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資本制社会における社会政策主体の
経済的基本特徴
一資本主義社会政策原理素描(2)一河 野
稔 は し が き 本稿でとりあげるのは,社会問題を受容し,これに対して社会政策を実施す る「社会問題に対する主体」であって,社会問題のなかで登場する「社会問題 における主体」ではない。 「社会問題における主体」と「社会問題に対する主体」とを全く異質のものと するのは,たとえば,国家を,社会問題における主体としては全くとりあげるこ ともなく,社会問題を受容し,これに対して社会政策を実施する主体としての み考察しようとする見解にもみられるが,私見はこうした説に賛成できない。 だがまた,「社会問題における主体」と「社会問題に対する主体」とを混同 することは両者の特徴を全く無視することとなる。本稿は,両者が同質のもの であるにもかかわらず,それぞれに特徴をもっていることを明らかにしっっ, とりわけ「社会問題に対する主体」=「社会政策主体」の経済的基本特徴を明 らかにしょうとするものである。工 国家一元説
社会問題を受容し,これに対して社会政策を実施する主体として,いかなる ものがあるか。この問題について,従来,大別すると二つの見解がある。第一 は,国家のみを唯一の主体とする国家一元説であり,第二は,国家のみならず, 企業経営体,産業諸団体,地方自治体,国際機関といった多くの主体を認める2 彦根論叢 第2!6号 多元主体説である。 社会問題のなかでは国家をとりあげることもなく,社会問題に対しては国家 を唯一の主体とする国家一元説は,種々の論拠をもって主張されている。以下, その特徴をあげて若干の論評を加えてみよう。 1. 「倫理的論拠」 国家は,資本制社会の社会問題に対して,社会問題のなかでの如何なる立場 や利害をも超越して,第三者の,中立の,公平な立場で,しかも正義・人道・ 福祉を実現すべき倫理的本質をもち,かかる本質をもつが故に社会問題を受容 し,これに対して社会政策を実施する唯一の主体となる。 だが,この種の論拠は,①国家が社会問題のなかでも歴史的総行動をとる諸 主体の有力な一環として,資本性諸主体の価値収奪行動を支える重大な役割を 演じていることを看過している。②国家が資本制社会の上に位置している現象 にまどわされて国家の本質的特徴を見誤まり,③論者の主観的倫理観にもとづ いて,歴史に実在する国家の本質を隠蔽し,自己の理想とする国家像をえがい て,それを拠りどころに社会政策主体を規定するものであり,まさしく観念論 的・非科学的見解というべきである。 2. 「政治的・社会的論拠」 (1)政策=国家行動説 社会政策にかぎらず,およそ「政策」な:るものは, 国家の強制によって行われ,国家主体の政策以外に「政策」は認められないと いう考え方がある。 だが,こうした見解は独断である。資本制社会内部の諸々の社会集団は,そ れぞれ自己の固有の経済・文化等の利害を,当該社会集団内部の構成員と他の 社会集団ならびにその構成員に対して貫徹する対内的・対外的行動によって自 己の存立を維持・発展しようとするが,本来的権力体ではない,このような諸 1) 拙著「社会政策の歴史理論研究」・147一 8頁。 2) 同・167頁。拙稿「社会政策の多元的主体」・彦根論叢・第15!・152号・59頁。同・ 「国家社会政策におげる主体の特質」・関西大学商学論集・第16巻第4・5号・37−8 頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 3 々の社会集団が,相互に異なる利害を追求する行動のなかで自己の利害を貫徹 しようとすれば,必然的に相手に対して服従を強制せざるをえない。そうした 服従を強制する行動は政治行動であり,それば「政策」なる政治行動をも伴 う。国家は,本来的に政治・政策行動の主体であるが,他の諸々の社会集団も また,本来の,固有の経済・文化等の行動に随伴して副次的にではあるにせよ きう 政治・政策行動の主体となる。地方自治体は,上述の経済・文化等の諸社会集 団とは異なり,国家と同様に本来的な政治権力機関であって,地域的に限定さ れるとはいえ本来の政治・政策行動の主体である。 (2)河田説 政策主体を規定するぼあい,①政策意思決定者と政策実施機関 と政策実行者の三つの要因を峻別し,②政策意思決定者のみが政策主体を規定 する要因であり,政策実施機関や政策実行者はかかる要因とはならない,③独 自に且つ自由に政策意思を決定するものは中央国家のみである,④故に,中央 の国家のみが社会政策の唯一の主体である,とされる。 だが,①政策主体は,政策対象を受容し,これに政策を実行し一種の政治強 制行動をとる主体であって,必然的に政治的性格を帯びる。国家であれ,地方 自治体であれ,また各種の産業団体や企業経営体にしても,これらは政策を実 行するばあい何らかの政治的性格を帯びた主体である。ただ,国家や地方自治 体は,本来の政治権力機関の行動主体であるが,その他の社会団体は,それぞ れに固有の,経済的・文化的等の行動主体であるが,こうした行動が政治的強 制の性格を随伴する。②政策意思の貫徹の視角からいえば,「政策意思決定者」 は政策主体を規定する「優先的・第一要因」ではあるが,それは政策意思の執 行過程で,常に,一貫目て「政策実行者」であるとは限らない。この過程では, 政策意思決定者とは立場や利害を多少とも異にする政策実行者や実行機関が介 在して政策意思決定者の意思を,常に,十分に貫徹するとは限らず,決定者の 意思に協力しなかったり,背反することすらありうる。こうしたばあい,政策 3)拙著「社会政策の歴史理論研究」・92−8頁。拙稿「社会政策の多元的主体」・59− 60頁。 4)河田嗣郎「社会政策原論」・142,153頁。
