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教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題 -修了研究の位置づけのあり方をめぐる基盤研究として-

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(1)Title. 教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題 修了研究の位置づけのあり方をめぐる基盤研究として-. Author(s). 玉井, 康之. Citation. 北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 : 教職大学院研究紀要 , 2: 23-32. Issue Date. 2012-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2916. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 第2号. 教育学分野における実践研究の実証化と 教育実践力との統一化の課題 一修了研究の位置づけのあり方をめぐる基盤研究として−. 玉 井 康 之*. はじめに一課題と方法. 本稿の課題は、教育学分野の一つである教育実践研究の実証化の多様性・複雑性を明らかにすると ともに、教育実践研究と教育実践力との連関と相克をとらえることである。教育実践力を高めるとい うことと、教育論文・レポートを書くこととの関係には、様々な議論があり得るが、これらの関連と. 相克をとらえることによって、修了研究の位置づけを検討していくことにつなげていきたい。 教育実践力の養成が喫緊の課題であるとされる教員養成大学では、中教審教員養成審議経過の中で も、統一的総合的な教員養成課程の体系化がなされていないという指摘も強く出されている。これは 目的大学である教員養成大学が個々の研究分野を併存させているだけで、全体の教師教育の研究が歴 史的に進んでこなかったことと、各教員の研究的方法論が各個別諸科学に依拠しているために、研究 方法の相対化と相互承認が進まなかったことにもよる。 教員養成大学の計画養成を鑑みるならば、その是非は別にしても、教育学分野のみならず、教科専. 門を含めた各研究分野が教員養成のどのような位置にあるかをとらえることは不可欠である。またそ の実践的な課題と役割をとらえ、それぞれの分野における教育実践力への階梯の分析につなげていく 必要がある。 一方、その実践的な力量は、なかなか総体として形あるものに表現できるものではなく、また数値. 化して計測したものを列挙して総和できるものでもない。これらはあくまで求められる方向性を相対 的・段階的にとらえられるものである。諸種の力量が複雑に絡み合って成り立つ教育実践力は、たと え個々の力量を分解して比較することはできても、トータルに優劣を比較することはかなり困難であ ると言わなければならない。. 教員養成大学における大学教育実践もまた研究対象であり、学校現場が進めている実践分析の研究 と同じように、本来個々の自分の専門知識が、総体としてどのような教師教育につながるのかをとら えなければ、永遠に教員養成における教育実践科学をとらえることはできない。. このような中で本稿では、教員養成大学の目的性と研究姿勢を念頭におきながら、. まず総合的な応. 用科学としての教育実践分析の総合性と実証分析の複雑多様性と実践評価の多様性をとらえる。その 上で、相対化された教育実践の実証分析力と教育実践力との関連をとらえたい。. *北海道教育大学教職大学院(大学院教育学研究科高度教職実践専攻)釧路. 23.

