一 はじめに 拙稿「宗教書系キリシタン資料における恋愛表現をめぐって― 『こひ (―) 』『こふ』 『こひし』 及び 『 恋 れれん ―』 の場合 ― れ注1 」(以下、 「拙 稿 1」 と 呼 ぶ )、 及 び 拙 稿「 教 外 書 系 キ リ シ タ ン 資 料 に お け る 恋 愛 表 現 を め ぐ っ て ―『 こ ひ 』 系 語 彙 の 場 合 ― れ注2 」( 以 下、 「 拙 稿 2」 と呼ぶ)において、 恋愛を中心に用いられる語彙であるところの、 「 こ ひ( 恋 )」 「 こ ひ す( 恋 す )」 「 こ ふ( 恋 ふ )」 「 こ ひ し( 恋 し )」 と そ の 複 合 語 及 び「 れ ん ―( 恋 ―) 」 ― 以 下、 本 稿 に お い て、 こ れらを「こひ」系語彙と呼ぶ―を取り上げ、それぞれで、宗教書 系キリシタン資料、教外書系キリシタン資料における恋愛表現の ありようを考察した。 検 討 の 結 果、 ま ず、 宗 教 書 系 キ リ シ タ ン 資 料 で は、 「 こ ひ 」 系 語 彙 は、 『 日 葡 辞 書 』( 1603 ― 4 年 刊 ) に 項 目 と し て の 掲 載 の な い 語 が 一 語 存 す る も の の、 異 な り 語 で 見 れ ば、 『 日 葡 辞 書 』 の 掲 載項目数の半数にも満たず、しかも用いられ方もかなり類型化し て い る こ と、 ま た キ リ ス ト 教 の 宗 教 的 立 場 に よ っ て、 恋 情 自 体、 それらの起因、それらの作用という点のいずれか、あるいは複数 の視点で厳しく批判的に評価されていることが明らかになった。 一 方、 教 外 書 系 キ リ シ タ ン 資 料 の 方 で は、 「 こ ひ 」 系 語 彙 が 存 するのは、国内文献を原拠とする資料に限られていること、異な り 語 に つ い て は、 『 日 葡 辞 書 』 に 掲 載 の あ る 十 八 語 に は 及 ば な い ものの、宗教書系キリシタン資料の七語を上回る十一語(そのう ちの二語は『日葡辞書』に不採用)あり、宗教書系キリシタン資 料 よ り も 多 様 で あ る こ と、 人 が 心 情 の 対 象 と な っ て い る 場 合 は、 主に親や子、妻(子)や夫、親しい人、ゆかりの人、古人などに 対する慕情の表現となっていること、 ただし 『太平記抜書』 ( 1610 年までの成立)には、キリスト教の宗教的立場では本来好ましく ないはずの、婚姻関係にない異性に対する恋情に使用された例が 少なからずあり、それらのうち婚姻に結びついている場合には批 判的に扱われておらず、婚姻に至る一途な恋情に関しては容認さ れ る こ と を 当 時 の 宣 教 師 た ち が 示 そ う と し た と 推 測 さ れ る こ と、 (国内文献の)原拠本の恋愛に関するエピソードや叙述について、 キリシタンの立場から、取捨選択や精粗などの扱い方の判断の対 象となっていたと考えられることを確認した。
語学書系キリシタン資料における恋愛表現をめぐって
―
「こひ」系語彙の場合
―
漆
﨑
正
人
そ こ で、 本 稿 で は、 「 拙 稿 1」 、「 拙 稿 2」 の 検 討 の 結 果 を 踏 ま え、語学書系キリシタン資料における「こひ」系語彙のありよう を考察することにする。本稿で言うところの語学書系キリシタン 資 料 と は、 具 体 的 に は、 『 天 草 版 ラ テ ン 文 典 』( 1594 年 刊 )、 『 羅 葡 日 対 訳 辞 書 』( 1595 年 刊 )、 『 落 葉 集 』( 1598 年 刊 )、 『 日 葡 辞 書』 、ロドリゲス 『日本大文典』 ( 1604 ― 08 年刊) 、ロドリゲス 『日 本 小 文 典 』( 1620 年 刊 )、 コ リ ャ ー ド『 日 本 文 典 』( 1632 年 刊 )、 コ リ ャ ー ド『 西 日 辞 書 』( 1632 年 )、 コ リ ャ ー ド『 羅 西 日 辞 書 』 ( 1632 年刊) 、を指す。 なお、古典文献からの引用は複製資料を原則とするか、翻刻に よる場合はそのテキストを明記する。また、ローマ字本のキリシ タン資料からの引用に際しては、ローマ字を適宜漢字仮名交りに 直すことがある。 二 語学書系キリシタン資料における「こひ」系語彙の検討 語学書系キリシタン資料における「こひ」系語彙の検討に際し ては、 取り上げる資料の性質上、 当該語に対応する語釈(日本語、 ポルトガル語、ラテン語、スペイン語)や、当該語を含む例文の 文脈の吟味が中心となる。 本稿においても、 「拙稿1」 、「拙稿2」と同様に、 「こひ」系語 彙自体が、否定的な見解の文脈の中で扱われていたり、批判的な 評 価 と 直 接 的 に 結 び 付 け ら れ て い る 場 合 ― 以 下、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 と 呼 ぶ ―、 「 こ ひ 」 系 語 彙 の 担 っ て い る 恋 情 の 起 因 が 批 判 的 に評価されている場合―以下、 「起因的批判評価」 と呼ぶ―、 「こひ」 系語彙の担っている恋情に関連する心的作用や求愛・求婚・その 他の関与的行為が相手や本人にとって好ましくないこととして批 判 的 な 評 価 に な っ て い る 場 合 ―、 以 下、 「 作 用 的 批 判 評 価 」 と 呼 ぶ―が、それぞれ認められるかどうかを視野に置きつつ、検討す る。 な お、 語 学 書 系 キ リ シ タ ン 資 料 の う ち、 『 天 草 版 ラ テ ン 文 典 』、 ロドリゲス『日本小文典』 、 コリャード『日本文典』には、 「こひ」 系語彙は存しない。 二 ・ 一 『羅葡日対訳辞書』における「こひ」系語彙 語学書系キリシタン資料では、 「こひ」系語彙は、 『羅葡日対訳 辞 書 』 か ら 見 え は じ め る。 『 羅 葡 日 対 訳 辞 書 』 で 該 当 す る の は、 「こひ(恋) 」二例―ただし二例とも「こひのうた(恋の歌) 」―、 「こひこがる(恋ひ焦る) 」一例、 「こひしたふ(恋ひ慕ふ) 」二例、 「こひぶみ(恋文) 」一例、 「こふ(恋ふ) 」一例、 「れんぼ(恋慕) 」 四例―ただし「れんぼす(恋慕す) 」一例を含む―、 「れんぼしや (恋慕者) 」一例の、七語十二列である。 まず、 「こひ」は、二例、
①
Mimóg
raphus, i. Lus. P
oeta que escreue lasciuamente. Iap
. Cǒxo cuno vta, l, coino vtauo yomu cajin. ( 訳 : Mimóg ra - phus, i. 〈 笑 劇 作 者 れ注3 。〉 。 ポ ル ト ガ ル 語。 情 欲 的 に( 詩 を ) 書 く詩人。日本語。 好 れ カウショク 色 れ ノ 歌 れウタ 、あるいは、 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ ヲ 詠 れヨ ム 歌 れカ 人 れジン 。) ② Mimus, i. Lus. … … ¶Item, Poesia lasciua. Iap. Cǒxo cu, l, coino vta. ( 訳: Mimus, i. 〈 1 も の ま ね 劇 の( 男 ) 役 者。 2 放 埒 な 道 化 芝 居、 ( 日 常 生 活 の ) も の ま ね 劇。 3 見 せ か け、 に せ も の れ注4 。〉 。 ポ ル ト ガ ル 語。 ( 中 略 ) ¶ ま た、 情 欲 的 な 詩。 日本語。 好 れ カウショク 色 れ 、あるいは、 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ 。) と、 ①、 ② に 各 一 例 ず つ 見 え る。 ① に つ い て、 見 出 し 語 に 対 す る 日 本 語 解 説 文〝 好 れ カウショク 色 れ ノ 歌 れウタ 、 あ る い は、 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ ヲ 詠 れヨ ム 歌 れカ 人 れジン 。〟 と い う 表 現 に お い て、 〝 恋 れコヒ 〟 が 用 い ら れ て い る。 ① の 見 出 し 語 に 対 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 恋 れコヒ 〟 に 逐 語 的 に 対 応 す る ポ ル ト ガ ル 語 は 存 し な い も の の、 当 該 の 詩 人 が 書 く と こ ろ の 詩 が 〝 lasciuamente ( 情 欲 的 に )〟 書 か れ る と 指 定 さ れ て い る こ と は、 〝 恋 れコヒ 〟 が 情 欲 的 な も の と し て 批 判 的 に 捉 え ら れ て い る こ と に ほ か ならないし、日本語解説文で〝 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ 〟が〝 好 れ カウショク 色 れ ノ 歌 れウタ 〟と併記さ れていることは、文脈上も〝 恋 れコヒ 〟は否定的に扱われていることを 意 味 す る の で、 ① に お け る〝 恋 れコヒ 〟 は、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 え られているわけである。①の見出し語自体に批判的評価があるの かはわかりにくいが、①の見出し語と派生関係にあると見られる ② の 見 出 し 語 の 語 義 に は、 〈 放 埒 な 道 化 芝 居 〉 と い う 意 義 も あ る か ら、 ① の 語 義 に は、 〈 放 埒 な 道 化 芝 居 の 作 者 〉 の 意 味 合 い も 含 まれているのかもしれない。とすれば、ラテン語の見出し語自体 が、 批判的評価を伴う語ということになる。 ②については、 〝 恋 れコヒ 〟が、 見出し語の一義(2の「放埒な芝居」に近い意義)に対する日本 語解説文〝 好 れ カウショク 色 れ 、あるいは、 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ 〟という表現の中で使用され ている。その一義に対するポルトガル語解説文中の 〝 lasciua (情 欲的な) 〟が日本語解説文中の〝 好 れ カウショク 色 れ (ノ) 〟、 〝 恋 れコヒ ノ〟に対応して お り、 ① の 場 合 と 同 様、 こ の〝 恋 れコヒ 〟 も、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 えられている。その「内在的批判評価」は、②の見出し語の一義 に も 存 す る と 見 做 さ れ る。 な お、 ①、 ② は、 い ず れ も〝 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ 〟 の形式であるが、それらの〝 恋 れコヒ 〟の「内在的批判評価」は、当然 のことながら、 〝 恋 れコヒ ノ 歌 れウタ 〟にも及んでいるのである。 「拙稿1」で 述べたように、宗教書系キリシタン資料の『どちりいな・きりし た ん 』( 1591 年 刊 )、 『 ド チ リ イ ナ・ キ リ シ タ ン 』( 1592 年 刊 )、 それらのそれぞれ改訂版である、 『どちりな ・ きりしたん』 ( 1600 年 刊 )、 『 ド チ リ ナ・ キ リ シ タ ン 』( 1600 年 刊 ) に は、 「 邪 淫 を 犯 すべからず」を説明した箇所に〝 こひのうた こひのさうしをよま ず こ ひ の う た ひ を う た は す 叶 に を ひ て は き か ざ る 事 也 〟( 例 え ば 『 ど ち り い な・ き り し た ん 』 四 五 丁 裏 ) と、 恋 愛 を テ ー マ と し た 文芸や歌劇を否定的に捉え、避けるべき文芸の代表として「こひ のうた」を挙げていることとも整合している。 次に、 「こひこがる」は、一例、
①
Pereo, is, iui, l, rij.
