1.研究の目的 1.1.1.研究の動機 2013 年の秋に鶴見大学の久保木秀夫准教授が『新 古今和歌集』から削除された歌(注 1 )を発見し、話題 になった。藤原隆方の作とされる次の歌である。 さのみやはつれなかるべき春風に 山田の氷うちとけねかし 歌の中に「山田の氷」とある。本校校区は、天理市 の福住町と山田町からなる。『日本書紀』にある最古 の氷室の記述が本校校区のものであることを地域の観 光リーフレットから知り、本校に着任した 2013 年度 に、『日本書紀』の一部をテキスト化した。そして、 福住町在住で郷土の歴史を研究され、歴史研究会「福 住いにしえ会」を主宰する岡田忠弘氏を講師に招いて 漢文の学習を行った。そのとき岡田氏から、「山田」 の「氷」という語は室町時代の書物にも見られるとい うことを聞いていたので、「山田の氷」が校区の山田 町のものを指す可能性もあると考え、『新古今和歌集』 についての教材研究を進めていると、他にも興味深い ことがわかった。 ・勅撰和歌集の集大成として、『万葉集』を包摂する『古
−新古今時代に着目して−
宮久保ひとみ (天理市立福住中学校) 松川利広 (奈良教育大学 教職開発講座(教職大学院))Creating Teaching Materials and Methods to Develop an Interest in and Mindset for Appreciation of Waka Poetry
– Focusing on the Shin Kokin Wakashū Era – Hitomi MIYAKUBO
(Fukusumi municipal junior high school, Tenri, Nara) Toshihiro MATSUKAWA
(School of Professional Development in Education, Nara University of Education)
要旨:本論は、中学3年生における和歌の指導について、教材開発と指導法の両面から改善を提案するものである。 2013 年秋に『新古今和歌集』から削除された歌が1首見つかり、話題となった。その歌に出てくる「山田の氷」と いう語が本校校区にある氷室跡と関連があるのではないかと考え、新古今時代に着目して教材研究を行い、A「話す こと・聞くこと」やB「書くこと」の領域の中で、評価して話し合ったり、寸評や手紙を書いたりといった言語活動 を設定して実践した。三大和歌集の従来の指導は、C「読むこと」の領域の中で扱われ、「三大和歌集」の特徴を確 認した後、教科書掲載の和歌について、大意や表現技法に注意しながら鑑賞するといった方法が多く、訓詁注釈的な 指導に陥りがちであった。学習過程で、生徒が書いた手紙が発端となって、歌を発見した鶴見大学の久保木秀夫准教 授本人による出張授業も実現した。生徒は和歌を学ぶ意義を感じ、探究心を持って意欲的に学び、和歌に親しむこと ができた。 キーワード:和歌 waka
新古今和歌集 Shin Kokin Wakashū 藤原定家 Fujiwara no Teika 藤原良経 Fujiwara no Yoshitsune 評価 assessment
今和歌集』を意識してちょうど 300 年後に成立した こと。 ・成立後も承久の変で隠岐に流された後鳥羽上皇が切 り継ぎ作業を続けたこと。 ・藤原定家を支えた藤原良経は『新古今和歌集』の仮 名序を書き、新古今時代を担った人物であること、 などである。これらの事実を教材化すれば、生徒が 歴史的背景に目を向け、和歌に興味をもつのではな いかと考えた。 また、地元の氷室神社のリーフレットに、藤原定家 や藤原良経らが「氷室」や「氷」を詠んだ歌が載って いたので、これらの歌を用い夏期休業中の集中講座の 時間を活用して、生徒が和歌に親しめる単元学習を構 想し、『日本書紀』の漢文学習と合わせて行った。 1.1.2.問題の所在 本校に赴任して 2 年目になる。中学 1 年生の段階で 知っている和歌を挙げられる生徒がいなかったため、 校内百人一首大会の内容を改善し、事前事後の指導を 強化して、第 3 学年の三大和歌集の単元学習に繋ぐよ うに配慮した。