平成
29 年度
学位論文(博士)
園芸植物における解剖学的・組織化学的研究
-機能性物質の局在性-
平成
29 年 12 月 14 日提出
玉川大学大学院農学研究科
小林 孝至
目 次 総 言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4–7 第1章 園芸植物に適した生鮮切片の作成法・・・・・・・・・・・・・・・・・8–10 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 第2章 葉の器官における機能性物質の探索・・・・・・・・・・・・・・・・11–40 第1節 除虫菊の葉における機能性物質の局在性 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 第2節 野生種キクの葉における機能性物質の局在性 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 第3節 野生種トマトの茎葉におけるホルムアルデヒド除去効果 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 第3章 花の器官における機能性物質の探索・・・・・・・・・・・・・・・・41–49 第1節 ノハナショウブ外花被に表れる形質「紫アイ」の解剖学的研究 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論
第2節 センテッド・ゼラニウムの花における機能性物質の局在性 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 第4章 果実の器官における機能性物質の探索・・・・・・・・・・・・・・50–102 第1節 完熟時に異なる果色を呈するトマト果実における色素分布 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 第2節 完熟時に異なる果色を呈する野生種トマトに紫外線照射が及ぼす影響 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 第3節 オリーブ果実の果実組織内における脂質分布に関する研究 1. 緒 言 2. 材料および方法 3. 結果および考察 4. 結 論 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103–106 摘 要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107–108 謝 辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・110–119 図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120–352
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総 言
園芸(horticulture)とは,ラテン語の hortus(囲う)と cultura(栽培管理する)を語源 とし,比較的狭い土地で柵や垣根で囲って,植物を保護しながら多くの資材や労力を投 じて集約的な栽培管理や経営を行うことを表している. 園芸植物は,果樹,野菜,花き(観賞植物)を含み,その性質上,栽培には一般の農 作物よりも集約的な生産技術の適用が必要である.また,生産物の取り扱いには品目に 特有の流通技術や加工技術を必要とするので,園芸植物を中心に営む生産を特に「生産 園芸」と称し,一般の農作物の生産形態とは区別している.園芸生産は,トマト,キュ ウリ,キャベツなどを生産する「野菜園芸」や,ミカン,リンゴ,ブドウなどを生産す る「果樹園芸」,キク,ユリ,バラ,花木あるいは観賞する植物などを生産する「花き 園芸」あるいは「観賞園芸」に分けられる. 園芸は,もともと自給自足を主体とする自給園芸や家庭園芸として行われてきたが, 都市の発達や人口の増加に伴って市民に生鮮な園芸植物を供給する目的で園芸植物を 生産する市場園芸が成立した.その後,社会が発展するに従い多様な生産様式を分化し ながら商品生産を主体に発展,発達した(近藤,2012;西山・金浜,2013).近年では, 日常的に自然と親しむ機会が少なくなったことから,都市の住民は人工的な物に囲まれ た生活の中で少しでも自然や緑を取り入れてふれあう機会を求める傾向にある.それに 伴い自然回帰へのニーズが高まり,園芸植物を個人の庭園や市民農園で扱う「ガーデニ ング」,あるいは盆栽やフラワーアレンジメントなどの娯楽や芸術活動,さらには,庭 園,公園,都市緑化などの設備に関わる造園で園芸植物を扱う「景観園芸」の他に,園 芸植物や園芸作業が身体に及ぼす影響を利用,研究する「社会園芸」のように園芸植物 の用途に応じた領域を有するようになった.すなわち,人間に対してどのようにして園 芸植物を扱うかといった利用分野が発達した(松尾ら,2013). 園芸植物では,花,野菜,果実を扱うがそれぞれの種類には季節感があり,いわゆる 旬の味がある.しかし,花や野菜,果実では栽培技術の進展に伴って周年生産,周年供 給が行われるようになり,季節感は失われてきているものの,新鮮な野菜,果実,花が 四季を通じて毎日豊富に供給されることは,栄養面,食物の取り合わせの面で望ましい ことであり,精神的にも豊かな生活を供給してくれるので意義は極めて深いものである. その手段の一つとして,園芸生産では露地での栽培が困難な場所や季節にガラスやプ ラスティックで被覆された加温あるいは無加温の園芸用生産施設(温室,ハウス)内に おいて,園芸植物が1 年中すなわち周年生産される.園芸用生産施設内での栽培(施設 栽培)においては,地床で土耕栽培されることもあるが,地面から隔離されて水耕やロ ックウール耕などの養液栽培が行われることも多い.施設栽培では,温度が適温に調節 される他に,空気中に炭酸ガスを補給し,曇天の日中や夜間に強い人工光を照射して光 合成を高めたり,短日処理や長日処理によって日長時間を調節したり,長日処理時に照
5 射する光質を選択できることによって花芽形成を調節しながら栽培することもあるの で,これらの環境調節装置を装備することによって,さらに高度化,集約化された生産 が行われることもある(西山・金浜,2013). 果樹は果実や種子を食用とする木本性植物を対象とし,野菜では生食または加工調理 されて食用に供する草本性植物である.それに対して,花きは観賞植物とも呼ばれるよ うに鑑賞を目的とする草本,および木本性植物を対象とする. 果樹,野菜は人間の食糧とするために栽培される食用作物の一部であるが,一般にイ ネやムギなどのように主食として利用されることは少ない.野菜は主に副食として食用 に供せられ,果実は嗜好食品として利用されることが多かった.しかし,近年の食事の 欧風化などの食生活の変化に伴って,野菜も副食としてだけでなく,イチゴやトマトの ようにデザートとして日常の食用にも用いられるようになっている.野菜,果実は柔軟 で多汁質な形質を備えるものが多く,貯蔵性には乏しいが無機塩類,ビタミン類,食物 繊維などの供給源として重要である.また,嗜好面としての機能性を有する色,味,香 りなどの付加価値に寄与している.近年においては,食生活ばかりでなく生活環境の変 化に伴って園芸植物を利用する効果への発展がみられる.