。 「仕事、楽しい?」   この質問に、答えられなかった時期が私に もありました。   私は、あるメーカーの一社員です。   当時は、ゼ ロから立ち上げた化粧品開発の仕事であちこちを飛び回っていま した。プロジェクトリー ダ ーとして雑誌の取材を受けたりもしたので、社内で はちょっとした有名人でした。   周囲からは、充実した日々を送っているように 見えたかもしれません。   でもあるとき、仕事の中で、達成感とか喜びというものをほとんど感じてい ない自分に気づいてしまいました。   毎朝、なんとか気力を振り絞って電車に 乗り、会社に は向かいますが、会社 が見えてくると、もう ダ メでした。涙が止まらなくなるのです。   一緒に仕事をしている上司や同僚が、みんな私の悪口を言っているような被 害妄想にも襲われました。 「なんだ、あいつ ば っかり目立って」 「あいつは信用できない」   病院にこそ行きませんでしたが、今思え ば 、あれは一種のうつ状態だったの かもしれません。成果は出しているのに、なぜか虚しいのです。   会社を辞めたい。   気づくと、その思いで心の中がいっぱいに なっていました。

  本 書 の タ イ ト ル は、 『 枠 か ら は み 出 す 仕 事 術 』 で す が、 そ の 理 由 を ご 説 明 す るために、もう少しだけ昔の私の話をさせてください。   私には「仕事を楽しむ」という発想は、長い間ありませんでした。仕事は苦 しくてあたりまえ。どんなにつらくても、そこに自分のエネルギーのすべてを 使っていました。昇進とか昇給といった形で会社から評価されること、それだ �ロロー�.indd 4-5 11.2.9 1:34:09 PM

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けが私の仕事へのモチベーションだったのです。   私が今の会社に入ったのも、社長が理系だったということが大きな理由の一 つでした。社長が理系だということは、私のような理系出身者が出世しやすい 会社ということ。自分の仕事を理解、評価してくれると思ったのです。   私が入社後、最初に 配属されたのは和歌山の研究所でした。   そこは、とにかく忙しい苛酷な職場でした。   当時はタイムカードなんかなかったので、一日に 何時間会社に いたのかわか りません。もっと成果を出して会社に認められたい。もっと大きな仕事がした い。それだけを考えて仕事に打ち込んでいました。   そして二年あまりが過ぎ、会社から転勤を言い渡されました。転勤先は東京 でした。   そのころ私の妻は、長男の出産を控えていましたが、切迫早産のおそれがあ り、入院していました。ですから、負担をかけないように、辞令が出たのを妻 には内緒にしていました。一人で荷造りをし、子どもが無事に生まれたのを見 届けてすぐに、単身で東京へ旅立ちました。   東京へ行ってみると、同じプロジェクトの人たちは、みんな仕事のできる中 堅クラスの社員 ば かり。入社三年目で、まだ新人気分だった私は、はじめて、 とてつもないプレッシャーを感じました。   与えられたのは、化粧品の開発というまったく未知の分野の仕事でした。周 りの人の使う言葉の意味もわかりませんし、知り合いも一人もいない。   そんな中でも、認められなくては!   成果を出さなくては!   という思いだ けで、また朝から晩までがむし ゃ らに働きつづけました。同僚と飲みに行くこ ともなく、家と職場をひたすら往復。家族の顔もろくに見ない毎日でした。そ の 甲 か 斐 い もあって、私はこのときの仕事で社長賞をもらうことができました。   けれど、一年 経 た たずして、また転勤を言い渡されたのです。今度は和歌山へ 戻れという辞令でした。その理由は、和歌山の研究所で、プロジェクトが非常 に遅れて深刻な状況になっていたからでした。   大変な仕事とわかっているのに 、向かわね ば ならない。それも、軌道に 乗り はじめた仕事は他の人に引き継いで。   さすがに会社にとって、私はいったい何なんだろうと思いはじめました。で

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  プロローグ も、辞令を断るという選択肢はサラリーマンにはありません。

  和歌山の初日の出勤時間は朝四時でした (!) 。それから深夜まで働きました。 和歌山だろうが東京だろうが、行くべき場所は職場だけ。   これがサラリーマンだと思い込み、自分がいなけれ ば 会社が回らないという 自負だけを励みに仕事に打ち込みました。   その甲斐あってか、遅延していたプロジェクトはスケジュール通りに うまく いき、最終的な商品もきちんとできあがりました。ところが、また二年余りで 転勤を言い渡されたのです。今度は、東京へ戻れという辞令。   前回の赴任時にプロジェクトを成功させることができたこともあり、また東 京で働けるのを私は心のどこかで楽しみにしていました。ところが、かつての 同僚は私が戻ったのをみても無反応でした。それどころか、目をそらす人まで いたほど……(苦笑) 。   そこではじめて私は、同僚やプロジェクトのメンバーと、いい人間関係を築 くことができていないということに気づかされました。とてもショックでした が、どうしたらいいのか、何がいけなかったのかまったくわからなかった。   私は、成果を出すことだけが何よりも大事だと信じていました。能力さえあ れ ば 、仕事はうまくいく。成果が出ないのは、スキルや能力が足りないからだ。 相も変わらずそうやって自分を追い込み、資格の勉強をしたりもしました。   当時の私に、周りを気づかう余裕なんてありませんでした。   チームワークは二の次、三の次。人の顔色をうかがいながら働くなんて ば か ば かしい。そんなふうにも考えていました。   思え ば 、私は小さいころから、楽しむことが苦手な人間でした。   みんなと一緒に何かをやって熱くなるとか、感動するということがほとんど なかったのです。冷静に自分を観察している自分が心のどこかにいて、 嬉 う れ しい とか悔しいとか、自然な気持ちを外に出すことができませんでした。   それを端的に表しているのが学生時代の部活動。私は、小学校で所属してい たバスケット部にはじまり、中学校の卓球部、高校の野球部、すべて途中で辞 �ロロー�.indd 8-9 11.2.9 1:34:10 PM

