三島由紀夫『仮面の告白』論(二〇〇四年度卒業論文要旨集)
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(2) 三島由紀夫﹃仮面の告白﹄論. 近代史学研究室一一六三. 和田. 美香. ﹃仮面の告白﹄は従来の研究において、主人公﹁私﹂の性倒 錯を中心に論じられてきた。本研究は、その中でも、﹁作品と. ︵第三章︶を読み解くことによって、作品の新た. しての無力と衰弱を示している﹂と酷評され、﹁私﹂の性的志 向が宿命的であるこ てこなかった. なテーマを見出すことをねらいとしたものである。 への感動を﹁愛﹂. へと転. 作品を読み進める上で、﹁私﹂が惹かれる﹁美﹂に注目した。 ﹁私﹂は園子の純粋で神聖な﹁美﹂. させる。その﹁愛﹂は、﹁美﹂を媒体とした﹁観念﹂の﹁愛﹂ であった。人間の日常的な営みを恐れる﹁私﹂は、園子との関 係に行為や進展を必要とせず、ただその﹁美﹂を眺めることだ けを求めた。二人の破局は、﹁私﹂ の性的志向がその原因なの ではない。さらに﹁私﹂の男性への﹁愛﹂も同様に、その﹁美﹂ を眺めることのみを求めたものであったことが読み取れた。 つまり﹃仮面の告白﹄とは、﹁視線の物語﹂なのである。﹁私 は、それらの﹁美﹂に触れることも、﹁美﹂と現実的な関係を 築いていくこともできなかった。そこに措かれているのは、﹁宿 命的な同性愛者﹂の姿でもなく、﹁臥性愛者の擬似的恋愛﹂で もない。自らの視線の中でしか他者との関係を持ち得ない一人 の人間の姿なのである。.
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