(3) 玉 井 康 之. 1.戦後教育学への展開と実践の基礎教育科学論−なぜ教育学は、理念・歴史研究を教育実践力 と結びつけてきたのか一. 教員養成大学における実践性は、しばしば過去の遺物としての師範学校制度にたとえられ、否定的 な意味合いを持つ場合が少なくない。師範学校は、一つ一つの教科内容の科学的な吟味というよりは 教え育てる方法論に傾斜していたために、内容の科学性をとらえることが弱かったことの反省に因る。 確かに戦前は、教育活動も国策としての戦争に向かわせるもので、教師が善意に教える目的も戦争遂. 行に沿ったものであり、真実が問われることはなかった。科学技術も何のためにという視点が弱かっ たために、技術が平和利用というよりも戦争のために使われた。 この反省に基づき、戦後の教員養成は、方法論を教えることに留まらず、科学的なものとしての教 科内容論を教えることに傾斜していった。教科の教員免許を取得する際にも、取得科目の大部分は、 教科内容学に関係する科目となっている。. このような時代的背景を受けて、教育学も城戸幡太郎の教育科学論(注1)のように、教育学は関 連領域の一つ一つの科学的方法論の総体としての教育科学を目指すものとなっていた。一方の教育方 法は、教育内容に付随するものとしてとらえられることが多く、教え育てること自体の科学的な方法 を検証することは相対的に立ち後れたと言える。. もう一つの戦後の教育学の特徴は、戦前の教育思想を反省して、思想と理念をとらえる研究を前提 にしなければならないという点である。堀尾輝久氏の『現代教育の思想と構造』に代表されるように (注2)、教育理念を明確にとらえておかなければ、個々の教師や学校が良かれと思って推進した教 育活動が、結果として、人間や社会の発達を阻害したり、社会を崩壊させたりすることが生じる。 これらを歴史的に振り返ることが、30年の世代単位で教育の成果を考える上では必要である。山住 正己氏の『日本教育省史一近現代』は、戦前の教育の大きな変化を巨視的に捉えている(注3)。. 長期的にはこれらの教育思想は、短期的にその成果と影響をとらえることができないために、当然 歴史的分析が不可欠となる。この結果数青学を代表する研究方法は、教育理念研究と教育史研究とな る。. また現代の中においてさえも、時代の変化の中で、政界・財界からの要請や社会問題の状況によっ ても、求められる教育の重点と評価は異なってくる。藤枝静正氏は、最近30年の間でも時代の中で、 教育の成果として求められる資質も大きく変化していることを示している(注4)。. 2.教員養成大学における教科専門研究と教育実践力ー教員養成における“専門”は、どこまで を範疇とするのか. 戦後の教員養成学部の中での研究分野配置に起因しているが、教員養成学部の大部分は、教科専門 の配置教員として出発した。戦後の時点では、非科学的な思想ではなく、個々の科学の専門研究をベー スにして教員養成を考えるという意味では、積極的な観点を有していた。しかし現代においては、教. 員養成大学における“専門”とは何かということが、常に議論となる。 戦後教員養成大学の発足以降、専門研究の中に包摂されるものとして位置づけられることが多かっ た教科教育は、教員養成大学の中にあっても、少数派研究領域もしくは教科専門に付随した準研究領 域として位置づけられる傾向が強かった。教科教育研究者の中にも、「専門が分からないと教科教育 は教えられない」と主張する教員も多い。一般論的に言えば、それ自体を否定するものではない。た. ?4.

(4) 教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題. だ、その“専門”の内容については、“専門”と“教科専門”の区別もないまま暖昧に用いられてい る場合が少なくない。また教科教育の教員が教科専門研究者に対して、“専門”という分野への劣等 感と独自性の優越感との複雑な感情を抱いた雰囲気を醸し出している教員も少なくない。. このような風潮の中で、個別科学の“専門”研究方法を追求することに慣れ親しんだ教員養成大学 の研究者の中には、自らの研究方法論しか意識したことがないまま、教育学領域の研究を簡単に評論 したり、否定してしまう研究者も存在する。そして教員養成の専門研究として融合させることもなく、 教育実践研究を低く見なしてしまう傾向もみられる。. 横須賀薫氏が指摘するように、各研究者が個別科学を深めて教授していれば、自動的に学生が統一 して教育実践力を生み出すのだという「予定調和論」(注5)に終始している結果である。それはあ. る意味では、自らが「専門」と自己肯定する個別科学に埋没してしまい、その枠から意識が抜け出る ことがないまま、教員養成大学に滞留してしまった結果であるようにも見える。. 