しかし、現 3 学年生徒 16 名対象の事 前調査では、和歌の学習が「どちらかといえば得意で ある」と答えた生徒は 2 名で、「かなり苦手である」 と答えた生徒を含む 14 名の生徒が苦手に感じている ことがわかった。 中学校では第 2 学年で近代・現代短歌を学び、第 3 学年で、『万葉集』・『古今和歌集』・『新古今和歌集』 の三大和歌集を学習する。本校使用のM社の教科書で は、「古今和歌集 仮名序」の音読教材の後に 3 つの 歌集の歌が数首ずつ続く。他の教科書や、高等学校の 必修科目国語総合の教科書もほぼ同じ内容であった。 高校全入時代の現在、生涯に二度古典和歌を本格的に 学ぶのだが、和歌への関心は全般的に低いのではない かと考える。 高等学校の学習指導要領古典Aの目標の中に「訓詁 注釈に偏った古典の授業が古典の学習に意義を見いだ せない生徒を生まないよう、古典を読む意欲をまず高 めることが何よりも大切である。」という文言が見ら れるが、中学校においても同様のことが危惧される。 その底流には、次の2つの問題があると考える。 その1 「三大和歌集」の扱い方の問題 資料集は三大和歌集の特徴を表で示し、教科書は 三大和歌集の歌を順に学べていて、それぞれの歌集 の特徴はわかりやすいが、それは三大歌集が繋がり もなく別個に存在するような印象を与えがちで、和 歌史が認識できないと考える。また、指導書では三 大和歌集の特徴を 1 時間で、掲出歌を各 1 時間で扱 うようにと示しているが、それは3つの歌集が均等 に並立しているように受け止められる危険性に繋が る恐れがある。 その2 和歌の指導法の問題 従前、和歌の指導は、C「読むこと」の領域で扱 われ、作者や歌の大意、修辞を確かめて鑑賞すると いう指導法が多かった。筆者も昨年度までその方法 に加え、「気に入った歌の鑑賞文を書く」という言 語活動を行ったが、生徒の交流が少なく、指導者の 訓詁注釈型の講義が中心になってしまい「より丁寧 に説明する」ことが、生徒の苦手意識を助長してい る場合もあった。新しい学習指導要領では、古典が C「読むこと」から「伝統的な言語文化と国語の特 質に関わる事項」に取り出され、A~Cの領域の中 で扱うことになった。より効果的な指導法を探るべ きである。 以上 2 点を踏まえ、生徒が興味をもち、和歌に親し める学習を目指し、次の 2 つの仮説を立てて、本校第 3 学年生徒 16 名を対象に実践した。 2.研究仮説 仮説 1:第 3 学年での和歌の学習は和歌史も教材化す ることで、生徒はその歴史的背景にも目を向け興味 をもって、よりいっそう和歌に親しめるであろう。 仮説 2:A「読むこと」やB「話すこと・聞くこと」 の領域の中で、言語活動を工夫して行えば、生徒の 主体的な学習態度が期待できるだろう。 以上、2 つの仮説に基づき、まずテキストやワーク シート等の教材開発を行った。 3.教材開発について 3.1.「和歌の歴史」についてのテキストの採用 ○テキストA「和歌の歴史」 『古今和歌集』が 905 年に成立してから、ちょうど 300 年後の 1205 年に、『古今和歌集』を意識して『新 古今集が』が編まれたという歴史を知ることは、和歌 が継承され、発展してきた伝統的な言語文化であると 認識する一助になると考える。そこで、和歌史がわか りやすく書かれた現代文を探した。 ・小学館『日本の古典をよむ 5 古今和歌集 新古今 和歌集』より、「はじめに ー勅撰和歌集の歴史」(注 2 ) 『古今和歌集』が成立するまでの和歌の歴史を「国 風暗黒時代」に触れながら述べ、宮廷文学として和 歌が復興し、『新古今和歌集』成立に至るまでの歴 史が平易に説明され、2 学年の社会科の歴史学習と の相乗効果が期待できる。本の帯の「きらめく 日 本語の美の世界 ここに極まれり!二大勅撰和歌集 の雅な饗宴」というキャッチコピーも的確に 2 つの 歌集の性質を表していると思われた。 ○テキストB「古典籍の文字から見る和歌の歴史」 本校が所在する天理市にある天理大学付属図書館で
