耳鼻 咽喉科 領域 にお ける 内視 鏡 下鼻 内手術 233
耳鼻咽喉科領域 における内視鏡下鼻内手術
武 田 靖 志1),竹 内 彩 子1),赤 木 成 子1),小 川 晃 弘2)
キ ー ワ ー ド;慢 性 副 鼻 腔 炎 手 術 の 歴 史,鼻 内 法
(endonasal approach),
endoscopic sinus Surgery (ESS)
osteomeatal complex (OMC),
マ イ ク ロ デ ブ リ ッ ダ ーは じ め に 近 年 の 医 療 分 野 で の 内視 鏡 手 術 の 進 歩 は め ざ ま し く,耳 鼻 咽 喉 科 領 域 に お い て も内視 鏡 は 日常 の 診 断 ・ 治 療 に用 い られ て い る.今 回,内 視 鏡 の使 用 が 手 術 治 療 に大 きな 変 化 を もた ら した 慢 性 副 鼻 腔 炎 を 中 心 に, 内視 鏡 治 療 つ い て述 べ る. 慢 性 副 鼻 腔 炎 手 術 の 歴 史 慢 性 副 鼻 腔 炎 に対 す る手 術 法 の分 類 は,① 鼻 内 か ら 目的 の 副 鼻 腔 に ア プ ロ ー チ して鼻 内 に十 分 な排 泄 口 を 開 口 す る鼻 内法(endonasal approach)と,② 顔 面 等 の 鼻外 か ら直 接 目的 とす る洞 にア プ ロ ーチ す る鼻 外 法 (external approach)の2つ に大 別 され る1).鼻 外 法 は外 部 か ら直 接 目的 の 洞 を 開放 す る手 技 で,広 い術 野 の も と に病 的 粘 膜 を摘 出 す る根 治 的 な 手 術 法 で あ り, 鼻 内 法 は鼻 腔 と連 絡 す る副 鼻 腔 の 開 口部 を拡 大 し,病 的 な洞 粘 膜 を残 存 しつ つ 治 癒 させ る 手術 方 法 で あ る. 20世 紀 の 半 ば ま で の慢 性 副 鼻 腔 炎 に対 す る手 術 療 法 は,病 的 粘 膜 を 完 全 に 除 去 す るCaldwell法 あ る い は 鼻 外 法 手 術 が 主 流 で あ っ た.し か し抗 生 物 質 の 開発, 生 活 環 境 や 食 生 活 の改 善 な ど に よ り,1960年 代 に は副 鼻 腔 炎 の軽 症 化 の た め 手術 症 例 は減 少 した.鼻 内 副 鼻 腔 手 術 は,生 理 的 な観 点 か ら も合 理 的 な 治療 法 と考 え られ る が,術 野 が 狭 く十 分 な視 野 が 得 られ ず 半 盲 目的 な 操 作 を 行 わ ざ る を え ず,眼 窩,視 神 経,眼 動 脈,内 頚 動 脈,節 骨 天 蓋 な ど を 損 傷 す る 場 合 が あ り,危 険 な 手 術 と さ れ て き た.そ の た め 一 般 に は 広 く普 及 し な か っ た. 鼻 腔 内 の 観 察 に 内 視 鏡 を 使 用 し た の は,1900年 初 頭 にcystoscopeを 使 用 した の が 最 初 と さ れ,そ の 後 に sinuscopeと し て 使 用 さ れ た.1970年 代 以 降 に は Naumann2)に よ り前 頭 洞 と 上 顎 洞 の 病 因 は 中 鼻 道 と 関 連 す る 自 然 孔 と を 一 体 化 し た 領 域osteomeatal complex(OMC)あ る と 考 え た.Messerklinger3)の こ の 領 域 へ の ア プ ロ ー チ の 方 法 の 名 称 と してfunctional endoscopic sinus surgery(FESS)を 提 唱 し, Stammberger4)も 同 様 の 考 え 方 に 基 づ い た 内 視 鏡 と手 術 器 械 に よ る 鼻 内 手 術 法 を 報 告 し た.