…
…
¶
Perire mulierẽ.Lus. Amar desordenada,
e ardētemēte a algūa molher . Iap. V onnauo coi cog aru . (訳 :
Pereo, is, iui, l, rij.
〈1見えなくなる、 消える、 なくなる。 2 む だ に な る、 浪 費 さ れ る。 3 死 ぬ。 4 死 ぬ 思 い を す る、 死ぬほど恋いこがれる。5(人が)破滅する、 だめになる。 6 破 壊 さ れ る、 滅 び る。 〉。 ( 中 略 ) ¶ Perire mulierẽ. 〈 女 に 死ぬほど恋い焦がれる。 〉。ポルトガル語。ある女を無軌道 に、熱烈に恋する。日本語。 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコ ヒ 焦 れコガ ル。 ) と、①に一例のみ存する。 〝 恋 れコ ヒ 焦 れコガ ル〟は . 見出し語の一義(4 の「 死 ぬ ほ ど 恋 い こ が れ る 」) に つ い て の、 そ し て ま た、 本 文 中 で も 明 示 さ れ た 一 義( 〝 女 に 死 ぬ ほ ど 恋 い 焦 が れ る。 〟) の 日 本 語 解 説 文〝 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコ ヒ 焦 れコガ ル。 〟 と い う 表 現 に お い て 使 わ れ て い る。 当 該 の 一 義 の 意 義 に は 生 命 の 危 機 に 関 わ る 程 度 を 指 す〝 死 ぬ ほ ど 〟 が含まれており、また、この〝 恋 れコ ヒ 焦 れコガ ル〟に対応するポルトガル 語 解 説 文 の 方 の 表 現 は〝 Amar desordenada, e ardētemēte ( 無 軌 道に、 熱烈に恋する) 〟であって、 その恋情のあり方が〝無軌道に、 熱烈に〟であるとされていることから、この〝 恋 れコ ヒ 焦 れコガ ル〟も「内 在的批判評価」が与えられていると解される。 次に、 「こひしたふ」は、二例、 ① Riuális, is, l, Riuinus, i. Lus. O que compete com outro no am or d e h ũa m es m a m olh er. Ia p.V on aji v on na uo c oi xit ǒ mono domo. (訳: Riuális, is, 〈1小川を共同で使う者。2 競 争 相 手、 恋 敵。 〉、 ま た は、 Riuinus, i. 。 ポ ル ト ガ ル 語。 一 人 の 同 じ 女 を 恋 愛 に お い て 他 人 と 張 り 合 う 男。 日 本 語。 同 れオナ ジ 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 者 れモノ ドモ。 ) ② Riualitas, at
is. Lus. Competencia dos que amam a mesma
molher . Iap. Vonaji vonnauo coixitǒ mono domono arasoi. ( 訳: Riualitas, at is. 〈( 恋 の ) 競 争。 〉。 ポ ル ト ガ ル 語。 一 人の同じ女を恋する男たちの争い。日本語。 同 れオナ ジ 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 者 れモノ ドモノ 争 れ アラソ ヒ。 ) と、 ①、 ② に 各 一 例 ず つ あ る。 ① に お い て、 〝 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 〟 は、 見 出 し 語 の 語 義 の 一 義( 2 の「 恋 敵 」) に 対 す る 日 本 語 解 説 文〝 同 れオナ ジ 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 者 れモノ ド モ。 〟 と い う 表 現 中 で 用 い ら れ て い る。 当 該 の一義は〈敵〉の意義を含む〈恋敵〉であり、ポルトガル語解説 文 が、 〈 他 人 と 張 り 合 う 〉 と い う 意 義 を 含 む〝 一 人 の 同 じ 女 を 恋 愛 に お い て 他 人 と 張 り 合 う 男。 〟 で あ る か ら、 こ の〝 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 〟 は争いという好ましくない状況を生じさせる強い恋情を表わす表 現ということで、 「内在的批判評価」 が与えられていると解される。 ②に関しては、見出し語が①の見出し語と派生関係にあり、また 〝 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 〟 は、 見 出 し 語 の 語 義 の 日 本 語 解 説 文〝 同 れオナ ジ 女 れ ヲンナ ヲ 恋 れコヒ ヒ 慕 れシタ フ 者 れモノ ドモノ 争 れ アラソ ヒ。 〟中に存し、 しかもポルトガル語解説文が〝一 人 の 同 じ 女 を 恋 す る 男 た ち の 争 い。 〟 で あ る か ら、 ② の 場 合 も、 ①の〝 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ〟と同様、争いの状況を生じさせる強い恋情に対 する表現で、 「内在的批判評価」が与えられていると判断される。
次に、 「こひぶみ」は、一例、 ① Duplex, icis. … … ¶
Duplices in plurali, masculini generis. Lus.
Hũ genero de cartas em que se escriuiam cousas secretas, e de amores. Iap. Coibumi, l, mitjiuo caqitaru fumi. ( 訳: Duplex, icis . 〈 1 2 倍 の 、二 重 の 。2 両 方 の 。3 二 枚 舌 の 、人 を だ ま す。 〉。 …… ¶ Duplices in plurali, masculini generis. 〈 男 性 複 数 で は Duplices 。〉 ポ ル ト ガ ル 語。 秘 密 の 事 や 恋 愛の事でやりとりする手紙の一種。日本語。 恋 れコヒ 文 れブミ 、または、 密 れミツ 事 れジ ヲ 書 れカ キタル 文 れフミ 。) と、 ① に 一 例 だ け 見 え る。 〝 恋 れコヒ 文 れブミ 〟 は、 ① の 見 出 し 語 の 小 見 出 し についての日本語解説文〝 恋 れコヒ 文 れブミ 、または、 密 れミツ 事 れジ ヲ 書 れカ キタル 文 れフミ 〟に おいて、小見出しの一義に対するものとして挙がっているが、① の見出し語の語義や当該の小見出しの語義に対応する意義は確認 しがたい。ただし、当該の小見出しに関してのポルトガル語解説 文が〝 Hū genero de cartas em que se escriuam cousas secretas, e de amores. ( 秘 密 の 事 や 恋 愛 の 事 で や り と り す る 手 紙 の 一 種 )〟 で、 日 本 語 解 説 文 と ほ ぼ 一 致 し て い る。 〝 恋 れコヒ 文 れブミ 〟 は、 ポ ル トガル語解説文中の〝 cartas em que se escriuam cousas …… de amores. ( 恋 愛 の 事 で や り と り す る 手 紙 )〟 に 相 当 す る。 〝 恋 れコヒ 文 れブミ 〟 と〝 密 れミツ 事 れジ ヲ 書 れカ キタル 文 れフミ 〟とが並記されているのは、手紙のやりと り の 秘 密 性 が 共 通 し て い る こ と に よ ろ う か ら、 〝 恋 れコヒ 文 れブミ 〟 に 対 す る 批判的な評価に関わる直接的な表現は見出せないものの、 〝 恋 れコヒ 文 れブミ 〟 に付随する隠微性・秘匿性によって「内在的批判評価」が与えら れていると見做すことができる。なお、 「こひぶみ」という語は、 キリシタン資料では弧例であるが、類義的表現の「れんぼのふみ (恋慕の文) 」の用例は、 宗教書系キリシタン資料の『さるばとる ・ む ん ぢ 』( 1598 年 刊 ) に あ り、 「 拙 稿 1」 で 触 れ た よ う に、 〝 れ んぼのふみ〟 が、 (恋愛の手紙であるがゆえに) そのやりとりは 〝邪 淫ををかす〟ことになるということで、キリスト教の宗教的立場 から、 「内在的批判評価」が与えられている。 次に、 「こふ」は、一例、 ① Depereo, is. Lus. …… ¶ Quãdo ; Amar desordenadamente. Iap. Midarini v omô, côru. ( 訳 : Depereo, is. 〈 1 滅 び る 、 全 滅 す る 、 死 ぬ 。 2 恋 い こ が れ る 。〉 。 ポ ル ト ガ ル 語 。( 中 略 ) ¶ 時には、 無軌道に恋する。日本語。 妄 れミダ リニ 思 れオモ フ、 恋 れコ フル。 ) と、①のみに存し、 〝 恋 れコ フル〟の語形である。 〝 恋 れコ フル〟は、①の 見 出 し 語 の 一 義( 2 の「 恋 い こ が れ る 」) の 日 本 語 解 説 文〝 妄 れミダ リ ニ 思 れオモ フ、 恋 れコ フ ル。 〟 中 で 用 い ら れ て い る。 日 本 語 解 説 文 に 対 応 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 が〝 Amar desordenadamente. ( 無 軌 道 に 恋する) 〟であり、また、 〝 恋 れコ フル〟に(言い換えとして)並記さ れている表現が〝 妄 れミダ リニ 思 れオモ フ〟であることから、 〝 恋 れコ フル〟は「内 在的批判評価」が与えられていると判断される。 次に、 「れんぼ」は、四例、 ① Demorior , eris. … … ¶