教員養成学部での教科専門研究と教員養成学部以外での専門研究は、異なるものではないという主 張も少なくない。これに関しても一般論的に言えば、それ自体を否定するものではない。一方教材開. 発としての教科専門研究は、教師が子どもの実態に応じて展開と内容を構成するものであるため、教 材として開発できる内容が教科専門研究であるという主張もある。子どもに合った教材を作成して、 それを授業に展開できる力を身につけることが、教科の教育実践力であるとする主張である。 このように考えると、いわゆる当該分野の専門研究は、教員養成大学の教科専門としては基礎研究 であり、それを子ども等に伝える内容として分析しなければならないとも言える。したがって、基礎. 研究としての専門分野を知った卜で、それを子どもの発達段階ごとに理解できる教材を作成する力量 を養成することが、教科専門の教育実践力として求められていると言える。 さらに教科教育の論理も、生活指導の論理とも関係する点をとらえる必要がある。この点は、個別. 科学の深化に対して、実践の立場から総合性を問題提起しているものが歴史的にも少なくなかったが、 実践研究の中では、大きな世論を形成できなかった。坂元忠芳氏は生活指導の立場から、早くから学. 力問題と関連させて、生活指導との一体的分析を展開してきたし(注6)、臼井嘉一氏も教育方法の 立場から、カリキュラムの背後にある生活指導の重要性を指摘している(注7)。このような教科指 導と生活指導との関連性は、実践の中では当然のことと思われるが、研究として実証することが極め て困難であることにも由来している。. 3.一般的な教育実践力と個別的な教育実践力の関係一最終的には個別具体的で多様な教育事象 に対応できるか?. 教育実践は、瞬間的に子どもに対応しかナればならないという点、また子どもや環境の微妙な違い を総合的に判断しながら、細部にわたる多様な教育方法を柔軟に採用しかナればならない点が特徴で あり、暗記的・法則的に理解することができない部分が少なくない。そのため、子どもとどれだけ係 わり、指導したかという経験的な蓄積がある程度必要となる。. 一方経験的な蓄積だけで実践力を高めようとすると、カンとコツの感覚的な判断だけで認識してい るために、一般的な傾向も踏まえておかなければならない。一般的な傾向や指導方法の基本を押さえ ておかないと、場当たり的な対応に陥ってしまう。そのため個々の子どもの現象を超えて、より一般 的な傾向や理論的根拠を言語で認識しておかなければならない。 逆に、一般的な傾向を踏まえていても、例外的な子どもの現象が出て来れば、柔軟にそれに対応し. 25.

(5) 玉 井 康 之. ていかなければならない。そのため、複合的な要因などによって、通常の現れ方とは異なる現象は、 個別的に対応していかなければならない。このように教育実践は、個別具体的なものを踏まえつつ、. それを一般化した現象の中でとらえ、同時に一般的な現象の中に収まらない事例は、個別具体的にと らえなければならない。. このように一般的な教育実践を踏まえつつ、最終的には多様で個々の事例ごとに異なる個別事象に 対応できる多様性が、教育実践力として求められると言えよう。近年のこのような量的分析と質的分 析を併せ持ちながら、. 多面的な要因を複合的に分析する方法として、臨床教育的な分析(注8)及び. カンファレンス(注9)が、新しい潮流となっている。. 4.教育のメジャー分野の研究とマイナー分野の研究の価値共存性一散育界のマイナー分野は、 研究的な価値が低いのか?. どのような研究領域も多数に当てはまる研究分野と少数に当てはまる研究分野がある。一般的に見 れば、多数に当てはまる分野が普遍的であるように見える。市場原理であれば、需要と供給の関係な どで、多数の分野が普遍的なものになる。 しかし、教育分野では少数分野であるから、その分野の価値が低いということにはならない。経済 界であれば、少数者は淘汰されることを前提にしているのかもしれないが、教育の場合は、少数者で. あっても、それを例外として切り捨てることはできず、また少数者が全体の教育問題に影響を及ぼし たり、問題提起をすることもしばしば起きうる。 例えば、特別支援の対象の子どもは、全体から見れば、少数者であるが、これらの子どもへの学級 内での指導方法を誤り、結果的に学級全体が崩壊する場合も少なくない。生徒指導でも、不登枚の子 どもやいじめの問題や学級の人間関係のもつれなども、多数者ではないが、常に対応の仕方次第で、. 学級全体に大きな影響をもたらしてしまう。これらの対応がうまくいかない場合は、授業づくりをど れだけ工夫しても、授業全体が展開していかない場合が少なくない(注10)。したがって、量的に少. 数分野であっても、研究分野の意義が低いということにはならず、量的に多数分野に影響をもたらす 現象も少なくない。 