は 2002 年に開館 72 周年記念展「和歌の時代 古今集 そして新古今集」が開かれ、作成された資料に、『万 葉集』に始まる和歌の歴史の解説と共に、陰影も掲載 されていたので、抜粋してテキストを作成した。 3.2.「和歌を学ぶ意義」を考える自作テキスト 書評や新聞記事などのさまざまな文章を 1 枚のテキ ストにまとめ、「和歌を学ぶ意義」を箇条書きにさせた。 能動的に和歌を学ぶための手立ての 1 つとした。 [紹介した文章] ①随筆家 竹西寛子「古今集の世界へ」朝日新聞 ②国文学者 岩佐美代子「人生のインデックス」 ③編集者・著述家 松岡正剛「日本精神史の正体」 ④小説家・随筆家 橋本治「夢の浮橋へ」 (②~④は「コレクション日本歌人選に寄せて」 の書評による。)(注 3 ) ⑤朝日新聞オピニオン 耕論「古書のチカラ」より 「宿る品格 先人の心と響く」冷泉為人氏へのイ ンタビュー記事(注 4 ) 10 ㎝ ×10 ㎝のサイズにタイトルを付け、箇条書 きさせ、後で回覧し、わかりやすいまとめについて、 印を付けるようにさせた。 3.3.『古今集』『新古今集』の仮名序比較ワーク シート 『古今和歌集』と『新古今和歌集』の二つの仮名序 を並べた音読テキストを作成した。紀貫之の仮名序の ほうが知名度は高いが、藤原良経の仮名序はより具体 的で、内容が中学生にも理解しやすいと考えて示した。 五味文彦は良経の仮名序について、『新古今集はなに を語るか 後鳥羽上皇』(注 5 )の中で「真名序は良経に 仕えた藤原親経の手になったのを、良経が手を入れて いただけに、仮名序ではその内容をよく踏まえて記し ており、理解しやすい文章となっている」、「真名序が 簡単に『新古今集』が四季の部やさまざまな作品で並 べられ、完備していると記しているのに対し、仮名序 では『新古今集』がそのような構成になっているのか を、所収歌を引きながら詳しく記しているのである。」 と説明する。また、「良経は(後鳥羽)上皇を補弼す る立場から、『新古今集』の成立に尽くした自らの思 いと存在とを」仮名序に込めたと説明する。藤原良経 の歌は教科書には掲載されていないが、新古今時代を 担ったことや、兄の急死によって急遽嫡男としての道 を歩むことになった、というその波乱の生涯も生徒の 興味を引くのではないかと考え、良経の歌にも着目し てワークシートを作成した。 3.4.ワークシート「和歌に親しもう④夏編 平成 の歌合わせ」 実際の「歌合わせ」は、「歌人たちが左右に分かれ、 題に従って一首ずつ作って双方から出し、そのできば えをきそいあった遊び」で、「優劣は判者が決める。 平安時代から室町時代に行われた。」(『三省堂 国語 辞典七』)というものである。「歌合わせ」の判者にな って、歌の優劣を評価しようという言語活動を設定し た。昨年度、学校のマスコットキャラクターを生徒に 募集し、「ひむろん」に決まった。その絵を配し、「氷 室山」・「氷」・「凍る」という 3 語に着目して内容が似 ていて拮抗すると思われる 2 首の和歌を探し、架空の ものを 3 回戦まで設定した 4.学習計画 4.1.学習指導要領における指導の位置づけ 第 3 学年の「伝統的な言語文化と国語の特質に関す る事項」( 1 )ア「歴史的背景などに注意して読み、 その世界に親しむこと。」、イ「古典の一節を引用する などして、古典に関する簡単な文章を書くこと。」と ある。そこで、A「話すこと・聞くこと」及びB「書 くこと」の領域の中で言語活動を扱うことにして、学 習目標を次のように設定した。 4.2.学習目標及び評価方法 ○和歌や和歌の歴史に興味をもち、自分が設定した 課題について追究しようとしている。[関心・意欲・ 態度](生徒観察及びワークシート) (ワークシート「和歌に親しもう①音読テキスト」) (ワークシート「和歌に親しもう④夏編『平成の歌合わせ』」)
