は じ め に
前世紀から今世紀にかけ,生科学や医療の分野における
光技術応用の普及・発展はめざましいものがある1―3).光
を用いた生体のイメージングはその代表例であり,光透 視,光 CT(computed tomography),光トポグラフィー, OCT(optical coherence tomography)などとして実用化さ
れている4).しかしこれらは,いずれも歴史は新しく,ま だ多くの研究努力が続けられている.イメージングに限ら ず,生体応用の研究開発で基礎となるのは,生体内部伝搬 光の解析である5,6).生体組織における光伝搬の正しい理 解なくしては,新技術の考案・開発もおぼつかなく,その 理解・応用も底の浅いものとなる. 生体組織における光伝搬の解析は,大きく理論解析とコ ンピューターシミュレーションによる解析に分けて考えら れる.後者の代表例は,モンテカルロシミュレーションや 有限要素法による解析である.前者はさらに,光を電磁波 としてとらえ波動的ふるまいを解析するものと,光をエネ ルギーとしてとらえその流れを解析するものに分けられ る.本稿で述べる拡散の解析は,このエネルギー流の解析 にあたる. 生体に対する光応用では,利用しやすさから可視光が, また生体透過性の高さから近赤外光(700∼1200 nm)が, よく用いられる.この波長域において,生体組織は光に対 し強い散乱性を示す.つまり,散乱係数が吸収係数を大き く上回る.このような媒質内では,光は多重散乱を繰り返 し,あたかも熱が空間に広がるように拡散する.したがっ て,光の拡散を理論的に解析することにより,生体組織中 の光伝搬をモデル化するとともに,そのふるまいを明らか にすることができる.このような考えから,生体組織にお ける光伝搬の支配方程式として拡散方程式が導かれ,これ を基礎に多くの研究が行われてきた.例えば,生体組織の 光学特性の計測,生体の光イメージング,光治療等々,多 くの分野で広く利用されている1―6).生体への光応用で, 拡散方程式が解析に利用されない領域はほとんどないと思 えるほどである. 本稿では,特集「生体内の光伝搬解析」の総合的解説と
生体内の光伝搬解析
総合報告
生体組織における光伝搬の解析
清 水 孝 一
Analysis of Light Propagation in Biological Tissue
Koichi SHIMIZUFor the application of optical techniques to the fields of life science and medicine, the analysis of light propagation in biological tissue is reviewed. The di›usion theory is one of the fundamental principles for the theoretical analysis of light propagation in turbid medium. A typical derivation of the di›usion equation from the radiative transfer equation is presented. The boundary condition and the impulse response for the di›usion equation are given. The basic principles of the analysis in the time domain (time-resolved measurement) and in the frequency domain (photon density wave) are explained. The recent research problems concerning the di›usion equation are discussed. Finally, the usefulness of the analysis with the di›usion equation is demonstrated in the practical applications, such as the measurement of optical properties and transillumination imaging of a human body. This review provides the fundamental understanding on the analysis of light propagation and its usefulness in biomedical applications.