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めてしまいました。熱くなっている同級生になじめず、居心地が悪かったので しょう。   大人になっても、私の心の奥底に はいつも、何事に も熱くなれない自分への コンプレックスがありました。ろくに相談もせず、なか ば 強引に仕事を進める スタイルは、それを隠すためだったのかもしれません。さらに、元来のプライ ドの高さが手伝って、自分は間違っていないと思いつづけていました。   けれど、私の態度は、とうとう最悪の状況を招きました。新規プロジェクト のフィナーレを飾るはずだったヨーロッパの出張へ、私だけ行かなくていいと 上司から言われたのです。   社内のどこかから、私の仕事の進め方へのクレームが出ていたことが原因で した。それで上司は、最後の最後で私をプロジェクトから外したのです。   そこから先は、冒頭に あるとおりです。   泣きながら会社に 行き、目の前の仕事をこなしました。

  動け ば 動くほど、敵が増え、仕事が楽しくなくなる。私は、どこかでボタン を掛け違えてしまったようでした。   他の会社でもこんなに うまくいかないものなんだろうか。そんな思いから私 は、外の世界に興味を持ちはじめました。正直に言うと、転職活動です。   そして、二社の採用試験を受けましたが見事に 失敗しました。   会社の中では、自力で仕事をやりとげたという自信がありましたが、外の世 界ではそれが通用しない。エントリーシートさえ通らず、ろくに話も聞いても らえませんでした。会社がなけれ ば 、自分は何もできない。   自分がうぬぼれていたことに 気づくに は、十分すぎる体験でした。   会社の中のことしか知らない自分。このままでは、会社に 人生を決められて しまう。それに気づいた途端、 今までこだわっていた、 いわゆる「出世コース」 にも、不思議と興味を失ってしまいました。

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12 1 プロローグ   シフトチェンジの時期は誰に でもあるものです。よりよい人生を選択した結 果、会社を辞めるのが正解という場合もあるでしょう。   でも、たとえ環境を変えても、自分の考え方が変わらなけれ ば 、同じ問題に ぶつかります。逆に、自分さえ変われ ば 、環境を変えなくても解決する問題も あるのです。私の場合は、会社が悪いのではなく、出世のためといいながら会 社に依存し、本当にやりたいことをあきらめていた自分に問題がありました。   さらに考えを掘り下げてみると、根本的に は今の仕事が好きだからやってこ られたということにも気づきました。自分がつくった製品が世の中に貢献して いることに、私は喜びを感じていたからです。   それなのに当時の私は、何かうまくいかないことがあると、景気が悪いから いけないんじ ゃ ないか。いまの部署が悪いんじ ゃ ないか。動いてくれない相手 が悪いんじ ゃ ないかと、周りのせいにば かりしていました。   一生不満を言いつづけて人生を終えるつもりか?     仕事を楽しいと言える自分に なりたい。   会社の外に目を向けたおかげで、自分が「楽しい」と思って仕事に 取り組ま ないかぎり、いつまで経っても楽しい仕事なんてやってこないということに気 づかされたのです。   前置きが長くなりましたが、こうして私は、サラリーマンとして働きながら も、自分の好きな仕事をやっていく方法を少しずつ編み出していきました。そ れが本書でご紹介する「枠からはみ出す仕事術」なのです。 「枠からはみ出す」というのは、奇抜なことをするということでは決してあり ません。絵を描くためにキャンバスがいるように、枠にはめることも必要です。   会社のルールや制約という枠があるからこそ、その中で価値や工夫が生まれ る。会社という枠を上手に使い、自分の仕事の幅を広げていく方法があります。 工夫を楽しみながら成果をあげるのです。   そうしたテクニックを、本書では「 26のスイッチ」にまとめました。   ときには気の進まないこともこなさなけれ ば いけないサラリーマン人生の中 で、モチベーションを落とさないよう、また働くことの本当の楽しさを味わえ るよう、私が身につけてきたサバイバル術です。 �ロロー�.indd 12-13 11.2.9 1:34:10 PM