例えば,癒し効果,有害昆虫 の除去,環境汚染物質の浄化作用などに寄与する園芸植物が重要視されている(田淵, 2013d;豊田,2013). このような時代背景から,園芸学では,果樹,野菜,花きとして生産・利用のテクノ ロジーを中心に生産面を重視する方向で発展し体系化されてきたが,近年の地球環境問 題,人口の都市集中による都市化問題,精神的ストレスの増大などが問題視されるよう になり,人間性が阻害される環境の中で,地球や都市環境の修復や保全,人間に対して の精神的アメニティなどの快適環境の創造・保全に対する園芸植物の機能など,人間や 環境と園芸植物の関係に関する「生活園芸学」,「都市園芸学」,「社会園芸学」,「園芸療 法(ホルトセラピー)」なども体系化されてきて,今後様々な多様性をもって一層発展 するものと考えられる.また,西山・金浜(2013)が園芸生産において,野菜,果樹, 観賞植物として扱う園芸植物には非常に多くの種類があることと,多様な手法で生産さ れることから,植物ごとの生育特性を知ることの他に,生産施設・設備を使いこなす知 識と技術が必要である.さらには,園芸植物の販売に当たって市場動向を把握する能力 も必要である.あるいは,園芸植物を通して,園芸文化や園芸福祉に貢献することも必 要な時代となっていると述べている. したがって,環境問題の顕在化,農作物の安全性への不信,農産物流通のグローバル 化と,それに伴う農業生産者の減少や心身の健康に対する関心の高まりなどの理由で, 1990 年代から暮らしの中における農耕および園芸が注目されるようになり,生産科学 としての園芸に加えて,生活科学としての園芸への関心が高まってきた(松尾ら,2013). すなわち,従来の生産科学としての園芸は,生産の対象となる植物を中心にした視点で 進められてきたのに対して,生活科学としての園芸では,園芸と人間はどうやって関わ
6 っているか,その中で人間はどのような影響を受けるか,というように人間の面からも 考えていく必要がある. 園芸植物の利用部位は,茎頂(腋芽),葉,茎,根,地下茎,花蕾,花,果実,種子, 発芽種子など,植物体のすべての器官が利用対象である.園芸植物の周年生産を行うた めには,まず種類の増加が図られてきた.そのために植物の遺伝資源の乏しいわが国で は世界各地からの遺伝資源の導入が行われてきた(執行,2013).したがって,個々の 種類の利用上の形態的,あるいは生態的,生理的な形質について,今後のわが国の実情 に見合った変異が求められ,主要な種類では品種が発達しその数は著しく多くなってき ている.さらに,園芸植物のすべては野生種から育成されるが,その品種改良の基とな る遺伝資源は地球環境の劇的な変化により絶滅傾向にあり,国際的な生物多様性条約も 絡んで入手しにくいのが現状である.そこで,遺伝資源の確保,維持,その利用につい て調べていくことも園芸学においては極めて重要な課題である.このような背景を基に, わが国での園芸の発展は,社会的なニーズに多様に適応して「グローバル化した園芸」 となることが予想される,すなわち,従来の生産園芸の研究に加えて,園芸と人間との 関りに視点を置いた生活園芸としての園芸植物の創生を追求していく必要がある.その ためには今後,必要とされる園芸植物を選定することに加えて,園芸植物の有する機能 性が植物体に由来することから,種としての形態的,生理的な知見を得ていくことが重 要な課題となる.しかしながら,園芸植物で利用する植物体の部位は非常に多岐にわた る. そこで,本研究では,園芸植物の利用部位のうち主な利用器官である葉,花,果実の 付加価値を高めるための新規機能性の創生に繋がることに焦点を当て,器官の形態,器 官が有する物質を捉えるために解剖学的,組織化学的な側面から機能性を探索すること とした. したがって,本研究の第1 章では,構造的に軟弱な園芸植物に適した生鮮切片の作成 法を検討した.次いで,葉,花,果実の器官ごとに機能性物質の探索を行った.葉を用 いた研究として,第2 章では,人間に対して深刻な病気を引き起こすウイルスを媒介す る蚊を防除するための除虫菊,および野生種キクの葉における機能性物質の局在性と, 室内環境汚染物質のホルムアルデヒドを除去する野生種トマトの茎葉におけるホルム アルデヒド除去効果について調べることとした. 花について,第3 章では,わが国が古くから育んできた伝統園芸植物のハナショウブ について,その改良の基になった新規色素を持つノハナショウブ外花被に表れる形質 「紫アイ」と,ハーブの一種であるセンテッド・ゼラニウムの花における機能性物質の 局在性について調べることとした. 果実について,第 4 章では,世界でもっとも食され生産されているトマトについて, 完熟時に異なる果色を呈するトマト果実における色素分布,野生種トマトの果実に紫外 線照射が及ぼす影響,世界各地で料理用として,また健康志向として不飽和脂肪酸を多
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く含むオリーブ果実について,果実組織内における脂質分布を調べることとした. 世界的に見た場合,利用される園芸植物数は非常に膨大であるが,本研究で供試した 葉,花および果実は今後,人間の活動に少なからず生活園芸での影響を及ぼす機能性を 保有するものとして選抜して述べることとした.
8 第1 章 園芸植物に適した生鮮切片の作成法 緒 言 植物体を構成する器官,すなわち,根,茎,葉,花あるいは果実は柔細胞で構成さ れる.これらの器官において,組織や細胞の構造や,組織内における成分や酵素の働 きを顕微鏡で観察する場合には,器官や組織の切片を作成する.植物組織における切 片の作成方法は,徒手切片法,パラフィン切片法などが一般的である.徒手切片法 は,簡易であり短時間で組織の構造を観察できるが,作成した生鮮切片の厚さが不均 一であることから,組織化学的な検出に用いられる染色液の浸透にムラができ,染色 性が切片ごとに異なる欠点があげられる.一方で,パラフィン切片法は,植物組織を 薬品で固定した後,パラフィン(蝋)に置き換え構造を保つ.また滑走式ミクロトー ムを用いることで厚さが均一で薄い切片が作成できる.しかし,水分含量が多い園芸 植物の器官や組織を固定,脱水しパラフィンで包埋する段階で加熱することが理由 で,目的とする酵素活性の失活や,成分が分解する可能性があり組織化学的な手法に は向かないことが多い.すなわち,園芸植物の葉,花,果実の成分や酵素の局在性を 見る場合に,組織を固定するとタンパク質を変性凝固させるので,成分の変性や酵素 活性への影響が大きい.したがって,詳細な形態と機能性物質の局在性を調べるため には,顕微鏡で高倍率での観察や組織化学的な検出に対応できるような薄く均一な厚 さの生鮮切片の作成が必要になるが,園芸植物の器官は多汁質で構造的に弱く,確立 された方法はない. そこで,本研究では,園芸植物に適した生鮮切片の作成方法について検討すること とした.なお,本章においては,生鮮切片の作成方法はプラントミクロトーム(図 1A;MT-3;株式会社日本医化器械製作所,大阪,日本)を用いる手法を新たに開発し た.なお,染色方法については,用いる器官により異なり改良が必要であったので, この部分のみについて示すこととした. 材料および方法 1) 植物材料の調製 葉については,白花と赤花除虫菊,野生種キクおよび野生種トマトでは,それぞれの 株から生育中庸な葉を採取した.花については,ノハナショウブでは,開花後2 日目の 外花被片を用い,センテッド・ゼラニウムでは開花当日の花弁を用いた.果実について は,トマトとオリーブでは完熟した果実を供試した.また,トマト果実では収穫した果 実をそのままの状態で使用あるいは外果皮,中果皮,内果皮が含まれる状態となるよう に果実を 1cm 角で切り出して供試した.オリーブの果実は,核果類であり内果皮は硬