Demori aliquem. Lus. Amar muito,
ardētemēte com amor deshonesto. Iap. Fucaqu renbo su- ru. ( 訳: Demorior , eris. 〈 1 死 ん で 去 る。 2 絶 え る。 3 死 ぬ ほ ど 愛 し て い る れ注5 。〉 ( 中 略 ) ¶ ( 時 に は ) Denori. ポ ル ト ガ ル語。ふしだらな恋情でもって、甚だしく、かつ熱烈に恋 する。日本語。 深 れフカ ク 恋 れレン 慕 れボ スル。 ) ②
Lena, æ. Lus. Alcouiteira. Iap. Renbono nacadachiuo suru
vonna. ( 訳: Lena, æ. 〈 1 売 春 を と り も つ 女、 売 春 宿 の 女 主人。2誘惑 者 れ注6 。〉 。ポルトガル語。恋の取りもち役。日本 語。 恋 れレン 慕 れボ ノ 仲 れナカダチ 立 れ ヲスル 女 れ ヲンナ 。) ③ Nequit ia, æ.Lus. …… ¶ Item, Afagos lasciuos, ou largueza, e pr od ig ali da de n a v id a. I ap . R en bo no ch ôa i, a m ay ac ax ig oto , l, yrui, bixo cuni tacarauo tçuiyasu cotouo yǔ. (訳: Nequi- tia, æ. 〈放蕩、 ふしだら、 不品行。 〉。ポルトガル語。 (中略) ¶ ま た、 情 欲 的 な か わ い が り、 あ る い は、 生 活 に お け る 浪 費 や 散 財。 日 本 語。 恋 れレン 慕 れボ ノ 寵 れ チヨウアイ 愛 れ 、 甘 れアマ ヤ カ シ 事 れゴト 、 あ る い は、 衣 れイ 類 れルイ 、 美 れビ 食 れ シヨク ニ 財 れ タカラ ヲ 費 れ ツヒヤ ス 事 れコト ヲ 言 れイ フ。 ) ④ Nuptus, a, um. …… ¶ Nupta v erba. Lus. P alauras lasciuas, e
deshonestas. Iap. Renbono cotoba.
( 訳 : Nuptus, a, um . 〈(女 の) 結婚した、 とついだ。 〉。 (中略) ¶ Nupta v erba. 〈求 愛のことば。 〉。ポルトガル語。情欲的で、ふしだらなこと ば。日本語。 恋 れレン 慕 れボ ノコトバ。 ) と、①、②、③、④に各一例ずつ存する。①については、見出し 語 の 一 義( 3 の「 死 ぬ ほ ど 愛 し て い る 」) の 日 本 語 解 説 文〝 深 れフカ ク 恋 れレン 慕 れボ ス ル。 〟 と い う 表 現 に お い て、 サ 変 動 詞〝 恋 れレン 慕 れボ ス ル 〟 と し て 用いられている。見出し語の当該の一義は、生命の危機に関わる 程 度 の 恋 情 の 意 義 を 含 ん で い る こ と ば か り で な く、 対 応 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は 、 そ の 恋 情 が 〝 deshonesto ( ふ し だ ら )〟 で〝 muito, & ardētemēte (甚だしく、かつ熱烈に) 〟に発現され るとしていることから、 この〝 恋 れレン 慕 れボ スル〟には、 「内在的批判評価」 が与えられていることは明らかである。②に関しては、 〝 恋 れレン 慕 れボ 〟は、 見 出 し 語 の 一 義( 1 の「 売 春 を と り も つ 女 」) に 対 す る 日 本 語 解 説 文〝 恋 れレン 慕 れボ ノ 仲 れナカ 立 れダチ ヲ ス ル 女 れ ヲンナ 。〟 中 で 使 わ れ て い る。 対 応 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 が〝 Alcouiteira. ( 恋 の 取 り も ち 役。 )〟 で あ る た めわかりにくいが、見出し語の当該の一義に含まれる〈売春〉に 対しての日本語解説文では〝 恋 れレン 慕 れボ 〟が引き当てられていることか らすれば、この〝 恋 れレン 慕 れボ 〟も「内在的批判評価」が与えられている と解される。③については、 見出し語の一義( 「放蕩、 ふしだら」 ) に対する日本語解説文中の性的に関わる部分〝 恋 れレン 慕 れボ ノ 寵 れ チヨウアイ 愛 れ 、 甘 れアマ ヤ カシ 事 れゴト 〟に〝 恋 れレン 慕 れボ 〟が使用されている。見出し語の当該の一義自 体にも好ましくないことの含意が認められるが、対応するポルト ガ ル 語 解 説 文 中 で、 〝 恋 れレン 慕 れボ ノ 寵 れ チヨウアイ 愛 れ 、 甘 れアマ ヤ カ シ 事 れゴト 〟 に 相 当 す る 部 分 は〝 Afagos lasciuos ( 情 欲 的 な か わ い が り )〟 な の で、 こ の〝 恋 れレン 慕 れボ 〟 も 明 ら か に「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 え ら れ て い る。 ④ で は、 見 出 し 語 の 派 生 語 Nupta verba. 〈 求 愛 の こ と ば。 〉 に 対 す る 日 本
語 解 説 文〝 恋 れレン 慕 れボ ノ コ ト バ。 〟 に お い て、 〝 恋 れレン 慕 れボ 〟 が 使 わ れ て い る。 当該派生語の語義からは見えにくいが、対応するポルトガル語解 説 文〝 Palauras lasciuas, e deshonestas. ( 情 熱 的 で、 ふ し だ ら な こ と ば。 )〟 中 で、 〝 恋 れレン 慕 れボ ノ 〟 は〝 情 欲 的 で、 ふ し だ ら な 〟 に 相 当 するから、この〝 恋 れレン 慕 れボ 〟も「内在的批判評価」が与えられている のは間違いない。つまり、 『羅葡日対訳辞書』 に見える 〝 恋 れレン 慕 れボ 〟 は、 すべて「内在的批判評価」が与えられていることになる。 次に、 「れんぼしや」は、一例、 ① Lepus, oris. Lus. …… ¶ Itē, per transl. Infame, & torpe em co us as d e lu xu ria . I ap . I ro ni fu qe ru m on o, re nb ox a. …… (訳 : Lepus, oris. 〈 1 〘 動 〙 ウ サ ギ 。 2 〘 天 〙 兎 座 。〉 。 ポ ル ト ガ ル 語 。( 中 略 ) ¶ ま た 、 比 喩 的 に 。 色 事 に お い て 、 下 劣 で 、淫らな者。 日本語。 色 れイロ ニ 耽 れフケ ル 者 れモノ 、恋 れレン 慕 れボ 者 れシヤ 。(以下略) ) と あ る。 〝 恋 れレン 慕 れボ 者 れシヤ 〟 は、 ① の 見 出 し 語 の 比 喩 的 意 義 に 対 す る 日 本 語 解 説 文〝 色 れイロ ニ 耽 れフケ ル 者 れモノ 、 恋 れレン 慕 れボ 者 れシヤ 。〟 中 で 用 い ら れ て い る。 突 き 合 わすべきラテン語の当該の比喩的意義は直接的には摑めないけれ ども、 日本語解説文で、 〝 恋 れレン 慕 れボ 者 れシヤ 〟と類義的関係にあることによっ て 並 記 さ れ て い る と 思 し い〝 色 れイロ ニ 耽 れフケ ル 者 れモノ 〟 は、 当 該 の 比 喩 的 意 義 に 対 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文〝 Infame, & torpe em cousas de luxuria. (色事において、 下劣で、 淫らな者。 )〟 と対応しているので、 〝 恋 れレン 慕 れボ 者 れシヤ 〟も「内在的批判評価」が与えられていると判断される。 以上、 『羅葡日対訳辞書』における、 「こひ」系語彙は、一般的 な男女間の恋愛に対して用いられており、好ましくないこととし て、すべて「内在的批判評価」が与えられていることになる。 二 ・ 二 『落葉集』における「こひ」系語彙 『 落 葉 集 』 に 見 え る「 こ ひ 」 系 語 彙 は、 「 こ ふ( 恋 ふ )」 の 一 例 のみである。 『落葉集』の「色葉字集」の「し」部に、 〝こふ〟は、 ◦ 慕 れ したふ こふ ねがふ しのぶ と、 「慕」 の定訓 (〝したふ〟 ) ではないところの、 字訓の一つとして、 〝ねがふ〟 、〝しのぶ〟とともに付されている。 『落葉集』では、漢 字に対する定訓の位置に 「こひ」 系語彙が存しないばかりでなく、 漢字〝恋(戀) 〟の登載すらなされていないのである。 『落葉集』 とほぼ同時代の国語辞書 「節用集」 などには、 通常 「こ ひ」系語彙を掲載しており、その際には「こひ」を「こひ」系語 彙 の 代 表 と し、 「 こ ひ 」 を 漢 字 表 記 す る た め の 漢 字 を 挙 げ る と い う方法を取っているが、 そこで掲げられる漢字は、 ほぼ「恋(戀) 」 に限られてい る れ注7 。「こひ(―) 」あるいは「こふ」の読みを有する 漢字として 「慕」 は見出しがたいが、 〝 恋 れれん (戀) 慕 れぼ(ほ) 〟 の掲載なら 「節 用集」などにも多 い れ注8 。 一 方「 し た ふ 」 に つ い て は、 「 節 用 集 」 な ど で は、 書 く た め の 漢字として、 「恋(戀) 」が「慕」とともにしばしば挙げられてい ぼ
るので、 この時代 「したふ」 という字訓を介して、 「恋 (戀) 」 と 「慕」 とは類義字関係にあったと見做すことができる。 「節用集」 の一本、 『和漢通用集』 (慶長〜寛永頃写)には、 ◦ 戀 れ したふ こい也 ◦恋 同字 とあることや、 『日葡辞書』の「シタヒ、 フ、 ウタ(慕ヒ、 フ、 ウタ) 」 の項目に、 Xitai, ǒ, ǒta. Seguir ,ou imitar . ¶
Voya couo xitǒ.