4 彦根論叢 第216号 意思決定者の意思は,政策の対象である社会問題に対して十分に貫徹されない ことになる。かくて,政策執行過程に介在する政策実行者や実行機関もまた政 策主体を規定する要因になりうるほどに重要であって,これらは,いわば政策 主体を規定する「副次的・第二要因」である。要するに, 「政策意思決定者」 と「政策実行者」と「政策実行機関」は,それぞれ政策主体を規定する必要な 要因であり,そのうち「政策意思決定者」は「優先的・第一要因」であり, 「政策実行者」と「政策実行機関」は「副次的・第二要因」であり,すべての 三つの要因は,政策主体を規定する十分要因である。③独自に且つ自由に政策 意思を決定するのは中央国家のみであるという見解は,地方自治体や各種の産 業団体や企業経営体等が中央国家の意思とは独立して自由に政策意思を決定し 且つ自ら政策を執行したり,他の実行者や実行機関を政策執行過程に介在せし のめることもある。これら主体は,国家に対しては「自助主体」の性格をもつ。 3. 「経済的論拠」 (1)大河内説 ①資本制社会では,「個別資本」は利潤を追求するため剰余 労働を吸血鬼的に渇望する行動をとるので,労働力は濫費され磨滅せしめられ る。②これに対して,「社会的総資本」は自らの悟性・理性・合理性として, また自然律として,この生産要素である労働力を保全・育成・培養・確保し て,順当な再生産をはからざるをえない。③かかる「社会的総資本」の意思執 行人は国家であるが故に,国家こそまさしく社会政策主体である,とされてい の る。 ここでは,大河内説の詳細な検討を省くが,この見解によれば,①個別資本 と社会的総資本の二つが対置されており,職業別・産業別・全産業的・地方 的・国際的な連合資本組織主体が顧みられていない。②個別資本の本質的特徴 が,何よりもまず資本主義初期段階の原生的労働関係を典型として求められ, 労働力濫費説が主張されている。だが,個別資本の本質的特徴を,全資本制経済 5)拙著「社会政策の歴史薫習研究」・149−52頁。拙稿「社会政策の多元的主体」・59 −60頁。 6) 大河内一男 増訂版「社会政策の基本問題」・97−119頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 5 期間に共通して内在するものとして求めるとすれば,上述の如き特徴づけでは 不十分であると思う。個別資本は,労働集約型経営では強い労働力濫費傾向を もつが,資本集約型経営では労働力の保全・育成・培養傾向すらもつのであ る。しかも,いずれの型にしても,個別資本は,科学的表現をもってすれば, 剰余価値ないし利潤を追求するために,労働力の価値を「搾取」ないし「収奪」 することを共通の本質としている。大河内説では,「労働力を濫費する個別資 本」は,社会政策の主体でなく,「労働力を保全する社会的総資本」は,社会 政策の主体であるとされるが,そこには商品労働力という科学的視点に加えて 伝統的社会政策主体観を継承する「保全」という甘い香りがつけられている。 ③社会政策の主体とされた社会的総資本=国家は,自らの悟性により労働力を 保全して順当な:再生産をはかるものとされているが,それは個別資本と違って 剰余価値ないし利潤を追求することを忘れた奇怪な資本である。④大河内説で は,社会問題の発症過程に労働力を濫費する個別資本のみがとりあげられ,社 会問題の対症過程に現われる社会政策主体として,社会的総資本が登場してく る。だが,社会論題の発症過程には,一方で,個別資本としての企業経営体の みならず,職業別や産業別の,全産業的な,地方的な,横に連合した直接の資 本の組織団体や地方的に連合した資本と強く結びついた地方自治体や全国的に 総括した社会的総資本としての国家や資本の国際的連合組織の性格を強くもつ 国際機関等々が重層構造を形成して,且つ他方で,これらのそれぞれの資本性 主体に対面して被害者集団組織をも形成して,これらすべての諸主体による 「歴史的総行動」がみられるのであるが,大河内説では,個別資本の行動のみ しか登場していない。また,社会聞題対症主体としての社会政策主体では,社 会的総資本=国家のみがとりあげられ,上に述べたような種々の主体が部分的 アラ ながら再び登場することも看過されている。 (2)岸本説 資本制蓄積の一般法則は,社会的には労働者階級の窮乏化法則 であり,こうした窮乏化にもとづいて必然的に資本家階級に対する労働者の 7) 拙稿「社会政策の多元的主体」・ 61−2頁。
6 彦根論叢 第216号 r階級二二」が生起し,これに対して資本家階級の国家は,労働力を安定的に 確保して剥余価値を獲得するために,資本による労働力の価値収奪に対して抑 8) 制・緩和する,とのべられている。この見解については,次のような問題があ ろう。①窮乏化法則にまき込まれた労働者は,階級組織と階級面争を展開しう る迄の段階に,何も行動しないのではなく,企業経営体を第一線とする各種の 個別的・部分的局面において,各級の資本に対して斗晒するのであって,こう した斗争に対して,それぞれの級の資本性主体は,国家の登場まで手をこまね いて放置しておくことはできず,何らかの対処をせざるをえない。ここでは, 国家主体の登場に先行する種々の社会政策主体が認められよう。②労働者の階 級組織と階級三門が展開されるに至れば,(i)社会内の資本家の階級組織が社会 政策主体として登場することはいうまでもないが,その限界を補充して,㈹社 会的総資本を代表し資本制社会・経済秩序を総括する国家が社会政策主体とな り,更には,⑯国家主体による社会政策を補充するための各級の諸主体も生起 の することとなる。 伝統的に有力とされる国家一元判こは,上にのべたような難点や問題点が少 (註) なくない。かくてわれわれの視角は,多元主体説に向けられることとなる。 (註)国家については,「拙著・社会政策の歴史理論研究・153−75頁」や「拙稿・国家 社会政策における主体の特質」等において可なり詳しく述べているので,これらを 参照されたい。ここでは,その若干の要点をあげておきたい。 1.国家の特徴を政治的視角から明らかにしよう。われわれは,国家を理想像と して画こうとする観念論的国家論をとらないし,多元的・並存的諸社会のうちの, 「本来的に政治的強制権力をもち,政治活動をする社会」とか「最も大きな,最も 永続的な,あらゆる個人又は集団に対して統合された社会」であるとする多元的国 家論(たとえば,Laski, G. D. H Cole, R. M. Maciver等)をとるのでもなく, 歴史的に実在する,社会の上部にある,最高の政治権力機関であるとする。 そもそも,政治の原点は,個入間・集団間の各種の生活をめぐる利害の不一致や 対立のなかで,相互に自己の生活上の利害を貫徹して自己の存続と発展をはかるた め,相手を服従させる強制行動の必然性に求められる。かかる政治的強制行動は, 8)岸本英太郎「社会政策」・136−7頁。拙稿「社会政策の多元的主体」・62頁。 9) 同・62頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特微 7 いかなる種類の社会集団についても,集団の内部成員問に,集団全体の秩序づけの ため内部の全成員に対しても,他の集団に対しても生起する。だが,これら社会集 団にみられる政治的強制は,それぞれの集団の,本来の,たとえば経済的とか鉱化 二等の行動に伴う副次的・随伴的なものとして生起するため,その政治強制力には 限界がある。これらの集団が,そうした限界を越える政治強制力を必要とするばあ いには,かかる社会集団のうえに本来の政治強制行動をとるべき権力機関を必要と し,これを掌握し,これを利用して必要とする政治強制力を発揮する。