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  あれほどこだわっていた「出世」という枠からはみ出すと、かつてのように 人とぶつかることも少なくなっていきました。そもそも、枠の外にいる人は少 ないのでぶつかりようがないのです。   会社の外では、本を書いたり、講演をさせていただいたりいろいろな仕事が できるようになり、会社では、社外の人脈を活かして新しいことに挑戦するチ ャンスをもらえるようになりました。   上手に枠をはみ出していると、会社からも信用されるものです。   人のモチベーションが最も高いのは、自分が成長していることを実感すると きだと言われています。学生時代には部活動一つ続けられなかった私が、サラ リーマンを一〇年以上も続けることができているのは、仕事を通じて成長しつ づけてきたから。   今 は、 仕 事 の 中 で 熱 く な っ た り、 感 動 し て 泣 く こ と も あ り ま す。 「 仕 事 を 楽 しむ」という一番苦手だったことも、克服できたのです。   働くことを通して、人は、それまでの人生で手に 入れられなかったものを手 に入れ、出会えなかった人に出会い、知らなかった自分の可能性を発見する。   サラリーマンは、スポーツ選手やフリーランスで格好よく働く人に 比べ、退 屈な仕事の代名詞のように言われますが、本当は、工夫次第で、最高に豊かで 楽しい職業になると私は思っています。   会社というものは、ときに 重荷に も足かせに もなりますが、会社があるから こそ自分の手が届く範囲より、はるかに広い世界とつながることができる。そ れがサラリーマンの 醍 だ い 醐 ご 味 み です。 「 美 崎 栄 一 郎 」 と い う 人 間 は、 「 自 分 が 作 っ た 商 品 」 を 通 し て、 お そ ら く 一 億 人くらいの生活に貢献することができました。それは、サラリーマンとして働 く「会社」という存在があったからです。   あなたにも、サラリーマンを楽しんでほしい。 「あれもこれもやりたくない」 と心を腐らせてしまわないかぎり、道は必ず開けます。   本書は、会社や仕事から逃げたいと思っていた過去の自分に 声をかけるなら、

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1 どんなことを言うだろうか、そういう思いで書き進めました。   仕事は、結局、自分との戦いです。前に 進めなくなったとき、負けそうに な ったときは、自分で意識を切り替えなけれ ば いけません。   悩んだり、苦しんだりする時間は成長するために 絶対に 必要なものですが、 それはできるだけ短いほうがいい。   これが私の考えです。   ずっと悩んで苦しむのではなく、できるかぎり楽観的に 。   やりたいことに向かって、今いる枠から少しはみ出す。   そうすれ ば 、仕事は必ず楽しくなります。   読者の皆さんには、仕事が楽しめなくなったときの起爆剤に 、ぜひ本書に 書 かれたいくつかのスイッチを活用して、私よりもっと早く、仕事が楽しいと思 える人になってほしい。   そして、自分の本当の価値を発揮できる「枠からはみ出す」仕事をしてほし いと思っています。 �ロロー�.indd 16 11.2.9 1:34:11 PM

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術    目 

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  サラリーマンの成功は出世だけ? ・・ ・・ ・・  25 誰のための仕事なんだろう ・・ ・・ ・・  25 「自分」という枠がいち ば んやっかい ・・ ・・ ・・  25 枠を越えたところに楽しさがある ・・ ・・ ・・  25

 

・・ ・・ ・・  25   や め て も い い こ と を 続 け る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   目 の 前 の 仕 事 を 「 や り た い こ と 」 に 変 え る ・・ ・・ ・・  25   ル ー ル や 制 約 が あ る か ら 工 夫 が 生 ま れ る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25 目次.indd 18-19 11.2.9 1:34:56 PM

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  デ ス ク 周 り を 変 え る だ け で も 、 気 分 は 変 わ る ・・ ・・ ・・  25   来 年 も 同 じ こ と で 悩 ん で い る か 想 像 し て み る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   サ ラ リ ー マ ン の 「 二 ・ 八 の 論 理 」 は 流 動 的 ・・ ・・ ・・  25   成 果 の バ ト ン が 回 っ て く る の を 楽 し み に 待 つ ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   は じ め て の ス テ ー ジ で 学 ん だ こ と ・・ ・・ ・・  25   「 楽 し い か ど う か 」 を つ ね に 自 問 す る ・・ ・・ ・・  25

 

、「 ・・ ・・ ・・  25   音 楽 で 「 は ず み 」 を つ け る ・・ ・・ ・・  25   苦 手 な こ と の 前 に 「 ニ ン ジ ン 」 を ぶ ら さ げ て お く ・・ ・・ ・・  25 使 ・・ ・・ ・・  25   み ん な が 使 う も の と 自 分 が 欲 し い も の は 違 う ・・ ・・ ・・  25   自 分 の ノ ー ト で 仕 事 の オ ン と オ フ を な く す ・・ ・・ ・・  25   サ ラ リ ー マ ン だ っ て プ ロ ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   で き る だ け 「 考 え な い 」 で や る ・・ ・・ ・・  25   早 く 終 わ っ た ら 、 自 分 の た め に 時 間 を 使 う ・・ ・・ ・・  25   趣 味 と 仕 事 の ボ ー ダ ー ラ イ ン に あ る こ と を 探 す ・・ ・・ ・・  25   ・・ ・・ ・・  25   憧 れ の 人 の コ ピ ー に な る ・・ ・・ ・・  25   ビ ジ ネ ス 書 は 、「 ○ ○ モ デ ル 」 の ツ ー ル ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   苦 手 な 人 は ど こ へ 行 っ て も つ い て く る ・・ ・・ ・・  25   感 情 で は な く 、「 ノ ウ ハ ウ 」 と と ら え る ・・ ・・ ・・  25

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  真 似 を す る 人 は 、 か わ い が ら れ る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   す ぐ に 噛 み つ く 犬 は 嫌 わ れ る ・・ ・・ ・・  25   移 籍 し た ス ポ ー ツ 選 手 に 学 ぶ ・・ ・・ ・・  25

 