Ir o pay apos o filho em busca delle com amor . ¶ Item, Amar desorde- nadamente com amor sensual. ( 訳: 慕 れシタ ヒ、 フ、 ウ タ。 後 を つ い て 行 く、 ま た は、 手 本 に す る。 ¶ 親 れオヤ 子 れコ ヲ 慕 れシタ フ。 親 が 愛 情 ゆ え に、 そ の 子 を 捜 し に 後 を 追 っ て 行 く。 ¶ ま た、 好 色な恋情で、無軌道に恋する。 )〔本篇〕 と、恋情に関わる意味の記述があることで裏付けられる。 『落葉集』 では、 そもそも 「こひ」 系語彙の登載に消極的であって、 恋情表現に直結する、 〝恋(戀) 〟の字や「こひ」という訓の掲載 を避け、多義的な「したふ」を漢字表記するための漢字としては 〝慕〟のみを挙げ、その字訓の一として、 「したふ」を書くための 漢字を調べることによってしか り着けないというやり方で、 「こ ひ」系語彙としては、 〝したふ〟や〝ねがふ〟 〝しのぶ〟と品詞を 揃えることを優先して〝こふ〟を字訓として示したのには、一般 に男女間の恋愛は好ましくないとするキリスト教の宗教的立場が 関与している可能性がある。 二 ・ 三 『日葡辞書』における「こひ」系語彙 『 日 葡 辞 書 』 に は、 「 こ ひ 」 系 語 彙 は、 「 こ ひ( 恋 )」 二 例、 「 こ ひかぜ(恋風) 」一例、 「こひかなしむ(恋ひ悲しむ) 」一例、 「こ ひぐさ(恋草) 」一例、 「こひくらす(恋ひ暮す) 」一例、 「こひこ がる(恋ひ焦る) 」一例、 「こひごろも(恋衣) 」一例、 「こひし(恋 し) 」七例、 「こひしさ(恋しさ) 」二例、 「こひしたふ(恋ひ慕ふ) 」 三例、 「こひしづむ(恋ひ沈む) 」一例、 「こひしのぶ(恋ひ忍ぶ) 」 二例、 「こひす(恋す) 」一例、 「こひぢ(恋路) 」二例、 「こふ(恋 ふ) 」二例、 「れんぼ(恋慕) 」二例―ただし、 「れんぼす(恋慕す) 」 一例を含む―の、十七語三十一例存する。 まず、 「こひ」は、二例、 ① Coi. Amor , ou saudades ruins. ¶ Coiuo suru. T er amor , ou saudades lasciuas. ( 訳: 恋 れコヒ 。 恋 情、 ま た は 悪 い 思 慕。 ¶ 恋 れコヒ ヲスル。恋情、または情欲的な思慕を抱く。 )〔本篇〕 と、①の項目自体と、①の例文中に一例ずつ見える。項目に対す るポルトガル語解説文、及び例文に関するポルトガル語訳文によ れば、 〝コヒ〟には二義あり、 〝 saudades (思慕) 〟には〝 ruins (悪 い )〟 、〝 lasciuas ( 情 欲 的 な )〟 と い う「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 え られているが、 〝 amor (恋情) 〟には、特に言及がない。 次に、 「こひかぜ」は、一例、
① Coi caje. Saudades, ou amor carnal. (訳: 恋 れコヒ カ ゼ 風 れ 。思慕、また は肉欲的な恋情。 )〔本篇〕 と、 ①の項目自体にのみ見られる。キリシタン資料としても孤例。 項目のポルトガル語解説文では、 〝コヒヂ〟に二義を挙げ、 〝 amor ( 恋 情 )〟 に は〝 carnal ( 肉 欲 的 な )〟 と い う「 内 在 的 批 判 評 価 」 が な さ れ て い る が、 〝 Saudades ( 思 慕 )〟 に は、 評 価 が 示 さ れ て いない。 次に、 「こひかなしむ」は、一例、 ① Coi canaximi, u, ŭda. Ter grande tristeza causada de sauda- des , ou amor . ( 訳: 恋 れコ ヒ 悲 れカナ シ ミ、 ム、 ウ ダ。 思 慕、 ま た は 恋情が原因の大きな悲しみを抱く。 )〔本篇〕 と、 項 目 自 体 に 存 す る。 「 こ ひ か な し む 」 も キ リ シ タ ン 資 料 で は 孤例。項目のポルトガル語解説文では、 〝 saudades (思慕) 〟、〝 amor (恋情) 〟が用いられているが、これらに対しては特に評価が与え られていない。 次に、 「こひぐさ」は、一例、 ① Coigusa. Affeiçāo sensual, intensa. ( 訳 : 恋 れコヒ グ サ 草 れ 。 好 色 で 、 激 しい恋情。 )〔補遺篇〕 と、 項 目 自 体 に の み 見 え る。 「 こ ひ ぐ さ 」 も キ リ シ タ ン 資 料 で は 孤 例。 項 目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 Affeiçāo ( 恋 情 )〟 に 関 して〝 sensual, intensa (好色で、激しい) 〟という「内在的批 判評価」がなされている。 次に、 「こひくらす」は、一例、 ① Coicuraxi, su, aita. Passar os dias, as noites com amor , saudades. (訳 : 恋 れコ ヒ 暮 れクラ シ、 ス、 イタ。恋情、 そして、 思慕で、 昼も夜も日毎過ごす。 )〔本篇〕 と、 項 目 自 体 に 見 ら れ る。 「 こ ひ く ら す 」 も キ リ シ タ ン 資 料 で は 孤 例。 項 目 に 対 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 amor ( 恋 情 )〟 、 〝 saudades ( 思 慕 )〟 が 使 わ れ て い る が、 こ れ ら に は 特 に 評 価 が 付与されていない。 次に、 「こひこがる」は、一例、 ① Coicog are, ruru, eta. Andar aceso de amores sensuaes. (訳: 恋 れコ ヒ 焦 れコガ レ、 ルル、 レタ。好色な恋に夢中になっている。 )〔本 篇〕 と、 項 目 自 体 に 存 す る。 項 目 に 関 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 amor ( 恋 情 )〟 に〝 sensuaes ( 好 色 な )〟 と い う「 内 在 的 批 判 評 価」が与えられている。 次に、 「こひごころ」は、一例、 ① Coigo coro. Affeição intensa que hūa pessoa tem a outra : ordinariamente he in malam partem. ( 訳: 恋 れ コヒゴコロ 心 れ 。 あ る 人 が他の人に抱く激しい恋情。そして一般に悪い方面におい てである。 )〔補遺篇〕 と、 項 目 自 体 に 見 ら れ る。 「 こ ひ ご こ ろ 」 も キ リ シ タ ン 資 料 で は 孤例。項目に対するポルトガル語解説文では、 〝 Affeição (恋情) 〟
に つ い て、 〝 in malam partem ( 悪 い 方 面 で )〟 と 注 記 さ れ て い る の で、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が な さ れ て い る こ と に な る。 た だ し、 こ の 注 記 で は〝 ordinariamente ( 一 般 に )〟 と も あ り、 「 内 在 的 批 判評価」には該当しない場合があることも示唆している。 次に、 「こひごろも」は、一例、 ① Coigoromo. Vest ido de pessoa que anda perdida por outra com torpe affeição. ( 訳: 恋 れ コヒゴロモ 衣 れ 。 淫 ら な 恋 情 で 他 の 人 に 夢 中になっている人の衣服) 〔補遺篇〕 と、 項 目 自 体 に 見 え る。 「 こ ひ ご ろ も 」 も キ リ シ タ ン 資 料 で は 孤 例。 項 目 に つ い て の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 コ ロ モ 〟 が 心 情 の比喩表現であることの指摘がないので、不十分な訳ではあるけ れども、 「こひごろも」に含まれる心情的意義に関しては、 〝 torpe affeição ( 淫 ら な 恋 情 )〟 と し て お り、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 え られている。 次に、 「こひし」は、七例、 ① Coixij. O ter amor carnal, ou saudades amorosas quer se jāo
boas, quer desordenadas.