かかる権力 機関の地方的なものが地方自治体であり,全国的なものが国家である。田家の政治 権力の特徴を諸社会集団のもつものと比較すれば,それが,①本来の,固有の,② 対内的には最高級の,③全国土・全国民および対外的な社会集団・個入に波及する 全面的な,④公的性格と形態の,⑤最強力な権力をもつ機関だという点に求められ よう。 2.更に国家の特徴を,上にのべた政治的視角と結びつけつつ社会経済的視角か らとりあげてみよう。①国家は,発生論上も論理上も社会内の対立・階級対立のな かから成立し,その内容を反映した権力行動をとる。②本来,全国土にわたる全住 民を統括し秩序づけるべき権力が,階級社会では,経済的麦畠階級によって掌握さ れ,全国土・全住民の社会・経済を統括する秩序を代表しつつ.しかもその階級の私 的利害を最:も強く反映して経済的被支配階級を抑圧・支配する性格を帯びた機関と する。かくてまた,社会内の経済的支配階級は決定的に政治的支配階級ともなり, 逆に,経済的被支配階級は.政治的被支配階級となる。(こうした階級国家論は,マ ルクス,エンゲルス,レーニン等のみならず,オッペンハイマー(F.Oppenheimer) やラスキ(H.JLaski)等によっても説かれている。)③国家の階級機能を成立視 点からいえば,国家は社会内の私有財産・生産関係・生産様式を防禦・維持する消 極的・受動的階級機能をもつとともに,存立視点からいえば,これらを育成し,抵 抗するものを攻撃する積極的・能動的階級機能をもつ(Paul M. Sweezy, Socialism. pp.127−8.拙著「社会二二の歴史理論研究」・163頁。拙稿「国家社会政策におけ る主体の特質」・53−4頁)。④経済的支配階級の最も有力な階層がこの階級の全利 害を代表している。従って,この階層が,資本制社会の経済・社会の全秩序を代表 する経済的支配老階級=資本家階級の名において国家権力を決定的に支配している (トラバテソベルグ・用二三「現代の信用及び信用組織」・23−4頁。拙著「社会政 策の歴史理論研究」・161・/63−4頁。拙稿「国家社会政策における主体の特質」・ 50頁)。⑤実質的に最有力層によって掌握される社会的総資本の性格をもつ国家は, 基本的には,何よりもまず,(i)?li会的弓労働力と対立し,ついで,(ii下間層と対立 するのみならず.㈹副次的には資本内部の中小・従属的資本や局部的・個別的・地 域的・産業別の諸資本にも対立するが,必要な時と必要な程度において,これらに 配慮を加える(拙著「社会政策の歴史理論研究」・162−3頁。拙稿「国家社会政策
8 彦根論叢 第216号 における主体の特質」・50−1頁)。⑥社会内の資本の私的階級利害の追求が国家の 公的性格と形態をとりうる根拠は,この階級が私的階級利害の追求と同時に彼等の 支配・管理のもとで資本の剰余価値再生産という資本制経済・社会の公的役割を遂 解し,資本制社会の生産力の発展に寄与するからである。従って,この階級がもは や生産力の発展に寄与しえないものとなれば,私的階級利害と公的役割の結合の妥 当性を失い,この階級の国家権力との結合の妥当性もなくなるであろう(拙著「社 会政策の歴史理論研究」・112−3頁。拙稿「国家社会政策における主体の特質」・ 48−9頁)。 1[社会問題対症・部分主体 社会問題の症状に対処する社会政策受容・実施主体である「社会問題に対す る主体」=「社会問題対症主体」=「社会政策主体」の経済的基本特微を明ら かにするためには,何よりも「社会問題における主体」すなわち社会問題の症 状を発生せしめる過程に登場する「社会問題発症主体」の経済的基本特徴とく らべてみることが必要である。r社会問題における主体」すなわち「社会問題 発症主体」については,拙稿「資本制社会における社会問題の経済的基本特微」 のなかで,経済的必然性として把えた社会問題の経済的基本特徴が同時にもつ エの ところの「社会的特徴」として一応ふれてはいるが,ここで「社会問題対症主 体」を明らかにするためにも,いくぶんの補説を加えておきたい。 1.社会問題発症・総・部分主体 社会問題の経済的基本上野には,一方で 「価値収奪者・使用価値充用における加害者」の意識・行動およびその社会的 合成過程と他方で「価値被収奪者・使用価値充用における被害者」の意識・行 動およびその社会的合成過程とが,前者から後者に向かう方向で内在する「社 会的対立の特徴」がある。 前者には資本の性格をもつ主体=資本性主体が,後者には被害者・被収奪者 の性格をもつ主体=被害性主体がある。資本性主体を具体的形態で求めれば, 何よりもまず,個別資本としての企業経営体が最:も直接的且つ最も具体的な主 10) 拙稿「資本制社会における社会問題の経済的基本特徴」・彦根論叢(滋賀大学)第 213号・40一 3頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 9 体であり,更にこれを支え補充する職業別の・産業別の・地方別の・全産業的 の, 「連合した資本組織主体」や本質的には「地方における連合した資本組織 主体と結合した地方自治体権力機関」や「全産業的・全国病的に連合し総括さ れた社会的総資本の性格をもつ国家権力機関」や「国際的に連合した資本組織 主体の性格をもつ国際機関」等が順次ヨリ下級主体を支え補充しつつ重層構造 ユわ を形成している。 被害性主体を具体的形態で求めれば,上に述べたような資本の性格をもつ各 級のそれぞれの主体に対面する被害者・被収奪者集団組織主体が,前者のばあ いと同様に,下級主体を支え補充しつつ重層構造を形成している。 資本性諸主体から被害性諸主体に向けられる剰余価値追求の行動は,まさし く「歴史的総行動」であって,そこでは,個別資本としての企業経営体が最も 直接的且つ最も具体的に参加しているのみならず,各級の,直接の資本諸主体 はいうまでもなく,資本の連合組織主体としての性格を本質的にもっところの 地方自治体や国家のような権力機関や国際機関もまた参加している。価値収奪 者・使用価値の充用における加害者は,これら資本性主体のすべてであり,被 害性主体のすべてが価値を収奪され,使用価値の充用で被害をうける。こうし た「歴史的総行動」の結果として,被害者・被収奪者の様々の部分の生存条件 に支障をきたし,彼等の生命再生産条件の種々の領域に支障状態を生起し,か かる部分被害者層の部分領域の支障状態に照応して各級の諸被害性主体による 各級の諸島本性主体に向ける反応・抵抗・運動を展開することとなる。ここで の特徴は,まさしく「部分状態」とこれに照応する「部分・被害性主体行動」 エ う といってよかろうQ 更にまた,上述の如き経済的利害をめぐる社会的対立は,必然的に,これに 照応する政治・法律・文化の諸領域における利害をめぐる社会的対立を形成す 11) Ludwig Heyde, Abriss der Sozialpolitik, 1953, S. 86−219. Peter Heyde, lnter− nationale Sozialpolitik,1960, S.9一ユ3.拙著「社会政策の歴史理論研究」・ユ52頁。 12)Eduard Heimann, Soziale Theorie des Kapitalismus,1929, S.129.同・75・77・ 79頁。