9 い核となるため,本研究では収穫した果実は,外果皮と内果皮を切り出して用いた. 2) 生鮮切片の作成条件 葉,花および果実の生鮮切片はプラントミクロトーム(MT-3)を用いて,葉と花では ピスで挟んで厚さ5 µm,果実ではそのままの状態の果実あるいは 1cm 角に切り出して, ピンセットで直接挟んで厚さ15 µm の生鮮切片を作成した(図 1B).ただし,ノハナシ ョウブでは,採取した外花被片のアイの細胞構造を観察するために,徒手切片法でも生 鮮切片を作成した.次いで,それぞれの方法で作成した生鮮切片は光学顕微鏡下 (Olympus BX51;オリンパス株式会社,東京,日本)にて解剖学的に調査した. これらの生鮮切片の作成にあたっては,まず初めに器官を取り出し,ほぼ決まった過 程を経由して行うので,以下の項目についてそれぞれ用いた器官に適した方法を調べる こととした. (1) ピスの利用 (2) ピンセットで直接組織を挟む方法 (3) ピンセットで挟む位置 (4) 脱気ビンの水量と脱気時間 (5) 組織の脱気の必要性 3) 染色条件 染色液や酵素反応液は,それぞれの器官により異なるので後述する章でそれぞれ述べ ることとし,各器官における染色のフローチャートを図2–2 から図 2–5 に示した. 結果および考察 1) ピスの利用 葉と花で生鮮切片を作成する際,採取した器官はニワトコのピスで挟んだ(図 1C).葉や花は薄く柔らかいため,採取した状態のままで生鮮切片を作成すると表 面を撫でるように削ってしまい観察に適した横断面が得られず,組織あるいは細胞 が壊れることがわかった.ゆえに,柔組織を挟む支持体が必要となる. したがって,ニワトコのピスを支持体として使用することは,組織の破壊を防ぎ, 観察に適した生鮮切片を作成することができるため,葉や花などの柔組織を有する 器官の生鮮切片を作成するのに適していることがわかった. 2) ピンセットで直接組織を挟む方法 本研究では果実で生鮮切片を作成する場合(図1D),採取した果実をそのままの 状態あるいは切り出した果実を直接ピンセットで挟んだ.果実は葉と比べて器官を 構成する細胞が非常に柔らかく,多汁質である.そのため,構造的に非常に脆弱で あることから,ピスを間に挟む手法を用いると,組織が崩れて生鮮切片を作成する
10 ことができないことがわかった.したがって,器官あるいは組織を直接ピンセット で挟むという手法は,器官の形を保ったままで組織を観察できることがわかった. 特に,解剖学など細胞を対象とした研究においては,できるだけ組織を維持したま までの観察が重要となることがわかった. 3) ピンセットで挟む位置(図 1C,D) 生鮮切片を作成する際に用いる器官によって,ピスを用いる場合とピンセットで 直接挟む場合のいずれも組織の中央部分にピンセットの先端がくるようにするこ とで,ピンセットで挟んでいるピスや組織がずれることなく,安定して生鮮切片が 作成できることがわかった. 4) 脱気ビンの水量と脱気時間(図 1E,F) 脱気ビンに入れる水の量は,水量が多いと脱気の際に,泡立ち組織が壊れるため, ビン全量の10 分の 1 以下が適することがわかった.また,本研究では作成した生 鮮切片はすべてアスピレーターで 30~60 間秒の脱気を行った.ただし,果実を脱 気する際は脱気の時間が長すぎると組織が崩壊して観察できなくなるため注意が 必要である. 5) 組織の脱気の必要性(図 1G,H) 生鮮切片には多量の気泡が含まれているので,顕微鏡などで観察する際の妨げに なる.また,組織化学などで反応液を用いる場合,気泡の存在下であると組織に反 応液の浸透がほとんど行われない.したがって,脱気が不可欠であることがわかっ た. 本研究での調査によって,植物の器官における生鮮切片の作成方法は以上の作成 方法が望ましく,これらの作成法で作られた生鮮切片は,直ちに光学顕微鏡 (Olympus BX51)を用い観察を行った.以降の章で作成する生鮮切片はこの手法で 作成をした.園芸植物に適した生鮮切片の作成法をフローチャートとして図2-1 に 示した.
11 第2 章 葉の器官における機能性物質の探索 緑色をして光合成を行う葉を普通葉といい,原則的に葉身,葉柄,托葉から構成され る.葉は,上面(向軸面)と下面(背軸面)は密に詰まった表皮で保護され,気孔が存 在して光合成の際のガス交換の役割を担っている.表皮は乾燥を最小限に抑えるために クチクラワックスで覆われ,毛状突起,刺毛,腺毛と呼ばれる突起が分化し,塩類,精 油,食虫植物では消化液など様々な機能性物質を分泌する.これらの機能性物質は光合 成により作られた二次代謝産物であり,塩類,精油や消化液の他に色素,香気成分,粘 液,タンニン(通常,非結晶性で黄色,赤色,褐色をしている),シュウ酸カルシウム の結晶などがあり,葉の表皮あるいは葉肉細胞中で異なった形状や作用を示す特殊化し た腺細胞が分化して生成されることが多い(田淵,2011).葉の表皮細胞などで生成さ れる色素は,花や果実などの色を決定する役割を担う.それらの植物色素の中で赤,青, 紫色などを呈する葉や花,果実の色素で水溶性のものをフラボノイド系色素と呼び,多 くは液胞中に溶けた状態で存在する(田淵,2011). 香気成分は植物体のほとんどの部位で生成されるが,そのほとんどは精油で各部位に 配糖体として蓄積され,酵素によって溶けて随時大気中に放出される.ハーブ類のレモ ングラスの葉肉中,カンキツ類の果皮には油細胞が,香りゼラニウムでは腺毛にシトラ ールを含む細胞が分化し,それぞれに特有の揮発成分が生成され,香気成分として放出 される.精油には1500 種以上の化合物が知られており,香料素材としては 150 種が常 時用いられており,近年では香料としてアロマテラピーに使用されることも多いので, 園芸上重要である(堀内,2005;亀岡,2008;田淵,2011). 腺細胞で生成される成分の内,抗菌作用や癒し効果が認められるようなシトラールな どの揮発性有機化合物は,ハーブティーやディフーザーや,化粧水などの成分として, 園芸上の利用価値が高いので,重要な機能性物質として広く利用されている(). 粘性物質や乳液などの分泌組織は,植物内でさまざまな分泌物を含む組織で,結晶, タンニン,樹脂,ゴムなどの粘性物質,粘液,乳液などを含む.これらの分泌物は通常 は細胞や組織内に閉じ込まれているが,障害を受けたときなどに細胞外に出て傷口を覆 う役割を担う.分泌細胞は組織内に散在し,その中に含まれる物質によって結晶細胞, タンニン細胞,乳細胞,樹脂細胞,粘液細胞などに区別される(田淵,2011). このように,葉は植物にとって主な光合成組織であるが,機能性物質を生成するよう な「光合成に関与しない細胞」の存在も知られているが,その形態や物質の生成部位を 組織化学的に調べた研究はみられない. そこで,本章では,人間に深刻な病気となるウイルスを媒介する蚊の防除に役立つ除 虫菊,および野生種キクの葉における機能性物質の探索,室内における揮発性有機化合 物の中で人間に有害なホルムアルデヒドを除去する効果のある野生種トマトについて, 解剖学的,組織化学的に調べることとした.
