歯内療法用器具使用に際して把握すべき金属材料科学
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(2) 日歯内療誌. 図. 23(1):5∼11 2002. 歯内療法用器具の湾曲永久変形. に く しかも刃こぼれもしない これが日本刀が強 靱と形容される所以だろう 」 (坂本卓著「金属材料入 門」より) ところで 歯内療法用器具はどのような特質が求め られているのであろうか 歯内療法用器具に必要とさ れる特質は 刀よりも複雑である それは い象牙 質を削るために く 引張ってちぎれない 脆く折れ ない 一定の範囲内であれば曲げても元にもどる 複 雑な形態をしている根管内に挿入するため容易に曲げ ることができる 根尖部根管壁が過剰に削られないよ うに曲げた状態を維持するという特質が必要である さらに 衛生面からさまざまな滅菌・消毒が行われる ため 耐熱・耐 性に優れている事も必要とされる 以上のことから 歯内療法用器具は 表面は く ちぎれない 曲げても折れない 曲げやすく 塑性変 形(注 1)をさせることができる金属で作られる必要が ある 18-8ステンレス鋼はそれらの要件をほぼ満足し ている金属である 現在の歯内療法用器具は ほとん どがこの 18-8ステンレス鋼で作られている. - ステンレス鋼 歯内療法用器具の材料は 18-8ステンレス鋼(クロ ムが 18% ニッケルが 8%を含む鉄鋼)である 18-8 ステンレス鋼は オーステナイト系鋼材(注 2)で 耐 食性に優れ 冷間加工(注 3)により強度を与えること ができる金属材料である さらに 性能の向上を図る ために非常に多くの改良型ステンレス鋼が開発されて 注. :塑性変形(plastic deformation) 物体に力を加えることによって生じた永久変形を塑性変形と いう 金属は 結晶構造を保ちながらその形を変えることがで きる この性質は金属のきわめて大きな特徴である 一方 粘 土は外力を加えて自由に形を変える しかし 粘土は結晶体で はないので その変形は一種の流動によるものである また 鉱物は常温では外力を加えてその形を変えることはできず 大 きな力を加えると破壊してしまう 注 :オーステナイト(austenite)系鋼材 オーステナイトとは金属組織の一種で この鋼材は 加工性 に富み 一般に冷間加工(注 3)で強さを与える. 図. 歯内療法用器具のねじりを伴った永久変形. いる 同鋼は 耐食性にすぐれているため 設資材 家 用機器 電車車両等の腐食しては困るところに 用されている 18-8ステンレス鋼は 表面を く仕上げることも可 能で 表面処理により切削器具としての要件を満たす 以上のことから 18-8ステンレス鋼は 歯内療法用 器具の材料として適している. 歯内療法用器具の製造工程 熱間成形加工(hot working ) 最初に 一定温度まで加熱した 18-8ステンレス鋼の インゴットに圧力を加えて加工する 熱間成形加工の 目的は 金属の材質改善と成形である 熱間成形加工 は インゴット中の非金属介在物や空隙などの欠陥を 消滅させるか軽減させることができる 冷間成形加工(cold working ) 冷間成形加工は 常温にて塑性加工を行うもので 熱間成形加工に比べて 一で精度の高い加工物を得る ことができる 歯内療法用器具においては 引き抜き 加工(金属材料を を通して引っ張り と同じ断面 形状の線材をつくる加工法) が採用されている また 冷間成形加工は 器具に必要とされる加工 化(注 4) をさせることができる 切削加工 器具の断面を正三角形あるいは正四角形になるよう 注 :冷間加工(cold working ) 冷間加工とは 金属に常温で塑性変形を与えることをいう 金属に冷間加工を与えると 金属は さ 引張り強さ 疲労 強度が増し 性(注 8)が減る 注 :加工 化(work hardening ) 一般に金属は 塑性変形を加えると くなる性質がある こ の現象を加工 化という 金属に力を加えると 結晶の面に っ て原子のすべりが生じる これは 結晶の格子欠陥である転位 の運動として説明される このすべりが進むにつれて転位の運 動が困難になる つまり 変形が生じにくくなり その結果 金属は くなる.