Key words: di›usion equation, radiative transfer equation, time-resolved measurement, photon density wave, transillumination imaging
して,理論的解析,とくに拡散方程式による解析につき, 基礎理論,研究の進展,最近の動向,そして応用の実例に つき概説する. 1. 光 伝 搬 解 析 1. 1 輸送方程式 前述のように,可視∼近赤外域において,生体組織で は,一般に光吸収よりも光散乱がはるかに大きい.このよ うな媒質に光を入射した場合,光子の平均自由行程は非常 に短く(通常 1 mm 程度),比較的短距離(短時間)でコ ヒーレンシーは失われてしまう.したがって,そのような 媒質内の光伝搬は,光エネルギーの流れとして解析される ことが多い.その代表的理論として,輸送理論(tranport theory )がある7).この理論において,散乱媒質内のエネ
ルギーの増減は,輸送方程式(radiative transfer equation) により表される.輸送方程式は,よく RTE と略称され, また Boltzmann 方程式ともよばれる. まず,基本的パラメーターを定義する.光の強さを表す パラメーターとして,スペクトル放射輝度(spectral radi-ance )Ispr, ˆs, t を用いる7,8).これは,単位立体角,単位 周波数あたりの放射束(光束)の密度であり,位置ベクト ル r,放射方向の単位ベクトル ˆs,時刻 t の関数として, 単 位W m−2 sr−1 Hz−1 で表される.輸送理論の分野で は比強度( specific intensity ),放射測定の分野では輝度 (brightness)ともよばれる.実測においては,受光角や分 光範囲の狭い光検出器で計測される光強度に対応するもの である.本稿では,時間および空間に関する光の強度を解 析対象とすることから,このスペクトル放射輝度 Ispr, ˆs, t に計測周波数範囲の周波数幅Dnをかけた関数を光強度 Ir, ˆs, t W m−2 sr−1 とし,基本量とする. Ir, ˆs, t = Ispr, ˆs, tDn ( 1 ) これを用い,輸送方程式は次のように書ける7,8). Ir, ˆs, t =−ˆs⭈ⵜI r, ˆs, t−ms+ma I r, ˆs, t +ms Pˆs, ˆs¢ I r, ˆs¢, tdW¢+er, ˆs, t ( 2 ) ここで,c, ms, ma, W, er, ˆs, t は,それぞれ媒質中の光速 ms−1,散乱係数 m−1,吸収係数 m−1,立体角 sr お よび光源の光強度W m−3 sr−1 である.P ˆs, ˆs¢ は,光子 伝搬方向の分布を表す確率密度関数であり,全立体角にわ たる積分は 1 となる.つまり, Pˆs, ˆs¢dW¢ = 1 ( 3 ) また,散乱パターンの非等方性の程度を表す異方散乱パラ メーター g は,この Pˆs, ˆs¢ を用いて次のように表される. 1 c t d d 4π
∫
4π∫
g= ˆs⭈ˆs¢P ˆs, ˆs¢dW¢ ( 4 ) 電 磁 波 散 乱 や 光 散 乱 理 論 で よ く 用 い ら れ る 位 相 関 数 pˆs, ˆs¢ は,P ˆs, ˆs¢ と次の関係にある. Pˆs, ˆs¢ = pˆs, ˆs¢ ( 5 ) 式( 2 )は,物理的解釈が容易な形になっている.つま り図 1 のように,散乱媒質内で光速 c の光が ˆs 方向に微小 距離 ds 進んだ場合の光強度変化(左辺)を表すものとなっ ている.右辺の第一項は体積要素からの光の発散による減 少分,第二項は体積要素における散乱と吸収による減少 分,第三項は周囲から散乱により加わってくる増加分,そ して第四項は体積要素内に光源がある場合の増加分に当た る.光散乱の解析では,時間変化を考慮しない場合や媒質 外光源のみの場合も多い.その場合,輸送方程式は,次の ような簡単な形となる. Ir, ˆs = −ms+ma I r, ˆs+ms Pˆs, ˆs¢ I r, ˆs¢dW¢ ( 6 ) 1. 2 拡散方程式 輸送方程式は,散乱体内部のエネルギー伝搬を表す正確 な方程式である.しかし,三次元位置,方向,時間と 6 自 由度をもち,解を得るのは一般に容易ではない.一方,生 体組織のように強い散乱性を有する媒質内では,光は拡散 に近い挙動を示す.そこでこの特性に基づき,輸送方程式 を,解析の容易な方程式へ近似変形する.これを拡散近似 (di›usion approximation)という. 拡散に近い散乱では,光はほぼ等方的に伝搬すると考え られる.そこで光強度を,完全に等方的に広がるスカラー 成分⌽r, t と,わずかに方向性をもって伝搬するベクトル 成分 Jr, t に分けて考える4,8).これらのうち前者は次式 で示され,単位時間に単位面積を横切るエネルギー量とし て放射エネルギーのフルエンス率(fluence rate, Wm−2), または光子密度(photon density)とよばれる. ⌽r, t = I r, ˆs, tdW ( 7 ) 4π∫