(訳 : 恋 れコヒ シイ。肉欲的な恋情を抱 くこと、または良い場合の恋の思慕か無軌道な場合の恋の 思慕かを抱くこと。 )〔本篇〕 ② Coixiqi. Vide coixij. (訳 : 恋 れコヒ シキ。 恋 れコヒ シイ (の項目) を見よ。 ) 〔本篇〕 ③ Coixiya. Interjeição do
q ~ ama, ou tem saudades.
(訳 : 恋 れコヒ シヤ。 恋をする、または思慕を抱くことの感嘆詞。 )〔本篇〕 ④ Coixǔ. Adu. Saudosa, ou amorosamente. Vt. Xidadonoua
nauomo Miacouo coixǔ v
oboximexite, youo finitçuid
e noboraxeraruru. Xid. Xidadono tendo ainda mais sauda - des do Miyaco, de dia,
de noite caminhaua pera lá.
( 訳: 恋 れコヒ シ ウ。 副 詞。 慕 わ し く、 ま た は 恋 し く。 例、 信 れシ 太 れダ 殿 れドノ ハ 猶 れナホ モ 都 れ ミヤコ ヲ 恋 れコヒ シウ 思 れオボ シ 召 れメ シテ、 夜 れヨ ヲ 日 れヒ ニ 継 れツ イデ 上 れノボ ラセラ ルル。 信 れシ 太 れダ 。 信 れシ 太 れダ 殿 れドノ は、より一層 都 れ ミヤコ に思慕を抱き、都を目 指して昼夜の区別なく歩いた。 )〔本篇〕 ⑤ Ito do. Adu. … … Vt, Ito doxiqu suguinixi catano coixiqini, Vrayamaxiqumo cayeru nami cana! Tēdo grãdes saudades do Miyaco, do dei xo a tras, vēdo estas ondas che- gāo à praya ,
se tornāo, o que saudades,
magoa terei
vendo que nāo posso tornar
. (訳 : イトド。副詞。……例、 イトドシウ 過 れス ギニシ 方 れカタ ノ 恋 れコヒ シキニ、 羨 れ ウラヤマ シクモ 返 れカヘ ル 波 れナミ カナ! 都 れ ミヤコ や後に残したものがとても慕わしいのに、海辺に着いて は戻る波を見るにつけても、自分が戻ることができないこ とを思うと、何と慕わしく悲しいことよ!) 〔本篇〕 と、 ①には、 項目自体に 〝コヒシイ〟 (口語の終止 ・ 連体形) が一例、 ② に は、 項 目 自 体 に〝 コ ヒ シ キ 〟( 文 語 の 連 体 形 ) 一 例、 及 び ポ ルトガル語解説文に〝コヒシイ〟が一例の計二例、③には、項目 自体に 〝コヒシヤ〟 (文語終止形に間投助詞 「や」 が後接した形式)
が 一 例、 ④ に は、 〝 コ ヒ シ ウ 〟( 連 用 形 の ウ 音 使 形 ) が 項 目 自 体、 及び例文中に各一例の計二例、⑤には、項目の例文中に〝コヒシ キ〟 (文語の連体形)が一例、それぞれ存する。①では、 〝コヒシ イ 〟 が、 〝 amor carnal ( 肉 欲 的 な 恋 情 )〟 、〝 saudades amorosas …… quer desordenados (無軌道な場合の恋の思慕) 〟 として、 「内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 え ら れ て い る 一 方 で、 〝 saudades amorosas quer se jāo boas ( 良 い 場 合 の 恋 の 思 慕 )〟 と し て、 好 意 的 に も 捉 えられている。②では、項目の〝コヒシキ〟が〝コヒシイ〟と同 義であることが示されていると見做される。③では、項目の〝コ ヒ シ ヤ 〟 が 全 体 と し て 感 嘆 詞 と な っ て い る と 判 断 さ れ て い る が、 項目に対するポルトガル語解説文には評価に関わる表現は使用さ れていない。④の項目の〝コヒシウ〟は「こひし」の連用形のウ 音使形であるものの、他の形容詞のウ音使形同様、副詞と見做さ れている。④の項目に対するポルトガル語解説文では、語義とし て、 〈 慕 情 〉 と〈 恋 情 〉 が あ る こ と の み を 記 述 し、 例 文 で は、 慕 情表現に用いられた例が挙っている。⑤では、 項目の例文中に 〝コ ヒシウ〟 が用いられており、 慕情表現になっている。これらの 〝コ ヒ シ 〟 を 通 覧 す る と、 「 こ ひ し 」 の 恋 情 表 現 や 慕 情 表 現 に は、 キ リスト教の宗教的立場からは、好ましくない場合と容認される場 合とがあるということになる。 次に、 「こひしさ」は、二例、 ① Coixisa. Saudades, ou amor ainda que nāo se ja carnal. (訳: 恋 れコヒ シサ。思慕、または肉欲的ではなくとも恋。 )〔本篇〕 ②
Qeôji, zuru, ita.
…
…
Vt,
Coreuo qeôjita fitono coixisani
tçu- qix enu mo noua na m id a nar i. Fe iq . L ib . I . C õ sau da de s da pessoa que gostaua disto, o que se nāo esgosta sāo as lag rimas. ( 訳 : 興 れ キヨウ ジ 、 ズ ル 、 ジ タ 。 … … 例 、 コ レ ヲ 興 れ キヨウ ジ タ 人 れヒト ノ 恋 れコヒ シサニ 尽 れツ キセヌモノハ 涙 れ ナミダ ナリ。 平 れヘイ 家 れケ 。巻一。これ を好んだ人への思慕ゆえに、無くなることがないのは涙で ある。 )〔本篇〕 と、①には、項目自体に一例、②には、項目の例文中に一例、そ れ ぞ れ 見 え る。 ① の 項 目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 に よ れ ば、 「 こ ひ し さ 」 は、 慕 情 と、 〝 carnal ( 肉 欲 的 な )〟 か ど う か に か か わ ら ず 恋 情 の 表 現 と い う こ と に な り、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 含 ま れ る 場 合 と そ う で は な い 場 合 と が あ る わ け で あ る。 ② の 例 文 で は、 〝 コ ヒシサ〟は慕情の表現として使われている。 次に、 「こひしたふ」は、三例、 ① Coixitai, ǒ, ǒta, l, coixinobi, u. Andar de amores apos al - guem. (訳 : 恋 れコ ヒ 慕 れシタ ヒ、 フ、 ウタ、 あるいは、 恋 れコ ヒ 忍 れシノ ビ、 ブ。 恋ゆえに、ある人の後ろを行く。 )〔本篇〕 ② Coixinobi, u, ǒda, l, coixitǒ. Andar de amores apos alguem. (訳 : 恋 れコ ヒ 忍 れシノ ビ、 ブ、 ウダ、 あるいは、 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ。恋ゆえに、 ある人の後ろを行く。 )〔本篇〕 ③ Renbo. Coi xitǒ. Amor deshonesto, ou sensual. Vt, Fitouo
renbo suru. Amar a alguem sensualmente. (訳: 恋 れレン 慕 れボ 。 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ。ふしだらな、 または好色な恋。例、 人 れヒト ヲ 恋 れレン 慕 れボ スル。 ある人を好色に恋する。 )〔本篇〕 と、 ①、 ② に は、 〝 恋 れコ ヒ 忍 れシノ ブ 〟 と 併 記 さ れ た 項 目 自 体 に 各 一 例、 ③には、 項目の〝 恋 れレン 慕 れボ 〟の訓読として一例、 それぞれ存する。①、 ②の項目のポルトガル語解説文は全く同じで、恋情に関わること を 述 べ て い る が、 そ の 恋 情 に つ い て は 特 に 評 価 は 伴 っ て い な い。 ③ の、 〝 コ ヒ シ タ フ は、 ①、 ② の 項 目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 の 内 容と整合的に捉えると、熟字相当項目をそれぞれ正訓で訓読した ものにすぎないと判断される。 次に、 「こひしづむ」は、一例、 ① Coixizzumi, u, unda. Andar to do met ido em amores torpes, sensuaes. ( 訳: 恋 れコ ヒ 沈 れシヅ ミ、 ム、 ン ダ。 淫 ら で、 好 色 な 恋にすっかり浸り切っている。 )〔補遺篇〕 と、①の項目自体に見える。キリシタン資料では孤例。①の項目 に 対 す る ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 で は、 〝 amores torpes, sensuaes (淫らで、 好色な恋) 〟とあり、 「内在的批判評価」 が与えられている。 次に、 「こひしのぶ」は、二例、 ① Coixitai, ǒ, ǒta, l, coixinobi, u. Andar de amores apos al- guem. (訳 : 恋 れコ ヒ 慕 れシタ ヒ、 フ、 ウタ、 あるいは、 恋 れコ ヒ 忍 れシノ ビ、 ブ。 恋ゆえに、ある人の後ろを行く。 )〔本篇〕 ② Coixinobi, u, ǒda, l, coixitǒ. Andar de amores apos alguem. (訳 : 恋 れコ ヒ 忍 れシノ ビ、 ブ、 ウダ、 あるいは、 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ。恋ゆえに、 ある人の後ろを行く。 )〔本篇〕 と、 ①、 ② で、 〝 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ 〟 と 併 記 さ れ た 項 目 自 体 に、 そ れ ぞ れ 一例ずつある。当該の二例については、 前述した 「こひしたふ」 の、 ①、②における二例と全く同じで、各項目のポルトガル語解説文 では、当該の恋情に関して特に評価が付与されていない。 次に、 「こひす」は、一例、 ①
Coixi, suru, ita.
Ter amor sensual a alguem.