・・ ・・ ・・  25   「 な ぜ ? 」 が あ る と 、 簡 単 に は 落 ち 込 ま な い ・・ ・・ ・・  25   自 分 の 思 い ど お り に な ら な い こ と に ヒ ン ト が あ る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   頭 か ら 追 い 出 す た め に 記 録 す る ・・ ・・ ・・  25   新 た な 視 点 で 「 閲 覧 」 す る ・・ ・・ ・・  25   「 寄 り 道 」 を 楽 し む ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   会 議 は 、 未 来 予 測 の 練 習 場 ・・ ・・ ・・  25   「 天 気 予 報 」 が あ た ら な い わ け ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   次 か ら 次 に 乗 り 換 え る ・・ ・・ ・・  25   最 小 単 位 ま で 分 解 す る と 、 次 の 一 手 が 見 え て く る ・・ ・・ ・・  25   や り た い 仕 事 に 橋 を か け る 「 社 内 営 業 」 の 方 法 ・・ ・・ ・・  25

 

・・ ・・ ・・  25   ゴ ー ル は 本 当 に 一 つ ? ・・ ・・ ・・  25 目次.indd 22-23 11.2.9 1:34:58 PM

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  顔 を 見 て 仕 事 を す る ・・ ・・ ・・  25 、「 ・・ ・・ ・・  25   研 究 員 を 救 っ た 「 ア ン ネ の 日 記 」 ・・ ・・ ・・  25   社 内 メ ー ル で 情 報 ツ ウ に ・・ ・・ ・・  25   情 報 不 足 は モ チ ベ ー シ ョ ン 低 下 の 原 因 ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   こ こ ぞ と い う と き に モ チ ベ ー シ ョ ン を 上 げ る 方 法 ・・ ・・ ・・  25   現 物 の パ ワ ー は あ な ど れ な い ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   自 己 流 の 努 力 を や め る ・・ ・・ ・・  25   応 援 し て く れ る 人 を 自 分 で つ く る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   評 価 し て く れ る 人 は 、 会 社 の 外 で 探 す ・・ ・・ ・・  25   メ ン タ ー は 多 い ほ う が い い ・・ ・・ ・・  25   先 を 歩 く 人 に 「 恩 返 し 」 は で き な い ・・ ・・ ・・  25

5章

 

・・ ・・ ・・  25   サ ラ リ ー マ ン の 弱 点 と は ? ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   具 体 的 な ア ク シ ョ ン プ ラ ン の な い も の は 「 目 標 」 で は な い ・・ ・・ ・・  25   「 運 」 と 「 実 力 」 の 境 界 線 を 知 っ て お く ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   「 新 し い こ と 」 を 軌 道 に 乗 せ る に は ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   仕 事 を 通 し て 友 達 を つ く る ・・ ・・ ・・  25   一 緒 に 成 長 で き る 「 横 の つ な が り 」 が ま ず は 大 事 ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25   苦 労 話 が 「 ネ タ 」 に な る ・・ ・・ ・・  25

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宿 ・・ ・・ ・・  25   無 理 に で も 余 裕 を 見 せ る ・・ ・・ ・・  25   進 ん で 「 イ エ ス マ ン 」 に な る ・・ ・・ ・・  25 ・・ ・・ ・・  25 目次.indd 26 11.2.9 1:34:58 PM

(15)

章 

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29 1章 まずは、流れから外れてみる

やってもやらなくても

いいこ

に時間をかける

  仕事へのモチベーションを上げるため、つまり仕事を楽しむために 私がやっ ていることを一言で言うと、 「自分で決めたことをやる」 ということに尽きます。   人は、与えられた仕事 ば かりをやりつづけていると、エネルギーを消耗し、 疲れてしまう。でも逆に自分で決めたことなら ば 、たとえ困難がともなっても、 そこから達成感だったり、喜びだったり、エネルギーのもとになるものを受け 取ることができるのです。   けれど、サラリーマンに は、自分で決められることなんてほとんどないと思 われるかもしれません。   だからこそ、どんなに つまらないことでもいいので、自分で決められること に力を注ぐ。   とくに新人のころは、仕事への決定権などなく、優先順位の低い、雑用のよ 1章.indd 28-29 11.2.9 1:35:44 PM

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うな仕事しかまかせてもらえないかもしれません。 「なんでオレがこんなことしなけれ ば ならないんだ」 「こんなのオレじ ゃ なくてもできるだろう」   けれど、この「雑用」こそが、 「自分で決められること」の宝庫なのです。   あるとき私は、スタッフのお弁当を買いに 行く仕事が日課に なりました。   自分よりずっと年下のメイクさんたちのお弁当でした。誰でもできる仕事で す。悪い言い方をすれ ば 「使いっぱしり」 。   でも、だからこそ、こだわりました。   私は彼女たちの好みを徹底的に 調べて、一人ずつ違うお弁当を買いに 行きま した。その日だけでなく、毎日。昨日のご飯の進み方を見て、翌日のお弁当を 工夫する。   なぜそんなことをしたのかというと、ただ単に 楽しかったからです。   人の好みを徹底的に 分析し、それに 合うお弁当を買っていくのを、私は、ゲ ー ム の よ う に 楽 し ん で い ま し た。 「 お い し い 」 と か「 美 崎 さ ん の 買 っ て き て く れるお弁当がいち ば ん」という褒め言葉は、そのゲームの景品です。   なかには、 「どうしてそんな雑用を美崎さんがするんですか?」 「嫌じ ゃ ない んですか」と気をつかってくれる人もいました。   けれど、雑用だからこそ、自分で自由に やり方を決められる。   よっぽどとんでもないことをしないかぎり、上司が命令したり、いちいちチ ェックしたりすることはありません。   どんな仕事でも、自分に 決定権がある仕事は、楽しめる要素が満載なのです。   だから私はあえて、そういう優先順位の低い仕事に 進んで手間も時間もかけ るのです。 やめてもいいことを続ける     一見、無駄なこと、やってもやらなくてもいいことに 手間をかけるメリット は、他にもあります。   それは、優先順位に 従っていたら見落としてしまっていたことを拾えるとい うこと。