4 s a s µ µ πµ⫹ s d d∫
4π 4π∫
ds
s
^’
s
^
d
Ω
Ω’
d
Ω
図 1 輸送方程式における光強度変化の計算要素.後 者 は 次 式 で 定 義 さ れ,光 子 流 密 度( photon current density, Wm−2)とよばれる. Jr, t = I r, ˆs, t ˆs dW ( 8 ) 光強度 Ir, ˆs, t はこれらの和として,次式により与えら れる.なお各項の係数は,Ir, ˆs, t =a⌽r, t+bJr, t⭈ˆs として,式( 7 ),( 8 )に代入することにより,a= 1/4p, b= 3/4p と求められる. Ir, ˆs, t = ⌽r, t+ Jr, t⭈ˆs ( 9 ) これは,球関数展開の 0 次と 1 次の項の近似に相当するこ とから,P1近似( P1 approximation )ともよばれる.この 近似に,次の Fick の法則を適用する. Jr, t =−D ⵜ⌽r, t (10) ここで D = 13 ms¢+ma, ms¢ = 1−gms で あり1―8),D, ms¢, g はそれぞれ拡散係数 m,等価散乱係数 m−1,異 方散乱パラメーターである.なお拡散係数 D について は,2. 3 節で詳述するように,他の定義もある. このように,輸送方程式に P1近似と Fick の法則を適用 することにより,式( 2 )は次式となる. ⌽r, t = −ma⌽r, t +ⵜ⭈Dⵜ⌽r, t +Sr, t (11) 多くの場合,拡散係数は位置によらず一定であり,次の典 型的な拡散方程式が得られる. ⌽r, t +ma⌽r, t −Dⵜ2⌽r, t = Sr, t (12) なお,光源は等方性で Sr, t = 4p er, ˆs, t W m−3 と仮 定している.時間によらない定常状態の場合には,次式と なる. ma⌽r−D∇2⌽r = Sr (13) 式(11)∼(13)が輸送方程式の拡散近似の結果であり, 一般に拡散方程式(di›usion equation)とよばれる.拡散 方程式では,輸送方程式における方向依存性が消え自由度 が 4 に減少するとともに,解きやすい形になっているのが わかる.式(11)∼(13)を解いて⌽ が得られれば,計測 量に直結した光強度 I は,式( 9 )より次式のように得ら れる. Ir, ˆs, t = ⌽r, t− D∇⌽r, t⭈ˆs (14) 1. 3 境 界 条 件 微分方程式(11)∼(13)から特解を得るためには,境界 条件が必要となる.図 2 のように,法線方向 ˆn の散乱体界 面に対し,ˆs 方向へ向かって光が入射する場合を考える. 散乱体の表面においては,散乱体から出る光はあっても散 乱体内部に入る散乱光はないことから,次式が境界条件と 4π
∫
1 4π 3 4π 1 c t ∂ ∂ 1 c t ∂ ∂ 1 4π 3 4π なる. Ir, ˆs, t = 0 for ˆs⭈ˆn>0 (15) しかし式(14)から,これを完全に満たすことは難しい. そこで式(15)の代わりに次式を用いる8). Ir, ˆs, t ˆs⭈ˆn dW= 0 (16) その結果,微分方程式(11)∼(13)の境界条件として,次 式が得られる4). ⌽r, t−2CRD ⌽r, t = 0 (17)ここで,CR=1+Reff/1−Reff,Reffは境界面の屈折率不
連続による反射係数である.また ˆn 方向を z 軸方向とする と,⌽r, t は面 z =−2CRDでほぼゼロになることから, この面を外挿境界(extrapolated boundary)とよぶ. 1. 4 インパルス応答と拡散反射光分布 無限の広がりをもった散乱媒質の原点に超短パルス光源 がある場合を考える.この場合の光伝搬は,式(12)にお いて Sr, t = S0drdt として解くことができる.S0は, エネルギー強度Ws である.その結果,インパルス応答 (Green 関数)が,次式のように得られる. (18) これをもとに,図 3 のように半無限散乱媒質に細いペン シルビーム光が入射した場合の拡散反射光分布 Rr, t Wm−2 を考える.r は円筒座標系 r-z の動径座標であ る.拡散近似の成立する散乱体においては,入射ビーム光 は,平均自由行程程度の距離を伝搬すると,ほぼ等方散乱 0 s n
