シンポジウムઆ「HTLV-1 と中枢神経感染症」
HTLV-1 関連脊髄症(HAM)の患者参加型の研究と創薬
山 野 嘉 久
【要旨】難病 HTLV-1 関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy、以下 HAM)は有効な治療法がなく、画 期的な新規治療法が切望されているが、希少疾患ゆえに症例集積が困難で質のよいエビデンスに乏しく、治療 薬開発の障壁となっている。これを打破するため、患者会への参加や HAM 専門外来を通して患者に協力を 得て、検体バンクや患者レジストリを構築した。単なる症例集積に留まらず、検査データの診療への還元や HAM に関する情報提供を行い、「ともに疾患を克服する」意識と患者に参加するメリットが感じられる研究 の実現に努めた。その結果、検体やデータ解析によりこれまで知り得なかった新しい知見を得ることができ、 新規薬剤開発、診療ガイドライン作成など、HAM の治療に新たな変革をもたらした。 Key Words:HAM、CXCL10、疾患活動性 CCR4、医師主導治験
はじめに
HTLV-1 関連脊髄症(HTLV-1 associated myelo-pathy、以下 HAM)は、進行性の脊髄障害を特徴 とする疾病で、有効な治療法がなく患者の生活の質 は大きく損なわれており、きわめて深刻な難治性疾 患である。このため根治的治療や病態の本質に作用 し疾患の進行を抑制する画期的な新薬開発が切望さ れている。しかしながら、HAM は全国の患者数が 約 3,000 人と希少な疾患であることから、研究に必 要な検体や臨床情報の集積が困難であり、治療薬開 発の大きな障壁となっている。このような問題点を 克服するために、HAM に対する新薬開発におい て、われわれが取り組んできた患者参加型の研究の 経緯や実際について概説する。HTLV-1 を取り巻く最近の動向
HTLV-1 感染者は全国で約 100 万人と推定され ており、感染者の約ઇ%に成人T細胞白血病・リン パ腫(adult T-cell leukemia-lymphoma、以下 ATL) を、約 0.25%に HAM を発症する。HTLV-1 のお もな感染ルートは母乳を介した感染であるため、 2011 年より国主導で「HTLV-1 総合対策」が実施、 同年より妊婦健診でのHTLV-1 抗体検査が開始さ れた。母子感染予防対策は感染者減少に寄与すると 期待されているものの、近年の疫学調査では、いま だ毎年約 4,000 人の新規感染者がいることが報告さ れ1)、性行為等による水平感染の問題も浮き彫りと なってきた。また、生体腎移植において、HTLV-1 陽性ドナーから陰性レシピエントへの移植により高 率に HTLV-1 感染が起こり、しかも移植後早期に 急速進行性のHAM を発症するレシピエントが存 在し、発症する確率が通常のHTLV-1 キャリアよ り高率であることが報告され2)、移植医療における HTLV-1 感染の重要性が示唆されている。HAMの現状
HTLV-1 関連脊髄症(HAM)は、進行性の脊髄 障害を特徴とする慢性炎症性神経疾患である。HAM の病巣はおもに下部胸髄にあり、両下肢の痙性対麻 痺を主徴とするが、膀胱直腸障害や自律神経障害、 感覚障害を伴うことが多く、多彩な症状を呈する。 現在、インターフェロン(interferon、以下 IFN)α やステロイド薬が治療の主流であるが、IFNαの効 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター病因病態解析部門 (〒216-8512 神奈川県川崎市宮前区菅生 2-16-1)果は限定的であり、またステロイドは進行抑制効果 はあるものの保険未承認でエビデンスに乏しいた め、根治や高い進行抑制効果が期待できる新規治療 薬の開発は必須である。
問題克服へ向けた患者参加型の研究の実施