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32 33 1章 まずは、流れから外れてみる   たとえ ば 私は、 「築地朝食会」というものを主催してきました。   朝の七時から一時間、築地のお寿司屋さんでビジネス書の著者の話を聞かせ ていただくのです。   この朝食会をはじめたきっかけは、本の出し方を教えてもらいたいというこ とでした。   けれど、それでわざわざ築地に 行かなくても、都内のどこか便利な場所で実 施すれ ば いいという話です。それも早朝から行かなくてもいいはずです。   本当に仕事が忙しいときは、早朝に 築地に 通うのが正直あほらしいと思うこ ともありました。主催者なのに寝坊し、遅刻してしまったこともありました。 「 朝 の 時 間 を 効 率 的 に 使 う 」 と い う 朝 食 会 の 根 本 的 な 目 的 か ら も 外 れ て い る か もしれません。   それでも楽しかったし、参加してくれる人も楽しんでくれていたので築地朝 食会は、続けてきました。   この朝食会の前に は、 「山の手の会」というのも主催していました。   山手線の各駅で勉強会を開催し、二九回かけて一周。山手線の全二九駅で勉 強会を開いたのはたぶん私だけです。   べつに鉄道の勉強をするための会ではありません。異業種の社会人が集まっ て仕事について話す勉強会でした。ですから、山手線を全駅制覇するというの はただの思いつきです (苦笑) 。毎回違う会場を探すのは無駄に大変でした……。 「山手線回る勉強会って、何なの?」 「どうして朝から寿司なんですか?」   と、人の興味を 惹 ひ くコンセプトがつきますが、中身はふつうの勉強会です。   私には、おもしろいと思ったら、 傍 は た 目 め にどうでもいいと思われるようなこと でも、力を使ってしまうクセがあるようです。   けれど、それが、いいサイクルを生んできたのではないかと思います。   た と え ば 、 最 近 に な っ て、 「 築 地 朝 食 会 」 は、 テ レ ビ を は じ め と す る メ デ ィ アの取材を次々と受けるようになりました。   勉強会や朝食会のおもしろさというより、取材する人たちが、それを理由に おいしいお寿司が食べられるということで、喜んで来てくれているのが大きい のではないかと私は思っています(笑) 。 1章.indd 32-33 11.2.9 1:35:45 PM

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  やはり楽しいことがみんな好きなのです。   メディアが来ると、そこで宣伝ができるので、今まで遠慮して声をかけられ なかったような有名なゲストも、喜んで来てくれるようになりました。   優先順位から思いっきり外れている「やめてもいい」こと。   けれど、それをやっているときに 楽しいと感じているなら絶対に 続けるべき です。   そうするとモチベーションも上がり、今まで気づかなかったおもしろいもの が見えてくることがあるのです。

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36 37 1章 まずは、流れから外れてみる

仕事に一手間かけるのがプロ

  子 ど も の こ ろ、 大 人 か ら よ く 聞 か れ た の は、 「 将 来 は 何 に な り た い?」 と い うことでした。   つまり、このころは、仕事に 就くことが、自分の夢と同義語だったわけです。   大人になったら好きなことができる。   子どものころは、誰もがそう思っていたのではないでしょうか。   それなのに、日々の仕事の厳しさに 触れるうちに 、頭の中でつらいことだけ が大きくなり、 次第に 「こんなことするためにこの会社に入ったんじ ゃ ないよ」 と思ってしまうのです。 「じ ゃ あ、自分は何をするために、この会社に入り、これまで頑張ってきたん だろう」と、 問い返してみると、 やっぱり、 「自分のしたいことをするため」と、 答えは返ってきます。   仕事も本当は、自分がやりたかったことのはずなのです。   大人になったら、やりたいことができるように なると子どものころは思って いたのに、大人になってやっていることは、お菓子や漫画本の「大人買い」く らいになっていませんか。   私は、よく冗談でこんなことを講演でお話ししたりしますが、本当は、大人 になったからこそ、自分のやりたかったことができるようになっているはずな のです。 目の前の仕事を「やりたいこと」に変える   仕事と趣味を別々に して「オンの仕事はお金のためと割り切り、いち ば んの 楽 し み は オ フ の 趣 味 の 釣 り( 音 楽、 映 画 鑑 賞 等 々) で す 」。 そ う い う 人 も 大 勢 います。 「オンとオフと分けています」と言われると、非常に「きっぱり」とした印象 を持たれるかもしれません。 1章.indd 36-37 11.2.9 1:35:46 PM