∫
ˆ ˆ⋅ z ∂ ∂ 4 4 0 2 t S c Dct r Dct act π µ ⫺ ⫺ exp ⌽ r, 3 2s
^
n
^
図 2 境界条件における単位ベクトルの方向.z
ρρ
R(
ρ
,t)
Incident
light
図 3 半無限散乱媒質からの拡散反射光分布の計測.に近づくと考えられる.したがって,深さ z0= 1/ms¢ の位 置に点光源があると考える.その結果,拡散反射光分布は 次式で与えられる4,9). Rr, t= Jr, t (19) 連続波入射の場合の拡散反射光分布 Rr は,式(19)の 時間積分により,次式で与えられる10). (20) ここで,meff=ma/D1/2である. 2. 拡散方程式による解析 2. 1 時間分解計測波形の解析 拡散方程式より,半無限媒質の拡散反射光分布は式 ( 19 ),( 20 )のように得られる.人体を用いた実験によ り,この式の妥当性が確かめられている9).拡散反射光分 布の時間変化の様子を図 4 に示す.この波形において,遅 い時刻の傾きは吸収の程度を,ピーク時刻 tmaxは散乱の程 度を反映する.これを利用し,生体組織の光学特性値を無 侵襲的に計測することができる.つまり,生体に短パルス 光(一般に数十 ps 以下)を入射し,入射点から一定の距離 離れた点で,拡散反射光強度を時間分解計測する.計測波 形は,通常数百 ps から ns オーダーの幅に広がることか ら,これをインパルス応答とみなす.この波形に対し,式 (19)より導いた次の関係により,吸収係数と等価散乱係 数を求めることができる9,11). (21) (22) この方法の限界として,計測ノイズの影響を受けやすい という問題がある.時間波形の遅い時刻の部分は,信号光 0 0 S z 4 4 2 0 2 π ρ µ Dc t z Dct ct exp ⫺ ⫹ ⫺ a 3 2 52 2 1 0 0 2 0 2 2 0 2 2 0 2 ρ π µ ρ µ ρ ρ R S z z z z ⫹ exp ⫹ ⫺ ⫹ ⫹ eff eff 1 µ ρ climt tlnR ,t ⫺ a ∂ ∂ 1 3 2 4 2 2 µ ρ µc tmax s a ′ ⫹⫹10ctmax⫺µa 強度が小さくなり計測の SN 比が劣化する.また,最大 ピークの時刻も重畳ノイズにより,直接影響される.この 対策として,curve-fitting 法が用いられる1,5).つまり,式 (19)においてma,ms¢ の値を変化させつつ時間波形を繰り 返し計算し,計測した波形と最もよく合致したときのma, ms¢ の値を求める方法である.この方法では,波形全体を 用いることから,計測ノイズの影響を低減することができ る.ただし,これだけでは,解の一意性の保証はない. このような方法論の延長として,光による断層像再構成 (光 CT)への応用がある.まず,有限要素法等を用いて拡 散方程式(12)を解き,対象物体の断面外形に即したイン パルス応答を求める.次に,対象物体の周囲に多くの光入 射点と受光点を配置する.各入射点から短パルス光を入射 し,各受光点で時間分解波形を計測する12,13).インパルス 応答の式において,対象物体内部のma,ms¢ 分布を変化さ せながら計測波形とのカーブフィッティングを繰り返し行 い,最も適切なma,ms¢ 分布を推定する.つまり,拡散方 程式の解を順問題解として,繰り返し計算により逆問題解 に収束させる方法である13,14).容易に想像がつくように, この方法は計算負荷が大きく順問題計算の妥当性と計算量 が重要となる.例えば,モンテカルロシミュレーション は,正確ではあるが計算量が多く,この方法には適さな い.拡散近似の成立する条件では,正確さと計算の容易さ が両立する拡散方程式が,光 CT の基礎式としてよく用い られる所以である15―18). 2. 2 光子密度波の解析 前述のように,生体組織のような光拡散性媒質内部で は,短距離(短時間)で光のコヒーレンス性は失われ,等 位 相 面 を 維 持 す る こ と が で き な い.し か し,光 を 数 百 MHz ∼数 GHz で強度変調すると,その強度包絡線は光に 比べ波長の長い波動となり,等位相面を保って伝搬する19).
この波を光子密度波(photon density wave)とよぶ20,21).