(訳 : 恋 れコヒ シ、 スル、 シタ。ある人に好色な恋情を抱く。 )〔補遺篇〕 と、 ① の 項 目 自 体 に 見 え る。 項 目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 に は、 〝 amor sensual ( 好 色 な 恋 情 )〟 と あ り、 「 内 在 的 批 判 評 価 」 が な されている。 次に、 「こひぢ」は、二例、 ① Bonnǒ Vazzurai nayami.i. Tog ano sômiǒ. … … ¶ Bonnǒno coig i. Afflição interior se sente com dese jos sensuaes . … … ( 訳 : 煩 れボン ナ ウ 悩 れ 。 煩 れ ワヅラ ヒ 悩 れナヤ ミ 。 す な わ ち 、 科 れトガ ノ 惣 れ ソウミヤウ 名 れ 。 … … 煩 れボン 悩 れナウ ノ 恋 れコヒ 路 れヂ 。 好 色 な 欲 望 に 伴 っ て 感 じ る 精 神 的 苦 悩。 ……) 〔本篇〕 ② Coig i. Sensualidade, ou amor deshonesto. (訳: 恋 れコヒ 路 れヂ 。好色、 またはふしだらな恋。 )〔補遺篇〕 と、①の項目の例文中に一例、②の項目自体に一例、それぞれ存 する。 ①の項目の例文に対するポルトガル語訳文中には、 〝 dese jos
sensuaes ( 好 色 な 欲 望 )〟 と あ り、 ② の 項 目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 中 に は、 〝 Sensualidade ( 好 色 )〟 、〝 amor deshonesto ( ふ し だ ら な 恋 )〟 と あ っ て、 ど ち ら の〝 コ ヒ ヂ 〟 も「 内 在 的 批 判 評 価 」 が与えられている。 次に、 「こふ」は、二例、 ① Coi, côru, coita. Amar sensualmente. ¶ Fitouo coiteua varui.
Amar a alguē sensualmente he ruim cousa.
¶ It e ~, Amar , ou ter saudades dalgum amigo, parente, c. ( 訳: 恋 れコ ヒ、 恋 れコ フ ル、 恋 れコ ヒ タ。 好 色 に 恋 す る。 ¶ 人 れヒト ヲ 恋 れコ ヒ テ ハ 悪 れワル イ。 あ る 人 を 好 色 に 恋 す る こ と は、 悪 い こ と で あ る。 ¶ ま た、 あ る 友人や身内などを恋しく思う、 または思慕を抱く。 )〔本篇〕 と、①の項目自体に一例、項目の例文中に連用形〝コヒ〟の語形 で一例、それぞれ見える。当該項目に対するポルトガル語解説文 に は、 〝 Amar sensualmente ( 好 色 に 恋 す る )〟 と あ り、 項 目 の 例 文 に 対 す る ポ ル ト ガ ル 語 訳 文 中 に も〝 sensualmente ( 好 色 に )〟 、 〝 ruim cousa ( 悪 い 事 )〟 と い う 表 現 が 用 い ら れ て お り、 「 内 在 的 批判評価」が与えられているのだが、 その一方、 「内在的批判評価」 を伴わない、友人や身内などに対しての思慕の情や恋情に関して の記述も見られる。 次に、 「れんぼ」は、二例、 ① Renbo. Coi xitǒ. Amor deshonesto, ou sensual. Vt, Fitou o renbo suru. Amar a alguem sensualmente. (訳: 恋 れレン 慕 れボ 。 恋 れコ ヒ 慕 れシタ フ。ふしだらな、 または好色な恋。例、 人 れヒト ヲ 恋 れレン 慕 れボ スル。 ある人を好色に恋する。 )〔本篇〕 と、 ① の 項 目 自 体 に 一 例、 項 目 の 例 文 中 に サ 変 動 詞〝 恋 れレン 慕 れボ ス ル 〟 として一例、それぞれ存する。当該項目に対するポルトガル語解 説文では、 〝 Amor (恋) 〟は、 〝 deshonesto (ふしだら) 〟〝 sensual (好色な) 〟とされており、 「内在的批判評価」が与えられている。 ま た、 項 目 に 関 す る 例 文 に お い て も、 ポ ル ト ガ ル 語 訳 文 中 で、 〝 Amar (恋する) 〟は、 〝 sensualmente (好色に) 〟とされており、 「内在的批判評価」が付与されている。 『 日 葡 辞 書 』 に お け る「 こ ひ 」 系 語 彙 を 具 に 見 る と、 そ の あ り ようは様々である。まず、 それぞれのポルトガル語解説文で、 「こ ひ」系語彙に対して、恋情に限定して記述している場合と、恋情 と慕情の両方について述べている場合とがあり、さらに慕情に関 しては、恋情と区別している場合と、恋情を含めていると思われ る場合とがある。また、 〝好色な〟 、〝情欲的な〟 、〝肉欲的な〟 、〝ふ しだらな〟 、〝淫らな〟 、〝無軌道な〟 、〝悪い〟などの「内在的批判 評価」の指標となる表現の有無を調べると、 これも一様ではない。 恋 情 に 限 定 し て 記 述 し て い る 場 合 で は、 「 こ ひ ぐ さ 」、 「 こ ひ こ が る」 、「こひごろも」 、「こひしづむ」 、「こひす」 、「こひぢ」 、「れんぼ」 には 「内在的批判評価」 の指標が認められるが、 「こひしたふ」 、「こ ひしのぶ」 には特にその指標は見られない。ただし、 「こひごころ」 には、 〝一般に悪い方面において〟との説明があり、裏を返せば、
容認される恋情のあることを示唆している。恋情と慕情との両方 の記述がある場合には、 「こひ」は慕情に関してのみ、 「こひかぜ」 は恋情に関してのみ、 「内在的批判評価」の指標が存するが、 「こ ひかなしむ」 、「こひくらす」には、 そのような指標は見当らない。 「 こ ひ し 」 は、 そ の 関 連 項 目 の〝 コ ヒ シ ヤ 〟〝 コ ヒ シ ウ 〟 な ど で、 恋情や慕情に対する評価に関わる言及は見られないが、 〝コヒシ〟 の 項 目 に は、 恋 情 に つ い て「 内 在 的 批 判 評 価 」 を 与 え つ つ、 〝 良 い 場 合 の 恋 の 思 慕 〟 を も 認 め て い る。 「 こ ひ し さ 」 に は、 慕 情 に 関しては評価に関わる言及はないが、恋情については「内在的批 判評価」が付与される場合とそうではない場合とがあることの記 述 が あ る。 「 こ ふ 」 に は、 恋 情 に 対 し て「 内 在 的 批 判 評 価 」 が 与 えられつつ、友人や身内などへの恋情や慕情の説明には評価に関 わる言及がない。 こ の よ う な、 『 日 葡 辞 書 』 に お け る「 こ ひ 」 系 語 彙 の あ り よ う を 総 合 す る と、 「 こ ひ 」 系 語 彙 に は、 主 と し て 恋 情 に 用 い ら れ る もの、恋情と慕情の両方に用いられるものがあり、それらの語彙 の表わす心情にはキリスト教の宗教的立場からは批判的に捉えら れることが少なくなく、特に恋情表現としてのみ使用される語彙 の中には、 常に「内在的批判評価」が与えられているものもある。 しかし、一方で、友人や身内などに対する恋情や慕情の表現とし て使われる場合の「こひ」 」系語彙は、 「内在的批判評価」を伴わ ない、容認される心情の表現ともなりうるということになる。 二 ・ 四 ロドリゲス『日本大文典』における「こひ」系語彙 ロドリゲス『日本大文典』には、 「こひ」系語彙は、 「こひ(恋) 」 一例、 「こひし」五例、 「こふ(恋ふ) 』一例の、三語七例存する。 まず、 「こひ」は、一例、 ① Coi, amores, affeiçam. (訳: 恋 れコヒ 、恋、恋情。 )一八二丁裏 と、 見 え る。 こ こ で は、 〝 コ ヒ 〟 は、 和 歌 の 部 立 を 指 し て い る。 特に評価に関わる言及は存しない。 次に、 「こひし」は、五例、 ① Mucaxi beya miyamo coixqui fototoguisu, Furusatoni ximo naquite quitçuran. Co ca . ( 翻 字: 昔 れ ムカシ ベ ヤ 宮 れミヤ モ 恋 れコヒ シ キ 時 れ ホトトギス 鳥 れ 古 れフル 里 れサト ニシモ 鳴 れナ キテ 来 れキ ツラン。 古 れコ 歌 れカ 。)四一丁裏 ② Coixino Tçuguinobuya! Ara coixino Tadanobuya! Yaxima no Mai. ( 翻 字 : 恋 れコヒ シ ノ 嗣 れツギ 信 れノブ ヤ ! ア ラ 恋 れコヒ シ ノ 忠 れタダ 信 れノブ ヤ ! 八 れヤ 島 れシマ ノ 舞 れマヒ 。)七六丁裏 ③ Vt, Nagoriximo coso coixicariquere. ( 訳・ 翻 字: 例、 名 れナ 残 れゴリ シモコソ 恋 れコヒ シカリケレ。 )一一六丁裏 ④ Ara coixiya. (翻字:アラ 恋 れコヒ シヤ。 )一二六丁表 と、①に〝コヒシキ〟が一例、②に〝コヒシ〟が二例、③に〝コ ヒシカリ〟が一例、④に〝コヒシ〟に間接助詞〝ヤ〟か後接した 形 式 の〝 コ ヒ シ ヤ 〟 が 一 例、 そ れ ぞ れ 見 え る。 ① は、 『 古 今 和 歌
集 』( 905 ― 914 年 ) の、 「 む か し べ や 今 も こ ひ し き 郭 公 ふ る さ と にしもなきてきつら む れ注9 」を引用したものと思われる。元の歌の 〝今 も 〟 を〝 宮 れミヤ モ 〟 に 敢 え て 変 え た の な ら ば、 〝 コ ヒ シ キ 〟 を 恋 情 表 現から慕情表現に変更したことになる。②の二例は、 「幸若舞」 (室 町時代末〜近世初)の『八島』からの引用で、佐藤 嗣信 、 忠信 兄 弟 に 対 す る 母 親 の 心 情 の 表 現 で あ る。 ③ は、 『 後 撰 和 歌 集 』( 951 〜 53 年 頃 ) の「 あ ひ み て は な ぐ さ む や と ぞ 思 ひ し に な ご り し も こそこひしかりけ れ れ 注注 注 」の下句を引用したものであるが、上句を省 いたことによって、本来恋情表現の歌であることがわかりにくく なっている。④は、日本語の感動詞「あら」について述べたとこ ろに、その具体的な例の一つとして挙がっている。この〝コヒシ ヤ〟について、ポルトガル語や日本語での説明は特にない。 次に、 「こふ」は、一例、 ① …… Rǒ chǒ cumouo côru vomoi … … Feique. lib . 10. ( 翻 字: …… 籠 れ ラウチヨウクモ 鳥雲 れ ヲ 恋 れコ フル 思 れ オモヒ ……平家。巻十。 )二〇一丁裏 と、 〝コフル〟の語形で存する。①は、 『平家物語』 ( 13世紀前半) 巻十の「八島院宣」からの引用で、捕虜の身の平重衡の心情を籠 鳥に譬えたものである。 ロ ド リ ゲ ス『 日 本 大 文 典 』 で は、 「 こ ひ 」 系 語 彙 に 対 し て の 評 価 に 関 わ る 記 述 は 見 ら れ な い も の の、 原 典 か ら の 引 用 の し 方 に、 キリスト教的立場からの配慮が働いているかもしれない。 二 ・ 五 コ リ ャ ー ド の『 西 日 辞 書 』、 『 羅 西 日 辞 書 』 に お け る 「 こひ」系語彙 まず、コリャード『西日辞書』には、 「こひ」系語彙は、 「れん ばう(恋望) 」が一例、 ①
luxuria y sensualid. renbǒ.