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  けれど、仕事をしながら、自分のやりたいことをする時間があるというのは 幻想だと私は思っています。   と、 ら、 んと照準を合わせて生きるべきです。   その方法は、必ずしも、転職をするとか異動をするということだけではあり ません。今目の前にある仕事に工夫を重ね、自分のやりたいことに近づけてい く方法もあるのです。   職場へ行け ば 自分のデスクがある。パソコンがある。一日のタスクがある。 決まった給料がもらえる。   こんなに多くのものを与えられ、安心な職業は他に ないかもしれません。   それでつい忘れがちに なってしまうことがあります。   それは、私たちサラリーマンだって、仕事のプロだということ。   仕事が楽しくないのは、工夫することを忘れてしまっているからです。   料理のプロが、限られた食材に いろいろな工夫をして、新しい料理を生み出 すのと同じように、私たちも目の前の仕事に一手間かけてこそ、プロなのです。 ルールや制約があるから工夫が生まれる   社会人になる前に 、アルバイトで仕事を体験する人は多いと思いますが、私 にとってはじめて目の前に立ち現れた「仕事」も、大学時代に経験したイベン トスタッフのアルバイトでした。   それまでは、ぼんやりしていようと、家があり、そこに いれ ば 、毎日は事も なく、本当に何もなく過ぎていきました。   しかし、アルバイトとはいえ、はじめてお金をもらう仕事。ぼんやりしてい て は、 バ イ ト 代 を も ら え ま せ ん。 そ れ ど こ ろ か、 「 お 前、 も う 明 日 か ら 来 な く ていい」と言われるだけです。   嫌な上司もいたし、夜勤の肉体労働もありました。決してラクなアルバイト ではありませんでしたが、充実感はありました。   時給八〇〇円という制約の中で、仕事が少しでもラクに なるように 、早く終 わるように、いろいろな工夫をしたからです。

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40 41 1章 まずは、流れから外れてみる   怖い現場監督のおじさんに は、缶コーヒーを自腹で買っていって一緒に 休憩 する。それだけでも、その日一日の私への風当たりは柔らかくなりました。   アイデア一つで仕事がスムーズに 進んだり、人の気持ちが動いたりするのが 楽しかった。バイト代から缶コーヒーを買うための数百円を工夫しただけです。   そのアルバイトの仕事は、私の夢でも、人生の目的でもありませんでした。 むろん、その仕事のために勉強してきたわけでもありません。   それでも、人から何かを与えられて過ごす日々より、しんどいこと、足りな いこともあるけれど、それをどう工夫すれ ば いいのかを考え、実行することが 楽しかった。   そうやって仕事が楽しいと思っているうちに 、アルバイトながら、私は、数 か月後には出世していました。ある現場では私が現場監督になって周りを率い て仕事をしたりもしました。   これが仕事の本質なのではないかと私は思うのです。   確かに、サラリーマンに はアルバイト以上に つらいことがあります。   家族がいれ ば 、なおさらそこから逃げて好きなことだけをやっていていいわ けではありません。   けれど、それはサラリーマンに かぎらず、プロとしてお金をもらっている以 上は当たり前のことなのです。   そういう仕事にこそ、もっといい方法はないか、まだやれることはないかと いう視点で取り組んだ瞬間、楽しくなってくるのです。 1章.indd 40-41 11.2.9 1:35:46 PM

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自分で変えられるこ

を探す

  やりたいことができない。上司が嫌なやつだ。自分の仕事が評価されない。 給料が安い、などなど……。サラリーマンに悩みはつきものです。   けれど、ここにどうしようもない事実があります。会社というところは、人 事にしろ、予算にしろ、一般の社員に決定できることなんて、微々たるものだ ということ。   つまり、そもそも予測不可能なことが起こる場所なのです。自分に とって不 都合なことが起こる可能性も大いにある。   もし、すべてを自分の思いどおりに したいなら、会社のトップに なるより他 に方法はありません。けれど、トップには一人しか立てない。   トップへの順番待ちをしている間に 、定年を迎えてしまうのがオチです。   仕事が楽しくない、思いどおりに ならない今の環境を嘆くより、自分で変え

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44 45 1章 まずは、流れから外れてみる られる、決定できることに目を向けるほうが、ずっと生産的に楽しく日々を過 ごすことができると私は思います。   そ れ は ど ん な 些 さ 細 さ い な こ と だ っ て か ま わ な い の で す。 ることを変えてみてください。 デスク周りを変えるだけでも、気分は変わる   パソコンの位置を変える。使っているノートを変える。ケータイを変える… …。それだけでずいぶん違う視点が持てるはずです。   私は、自分の席のパソコンや書類立てなどのレイアウトを変えることがけっ こうあります。普段と違う向きや姿勢になることだけで意識は変わるものです。   職場を変える、仕事を変えるようなことは簡単に はできません。しかし、机 の上のレイアウトを変えることは誰でもできるはずです。   身の回りを変えるということは、一時間もあれ ば できる簡単なこと。   しかし、それで凝り固まった自分の視点が変わってくるのです。   煮詰まったときほど視点を変えることが大切だということを私に 教えてくれ る一枚の写真があります。   それは、サッカーの中田英寿選手が、引退前、最後の試合終了後に グラウン ドに倒れている写真です。   数年前のあるスポーツ雑誌の表紙ですが、これを見るたびに 私は、とりあえ ず自分にできることを探そうという気持ちになります。   中田選手は、サッカーを心から愛していました。グラウンドに 倒れ込んで涙 を流すほどに。それでも彼は、サッカーから離れるという行動に 出た。   それは、よりサッカーを深く知るため、自分の目指す方向を明確に するため だったのではないかと私は思います。   大切にしているものだからこそ、いったん離れる。   中田選手はその後、世界を放浪するという行動に 出ましたが、今は再び、選 手とは違った形でサッカーに貢献しています。   この中田選手の写真を見るたびに 、私はここまで仕事をやりきったのだろう か、ここまで仕事を愛しているんだろうかと自問します。 1章.indd 44-45 11.2.9 1:35:48 PM