他 の 報 告 と し て は,Draf5),Wigand6),斎 藤7),兼 子8),山 下9)ら の 報 告 が あ る.1990年 こ ろ に は 内 視 鏡,周 辺 器 機 の 進 歩 と相 ま っ て,鼻 内 手 術 は 安 全 か つ 的 確 に 施 行 さ れ,良 好 な 結 果 が 得 ら れ る よ う に な り,endoscopic sinus Surgery(ESS)の 名 称 の も と に 普 及 し,副 鼻 腔 炎 の 手 術 法 の 主 流 と な っ た. 内 視 鏡 下 鼻 内 手 術 1.適 応 症 例 内 視 鏡 下 鼻 内 手 術 の 適 応 症 は,眼 窩 内 蜂 窩 織 炎 な ど 急 性 副 鼻 腔 炎 の 合 併 症,難 治 性 の 慢 性 副 鼻 腔 炎,後 鼻 孔 ポ リ ー プ な ど の 症 例 と さ れ,ESSの そ れ ら の 疾 患 に 対 す る 有 用 性 は 高 く評 価 さ れ て い る.近 年 に お い て は, 上 記 の 疾 患 以 外 に も適 応 を拡 大 して い る.主 な 対 象 疾 患 に は,術 後 性 上 顎 嚢 胞,上 顎 洞 真 菌 症,blowout fracture,視 神 経 管 骨 折,鼻 涙 管 狭 窄 症,鼻 性 髄 液 漏, 良 性 腫 瘍 の 治 療,悪 性 腫 瘍 の 生 検,眼 窩 内 膿 瘍,下 垂 体 腫 瘍,鼻 ア レ ル ギ ー な ど が 挙 げ ら れ る.我 々 は,蝶 1)岡 山赤 十 字 病 院耳 鼻 咽 喉 科 2)姫 路 聖 マ リ ア病 院耳 鼻 咽 喉 科 論文 請 求 先:〒700-8607岡 山 市 青 江2丁 目1番1号 岡 山赤 十 字 病 院耳 鼻 咽 喉 科 武 田 靖 志 電 話:086-222-8811FAX:086-222-8841
231 武 田 靖 志:他3名 図1-1副 鼻 腔CT(後 鼻孔 ポ リー プ) 左 上顎 洞 か ら左 鼻 腔 へ の 陰 影 を 認 め る 形 骨 洞 腫 瘍 に よ る 動 眼 神 経 麻 痺 症 例 にESSを 応 用 し て 神 経 症 状 の 改 善 を 認 め た 症 例UI,副 鼻 腔 炎 の 頭 蓋 内 合 併 症 の 治 療 にESSを 用 い た 症 例11)を 報 告 し た.写 真 は 後 鼻 孔 ポ リ ー プ の 治 療 にESSを 用 い た 症 例 で あ る,(図1-1,1-2) 2.慢 性 副 鼻 腔 炎 の 手 術 適 応 に つ い て 手 術 の 適 応 を 決 定 す る 要 因 と し て,合 併 症 以 外 で は 自覚 症 状 で あ る.鼻 閉,鼻 汁 過 多,口 呼 吸,口 臭,咳, 頭 痛 な ど の 臨 床 症 状 が 強 固 に 持 続 す る 例,マ ク ロ ラ イ ド少 量 長 期(2∼3カ 月)投 与 や 他 の 抗 生 物 質 の2∼ 4週 問 の 投 与,鼻 洗 浄,上 顎 洞 洗 浄 療 法 な ど の 併 用 で も 効 果 の 認 め ら れ な い も の が 対 象 と な る, 3.術 式 鼻 内 手 術 は,副 鼻 腔 の 形 態 と機 能 が 保 存 さ れ 術 創 の 癒 痕 化 や 術 後 性 嚢 胞 な ど の 後 遺 症 が 減 少 す る こ とが 特 徴 と さ れ る.高 い 難 度 の 手 術 で あ り熟 練 を 要 す る が, 術 者 が 手 術 野 と 手術 操 作 の 状 況 を 的 確 に把 握 で き る 事 に,内 視 鏡 の 使 用 が 貢 献 して い る 。 内 視 鏡 は 術 者 以 外 が 術 野 の 手 術 操 作 を供 覧 で き,同 時 に 録 画 記 録 を 残 す こ と が で き る の で 手 術 手 技 の 検 討 や 修 練 に も 有 用 で あ る.