○和歌に対する自分の評価と他者の評価を比べ、意見 の違いや根拠を確認しながら話し合う。 [A話すこと・聞くこと( 1 )ウ](生徒観察及びワ ークシート) ○話し合って深めた考えを寸評にまとめたり、各自の 課題について材料を整理して考えを手紙にまとめた りする。[B書くこと( 1 )ア・イ](生徒観察及び ワークシート、成果物「手紙」) 4.3.学習計画(全6時間) 第 1 次 様々な文章を読み和歌を学ぶ意義を考える。 第 1 時 新聞記事や、本の書評などのさまざまな文 章を読み、和歌を学ぶ意義についてまとめる。 まとめたものを互いに読み合い、評価する。 (テキストA・B) 第 2 時 『古今和歌集』仮名序(紀貫之)と『新古 今和歌集』仮名序(藤原良経)を読み比べ、 自分が良いと評価したほうを選び、その理由 を挙げて話し合う。(ワークシート「和歌に 親しもう①音読テキスト②解説」) 第 2 次 季節にちなんだ和歌を読み、評価する。 第 1 時 三大和歌集掲載の春にちなんだ歌を読み、 寸評を参考に鑑賞する。藤原良経の人物像と 歌に着目する。(ワークシート「和歌に親し もう③春編」) 第 2 時 「氷室」や「氷」などの和歌について、歌 合わせの判者になったつもりで優劣を判断し て話し合い、寸評にまとめる。これまでの学 習を振り返り、和歌についての疑問を鶴見大 学久保木秀夫氏に宛てて手紙を書く。(ワー クシート「和歌に親しもう④夏編『平成の歌 合わせ』」使用。) 第3次 課題のまとめと和歌を学ぶ意義の再確認 第1時 鶴見大学准教授である久保木秀夫氏を迎 え、手紙に書いた疑問について、質疑応答を して確認する。 第2時 前時の内容を振り返り、自分の課題に対す るまとめを入れ、久保木氏に礼状を書く 5.指導の実際 5.1.和歌を学ぶ意義の確認と仮名序の比較 5.1.1.和歌を学ぶ意義の再確認 和歌を学ぶ意義について、「タイトルを付け、10 ㎝ × 10 ㎝のスペースに箇条書きでまとめる」という課題 を出し、仕上げた後、円になって相互に成果物を読み 合い、よくまとまっていると思えるものに丸印を付け させて回覧した。相互評価の結果、高い評価を得たも のを示す。 S 15「和歌を学ぶ意義」 ・歌を詠むきっかけは、おさえようにもおさえられ ない心の動きである。 ・歌は閑かに人の心、体にしみわたり、考え方や感 じ方に影響を与え、人の世を変えていく。 ↓ 本や歌にもそれを書いた人の心が宿っている。 それを学ぶことによって、考え方や感じ方が変わ れば、いつか何らかの形でその人の役に立つので はないと思う。 冷泉為人氏の存在の貴重さや、和歌が日本語の歴史 について果たした役割について触れた生徒も多かっ た。 S 13「和歌を学ぶのはなぜか」 ・現在まで受け継がれてきたことを知り、自分で考 えるため。 →冷泉さんのように、命をかけて和歌などを守 ってきた人がいることを知る。そして、和歌は難 しいが、考えて「気にかけること」ができる。 ・日本語の源泉にもなっていて、昔と今をつなげる ことができる。 →和歌には「やまとことば」が使われており、「や まとことば」は日本語の源泉である。和歌があっ てこそ、今の日本語があるのである。 5.1.2.仮名序の比較と評価 『古今和歌集』と『新古今和歌集』の仮名序を現代 語訳を添えたテキストで読み比べた結果、16 名中 10 名の生徒が紀貫之を、6 名が藤原良経の仮名序を推薦 した。比較してよいと思った理由を話し合って交流し た後、二つの仮名序について、感想をまとめさせた。 生徒は、それぞれの良さを認めて書いていた。 S 1:紀貫之の仮名序は、対句によってリズムよく、 和歌について詳しく書いている。そして、和歌のいい ところをたくさん並べている。藤原良経の仮名序は季 節毎に書かれている部分があって、想像できた。紀貫 之よりも現実のことをいっている気がした。また、「昔 今」「身分」に関係なく集めたのもいいと思った。 S 15:貫之さんのほうは、リズムがよくて、ラスト 2 行がかっこよくていい。それに対句法が使われていて、 強調したい部分があっていい。良経さんの仮名序は、 春夏秋冬があるし、自分の思ったことを簡単な語で言 い表しているからいい。貫之さんの仮名序よりわかり やすい。 5.2.藤原良経とその歌について 春にちなんだ有名な歌を三大和歌集の順に 5 首紹介 し、寸評を参考に好きな歌を選び、それについて話し 合うという言語活動を設定した。歌は「五・七・五・七・ 七」に区切って示し、現代語訳と寸評は小学館の『日 本古典文学全集』のものを活用した。寸評が歌の魅力 を凝縮しており、鑑賞する際の参考になると考えた。