12 第1節 除虫菊の葉における機能性物質の局在性 緒 言 現在,地球上でウイルスなどの感染は人間の健康に大きな影響を及ぼしている.その 感染症のひとつとして蚊を媒介する感染症がある.例えば,ウイルス疾患のデング熱, チクングニア熱およびジカウイルス感染症,原虫疾患であるマラリアなどである.これ らの感染症を媒介する蚊は,水場に主に生息しており,わが国では下水道や公園の池な どに生息している.わが国における下水道普及率は政令都市では97%で比較的高い水準 であるが,わが国全体では77%となっており,世界的にみるとヨーロッパ地域と比べ低 い水準に位置している.一方で,東南アジア,南アジア,アフリカ地域では30%未満と さらに低い下水道普及率となる地域もある(日本下水道協会,2016).
Tanacetum cinerariifoliumとT. coccineum(Asteraceae:キク科)には蚊に対する殺虫効
果があることが知られている.殺虫効果のある2種のキク科は,白色の舌状花を有する 白花除虫菊(pyrethrum:T. cinerariifolium)がダルマチア地方原産で,赤色の舌状花を有 する赤花除虫菊(garden pyrethrum:T. coccineum)はコーカサスと北部ペルシャの高原 原産である(図3).これら2種における殺虫効果は葉や花器官に含まれるピレスリンに よるものである.ピレスリンの全含量は白花除虫菊の花の方が赤花除虫菊の花よりも多 いことが報告されている(山田, 1947).白花除虫菊では,大部分のピレスリンは頭状 花に含まれており,中でも,子房に多く含まれている(Katsuda et al., 1955). また,白花除虫菊は分泌するための油腺と分泌管をもつ.子房(痩果)の分泌構造に 関係する研究では,ピレスリンは油腺と分泌腺に蓄積することを示している(Chandler, 1951, 1954).Ramirez et al., (2012) によると,油腺にはピレスリンではなくセスキテル ペンラクトンとその他の二次代謝産物が含まれることを報告している.しかしながら, 白花除虫菊の油腺におけるこれらの物質の分布は組織化学的に調査されておらず,植物 体にとってどのような役割を果たしているのか明らかでない. そこで本研究では,白花除虫菊(pyrethrum:T. cinerariifolium)と赤花除虫菊(garden pyrethrum:T. coccineum)における,葉の表面構造,葉肉組織および油腺を解剖学的に 調査した.次いで,組織化学的な染色法を用いて葉における脂肪,テルペノイド,セス キテルペンラクトンの検出を試みた.
13 材料および方法 1) 植物材料 白花除虫菊(T. cinerariifolium:殺虫用)と赤花除虫菊‘ロビンソンレッド’ (T. coccineum:観賞用)を温室内で栽培した.これら2種の除虫菊の開花期に(2015年 の4月から6月),両種の植物体から生育中庸な葉を採取した(図3).本実験では,白 花除虫菊および赤花除虫菊の植物体は3から5株を供試した. 2) 白花除虫菊および赤花除虫菊の葉における解剖学的調査 白花除虫菊と赤花除虫菊の株からそれぞれ生育中庸な葉を採取した.採取した葉はプ ラントミクロトーム(MT-3;株式会社日本医化器械製作所,大阪,日本)を用いて厚さ 5 µmの生鮮切片を作成後,葉の表面,葉肉組織,油腺の構造における差異を解剖学的に 評価した.なお,葉における油腺の数は,1切片当たり3.5 mmの切片幅で10切片につき 計測し,油腺の大きさ(縦径×横径)は計測数が10となるように油腺を測定した.次い で,生鮮切片を組織化学的調査に供試した.白花除虫菊と赤花除虫菊における葉の解剖 学的調査には光学顕微鏡(Olympus BX51;オリンパス株式会社,東京,日本)を用いた. 3) 白花および赤花除虫菊の葉に蓄積する物質の組織化学的検出 組織化学的調査は以下の染色反応を行った.組織化学的に物質を検出した後,光学顕 微鏡(Olympus BX51)を用いて,物質の局在性の調査を行った. (1) 脂質の検出 (Jensen, 1962)
染色方法:Sudan法.使用試薬:Sudan IV,Sudan black B.
染色原理:Sudan IV あるいはSudan black Bは脂溶性の色素であるため,溶媒に 溶け込んでいる.組織や細胞に存在する脂質を染色する場合は,物理的に色素が 脂質内に溶け込み,対象の脂質が色素により染色,検出される(図I).
染色液の調整:Sudan IVは,100ml 70%エタノールに2g Sudan IVの粉末を入れ,
密栓できる容器を用いて60°Cで,一晩放置して加温溶解する.十分な飽和溶液を 作り,室温まで冷却し濾過して保存する.Sudan black Bは,100ml 70%エタノー 溶媒 脂質 脂溶性色素 図I.脂溶性色素による脂質の染色.
14 ルに0.1g Sudan black Bの粉末入れ,60°Cで一晩放置して加温溶解する.その後, 室温まで冷却し濾過して使用する.染色液は4週間以内に使用する.本研究では, 一晩中の加温は,9時から18時までの計9時間をほぼ一晩として調整を行った. 染色手順:作成した切片を50%エタノールで3分間洗浄.Sudan IVあるいは Sudan black B飽和溶液内に20分間浸漬.切片を50%エタノールで1分間洗浄.封 入,検鏡(封入剤:グリセリンゼリー).染色結果:Sudan IVは脂質を橙色に染 色.Sudan black Bは脂質を黒色に染色.