光子密度波の基本的な解析も,拡散方程式(11)∼(13)に より可能である19―21). 原点にある点光源が,正弦波変調された強度で光る場合 を考える.すなわち式(12)において光源項 Sr, t を次式 とする. Sr, t = A+B exp−iwt dr (23) ここで A, B は,光源項の直流成分,交流成分の振幅であ る.式(12)の拡散方程式は線形だから,その解も,直流 成分,交流成分を⌽dc, ⌽acとして,次式のように表すこと ができる. ⌽r, t =⌽dc+⌽ac exp−iwt (24) その結果,拡散方程式の解は次のように与えられる4,20,21). Log R(
ρ
,t)t
t
max-
µ
act
図 4 典型的な拡散反射光分布の時間分解 計測結果の様子.(25) (26) ここで,meff=ma/D1/2, k2=−cma+iw/cD である. 複 素 波 数 k の 実 部 と 虚 部 を そ れ ぞ れ kr,kiとすると, expikrr は光子密度波の位相遅れを示す.これは光子の 平均飛行距離に比例する.ゆえに,受光信号交流成分の位 相は,拡散光子がたどった実質的な光路長に対応する.光 子密度波の波長は,この波数実部を用いてl= 2p/krと与 えられる.また波数の虚部を含む exp−kir/r は,光子密 度波の減衰に対応する.したがって,強度変調した光源を 用い,受光した光子密度波の波長と減衰から krと kiを求 めれば,散乱体の光学定数は次のように得られる22). (27) (28) これに再構成手法を適用し,断層像再構成(光 CT)が 実現されている23,24).光子密度波の計測は,時間分解計測 に比べ装置が比較的簡易になることから,実用性の高さが 特徴とされる25).光子密度波の正弦波駆動と周波数・位相 解析は,それぞれ前述の短パルス入射と時間分解計測に対 応し,互いにフーリエ変換の関係で結ばれる26).これによ り,後者を時間領域( time domain )の解析,前者を周波 数領域(frequency domain)の解析と称する. 2. 3 拡散現象の解析 1.1 節で述べたように,拡散方程式は輸送方程式の拡散 近似によって得られる.この近似のしかたにより,異なる 拡散方程式が得られる.拡散現象をより適切に表現する拡 散方程式を求め,現在も研究は続けられている27,28).得ら れた拡散方程式の妥当性をめぐる議論は,拡散現象の理解 を深めるうえでも重要である. 例えば,散乱媒質におけるパルス光伝搬の解析等では, 他の近似により次の方程式が導出される15,16,29,30).これ は,いわゆる電信方程式( telegraph equation )になって いる. (29) なお⌽=⌽r, t,S = Sr, t である.比較のため式(12) を同様に書き直すと,次式となる. ⫺ 4 A D e r r π µ dc eff ⌽ 4 B D e r kr π ac i ⌽ ⫺ 2 1 c k k tan tan µa ω r i ⫹ ⫹ 3 2 2 2 k k c µ µ ω s r 2 i 2 a ′ ⫺3 ⫺3 ⫹2 ⫺3 ⫹ ⫺ 2 2 2 2 c t c t µs µa µ µ s a µa ⌽ ⌽ ⌽ ⌽ ∇ ∂ ∂ ′ ∂ ∂ ′ SS (30) 拡散近似の条件 ms¢ ≫ma を考えると,式(29)と(30) の大きな違いは,∂2⌽/∂t2 の項の有無である.式(29)は 波動方程式の形をしており,拡散だけではなくパルス波形 の波動伝搬をも表現する形になっている.つまり散乱体に 入射したパルスが,拡散によって広がりながら c/ の速 度で伝搬することを示している.この妥当性をめぐり,多 くの議論が行われてきた30―33).現在も両式が,それぞれの 特徴を生かした分野で利用されている.生体組織内部の光 伝搬の分野では,式(30)つまり式(12)が一般的である. ここまで,拡散方程式の重要なパラメーターである拡 散係数 D については,旧来用いられてきた D = 3 ms¢+ ma−1として話を進めてきた.しかし近年,D =3ms¢−1 とすべきであるという指摘がなされた34,35).この点につ き,理論,シミュレーション,実験により,新たな定義に 賛成36―38),反対39―41)の立場から多くの議論が行われてき た.「拡散係数が散乱媒質の吸収係数に依存するか否か38)」 という問題設定では,どちらかを選ばざるを得ない.しかし 最近の報告では,次のような意見や提案もある.