5 首目は、良経の次の歌を示した。 ⑤問へかしな 影を並べて 昔見し 人なき夜半の 月はいかにと 藤原良経 生徒は春という季節に、概して明るいイメージを抱 きがちである。良経は九条兼実の次男であったが、兄 が急死したため、急遽嫡男としての人生を歩むことと なる。悲しみが癒えぬまま、叔父の慈円とやりとりし た先の歌は、生徒の共感を誘うものと予想されたので、 次のような解説を添えて紹介した。 ここで、「定家ら新風歌人のパトロン(後援者) にして後鳥羽院から絶賛された夭折(早世)の天 才歌人」とうたわれた藤原良経の人生に着目して みましょう。良経が二十歳の時に、九条兼実の跡 取りである兄の良通が二十二歳の若さで急死しま す。良経と父兼実の嘆きは大変深いものでした。 あなたも、そのような身近な人の死を想像してみ てください。 良経の慈円に宛てた「問へかしな」の歌について、 生徒は心情を想像し、次のような感想をもった。 S 10:共に人生を歩んできた兄弟という存在を亡く した悲しみが、感情的ではなく静かに伝わってくる感 じがした。昔は二人で見ることができた月を今日から は一人でしか見られないという、身近な孤独感に、私 は共感した。 5.3.「平成の歌合わせ」結果と生徒の寸評 第一回戦 「新古今時代を代表する二人の夢の対決」 題[氷室山] 【 藤原定家 対 藤原良経 】 イ「夏ながら秋風たちぬ氷室山そこには冬をのこすと 思へば」藤原定家 <掲出本>藤原定家私家集『拾遺愚草』員外定家の 私家集『拾遺愚草』の本編に入らなかった歌が本編 の後に「員外」として載せられている。 ロ「ほかは夏あたりの水は秋にして内は冬なる氷室山 かな」藤原良経 <掲出本> 藤原良経私家集『秋篠月清集』西洞隠 士定家が書写していた良経の私家集。建久の 政変によって一時期失脚し、籠居していたと きの歌。 校区にある「氷室神社」のリーフレットに載ってい た歌の出典を確認した。ただし、ここでの「氷室山」は、 京都市のものである。『藤原定家全歌集』の巻末の歌 枕一覧にも「氷室山」について、「山城国愛宕郡。(中 略)現在、京都市北区西賀茂に氷室町の名が残り、栗 栖野氷室跡が存する。和歌に見られる『氷室山』は半 ば普通名詞、半ば歌枕と見られるか」と解説されてい る。ちなみに天理図書館蔵の大岡信監修の『日本うた ことば表現辞典⑦ 生活編(下巻)』には、定家や良 経の歌ではなく、ではなく、『千載和歌集』より覚性 法師と藤原公能の歌が掲出されていた。 第二回戦 「『本家本元』の歌か『本歌取り』の歌か、 時空を超えた二人の対決」 題[凍る] 【 紀貫之 対 藤原良経 】 イ「袖ひちてむすびし水の氷れるを春立つけふの風や とくらむ」紀貫之(『新古今和歌集』掲出) ロ「とけにけりこほりし池の春のみづまた袖ひちて結 ぶばかりに」藤原良経 ロは良経の私家集『秋篠月清集』より探し、解説に 紀貫之の歌を本歌とするとあったので並べた。 第三回戦 「先生の大胆推理!藤原隆方の歌が削除 されたのは、良経の私家集に次の歌があったせいで は?」 題[氷] 【 藤原良経 対 藤原隆方 】 イ「こほりゐる志賀の浦吹く春風のうちとけてだに人 を恋ひばや」藤原良経 ロ「さのみやはつれなかるべき春風に山田の氷うちと けねかし」藤原隆方 イは『秋篠月清集』より、「こほり」「春風」の二語 が共通する歌を探し、指導者が推理した内容(藤原定 家が書写して持っていた良経の私家集にイの歌がある と知っていた後鳥羽上皇が、趣が似ていると判断して 削除したのではないか。)を伝え、歌の優劣を判定さ せた。 鶴見大学教授である中川博夫氏はロの歌を「そうと ばかりつれなく冷淡でなければならないのか。そうで はあるまい。春風に(冬には変わらずに固まっていた) 山田の氷が融けるように、つれなく冷たいあなたも打 ち解けて心を許してくれよね。」と解釈している。(注 6 ) イを選んだら赤、ロを選んだら白の紙を挙げさせ、 その後、理由を出して話し合わせた。そして話し合っ たことを踏まえ、2 行程度で寸評を書かせた。生徒は 的確かつ端的にまとめていた。結果と生徒の寸評を示 す。 第一回戦 題[氷室山]【藤原定家10票、藤原良経6票】 S 2:イは、夏なのに「そこには冬を」と氷を「冬」 という言葉で表しているのがおもしろい。ロは他所は 夏、周りは秋、内側は冬、と場所によって季節が違う (上 授業風景の写真「平成の歌合わせ」)