(訳:淫乱、及び好色。 恋 れレン バ ウ 望 れ 。) 七丁表 と 見 え る。 「 拙 稿 1」 で 取 り 上 げ た よ う に、 「 れ ん ば う 」 は、 『 ロ ザ リ オ の 経 』( 16623 年 刊 ) に 存 す る 語 で あ る。 『 西 日 辞 書 』 の、 1オ1〜 38オ 19は、この『ロザリオの経』を典拠としていること が明らかになってい る れ 注注 注 。七丁表は、正しく『ロザリオの経』を典 拠としている箇所なので、この〝レンバウ〟は、 『ロザリオの経』 の〝 レ ン バ ウ 〟 を 抜 き 出 し た も の に 違 い な い。 ① の〝 レ ン バ ウ 〟 に は、 〝 luxuria ( 淫 乱 )〟 、〝 sensualid ( 好 色 )〟 と あ り、 「 内 在 的 批判評価」が与えられている。 次に、コリャード『羅西日辞書』には、 「こひ」系語彙は、 「れ んばう」が四例、 ① Luxuria, æ : luxuria y sensualidad : renbǒ. ( 訳 : Luxuria, ae : 〈 1( 植 物 の ) 繁 茂、 は び こ る こ と。 2 気 ま ま、 放 縱。 3 ぜいたく、奢侈。 〉。淫乱、及び好色。 恋 れレン バ ウ 望 れ 。)七五ページ ② Lasciuus, a, um. luxurioso. renbǒ no mono. lasciuia, ae. renbǒ. (訳: Lasciuus, a, um. 〈1ふざける、戯れる。2軽
薄な、気ままな。3ふしだらな。4手に負えない、言うこ と を 聞 か な い 。〉 。 好 色 者 。 恋 れレンバウ 望 れ ノ 者 れモノ 。 淫 奔 。 恋 れレンバウ 望 れ 。) 二 六 八ページ ③ Libidinosus, a, um. luxurioso. yo coxima ni sùita mòno. renbǒ ni musaboru. ( 訳: Libidinosus, a, um. 〈 1 み だ ら な、 好 色の。2わがままな、気まぐれな。 〉。好色者。淫乱。 邪 れ ヨコシマ ニ 好 れス イタ 者 れモノ 。 恋 れレンバウ 望 れ ニ 貪 れ ムサボ ル。 ) 二 七 二ページ と、 ① の 項 目 に は 一 例、 ② の 項 目 に は 二 例、 ③ の 項 目 に は 一 例、 そ れ ぞ れ 存 す る。 ① で は、 〝 レ ン バ ウ 〟 は、 見 出 し 語 の 対 訳 日 本 語として挙げられている。見出し語自体の語義に合致する意義は 見出しがたいが、2の「気まま、放縱」には関連しており、好ま しくないことということにはなる。また、 対訳スペイン語は、 『西 日 辞 書 』 の〝 レ ン バ ウ 〟 に つ い て の と 同 じ 表 現 で あ り、 「 内 在 的 批判評価」が与えられている。②の見出し語における対訳日本語 として、 〝 恋 れレンバウ 望 れ ノ 者 れモノ 〟、 〝 恋 れレンバウ 望 れ 〟という二つの訳語が使われている。 見 出 し 語 の 語 義 の う ち の 3 の「 ふ し だ ら な 」 に、 ス ペ イ ン 語 の 〝 lasciuia, ae ( 淫 奔 )〟 が 対 応 し、 ま た 日 本 語 の〝 恋 れレンバウ 望 れ 〟 が 対 応 し ている。 〝 恋 れレンバウ 望 れ ノ 者 れモノ 〟、 それに対応するスペイン語〝 luxurioso (好 色 者 )〟 は、 見 出 し 語 の 語 義 3 の「 ふ し だ ら な 」 の 派 生 義 に 対 す るものであろう。それらの対応関係から、 これらの 〝 恋 れレンバウ 望 れ 〟 も 「内 在的批判評価」がなされているわけである。③の見出し語の語義 の1「みだらな、 好色の」に、 スペイン語の〝 luxurioso (淫乱) 〟、 日本語の〝 恋 れレンバウ 望 れ 〟が対応しているから、この〝 恋 れレンバウ 望 れ 〟も「内在的 批判評価」が与えられている。 コリャードの『西日辞書』 、『羅西日辞書』に存する「こひ」系 語 彙 は、 「 れ ん ば う 」 の み で、 い ず れ も「 内 在 的 批 判 評 価 」 が な されている。 三 キリシタン資料における「こひ」系語彙に関する先学の見 解の再検討 「 拙 稿 1」 に お い て、 キ リ シ タ ン 資 料 に お け る「 こ ひ 」 系 語 彙 に関する先学の見解を取り上げたが、用例の調査を終えていない 段 階 だ っ た の で、 そ の 時 点 で の 気 掛 り な 点 の 指 摘 に 止 め た。 今、 キリシタン資料における「こひ」系語彙の用例の検討を終えたの で、ここで再び、先学の見解を吟味することにする。 ま ず、 フ ー ベ ル ト・ チ ー ス リ ク 氏 は、 「 キ リ シ タ ン 宗 教 文 学 の 霊 性 れ 注注 注 」 に お い て、 「 感 情 的 肉 体 的 な 愛 情 」 を 表 わ す 日 本 語 訳 語 と して「愛」と「恋」とを挙げ、 『日葡辞書』の用例をもとに、 「恋 と、 それと関係のある言葉はすべて、 感情的肉体的な意味がある。 」 と述べ、 『日葡辞書』からその証左として数例引用している。 Coi. Amor , Jaudades ruin s (愛情、恋愛、だらしない話) Coi uo suru. T er amor , ou saudades lascivas (愛情をもつ、 だらしない話をする)
Coi, cou. Amar sensualmente
(感覚的肉体的に愛する) Renbo ( coi xitǒ ). Amor deshonesto ou sensual (不潔、ある いは感覚的な愛情) そ れ ら を 基 に、 チ ー ス リ ク 氏 は、 「 愛 も 恋 も、 む し ろ 感 覚 的 肉 体 的意味をもっていたこと、つまり恋愛とか恋慕愛欲の意味で使わ れ て い た こ と が わ か る。 」 と し て い る。 氏 の 引 用 例 の う ち、 〝 Coi uo sur u 〝 は、 項 目〝 恋 れコヒ 〟 の 例 文 な の で、 三 項 目 か ら 引 用 し た に すぎない。 「こひ」系語彙は、 『日葡辞書』に十七語三十一例あり、 それらを俯瞰した上での主張にはなっていない。また、氏の見解 では、 「こひ」系語彙について、 「感覚的肉体的意味」でのみ用い ら れ て い た と 述 べ て い る の か、 「 感 覚 的 肉 体 的 意 味 」 に お い て も 用いられたということなのか、判然としないが、それは氏が項目 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 中 の 接 続 詞 ou を 日 本 語 訳 し て い な い こ と に よ る。 た だ、 少 な く と も、 「 肉 体 的 意 味 」 を 持 た な い 使 わ れ 方 のある語が存するのは疑いない。 次に、森田武氏は、 『日葡辞書提 要 れ 注注 注 』において、 「こひ」系語彙 に関して、次のように述べている。 恋愛に関する語については、よこしまな、みだらなものと す る説明が注意される。 Co i ( 恋 ) 愛 情 、 ま た は 、 よ こ し ま な 慕 情 ( Amor , ou sau- dades ruins )。 ¶ Coiuo suru. (恋ヲスル) 愛情、 または、 みだらな慕情( Saudades lasciuas )を抱く。 とあり、次条に並んでいる動詞にも同様の説明がある。
Coi, côru, coita.