しかしながら HAM は希少疾患であるがゆえに、 研究に必要な臨床情報や検体の集積が困難であり、 治療薬開発の大きな障壁となっていた。治療薬開発 における創薬のシーズの発掘は非常に重要であるが、 そのためにはより多くの患者の検体が必要であり、 患者の理解と協力が不可欠である。われわれは患者 会活動への参加や HAM 専門外来の実施を通して、 診察室の内外で患者の生の声や要望を聴き取るとと もに、患者やその家族に疾患への理解を深めてもら うことに注力した。さらに専門外来においては、患 者への説明と同意のもと、採取した検体を検体バン クに保存するとともに、検体より得たデータを患者 の日常診療に還元・反映させ、最良の検査・治療を 提供することで、患者自身が研究に参加することへ のメリットを享受し、さらに医師が患者と一緒に病 気の克服に取り組む姿勢を実感してもらえるよう努 めている。HAMの病態
このような取り組みを基盤とした病態解明におけ るシーズ探索により、新たな知見が得られてきた。 HAM の病態は HTLV-1 に起因する脊髄の慢性持 続性炎症によって形成されているが、脊髄病変部に おいて HTLV-1 の感染は浸潤したT細胞にのみ確 認され、周辺の神経細胞やグリア細胞には確認され ないことから3)、HTLV-1 は感染リンパ球やそれに 対する免疫応答を介して、間接的に神経傷害を起こ すと考えられている。また、髄液中や脊髄病変局所 で一部の炎症性サイトカインやケモカインの産生が 非常に高まっており、特に感染細胞や炎症細胞が産 生する IFN-γやアストロサイトが産生する CXCL10 などのサイトカインが互いに炎症促進的に作用、い わば炎症のポジティブフィードバックループを形成 し4)、脊髄炎症の慢性化を維持していると考えられ る。さらに髄液中 CXCL10 は疾患活動性を反映す るバイオマーカーであることも証明され、これが後 に述べる疾患活動性に応じた層別化治療へとつな がっている。感染細胞を標的とした新規分子標的薬の開発
HTLV-1 はTリンパ球に選択的に感染するが、 HAM 患者において HTLV-1 がケモカイン受容体 CCR4 陽性T細胞におもに感染しており、その機能 異常が病態形成に重要であることが示された5,6)。そ こで CCR4 を標的として抗体依存性細胞障害活性 を示すヒト化抗 CCR4 抗体製剤(モガムリズマブ) に着目し、HAM 患者の血液・髄液由来細胞におけ るモガムリズマブの感染細胞殺傷効果、抗炎症効果 等を証明7)、CCR4 が感染細胞を標的とした HAM の 治療標的分子になりうると判断し、2013 年 11 月よ り HAM に対するモガムリズマブの第 1/2a 相試験 を医師主導治験として開始、治験は順調に完遂し安 全性や有効性が示され8)、第અ相試験実施の実現に いたっている。モガムリズマブは ATL の治療薬と してわが国で開発された薬剤であるが、HAM にお いて HTLV-1 感染細胞を劇的に減少させる唯一の 薬剤であり、HAM の治療に大きな変革をもたらす と期待される。患者レジストリがもたらした成果
一方、新薬開発に必要な、より普遍的な疫学的情 報を得るために、われわれは 2012 年に患者レジス トリ「HAM ねっと」を開設した。このレジストリ 参加へのリクルートには、HAM 患者会が全国の HAM 患者に協力を呼び掛けたことが功を奏し、初 年度で 300 人超、現在 575 名超の登録者を擁する世 界に類をみない貴重な情報基盤となっている。さら にこのレジストリは、患者からの情報収集を行う一 方で、治験情報やその進捗状況、講演会等の案内、 患者向け情報誌の送付を行うなど、レジストリ登録 患者に参加するメリットを感じてもらえるよう工夫 しており、調査継続率が 95%以上ときわめて高い ことも特徴である。 HAM ねっとによる 484 例の疫学的解析では、歩 行障害の進行速度の中央値は、発症から片手杖歩行 までઊ年、両手杖歩行まで 12.5 年、歩行不能まで 18 年であった9)。また患者の約ઊ割は緩徐に進行す るが(緩徐進行群)、発症後急速に進行し年以内 に片手杖歩行レベル以上に悪化する患者(急速進行 群)が約ઃ〜割存在し、その集団の長期予後は有 意に悪く、一方発症後 20 年以上経過しても杖なし で歩行可能な集団(進行停滞群)も存在した10)。 HAM ねっとのデータ解析により、これまで知り得 なかった HAM の自然史や治療状況などが明らかになり、現在もリアルワールドデータとしての安定 的な前向きの臨床情報の収集を継続している。