(2) テルペノイドの検出 (David and Carde, 1964)
染色方法:Nadi reaction.使用試薬:1-naphtol,N,N-dimethyl-p-phenylenediamine dihydrochloride,Ethanol,Sodium cacodylate - HCl buffer (pH 7.2).
染色原理:
α-
naphtol,N,N-dimethyl-p-phenylenediamine dihydrochlorideを混合す ると酸化により脂溶性の高い化合物であるインドフェノールブルーを生成する (図II).インドフェノールブルーはpHによって色が変化して,エッセンス(精 油など)と含油樹脂を物質特有の色に染色する. OH α-naphtol N H3C CH3 NH2 dimethyl-p-henylenediamine Oxidation (O2) N H3C CH3 N O indophenol blue 図II.Nadi 反応.15
染色液の調整方法:混合液の組成,100 mM/L sodium cacodylate - HCl buffer (pH 7.2)溶液中において,0.001% 1-naphtol,0.001% N, N-dimethyl-p-phenylenediamine dihydrochloride,0.4% ethanolとなるように調整した.染色手順:生鮮切片を調整 直後の反応混合液に30~60分間浸漬.封入・検鏡(封入剤:グリセリンゼリー).
染色結果:テルペノイドは青色(精油)から赤色(含油樹脂)に染色され,両 方の物質が混在する場合は紫色となる.
(3) セスキテルペンラクトンの検出(Caniato et al., 1989;Geissman and Griffin, 1971)
染色方法①:Modified Abraham’s reaction(Caniato et al., 1989).使用試薬:硫 酸鉄,鉄粉,チオシアン酸アンモニウム.使用器具:ホールスライドガラス.
染色原理:セスキテルペンラクトンがテルペン系の過酸化物であることから, modified Abraham’s reactionは,セスキテルペンラクトンの検出に使用できる過酸 化物検出方法である. 染色液の調製:硫酸鉄飽和メタノール溶液は,15g硫酸鉄七水和物を60mlメタ ノールに溶解し,チオシアン酸アンモニウム飽和メタノール溶液は15gチオシア ン酸アンモニウムを40mlメタノールに溶解して調整した.染色手順:作成した生 鮮切片に硫酸鉄飽和メタノール溶液を滴下.次いで,適量の鉄粉を添加した後, 等量のチオシアン酸アンモニウム飽和メタノール溶液を生鮮切片に滴下.ホール スライドガラスを上下逆さにして(窪みが下)で密閉する.これにより,窪み同 士が重なり空間(チャンバー)が出来る.室温で15~20分間反応させる.直ちに 水で洗浄後,封入,検鏡. 染色結果:セスキテルペンラクトンが赤褐色に染色される(図III丸印).Modified Abraham’s reactionにより検出される切片内の濃茶色から黒色の顆粒状の物質は 鉄粉であった(図III矢印).本研究では,染色後の切片中に認められる同様の顆 粒状物質はセスキテルペンラクトンではなく,鉄粉とみなした(図III矢印).
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染色方法②:濃硫酸添加法(Geissman and Griffin, 1971).使用試薬:濃硫酸. 染色原理:セスキテルペン系ラクトンは硫酸のような強酸と反応し,赤褐色に強 く染色された化合物を生じる.染色手順:作成した生鮮切片を濃硫酸に浸漬.封 入・検鏡(封入剤:濃硫酸).染色結果:セスキテルペンラクトンが赤褐色に染 色される. 図III.染色した生鮮切片(左)と,鉄粉のみ添加,封入した生鮮切片(右). 矢印:顆粒状の鉄粉,丸印:セスキテルペンラクトンは顆粒状ではなく赤 褐色に染まる.
17 結果および考察 1) 油腺の解剖学的特性 白花除虫菊では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状をした油 腺が向軸面および背軸面の表皮の凹んだ部分に認められた(図4b).また,ドーム状の 油腺は4 つの頭状細胞と 2 つ柄細胞から構成されており,油腺を構成する細胞のうち頂 点の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた(図4c).油腺の分布は向軸面と 背軸面の両方に認められ,その数は,向軸面で3.5±0.32 個,背軸面で 3.2±0.36 個,大 きさは53.7±1.4 µm×71.6±5.5 µm で,向軸面側に多い傾向が認められた.これらの結 果はChandler (1954)の報告と一致していた.その一方で,赤花除虫菊の‘ロビンソンレ ッド’では,油腺が葉の向軸面と背軸面に認められ,その形態は精油などを分泌・蓄積 する毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった.その分布は白花除虫菊とは異なり,表皮 の滑らか部分に認められた(図4f).油腺の構造は 2 つ頭状細胞と 2 つの柄細胞からな っていた.その数は,向軸面で1.4±0.31 個,背軸面で 0.2±0.13 個,大きさは 31.0±2.3 µm×46.0±2.3 µm であった.また,白花除虫菊と同様に頂点の頭状細胞とクチクラ層と の間に空隙が観察されたが,その大きさは白花除虫菊よりも著しく小さかった(図4g) 2) 葉肉組織の解剖学的特性 白花除虫菊の葉において,葉肉組織は1 層の表皮,密に並んだ 3 層の柵状組織および 細胞間隙を有する6 層の海綿状組織からなっていた(図 4a).表皮の細胞は厚い細胞壁 を有していた.柵状組織と海綿状組織内には発達した葉緑体が認められた.白花除虫菊 とは対照的に,赤花除虫菊の葉では1 層の表皮と柵状組織,6 層の海綿状組織から構成 されていた(図4e).赤花除虫菊の柵状組織は白花除虫菊よりも広範ではなかった.さ らに,柵状組織および海綿状組織内の葉緑体は白花除虫菊のものよりも色が淡く小さか った.両種において,“T 字型”の多細胞毛が葉の表面に認められた(図 4d,h).白花 除虫菊では“T 字型”の多細胞毛は向軸面と背軸面の表皮に分布していたが,主に背軸 面に存在していた.“T 字型”の多細胞毛は 1 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞で構成され ていた(図4d).赤花除虫菊において,少数の“T 字型”の多細胞毛が向軸面と背軸面 の表皮に認められ,1 つの頭状細胞と 2 から 3 つの柄細胞からなっていた(図 4h).白 花除虫菊と赤花除虫菊における“T 字型”の多細胞毛は他のキク科植物の葉においても 認められている(住友ら, 2006).このように,葉の表面に認められた“T 字型”の多細 胞毛はキク科に共通の形質であると考えられた.