これらの少人数分野の実践と研究の方法は、臨床的な方法や校内の集団的・協働的指導やケースカ. ンファレンスで対応する場合が多く、少人数分野の研究方法は、多数分野の研究方法・教育実践方法 とは、実態としては異なる方法であるととらえかナればならない。また都市部の教育とへき地の教育 では、量的には都市部の方がへき地よりも多いが、これらも地域・学校規模によって、教育方法や研 究方法が段階的に変化するものであるととらえなければならない。. このように、少人数を対象とした学級経営や授業展開や地域連携活動は、大人数の学級・学校と目 指す理念は同じであっても、実際の指導方法では異なってくる。少人数の学級経営では、フォーマル. な社会性を意識的に高めるために、発表の機会や細部の役割分担を多く作り、意識的に社会的関係力 を高める取り組みをする。授業展開では、グループワーク・自主学習方法・学習プロセス発表・個別 指導などが一つの授業の中で頻繁に展開する。地域連携活動では、地域体験学習・地域行事・地域づ くり総合学習活動などが年間を通じて展開している(注11)。 これらの方法は、本来都市部でも必要であるが、へき地小規模校では意識的に取り入れており、こ. れらの発想を都市部でも応用的に取り入れることが求められている。このように考えれば、へき地が 量的に少数であっても、都市部よりもへき地教育が研究的価値が低いというものではないことが分か. −て(;.

(6) 教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題. る。. 5.自ら実践する行動的な実践力と実践を解釈する実践解釈力との相乗的な関係一解釈する力か ら実践するカヘ、実践する力から解釈するカヘ 自分ができることと、解釈できることは必ずしも同じではない。解釈できるということは、様々な. 方法の位置づけを相対化したり普遍化したりしながら、全体的な動向の中でその実践を位置づけるこ とができるということである。一方解釈できたとしても、自らの行動様式としてそれを瞬時に対応で きかナれば、教育活動は絵に措いた餅となる。したがって、自ら実践することができるようになるこ とが求められる。. とりわけ若い時代には、子どもへの瞬時の対応や子どもの違いに応じたバリエーションが少なく、 対応方法が限定されてしまう。そのため、ある程度経験的な訓練の蓄積や、様々な様子を参観して、. 多様な方法のバリエーションを増やしていくことが、実践的力量となる。ただ経験的な蓄積だけだと、 子どもや保護者にもなぜそのような方法を採用しているのか説明できず、別の方法を指摘された時や 反論された時には、子どもや保護者を説得できないことになる。そのため、その実践を普遍的な動向. の中で解釈して位置づけて行く力が必要となる。すなわち実践を解釈する力・説明する力が必要と なってくる。. このように、自ら実践する力と実践を解釈する力は同じではなく、それを両方とも会得してトータ ルな実践力となっていく。この二つは、相互に相乗的に発展していくものであり、常に実践しながら. それを普遍的に位置づけられる力が不可欠となってくると言える。ただしどちらかが先に発展してい くことは、しばしば起こりうることである。. 学校現場から見た実践力の養成という場合には、実践を解釈する力は、必ずしも論文という形で表 されるとは考えていない場合が多い。なぜなら実践力は当面は、子どもとの関係では、授業や生活指 導等で行動に反映するかどうかが重要であるからである。 しかし一方で、なぜその行動を選択するかについては、文章言語で説明できるかどうかが、普遍性 を作る上でも、子どもや保護者等への説明責任力を高める上でも重要となる。その場合も、一つ一つ. の行動の説明ができれば良いのであって、長い論文を書く必要は必ずしもないという考え方もある。 逆に説明責任力や他人の実践に対して解釈や意義付けを加える力が高くなった場合にも、自らがそ の実践を行うことができかナれば、実践的指導力が高まったとは言えないであろう。教育実践力には、 具体的に指示したり雰囲気を醸し出したりするなど、口頭言語や行為で表れるものである。. 6.教育学の多様な方法論と教育実証研究の評価の多様性 (1)教育学分野における多様性と実証性 これまで見てきたように、対象によって、実践の方法は異なっており、また同じ対象でも多様な方. 法があり得る。その実践に応じて分析の方法は異なってくる。さらに実践的には普遍的な方法があっ たとしても、個々の現場の教育実践においてはそれが唯一無二の方法とはならない。 教育学・教育実践学に限定しても、教育学の分析方法論は、極めて多様である。例えば、教育系の 学問においても、教育社会学は社会学の方法論を利用し、教育経営学は経営学の方法論も利用する。 教科教育は、教科と関連する諸科学の内容も利用する。さらに教科内容学においては、諸科学の内容. 27.

