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〈論説〉ホブハウスによる「ヘーゲル=ボザンケ的国家論」批判

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Academic year: 2021

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(1)ホ ブハ ウス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的 国 家論 」 批判. 目. 積 極 的自 由 と消 極 的 自 由. 有機体的社会観. 国家 に お け る ︿ 真 実 意 思 11 一般 意 思 ﹀ の体現. 真 実 意 思 と 一般 意 志 の 一致. 石. ﹁へ ー ゲ ル ーー ボ ザ ン ケ 的 国 家 論 ﹂ 批 判. ホ ブ ハウ ス に よ る. 次. へー ゲ ルの国 家 論 と ド イ ッ軍 国主 義. イ ギ リ ス理想 主 義 学 派 と ボ ザ ンケ. ボ ザ ンケ と へー ゲ ル. ω. ω. ω. 真 実 意 思 と 一般 意 志. ω. 社 会 と 自由 の観 念. ㈹. 一. はじめに. 二. 三 働. む す び にか え て. 井. 健. 司. 一315一.

(2) は じ め に. ︿国家 と は 何 か﹀ と いう 問 いは、 政 治 学 徒 にと って古 く て新 し い、 いわ ば永 遠 の問 い であ る と い え よ う。 ホ ッブ ズ. (] コ プO口ρ四ω ︼ 山OげσΦω) が ﹃リヴ ァイ アサ ン﹄ ( 卜塁旨ミ§ し ①望 ) にお い て近 代 主 権 国 家 を 理 論 的 に定 式化 し て以来 、. 国 家 の本 質 や機 能 を め ぐ って これ ま で数 多 く の論 争 が く り ひろ げ ら れ てき た 。 そ れ は ま た 、 自 由 主 義 と いう イ デ オ ロ. ギ ー が結 局 のと こ ろ、 ﹁国 家 に つい て人 間 が 抱 く あ る思 想 であ り 、 国 家 に対 し て人 間 がと るあ る立 場 であ る﹂ と す る. な らば 、 ︿国 家 と は 何 か ﹀ と いう 問 いは、 ︿自 由 主 義 と は何 か ﹀ と いう 問 い にも 直 結 す る と いえ る だ ろ う 。. 周 知 の よ う に、 国 家 を 基 本 的 人 権 を 保 護 す る た め の 結 社 と 見 な す 自 由 主 義 的 な 国 家 観 は、 ホ ッブ ズ 、 ロ ック. (}Oび︼ P︼ UOO評)、 ル ソー ( 富 鋤〒 宣 8 二Φω 幻o島 ωΦo=) ら の社 会 契 約 論 に源 を 発 し て い る。 契 約 論 的 国 家 観 は 、 一七 世. 紀 のイギ リ ス革 命 、 一八世 紀 の ア メリ カ革 命 お よび フラ ン ス革 命 の担 い手 た ち に、 強 力 な 理 論 的 武 器 を 提 供 し た 。 革. 命 の成 功 後 、 そ の根 本 思 想 は憲 法 秩 序 と し て実 定 化 され 、 近 代 国 家 の構 造 を 規 定 す る こと にな った 。 し か し 一九 世 紀. に入 る と、 そ う し た契 約 論 的 国 家 観 を否 定 し、 国 家 を 倫 理 的 な 共 同 体 と 見 な す 観 念 論 的 な 国 家 観 が ドイ ッにお い て台. 頭 し てく る。 そ の主 唱 者 は へーゲ ル ( ∩甲 ΦO同σq ゼく゜勾゜出①σ q①一 ) であ る。 へー ゲ ルは ﹃法 の哲 学 ﹄ ( O§ ミ ミミ§ 織ミ き 苧. ご的8 ミ鳴 § の 沁題ミ鈎 一。。b。O) に お い て、 国 家 こそ人 倫 / 倫 理 の最 高 の形 態 であ り 、 個 人 の自 由 は国 家 にお い ては じ め. て真 の実 在 性 を 獲 得 す ると 主張 し た。 こう し た へー ゲ ル の国 家 観 は、 ベ ンサ ム ( 臼ΦHΦH口団 切Φ] Pけ びΦ﹃ 口) 的 な 功 利 主 義. に行 き づ ま り を 感 じ て いた 一九世 紀 末 のイ ギ リ ス思 想 界 に大 き な 影 響 を 及 ぼ し た。 へーゲ ルか ら 多 大 な イ ン スピ レ ー. 一316一. 第49巻 第2・3号 近畿 大学法学.

(3) ボ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的 国家 論 」批 判. 一G。刈①)、 ボ ザ ン ケ (ゆ①ヨ 鉾 α ゆoω働亭. ミ鴨建 ミ 鳶N 8 ミ ぎ N § § N O守N 甜ミ 画 § ". シ ョ ンを 受 け た グ リ ー ン ( ]り げ05ρ⇔ω } 由凶 = ∩} 同ΦΦづ) の も と で 、 い わ ゆ る ﹁イ ギ リ ス理 想 主 義 学 派 ﹂ ( 跨 Φ 切同三 ωび H Ω8 甲 ﹃政 治 的 義 務 の 原 理 ﹄ 9 8 § 蕊的 §. ②. ( 国3 Φωけ 切碧 評Φ﹃) に よ れ ば 、 ボ ザ ン. 一。。㊤O) な ど 、 一連 の 著 作 が 生 み 出 さ れ た 。 な. 切冨 巳 亀 ) の ﹃倫 理 学 研 究 ﹄ 翁 ミ 爵ミ のミ ミ 舞. 一 2 ω9 09 ) が 形 成 さ れ 、 グ リ ー ン の 一゜。り㎝)、 ブ ラ ッ ド リ ー (写 き 9ω 即. ρ亘Φ↓) の ﹃哲 学 的 国 家 論 ﹄ ( § 鳴 き 軌N 8 8 ミ § N § 8 遷 ミ 導 鳴 の言 欝. か で も ボ ザ ン ケ は へー ゲ ル か ら の 影 響 が い ち じ る し く 、 ア ー ネ ス ト ・バ 1 カ ー. ケ はグ リ ー ンの哲 学 を完 全 に へー ゲ ル的 な国 家 観 に近 づ け よう と し た の であ った 。. し か し こう し た グ リ ー ンか ら ボ ザ ンケ に いた る イ ギ リ ス理 想 主 義 の発 展 は、 マ ルク ーゼ (H 山①村げ①﹃↓竃 ①村〇一 ﹄ ωΦ) に. い わ せ れば 、 イ ギ リ ス の伝 統 的 な自 由 主 義 の理念 が徐 々 に放 棄 さ れ て いく 過 程 に ほか な ら な か った 。 イ ギ リ ス の理想. ㈲. 主 義 者 たち は、 へー ゲ ル の ﹃法 の哲 学 ﹄ に お け る反 自 由 主 義 的 な 諸 観 念 を 採 用 し 、 国 家 の独 立的 な 原 理 や普 遍 者 の優. 位 を 強 調 し た。 そ の結 果 二 〇 世 紀 に入 る と、 イ ギ リ ス理 想 主 義 学 派 の国 家 論 はき び し い批 判 を 浴 び る よ う にな って い. く。 そ う し た批 判 のな か でも 最 も典 型 的 な も のが、 ホブ ハウ ス (︼ ギΦO] P餌村α ]り ゜} 山OげゴO・ ⊆ωΦ) によ るボ ザ ンケ の国 家 論. に対 す る批 判 であ る 。 当時 ロンド ン大 学 でイ ギ リ ス初 の社 会 学 講 座 を 担 当 し て いた ボブ ハウ スは 、 一九 一八 年 に ﹃形. 而 上 学 的 国家 論﹄ (§ 鴨 さ 嚇 愚 書 魯§ N§ 8遷 旦 き鳴 の§ 免 缶 Oミ § °。§"お 一。。) を上 梓 し、 ボ ザ ン ケ の国 家 論 を徹. 底 的 に 批 判 し た 。 ホ ブ ハウ ス の著 作 の表 題 は 、 明 ら か に ボ ザ ンケ の著 作 の表 題 を 皮 肉 った も の であ り 、 こ の点 か ら も. ホ ブ ハウ ス の挑 戦的 な 態 度 を う か が い知 る こと が でき る。 ロド ニー ・パ ーカ ー (幻Oα⇔Φ団 切O同貯Φ同) に よ れ ば、 こう. し た ホ ブ ハウ ス のボ ザ ンケ に対 す る批 判 は 、 彼 に ﹁す べ て の理想 主 義 的 伝 統 に対 す る反 対 者 と いう 評 判 ﹂ を 与 え る こ ω と に な った 。. 一317一.

(4) 本 稿 の目 的 は 、 こう し た ホブ ハウ スの ﹁へーゲ ルーー ボ ザ ンケ的 国家 論 ﹂ に対 す る批 判 を 検 討 す る こと に よ って、 ホ. ブ ハウ スの国 家 論 、 さ ら に は自 由 論 の特 徴 を 探 る こと であ る 。 前述 し た よ う に、 ︿国 家 と は 何 か ﹀ と いう 問 いが、 ︿自. 由 主 義 と は 何 か ﹀ と いう 問 い に直 結 す るも の であ ると す る な ら ば、 国家 と自 由 の問 題 を あ ぐ って展 開 さ れ た ホブ ハウ. ㈲. スの へーゲ ル" ボ ザ ンケ的 国 家 論 批 判 を 検 討 す る こと は 、 ホ ブ ハウ ス の政 治 思想 を再 構 成 し そ の現 代 的 意 義 を 考 察 す るう え で、 看 過 でき な い重 要 な 課 題 であ ると いえ よ う 。. 本 稿 で の検 討 は以 下 の順 序 で進 あ られ る。 第 一章 では 、 イ ギ リ ス理 想 主 義学 派 の歴史 的 位 置 と ボ ザ ンケ の人 物 像 に. つい て概 観 し 、 彼 ら に大 き な影 響 を 与 え た へーゲ ル の国 家 論 を ホ ブ ハウ ス の主 張 に し た が って整 理す る。 第 二章 で は、. へーゲ ルーー ボザ ンケ的 国 家 論 の基 礎 にあ る社 会 観 と 自 由 観 と に対 す る ホ ブ ハウ ス の批 判 を検 討 し、 そ れ を通 じ てホブ. ハウ ス自 身 の社 会 観 と自 由 観 の特 徴 を 明 らか にす る。 こ こ でと く に注 目 さ れ る のは 、積 極 的 自 由 と消 極 的 自 由 と の関. 係 に か んす る ホブ ハウ ス の見 解 であ る。 第 三 章 で は、 ボ ザ ンケ の ﹁真 実 意 思 ﹂ の理 論 に対 す る ホ ブ ハウ スの批 判 を検. 討 す る。 こ こ では、 ホブ ハウ スが意 思 と自 由 の関 係 を ど のよ う な も のと し て捉 え て いた のか、 ま た彼 が国 家 の本 質 を. ど のよ う なも の と し て捉 え て いた のか と い う点 に関 心 が 向 け ら れ る。 以 上 の検 討 を 通 じ て、 ホ ブ ハウ ス の国 家 論 ・自 由 論 の特 徴 の 一端 が明 ら か に さ れ る であ ろ う。. 一318一. 第49巻 第2・3号 近 畿 大 学 法学.