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3) 葉肉組織と油細胞における組織化学的特性 (1) 脂質の検出
本研究ではSudan IV と Sudan Black B を用いて脂質の検出を行った.その結果,白花
および赤花除虫菊の油腺(図5b,e および図 6b,e),“T 字型”の多細胞毛(図 5c,f お
よび図6c,f),葉の表皮および葉肉組織(図 5a,d および図 6a,d)が Sudan IV と Sudan
Black B によってそれぞれ橙色と暗青色に染色された.さらに,橙色と暗青色の液滴が 一部の油腺の空隙あるいは頭状細胞内,“T 字型”の多細胞毛の柄細胞内に観察された (図5 および図 6 の矢印).したがって,これらの結果は,橙色および暗青色に染色さ れた細胞に脂質を蓄積していることを示すことになる. (2) テルペノイドの検出 Nadi reaction をテルペノイドの検出に使用した.その結果,紫色の液滴が油腺の空隙 (図7a,e),葉肉組織(図 7c,g),気孔(図 7d,h),“T 字型”の多細胞毛の柄細胞(図 7b,f)内に認められた.油腺の空隙内に認められた紫色の液滴は白花除虫菊の方が赤花 除虫菊のよりもサイズが大きく明確に認められた.“T 字型”の多細胞毛の柄細胞が Nadi reaction によってテルペノイドの存在を示す紫色に染色された(図 7b,f).これらの紫 色の染色結果は,テルペノイドの精油および含油樹脂が混在していることを示している. 除虫菊の精油に関して,地上部には camphor,chrysanthenone が主に含まれるとの報 告されている(Shrestha et al., 2014).したがって,上記の 2 種類が精油に含まれている ものと考えられる.しかし,除虫菊の殺虫成分であるピレスリンは「ピレスリンI」と 「ピレスリンII」を主成分とする 6 種類の混合物の総称である.すなわち,シクロプロ パン環を有する2 種の酸(第一菊酸と第二菊酸)とシクロペンテノロン環を有する 3 種 のアルコール(ピレスロロン,シネロロン,ジャスモロロン)からなるエステル化合物 である(松田,2013).そのため,ピレスリンは精油に含まれる可能性があり,花の精 油ではtrans-chrysanthemic acid が主に含まれること(Bhakuni et al., 2007),さらに,除虫
菊の葉にピレスリンが含まれ(上野ら,2006),葉の油腺に分布すると報告されている ことから(Zito et al., 1983),Nadi reaction により得られたテルペノイドには camphor, chrysanthenone に加えて,キク酸,ピレスリンも含まれると推察された.
(3) セスキテルペンラクトンの検出
Modified Abraham’s reaction および濃硫酸を用いてセスキテルペンラクトン検出を行 った.その結果,白花除虫菊および赤花除虫菊における油腺の空隙および頭状細胞(図 8b および図 9b),“T 字型”の多細胞毛の頭状細胞(図 8c および図 9c),葉肉組織(図 8a および図 9a)が modified Abraham’s reaction によって褐色に染色された.濃硫酸を使
用した場合,白花除虫菊の油腺に暗赤色の物質が蓄積していた(図8d–f).一方で,赤
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や赤褐色の物質がセスキテルペンラクトンであり,白花除虫菊が赤花除虫菊よりも豊富
に蓄積していることを示唆する.除虫菊には
β-cyclopyrethrosin,(11R)-11,13-dehydro-tatridin-A が含まれている(Doskotch et al., 1971; Sashida et al., 1983).したがって,褐色 あるいは赤褐色の物質はセスキテルペンラクトンである可能性が高い. 結 論 本研究結果から,油腺の構造が白花除虫菊と赤花除虫菊との間で類似していること, 発達程度を比較すると,白花除虫菊の油腺が発達していたこと,そして組織化学的な検 出により,発達した油腺をもつ白花除虫菊の葉にはピレスリン,セスキテルペンラクト ンが多く含まれており,両種の間に差異があることが初めて明らかになった.ピレスリ ンには殺虫効果があり,キク科由来のセスキテルペンラクトンには植物体に対して菌類 の細胞壁破壊だけでなく抗菌作用を有する(Chadwick et al., 2013).したがって,油腺は 除虫菊の植物体にとって虫に対する抵抗性に加えて,菌に対する防御の役割を果たすた めにあることが考えられた. 本研究で使用した組織化学的手法は,ピレスリンの含有量の差異が簡易に判別できる ことから,高いピレスリン含有量を有する除虫菊系統を育種するための初期選抜に応用 できる可能性がある.さらに,この方法は,他のキク科植物における殺虫物質の探索に 応用でき,遺伝資源の使用に繋がると考えられる. さらに,昆虫に対して効能を示す他の植物種の中で,殺虫性テルペノイドが野生種ト マトの腺毛によって生産されることが報告されている(Frelichowski and Juvik, 2001). したがって,これらの方法は多くの園芸植物種にも使用できるので,有用なテルペノイ ド系物質の早期探索に極めて有効な手法である.
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第2節 野生種キクの葉における機能性物質の局在性
緒 言
キクは漢字で『菊』と表すが,古くは鞠とも記され『蹴鞠』に由来する.学名は
Chrysanthemum×morifolium Ramatuelle である.属名の Chrysanthemum は「金色の花」を
意味し,ラテン語の chrysos(金)と santhemon(花)からなる.キクの学名の由来は,
地中海沿岸原産のシュンギクが Carl von Linne(リンネ)によって Chrysanthemum
coronarium L.と命名されたことに始まる.キクは 1789 年に Pierre Louis Blancard によっ
てマカオからフランスに導入され,Chrysanthemum×morifolium Ramatuelle と命名された.