(7) 玉 井 康 之. を追求するあまり、教育学と無縁のように見える個別科学が基本になる場合もありうる。. 逆に教育学以外の学問から見ると、教育に関わる研究分野を低い研究と見なす傾向が強く、また教 員養成系大学の研究者自身も自らの教育学研究の独自性を見失い、諸科学の方法論を借りて、教育分. 野や教育現象を分析することになってしまう傾向もある。本来的には教員養成の教育科学は、いわゆ る欧米のPedagogyではなく、教師教育の科学(ScienceofTeacherEducation)を創っていかかナれ ばならない。 (2)教育実践科学の研究領域の多様性と評価の困難性. 教育実践をどのように評価するかという点に関しても、研究領域の違いが、研究対象・研究視点・ 研究スパン等の違いをもたらし、評価の統一性をいっそう困難にする。 例えば、教育経営学は、どのように指示に従わせて集団を動かすかという管理者の視点が評価の指 標になるが、個々人の意識や発達を研究する立場からは、長期的にマイナスの意識をもたらしている かどうかの視点などをとらえていく。また教科教育の内容において、高度な新教材を開発したとして も、低年齢層や低学力層を指導している教師にとっては、教材として意味を持たなくなる。したがっ. て教材をみるか対象の子どもを見るかで変わってくる。このように複合的な分野や視点・方法を有す る教育実践科学は、その多様性のために、統一的な評価が極めて難しい。 さらに教育実践の評価は、目に見える現象だけでなく、対象となる子ども・人間の脳内意識や潜在 的な能力をとらえるために、実証性が難しい。いわゆる「子どもの目が輝いた」「子どもが生き生き していた」という表現も、それの場で見ている人が何となくとらえられる雰囲気・感覚であって、実 証性が難しい。そして知識・理解だけでなく、応用力や判断力などになると、さらに短期的に評価で きずに、大人になってから役に立つという教育活動もある。. したがって教育現象や教育活動をすべて統一した評価で行うことは、極めて限界があることをまず 前提にし、教員養成大学にいる研究者も統一した評価に限界があることを、自覚しかナればならない。 (3)対象事例の実践を基盤にしたレポートと文献引用によるレポートの到達点の相違 仮に同じ分野の同じ基準の比較があるとするならば、実践事例を対象にした分析においても、先進 的な取り組みか未開発の取り組みかによって、実践成果の見え方も異なってくる。すなわち、比較的. 到達点の高い学校の中での実践と、あまり高くない学校の中での実践は、開始時点の到達点が異なる ために、実践結果の到達点と評価も異なり、そのためその実践を対象にしたレポートの到達点も異なっ てくる。 例えば、先進的な実践を対象にして成果をまとめると、ある程度到達点が高いために、教訓も引き. 出しやすく、レポートの質も高くなる。一方自分の学校・学級などでこれから新しい取り組みを開始 しようとする場合には、試行錯誤的に導入したり、他の条件が異なるために、最初のうちは必ずしも 到達点が高くなるわけではない。しかし、自分の実践を新たに開発しようとした点は、取り組みのプ ロセスとして評価できる点である。. また先進的な実践事例に関する先行研究の文献に学んで教訓を引き出すならば、実践レポートの教 訓も高い水準の教訓を要約的に抽出することができる。一方あまり実践的な取り組みが進んでいない 実践等を対象にして実証的にまとめたレポートの場合には、高い水準の教訓を導き出すことはできな い。したがって、どの水準の実践を対象にして、実践開発・分析をするかによって、研究の動機と位 置づけが変わってくる。そのため、とりわけ実践研究の評価は、実践事例の出発点と到達点までの実. 践プロセスと伸びしろが、形成的評価として重要になる。. ?8.