10 彦根論叢 第216号 13) るが,こうした視点からも,「歴史的総行動とその結果としての部分状態に照 応する部分行動」を算えることもできよう。すなわち,ここでの「歴史的総行 動」は,経済をめぐる社会的対立とこれに照応する政治・法律・文化をめぐる 社会的対立をも含むところの社会問題発症過程における資本性主体から被害性 主体への総主体行動であり,その結果としての「部分状態」と「部分・被害性 主体行動」は,被害者集団のうちの種々の部分の,彼らの生命再生産条件の様 々な領域での支障状態とこれにもとつく被害性主体から資本性主体への,社会 問題発症過程の終点にみられる行動である。要するに,社会問題における主体 は,多元的重層構造のなかで,社会問題発症過程における資本性主体から被害 性主体に向けられる「価値収奪の歴史的総行動主体」とその行動の生み出す部 分的支障状態に照応する,被害性主体から資本性主体に向けられる「価値収奪 に対する部分行動主体」とを特徴としている。 2.社会問題対症・部分主体 「社会問題における主体」にくらべて「社会 問題に対する主体」は,如何なる特徴をもつであろうか。 両者に登場する主体は共通している。資本ないし資本の性格を代表する「資 本性主体」と被害者・被収奪者の性格をもつ「被害性主体」が,これである。 それらの諸主体は,社会問題のなかでも,社会問題に対しても,ともに存在し ている。 だが,両者にはそれぞれの特微がある。社会問題における諸主体は,剰余価 値の再生産過程のなかで,重層構造を形成して資本から被害者に向かう剰余価 値追求の歴史的総行動とその結果としての「部分状態」をふまえた被害者から 資本に向かう「部分行動」をとる主体であり,いわば「社会問題発症にかかわ る主体」である。これにくらべ,社会問題に対する諸主体は,同じ剰余価値再 生産過程のなで,重層構造を形成して,自ら引きおこした社会問題の「成熟」 に対して,自ら対処せざるを得ない主体である。このような「社会問題対症に かかわる主体」こそ社会政策主体であって,それは,社会問題における主体と 同様に,一方で直接の資本主体ないし資本の性格を帯びた権力機関の主体,す 13) 拙稿「資本制社会における社会問題の経済的基本特徴」・41頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 1! なわち「資本性主体」であり,他方で被害者集団組織の主体,すなわち「被害 性主体」である。前者は,自らの価値収奪・使用価値充用における加害によっ て生起した「社会問題症状の成熟」,すなわち「社会間題状態とその反応の成 熟」という圧力機能を前にして劇余価値追求の利害に立つが故にやむなく対処 せざるをえない主体である。また,後者は,社会問題における主体としては, 価値を収奪され使用価値の充用において被害を受けて自らの生存条件に支障を 蒙り,自己の生命再生産条件の様々な領域に支障を受けるとともにその反応と して対面する各級の資本性主体に抵抗・運動を展開する主体であるが,この主 体は,同時に,社会問題に対処して自己救助・共済行動の諸主体ともなるのであ る。この主体は,社会問題発症主体としては価値を収奪され,使用価値の充用 において被害を蒙むるとともに収奪・加害者である資本性主体に対する抵抗・ 運動の反応を展開する主体であるが,同時に,社会問題対症主体としては,自 らの被害・被収奪状態の成熟に対して自らの意思と能力と協力によって自己救 (註) 助主体となるのである。 (註)社会問題を受容し社会政策を実施する「社会問題対症主体」として.ハイデは, 最も基底的単位主体として「経営体」(Betrieb)を,上級単位の主体として労働組 合や雇主団体のような「産業団体」(Gewerbesttinden)を,国民的社会政策の最高 単位として「国家」(Staat)を,最後に,超国家的な国際主体をあげている(Lud− wig Heyde, Abriss der Sozialpolitik,1953. S.86−219.)。 Ludwig Heydeの子息 Peter Heydeも同様の見解をとっている(Peter Heyde, lntemationale Sozialpolitik, 1960.)。また,ハイマンも社会政策主体として,国家と自助主体をあげており,前 老を主体とする社会政策を「保守的社会政策」,後者を主体とする社会政策を「自 由社会政策」と称している(Eduard Heimann, Soziale Theorie des Kapitalismus, 1929.S129.)。なお,拙著「社会政策の歴史理論研究」・152−3頁。拙稿「社会政 策の多元的主体」・63頁。を参照されたい。 皿 多 元 主 体 社会政策多元主体を,独自に社会政策の意思を決定するものと社会政策の執 行過程に登場する下級のものとに分け,更に前者を,資本の性格をもつものと 被害者の性格をもつものとに細分し,進んで,これら多元主体の構造をとりあ
12 彦根論叢 第216号 げてみよう。 1.独自意思決定主体 独自に社会政策の意思を決定する主体としては,(1) 資本の性格をもつ主体と,(2)被害者の性格をもつ主体との二種類のものがあ る。 (1)資本性主体 企業経営体は,①個別資本として,②資本間競争のなかで 他企業よりも有利に剰余価値追求の行動をとるため,成熟した社会問題の圧力 を他の企業よりも巧みに日常的に対症措置で鎮静しようとする,③だが,個別 資本として社会問題の対症措置をとりうる範囲や能力は限定されており,政治 ユの 的強制力も経済行動に随伴する副次的なもので弱いといった限界がある。この ような企業経営体の社会問題対症主体としての問題処理範囲・能力・強制力等 の限界を克服し,企業経営体の個別資本としての行動を支え補充するために強 制力を発揮するのが,ヨリ上級に位置する職業別・産業別・地方別の・全産業 的な各級資本の連合する集団的組織主体である。上述の如き,企業経営体と上 級諸連合資本性主体との補充関係と同様の関係は,これら各級の連合資本性主 ユの 体の相互の間にも認められる。