( 恋 イ 、 恋 ウ ル 、 恋 イ タ ) 情 欲 的 に 愛 す る ( Amar sensualmente ). ¶ Fit ouo coit eua, varui . ( 人 ヲ 恋 イ テ ハ、 悪 イ ) 人 を 情 欲 的 に 愛 す る( Amar sensualmente ) の は 悪 い こ と で あ る。 ¶ ま た、 あ る 友人とか血族の者とかなどを愛する、または恋しく 思う。 「 恋 ウ 」 が 情 欲 的 な 意 味 に 用 い ら れ る よ り も、 愛 欲・ 肉 欲 に 関係なく慕わしく思う意に用いられる方が一般的であった ことは言うまでもない。それ故、これを無視することはでき ないで、上の条では第 2 れ (ママ) 義として説明してあるが、これは編 者が意図して配したものに違いなく、一般的な愛情の意を無 視することはできなかったことを示すものである。 Coixij (恋 シイ ) の条に 、 上と同様 に 「情欲的な愛情を抱く 、 または 、 思 慕 の 情 を 抱 く 」 と 説 明 し た の に 続 け て、 「 こ れ は、 正 し い 愛 情についても、ふしだらな愛情についても用いられる」と付 言 し 、 Coixisa 「 れ (ママ) 恋 シ サ 」 れ(ママ) の 条 に も 、「 慕 わ し さ 、 ま た は 、 愛 情。これは情欲的な愛情でない場合でも用いられる」と付言 している。いずれも情欲的に限らない、一般的な愛情の意味 が本義として存することを知りつつ、従ってこれを第一義に 立てるべきを心得つつも、あえてこれを第二義として、情欲 的な意味の説明のあとに付言する形であげている。従って他
の 条 で も、 例 え ば、 Coicaje ( 恋 風 )、 Coicog are, ruru. ( 恋 イ 焦ガレ、 ルル) 、† Coigo coro (恋心) 、† Coig i (恋路) 、Renbo (恋 慕 ) な ど の 条 で も 情 欲 的 愛 を 取 り 立 て て 注 し て い る の で あ る。同様のことは羅葡日にもあって、 例えば、 Mimóg raphus の 条 に は、 「 淫 蕩 な 詩 を 書 く 詩 人 」 と い う 葡 語 対 訳 に 次 い で 好色ノ歌、または、恋ノ歌ヲ詠ム歌人」という日本語対訳が 付 け て あ り 、 Mimus の 条 に も 、「 好 色 、 ま た は 、 恋 ノ 歌 」 と いう日本語対訳が見える。これらのことからして、神の純粋 な清らかな愛に対して、人間の男女間の愛をみだらなものと 見るキリスト教の宗教的立場から上述のように限定した意味 を加えたものである。 (四四八〜九ページ) 森田氏は、 『日葡辞書』において、 項目として採用されている「こ ひ」系語彙のうち、 九項目を選び出して検討した結果、 『日葡辞書』 の編者たちは、 「こひ」系語彙の語義について、 「情欲的に限らな い、 一般的な愛情の意味が本義として存することを知りつつ」 、「神 の純粋な清らかな愛に対して、人間の男女間の愛をみだらなもの と見るキリスト教の宗教的立場から」 、「情欲的愛を取り立てて注」 す る 意 図 で、 項 目 の 説 明 を 行 っ て い る と 解 し て い る。 ま た、 『 羅 葡日対訳辞書』においても、 Mimóg raphus や Mimus の項目の日 本語対訳中の〝 恋 れコヒ 〟にも同様の扱いが認められるとしているので ある。 森田氏の見解で言うところの、 「一般的な愛情の意味」を本義、 「 情 欲 的 愛 」( の 意 味 ) を 次 義 と す れ ば、 『 日 葡 辞 書 』 に お け る 説 明 の さ れ 方 が、 本 義、 次 義 の 順 と な っ て い る も の ば か り で な く、 次義、 本義の順となっていたり、 次義だけで本義を欠いていたり、 というように記述態度に一貫性がないことがうまく説明できない のではないか。当時としては、 「こひ(恋) 」は、男女間の恋愛に 用いるのが多い。恋愛は肉欲とも結び付きやすかったと考えられ るからこそ、キリスト教の宗教的立場から、身内や友人などへの 慕情とか夫婦間や婚姻結びつく場合などの恋情を除き、一般的な 男女間の恋愛を好ましくないとし、 「こひ」系語彙に、 「内在的批 判評価」 がしばしば与えられていると捉えるのが自然である。 「内 在的批判評価」が与えられている、恋情表現としてのみ使用され るとされている語彙は、肉欲的恋情に限って用いられることが極 めて多いことを意味していると解すべきなのである。 次に、 『時代別国語大辞典 室町時代編』 第二巻 (一九八九年刊 ・ 三省堂)の「こひ(恋) 」の項目には、 こひ〔恋〕❶特定の異性に心ひかれて、 思い慕うこと。また、 その切ない思い。 「 恋 れコヒ ― れレン 慕 れボ 」(易林節用) 「 恋 れコイ 」(広本節用) 「 Coi (コイ) 。恋心、 すなわち、 よからぬ思い。 「恋ヲスル」 。 恋心、すなわち、みだらな情を抱く〈キリシタンの立場か ら、神の清らかな愛に対して、人間の、男女間の愛を、官 能的なものとして説明したもの〉 」(日葡) (以下略) と あ っ て、 『 日 葡 辞 書 』 の 項 目「 こ ひ 」 の ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 に
ついての訳者注の内容自体は、森田氏の見解とは大きな違いはな いけれども、ポルトガル語解説文に対する日本語訳の方は、重要 な 点 で 異 な っ て い る 。 森 田 氏 は 、 項 目 「 こ ひ 」 の ポ ル ト ガ ル 訳 を、 「 一 般 的 な 愛 情 の 意 味 」 と「 情 欲 的 意 味 」 を 併 記 し た も の と 解 し て い る が、 『 時 代 別 国 語 大 辞 典 室 町 時 代 編 』 第 二 巻 の 方 で は、 「 男 女 間 の 愛 」 の 意 味 と、 そ の 意 味 的 補 足 と 解 し て い る の で あ る。 要 す る に、 両 者 の 違 い は、 ポ ル ト ガ ル 語 解 説 文 Amor , ou saudades ruins . 〝 の ou の 解 釈 の 違 い に よ っ て い る。 こ の ou を、 森田氏は〝または〟と訳し、 『時代別国語大辞典 室町時代編』 第二巻では、 〝すなわち〟と解釈していることによっている。 『現 代 ポ ル ト ガ ル 語 辞 典 』( 一 九 九 六 年 刊 ・ 白 水 社 ) に よ れ ば 、〈 ま た は 〉 も〈 す な わ ち 〉 も、 ou の 語 義 と し て 掲 載 さ れ て い る。 し か し な が ら、 キ リ シ タ ン 語 学 書 で、 ou に 逐 語 的 に 対 応 し て い る 日 本 語 の 語 彙 は、 「 あ る い は 」、 「 ま た は 」 な ど の「 選 択 」 を 職 能 と す る 語 に 限 ら れ て い る れ 注注 注 の で、 当 該 の ou は〝 ま た は 〟 と 訳 さ れ る べ き で、 し た が っ て、 『 時 代 別 国 語 大 辞 典 室 町 時 代 編 』 第 二 巻の〝すなわち〟という解釈は誤訳ということになる。 四 おわりに 以上、語学書系キリシタン資料における「こひ」系語彙のあり ようを検討してきた。具体的には、 「こひ」系語彙を有する、 『羅 葡日対訳辞書』 、『落葉集』 、『日葡辞書』 、ロドリゲス『日本大文典』 、 コリャード 『西日辞書』 、コリャード 『羅西日辞書』 を取り上げた。 「 こ ひ 」 系 語 彙 と し て 、『 羅 葡 日 対 訳 辞 書 』 に は 、「 こ ひ ( 恋 )」 二例、 「こひこがる(恋ひ焦る) 」一例、 「こひしたふ(恋ひ慕ふ) 」 二例、 「こひぶみ(恋文) 」一例、 「こふ(恋ふ) 」一例、 「れんぼ(恋 慕 )」 四 例 ― た だ し「 れ ん ぼ す( 恋 慕 す )」 一 例 を 含 む ―、 「 れ ん ぼしや(恋慕者) 」一例の、七語十二例が存し、 『落葉集』には、 「こふ(恋ふ) 」一語一例があり、 『日葡辞書』には、 「こひ(恋) 」 二 例、 「 こ ひ か ぜ( 恋 風 )」 一 例、 「 こ ひ か な し む( 恋 ひ 悲 し む )」 一例、 「こひぐさ(恋草) 」一例、 「こひごろも(恋衣) 」一例、 「こ ひし(恋し) 」七例、 「こひしさ(恋しさ) 」二例、 「こひしたふ(恋 ひ慕ふ) 」三例、 「こひしづむ(恋ひ沈む) 」一例、 「こひしのぶ(恋 ひ忍ぶ) 」二例、 「こひす(恋す) 」一例、 「こひぢ(恋路) 」二例、 「こふ(恋ふ) 」二例、 「れんぼ(恋慕) 」二例―ただし「れんぼす (恋慕す) 」一例を含む―の、 十七語三十一例見え、 ロドリゲス『日 本大文典』には、 「こひ(恋) 」一例、 「こひし(恋し) 」五例、 「こ ふ(恋ふ) 」一例の、三語七例が見られ、コリャード『西日辞書』 には、 「れんばう(恋望) 」が一例、 『羅西日辞書』には、 「れんば う(恋望) 」が四例、存している。 『羅葡日対訳辞書』やコリャードの『西日辞書』 、『羅西日辞書』 に存する「こひ」系語彙は、押し並べて「内在的批判評価」が与 えられている。これらの文献では、ラテン語の項目自体に好まし 〝