しかし,京都大学の北村四郎博士は,キク属が世界に広く分布し約200 種にも及ぶこと
から,花の形態,花冠の色や形,痩果の形から再分類して,「木の花」の意をもつ Dendrathema を属名として,Dendrathema×grandiflorum Kitamura と 1978 年に命名され長 ら く 用 い ら れ て き た が ,1999 年 の 国 際 植 物 会 議 に お い て , キ ク の 学 名 は 再 び Chrysanthemum×morifolium Ramatuelle に戻された経緯がある(腰岡,2013;柴田,2016). キクの原産地は中国であり,わが国には奈良時代後半の8 世紀に遣唐使によって伝来 したといわれている.平安時代には高貴な花の象徴として利用されていた.また,中国 から伝来した重陽の節句の行事(旧暦9 月 9 日に催され,菊の節句)では,菊酒を飲み, 菊合わせを行うことで邪気を払って長寿を祈願したとされる.平安時代に編纂された 『古今和歌集』の中で,藤原敏行は「久方の 雲の上にてみる菊は 天つ星とぞ あやま たけれる」と謡っていることから,すでに観賞用として栽培されていたようである.江 戸時代には観賞植物としてキクの育種改良は飛躍的に進み,鉢で栽培して観賞する菊 (観賞菊)として独特な形態を有する品種群が各地で育成された.著名な菊として肥後 菊,嵯峨菊,伊勢菊,美濃菊,江戸菊などが知られている.その後,江戸時代にわが国 からオランダやイギリスへ輸出されたキクは,1974 年にオランダで品種改良されて, スプレーギクとしてわが国に再導入されている(腰岡,2013;柴田,2016). キクの形態を見ると,茎はやや木質で硬く直立し,柄のある葉が互生する.葉は倒卵 形で羽状に浅裂し不整形の切込みと鋸歯がある.葉の裏面にはキク科植物に特徴的なT 字型の毛じが着生する.通常,花と呼ばれる部分は頭状花序で,これは無限花序の1 つ である.花序は茎頂に形成され,栄養成長期に葉を分化していた茎頂分裂組織は花成刺 激を受けてドーム状に膨大して花序原基を形成する.次いで,総苞形成期,小花形成期 を経て,やがて多くの小花を頭状花序の周縁部から中心部に向けて同心円状に分化して 頭状花序が完成する.頭状花序の周縁部には白,黄色系または赤色系に着色した舌状花 が分化し,中心部に黄色の管状花がある.管状花は筒状花とも呼ばれ,5 枚の花弁が癒 合した筒状の花冠からなる両性花である.舌状花も5 枚の花弁が癒合した花冠で,基部 は筒状であるが舌状部分(花冠裂片)の形状により,装飾性の高い平弁,匙弁,管弁と
21 なる.舌状花は雄しべが退化した雌花である.管状花(筒状花)も舌状花も子房下位で 稔性がある(腰岡,2013). 栽培ギクの園芸学的な分類には,生態型(夏ギク,夏秋ギク,秋ギク,寒ギク),仕 立て方(スタンダードタイプ(輪ギク),スプレータイプ),花形,用途(切り花用,鉢 物用,花壇用),花の形(一輪咲き,八重咲き,丁字咲き,ポンポン咲き)などがある. 丁子咲きの呼称は,フトモモ科の丁子Syzygium aromaticum に形状が似ていることによ る.花の大きさによる分類では,花序の直系が10cm 以上のものを大輪,5cm 以上 10cm 未満のものを中輪,5cm 未満のものを小輪と分けている.流通上の利用形態によって, 切り花では輪ギク,スプレーギク,小ギクに分類される.輪ギクは,腋芽を摘除して頂 芽の1 輪のみを,スプレーギクは,腋芽を摘除せずに,房咲き状に多数の頭状花序を咲 かせるものをいう.小ギクは,スプレーギク同様に房咲きに仕立てたものをいうが,小 輪タイプのものが多い(腰岡,2013). このように,キク属植物は園芸学的には観賞用としての利用が多い.本研究では第1 節において,キク属植物のうち白花除虫菊(T. cinerariifolium)と赤花除虫菊(T. coccineum) には蚊などへの殺虫効果があることを明らかにした.これらの除虫菊における殺虫効果 は花や葉などの諸器官に含まれるピレスリンによるものである.白花除虫菊の器官でみ ると,ピレスリンの多くは頭状花に含まれており,特に子房には多いとされている (Katsuda et al., 1955).そこで本研究の第 1 節においては,白花除虫菊などの組織化学 的な研究により葉における脂質,テルペノイド,セスキテルペンラクトンの蓄積を検出, 調査を行った.その結果,油腺の細胞構造は白花除虫菊と赤花除虫菊との間で類似して いること,組織化学的な研究結果からNadi reaction によるピレスリン(テルペノイド系 成分)と濃硫酸によるセスキテルペンラクトンでは両種の間に差異があるとの知見が得 られた.キク科由来のセスキテルペンラクトンは植物体上の菌類の細胞壁破壊だけでな く抗菌作用としても有効であることが報告されている(Chadwick et al., 2013).したが って,油腺は除虫菊の植物体にとって虫に対する抵抗性の役割以外にも様々な作用を示 すことが明らかになった. 第1 節の除虫菊で用いた組織化学的な手法を用いることで,ピレスリンの含有量の差 異が簡易に判別できることが明らかになった.したがって,ピレスリン含有量の高い除 虫菊系統を初期選抜して育種する可能性が示唆され,組織化学的な手法は他のキク科植 物における機能性物質,特に殺虫効果の高い成分を含む種の選抜に応用できるものと考 えられる. そこで,本研究では第1 節の組織化学的手法を利用して,数種の野生種キクの葉に おける機能性物質の探索を行うこととした.
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材料および方法
1) 植物材料
葉における機能性物質の局在性に関して,野生種キク,Tanacetum corymbosum X2ZI1
(Tanacetum),T. vulgare YDA1(ヨモギギク),Artemisia keiskeana X2NW3(イヌヨモ ギ),A. japonica WA24(Artemisia),A. feddei WA26(ヒメヨモギ),Chrysanthemum seticuspe AEV12(キクタニギク),C. indicum ABS18とADY3(シマカンギク),C. indicum
var. iyoense AKH4(イヨアブラギク),C. indicum var. hexaploid ADS6とIC2(ハマカンギ ク),C. makinoi AHK40とX3KJ41(リュウノウギク),C. ornatum ADU10とADU19(サ
ツマギク),C. japonense AAY7(ノジギク),C. crassum AAA2(オオシマノジギク),
C. yoshinaganthum XOO9(ナカガワノギク)の合計18系統を用いて調査を行った.これ らの系統の株は,2015年10月にビニルポット(1号)から素焼き鉢(5号)に移植して本 学温室で栽培した.栽培土には培養土,肥料にはハイポネックス原液(N-P-K:6-10-5; 株式会社ハイポネックスジャパン,大阪,日本)を用いた.栽培管理は,移植直後に100 倍希釈のメネデール(メネデール株式会社,大阪,日本)をあげ,移植後1週間からは 表土が乾いた時点で灌水を行い,肥料は1週間に1度1000倍に希釈したハイポネックス原 液を灌水後に施肥した.本研究に用いた野生種キク系統の株は,広島大学大学院病理学 研究科附属植物遺伝子保管実験施設より分譲して頂いた. 2) 野生種キクの葉における解剖学的調査 野生種キクの株からそれぞれ生育中庸な葉を採取した(図10).採取した葉はプラン トミクロトーム(MT-3;株式会社日本医化器械製作所,大阪,日本)を用いて厚さ5 µm の生鮮切片を作成後,葉の表面,葉肉組織,油腺の構造における差異を解剖学的に評価 した.次いで,生鮮切片を組織化学的調査に供試した.野生種キクの葉の解剖学的調査 には光学顕微鏡(Olympus BX51;オリンパス株式会社,東京,日本)を用いた.なお, 葉における油腺の数は,1切片当たり3.5 mmの切片幅で10切片につき計測し,油腺の大 きさ(縦径×横径)は計測数が10となるように油腺を測定した.次いで,白花除虫菊と 赤花除虫菊に類似する組織構造を有する系統を解剖学的調査に基づいて選抜し組織化 学的調査に供試した. 3) 野生種キクの葉に蓄積する物質の組織化学的検出 組織化学的検出は,除虫菊の葉における機能性物質の局在性に関する研究と同様の染 色反応を行った.脂質検出にSudan IVおよびSudan Black B(Jensen,1962),テルペノ イド検出にNadi reaction(David and Carde, 1964),セスキテルペンラクトン検出に Modified Abraham’s reaction(Caniato et al., 1989)および濃硫酸(Geissman and Griffin, 1971) を用いた.組織化学的に物質を検出した後に光学顕微鏡(Olympus BX51)を用いて,物