(8) 教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題. 7.実践研究とレポート作成における研究動機・可能性と先行研究の必要性 (1)研究動機の違いによる位置づけの必要性と“伸びしろ’’評価. すでに見たように、教育学研究は多様な子ども・学級・学校・地域環境との関係で方法論も多様で あるが、研究の出発点としての動機によって、位置づけが変わってくる。例えば、全国的課題を選択. するのか、自分の学校・学級で起きている課題を選択するのかによって、レポート作成の動機は異なっ てくる。現代日本の学校課題を一般的にとらえるために実践研究を行うというのであれば、全国的に 起きている問題現象を量的な分析から入り、さらに子どもや学校に共通する政策的・経営的課題を分 析することになる。. 一方、子ども・学級・学校の眼前に起きている課題解決のためのレポートは、事例解決の多面的な 方法をとらえるため、ケーススタディから、多様な方法を結びつけて分析することになる。したがっ. てこのような場合は、特定の理論・分析方法を前提にするというよりも、当該事例の解決にふさわし い分析方法と、その解決に最もふさわしい方法などを、様々な要因と方法を選択・予想しながら、トー タルにとらえていくことになる。この自分の事例などから出発した場合の実践レポートの評価は、到 達点の高さというよりは、現状からどれだけ発展したかの“伸びしろ”が重要な評価点となる。 (2)テーマの特定性・広汎性の展開可能性を位置づけることの必要性と対噂的内容. 研究動機を踏まえながら、そのテーマを取り上げる位置づけを踏まえておくことも重要である。テー マ設定の位置づけは、以下のような対峠的な課題を含んでいる。これらはそれぞれ対峠的な課題であ るためどちらかが優勢であるように見えるが、その位置づけ方によっては、どちらも必要とされてい る研究となる。 テーマの特定性・広汎性の展開可能性を位置づけることの必要性と対噂的内容 現代的な課題であるか. ←→. 不易の課題であるか. 萌芽的課題であるか. ←→. 基盤的課題であるか. 量的普遍性を持っているか. ←→. 量的希少価値を持っているか. 特定地域の課題であるか. ←→. 全国的な課題であるか. 特定された課題であるか. ←→. 波及的課題であるか. 発達段階別の課題であるか. ←−−◆. 人間発達の共通的課題であるか. (3)先行研究の到達点を基盤にした実践研究レポートの位置づけ. また研究開発として実践研究レポートを作成する場合には、先行研究を踏まえ、自分の研究とこれ までの研究の相違をとらえる必要がある。ただし、実践研究の場合の先行研究は、アカデミックな研. 究方法を取り入れた文献だけでなく、先進事例視察・実践レポートなども先行研究の対象となる。ま たどこの市町村でも実践発表集や公開研究会紀要などの実践の集約本も参考になる。さらに、実践的 な学会の学会誌も実践開発の参考になる。 これらのように、実践研究であっても、単に経験だけでなく、これまでの先行研究を取り入れなが. ら、その文献と自分の実践との異同をとらえることが重要になる。実践研究もこれまでの実践の到達 点を参考にしながら、これらの文献を引用して自分の実践を位置づけていくことが必要になる。. 29.