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  表紙を見るだけなのですが、それで心のスイッチが入るのです。 来年も同じことで悩んでいるか想像してみる   人は、何か嫌なことがあると、それが一生続くような妄想に とらわれます。 本当に一生続くなら、きっと誰も耐えられないでしょう。   でも、一年以上同じことで悩みつづけたという人を、私は見たことがありま せん。解決できそうもない問題も、社内を一周してデスクに戻ってみたら、ヒ ントが浮かぶ。そんなものです。   嫌なことがあるとそれが続くと思ってしまう。でも、実際に は、それはまだ 起こっていないこと。起こるかどうかもわからないことに対してストレスを感 じている自分に気づいたのです。   嫌なことは、起こってから悩め ば いい。   わざわざ、今、このときに 、まだ起こりもしていない嫌なことを想像するの に時間を使って、胃を悪くすることはないのです。   未来のことは誰に もわからない。   は、 く、 す。 世の中は、楽しい方向へ進んでいるのだと信じているのです。   景気が悪くなっても、どこかで好転します。   ケンカもいつかは解決するはず。   それを信じて、自分だけで変えられないことは、いったん頭から追い出す。 全然違うことを思い切ってやってみる。それは、デスクの掃除でもいい。小さ なことでも、変えられることを変えてみる。   そうやって前向きに 取り組んでいるうちに 、意外なところから、問題の解決 方法が見つかることは多いのです。

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48 49 1章 まずは、流れから外れてみる

最初は誰でも

「給料どろぼう」

  ビジネスの世界では、あるものやサービスを発見、発明しても、二~三年は 潜伏していると言われています。新しいものの価値が一般に広がるには、少し 時間がかかるのです。   起業した会社の多くは、三年は利益が上がらない。   起業したものの、その多くがつぶれていく理由は、その最初の数年を持ちこ たえることができないからだと言われています。そして、持ちこたえることが できないのは、資金面というより心理的な面が大きいようです。   サラリーマンにも、似たようなことが起こります。   社会に出てからの三年は、その人の将来を決める非常に 大切な時期です。   中途入社は別ですが、新卒の場合、普通、最初の何年間かは、自分の仕事が どんなものなのかわからなくて当然です。会社という未知の暗闇の中で、手探 1章.indd 48-49 11.2.9 1:35:49 PM

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りで自分を探している時期なのではないでしょうか。   この会社で、自分がどのくらいのものなのか。   何ができるのか。あるいはできないのか……。   営業職を例に挙げれ ば 、成績が数字として表れるのでわかりやすいかもしれ ません。明らかにプラスの数字なら問題はないのですが、一年たっても契約が 取れない場合、つらくなるのは無理もないことだと思います。   し、 が、 に思います。 サラリーマンの「二・八の論理」は流動的 「二・八の論理」というビジネス用語があります。   上位二割の顧客が、全体の八割の売り上げをつくるというものです。この理 論は、職場にも当てはまります。   二割のサラリーマンが、利益の八割を稼ぎ出しているということです。   しかし、この「二割」は流動的なもの。つねに 同じ人たちとはかぎらないの です。そうでないと、会社としてのバランスが悪すぎます。   利益を出さない八割の社員。そこも含めて成り立っているのが会社なのです。   私自身は、最初の一年目の仕事では、ほとんど成果は出していません。二年 目につくった製品は、世の中に出ていきませんでした。この時点の私は、まさ に「給料どろぼう」なわけです。   同期では、もう活躍する人も出ていました。会社に 貢献するような仕事をす る人の話も、やはり聞こえてくるわけです。その中で、自分はまだ結果の出な い「給料どろぼう」でした。   優秀でプライドの高い人は、その状態に 我慢ができなくなるかもしれません。   弱 気 な 人 は、 「 せ め て 給 料 分 く ら い は 何 か し な く て は 」 と、 他 の 人 の 仕 事 を 手伝ったり、雑用に手を出したりするかもしれません。   しかし、会社は、雑用のために 社員を雇っているわけではありません。手伝 った人に感謝されることはあっても、給料にカウントされているわけではない のです。

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52 53 1章 まずは、流れから外れてみる   私のケースに戻ると、三年目の仕事でようやく完成形が見えるところまでこ ぎ着けました。   ところが、その製品が世の中に 出ていくところを見る前に 、私は担当を外さ れ、別の仕事に携わることになりました。その担当を外される瞬間はかなりシ ョックです。   でも今となるとわかります。そのタイミングでうまく仕事ができる人に バト ンを渡していくのが会社の仕事というものです。   そして、後日談ですが、その製品が世の中に 出るまでに さらに 担当者が代わ り、利益が立つまでに、さらに一年以上のタイムラグがありました。   会社から見れ ば 、数字さえ上がれ ば 、成果はいつ、誰が出してもいい。   会社とは、そういう流動的なところなのです。 成果のバトンが回ってくるのを楽しみに待つ 「石の上にも三年」とは非常に古いことわざですが、それを現代に適用するな ら、二年目から何かが動き出し、三年目くらいからようやく軌道に乗りはじめ ると思っていてもいいのではないでしょうか。   利益を上げる二割の人に すぐに なれる人もいれ ば 、そうでない人もいる。   だとしたら、いつか順番が巡ってくるときに そなえて、残りの八割のところ にいれ ば いいとしておきましょう。満員電車に乗り、ただきちんと会社に通っ ている、それだけでも社員として合格。   そして失敗やミスが続いているなら ば 、これは投資だと思う。投資が大きい ほど、リターンも大きくなる可能性があると考える。   ら、 じる。   その時期に失敗を重ね、検証することでしか成果は生み出せないと思います。   練習もしないうちに 成功するのは、単に ラッキーだったということです。も ちろんアンラッキーより、ラッキーのほうがいいに決まっていますが、運を当 てに仕事を続けるとしたら、それはもう 賭 か けになってしまいます。最初に大き な成果を上げた人が、その後沈んでしまうことが多いのは、そのせいかもしれ 1章.indd 52-53 11.2.9 1:35:49 PM