(5) ω. ボ ザ ン ケ と ヘー ゲ ル. イ ギ リ ス理 想 主 義 学 派 と ボ ザ ンケ. 筆 者 は 前 回 の拙 稿 にお い て、 ホ ブ ハウ スの新 自 由 主 義 (ZΦ毛   [一 σΦ﹃餌ζωヨ) 論 の概 要 を検 討 し た。 そ の検 討 の結 果 、. ㈲. ホブ ハウ ス は、 あ る人 の自 己 発 展 が 他人 のそ れ を阻 害 しな い よう な 社 会 の全 成 員 の調 和 的 な 自 己 発 展 を 究 極 の目 標 と. し 、 そう し た 目 標 を 達 成 す るう え で国 家 は積 極 的 な役 割 を 果 たす べき だ と 主 張 し て いた こと が 明 ら か にな った 。. し か し ホブ ハウ ス は、 そう し た 国 家 の積 極的 な役 割 を 容 認 し な がら も 、 国 家 が 個 人 を 超 越 し た 存 在 と し て君 臨 し 、. 国 家 のな か に個 人 の人 格 が 埋 没 さ せ ら れ るよ う な、 国 家 の至 上 化 ・絶 対 化 を 認 め たわ け で は決 し てな か った 。 こ の点. にお い て ホブ ハウ スが 危 惧 し て いた の は、 ドイ ッ観 念 論 哲 学 か ら の文 化 的 な 影 響 が 、 イギ リ スの伝 統 的 な 自 由 主 義 の. 理 念 を 浸 食 し て いた こと だ った 。 フリ ー デ ン (ζ帥 Oげ9Φ一H ッ 村①①αΦb[ ) に よ れば 、 ホブ ハウ スは オ ック ス フ ォー ド大 学. ㎝. 在 学 時 代 か ら、 ド イ ッか ら の文 化 的 ・哲 学 的 影 響 を 憂 慮 し て い た。 ホ ブ ハウ スは イ ギ リ ス的 自 由 の腐 食 のな か に、. ﹁ド イ ッ 的 な 文 物 の亡 霊 ﹂ を 見 い だ し て い た 。 な か で も ホ ブ ハ ウ ス が 強 い 危 機 意 識 を も っ て 眺 め て い た の は 、 カ ン ト. ⑧. (H H 口H 口⇔⇔信Φ一} (鋤⇔け )、 へー ゲ ル ら の ド イ ッ観 念 論 哲 学 を 受 容 す る こ と に よ っ て 独 自 の 哲 学 体 系 を 樹 立 し た 、 イ ギ リ ス. 理 想 主 義 学 派 の隆 盛 であ った 。. イギ リ ス理 想 主 義 学 派 は、 一九 世 紀 末 の イギ リ ス にお け る社 会 的 諸 条 件 の変 化 に対 応 し て消 極 政 治 か ら 積 極 政 治 へ. の転 換 を 図 る ため に、 ﹁公 共 善 ﹂ ( 。oヨヨ8 0 qooα) の理念 を 中 核 と す る独 自 の哲 学 体 系 に依 拠 す る こと によ って、 自. 一319一. ﹃. ﹁. ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判.

(6) ゆ. 由放任主義 とし ての. ﹁古 典 的 自 由 主 義 ﹂ (〇一 9ωω団 OO一︼ じ=∪ Φ目p◎一 一 ω︼ ︺ P) を 修 正 な い し 再 構 成 し よ う と し た 思 想 グ ル ー プ で. あ る。 アー ネ スト ・パ ー カ ー の指 摘 によ れば 、 こう し た イ ギ リ ス理 想 主 義 学 派 の知 的 源 流 と な った のは、 古 代 ギ リ シ. ア哲 学 と ド イ ッ観 念 論 哲 学 であ った 。 と く に後 者 か ら の影 響 は 非 常 に大 き く 、 パ ーカ ーは 、 理 想 主義 学 派 の国 家 論 は. ㈹. コ 八 世 紀 の終 わ り か ら 一九 世 紀 のは じ め にか け て ドイ ッで最 初 に説 か れ た政 治 哲 学 に つい て の注 釈 と 説 明 であ り 、. ま た 拡 張 と 修 正 で あ る ﹂ と 述 べ て い る 。 イ ギ リ ス理 想 主 義 の 創 始 者 グ リ ー ン は 、 こ れ ら の 思 想 を 受 容 す る こ と に よ っ. て独 自 の哲 学 体 系 を 樹 立 し 、 そ れ を 自 由 主 義 の基 礎 に お く こ と に よ っ て 、 自 由 主 義 の 理 想 主 義 的 再 編 を 果 た し た の で ある。. こ う し た イ ギ リ ス 理 想 主 義 学 派 は 、 主 に オ ック ス フ ォ ー ド 大 学 の 関 係 者 を 中 心 と し て 構 成 さ れ て い た と こ ろ か ら 、. ﹁オ ック ス フ ォ ー ド 学 派 ﹂ ( ↓げΦ ○×協Oづμ ωO︼ ]OO一 ) と も 呼 ば れ て い る。 オ ック ス フ ォ ー ド学 派 は 前 期 と後 期 に分 け ら. (ノ ぐ゜ノ ン NΩD一 一 曽O①)、 J ・ケ ア ー ド. ㎝. ( 匂9 ⇔ 蜜 霧 2 導 ) ら が い た 。 理 想 主 義 学 派 の 創 始 者 グ リ ー ン は. ( 幻゜︼ ド ] ∠鋤け 菖Φωゴ一 づ)、 D ・G ・. ( 冨 昌Φ O巴 a ) ら が い た 。 一方 、 へ ー ゲ ル 的 な 性 格 が 濃 厚 と い わ れ る. れ 、 カ ン ト 的 な 影 響 が 強 い と い わ れ る 前 期 学 派 に は 、 グ リ ー ン を 代 表 と し て 、 E ・ケ ア ー ド (国α≦ 母 α O巴 a )、 W ・ウ ォ レ ス. (U⑳≦ α Ω゜知§ 三 ①)、 J ・ マ ッカ ー ン. 後 期 学 派 に は 、 ボ ザ ン ケ を 代 表 と し て 、 ブ ラ ッ ド リ ー 、 R ・L : ネ ッ ト ル シ ッ プ リ ッチ ー. (ζ Φ﹃<一 コ 知幽 Oびけ①﹃) に よ れ ば 、 グ リ ー ン の 著 作 家. 一八 八 二 年 に 天 折 す る が 、 そ の 後 も こ の グ ル ー プ は 三 〇 年 近 く に わ た っ て そ の知 的 影 響 力 を イ ギ リ ス思 想 界 に 及 ぼ し 続 け た 。 グ リ ー ン研 究 史 に お い て画 期 的 な 労 作 を 著 し た リ ヒ タ ー. お よ び 大 学 教 師 と し て の 個 人 的 影 響 力 は 、 彼 の 弟 子 や 同 僚 を 通 じ て イ ギ リ ス の多 く の大 学 に 広 ま って い っ た 。 ケ ンブ. リ ッジ 大 学 と い う 例 外 を の ぞ い て 、 イ ング ラ ン ド 、 ス コ ット ラ ン ド 、 ウ ェー ル ズ の諸 大 学 に お い て、 彼 の 理 想 主 義 哲. 一320一. 第49巻 第2・3号 近 畿 大学 法 学.

(7) 働. 学 が講 じ ら れ た 。 グ リ ー ンの名 声 は そ の講 義 集 の出 版 か ら 第 一次 大戦 の勃 発 に か け て頂 点 に達 し、 彼 の思 想 は議 員 、. 公 務 員 、 聖 職 者 、 ジ ャ ー ナリ ス ト、 出 版 者 な ど に大 き な 影響 を与 え た。 ま た ク ウ ィ ント ン (鋭 零 ゜〇二貯 8昌) に よ れ. ㈱. ば 、 理 想 主 義 学 派 は 一九 〇 三 年 以 降 イギ リ スの指 導 的 な 大 学 の教 授 職 を 保持 し つづ け、 一九 二 〇年 か ら 一九 四 五年 ま で最 大 の哲 学 者 グ ルー プ であ り つづ け た の であ った 。. この よう に し てイギ リ ス理想 主 義 学 派 は当 時 の イギ リ ス思 想 界 を 席 巻 し て いた 。 し か し ホ ブ ハウ スは、 こう し た傾. (切Φ且 Φ目 営 匂o≦ ①ε. と、. ( 切餌霞 9 00=Φσ qΦ) に 入 学 し. ( ≧ ⇔a 鼻 ) 近 郊. 向 を 、 強 い危 機 意 識 を も って眺 め てい た。 な か でも ホブ ハウ スが き び し い批 判 の眼 差 し を 向 け て いた のは、 理想 主義 学 派 後 期 の代 表 的 人 物 であ る ボ ザ ンケ そ の人 であ った 。. (国9罎 o妻) を 経 て 、 オ ック ス フ ォ ー ド 大 学 ベ リ オ ル ・カ レ ッジ. ボ ザ ンケ は、 一八 四八 年 六 月 一四 日、 ノー サ ンバ ー ラ ンド ( Zo円9 自白σ①巨碧 α) 州 の ア ニ ック oの. で生 ま れ た 。 ハ ロ ー 校. た ボ ザ ン ケ は 、 そ こ で 同 カ レ ッジ の 学 長 で あ り ギ リ シ ア哲 学 の 権 威 で あ った ジ ョ ウ ェ ッ ト. (d巳 く輿 ω凶 な. Oo一 一①oqΦ) の フ ェ ロ ー を つと め た 。 そ の 際 に 彼. 同 カ レ ッジ の フ ェ ロ ー で あ った グ リ ー ン か ら 大 き な 影 響 を 受 け た 。 そ の 後 ボ ザ ンケ は 、 一八 七 〇 年 か ら 一八 八 一年 ま で、 オ ッ ク ス フ ォ ー ド 大 学 ユ ニ バ ー シ テ ィ ・カ レ ッジ. ﹁慈 善 組 織 協 会 ﹂ ( ↓げΦ Oげ母 μ 蔓. ( Ω痒 oa ) に か ん す る 講 義 を お こ な った 。 ボ ザ ン ケ は 一九. oh ωけ 諺⇔母 Φ≦ ω) の 道 徳 哲 学 の 教 授 に 就 任 し 、 一九 〇 八 年 ま で 在 職 し た 。 ま た 一九. ω09Φ↓団) に お い て 重 要 な 役 割 を 果 た し た 。 ボ ザ ン ケ は 一九 〇 三 年 に リ ッ チ ー の 後 任 と し て セ ン ト ・. 05. は ロ ン ド ン に 移 り 住 み 、 ﹁ロ ン ド ン 倫 理 協 会 ﹂ ( けげΦ H、 O︼ ρ匹Oコ 団一 ゴ一 〇鋤一ωOO一 Φけ ) ﹁ ) や 9 σ qo巳 No¢8. ( 二三 く①Hωμ 畠. 年 と 一九 一二 年 に は 、 エジ ン バ ラ大 学 でギ フ ォ ー ド. ア ン ド ル ーズ 大 学 =. 二一 二年 に ロ ン ド ン で 他 界 し た が 、 哲 学 ・政 治 学 の両 分 野 に お い て 数 多 く の 著 作 を 残 し た 。 ﹃哲 学 的 国 家 論 ﹄ 以 外 の ボ. ﹂. 一321一. }.  . ホ ブハ ウス によ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ン ケ的 国 家 論 」 批 判.