(3) 歯内療法用器具. 図. 用に際して把握すべき金属材料科学. 応力を受けてひずみが生じる箇所. に 加工された線材に対して一定のテーパーとエッジ を付与しながら切削する また一部では 正三角形や 正四角形をねじった形状や螺旋階段状に一定のテー パーとエッジを付与しながら切削するものもある ねじり加工 切削されエッジ部が形成された金属線の一端を固定 してねじり塑性変形を加える また一部では 切削加 工で形状が造られるため ねじり加工は施されないも のもある 表面 化処理 金属の表面のみを 化させる方法が施される 金属 表面を 化させる方法にはさまざまな方法がある が どの方法が用いられているかについては企業秘密 とのことで明らかにされていない 製品により異なる 方法で表面 化処理が施されている可能性がある 柄付け 規格に合わせた長さで切断し 金属や樹脂などの柄 が付けられ製品となる ※製品は ISO 規格に基づき寸法測定やねじり破断 角度・トルク・曲げトルク等の試験が行われる. 注. :破面解析(fractography) 金属材料の破断面には 破壊に至る経過を示す模様が残され ており この模様を観察し解析することにより 破壊機構や破 壊の原因に関する重要な情報を得ることができる この方法を 破面解析と呼ぶ かつて 破面解析は光学顕微鏡にて行われて いた しかし 光学顕微鏡は焦点深度が浅いことから 十 な 解析が困難であった 近年 電子顕微鏡が破面解析に応用され るに及び その焦点深度が深いことから従来より格段に多くの 精密な情報が得られるようになった とくに 観察の容易さと 優れた性能を備えた走査型電子顕微鏡による観察は 破面解析 の発展 普及に大きな役割を果たしている 注 :疲労破壊(fatigue fracture) 金属材料にくり返し応力を加えると 一定の静的応力よりも はるかに小さい応力で破壊が生じる この現象を金属材料の疲 労といい このときの破壊を金属疲労破壊という 機械構造物の 破壊事故は疲労によるものが大部 を占めているため 近年 疲 労破面の解析がさまざまな 野でますます重要視されている 肉眼による観察において 疲労破面は 脆性破壊(注 7)的に. 図. ストライエーション(加速電圧: 観察倍率:× ). KV. 歯内療法用器具に加わる応力とひずみ 歯内療法用器具の断面は 正四角形 (エッジ部 90度) または正三角形(エッジ部 60度)の形態をしている これらの断面形態をした棒状の器具は 特定の箇所に ひずみを受けやすい 四角形または三角形の断面形態 をした棒が屈曲とねじりを受ける場合 部位によって それぞれ生じるひずみの大きさが異なる 屈曲操作に より大きなひずみを受ける箇所は 中心部から最も離 れた箇所であるエッジ部の図 3-a) である それに対し て ねじり操作によりひずみを受ける箇所は エッジ 部とエッジ部の中間点の図 3-b)である これらのこ とから 器具の損傷はこれらの 2カ所から発生するこ とが多い また 破面解析(注 5)において 疲労破壊 (注 6)の起点がエッジ部かその中間点かによって 損 垂直な平面にて破壊し 時として疲労破面独特の貝 模様 (beach mark)が見られることがある 一方 走査型電子顕微 鏡で見た破面には 図 4に示すストライエーション(striation) と呼ばれる縞模様が認められる 通常 疲労亀裂の伝播過程における第一段階では 図 5-a)に 示す引張り応力の方向と 45度の方向に形成される亀裂が生じ る 第二段階では 図 5-b)に示す引張り応力の方向と垂直方向 の疲労亀裂伝播が生じる この第二段階において ストライエー ションなど疲労の特徴的縞模様が現れる 第二段階の最後に 図 5-c)に示す最終的な破壊があり 伝播過程は これらの 3段 階に けることができる 最終破断面には 性破壊(注 8)を 示すディンプルが認められる ストライエーション形成の機構は 次の通りである 図 6-a) に示す亀裂に引張応力が加わると 亀裂は 図 6-b)に示すよう に拡大・前進する 次に圧縮応力が加わると図 6-c)に示すよう に 亀裂が閉じられ溝が形成される 同様に引張応力と圧縮応 力がくり返されることにより図 6-d)から図 6-e)へと亀裂が前 進し縞模様が形成される.