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ません。   どんな優秀なプロも、練習を、いうなら ば 失敗の回数を重ねることでしか、 成功の確率を上げることはできないのです。 「給料どろぼう」だと自分が感じる会社にいることができる人は、むしろ恵ま れている。その環境を十分に生かすことを考えたほうが、自分にも会社にも有 益だと、私は思います。   そして、この論理のいいところは、他の人の成功を喜べることです。成功し た人がいるからこそ、自分は「修行」できると思えるからです。

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56 57 1章 まずは、流れから外れてみる

感動のラストシーンのために仕事をする

  会社での商品開発、執筆活動、勉強会や講演会での講師、どんな仕事をする ときでも、私には、中心に置いている考え方があります。   それは、仕事の中で、感動するラストシーンをつくるということ。   プロローグでも述べましたが、学生時代の私は、周囲と波長を合わせること が苦手で、みんなで何かをやり遂げて楽しかったという思い出があまりありま せん。   そんな私にも、楽しかった思い出として、強烈に 心に 残っていることがあり ます。それは、高校の体育祭での一コマ。   私の通っていた高校では、体育祭での応援団が一つの伝統に なっていて、上 級生とチームになって、生徒たちは必死で練習をし、当日に臨みます。   その練習の厳しさは半端なものではありません。上級生の指示どおりに 振り 付けができないと、コテンパンにしごかれます。   そういった体育会系のノリが苦手な私は、その練習が苦痛でたまらず、体育 祭なんか早く終わってくれと思っていました。 はじめてのステージで学んだこと   ところが、体育祭が終わった後の上級生の打ち上げに 、私だけ呼んでもらえ たのです。特別扱いが 嬉 う れ しくて、意気揚々と出かけましたが、それが間違いの 元。 「何か芸をしろ!」と突然、上級生に言われて、私はステージに上がることに なってしまいました。   尻 込 み す る 私 に 先 輩 は、 「 桑 田 佳 祐 の モ ノ マ ネ だ っ た ら 誰 で も で き る か ら 」 とむち ゃ くち ゃ なことを言います。   それで私は、まったく似ていない桑田佳祐のモノマネを披露し、みんなの笑 いものになりました。 1章.indd 56-57 11.2.9 1:35:51 PM

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  けれど、そのときに 、なんとなくすがすがしい気持ちがしたのです。   その場にいたメンバーの間に は、数か月間、一緒に 練習に 取り組んだことか ら生まれる仲間意識がありました。   だから笑われても、私は恥ずかしいとはあまり思わず、かえって自分を認め てくれたという、居心地のよさを感じていました。   あの嫌な練習に耐えたからこそ、これを感じることができたのだとそのとき に思いました。   楽しかったことは何かと聞かれてまず思い出すのは、いまだに 、この体育祭 でのラストシーンです。 「楽しいかどうか」をつねに自問する   私は今も、このラストシーンを見たいがために 仕事をしていると言っても過 言ではありません。   一緒に苦労をともに したメンバーだからこそ共有できる、連帯感というので しょうか。そのラストシーンがない仕事は、いくら成果が出ても楽しくないの です。   仕 事 を 進 め て い く 中 で、 す べ て の 段 取 り は 整 っ て い る の に、 「 何 か う ま く い かないな」と感じることがあったとき、私はこう自問します。 「この仕事が終わったとき、携わっている人全員が、体育祭のラストシーンと 同じ顔で笑っているか」   答えがノーなら、私は、仕事の進め方を見直します。   以前の私はそうではありませんでした。   成果を出すために は、泣く人がいても仕方ない。   はじめてプロジェクトリー ダ ーをまかされた仕事ではそう思っていたので、 私は、勝つことだけにこだわっていました。そして、その仕事では一定の成果 を出しました。   でも、そんな私ともう一度仕事がしたいと言ってくれる人は誰もいなかった。   虚 む な しさが残りました。   こ ん な 失 敗 を 経 て、 今 は こ う 思 っ て い ま す。 仕 事 の 評 価 と い う の は、 「 一 緒

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60 61 1章 まずは、流れから外れてみる に仕事をした人の記憶にどれだけ感動を残せるか」なのではないかと。   自分の仕事は、関わった人全員が「この仕事をしてよかった」と笑っていて ほしい。 「感動のラストシーン」を目指すことは、私がぶれずに仕事を進めていくため の軸になっています。   そして、私が仕事を楽しめているのは、つねに その軸に 向かっているからな のです。 1章.indd 60-61 11.2.9 1:35:52 PM

参照

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