(8) 愛 国 主 義 の 研 究ー. ﹄. ザ ンケ の主 な 政 治 学 関 連 の著 作 と し ては 、 ﹃社 会 問題 の諸 側 面 ﹄ $ 魯 8誘 ミ の09ミ ぎ6ミ⑪§"一。。りα)、 ﹃個 人 の価 値 と 運 命 ﹄ (§ ⑪ ぎ N §0 9§織 N )鳴Q叫 画 §い ㌔D\ 琳 討鳴 き 織画 ミ賊 織§Ω岱 一 り一ω)、 ﹃社 会 的 国 際 的 理 想 -. ( ] UO<陣 α UuO口O︼ P①﹃) に よ れば 、 ボザ ンケは グ リ ー ンや ブ ラ ッドリ ーと な ら ん でイ ギ リ ス理想 主 義 学 派. ( ⑦09ミ § 織 § 鷺§ ミ8§ Nミ § 富﹂忠 §⑳ のミミ8 § 隷 ミ o誉 §し り罵) な ど が挙 げ られ る。 ブ ッチ ャー. を 代 表 す る人 物 の 一人 であ った が、 同時 に彼 は学 派 のな か で ﹁最 も へーゲ ル的 な 思 想 家 の 一人﹂ でも あ った。 そ れ ゆ. え ボ ザ ンケ は、 第 一次 大 戦 中 か ら戦 後 にか け て、 国 家 至 上 主 義 を 擁 護 し た 人 物 と し て非 難 さ れ る こと に な った。 ボ ザ. ンケ の政 治 学 上 の主 著 であ る ﹃哲 学 的 国 家 論 ﹄ は、 イギ リ ス理 想 主 義 学 派 後 期 の政 治 哲 学 を 体 系 化 し た著 作 と し て、. 学 派 前 期 のグ リ ー ン の ﹃政 治 的義 務 の原 理﹄ と 双壁 を な す も のと 評 価 さ れ る。 し か し そ の内 容 は 、 アー ネ スト ・バ ー. カ ー も指 摘 す る よ う に、 グ リ ー ンと く ら べ ていち じ るし く へーゲ ル的 な 国 家 論 に接 近 し て いる 。 す な わ ち パ ー カ ー に. よ れば 、 ボ ザ ンケ は こ の著 作 にお い て、 ﹁平 均 的 な 市 民 の自 由 意 思 と 国 家 お よ び そ の制 度 と の関 係 にか ん す る グ リ ー. ㈹. ン の慎 重 でた め ら いが ち な 態 度 を 放 棄 し て、 個 人 が民 族 精 神 のな か に自 由 に吸 収 さ れ ると いう へーゲ ル の考 え方 によ り 接 近 し た ﹂ の で あ った 。. ホ ブ ハウ ス は 、 こ う し た へ ー ゲ ル お よ び へー ゲ ルか ら 大 き な 影 響 を 受 け た ボ ザ ン ケ の 国 家 論 の こ と を 、 そ の 著 作 の. ( 宣 ヨ Φω ζ Φoαo≦。﹃03. に よ れ ば、 ホブ ハウ スは 処 女作. ﹃知 識 の 理 論 ﹄ (§ 鴨 § 8 遷 ミ. 表 題 に も あ る よ う に、 ﹁形 而 上 学 的 国 家 論 ﹂ ( ↓げ① 7臼Φ↓鋤娼げ) M ω} OO一]リ ゴΦO﹃) NOh け ゴ① ωけ 鋤↓①) と 呼 び 、 こ れ を 徹 底 的 に 批 判 し た。 ミ ー ド ク ロ フト. ﹃デ モ ク ラ シ ー と 反 動 ﹄ ( b 鳴§ 8 § 遷 § 織 沁§ 6註§ し ㊤O心). 肉謹 ミ 尉譜 ♪ 一。。り①) の な か で 、 す で に イ ギ リ ス 理 想 主 義 学 派 の ﹁本 質 的 な 誤 謬 ﹂ に 対 し て 現 実 主 義 的 な 立 場 か ら 批 判 ㎝. を 加 え て い る 。 ま た ホ ブ ハ ウ ス は 一九 〇 四 年 に 公 刊 し た. 一322一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(9) ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的国 家 論 」 批 判. ㈹. のな か でも 、 理 想 主 義 学 派 の運 動 は ﹁人 生 と そ の諸 問 題 に対 す る 明 瞭 で人 道 的 ・合 理的 な も の の見 方 に対 す る全 般 的. な反 動 の ひと つの表 現 であ る﹂ と 非 難 し て い る。 そし てそ の 一四 年 後 、 ホ ブ ハウ スは ﹃形而 上 学 的 国 家 論 ﹄ を 上 梓 し. て、 へーゲ ルーー ボ ザ ンケ的 な 理 想 主 義 学 派 の国 家 論 に対 し て、 よ り 根本 的 ・体 系的 な批 判 を加 え る こと に な った の で. へーゲ ル の国 家 論 と ド イ ツ軍 国 主 義. あ る。 それ で は次 節 か ら 、 ホブ ハウ スによ る へーゲ ルーー ボ ザ ンケ 的 国家 論 批 判 の具体 的 な内 容 の検 討 に入 ってみ よ う。. ω. 前 述 し た よう に ホブ ハウ スは、 へー ゲ ルーー ボザ ン ケ的 な 国家 論 の こと を、 ﹁形 而 上 学 的 国 家 論 ﹂ と 呼 んだ 。 そ れ は. (↓ ゴ① ﹀一 ∪ ω〇一 一 ﹂↓Φ) と 呼 ぶ思 想 家 も い る、 超 越 的 存 在 のあ ら わ れ と し て﹂ 理解 し よ う とす る国 家 論. ホブ ハウ スに よれ ば 、 国家 を ﹁本 当 に偉 大 で荘 厳 な も の の化 身 と し て、 す な わ ち 、 精 神 (号 ① ω且 葺 ) と呼 ぶ思 想 家 も いれ ば 、 絶 対 者. の こと であ る。 こ の国 家 論 にお い て は、 人 間 の努 力 によ って理想 を実 現 し よ う と す る試 み は、 ま った く考 慮 の外 に お. か れ る。 な ぜ な ら こ の理 論 にお い て は、 人 間 はす で に理 想 的 な世 界 のな か に生 き て いる と 見 な さ れ る か ら であ る。 形. 而 上 学 的 国 家 論 にお い て は、 国 民 が 裕 福 であ るか 貧 乏 であ る か 、 健康 であ る か 不 健康 であ る か、 幸 福 であ る か不 幸 で. あ るか と いう こと は、 大 し た 問 題 と は見 な され な い。 そ れ ど ころ か 、 国 民 の正議 ・不 正議 、 有 徳 ・不徳 と い う こ と さ. え そう であ る。 な ぜ な ら 形 而 上 学 的 国 家 論 にお い ては 、 国 民 は み な ﹁個 人 の生 活 よ り も は る か に広 大 で高 貴 なも の の. 不 可 欠 な 一部 ﹂ であ り 、 そ の ﹁壮 大 な る全 体 に正 し く 貢 献 す る単 な る構 成 要素 にす ぎ な い﹂ と 見 な さ れ る か ら で あ る。. ﹁壮 大 な る 全体 ﹂ にと って個 人 の善 悪 や 幸 不 幸 は、 取 る に足 ら な い問 題 であ る。 む し ろ 悪 は善 に と って必 要 なも の で. あ り、 それ は絶 対 者 の完 壁 さ の 一部 と さ れ る。 形 而 上 学 的 国 家 論者 は、 悪 の根 絶 を 理想 と し て示 す思 想 は い か な るも. 一323一.

(10) の であ れ 、 ﹁進歩 に つい て の 一般 的 な 観 念 の派生 物 ﹂ であ り、 ﹁人 道 主 義 的 熱 狂 の要 素 ﹂ だ と し て嘲 笑 す る。 ホブ ハウ. ㈲. スは、 こう し た 形 而 上 学 的 国 家 論 の主 張 は理 想 と 現 実 を 混 同す る こと に よ って現 状 を 美 化 し、 人 間 の努 力 に よ って実 現 す べき 理 想 を 見 失 わ せ よ う とす るも のだ と し て、 これ を強 く非 難 す る の であ る。. ホブ ハウ スは こ う し た形 而 上 学 的 国 家 論 を 、 そ の創始 者 であ る ヘー ゲ ルと、 イギ リ スに お け る そ の最 も 忠 実 な 支 持. 者 であ る ボ ザ ンケ と に よ って表 現 さ れ た 形 態 にお い て検 討 す べき こ と を 提 案 す る。 ホ ブ ハウ スに よ れ ば 、 こう し た. へー ゲ ルーー ボ ザ ンケ的 な国 家 論 は、 イギ リ スでは 一般 に ﹁理想 主 義 ﹂ (H α①⇔=ωdP) と 呼 ば れ て いる 。 し か し そ れ は、. ホブ ハウ スに い わ せ れ ば、 そ の ﹁理想 主 義 ﹂ と いう 名 称 と は裏 腹 に、 ﹁理 想 に対 す る 狡 猜 で危 険 な 敵 ﹂ に他 な ら な い. の であ る。 も し も人 々 が こう し た 理想 主 義 学 派 の国 家 論 を 受 け 入 れ た な ら ば 、 人 々 の反抗 力 は 退化 さ せ ら れ、 人 々 の. 理性 は無 に 帰 せ ら れ、 人 生 を 改 善 し て悪を 矯 正 す る人 々 の努 力 は 現 状 への受 動 的 な 黙従 のな か に消 え てし ま い、 そ し. て ついに 人 々 は絶 対 者 睡 国 家 に対 し て奴隷 の よう に服 従 せ ざ るを え な く な る。 ホブ ハウ ス によ れ ば、 こう し た 理想 主. 義 学 派 の国 家 論 は、 へー ゲ ル的 な 絶 対 者 の概 念 を 国 家 論 に応 用 し た も の であ る。 た し か にボ ザ ンケ は 国 家 を 普 遍 者. (σqooαづΦωω) によ って判 断 さ れ ねば な らな い。 個 人 の幸 福 は そ の人 が 属 す る全 体 の完 全 性 によ って. ( 9 Φ 二三く霞ωΦ) と し て扱 い、 ﹁国 家 の幸 福 ( び昌 且コΦωω) は 個 人 の幸 福 によ って判 断 さ れ る べき では な いが、 個 人 の 幸 福 は 国 家 の善. 価 値 づ け ら れ ね ば な ら な い﹂ と 述 べ て いる 。 そ れ ゆ え国 家 を 全 体 と 見 な す ボザ ンケ の国 家 論 にお い て は、 国 家 は そ れ. 自 体 が 目 的 であ り 、 各 人 の人 生 は そ の目 的 にと って単 な る手 段 にす ぎ な いと いう 結 論 が 導 き 出 さ れ る こと にな る の で ⑳ あ る。. そ れ で は 、 こ う し た ボ ザ ンケ の 思 想 に 大 き な 影 響 を 与 え た へー ゲ ル の 国 家 論 と は 、 い った い ど の よ う な も の で あ っ. 一324一. 第49巻 第2・3号 近畿 大 学 法 学.