また,これらの主体は,企業経営士のばあいの ように競争条件を差別化するのとは異なり,成熟した社会問題に対する処置に は,それぞれの職業別の・産業別の・地方別の・全産業の競争条件の平準化を はかるQ 資本は,上述の如き直接の資本主体として登場するのみならず,同一地方に おける諸資本の共通の利害にもとづき連合した資本の性格を,地方自治体とい う一種の政治権力機関に賦与し,こうした地方権力主体を通じて,同一地方の 特殊性を帯びる成熟した社会問題に対して地方的平準化条件を設けて措置を する。しかも,この政治強制力は,まさしく公的な本来の政治強制力である。 個別・職業別・産業別・地方別・全産業的な直接の資本主体によるのみなら ず,地方自治体による社会問題の取扱い範囲・処理能力・強制力の限界を克服 し,これらの行動を支え,補充せしめるところの,全国土的・全国民的規模に 14)拙著「社会政策の歴史理論研究」・168一 9頁。 15)同・169頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 13 統括し強制力を発揮する権力機関主体が, 「社会的総資本」としての国家主体 である。国家主体は,他の主体にくらべ,対内的には社会問題の最大の範囲を 取扱いうるし,最強の公的強制力を行使しうる能力をもち,国民経済の全領域 にわたる資本間競争の平準化条件を設けうるのである。 また,たとえぽ「国際労働機構」にみられるような諸国家・使用者・労働者 の国際連合機構は,基本的には,国際経済社会秩序を代表する資本の国際的連 合組織体としての性格をもち,国際的に成熟する共通の社会問題を,国別の対 症国家主体の限界をこえて,資本の国際的競争条件のもとで国際的に共通の利 害の立場から平準化措置を強制する。だが,その国際条約は,国際世論にもと つく強制力をもつとはいえ,加盟国の批准により発効することからみても,扱 いうる社会問題は国際的広がりをもっていても問題を処理する強制力について ユの は国家より弱い一面をもっている。 (2)被害性主体 独自に社会政策の意思を決定する主体は,単に「資本性主 体」のみに限らない。社会問題の発症過程のなかで, 「被害老集団組織主体」 は,一方で社会問題のなかにあって,収奪され被害を蒙るとともに,資本に対 し反応や抵抗を展開するのみならず,他方では社会問題対症主体として,上述 の反応・抵抗を有効ならしめるだけでなく,またその成果としての何らかの資 本性主体による社会政策を勝ちとるのを待つだけではなく,自らの自由な意思 決定により集団内部の諸構成員に対して,自己の生存一生命再生産条件の様々 な領域の成熟した支障状態に措置を講ずる。それは,文字通りの自助・共済行 動の主体であり,内部構成員の階層的な,職種的な,職業的な差異を越えた被 害者自身の連合組織主体であり,互助・共済を特徴とする。またこのような被 害者の連合組織主体=「被害性主体」は,企業経営体のみならず各級の資本連 合組織・地方自治体・国家・国際機関に対面して被害性社会政策諸主体として エわ 行動する。 (3)重層構造 諸々の社会政策多元主体は,相互にいかなる関係をもち,い !6) 同・169−70頁。 17) 1司●170頁o
14 彦根論叢 第216号 かなる構造を形成するであろうか。 問題を,独自に社会政策の意思を決定する主体に限って考察しよう。社会政 策の意思を決定する主体のうち,最も実体的且つ具体的なものは企業経営体で ある。だが,もともと社会経済機構から必然的に生起する社会問題であるか ら,この主体のみによって社会問題を十分に処理することはできない。この主 体は,社会問題に対する処理能力に限界がある。かくて,この主体を支え補充 するために企業経営体の上級にある職業劉の,産業別の,全産業にわたる,連 合した資本組織主体や地方自治体や国家や国際機関が社会政策の意思決定主体 となる。これらのうち,国家主体は対内的に最高級に位置する主体であり,国 家主体の上級には資本性国際組織主体がみられ,他はいわば中級に位置する主 体であって,それらのなかでは,ヨリ下級の主体の社会問題処理能力の限界は ヨリ上級の主体により支えられ補充される。また,被害者集団が独自に社会政 策の意思を決定するばあいでも,その諸主体は,上にのべた資本の性格をもつ 諸主体の関係と同じく,最も実体的且つ基底的なものを企業経営体の局面に見 い出しうるし,その上級には,それぞれの連合した資本の主体や地方自治体の 局面に中級主体が形成され,対内的に最高級の位置をしめるのは,全国的に組 織された被害者集団主体であるし,その上級には更に国際的に組織された被害 者の連合組織主体もある。 いずれにしても,社会問題対症主体=社会政策主体は,企業経営体局面の主 体を最下級・最基底主体とし,その上級に種々の中級主体が登場し,対内的に 最高級のものとして国家主体が,更にその上級には国際主体もみられるのであ って,これら多元的な社会政策諸主体は,明らかに重層構造を形成している。 しかも,その重層構造のなかでは,ヨリ上級の主体はヨリ下級主体の社会問題 対症処理能力の限界を克服し,支え,補充して,いわば「下から上への補充」 関係を形成している。更にまた,下から上への補充関係とは逆に「上から下へ の補充」関係もみられる。ヨリ上級の主体は,ヨリ広く・ヨリ一般化した社会 問題を処理するが,それ故に,ヨリ狭く・ヨリ特殊化した社会問題を処理しに くいし,処理水準を低位にする傾向を避けられない。こうした限界を克服しよ
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 15 うとして補充するのがヨリ下級の主体でもある。ヨリ下級の主体になるほどヨ リ狭く,ヨリ具体的な・ヨリ特殊化した社会問題を,一層きめこまかく補足な いし補充する。 このような「下から上へ」と「上から下へ」の「多元重層的補充関係」のなか では,一般に,上級主体は下級主体を「拘束」し,この拘束を通じて下級主体 の行動を補充しようとする傾向がある。とりわけ国家主体の拘束力は種々の多 元主体のなかで最も強く,こうした特徴は国内的にも国際的にも見い出せる。 国内的にはいうまでもないが,重層構造を国際的視野にまで広げたばあい,国 際主体は国家主体より上級に位置し,両者は互に補充関係を形成しているとは (註) いえ,国際主体の国家主体に対する拘束力は,可なり制約されたものである。 (註)ペーター・ハィデ(Peter Heyde)は,父ルドゥ/ッヒ・ハイデ(Ludwig Heyde) の社会政策論を基本的に踏襲し,社会政策の多元主体構造についても,①国家社会 政策(staatiiche Sozialpolitik),②団体社会政策(Sozialpolitik der Verbande), ③経営社会政策(betriebliche Sozlalpolitik)を説き,進んで国際社会政策(inter− nationale Sozialpolitik)の必然性を明らかにしていることから,国際主体・国家主 体・労働組合や使用者団体主体・企業経営主体の存在を認めている。 