HAMの疾患活動性分類
上述のとおり、HAM の症状の進行パターンは大 きくઅつに層別化されることが統計学的に示され、 疾患活動性(症状の進行速度)の違いは予後に反映 されることから、早期に疾患活動性を把握し、治療 方針を決定することが重要であることが示された。 患者のバイオレポジトリを用いた研究で、層別化に 有用なバイオマーカーとして髄液 CXCL10 濃度、 髄液ネオプテリン濃度が有用であることが示され10)、 そのカットオフ値を同定し、厚生労働省研究班にお いて、①バイオマーカー(髄液ネオプテリン、髄液 CXCL10)、②発症様式、③直近の臨床経過、④ MRI 画像所見を指標とした、HAM の疾患活動性 分類基準が策定された(表 1)。これは、HAM の 治療アルゴリズム作成に重要な指針となるものであ る。HAMに対するステロイド治験
一方、HAM ねっとによる HAM 患者の治療状況 に関する調査では、興味深いデータが示された。 HAM 患者の治療歴に関する調査において、保険承 認されている IFNα療法を受けた患者の割合は低 く、ステロイド治療を継続している患者の割合は保 険未承認にもかかわらず比較的高いことが明らかに なった。さらに HAM のステロイド治療に関する 多施設共同の後ろ向きコホート調査において、ステ ロイド治療継続群が未治療群にくらべ症状が改善し た患者が多く、悪化した患者が少ないことが証明さ れたことから、HAM ではステロイド治療の継続が HAM の進行抑制に有効である可能性が示唆され た11)。ステロイドは保険未承認にもかかわらず、 HAM の治療において最も使用されている薬剤であ り、長期予後を改善させる可能性も示唆されてい る。しかし長期にわたるステロイド治療は副作用の 問題もあり、疾患活動性に応じて適正量を使用すべ きであるが、そのエビデンスはない。そこで 2016 年ઊ月から HAM 患者を対象とした多施設共同ラ ンダム化比較試験を医師主導治験として実施してい る。この試験は疾患活動性別にステロイドの有効性 や安全性を検証し保険承認を目指すものであるが、 同時に髄液ネオプテリンや CXCL10 などの疾患活 動性を判定するバイオマーカーの有用性を前向きに 検証しており、HAM のガイドライン策定や標準治 療の確立に資する質の高いエビデンスを創出し、 HAM の治療アルゴリズムに革新をもたらすと期待 される。HAMの生命予後と ATL リスク
一方、HAM 患者のATL の合併は生命予後を左 右する重要な問題であり、患者レジストリのデータ 解析でも、HAM 患者の死因の上位となっている。 最近、フローサイトメトリーによる感染細胞の解析 研究により、ATL ハイリスク細胞と同定できる細 胞群があり12)、ATL 発症リスクが高いと予想され る HAM 患者にはこの細胞群が多く、ATL 患者と 酷似したパターンを示す。HAM 患者を対象とした 抗 CCR4 抗体の第 1/2a 相試験では、このような患 者において抗 CCR4 抗体が ATL ハイリスク細胞を 表 1 HAM の疾患活動性分類基準 疾患活動性 ①バイオマーカーに基づく分類基準 ②発症様式に基づく分類基準 ③臨床経過に基づく分類基準 ④ MRI 画像所見 髄液ネオプテリン* (pmol/mL) 髄液 CXCL10 ** (pg/mL) 高 (急速進行) 44≦ 4,400≦ 急速進行例: 運動障害発現から年以内 に OMDS grade 5 以上 直近年未満で OMDS が段階以上進行 脊髄の腫大あるいはT2W1 で高信号域 中 (緩徐進行) 6−43 320−4,399 緩徐進行例: 急速進行例、進行停滞例の いずれにも該当せず 低 (進行停滞) ≦5 <320 進行停滞例: 運動障害発現から 10 年以 上で OMDS grade 3 以下 *株式会社エスアールエルにおいて測定された値に基づく。**聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターにて BD 社 cytometric bead array を用いた測定値に基づく。