のがおもしろい。 S 10:イは冬という長い期間を「氷」という具現化 できるものに例えているところがよいと思う。ロは、 夏、秋、冬と季節を移り変わらせて感動を素直に表現 しているところがいい。 第二回戦 題[凍る]【紀貫之 5 票、藤原良経 11 票】 S 11:イはとにかく楽しかったあの思い出がよみが えり、また袖を濡らしてしまいたいというわくわくし た気持ちが伝わり、ロは氷がやっと解けたことで、長 い冬が終わり、楽しい春が始まるといううれしい気持 ちが伝わる。 S 16:イは、山の清水を中心に季節の移り変わりが 表現されていていい。ロは、「とけにけり」や「「また 袖ひちて」の部分で春を待ちわびていることが想像で きる。 第三回戦 題[氷]【藤原良経 7 票、藤原隆方 9 票】 S 13:イは爽やかで「恋いたい」という願いが込め られている。ロは皮肉まじりに、自分の感情がちゃん と伝わる。氷と人の冷たさを掛けている。 S 15:イは春風で氷も解けた、あの人の心もと自分 の内に秘めた感情を表している。ロは氷でさえもとけ ているのに、あなたはそんなに冷たいのですね、と皮 肉っぽくておもしろい。 5.4.生徒の疑問と課題追究の様子 鶴見大学准教授である久保木氏の出張授業(注 7 )に 向けて、生徒には、もう一度テキストやワークシート を読み返し、自分なりに答えを想定したうえで、質問 をするようにと伝えた。なお、質問の順序は指導者と 久保木氏との間で調整した。次の①~③の順に生徒の 変容を見る。 ①事前アンケートに見る「和歌の学習に対する思い」 ②暑中見舞いに書いた疑問の要約 ③お礼状に書いたまとめの部分の抜粋 [S 7:和歌の学習がどちらかといえば得意な生徒] ①どちらかといえば得意。百人一首が好き。 ②『新古今和歌集』から削除された歌があると知った。 国語の先生は藤原良経の私家集に似た歌があったか ら、と推理されたが、先生はどのように考えられる か。 ③私は藤原隆方の「さのみやは」が削除された理由は、 宮久保先生(筆者)が言ったとおりだと思っていま した。でも、私家集だから可能性は低いという久保 木先生のお話を聞いて、なるほど、と思いました。 そして、削除された本当の理由を調べたいとも思い ました。また、和歌を勉強するのはなぜか、という 質問に対しての先生の返答が私はとても心に残って います。人間らしく楽しんで生きていくには文化が 必要、という先生の論はとても説得力がありました。 文化を発展させるためには過去の文化を知らなけれ ばいけないということを学習できたので、とても勉 強になる時間を過ごせたと思います。そして、先生 が見せてくださった古い和歌の書にも感動しまし た。何百年という時間を超えた昔の文化を知るため の資料なので、とても尊く美しいものに思えたから です。 [S 16:和歌の学習がどちらかといえば苦手な生徒] ①聞いたこともない言葉が出てくるから。わからない ことが多すぎていらいらしてしまう。 ②『新古今和歌集』に一度収録され、後に除かれたと 見られる藤原隆方の歌に「山田の氷」とあるが、こ の山田は、私の住む「山田」と考えることはできる か。 ③私の「山田の氷とは、私たちの住む山田町の氷と考 えることはできますか、という質問に対して、考え 方や見る人の違いがあるので、一番正しいという答 えはわからないが、京都の「山田」の可能性が高い、 とお答え下さいましたね。私は「正しい答えがわか らない」というところが和歌の魅力だなと思いまし た。また、正しい答えがわからないなら、私の見方 で見ればいいのかと思い、私の住む「山田」であっ てほしいという希望も含めて、山田の氷とは、私の 住む山田町のことだと信じています。 [S 14:和歌の学習がかなり苦手な生徒] ①和歌はとても苦手。難しい言葉で書かれていて作者 の気持ちが想像できない。百人一首の学習も積極的 に取り組めていなかった。 ②百人一首を覚えたり、勉強したりして私たちが大人 になったときに役立つことは何か。 ③久保木先生のお話を聞き、私は和歌のおもしろさに 気づけた気がします。例えば定家の氷室山の歌では、 氷室山が擬人化されているとか、「つげののに大山 もりがをさめたるひむろぞ今もたえせざりける」が 福住の氷室を歌った一首だと教えてもらったことで す。昔の人が使っていたという歌学書を読んで、私 もいい歌を作ってみたいなと思いました。そして、 最後の私の質問に「文化にふれてこそ、生きていく 力などにつながっていく」という先生の答えにすご く共感しました。 S 14 は、和歌に対してかなりの苦手意識をもち、 事前の調査でこれまでの百人一首の学習について、「教 室に掲示してあった紙もめくって覚えなかったし、家 でも資料集を開かなかった。」と正直に答えている。 今回の学習途上でもなお、和歌の学習の必要性につい て疑問を感じていたが、生徒相互、また久保木氏との 交流を通じて、他の生徒が発した質問に対する久保木 氏の説明もしっかり理解して手紙を書くことができ た。
6.成果と課題 6.1.言語活動導入による訓詁注釈型授業からの脱却 生徒は 2 学年での短歌の学習時に、表現技法につい ての基礎知識を得ているので、指導者の口頭の説明を 省き、テキストに記載し、必要に応じて参照させた。 C「読むこと」の領域で和歌を扱う場合、既に定まっ ている評価が前提にあるため、生徒は受動的な姿勢で いたが、架空の「歌合わせ」では自由に想像し、活発 に話し合っていた。まず紅白の色紙を挙げた時点で評 価が分かれることに驚き、その後、日頃消極的な生徒 も自分の意見を堂々と発表していた。学習にゲームの 要素を取り入れたことで、生徒が興味をもって取り組 んだと考える。また、話し合ったことを材料に、寸評 をまとめるという言語活動にも積極的に取り組むこと ができた。今回の方法で、生徒の主体的な学習態度が 促された。 6.2.情報を取捨選択し判断する力の向上 「和歌を学ぶ意義」を自分でまとめた後、他の生徒 のまとめを読ませた。生徒は、自分以外の 15 通りの まとめ方があることに気付き、時折感嘆の声を上げな がら回覧していた。さまざまな情報を取捨選択し、価 値を判断する経験は、学習全般において汎用性が高い と考える。 6.3.生徒の実態に即した教材開発の必要性 和歌が苦手な生徒が多いという実態を踏まえ、和歌 史や藤原良経という人物に着目したことで、生徒は興 味をもって学習した。新古今時代に至るまでの和歌史 は興味深いことが多く、教材としての価値は高いと考 える。 また、指導者の探究心を生徒に伝え、共に考えると いうスタンスで実践したことが、多様な解釈を促す和 歌の魅力そのものに迫ることに繋がった。 S 8 は礼状に、次のように書いている。 私は氷室についての定家の歌と良経の歌につい て先生に質問しましたが、好みの問題とはいえ、 先生も私の同じ定家の歌を選ばれたことにうれし くなりました。先生のおっしゃっていた「そこに は」を氷室の「底」とかけているのではないか、 というのには、思わず感動してしまいました。氷 室山を擬人化しているのではないか、など、なる ほどそんな発想があるのかと驚きました。(中略) 今までもなんとなくは思っていましたが、和歌の 一語一語にはいろんな解釈ができる深い意味が込 められているんだなあと改めて気づかされまし た。和歌は後世に残すべき日本の美しい文化だと 思います。 6.4.指導者の支援の在り方 和歌に関心を持ち継承・発展させようという態度を 育むには、ハード面とソフト面の支援が必要であろう。 ハード面とは、図書館の整備や活用促進である。学 校図書館はもちろんのこと、公共図書館等の活用も勧 めたい。本校は車で 15 分ほどの所に天理図書館(天 理大学付属図書館)がある。善本や国宝級の古典籍を 収めた全国有数の施設である。生涯学習を見据えて紹 介した。