(4) 日歯内療誌. 23(1):5∼11 2002. 図. 図. ストライエーションの形成機構. 疲労亀裂の伝播過程. 傷の原因となる応力が屈曲操作によるものかねじり操 作によるものかを明らかにすることができる 図. 歯内療法用器具の破折に至る経過 著者は臨床で 用後廃棄された器具の損傷状態を統 計 析し 走査型電子顕微鏡を用いて破折した器具の 破面解析を行った その結果 器具の破折に金属疲労 が深く関与していること および破折に至るまでの経 過が明らかになった 図 9は 臨床で 用した歯内療法用器具のエッジ部 に生じた亀裂の走査型電子顕微鏡写真である 金属疲 労破壊は 最初金属表面部にこのような亀裂が発生し その亀裂を起点として進行する 図 10は 破折した歯 内療法用器具の破断面の走査型電子顕微鏡写真であ る エッジ部付近の図 10-A を中心とする同心円上の 縞模様(ストライエーション)が図 10-B に認められ る ストライエーションはエッジ部付近から扇状に器 注 :脆性破壊(brittle fracture) 「脆性」 とは もろさともいわれる 物体が外力により永久ひ ずみをあまり生じないうちに壊れる性質をいう 脆性破壊とは 破壊以前に塑性変形を伴わず 亀裂が発生し その亀裂がかな り速い速度で伝播する破壊様式をいう 金属棒の引張試験において 脆性破壊の様式は 図 7-a)の垂 直破壊(rectangular fracture)で 破断面は引張方向に垂直な 平面を呈している 走査型電子顕微鏡で見た破面の特徴は 結 晶粒程度の微少なへき開(cleavage)という平滑な面が合流し てへき開段(cleavage step)をつくり へき開段が合流したリ バーパターン(river pattern)と呼ばれる川状模様を形成する. 図. 引張試験による破壊様式. ディンプル(加速電圧: 率:× ). KV 観察倍. ことである 注 : 性破壊(ductile fracture) 「 性」とは 弾性限界を超えた応力によって物体が破壊され ずに引き ばされる性質をいう 性破壊とは 破壊以前に大 きい塑性変形を伴う破壊形式である 引張試験における 性破壊の様式は 図 7-b)のみ型(chisel (double cup) 図 7-d)カップアン edge) 図 7-c)二重カップ型 ドコーン型(cup and cone)の三つに 類することができる 走査型電子顕微鏡で見た破面の特徴は 図 8に示すディンプル (dimple)と呼ばれる多数の小さいくぼみが認められることで ある.
(5) 歯内療法用器具. 図. 図. 歯内療法用器具のエッジ部に発生した亀裂 (加速電圧: KV 観察倍率:× ). 破折した器具破断面の走査型顕微鏡写真 (加速電圧: KV 観察倍率:× ). 具の中心部に向かって広がっている 図 11は 図 10A 部 の拡大写真である 器具表面に金属の空洞が存 在するため初期欠陥部となっている 器具に加わった 応力によるひずみがこの初期欠陥部に集中し この部 を起点としてストライエーションが発生したと云え る 図 10-C の部 には 性破壊を示すディンプルが 認められる 図 12はこのディンプルの拡大写真であ る この明瞭なくぼみの存在により この材料が 性 破壊を伴って破折したことが証明され この材料は塑 性変形にすぐれた材料であるといえる 以上のことから 器具の破折は次の過程で生じたこ とが明らかになった 1 最初エッジ部付近に起点となるものが発生す る その起点は金属表面上の初期欠陥部であることも ある. 用に際して把握すべき金属材料科学. 図 初期欠陥部の拡大像 (加速電圧: KV 観察倍率:×. ). 図 ディンプルの拡大像 (加速電圧: KV 観察倍率:×. ). 2 金属疲労破壊は その起点から器具の中心部に 向かって扇状に伝播する 3 金属疲労破壊がある程度まで伝播したところで 性破壊を伴った破壊が一挙に起こり 器具は破折に 至る この金属疲労破壊の伝播は 屈曲変形により最大ひ ずみが生じるエッジ部付近から発生していることか ら 器具の屈曲操作によるくり返し変形に起因してい ることも明らかになった 一方 著者は新しい歯内療法用器具に対してくり返 し屈曲変形を与えるシミュレーション実験を行った その結果 約 3,000回のくり返し屈曲変形を受けたの ち器具は破折に至った 屈曲シミュレーション実験で 破折した器具の破断面を走査型電子顕微鏡にて解析し たところ 臨床にて破折した器具に認められたものと.