(9) 玉 井 康 之. 8.教育実践を相対化・客観化するための実証分析の多様な方法の選択と実践研究 (1)教育実践実証研究の多様な方法論の選択の位置づけの必要性. 教育実践研究を評価する場合に、客観的にとらえるためには、実証分析の方法を踏まえることが必 要となる。ただ、その実証は量的・数値的にとらえる部分もある一方で、量的にはとらえられない場 合も少なくない。発達障がいのケーススタディやへき地教育などは、量的に希少性があり、必ずしも. 量的にとらえられるわけではない。へき地教育なども、へき地のデメリットが出てしまう学枚とメリッ トを最大に活かせる学校とでは、大変な状況差が出て来るため、へき地教育の特性一般で語ると間違っ た評価になる場合もある。. また教育学研究・実践研究の評価は、確立された方法論があるわけではない。子どものどの部分を 見て成長したととらえるかは、個人差・地域差・時代背景を含めて求められるものが異なる。エスノ グラフイーなどは、そのおかれた状況の中で評価するものであって、外部の者が外的な基準で評価す ることは誤解を招く評価となりかねない(注12)。またエピソードをつなげていくという分析方法も、 被主体者の評価がかなり入ってくると言える(注13)。しかし希少分野を質的にとらえることは、客. 観性がないとか主観評価が入ってくるといった単純な批判で切り捨てることはできない。教育実践学 は、常に個体差が究めて大きいことを含めて研究しなければならないというのが、教育学・教育実践 研究の特徴である。. また、短期・長期の変化によっても、成長の内容によっても、評価が異なってくる。例えば、学力 の得点だけを重視するのか、人間関係や生活習慣などを含めるのか、企業主にとって都合が良い人材 を育てるのか、自立主体を育成するのかなど、方向性ととらえる部分によってまったく評価が異なっ てくる。これらの観点の違いが、量的にとらえるのか質的にとらえるかなど、実証分析の方法論の方. 向性まで大きく変化させる。このように教育学研究・実践研究の実証分析においても、対象の位置づ け・目指すべき価値観・方法論の適性など、分析方法の選択の考え方と位置づけが重要になってくる。 この点が志水宏吉氏も指摘しているように、実践的な研究の難しさでもある(注14)。 (2)実証分析方法の多様性と選択性. 教育研究・実践研究の実証分析方法としては、下記のように多様な方法があり、どの方法が最も良 いかは、対象によって異なると言える。これらの実証分析方法も、教育実践の対象によっては、複合. 的な方法を使い分けなければトータルな実態を分析することができない場合も少なくない。また子ど もの成長や教育の成果は、本来長い間に成長する可能性を含んでいるために、現時点での変化だけで なく、長期的な変化をとらえなければならず、因果関係も明確にできないものも少なくない。したがっ て、成長と成果の可能性を、結果だけでなく、プロセスの中で推測する場合も少なくない。その場合. には、推測と推測の評価判断となるが、これも教育実践の実証分析の難しさの一因である。 実証分析は、大きく分けると量的分析と質的分析に分けられる。量的分析では、アンケート集計・ 単純集計・相関集計・多変量解析・クラスター分析・心理統計分析などがある(注15)。 質的分析では、ケーススタディ・個体分析・長期的分析・実験的分析・記述的分析・ナラティブ・. ライフヒストリー・アクションリサーチ・エスノグラフイー・観察法・ヒストグラム・図形クラス ター・臨床心理検査などがある(注16)。. これらはそれぞれの実践のある部分を実証分析するための手法としてそれぞれ有効である。ただ、 実証の有効性はある部分に限定されたものであることを認識しておかなければならない。なぜなら、 教育実践は、成功しているといわれた方法をその部分だけ第三者が真似しても、必ずしもうまくいく. 30.