(11) ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ポ ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判. ⑳. た のだ ろう か 。 ホブ ハウ ス の主張 にし た が えば 、 へー ゲ ルの国 家 論 は以 下 のよ う に整 理 さ れ る。 す な わ ち へーゲ ルは. ﹃法 の哲 学 ﹄ に お い て、 国 家 を 定 義 し て次 の よ う に述 べ て い る (以 下 の引 用 文 にお い て傍 線 を 付 し て い る箇 所 は 、 ホ. す な わ ち、 は っき りと 姿 を あ ら わ し て、 お のれ 自 身 にと ってお の. ブ ハウ スが ﹃形 而 上 学 的 国 家 論 ﹄ にお い て直 接 引 用 し てい る部 分 であ る)。. 国 家 は倫 理 / 人 倫 的 理 念 の現 実 性 であ る。1. れ の真 実 の姿 が 見 紛 う べく も な く 明 ら か にな った 実体 的 意 思 と し ての倫 理 / 人 倫 的 精 神 であ る。 ( 伽卜。㎝刈). 国 家 は、 実 体 的 意 思 の現 実 性 であ り 、 こ の現 実 性 を、 国 家 的 普 遍 性 にま で高 め ら れ た 特 殊 的 自 己 意 識 のう ち に. も って い るか ら 、 即 自 か つ対 自 的 に 理性 的 な も の であ る。 こ の実 体 的 一体 性 は絶 対 不 動 の自 己 目 的 であ って、 こ の. (㈱ 圏 ゜。). 目 的 にお い て自 由 は そ の最 高 の権 利 を 得 るが 、 他 方 こ の究 極 目的 も個 々人 に対 し て最 高 の権 利 を も つか ら、 個 々人 ㈱. の最 高 の義 務 は国 家 の成 員 であ る こ と であ る。. 即自 か つ対 自 的 な国 家 は倫 理 /人 倫 的 全 体 であ り、 自 由 の現実 態 であ る。 そ し て自 由 を現 実 のも のにす る と い う. こ と こ そ、 理性 の絶 対 的 目 的 な の であ る。 国 家 は、 人 間 世 界 のう ち に立 ってそ のな か で意 識 を も ってお のれ を実 現. す る 精 神 で あ る 。 ⋮ ⋮ 国 家 が 存 在 す る と い う こ と が 人 間 世 界 に お け る 神 の歩 み な の で あ り 、 国 家 の根 拠 は お のれ を 意 思 と し て現 実 化 す る 理 性 の権 力 で あ る 。 (伽b。㎝。 。). 一325一.

(12) へーゲ ルは. ﹃歴 史 哲 学 ﹄ (園ミ N 8§ σ q§ S ミ ミ 鳴 き 帆 N 8 8 ミ ⑪ 織ミ O鳴象 ミ 。ミ 魯 一。。ω刈) に お い て も 、 ﹁国 家 こ そ が 、. 絶 対 の究 極 目 的 た る 自 由 を 実 現 し た 自 主 独 立 の存 在 であ り、 人 間 のも つす べ て の価 値 と 精 神 の現 実 性 は、 国 家 を 通 し. てし か 与 え ら れ な い⋮ ⋮ 国 家 は、 神 の理 念 が 地 上 に姿 を あ ら わ し た も の﹂ であ る と述 べ てい る。 こう し た 引 用 文 か ら. も 分 か るよ う に、 へーゲ ル は国 家 それ 自 体 を 究 極 の自 己 目的 と し、 個 人 に対 し て国 家 への完 全 な る服 従 を 説 い て い る。. ㈱. へーゲ ル の国 家 論 にお い て は、 国 家 は個 人 を 不 可 欠 のも のと し て自 ら のう ち に含 み な が らも 、 個 人 を 超 越 し た実 体 と. し て個 人 に先 行 す る。 目 的 - 手 段 の関 係 で いえ ば 、 国 家 は 目的 ・本 質 であ って、 個 人 は そ の手 段 ・契 機 にす ぎ な い。. へーゲ ル は、 ﹁国 家 は客 観 的 精 神 な の であ る か ら、 個 人 自 身 が 客 観 性 、 真 理 性 、 倫 理 / 人倫 性 を も つのは、 国 家 の 一. 員 であ ると き だ け であ る。 合 一そ のも のが それ 自 身 、 諸 個 人 の真 実 の内 容 であ り、 目 的 であ って、 諸 個 人 の使 命 は普. 遍 的 生 活 を 営 む こと にあ る﹂ ( 伽霧 。。) と述 べ て、 個 人 は 客 観的 精 神 と し て の国 家 と の合 一に お い ては じあ て真 の人 間. ㈱. と な り う る と 主 張 す る。 ホ ブ ハウ ス に よ れ ば 、 要 す る に へー ゲ ル にと って国 家 と は ﹁絶 対 的 精 神 ﹂ (窪 ① oげωo冨 一 Φ. ω豆葺 ) の ひと つの形 態 であ り、 あ ら ゆ る も の の本 質 であ った。 ホ ブ ハウ スは へーゲ ル の国 家 論 を 以 上 の よ う に整 理 し て、 そ の国 家 至 上 主 義 と でも い う べき 性 格 を 指 摘 す る の であ る。. さ ら に ホ ブ ハウ スは こう し た へー ゲ ル の国 家 論 を ド イ ッに お け る 軍 国 主 義 の興 隆 と 結 び つけ、 ﹁政 治 的 反 動 は へー. ゲ ル とと も に はじ ま った ﹂ と 主 張 す る。 少 々長 文 にな るが 、 ホブ ハウ ス の主張 を引 用 し てみ よ う。. か つて われ われ は へーゲ ル学 派 に よ る国 家 の賞 賛 を 、 形 而 上 学 的 な 夢想 家 の狂 想 的 言 辞 であ る と し て無 視 し た。. ︹ し か し ︺ それ は誤 り であ った 。 へー ゲ ル学 派 の考 え方 の全 体 は、 ヨ 1 ロ ッパ の歴史 にお け る最 も 不 吉 な発 展 と深. 一326一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(13) ホ ブハ ウス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判. く か ら み 合 ってい る。 ド イ ッの軍 国 主 義 を 、 ビ ス マル ク以 前 の時 代 に優 勢 であ った美 し い心 情 的 な 理 想 主 義 に対 す. る 反 動 の所産 と見 なす こ と が流 行 し て い る。 ︹ し か し ︺ これ ほ ど 誤 った 見 方 は な い。 政 治 的 反 動 は へーゲ ルと と も. には じ ま った の であ る。 へー ゲ ル学 派 は、 一八 世 紀 の フラ ン ス、 一六 世 紀 の オ ラ ンダ 、 一七 世 紀 の イギ リ スか ら 発. し た 民主 的 か つ人 道 的 な考 え方 に対 し て、 最 初 か ら最 後 ま で最 も 真 剣 に反 対 し てき た。 自 由 を 法 と 同 一視 す る こと. エ. ゐ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. モ. っ. リ. マ. ヘ. ヤ. ゐ. コ. リ. ら. ら. マ. カ. ら. ヘ. マ. マ. エ. ゐ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. モ. エ. ゐ. ヘ. ヘ. ヘ. コ. エ. つ. ヘ. ヘ. セ. エ. エ. ゐ. つ. ヘ. ゆ. ヘ. あ. ヘ. む. セ. モ. コ. セ. ヘ. ヘ. セ. マ. マ. モ.  . ゐ. マ. ヘ. ヘ. ヘ. リ. あ. コ. ヘ. ヘ. モ. モ. モ. へ. リ. ヘ. ヘ. ヘ. モ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. ヘ. モ. ゐ. ゐ. ヘ. ヘ. カ. モ. エ. ヤ. む. へ. め. モ. モ. モ. ぬ. によ って自 由 の原 理 の力 を削 こ う とも く ろ ん だ の は、 ま さ に へー ゲ ル的 な 国 家 観 であ った。 へーゲ ル的 な 国 家 観 は 、 エ. エ. 規 律 と い う概 念 を代 用す る こ と に よ って平 等 の原 理 の力 を 削 ぎ 、 個 人 を 国 家 のな か に埋 没 させ る こと によ って人 格. ヘ. の原 理 の力 を削 ぎ、 国 家 を 人 間 の結 社 の最 高 か つ最 終 の形 態 と し て打 ち 立 て る こと に よ って人 聞 性 の原 理 の力 を 削 こ う と も く ろ ん だ の であ る。 (傍 点 引 用 者 ). た し か に 一八 六 四 年 の 対 デ ン マ ー ク 戦 争 、 一八 六 六 年 の 対 オ ー ス ト リ ア 戦 争 、 そ し て 一八 七 〇 ∼ 七 一年 の 対 フ ラ ン. ⑳. (∩詳け O 国゜︼ ド <Oづ ︼ W一 ωヨ 鋤同O評) の 唱 え る 軍 国 主 義 の 論 理 で あ った 。. ス 戦 争 を 経 て、 一八 七 一年 一月 に ド イ ッ 民 族 宿 願 の 統 一帝 国 を 実 現 さ せ た の は 、 フ ラ ン ス革 命 に 源 を 発 す る 民 主 主 義 や 人 道 主義 の原 理 では な く、 鉄 血 宰 相 ビ ス マルク. ホ ブ ハウ スは こう し た ド イ ッに お け る軍 国 主 義 の興 隆 に、 へー ゲ ル的 な 国 家 論 が手 を 貸 し たと 主 張 す る の であ る 。. さ ら にホ ブ ハウ スの批 判 は、 へー ゲ ルの国 家 論 が内 含 す る好 戦 性 に向 け られ る。 ホブ ハゥ スに よれ ば 、 へーゲ ル の. 国 家 論 は、 国家 を道 徳 的 批 判 か ら超 越 さ せ、 戦 争 を 国 家 の存 在 に不 可 欠 な 行 為 と し 、 人 間 性 を 軽 蔑 し 、 国 家 間 の連 盟. ㈱. や 同 盟 を拒 絶 す る 理論 であ る。 それ は ま さ に、 ﹁好 戦 と 統 制 の時 代 に見 事 に適 合 し た 理 論﹂ であ ると ホブ ハウ スは 主. 張 す る 。 た し か に ホ ブ ハウ ス の い う よ う に 、 へー ゲ ル の 国 家 論 に お け る 戦 争 の 必 然 性 は 、 否 定 し が た い も の で あ る 。. 一327一.