ここで注目すべきは,彼が社会政策を何よりもこのようにシステムとして論えた うえで,経営社会政策にとりわけ優先的地位を認容していることであろう。彼はそ の理由として,①経営体という小さな社会では,通常,構成員の強い連帯の機会が あり,②経営体の内部の秩序を概観することがでぎ,③公共の福祉と調和しうるか どうかを監視することができる点をあげている。そして,企業経営体において公共 の福祉が問題とされるおそれがあるばあいには,経営で働くグループは,ヨリ大き な単位による保護と援助を必要とし.ヨリ大さな単位は,経営の小さな社会が自己 の課題を果さないか,もはや果しえないときにはじめて企業経営体を補充すべきで あるとして,下から上への補充の必要を説いている。更に進んで,彼は,この補充 原理(Subsidiaritatsprinzip)のなかには,小さな単位を義務づける権威ある法を 認める一つの秩序(eine Ordnung)のあることを指摘し,それに伴って,企業経営 体の自立(Eigenstllndigkeit)と従属(Unterordnun9)の問題が,有害な中央集権 主義(Zentralismus)の危険に現実に出くわすことがあるが,こうしたばあいには, 勿論,「正義・自由・人間の尊厳」(Gerechtigkeit, Freiheit und Menschenwttrde) といった価値に規定されざるをえないと説いている(Peter Heyde, Internationale Sozialpolitik,ユ960, S.9−15.)。
16 彦根論叢 第216号 2.意思決定上級主体と執行下級主体 国際機関が意思決定した社会政策を 執行する過程には,国際主体を頂点として,これを構成する諸国家主体をはじ め国内の各種・各級の主体が登場する。国家主体の意思決定による社会政策の 執行過程には国内の全産業的な,産業別・職業別・地方別の様々な資本連合組 織主体や地方自治体や各級の被害性主体があり,更に最下級の,最も具体的・ 実体的な企業経営体もある。中級の資本連合組織主体が意思決定した社会政策 の執行過程には,ヨリ下級の資本連合組織主体や個別企業経営体等が登場す る。地方自治体が意思決定した社会政策の執行過程にもその地方にある種々の 資本連合組織主体や企業経営体や被害性主体等が介在する。また,企業経営体 が独自に意思決定した社会政策の執行過程に労働組合が介在することもある。 いずれにしても,社会政策が実施されるばあい,とりわけ社会問題に対する 社会政策の機能を問題にするとき,上級の意思決定主体と下級の執行主体との 間の「連結」が問題となる。意思決定主体の相互形成にかかわる横の連合組織 主体は,相互の競争関係のなかではあるが,共通の利害の一致する線で競争を 制限して,連合の意思決定をし易いのにくらべて,ここであげたような,上級 意思決定主体と下級執行主体との縦の,上下の「連結」は,上級主体のヨリ広 く,ヨリー般的利害と下級主体のヨリ狭く,ヨリ特殊な利害との「連結」であ って,両主体間の結びつきは,上にのべた横の「連合」のばあいより弱い傾向 がみられるQ
W 主体の成熟
1.定義 社会政策主体の成熟とは,社会問題の成熟を受容し社会政策を実 施する主体として,社会問題の症状に対処する「対症」機能を現実に発揮しう る状態になることである。 2.社会問題の成熟と社会政策主体の成熟 社会政策主体の成熟は社会問題 の成熟に照応する。すなわち,社会問題が成熟しなけれぽ社会政策主体も成熟 18) 同・149−50頁。資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 17 しないし,社会問題が成熟すれば社会政策主体も成熟する。両者の関係は,前 者が原因であり後者が結果であるという因果関係である。かくてまた,社会問 題が如何なる領域に,如何なる特殊な性格をもって,如何なる程度に成熟する かが,如何なる領域の,如何なる級の主体を,如何なる程度と姿勢で成熟させ るかを規定するし,また,既にふれたように,現実には社会問題が未だ成熟し ていなくても,その重大な成熟が経験上,当然見通されるばあいは,こうしだ 成熟の見通しにもとづいて社会政策主体も成熟することすらありうる。 . 3.常時・総・部分「第一次主体」と必要時・部分「成熟第二次主体」 社 会問題における主体は,社会問題発症過程における「発症主体」であり,それ は,まず,①価値収奪・使用価値充用における加害に常時参加する歴史的総行 動をとる「常時・総主体」であり,且つその結果,②生存一生命再生産条件の 支障状態が種々の領域に,様々の被害者集団の部分に発症し,しかも,かかる 状態の解決を求めて被害者主体が加害者たる資本性諸主体に向けて反応・抵 抗・要求をする「部分主体」であって,これらは,いずれも成熟の有無にかか わらず「第一次主体」として把えることができよう。 しかるに,①社会問題における「状態」が,種々の領域と様々の被害者部分 に拡大・深化して「成熟」したときのみ,②また,生存一生命再生産条件に支 障を蒙った被害者集団部分の反応・抵抗・要求の拡大・深化による成熟に対し てのみ,いわば社会問題対症過程の出発点に「成熟した社会問題の圧力機能」 がみられるときにのみ,この過程の終点に成熟する「必要時・部分・成熟・第二 次主体」が登場する。この主体こそ「社会問題対症主体」であり「社会政策主 体」であり,社会問題の成熟の圧力機能によってのみ「成熟する第二次主体」で 19)ある。成熟しなければ主体として登場しないのが,この主体の特徴でもある。 だが, 「第一次主体」と「成熟第二次主体」とは,あくまでも「二段階論 理」にもとつくものであって,現実の主体が常に二段階の順序をふむというの ではない。現実には,こうした「二段階論理」を内在せしめつつも,たとえば, ①経験上社会問題の重大な成熟が当然予想されるときには,社会問題が未だ現 19) 同・165−8頁。拙稿「国家社会政策における主体の特質」・53頁。