たとえば, 「早い時刻では,D<3ms¢−1だがmaには依存しない42)」, 「D= 3 ms¢+ama−1として,a = 0.2∼0.5 とする43,44)」, 「適用範囲を広げるため式( 31 )とする45)」などの立場で ある. (31) 拡散係数に関するこのような議論は,拡散理論では重要な 問題である.しかし生体組織に対する応用では,一般に ms¢ ≫maであることから,どちらの D を用いても大きな違 いは生じないことが多いとの指摘46)も確かである.応用 対象によって,適切な方を利用すべきである. 拡散方程式の利用にあたっては,次の点に注意が必要で ある.まず,拡散方程式はあくまで近似的に求められたも のであり,厳密解を与えるものではないという点である. 次に,その近似にあたっては,いくつかの条件が前提と なっているという点である.基本条件としては,光は短距 離(短時間)でほぼ等方的に散乱されるという条件があ る.したがって,光入射点近傍や入射時刻付近には適用で きない.また,ma≪ms¢ も前提条件のひとつである.この 点については,拡散係数を式(31)のように定義すれば, ma ms¢ まで拡散方程式が適用可能になるという報告もあ る45). c t S ∇ ′ ∂ ∂ ′ 2⌽⫺3µ µs⫹ a ⌽⫺3µ µ⫹ ⌽ ⫺ s a µa 3 D g ′ ′ 1 3 1 4 5 1 ⫹ ⫺ ⫹ ⫹ µ µ µ µ µ s a a s a
3. 光伝搬解析の生体応用 散乱媒質内の光伝搬解析として拡散方程式について述べ てきた.ここでは,このような解析結果が生体の計測やイ メージングにどのように応用されるのか,その具体例を, 筆者の研究を中心に紹介する. 3. 1 散乱係数の計測 散乱体の散乱係数や吸収係数を測るには,試料を薄片に 整形し積分球を用いて計測するのが基本である.しかしそ れでは,生体の無侵襲計測は難しい.2.1 節で述べたよう に,生体に短パルス光を入射し拡散反射光の時間分解波形 を計測すれば,式(21), (22)によりmaとms¢ を推定でき る.ただし前述のように,式( 22 )の tmaxは確定しづら く,ms¢ の高精度計測は容易ではない.式(19)の波形全 体に対するカーブフィッティングでms¢ を求めることも可 能だが,ms¢ とmaの 2 パラメーターのフィッティングであ り,一意性の保証はない.これに対し,拡散方程式の解で ある式(19)に基づきms¢ を求める方法が得られている47). 図 5 のように短パルス光の入射点から距離r1, r2r1< r2 の位置に光検出器を配置し,拡散反射光の時間分解波 形 Rr1, t,R r2, t を得る.式(19)より,これらの比 をとることにより,等価散乱係数は次式により与えられる. (32) 実験により,この原理の妥当性を検証した.実験では, t ct R t R t ′ ′ 2 2 1 2 1 2 4 3 ⫹ ⫺ µ µ µ ρ ρ ρ ρ s s a ln , , ms¢ = 1.0 /mm に調整したイントラリピッド懸濁液を試料 とした.r1= 10 mm,r2= 30 mm の位置から拡散反射光 をストリークカメラに導き,それぞれの時間分解波形を得 た.これらを用い式(32)から得られた等価散乱係数を図 6 に示す.入射光が十分に拡散される時刻から,十分な SN 比が維持される時刻までは,正しい値を推定できてい ることがわかる.この方法によれば,既存手法(散乱パ ターン計測法,curve-fitting 法)と比較し,ほぼ同等また はそれ以上の精密さと正確さで等価散乱係数の推定が可能 となる.この手法は,反射型で生体の無侵襲計測に適する だけでなく,測定値の比を用いることから,入射光強度揺 らぎ等の計測アーティファクトに強い.例えば,散乱媒質 の吸収分布が不均一な場合などにも,他の手法に比べ本手 法の優位性が示されている48). 3. 2 ビーム光による光透視 生体の一方から光を照射し反対方向から観測すると,透 過光の得られる厚みでは,観測側表面付近の吸光構造をイ メージングすることができる.いわゆる生体光透視であ る49).近赤外光により指や手の透視像が得られることは広 く知られており,静脈認証などに実用化されている50).研 究では,許容レベルの入射光で成人前腕部全域の透視が可 能なことも報告されている51).このような光透視では,空 間的に均一な入射光ほど,得られる吸光構造は見やすくな る.しかしそのためには,レーザー光をビームエキスパン ダー等で拡張して中央部分を利用するか,LED 光を広く 拡散させるなどの工夫が必要となる.これらは,装置簡便 化や入射光の効率的利用等の観点からは,望ましくない. 