内 視 鏡 下 で は 片 手 で の 手 術 操 作 と斜 視 型 の 内 視 鏡 下 で 深 部 の 操 作 が 要 求 さ れ る が,現 時 点 で,ESSの 基 本 的 な 手 技 に つ い て は ほ ぼ 確 立 され た と考 え て い る. 周 辺 機 器 ESSの 発 展 は,手 術 を 支 援 す る 周 辺 機 器 の 発 達 も 重 要 で あ る. 図1-2鼻 内 所 見(後 鼻 孔 ホ リー プ:術 前,術 後 左 鼻 腔の ポ リ ー プ が 除 去 され,左 上顎 洞 の 自然 孔 が 拡 大 され た
耳 鼻咽 喉科領 域 にお け る内視鏡 下鼻 内手術 235 図2ス ト ラ イ カ ー社 の 内 視 鏡,CCDカ メ ラ,テ レ ビ 上:内 視 鏡 とCCDカ メ ラ. 下:鼻 内 手 術 に用 い る 画 像 機 器.ビ デ オ を追 加 す る こ と で,術 中 映 像 を録 画 す る こ とが で きる. 図3手 術 器 械 ほ と ん どの 器 械 は,こ れ まで の 副 鼻 腔 手 術 と同 じで あ る が,バ ッ ク ワ ー ド鉗 子 等 が 追 加 さ れ た. 図4手 術 器 械(マ イ ク ロ デ ブ リ ッ ダ ー) ス トラ イ カ ー社 製 の マ イ ク ロ デ ブ リ ッ ダ ー. 回 転 刃 で ポ リ ー プ等 の 軟 組 織 を 吸 引 切 除 す る. 図5レ ー ザ ー YAGレ ー ザ ー.ア レ ル ギ ー性 鼻 炎,肥 厚 性 鼻 炎,慢 性 副 鼻 腔 炎 等 に 用 い ら れ る こ とが 多 い.
236 武 田 靖志:他3名 ① 手 術 用 内 視 鏡 外 径4mm程 度,視 野 角0度,30度,70度 の 鼻 内 手 術 用 の 硬 性 内 視 鏡 を 使 い 分 け る.CCDに ビ デ オ カ メ ラ を 経 由 し て,術 野 の 画 像 を カ ラ ー テ レ ビ モ ニ タ ー に 映 し 出 し ビ デ オ テ ー プ に 録 画 す る こ と も 可 能 で あ る. (図2) ② 手 術 器 械 鼻 内 副 鼻 腔 手 術 に用 い る 器 械 は,従 来 の 副 鼻 腔 根 本 手 術 の 器 械 の 多 く を 利 用 す る こ と が で き る.(図3) マ イ ク ロ デ ブ リ ッ ダ ー は 回 転 刃 で ポ リ ー プ 等 の 軟 組 織 を 吸 引 切 除 す る た め,出 血 に よ る 視 野 の 障 害 が 少 な く, 紺 子 に よ る 操 作 に 比 べ て 短 時 間 で 手 術 を 終 了 で き る. 現 時 点 で は,日 本 国 内 で は,ス ト ラ イ カ ー 社 お よ び ゼ オ メ ツ ト社 の み の シ ス テ ム が,鼻 科 領 域 に 用 い られ る こ とが 多 い よ う で あ る.当 科 は ス ト ラ イ カ ー 社 製 の マ イ ク ロ デ ブ リ ッ ダ ー を 使 用 し て い る.(図4) ③ レ ー ザ ー レ ー ザ ー に て 鼻 内 組 織 の 凝 固,焼 灼,蒸 散 な ど を 行 う こ と が で き,鼻 科 領 域 で は,ア レ ル ギ ー 性 鼻 炎,肥 厚 性 鼻 炎,慢 性 副 鼻 腔 炎,副 鼻 腔 嚢 胞,後 鼻 孔 閉 鎖 症, 鼻 涙 管 閉 塞 症,乳 頭 腫,血 管 腫 な ど の 症 例 に お い て も CO2レ ー ザ ー,Nd:YAGレ ー ザ ー,KTP/532レ ー ザ ー,Ho:YAGレ ー ザ ー な ど が 使 用 さ れ て い る.当 科 で は,Nd:YAGレ ー ザ ー が 内 視 鏡 下 に 用 い ら れ る こ と が 多 い.