18 彦根論叢 第216号 実に成熟に至らない状況でも社会問題対症社会政策主体が社会問題発症諸主体 ととも登場したり,②一方で,ある社会問題発症主体でありながら,同時に, 他方で,その主体が他の成熟した社会問題対症社会政策主体となったり,ある いは,③ひとたび社会問題対症社会政策主体として登場したあと,この主体が 社会問題発症主体となることもあり,④同一政策体系のなかに同一の主体が同 時に社会問題発症主体であるとともに社会問題対症社会政策主体でもあるとい の った状況がみられる。 4.主体成熟の種類 (1) 自律的・自主的成熟 社会問題成熟の圧力機能は,まず,社会問題のな かで価値を収奪され使用価値の充用において被害を蒙ったために自己の生存の 物的条件一肉体的・精神的生命再生産条件の種々の領域で成熟した支障状態を 生じた被害者集団自身による,当該集団の構成員のための,「自律的・自主的 な,自助共済政策の主体」を成熟させる。かかる被害者集団主体は,一方で, 価値を収奪し害を加える資本に対する反応,抵抗,要求によって,資本性主体 による社会政策を求めつつ,同時に他方で,自律的・自主的に主体の成熟によ って,①かかる資本による社会政策の成果をまつのみでなく,自らの日常の生 命再生産条件の成熟した支障状態に対して,自ら,しかも相互の協力によっ て,日常的に対処する。もともと資本制社会では個人に生活の責任があり,自 助を生活上の原則としているが,資本制社会の機構から必然的に生み出される 社会問題に対しては個人的自助を社会的自助にまで発展させて処置することと なる。②こうした自助共済政策は,また資本による社会政策の不十分さを補充 し,③更に自助共済政策の成果として,資本への抵抗力を強化する。 (2)他律的・受動的成熟 社会問題成熟の圧力機能は,・また,社会問題のな かで価値を収奪し使用価値の充用において害を加えるところの,あらゆる級の 直接の資本主体および資本の利害と決定的に結びつく地方自治体や国家主体に 及ぶ。これらの資本性諸主体は,一方では,剰余価値を直接に追求する資本で 20)同・53頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 19 あり,あるいはその支柱でもあるが故に,社会問題発症の主体であるが,他方で は,同じ資本の利害に立ち,同じ資本の性格をもつが故に,社会問題成熟の圧 力機能によって,社会問題対症主体として,だが,自律的・自主的にではなく, 「他律的・受動的」に成熟する。資本は,もともと,剰余価値を直接に追求す る本性をもっており,それによって生起する社会問題に対しては「閉鎖的」で あって,社会問題対症措置を避けようとする基本的性格をもつ。だが,社会問 題の成熟の圧力機能がi剰余価値を追求する資本の本性上無視ないし放置できな いばあいに,まさしく資本の利害を貫くためにこそ,「他律的・受動的」なが ら社会政策主体として成熱する。いわぽ,社会問題成熟の圧力機能という問題 打開性に迫られて, 「閉鎖」的性格を本来的にもっている主体が「他律的・受 動的」に「受容性」を示すことになる。 (註) ハイマンは,社会問題の成熟と社会問題対症=社会政策主体の成熟との結合過程 の変動を,社会問題成熟の圧力にもとつく主体の「閉鎖性」(Aufgesclilossenheit) と「受容性」(Empfanglichkeit)との間の関係にかかわらしめて論じている (Eduard Heimann, soziale Theorie des Kapitalismus,1929. S.129.拙著「社会 政策の歴史理論研究」。2!4頁)。 5.受容と実施 社会政策主体の成熟する最初の中心聞題は「受容」であ り,ついで受容を反映する「実施」主体の性格がとりあげられよう。 (1)受容の形態 被害性主体の受容は,社会問題成熟の圧力機能に対して, 自己の生存条件を自らとりあげる「自律的・自主的受容形態」をとり,①自己 の生存一生命再生産条件の支障状態の成熟した領域・内容・程度,②集団とし ての組織の有無・強弱,③集団としての経済力の大いさ・構造内容,④資本に 対する,また自己に対する意識の内容・水準等の諸要因にもとづいて具体的な 受容形態を決める。 資本ないし資本の性格をもつ主体は,対立する被害者の集団のなんらかの部 分の,生存一生命再生産条件の支障状態の領域・内容・程産の深化・拡大雷成 熟症状を「他律的・受動的」に受容する形態をとり,具体的には,成熟した支 21) 同・51一・3頁。
20 彦根論叢第216号 障状態および種々の寸寸や交渉や接触にもとづいて,合意に達して協定の形を とったり,合意に達しないで対抗措置の形をとったりする。しかも,このよう な受容形態は,通常,規則・法律・予算といった法的・経済的措置形態を伴う。 (2)受容の条件 社会政策主体の受容は,次のような条件を充たして行われ る。 ① 被害性主体の受容条件は,(i)自己の生存一生命再生産条件の支障の深 化・拡大状態が「自己の生存」にとり重大であることを認める,(ii)資本に対す る反応・抵抗・運動の成果としての資本性主体による社会政策にすべてを依存 することなく,自律的・自主的に自助共済政策で対処する意思・組織・能力を もつこと,これである。 ② 資本ないし資本の性格をもつ主体の受容条件は,(i)社会問題の成熟の圧 力機能すなわち,被害者集団の生存の支障状態と反応の「成熟機能」により, 「資本の剰余価値再生産」が,従って価値の収奪と使用価値の充用における加 害が,異常・不確実・困難・危険になることを認める,㈹成熟した社会問題を 鎮静することにより,消極的には資本の剰余価値再生産を,従って価値の収奪 と使用価値の充用における加害を,正常・確実・容易・安全化する見通しをた てることができ,積極的にはヨリ大きな剰余価値を獲得し,従って価値の収奪 と使用価値の充用における加害を一層強め,拡大する見通しをたてうること, ヨの これである。 (3)受容の型被害性主体のばあいには,「自助・共済」型の受容となるこ とは明らかであるが,資本及び資本の性格をもつ主体については,次の二つの 型を指摘できよう。 ① 「迂回・転形」型:これは成熟した社会問題の圧力機能に対して「譲歩 的に受容する型」である。資本及び資本の性格をもつ主体は,被害者集団の生 存の支障状態の拡大・深化並びにこれにもとづき順当な生存一生命再生産条件 の実現を求める反応・抵抗・運動の深化・拡大を,他律的,受動的にせよ多少 とも認めて,剰余価値を削減し,価値配分を拡大し,使用価値の充用における 22)同・52頁。