散乱体内部におけるビーム光伝搬を理論的に記述できれ ば,そのような必要はなく,入射ビーム光を効率的に利用 した光透視が実現できる. 拡散媒質内のビーム光伝搬については,式(29)の拡散 方程式に適切な境界条件を適用して,解析解が得られてい る52).この解を用いることにより,照明ビーム光の光軸に 対する動径方向の光強度分布が,光軸方向座標の関数とし て得られる.つまり,生体内吸光構造の各深さにおける照 明光の輝度分布が得られることから,これで透視像を規格 化することにより,背景光の均一な透視像を得ることがで きる.この手法の有用性を示す実験例を,図 7 に示す.厚 さ 20 mm,ms¢ = 1.0 /mm,ma= 0.01 /mm の散乱体スラブ の一方向からレーザービーム光を入射し,反対方向から撮 影したものである.図 7(a)は,散乱体スラブの観察側表 面から深さ 9 mm の位置に方形吸収体を置いた場合であ る.吸収体の実際の位置を破線で示してある.入射光強度 が周辺ほど低いため,実際の位置より周辺方向に偏移して
z
ρ
ρ
1ρ
2R(
ρ
2,
t
)
R(
ρ
1,
t
)
incident
light
図 5 拡散反射光時間分解波形の二点計測から等価 散乱係数を推定する方法. 0 200 400 600 800 1000 Time [ps] Estimatedµ
s ’[/mm] 0 0.5 1.5 1 2 図 6 ms¢ = 1.0 /mm の媒質における二点計測から推定した等価 散乱係数の一例.見える.これに対し,拡散方程式から得られたビーム光分 布を用いて復元した結果が図 7(b)である.背景が均一化 され,吸収体位置もより正しくイメージングされることが わかる.図 7(c)は,散乱体スラブの観察側表面から深さ 13 mm の位置に同じ方形吸収体を置いた場合である.入 射光強度の不均一性のため,吸収体の存在自体がわからな くなっている.これに対し,拡散方程式から得られたビー ム光分布を用いて復元した結果が図 7(d)である.吸収体 の存在およびその位置を正しく認識できることがわかる. 3. 3 経皮蛍光像の改善 近年 molecular imaging の急速な発展・普及の中で,蛍 光マーカーを利用したイメージングが盛んに行われてい る.例えば,マウスやラットなど実験用小動物の体内蛍光 分布を,多くは経皮的に体外から観測する.また,ヒトの ガン組織切除手術において切除辺縁部やセンチネルリンパ 節を蛍光観察したり,術中脳循環をイメージングすること も多い53―56).このような場合,体内の蛍光分布は,体表ま での介在組織の光散乱により,ぼけた画像となる.この光 散乱を空間的な点広がり関数(point spread function, PSF) として正しく定式化できれば,デコンボリューションによ り,散乱によるぼけを除去することができる55,56). PSF は,定常状態の拡散方程式(13)において内部光源 項 Sr =dr とした場合の解として,次式で与えられる. (33) ここで,kd2= 3mams¢+maである.この解から,図8に示 した系における PSF は次式で与えられる57,58).d は観測側 ⌽r 43πµ µs′⫹ a κ ⫺ e r dr 表面からの蛍光体深さである. (34) 生体組織を模擬した試料を用いた実験により,この PSF の妥当性および有効性(例えば可視深さの倍増など)が確 かめられている57,58).図 9 に,ラット頭部の経皮蛍光像に この PSF を適用した結果を,適用前の像とともに示す. 頭皮の組織によりぼけていた脳表の微小血管が,この手法 により鮮明にイメージングされることがわかる.図 10 に,ラット腹部の経皮蛍光像にこの PSF を適用した結果 を,適用前の像とともに示す.撮影像図 10(a)では,尾 静脈から注入した蛍光物質の分布が胸部にあることが認め られる.しかし,臓器位置の特定は困難である.この手法 により PSF 処理された図 10(b)では,蛍光物質が心臓の 位置にあることが明らかになる.このように,介在組織に ′ 3 4 1 2 2 2 2 2 2 2 2 2 ρ π µ µ κ ρ ρ ρ κ ρ s⫹ a ⫹ d⫹ ⫹ ⫹ ⫹ ⫺ ⫹ PSF d d d e d d d × ) b ( ) a ( (c) (d) 図 7 ビーム光照射に対する入射光分布補正の効果.( a ) 深さ 9 mm 吸収体の観測像,(b)像(a)の復元像,(c)深 さ 13 mm 吸収体の観測像,(d)像(c)の復元像.