(14) な ぜ な ら 国 家 が 最高 の自 己目 的 であ る以 上 、 国 際 社 会 にお け る国 家 聞 の争 い に は妥 協 の余 地 が な く な り 、 そ れ は 必然. 的 に力 と 力 のあ か ら さ ま な衝 突 にな らざ るを えな いか ら であ る。 へーゲ ル は ﹃法 の哲 学 ﹄ のな か で、 戦 争 に つい て次 のよ う に述 べ てい る。. 本 節 で述 べた こと のう ち に は、 戦 争 の倫 理 的 契 機 があ る。 戦 争 は絶 対 的 害 悪 と 見 な さ れ ては な ら な いし 、 ま た 単 に外 面的 な 偶 然 と 見 な さ れ ても な ら な い。 ( ㈱ω厳 ). 国 家 と し て の国 家 が 、 す な わ ち 国家 の独 立 が危 機 に瀕 す ると き に は、 義 務 が 全 市 民 に国 家 の防 衛 を 呼 び か け る。. こう し て全 員 が 兵 力 と な り 、 全 員 が 国内 での家 庭 生 活 か ら国 外 へと 引 っぱ り出 され てし ま う と 、 それ と 同 時 に防 衛 戦 争 は 侵 略 戦 争 にな る 。 ( ㈱ωb 。①). そ れ ゆ え 国 家 聞 の 争 い は 、 そ れ ぞ れ の特 殊 的 意 思 が合 意 を 見 いだ さな い限 り、 ただ 戦 争 に よ って の み解 決 さ れ う るo ( 伽ωω心). これ ら の引 用 文 か ら も 分 か る よ う に、 戦 争 と 平和 の関 係 に お け る へー ゲ ルの比 重 は、 平 和 よ りも 戦 争 に大 き く 傾 い. あ た か もす べ て の他 の不 正 の形 式 と はな れ て特 別 な 悪 魔 によ って戦 争 が 支 配 さ れ る か のよ う にー. 、. て い る。 そ し て こう し た ヘーゲ ル の国 家 論 か ら 大 き な影 響 を 受 け た ボ ザ ンケも ま た、 ﹃社 会的 国 際 的 理想 ﹄ にお い て、 ﹁原 理的 に はー. 一328一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(15) ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判. 戦 争 を例 外 的 な 場 合 と し て取 り 扱 う 理 由 はあ り え な い﹂ と 主 張 し て いる の であ る。. 以上 の よ うな ホブ ハウ スの整 理 にし たが えば 、 へーゲ ル の国 家 論 は、 国家 そ れ 自体 を最 高 の自 己目 的 と見 なす 、 軍. 国 主 義 的 か つ好 戦 的 な 国 家 論 だ と い う こ と にな る。 ホブ ハウ スが 危惧 し た のは、 こう し た へーゲ ル的 な国 家 至上 主 義. が、 イギ リ スにお い て ﹁流 行 の学 問 的 哲 学 と し て復 活 し た ﹂ こと だ った 。 ホブ ハウ スは、 ﹁絶 対 者 の化 身 と し て の国. ㈱. 家 、 各 個 人 の現 実 の生 き た人 格 を 吸収 す る超 人 格 と し て の国 家 と いう 教 義 が 、 多 く の場所 で学 問的 正 統 性 の地 位 を 獲. 得 し てい る﹂ と 述 べ て い る。 ホブ ハウ ス の いう ﹁流 行 の学 問 的 哲 学 ﹂ と は 、 イ ギ リ ス理想 主 義 の こと であ り、 ﹁絶 対. 者 の化 身 と し て の国 家 、 超 人格 と し て の国 家 と い う教 義 ﹂ と は、 へーゲ ル的 な 国 家 論 の こと にほ か な ら な い。 こう し. た国 家 論 が イ ギ リ スお い て ﹁学 問 的 正 統性 の地 位 を 獲 得 し て い る﹂ こと に、 ホブ ハウ スは 強 い危機 感 を抱 いた。 ボ ブ. ハウ スが ﹃形 而 上 学 的 国 家 論 ﹄ を 上 梓 し た背 景 に は、 こう し た強 い危 機 感 が あ った と いえ よ う 。 同 書 は、 フリ ーデ ン. に よ れ ば、 ﹁戦 争 か ら あ ら わ れ た、 へーゲ ル主 義 に対 す る最 も熟 慮 さ れ批 判 的 で有 力 な検 討 ﹂ であ り、 ﹁軍 国 主義 と国. 家 統 制 の四年 間 に よ ってイ ギ リ ス の政 治 的 思索 が へー ゲ ル主 義 に服 従 させ ら れ て いた と いう 懸 念 と 激 情 と を 厳 密 に反. ㈲. 映 し た ﹂著 作 であ った 。 ﹃形 而 上 学 的 国 家 論 ﹄ にお け る ホブ ハウ ス の論 調 に は、 ﹁戦 時 中 の ドイ ッ に対 す る強 烈 な 敵 悔. 心 によ って歪 め ら れ て いる 点 が な いと は いえ な い﹂ が、 そ こ に は へーゲ ルーー ボザ ンケ的 な 国 家 論 に根 本 的 ・体 系 的 な. 批 判 を 加 え る こと によ って、 イ ギ リ スの伝 統的 な自 由 主 義 の理 念 を 擁 護 し よう と す る、 ホブ ハウ スの強 い意 志 が う か が え る の であ る 。. 一329一.

(16) ω. 二 社 会 と自 由 の観念. 有 機 体 的社 会 観. 本章 では、 へーゲ ルーー ボザ ンケ的 国 家 論 の基 礎 に あ る、 社 会 観 と自 由 観 に対 す る ホブ ハウ スの批 判 に つい て検 討 し てみ た い。. 前 章 で検 討 し た よ う に、ホ ブ ハウ スに よ れば 、 へー ゲ ルH ボ ザ ンケ的 な国 家 論 は、国家 を ﹁偉 大 な る存 在 (四 σq﹃$ 学. 興 σΦぎ σq)、 精 神 ( 9 ω域葺 )、 超 人格 的 実 体 (ω二需 唇 Φ〒ωo⇔巴 Φづ蜂 団)﹂ な ど と い った 、 絶 対 的 ・形 而 上 学 的 な 存 在. にま つり あ げ よ う と す る。 そ こ にお い て は、 諸 個人 の ﹁私 的 な良 心 や権 利 の要 求 、 あ る い は幸 福 や不 幸 ﹂ は無 視 さ れ 、. ω. 国 家 に従 属 す べき も のと し て位 置 づ けら れ る。 ホブ ハウ スは、 こう し た へー ゲ ルーー ボ ザ ンケ的 国 家 論 の出 発 点 に は、. ﹁組 織 化 さ れ た社 会 は そ れ を構 成 す る諸 個 人 以上 の存 在 であ る﹂ と いう社 会 観 が あ る と指 摘 す る。 そ れ は、 社 会 学 の. 一般 的 な 用 語 で いえ ば 、﹁方 法 論 的 集 団 主 義 ﹂( ∋ Φ昏 oαoδσ qμ o巴 09一 Φ。口≦ωヨ )、あ る いは ﹁方 法 論 的 全 体 主 義 ﹂( ヨ ♀軍. oOoδoQざ巴 ≦ゴo=ωヨ ) のう え にた った 社 会観 だ と い え るだ ろ う。 ホブ ハウ ス の議 論 は、 こうし た へー ゲ ル目 ボ ザ ン ケ的 国 家 論 の基 礎 にあ る、 社 会 観 に対 す る批 判 へと 向 か って いく 。. ホブ ハウ スは、 人 々 は社 会 を 論 じ る にあ た って、 ふ た つの誤 り に陥 り が ち であ ると 主張 す る 。 第 一の誤 り は 、 ﹁社. 会 集 団 の実 在 を 否 定 し、 そ れを 明 確 な実 体 と見 な す こと を 拒 絶 す る﹂ 傾 向 であ る。 そ れ は社 会 を 構 成 要 素 と し て の諸. 個 人 に分 解 し、 そ う し た諸 個 人 が結 社 と い う事 実 に よ ってま る で影 響 を 受 け な いか のよ う に考 え る 誤 り であ る。 ホブ. 一330一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(17) ホ ブハ ウス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的 国 家論 」 批 判. ハウ スは こう し た 誤 り を 、 ﹁誇 張 され た個 人 主 義 ﹂ と 呼 ぶ。 これ に対 し て第 二 の誤 り は、 こう し た第 一の誤 り への反. 動 か ら、 ﹁社 会 を個 人 と は ま った く別 個 の実 体 と見 なす ﹂ 傾 向 であ る。 それ は社 会 を 、 ﹁特 別 な関 係 か ら見 た諸 個 人 の. 総 和 ﹂ と 見 な す の では な く、 ﹁何 ら か の方 法 で諸 個 人 の外 部 に立 ち 、 諸 個 人 が そ のな か に 吸収 さ れ る ひ と つの全 体 ﹂. と見 な す 誤 り であ る。 さら に こ の第 二 の誤 り は、 諸 個 人 を そ のな か に埋 没 さ せ てし ま う よ う な ﹁超 人 格 的 実 体 ﹂ の概. 念 に ま で到 達 す る。 あ る人 々 は こ の超 人 格 的 実 体 の概 念 を 、 ﹁相 互 に交 流 し た り対 立 し た り す る結 合 生 活 の さ まざ ま. な形 態 ﹂ のな か に では な く、 ﹁個 人 が 一要 素 と し て所 属 し な け れ ば な ら な い ひと つの全体 と し てあ ら わ れ る結 社 のあ. ㈹. る特 殊 な 形 態 ﹂ のな か に求 め よ う とす る。 す な わ ち ホブ ハウ ス によ れ ば 、 ボ ザ ンケ に代 表 さ れ る 理想 主 義 学 派 は、 こ う し た超 人 格 的 実 体 の概 念 を 、 国 家 のな か に見 いだ そう と す る の であ る。. ボブ ハウ スに よ れば 、 理想 主義 学 派 は こう し た超 人 格 的 実 体 の概 念 か ら 、 ﹁個 人 は 自 分 自 身 のた あ に生 き てい る の. では な く、 よ り大 き な全 体 のた あ に生 き てい る﹂、 ﹁個 人 の要 求 は そ のよ り 大 き な 全 体 に従 属 し な け れ ば な ら な い﹂ と. いう義 務 の概 念 を定 式 化 し よ う とす る。 理想 主 義 学 派 は個 人 を いく つか の権 利 の所 有 者 と 見 な す こと に 反対 し、 権 利. は社 会 集 団 のひ と つの機 能 であ る と主 張 す る。 な ぜ な ら彼 ら にと って権 利 と は、 ﹁積 極 的 な 奉 仕 か 消 極的 な自 制 か の. ど ち ら か のた あ に、 他 人 にな さ れ る要 求 ﹂ を 意 味 す るか ら であ る。 A の権 利 は、 Bや C に対 し て義 務 を 課 す。 そ れ ら. は社 会 関係 に付 随 し、 社 会 関係 か ら生 じ る義 務 であ る。 こう し た義 務 の遂 行 は、 それ が 一時 的 な も の であ ろ う と永 続. 的 な も の であ ろ う と、 社 会 的 な善 のた め にな る と考 え られ る場 合 に の み正 当 化 さ れ る。 理 想 主 義 学 派 は 個 人 主 義 的 な. ︹ 11 個 人 ︺ に対 す る全 体. ︹ 11 社 会 ︺ の優 位 を 主 張 す. 考 え 方 を否 定 す る こと によ って、 ﹁人 々を 全 体 へ つれ も ど し 、 社 会 の各 成 員 に よ って全 体 へ与 え ら れ る 諸 義 務 へと つ れ も ど す ﹂。 す な わ ち ホブ ハウ ス によ れ ば 、 理想 主 義 学 派 は部 分. 一331一.