(10) 教育学分野における実践研究の実証化と教育実践力との統一化の課題. とは限らないからである。すなわち成功した実践は、実践者のトータルな雰囲気・技能・相性などの 条件が総体としてうまく絡み合った結果起きているからである。. おわりに. これまで教育学と教育実践の理念と分析方法の多様性をとらえてきた。教育実践研究は、“専門” と称する個別科学の研究方法から長らく抜け出せなかった。しかし、これからの教員養成大学の実践 研究のあり方は、実践自体を対象にした研究を高めていかなければならないし、また近年ようやく教. 育実践の実証分析もトータルな側面でとらえるようになってきたと言える。しかしその実証分析の方 法は、すでに述べてきたように、メジャーな部分なのかマイナーな部分なのか、成長を図る期間やお かれた立場などによって、実証分析の方法も異なってくる。したがって、どの方法がいいかを単純に. 自分の方法論から他の分野の方法論を評価することは、限定的に注意して評価しなければならない。 安易な評価は、評価者自身の実践をとらえる観点の狭さを露呈しているだけのことになる。 一方実践を創造・開発していく場合に、実践をある分析方法を用いながら、客観的な評価をしよう とすることは重要なことである。実践者自らが評価と改善を繰り返して、発展していくならば、まさ. にPDCAサイクルを連続的に進めていくことができるということである。教職大学院の修了研究も、 このような自らの実践を実証的に分析する観点と方法を身につけ、それを発展していくための最初の ステップであるとも言えよう。教職大学院の修了研究のあり方は、全国の大学においても、キャンパ スによっても異なるが、いずれの修了研究も、実践の実証分析と改善の姿勢が身につけば、今後の学 校現場での実践の発展につながると考えることができる。 このような教員養成大学の実践研究と改善の姿勢は、単に教職大学院だけを学部と切り離してとら. えるのではなく、“専門”という意識が強い学部段階の大部分の教員を含めて、実践研究を含めてと らえていくことが課題である。そうでなければ、教員養成大学の4年プラス2年を見越した教師教育 全体を体系的にとらえていくことにはならないと言える。. 注記 注1.城戸幡太郎著『教育科学70年』北大国書刊行会、1978年 注2.掘尾輝久著『現代教育の思想と構造』岩波書店、1992年 注3.山住正己著『日本教育小史一近現代』岩波書店、1987年 注4.藤枝静正「教師の資質能力モデルに関する再考−“2006年モデル”の構築」、『平成国際大学論集』第11号、2007 年 注5.横須賀薫著『教師養成教育の探究』評論社、1976年 注6.坂元忠芳著『教育実践記録論』あゆみ出版、1980年 注7.臼井嘉一著『教育実践学と教育方法論−カリキュラム・教科指導・学力を教育実践からとらえ直す』日本標準、 2010年. 注8.臨床教育的な方法論としては、田中孝彦・森博俊・庄井良信編著『創造現場の臨床教育学一教師像の問い直し と教師教育の改革のために』明石書店、2008年、など。 注9.福井雅英著『子ども理解のカンファレンスー育ちを支える現場の臨床教育学』かもがわ出版、2009年 注10.柘植雅義・渡部匡隆・二宮信一・納富恵子編『はじめての特別支援教育』有斐閣、2010年、など。 注11.拙編、玉井康之編『子どもと地域の未来をひらく へき地・小規模校教育の可能性』教育新聞社、2006年、な ど。. 31.

(11) 玉 井 辟 ラ. 注12.小田博志著『エスノグラフイ一入門』春秋社、2010年 注13.鯨岡峻著『エピソード記述入門』東京大学出版会、2005年 注14.小泉潤二・志水宏吉編『実践的研究のすすめ』有斐閣、2007年 注15.量的に測定しようとするものとしては、例えば、高旗正人著『教育実践の測定研究』東洋館出版、1999年、 高嶋秀樹著『教育調査』明星大学出版部、1998年、など。 注16.質的に分析しようとするものとしては、例えば、秋田喜代美・藤江康彦編『はじめての質的研究法』東京図書、 2007年、佐藤郁哉著『質的データ分析法』新曜社、2008年、ウヴェ・フリック著、小田博志監訳『質的研究入門』 春秋社、2011年、などである。. 参考文献 ・立田慶裕著『教育研究ハンドブック』世界思想社、2005年 ・国立教育政策研究所編『国立教育政策研究所紀要一教育研究におけるエビデンス』第140集、2011年3月 ・塩見邦雄編『心理検査ハンドブック』ナカニシヤ出版、1998年. 32.

(12)

参照

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