d
z
(ρ,
d
)
ρ
r
Imaging lens Scattering medium Point source 図 8 媒質内部点光源に対し媒質表面で観測される PSF の 模式図. 10 20 30 mm 10 20 30 mm 0 10 20 30 40 0 10 20 30 40 ) b ( ) a ( 図 9 ラット頭部の経皮蛍光像に対する PSF デコンボリューショ ンの効果.(a)観測像,(b)散乱効果抑制像.より劣化した蛍光像に対し,拡散方程式から得られた PSF を用いて,あたかも散乱のないときのような像に復元する ことが可能となる. 3. 4 生体光透視像の改善 前節のように,体内に光源がある蛍光像の場合,原理ど おり拡散方程式の内部光源項を点光源として PSF を求め ることができた.これに対し,生体の一方から光を照射 し,他方から内部吸光構造を観測する光透視は,通常この 原理に該当しないと考えられる.光は入射点から吸光物体 まで拡散し,その一部が吸光物体で減衰され,再び出射面 まで拡散するからである.しかし,吸光物質に到達した光 が十分に拡散されている場合,吸光構造の影を点光源集合 の反転像と考えると,点光源の PSF がそのまま適用でき るはずである.生体模擬試料を用いた実験的検討をとお し,この原理の妥当性および実用可能性が実証されてい る59).実験では,この手法により,可視深さが 5 mm から 15 mm 以上に増加することが示されている.実際に,ヒ ト前腕部の光透視を行った結果を示す.図 11 のように, 成人前腕部外側から光を照射し,内側方向から撮影した透 視像である.実験では,超音波断層装置により,あらかじ め表在静脈と深部動脈の深さを,2.1 mm,4.0 mm と測定 した.観測像(図 12(a))に対し,深さ 2.1 mm および 4.0 mm の光源 PSF(式(34))でデコンボリューション処理し た結果を,それぞれ図 12(b), (c)に示す.図 12(b)で は表在静脈が,図 12(c)では深部動脈が,図 12(a)に比 べより鮮明になっている. このように,拡散方程式から得られた PSF は,体内光 源の像だけではなく,体内吸光構造の透視像に対しても, 有効に利用できることがわかる.この手法は,蛍光物質の 投与や内部光源を必要としない.したがって,実験動物だ けではなく,臨床におけるヒトへの適用や静脈認証への利 用60)など,広範な応用が期待できる.
1,5OLJKWVRXUFH
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3&
図 11 成人前腕部における光透視像撮影の様子. 0 20 40 60 80 mm 60 40 20(a)
0 20 40 60 80 mm 60 40 20(b)
図 10 ラ ッ ト 腹 部 の 経 皮 蛍 光 像 に 対 す る PSF デ コ ン ボ リューションの効果.(a)観測像,(b)散乱効果抑制像. 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 (a) (b) (c) 図 12 成人前腕部の光透視像における散乱効果の抑制.(a) 観測像,(b)深さ 2.1 mm の PSF による補正,(c)深さ 4.0 mm の PSF による補正.お わ り に 生科学や医療への光技術応用を念頭に,生体組織におけ る光伝搬解析につき概説してきた.本稿では,とくに理論 解析のひとつの中心理論である拡散方程式について解説し た.拡散方程式による解析は,確かに光伝搬解析の重要な 一部を占める.しかし,すべてではない.拡散方程式によ る解析は,生体のような不規則な構造を境界条件とするの は,一般に不向きである,そのような場合には,モンテカ ルロシミュレーションや有限要素法のような数値解析のほ うが適している.また,拡散方程式は光をエネルギーの流 れとして扱うため,干渉や回折など位相情報を伴う波動と しての扱いにも,一般に不向きである.さらに,前述のよ うに拡散方程式はあくまで近似式である.したがって,拡 散近似の条件外への適用には,慎重な取り扱いが必要であ る. 近 年 の 生 体 内 光 散 乱 の 研 究 に は,後 方 散 乱 強 調 (backscattering enhancement)や時間反転(time-reversal) など,理論的に興味深いものがある.また,OCT や補償 光学( adaptive optics )など,実用性の高いものもある. これらのテーマはどれも位相情報が必須のものであり,拡 散方程式とは別の理論解析がなされなければならない.拡 散方程式は,生体組織における光伝搬を解析する強力な手 段である.しかし,強力な道具はすべてそうであるよう に,その限界と適性を十分に理解して利用されるべきもの である. 生体組織に適用する拡散方程式は,1 章で述べた形でほ ぼ確立され,古典的なものとも見える.しかし 2 章で述べ たように,波動伝搬の問題や拡散係数の表現法など,まだ 研究が進展している部分もある.その意味で拡散方程式 は,今後も光技術の生体応用における不可欠な道具とし て,研究・開発に利用され続けていく.また,古くて新し い問題として,研究者の耳目を引き続けていくことであろ う.そのような流れの中で,本稿が,生体内部光伝搬理解 のささやかな一助となることを願うものである. 本稿で紹介した筆者らの研究にあたり,協力いただいた 北海道大学大学院情報科学研究科・加藤祐次氏,同・浪田 健氏に感謝する.また,これらの研究の多くは,文部科学 省および日本学術振興会の科学研究費によって行われた. 人体への光照射実験については,北海道大学工学系ヒトを 対象とする研究倫理審査委員会の承認を得て行われた. 文 献
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