(18) 、. る こと に よ って、 社 会 の要 求 は そ の成 員 の いか な る要求 にも優 越 す る と主 張 す る の であ る。. こう し た 理 想 主 義 学 派 の主 張 に対 し て ホブ ハウ スは、 彼 ら の主 張 のな か に は 、 ﹁社 会 と個 人 と の対 照 にお け る危 険 な 要 素 が あ る﹂ と 指 摘 す る。 ホブ ハウ スは こ の点 に つい て、 次 のよ う に述 べ て いる。. いか な る 一個 人 も 、 大 き な 社 会 のな か の取 る に足 ら な い 一要 素 にす ぎ な い。 彼 は当 然 の ことな がら 、 自 分 の小 さ. な 利 益 は、 よ り大 き な団 体 の利 益 に従 属 せ ね ば な ら な いと感 じ る だ ろ う。 し か し わ れ わ れ は、 こ の よう にし て社 会. を それ に属 す るす べ ての個 人 と対 照 させ る こと は でき な い。 社 会 の利 益 のた め にそ の社 会 に属 す るか 属 す るか も し. れ な いす べ て の個 人 に犠 牲 を 要 求 す る こと は 、 倫 理 的 にま った く意 味 が な い。 百 万人 は 一人 よ りも 多 い。 百 万 人 の. 利 益 は 一人 の利 益 よ りも 重 要 であ る。 問 題 は、 百 万 人 か ら構 成 さ れ る社 会 が、 そ の社 会 に属 す る百 万 人 の結 合 さ れ. ㈲. た利 益 以 外 の い かな る利 益 を も つのか と いう こと であ る 。 社 会 が 諸 個 人 ︹の結 合 ︺ 以外 の何 も のか であ ると いう の. な ら、 そ の よ うな 見 解 は疑 わ し い。 われ わ れ は続 け て、 そ のよ う な 見 解 を検 討 し な け れ ば な ら な いだ ろ う。. こ の引 用 文 か らも 分 か る よ う に、 ホ ブ ハウ スは、 ﹁社 会 の利 益 ﹂ と は そ の社 会 を構 成 す る諸 個 人 の利 益 が結 合 され. た も の 以外 の何 も の でも な い と考 え た。 し たが って ﹁社 会 の利 益 ﹂ のた め に そ の社 会 を構 成 す る諸 個 人 に犠 牲 を 強 い. ㈲. る と い う こ と は、 倫 理的 に ま った く ナ ンセ ン スであ る。 こう し て ホブ ハウ スは 、 社 会 が 諸個 人 の結 合 以上 の何 も のか. であ る とす る見 解 は き わ め て疑 わ し いも の であ ると し て、 理 想 主 義 学 派 の社 会 観 を 批 判 す る の であ る。 ホ ブ ハウ スは. 前著 ﹃自 由 主 義 ﹄ にお い ても 、 ﹁社 会 は完 全 に個 人 か ら構 成 さ れ て い る。 社 会 は そ の成 員 の人 格 か ら 独 立 し 、 ま た こ. 一332一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(19) ホ プハ ウ ス に よ る 「ヘ ーゲ ル=ボ ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判. 働. ﹁イ ギ リ ス国. 民﹂.    ロう ン ヨン. れ を 超越 す る よ うな 別 個 の人 格 を 有 し て は いな い﹂ と 主 張 し て い る。 ホブ ハウ ス によ れ ば、 た し か に社 会 と い うも の. は 、 ﹁ひ と つ の 集 合 的 な 生 命 と 性 格 ﹂ (鋤 OO一 一 ΦO↓幽 くΦ 一 一 h Φ 9] 口α O︼ P9﹃鋤Oけ ①同) を 有 し て い る 。 た と え ば. (↓ びΦ bdH三 ωび ⇔碧 δ コ) と い う の は 、 そ れ 自 身 の生 命 を 有 す る ひ と つ の 統 一体 で あ る 。 し か し そ れ は 、 感 情 、 理 念 、. ロ ネ シ ヨン. 愛 国 心 、 血 族 意 識 、 プ ラ イ ド 、 言 語 と い った す べ て の イ ギ リ ス 人 を 結 び つけ て い る 一定 の紐 帯 に よ っ て構 成 さ れ て い. ﹁超 人 格 的 実 体 ﹂ と か. ﹁ 神 秘的 実 体 ﹂ と. る統 一体 にす ぎ な い。 ﹁イ ギ リ ス国 民 ﹂ と は、 決 し て個 々 のイ ギ リ ス人 の生 命 と 人 格 を 超越 す る よ う な ﹁神 秘 的 な実 ㈱. 体 ﹂ (餌 B 嘱ω↓Φユ〇二ω ①づ葺 団) で は な い 。 こ う し て ホ ブ ハ ウ ス は 、 社 会 を. い った 諸 個 人 の 結 合 以 上 の 何 も の か と 捉 え よ う と す る 理 想 主 義 学 派 の 社 会 観 を 、 根 本 的 に 批 判 し た の で あ る 。. ﹁有 機 体 的 な 概 念 ﹂ (o村σq鋤亭. ㈲. (臼Oゴ] P ωゴ﹂9村一 ζ 回 目) が そ の生 涯 を 通 じ て あ ざ. 以上 の検 討 の結 果 か ら も分 か る よ う に、 ホブ ハウ スは個 人 と 社 会 の関 係 を 、 あ る種 の 8 00づ08 口oづ) で捉 え て い た 。 そ れ は ホ ブ ハ ウ ス に よ れ ば 、 ﹁ミ ル. し て努 力 し た概 念 であ り、 ま た 倫 理 に お い ても 政 治 にお い ても グ リ ー ン の哲 学 の出 発 点 と な った 概 念﹂ であ った。 ホ. ブ ハウ スは ﹁有 機 体 的 ﹂ と い う概 念 を、 ︽お互 い に ま ったく 異 な って いな が ら 全 体 か ら 取 り 除 か れ た と き には破 壊 さ. れ る か致 命 的 に改 変 さ れ る よ う な 諸部 分 か ら全 体 が成 り立 って い る こと ︾ と 定 義 す る。 し た が って個 人 と社 会 の関係. は、 ホブ ハウ スに よ れば 、 ﹁有 機 体 的 ﹂ であ る 。 なぜ な ら社 会 は完 全 に個 人 か ら 構 成 さ れ てお り 、 社 会 の生 命 は相 互. 伍①. に 影響 し合 う諸 個 人 の生 命 にほ か な ら ず、 し か し そ の 一方 でも し 個 人 が 社 会 か ら 切 り 離 さ れ た な ら ば 、 そ の個 人 は肉. 体 的 な意 味 に お い ても精 神 的 ・道 徳 的 な意 味 に お い ても 、 自 ら の存 在 を 維 持 す る こと が でき な いか ら であ る 。 こう し. ・ ⋮. 60. た 諸個 人 の有 機 的 結 合 を 前 提 と す れ ば、 社 会 の成 員 の人 格 の発 展 は、 個 人 た だ 一人 だ け で は不 可 能 であ り 、 共 同社 会. のす べ て の成 員 に よ っては じ あ て可能 にな る。 ゆ え に ホブ ハウ ス は、 理 想 の社 会 と は ﹁諸 部 分 ︹ 11 諸 個 人 ︺ の調 和 的. 一333一.