神経学会ほか(監):HTLV-1 関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン−HTLV-1 陽性関節リウマチ& HTLV-1 陽性臓器移植 診療の対応 を含めて,p.45, 南江堂, 東京, 2019.より許諾を得て改変し転載
減少させることが示され8)、HAM 患者の機能予後 改善のみならず、生命予後改善に寄与する可能性も 示唆された。この結果は、ATL ハイリスク群に対 する発症予防薬として抗 CCR4 抗体が使用できる 可能性も秘めており、このような研究は日本のみな らず、世界中のHAM 患者や HTLV-1 キャリアに 希望を与える大きな国際貢献になるであろう。
HAM診療ガイドラインの刊行
冒頭に述べたとおり、HTLV-1 感染者は約 100 万人も存在、また HAM の新規患者数も減少して おらず、むしろ大都市圏での感染者や患者の数は増 加していることが判明し、患者が全国どこに居住し ていても質の高い HAM の治療を受けるためには、 診療ガイドラインの策定が喫緊の課題であった。ま た近年、HTLV-1 に感染している関節リウマチ患 者での治療抵抗性や免疫抑制療法における HTLV-1 関連疾患の発症リスク等の問題13)や HTLV-1 陽性 ドナーから陰性レシピエントへの生体腎移植におい て、移植後にレシピエントの 87.5%が HTLV-1 に 新規感染し、40%が HAM を発症することが報告 されたことから2)、関節リウマチ患者の治療や臓器 移植医療の現場でも HTLV-1 感染に対する指針の 策定が求められている。このような背景を踏まえ、 HAM および HTLV-1 に関する最新の知見を取り 入れた「HAM 診療ガイドライン 2019」が刊行さ れた14)。本ガイドラインでは HAM の疾患活動性分 類に沿った層別化治療を実施するための、現時点で の「治療アルゴリズム」を提唱(図 1)しており、 HAM の診療に従事する医師には是非参考にしてい ただきたい。また推奨決定のためのパネル会議には 患者会の代表も参加し、さらに患者の価値観や意向 を踏まえたガイドライン作成を行うために、患者レ ジストリに登録された 496 名に対し質問紙調査を行 い、その内容をガイドラインに反映させている。最後に
HAM はわが国の研究者が発見した疾患で、臨床 像の解明や病態研究において世界をリードしてき た。しかしながら、欧米先進国に患者が少ないこと も影響し、バイオマーカー研究や治療法開発などに 関する質の高いエビデンスが少ないため、先進国の なかで患者の多い日本が主導し、この分野の研究を 推進させることが急務である。一方、患者にとって も病気に対する不安に加え、自身の病気に対し理解 や共感を示してくれる人が少なく、孤独を感じなが ら闘病している患者も多い。医師や研究者をはじめ とした医療者と患者やその家族らが「一緒に病気を 克服する」という意識を共有することが、患者参加 型の研究を実現し、新規治療薬開発の大きな前進に つながっており、今後さらに発展することが期待さ れる。 図 1 HAM の治療アルゴリズム 神経学会ほか(監):HTLV-1 関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン −HTLV-1 陽性関節リウマチ& HTLV-1 陽性臓器移植 診療の対応 を含めて,p.xix, 南江堂, 東京, 2019.より許諾を得て転載文献
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