そこで善本を作成した司書の方に偶然出会っ たので、直接関係はないが、生徒には興味をもって取 り組めば、新たな出会いに恵まれるという話をした。 ソフト面とは、資料を発掘して教材開発をしたり、 専門家をコーディネートしたりして授業を創造するこ とである。今回は1つの新聞記事に始まり、生徒が手 紙を書いたことが出張授業に繋がった。授業の構想段 階では予想できなかったことだが、必要に応じて授業 計画を柔軟に修正することも必要である。その結果、 生徒が和歌に親しみをより強くもったことが手紙の文 面から見て取れる。また、「定家さん」「良経さん」と いう親しみを込めた呼び方は、以前の授業においては 見られなかったことである。なお、手紙は郵便局の「平 成 26 年度 手紙の書き方」事業を活用した。 この学習後、読売新聞社主催の正倉院展短歌コン クールがあったので、歌を詠ませた。「短歌や俳句を 考えるのが苦手で、そういう課題が出たら、夜遅くま でやっていた。」と事前のアンケートに書いたS 14 も、 正倉院展の新聞記事を読み、積極的に創作に取り組ん だ。他の生徒も、新聞を読み、想像力を働かせて創作 することができた。今後も創作の楽しみを味わえる機 会を設けたい。なお、今回は、新古今時代に着目した が、3 学期には歌の起源としての『万葉集』の学習を 2 時間予定している。 註 ( 1 )朝日新聞2013年10月4日付け「新古今集 未知の 歌」 ( 2 )小学館『日本の古典をよむ5 古今和歌集 新古 今和歌集』より、「はじめに ー勅撰和歌集の歴史」 ( 3 )「コレクション日本歌人選に寄せて」書評 ( 4 )「宿る品格 先人の心と響く」冷泉為人氏へのイン タビュー記事朝日新聞オピニオン 耕論「古書の チカラ」より ( 5 )『新古今集はなにを語るか 後鳥羽上皇』五味文彦 角川選書2012年5月25日 p. 354.355.357 ( 6 )久保木秀夫・中川博夫『新古今集の道の歌が見 つかった』笠間書院 2014 年 p.47 ( 7 ) 平成26年度 「鶴見大学文学部出張講義」
引用文献 ・小山順子『藤原良経』笠間書院 2012 年 p.4 ・久保田淳『訳注 藤原定家全歌集 下巻』河出書 房新社 1986 年 p.365 ・久保田淳『訳注 藤原定家全歌集 上巻』河出書 房新社 1985 年 p.329(拾遺愚草 下) 参考文献 ・『日本古典文学全集七 古今和歌集』小学館 1995 年 ・『日本古典文学全集二六 新古今和歌集』小学館 1995 年 ・谷知子・平野多恵『秋篠月集/明恵上人歌集』和 歌文学大系 60 明治書院 2013 年 p.104.343.344.345.3 46.347.348.349.350.351352.353.354.355.356.357.358 ・大岡信監修 瓜坊進編集著作権者『日本文学地名 大辞典―詩歌編(下巻)』遊子館 1999 年 8 月 3 日 p.600 ・大岡信監修 瓜坊進編集著作権者『日本うたことば 表現辞典⑦生活編(下巻)』遊子館2000年3月24日 ・『日本古典文学大辞典 簡約版』岩波書店 1986 年 12 月 2 日 p.154.155.1587.1588.1589.1603.1604 ・『天理図書館善本叢書 和書之部 第十七巻新古今 和歌集 烏丸本上』八木書店 1974 年 7 月 24 日 ・田淵句美子『新古今集 後鳥羽院と定家の時代』角 川選書 2012 年 12 月 25 日 p.9.10.11.12.13.14.15.16.18 .19.22.23.24.25.26.28 ・井上辰雄『図説・和歌と歌人の歴史事典』遊子館 2010 年 3 月 1 日 p.338.339.340.341 ・片山享『校本 秋篠月清集とその研究』笠間書院 1976 年 6 月 30 日 本 文 篇 p.58.200. 研 究 篇 p.438.446. 582.583 ・谷知子『中世和歌とその時代』笠間書院 2004 年 p.179.180.181.182.183.184.216.224.226.227.229.231 ・後藤重郎『新古今和歌集研究』風間書房 2004 年 2 月 22 日研究編 p.142.145.146