(20) 働. 成 長 に よ って生 存 し繁 栄 す る ひ と つの全 体 ︹ 11 社 会 ︺﹂ であ り、 ﹁諸 部 分 の各 々が 自分 自 身 の方 向 で自 分 自 身 の性 質 に. し た が って発 展 す れば 、 全 体 と し て他 の部 分 の発 展 を 促 進 す る傾 向 が あ る ひと つの全体 ﹂ であ る と主 張 す る の であ る。. こ う し て ホブ ハウ スは、 社 会 に対 す る個 人 の主 体 的 な 価 値 を 強 調 し つ つ、 社 会 と は そ う し た諸 個 人 の有 機 的 結 合 で. あ る と捉 え た。 そ う捉 え る こと によ ってホブ ハウ スは、 一方 で、 社 会 は 個 人 を 超越 し た実 体 であ り、 諸 個 人 の単 な る. ﹁ 社 会 名目 論 ﹂ ( 目 ベ ンサ ム的 な原 子. 総 和 以上 の意 義 を も つと す る 極端 な ﹁社 会 実 在 論 ﹂ ( 1ー へー ゲ ル的 な 観 念 論 的 社 会 観 ) を 否 定 し 、 他 方 で、 単 位 と し ての個 人 の み を実 在 と し 、 社 会 は諸 個 人 の単 な る総 和 に す ぎ な い とす る極 端 な. 論 的 社 会 観 ) を も 否 定 し た と いえ るだ ろう 。 デ ュヴ ェルジ ェ (ζ 窪 ユ8 U二くΦお 輿) の用語 を借 り れば 、 ホ ブ ハウ ス. は、 社 会 現 象 の認 識 に お け る ﹁共 同 体 主 義 ﹂ 的 傾 向 (11 ﹁︹ 社 会 現 象 の︺ 集 合 的 性 格 を 強 調 し 、 集 団 を 固有 の現実 で. あ り そ れ を構 成 す る個 人 か ら 区 別 さ れ た も のと考 え る﹂ 傾 向 ) と、 ﹁心 理主 義 ﹂ 的 傾 向 (11 ﹁個 人 のみ が 思惟 し行 動. す る と い う事 実 を主 張 し て、 集 合 的 な も のを個 人 的 な も の に還 元 す る﹂ 傾 向 ) と の融 和 を 図 ろ う と し た と いえ る か も. 積 極 的 自 由 と消 極 的 自 由. し れ な い。. ②. つづ い て へー ゲ ル の自由 概 念 に対 す る ホ ブ ハウ スの批 判 に つい て検 討 し て みた い。 前 節 で検 討 し た よ う にホ ブ ハウ. ス にと って理 想 主 義 学 派 の主張 は 、 実 質 的 に ﹁個 人 は独 立 し た価 値 を ま った く も た ず 、 究 極 的 には 自 分 自 身 の独立 し. た 人 生 を ま った く も た な い﹂ と い う も の に ほか な ら な か った。 そ う し た 理 想 主 義 学 派 の主 張 に し た が え ば 、 個 人 は. ﹁組 織 化 さ れ た政 治 社 会 ﹂ (芸 ① oお 〇三 N巴 層9三 8 一ω09Φ¢ ) のな か に、 す な わ ち 彼 が そ の成 員 であ ると ころ の国 家. 一334一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(21) ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的 国家 論 」 批 判. のな か に吸 収 さ れ る こと にな ってし ま う。 個 人 は そ のな か で自 由 を 求 め る の であ るが 、 し か し へーゲ ル的 な 意 味 にお. け る自 由 と は 、 ﹁個 人 が属 す る特 定 の社 会 の倫 理 的 精 神 (9 Φ 鬼三〇巴 ω宮葺 ) に よ って説 明 され るよ う な 法 や 慣 習 と の 一致 ﹂ の こと であ る と 、 ホ ブ ハウ スは 主 張 す る の であ る。. ﹃法 の 哲 学 ﹂ に お い て 、 倫 理 / 人 倫 を 定 義 し て 次 の よ う に 述 べ て. こ こ で ホブ ハウ スが いう ﹁倫 理 的 精 神 ﹂ と は、 へーゲ ル哲 学 の中 心 的 な概 念 であ る ﹁倫 理 /人 倫 ﹂ ( 巳① ω葺 =。ゴ写 ㈱. Φ凶 一) の こ と に ほ か な ら な い 。 す な わ ち へ ー ゲ ル は い る。. 倫 理 / 人 倫 と は生 き てい る善 と し て の自 由 の理 念 であ る 。 生 き て いる 善 は、 お のれ の知 と意 思 の は た らき を 自 己. 倫 理/ 人 倫 と は、 現. 意 識 にお い ても ち 、 自 己 意 識 の行 動 を 通 し てお のれ の現 実 性 を も つが 、 他 方 、 自 己意 識 も ま た、 倫 理/ 人 倫 的 存 在. ㎝. を お の れ の、 即 自 か つ対 自 的 に存 在 し てい る基 礎 と し 、 お のれ を 動 か す 目 的 と し て いる。 存 世 界 と な る と とも に自 己 意 識 の本 性 とな った、 自 由 の概 念 であ る。 ( ㈱一 島). 倫 理/ 人 倫 的 な も のは堅 固 な内 容 を そ な え てい る。 こ の内 容 は、 対 自 的 に必 然 的 であ って、 主観 的 な意 見 や気 ま. (OΦωΦ討 ① ¢づα 田 弓 ぎげ-. ﹁抽 象 法 ﹂ (匹Oω 鋤げωけ﹃O評一Φ 沁ΦOげ一 ) と、 そ の対. ま な 意 向 を 越 え て存 立 す る も の、 す な わ ち 即 自 か つ対 自 的 に 存 在 す る も ろ も ろ の 掟 と 機 構 ε づo qΦコ) で あ る 。 ( 伽 一濠 ). へーゲ ル にと って倫 理 /人 倫 と は 、 意 思 の即 自 的 な 形態 と し ての. 一335一.

(22) 自 的 な 形態 と し て の ﹁道 徳 ﹂ (巳Φ ζ o邑 同 蘇け) と の止 揚 のう え に成 立 す る、 ま さ に抽 象 法 の外 面 性 と 道 徳 の内 面 性 と. を 克 服 す る 主観 的 にし て客 観的 な 善 の立場 の こと であ った。 法 や社 会 諸 制 度 は倫 理 / 人 倫 的 実 体 であ り 、 そ れ ら にし. ㈲. た が う こと によ って個 人 は 単 な る自 然 的 欲望 への従 属 か らも 道 徳 にお け る無 規 定 の主 観 性 か ら も 解 放 さ れ て、 真 の自. 由 を 獲 得 す る 。 こう し た 倫 理 / 人 倫 の理 性 的 な 秩 序 は、 へーゲ ル にと って ﹁客 観 的 精 神 ﹂ (o豆①葺 貯興 ΩΦ巨 ) の秩. ㈹. 序 であ る。 そ れ は 、 か つて国 家 によ って生 み出 さ れ、 今 も 国 家 に よ って保 ち 続 け ら れ て い る、 諸 制 度 と 諸 慣 習 の体 系. であ る。 最 終 的 に個 人 は そ のな か で、 少 な く と も自 分 自 身 であ る こと 、 す な わち 自 分 自 身 の感 情 か ら 影 響 を 受 け る よ. う な ﹁思 考 と 感 覚 の独 立 し た 中 心 であ る こと﹂ を求 あ る。 し か し へー ゲ ルの政 治 哲 学 にお い て は、 こう し た 個 人 の自. ㈹. 我 でさ え 、 当 人 に ゆだ ね ら れ る こと はな い。 な ぜ な ら前 述 し た よ う に、 へー ゲ ル哲 学 にお い て は、 個 人 は国 家 の 一員. にな る こと によ って はじ あ て、 ﹁客 観 性 、 真 理 性 、 倫 理 /人 倫 性 ﹂ を獲 得 す る と さ れ る か ら であ る。 へーゲ ル にと っ. て国 家 と は、 倫 理/ 人 倫 的 理念 の現実 性 であ り、 ︿家 族 ← 市 民 社 会 ← 国 家 ﹀ と い う倫 理 / 人 倫 の展 開 にお い て最 高 の. ㈱. 段 階 に位 置 す る存 在 であ った。 それ ゆえ へーゲ ルは、 国 家 と の合 一そ のも のが ﹁諸 個 人 の真 実 の内 容 ・目 的 ﹂ であ り 、 諸 個 人 の使 命 は普 遍 的 生 活 を 営 む こと にあ ると 論 じ た の であ る。. ホブ ハウ スは、 こう し た へーゲ ル の主 張 にし た が え ば 、 個 人 の自我 は結 局 のと ころ ﹁組 織 化 さ れ た全 体 ﹂、 す な わ. ㈹. ち 国 家 にお い てし か 実 現 さ れ え ず 、 そ のな か で ﹁あ る種 の 一時 的 な段 階 ﹂ に と ど ま る こと にな ると し て、 へーゲ ル の. ﹁拘 束 の 欠 如 ﹂ ( 鋤7. 倫 理 / 人 倫 の 概 念 を 強 く 批 判 す る 。 そ し て ホ ブ ハ ウ ス は 、 こ う し た へ ー ゲ ル の政 治 哲 学 に お け る 逸 脱 の 要 点 は 、 自 由. に つい て の へ ー ゲ ル の 教 義 に あ る と 主 張 す る 。 へ ー ゲ ル の 教 義 に よ れ ば 、 通 常 の 思 想 は 、 自 由 を. ωΦづ8 0{ 08 ω啓 2。ヨ ↓) の こ と だ と 理 解 し て い る が 、 そ れ は 誤 り で あ る 。 ︿自 由 11 拘 束 の 欠 如 ﹀ だ と す る 通 常 の 自 由 概. 一336一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(23) ホ ブ ハ ウス に よ る 「ヘ ー ゲ ル=ボ ザ ンケ 的 国家 論 」 批 判. ㈹. 念 は、 消 極 的 か つ自 己 矛 盾 し た概 念 であ る 。 ヘーゲ ルは 、真 の自 由 と は積 極 的 な 概 念 であ り、 そ れ は ﹁自 己 決 定 ﹂. ( ωΦ一 h Iα①↓ΦHH 口同 br 鋤け 団 O昌) の こと であ ると 主 張 す る。 し た が って自 由 な 意 思 と は、 ﹁自 己 を決 定 す る意 思﹂ の こと であ る。. ㈲. 意 思 が自 己 を決 定 す る と いう こと は、 ﹁そ の意 思 が 行 為 の理性 的 な 全体 や体 系 を 形 づ く る こと を意 味 し、 そ の意 思 に. よ る い か な る特 定 の行 為 や 意 見 の表 明 も あ る 一定 の必 要 な 機 能 を 果 たす こと ﹂ を 意 味 す る。 そう し た 理 性 的 な 行 為 の. 体 系 は、 個 人 の独 力 によ っては 獲 得 さ れ え ず 、法 と慣 習 のな か に体 現 され て い る。 法 は ただ それ だ け で は こう し た 体. 系 の単 な る 外 的 側 面 にす ぎ な いが 、 人 々 の道 徳 的意 識 に よ って発 展 さ せら る こと に よ って、 日常 生 活 と 社 会 を 規 制 し. ㈹. て いる 慣 習 の細 部 に組 み入 れ ら れ る。 ホブ ハウ ス によ れば 、 へー ゲ ル に と って法 と は、 人 々が 必 要 と す る実 際 の組 織. を 構 成 す る ﹁自 由 の客 観 的 な 表 現 ﹂ であ った 。 へーゲ ルは こ の点 に つい て、 次 の よ う に述 べ て い る。. ㈱. 法 な い し権 利 は そ れ. 法 の地 盤 は 総 じ て精 神 的 な も の であ って、 それ のも っと正 確 な場 所 と開 始 点 は意 思 であ る。 こ れ は自 由 な 意 思 で あ る。 し た が って自 由 が 法 の実 体 と 規 定 を な す 。 ( 伽膳). ㈱. お よ そ現 存 在 が 、 自 由 な 意 思 の現 存 在 であ ると いう こと、 これ が法 な い し権 利 であ る。 i ゆ え 総 じ て 自 由 で あ り 、 理 念 と し てあ る 。 ( 伽謬 ). ㈹. 法 な いし 権 利 はな にか 総 じ て神 聖 なも の であ るが 、 そ の理 由 は も っぱ ら た だ 、 法 な いし 権 利 が、 絶 対 的 な概 念 の 現 存 在 、 自 己 意 識 的 な 自 由 の現 存 在 であ る か ら であ る。 ( ㈱ωO). 一337一.