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 2! 加害を抑制し,それによって成熟した社会問題を鎮静して,資本の剰余価値再 生産を正常化するために受容し,しかもこうした主体は,上にのべたような一 見したところ剰余価値の追求とは逆行するかのように,迂回路を経て剰余価値 の削減・価値配分の拡大を上回るヨリ大きく且つ強く価値の収奪と使用価値の 充用における加害を確保しうるような剰余価値再生産の見通しに立つ受容であ る。これは,まさしく資本性主体の「みせかけの譲歩・改良型」受容であると いえよう。 ② 「直進・露呈」型:これは,成熟した社会問題の圧力機能に対して「抑 圧的に受容する型」である。資本及び資本の性格をもつ主体は,被害者集団の 生存の支障状態の拡大・深化並びにこれにもとづき順当な生存 生命再生産条 件の実現を求める反応・抵抗・運動の深化・拡大を,文字通り他律的・受動的 に,しかもこれを是認することなく,剰余価値の削減と価値配分の拡大と使用 価値の充用における加害の抑制を回避し,むしろ剰余価値の追求を直進して, それが露呈するのもいとわず,成熟した社会問題を抑圧的に鎮静して,剰余価 値の再生産を確保し,迂回路を経ないで剰余価値追求の路を直進してヨリ大き く且つ強く価値の収奪と使用価値の充用における加害を確保しうるような剰余 価値再生産の見通しに立つ受容型であって,これは資本性主体の名実ともに 「抑圧型」の受容であるといえよう。 以上のべた二つの型の受容は,ともに資本の剰余価値再生産をになう性格を もつが,両者は別々に生起するのみならず,現実に同時に組み合わされて生起 するぼあいもある。 (4)受容の主体別特徴 ① 個別資本としての性格をもつ企業経営体は,社会問題の最も具体的な実 態に接し,短期間といえども成熟した社会問題を放置しえず,これを日常的且 つ継続的に処理して資本間競争条件を有利に展開せざるをえない。故に,この 主体は,他の主体にくらべて最も日常的・継続的に受容し成熟する特徴をもっ ている。 ② 企業経営体と多かれ少なかれ距離をおく職業別・産業別・地方別の,あ
22 彦根論叢 第216回 るいは全産業にわたる資本の横の連合組織主体や基本的に資本の性格と結びつ いた地方自治体・国家・国際機関は,(i)ヨリ下級主体の社会問題対症処理能力 に限界があるとき,これを補充し,(ii)それぞれの連合する資本の,一層広い社 会問題を処理しうる立場に拠って,相互競争関係のなかにあり.ながらも共通の 利害を追求して,社会問題の平準的措置条件を充たそうとする。かくて,これ ら主体の受容は,企業経営体にくらべれば,必要時・断続的受容を本来的特徴 とし,企業経営体との距離が大きくなるほど同一の社会問題を受容する時期が おくれる一般的傾向をもつ。 ③ 被害者集団組織主体も同様の傾向をもつ。すなわち,企業経営体の局面 では,彼らの生存一生命再生産条件の支障状態の拡大・深化が最も具体的・実 態的に生起しており,その自律的・自主的受容もまた最も日常的・継続的であ ることを追られている。ヨリ上級の被害者集団組織主体,すなわち職業別・産 業別・地方別・全産業的局面の被害者集団組織主体は,ヨリ下級主体の社会問 題対症処理能力の限界を克服し補充するため,それぞれの級の被害者集団の構 成員に共通する利害を追求し,平準化された対症措置をとろうとする。かく て,さきのヨリ上級の資本性主体のばあいと同様に,比較的には必要時・断続 的受容を本来的翠微とする。 (5)実施上にのべた受容の形態・条件・型の特徴は,当然,社会政策を実 施する主体の特微に反映される。ここでは,実施側面を詳細に述べる適切な場 所ではないので,簡単に実施主体の基本的特徴にふれるにとどめたい。 ① 被害者集団組織主体は,自己の生存上の支障状態の怪事を重大と認め, 自己救助・共同救済の意思・組織・能力をもって自律的・自主的に受容するか ら,その実施主体は,当然,「共同実施主体型」であり,「構成員の相互扶助・ 協力実施主体型」となる。 ② 資本および資本の性格をもつ主体は,資本の剰余価値再生産の異常・不 確実・困難・危険を認め,成熟した社会問題を鎮静して,剰余価値再生産を正 常・確実・容易・安全化す見通しをたて,進んでヨリ大きな剰余価値の獲得の 見通しをたてたときに,「譲歩・改良的受容型」と「抑圧的受容型」を示すの
資本制社会における社会政策主体の経済的基本特徴 23 であるから,その実施主体についても,一方では,価値配分を拡大し使用価値 の充用における加害を抑制する「譲歩・改良的実施主体型」と価値配分を拡大 せず使用価値の充用における加害を抑調しない「抑圧的実施主体型」がみられ よう。しかも前者のばあいには,合意による受容にもとづいて,資本性実施主 体に対する被害性主体の何ほどかの協力がみられ,後者のばあいは,合意をえ られず対抗措置として受容されているから,資本性実施主体に対する被害性主 体の協力がえられず,資本性実施主体の性格は,むしろ強圧的色彩を帯びる特 徴をもつ。 V 主体の民主化と転換 1.主体の民主化 (!)資本性社会政策主体の意思決定が,結局においては,ヨリ下級の資本性 主体の要望や各級の被害者集団組織主体の反応・抵抗・運動にもかかわらず, その主体の独自の判断にもとづいて行われることは,間違いないところであ る。しかし,こうした独自の判断のなかに,ヨリ下級の資本性主体の,またと りわけ対立する被害者集団組織主体の要求や見解が容認され,とり入れられる ことがあり,これらの諸々の主体が経済的・組織的に成長するにしたがって, この傾向がみられるようになる。これは,まさしく資本性社会政策主体の意思 決定の民主化であり,社会化である。 ② また資本性社会政策主体は,政策を執行する過程で,ヨリ下級の諸資本 性主体の,また,とりわけ対立する被害者集団組織主体の協力をえることがあ る。これは,意思決定の民主化にもとつく執行過程の民主化であって,かかる 下級諸主体による協力があれば,決定された社会政策の意思が,成熟した社会 問題に十分に貫徹されることになるし,そうでないばあいは,社会政策の意思 の貫徹は不十分なものとなる。 2.主体の転換, (1)被害者集団組織主体が部分的ながら経営参加したり,地方自治体や国家 権力を掌握するばあいがある。かかる主体が,もし資本制社会・経済機構を根
24 彦根論叢第216号 底から変革するのではなく,これを維持するなかで自己の被収奪・被害による 生存一生命再生産の支障状態の成熟に対処するものであれば,それは,被害者 としての集団の名と形をとりつつ,実質的には,社会政策の意思決定や執行の 民主化・社会化を一層促進する資本性主体としての性格をもつ役割を演じてい るものといえよう。これは主体の量的転換である。 (2)地方自治体のみでは困難であるが,もし,国家権力が,社会的総資本た る資本家階級の利害と最も基本的に結びつくものから,社会的総労働たる労働 者階級を中核とする被害者集団の利害と最も基本的に結ぶものへと質的に完全 に転化すれば,この国家社会政策主体も当然質的に転化して,その意思決定に せよその執行にせよ,全く質的に民主化され,被害者集団は価値の被収奪・使 用価値の充用における被害から解放される途を進むことになる。これは,まさ う しく主体の質的転換である。 23) 拙著「社会政策の歴史理論研究」・17!一 5頁。拙稿「国家社会政策における主体の 特質.」●54−5頁。