(図5) 鼻 内 手 術 に 内 視 鏡 を 用 い る よ う に な り,肉 眼 で 見 ら れ な い 部 位 を 明 視 下 に 置 き,危 険 部 位 の 手 術 が 安 全 に 行 え る よ う に な っ た.内 視 鏡 手 術 の 欠 点 と し て は,慣 れ な い と全 体 の オ リエ ン テ ー シ ョ ン が つ き に くい こ と が 挙 げ ら る1).全 体 の オ リエ ン テ ー シ ョ ン を つ け る こ と と 手 術 時 間 短 縮 の た め,内 視 鏡 を 補 助 的 に 使 用 す る 方 法 も有 効 と さ れ る1). ま と め 耳鼻 咽 喉 科 領 域 で の手 術 治療 に頻 用 さ れ る,内 視 鏡 下 鼻 内手 術 につ い て述 べ た. 文 献 1) 山 下 公 一: ESSの 歴 史, JOHNS (2000) 16, 5-13.
2) Naumann H: Pathologische Anatomie der chronischen Rhinitis and Sinusitis; in Proceedings VIII International Congress of Oto-Rhino-Laryngology, Excerpta Medica, Amsterdam (1965) pp80.
3) Messerklinger W: Die Endoskopie der Nase. Monatsschr Ohrenheilk (1970) 104, 451-456.
4) Stammberger H: Endoscopic surgery for mycotic and chronic recurring Sinusitis. Ann Otol RhinolLaryngo
(1985) 194 (Supple 119), 1-11.
5) Draf W: Endoskopie der Nasennebenohlen; in Technik, typische Befunde, Therapeutische Molichkeiten, Springer, Berlin (1978).
6) Wigand ME, Steiner W: Endonasale Kieferholen operation mit endoskopischer Kontrolle. LaryngRhino (1977) 156, 421-425. 7) 斎 藤 寛: 上 顎 洞 ・節 骨 洞 開 放 術: 耳 鼻 咽 喉 手 術 ア トラ ス, 堀 口 申 作, 他 編, 医 学 書 院, 東 京 (1977) 上 巻pp364-387. 8) 兼 子 順 男, 他: 硬 性 鏡 型 フ ァ イ バ ー ス コ ー プ に よ る鼻 内 手 術 の 考 案. 鼻 副 会 誌 (1980) 19, 61-62. 9) 山 下 公 一, 斎 藤 武 久, 市 川 朝 也, 他: 慢 性 副 鼻 腔 炎 の 内 視 鏡 導 入 に よ る 鼻 内 手 術 療 法 一 臨 床 病 理 学 的 検 討 と成 績 一. 日耳 鼻 (1982) 85, 1381. 10) 武 田 靖 志, 赤 木 博 文, 結 縁 晃 治, 小 川 晃 弘, 西 崎 和 則, 服 部 央, 赤 木 成 子, 國 友 忠 義: 蝶 形 骨 洞 に 生 じ た脊 索 腫 に 海 綿 静 脈 洞 症 候 群 を認 め た1例. 耳 鼻 咽 喉 科 ・頭 頸 部 外 科 (2002) 74 (8), 527-531. 11) 武 田 靖 志, 西 崎 和 則, 赤 木 博 文, 小 川 晃 弘, 増 田 游, 植 木 亨, 山 本 俊: 細 菌 性 髄 膜 炎 の 原 因 と 考 え ら れ た 副 鼻 腔 炎 の 1例. 耳 鼻 咽 喉 科 ・頭 頸 部 外 科 (1998) 70 (2), 100-103.