(24) ﹃. へー ゲ ルは、 こ うし た ﹁自 由 の客 観 的 な表 現 ﹂ と し て の法 に基 づ い て、 理 性 的 な 生 活 の組織 を 支 え て いる のが 国家. ㈲. であ る と主 張 す る。 国 家 は へー ゲ ル にと って、 ﹁道 徳 的 理念 の現実 化 ﹂ にほ か な ら な い。 そ れ ゆ え へーゲ ルは 前 述 し. た よ う に、 国 家 は そ れ 自 体 が 目 的 であ り、 個 人 の 最 高 の義 務 は国 家 の 一員 にな る こと であ る と 主 張 し た の であ る。. へー ゲ ルに よ れ ば、 国 家 を 超 越 す る よ う な高 度 な結 社 は、 こ の世 界 に は存 在 し な い。 国 家 は他 の国 家 に対 し ても 、 ま. た人 間性 に対 し ても、 いか な る 義 務 も 負 う こと は な い。 へー ゲ ル は、 国 家 を 裁 く こと が でき る の は、 た だ ﹁世 界 史 ﹂ と い う名 の法 廷 だ け だ と 主 張 す る の であ る 。. ㈱. こ のよ う に へーゲ ル にと って法 の概 念 と は、 と り も な お さず 自 由 な 意 思 そ のも の であ り 、 そ の自 由 な 意 思 の現 存 在. が 法 にほ か な ら な か った 。 法 は へーゲ ル にと って自 由 概 念 の現 存 在 であ り、 そ の具 体 化 であ る。 これ に対 し て ホブ ハ. ウ スは 、 こう し た へーゲ ル の自 由 観 は、 ﹁自 由 と法 を同 一視 す る こ と に よ って自 由 の原 理 の力 を 削 こ う と す る理 論 ﹂. であ り 、 決 し て認 め る こと は でき な いと 批 判 す る 。 ま ず ホ ブ ハウ スは議 論 の大 前 提 と し て、 ﹁自 己 決 定 ﹂ と いう へー. ゲ ル の積 極 的 な 自 由 概 念 が 、 ﹁拘 束 の欠 如 ﹂ と いう消 極 的 な自 由 概 念 以上 の価 値 を も つも のと 認 あ ても か ま わ な いと. いう 。 し か し 同 時 にホ ブ ハウ スは、 個 人 が 自 己 決 定 を す る た め に は、 少 な く とも 拘 束 の欠 如 と いう 条 件 が必 要 であ る. ㈲. と 主 張 す る。 な ぜ な ら 自 己 決 定 を す ると いう 意 思 的 行 為 が拘 束 さ れ てい た な らば 、 そ の よ う な状 態 は決 し て ﹁自 由 で. あ る﹂ と は いえ な いか ら であ る。 ホブ ハウ スは、 多 く の部 分 か ら 成 り立 つ有 機 的 全 体 が 調和 的 に発 展 す る たあ に は、. そ の全 体 が 共 同 的 な 発 展 を す るた め に課 し て い る以 外 の、 いか な る拘 束 も 存在 し てい な い こと が必 要 であ る と主 張 す. る。 そう し た 拘 束 が 存 在 し な いと き 、 そ の全 体 は ﹁自 由 であ る ﹂ と いう こと が でき る。 ホ ブ ハウ スは個 人 の ﹁自 我 ﹂. も ま た、 そう し た ﹁調 和 的 な 発 展 が 可 能 な ひと つの全 体 ﹂ であ る と 考 え た 。 そ う し た ひ と つの全 体 と し ての自 我 は、. 一338一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

(25) ". ザ ンケ的 国 家 論 」 批 判 ホ ブハ ウ ス に よ る 「ヘ ーゲ ル=ボ. ㈹. いか な る拘 束 も存 在 し ていな いと き 、 す な わ ち 自 ら の生 活 を 自 ら のお も む く ま ま に命 令 でき る と き に、 ﹁自 由 であ る﹂. ㈲. と いう こと が でき る。 ホブ ハウ スは、 ﹁絶 対 的 に自 由 であ ると いう こと は絶 対 的 に拘 束 さ れ て いな いと いう こと であ. り、 相 対 的 に自 由 であ る と いう こと は 相 対 的 に拘 束 さ れ て いな い と い う こと であ る﹂ と 述 べ て い る。 ﹁自由 の原 理﹂. は、 こう し た 自 我 の本 質 か ら 生 ま れ るも の であ る。 そし て それ は当 然 の こと な が ら 、 ﹁自 我 の発 展 的 な 調 和 を拘 束 す. る 原 理﹂ と は区 別 さ れ る べき であ る。 し か しな が ら へーゲ ル は、 こ のふ た つの原 理 を 区 別 せ ず 、 自 由 の概 念 か ら拘 束. の欠 如 と い う要 素 を 捨 て去 り、 意 思 に よ っても たら され る行 為 の 一貫 性 と いう 要 素 だ け に注 意 を 集 中 し た。 へー ゲ ル. は自 由 を、 ﹁ただ 単 に ひ と つの行 為 原 則 を 受 け入 れ る こと ﹂ と同 一視 し、 そ の結 果 さ ら に自 由 と 法 を 同 一視 す る こと. への道 を開 く こと にな った。 ホブ ハウ スは、 ﹁へーゲ ルは、 自 由 が何 か に対 す る制 約 を 意 味 す ると は分 か って いた が 、. ㈲. ︹ 自 由 以 外 の︺ 他 の何 か に対 す る制 約 を意 味 す る と は分 か って いな か った ﹂ と述 べ て、 こう し た へー ゲ ル の自 由 概 念 を批 判 し た の であ る。. と ころ で、 こう し た ホブ ハウ ス の議 論 に は、 フリ ー デ ンに よれ ば 、 ふ た つの重 要 な 点 が あ る 。 ひ と つは、 こ の議 論. にお い てホブ ハウ スが、 い わ ゆ る自 由 の消 極 的 側 面 と 積 極 的 側 面 と の両 立 を 主 張 し て いる と いう こと であ る。 も う ひ. と つは、 ホブ ハウ スが拘 束 の欠 如 と し て の消 極 的 自 由 を 、 自 由 主 義 者 と し て譲 る こと の でき な い最 低 限 の立 場 と 見 な. ㈲. し て いる と い う こと であ る。 こ のうち 第 一の点 に つい て フリ ー デ ンは、 自 由 を め ぐ るホ ブ ハウ ス の考察 は、 消 極 的 自. 由 と積 極 的 自 由 のあ いだ の ﹁大 言 壮 語 な区 別 の不 毛 ﹂ を 補 完 す るう え で、 非 常 に有 益 な も の であ る と指 摘 し てい る。. こう し た フリ ー デ ン の指 摘 は、 ホブ ハウ ス の新 自 由 主 義 論 を 考 察 す るう え で、 き わ め て興 味 深 いも の であ る 。 こ の指. 摘 に つい て考 察 す る たあ に、 積 極 的 自 由 と い う概 念 が提 起 され た 歴 史 的 な 背 景 を 若 干 概 観 し てお こう 。. '. 一339一.

(26) イ ギ リ ス の 一部 の自 由 主 義 者 た ち は 一九 世 紀 末 にな る と、 ﹁大 不 況 ﹂ を 契 機 と し て発 生 し た 失 業 、 貧 困 、 疾 病 と. い った 社 会 問 題 を 解 決 す るた あ に、 経 済 領 域 に対 す る 国家 の積 極 的 な干 渉 の必 要 性 を 強 調 し は じめ た。 自 由 を ﹁拘 束. の欠 如 ﹂ の こと と 理 解 す る の であ れ ば 、 個 人 の力 で解決 す る こと の でき な い社 会 問 題 は、 ま さ に個 人 ( 具 体 的 に は労. 働 者 ) に重 く のし か か る ﹁拘 束 ﹂ に ほか な ら な か った。 こう し た 不当 な拘 束 を 国 家 の力 で排 除 す る こと は、 た と え そ. れ が 強 制 的 な 性 格 を と も な ったと し ても (11 消 極 的 自由 の 一部 を制 限 す る こと に な った と し ても )、 ﹁価 値 あ る 一連 の. 行 動 類 型 ﹂ と し て の新 し い自 由 、 す な わ ち 積 極 的 自 由 を行 使 す る た め の前 提 を つく り だす と い う意 味 にお い て は正 当. 化 さ れ う る。 一部 の自 由 主 義 者 たち 11 新 自 由 主 義 者 た ち は、 こ のよ う に考 え た の であ る。 こ う し て 一八 八 〇 年 代 にな. ると 、 自 由 と は拘 束 や強 制 の欠 如 の こと で はな いと す る 主張 が グ リ ー ンに よ って提 起 さ れ、 そ の後 ホブ ハウ ス、 ホブ. ㈱. ソン ( 臼゜諺゜H 由OげωOご)、 サ ミ ュエル ( 出Φ吾 Φ減 ω鋤ヨニΦ一 ) ら に よ って、 積 極 的 自 由 概 念 に基 づ く国 家 干 渉 論 が展 開 さ. れ た。 彼 ら に よ る古 典 的 自 由 主 義 の修 正 な いし 再 構 成 は 、 一方 で、 国家 によ る積 極 的 な干 渉 を容 認 す る こと に よ って、. ㈲. 社 会 問 題 の解 決 と いう 時 代 の要 請 に対 応 し 、 他 方 で、 そ のよ う に消 極 政 治 か ら積 極 政 治 への転 換 を 図 る こと に よ って、. 保 守 勢 力 と 社 会 主 義 勢 力 と に よ る挟 撃 か ら 自 由 主 義 の理 念 を 擁 護 し よ う と す る試 み だ った と い え る。. た しか に ホブ ハウ スも ﹃自 由 主 義 ﹄ にお い て、 そ う し た 積 極 的 な 自 由 論 を 展 開 し てい る。 そ れ は具 体 的 に は、 積 極. 的 な 国 家 干 渉 の容 認 と いう か たち であ らわ れ る。 ホブ ハウ スにと って国 家 の重 要 な ふ た つの機 能 は 、 ﹁市 民 の精 神 や. 性 格 が自 ら発 展 す る よう な 諸 条 件 を 保 証 す る こと ﹂ と 、 ﹁市 民 が 自 ら の努 力 によ って市 民 と し て の十 分 な能 力 に必 要. なす べ て のも のを 獲 得 でき る よう な 諸 条 件 を 保 証 す る こと ﹂ であ った 。 ホ ブ ハウ スは 、 国家 の機 能 は市 民 に食 料 や家. 屋 や衣 服を 直 接 与 え る こと は で はな く 、 精 神 や肉 体 や 意 思 に ハン デ ィキ ャ ップ のな い普 通 の能 力 の持 ち主 が自 ら の労. 一340一. 第49巻 第2・3号 近畿大学法学.

参照

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