(6) 日歯内療誌. 23(1):5∼11 2002. 図 図. 図. シミュレーション実験の器具破断面に発生 したストライエーション (加速電圧: KV 観察倍率:× ). 強いねじり実験により破断した器具 (加速電圧: KV 観察倍率:× ). 同様の金属疲労破壊を示すストライエーション(図 13)が認められた このことから 臨床において器具 が破折した原因は 屈曲変形による金属疲労であるこ とが明らかになった さらに 著者は 強いくり返しねじり操作(90度の くり返しねじり回転)を与えるシミュレーション実験 を行った この実験の結果 器具は約 600回のくり返 しねじり回転により破折に至った 破折した器具の破 断面を走査型電子顕微鏡にて解析したところ 破断面 は 図 14に示すような長軸方向に亀裂を伴った鋸状を 呈していた この実験により 器具に対して強いくり 返しねじり操作を与えると器具は容易に破折すること が明らかになった さらに 著者は 弱いくり返しねじり操作(30度の. 弱いねじり実験により破断した器具の 破断面 (加速電圧: KV 観察倍率:× ). くり返しねじり回転)を与えるシミュレーション実験 を行った その結果 器具は 約 15万回のくり返しね じり回転の後に破折した 破折した器具の破断面を走 査型電子顕微鏡にて解析したところ 図 15に示すよう に エッジとエッジの中間部を起点とするきわめて細 かいストライエーションが確認された この起点部が 四角形の断面の棒にねじり操作を加えたときのひずみ 発生位置に一致していることから このストライエー ションはねじり操作によるものである したがって この実験により 約 15万回という操作回数は臨床では えられないものであることから 弱いねじり操作は 器具の破折原因にはなり得ないことが明らかになっ た 以上の結果から明らかにされたことは 以下の通り である 1 臨床における器具の破折原因は くり返し屈曲 変形に起因する金属疲労破壊によるものである 2 強いねじり操作は器具を容易に破折させる し たがって ねじり塑性変形を受けた器具はただちに廃 棄する必要がある 3 弱いねじり操作は破折の原因とはならない. おわりに 歯内療法用器具は しばしば屈曲した根管内で複雑 な操作のもとで 用されるため 塑性変形をくり返し 受けるという金属としてはきわめて過酷な状況で 用 されている したがって 歯科医師は 歯内療法用器 具に 用されている金属の性質を把握し 金属の能力 の限界を見極める必要がある その結果 歯科医師は.
(7) 歯内療法用器具 用に際して把握すべき金属材料科学. 器具破折という始末におえない医療事故を防止するこ とができる 稿を終えるにあたり ご 閲を賜りました岩手医科大学 歯学部歯科理工学講座の荒木吉馬教授 岩手大学工学部機 械工学科の今野薫助教授ならびにマニー(株)営業開発課 の篠崎様に深甚なる謝意を表します. 文. 献. 1) 坂本 卓:金属材料入門 116∼118 日刊工業新 聞社 東京 2000 2) 門間改三:大学基礎機械材料 7∼10 実教出版 東京 1987 3) 玉虫文一 他:理化学辞典 岩波書店 東京 1982 4) 平野陽三:金属材料活用事典 806∼825 事典出 版センター 東京 1999. 5) チモシエンコ:材料力学 上巻 282∼283 東京図 書 東京 2000 6) 小寺沢良一:フラクトグラフィとその応用 日刊 工業新聞社 東京 1981 7) 北川英夫 小寺沢良一:フラクトグラフィ 培風 館 東京 1984 8) Sotokawa,T.:An analysis of clinical breakage of root canal instruments. J Endodon, 14(2): 75∼82, 1988. 著者連絡先:外川 正 外川歯科医院 〒 020-0004 盛岡市山岸 1-2-26 Tel. 019-653-6480 Fax. 019-653-6482 e-mail:sotokawa@ictnet.ne.jp.
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