23 質の分布の調査を行った. 結果および考察 1) 油腺の解剖学的特性 本研究では野生種キク 18 系統の油腺について調査を行った.その結果,用いた種, 系統のすべてにおいて葉の表面に油腺細胞の分化が認められた. 系統別に見ると,T. corymbosum X2ZI1 では,ほんのわずかの油腺が葉の向軸面に認 められ,その形態は精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状であり, 表皮の滑らかな部分に分布していた(図11c).その油腺の構造は 2 つの頭状細胞と 2 つ の柄細胞からなり,油腺の数は向軸面で0.6±0.31 個,背軸面で 0.7±0.21 個,大きさは 26.3±1.4 µm×33.6±2.0 µm であり,油腺を構成する細胞のうち頂点の頭状細胞とクチ クラ層との間に狭い空隙が観察された. T. vulgare YDA1 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状をし た油腺が向軸面および背軸面の表皮のわずかに凹んだ部分に認められた(図11g).向軸 面と背軸面に認められた油腺の数は,向軸面で3.9±0.46 個,背軸面で 0.8±0.33 個と向 軸面に多く,油腺の大きさは44.9±1.0 µm×62.5±7.3 µm であった.油腺の構造は,2 つの頭状細胞と2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空 隙が認められた. A. keiskeana X2NW3 は定植後,脇芽が出ずに枯死した(データ無). A. japonica WA24 では,ほんのわずかの油腺が葉の向軸面に認められ,その形態は毛 じ様の腺毛ではなくドーム状であり,表皮の滑らかな部分に分布していた(図12c).そ の油腺の構造は4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞で構成されていた.油腺の数は向軸面で 0.6±0.16 個,背軸面で 0.4±0.16 個,大きさは 30.8±3.7 µm×28.1±2.5 µm であった. 油腺を構成する細胞のうち頂端の細胞とクチクラ層との間にごくわずかな空隙が認め れられた. A. feddei WA26 では,ほんのわずかの油腺が葉の向軸面と背軸面に認められ,その形 態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図 12g).油腺は表皮の滑らかな部分に 分布していた.その数は向軸面で0.7±0.21 個,背軸面で 1.4±0.27 個,大きさは 31.9± 1.3 µm×33.5±1.3 µm であった.油腺の構造は 4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっ ており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた. C. seticuspe AEV12 では,毛じ様の腺毛ではなくドーム状の油腺が葉表面のわずかに 窪んだ部分に認められた(図 13c).油腺の分布は葉の向軸面と背軸面の両側に認めら れ,その数は向軸面で1.2±0.25 個,背軸面で 3.5±0.36 個と背軸面で多く認められ,大 きさは45.9±5.5 µm×52.8±4.2 µm であった.油腺の構造をみると,4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.
24 C. indicum ABS18 では,毛じ様の腺毛ではなくドーム状の油腺が葉表面のわずかに窪 んだ部分に認められた(図13g).油腺の分布は葉の向軸面と背軸面に認められた.その 数は向軸面で1.1±0.57 個,背軸面で 4.0±0.56 個あり,大きさは 41.4±5.5 µm×41.4± 5.5 µm であった.油腺の構造をみると,2 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっており, 頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた. C. indicum ADY3 では,ほんのわずかの油腺が葉の向軸面と背軸面に認められ,その 形態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図14c).その油腺は表皮がわずかに窪 んだ部分に分布しており,その数は,向軸面で0.3±0.15 個,背軸面で 1.2±0.29 個と背 軸面側に多く認められ,大きさは47.3±1.2 µm×50.8±3.1 µm であった.油腺の構造は 2 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に 空隙が認められた.
C. indicum var. iyoense AKH4 では,ほんのわずかの油腺が葉の向軸面と背軸面に認め
られ,その形態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図14g).その油腺は表皮が
わずかに窪んだ部分に分布していた.その数は,向軸面で1.0±0.26 個,背軸面で 2.2±
0.36 個であり,大きさは 54.2±1.9 µm×68.4±4.3 µm であった.油腺の構造は 4 つの頭
状細胞と2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認
められた.
C. indicum var. hexaploid ADS6 では,油腺が葉の向軸面と背軸面に認められ,その形
態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状で(図15c),油腺は表皮が窪んだ部分に分布してい
た.その数は,向軸面で0.3±0.21 個,背軸面で 2.4±0.31 個あり,大きさは 51.2±1.3
µm×45.4±5.9 µm であった.油腺の構造は 4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなって おり,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.
C. indicum var. hexaploid IC2 では,油腺が葉の向軸面と背軸面に認められ,その形態
は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図 15g).その油腺は表皮が窪んだ部分に 分布していた.油腺の数は向軸面で1.3±0.33 個,背軸面で 0.8±0.13 個,大きさは 53.7 ±1.4 µm×64.1±3.6 µm であった.油腺の構造は 4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からな っており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた. C. makinoi AHK40 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状を した油腺が向軸面および背軸面の表皮のわずかに凹んだ部分に認められた(図16c).向 軸面と背軸面に認められた油腺の数は,向軸面で3.2±0.59 個,背軸面で 3.8±0.57 個, 大きさは49.1±1.2 µm×44.7±2.0 µm であった.油腺の構造は 2 つの頭状細胞と 2 つの 柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた(図 16c). C. makinoi X3KJ41 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状を した油腺が向軸面および背軸面の表皮の凹んだ部分に認められた(図 16g).ドーム状 の油腺は4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞から構成されており,油腺を構成する細胞のう
25 ち頂点の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.向軸面と背軸面に認められ た油腺の数は,向軸面で4.9±0.43 個,背軸面で 5.5±0.79 個,大きさは 44.7±1.2 µm× 48.1±2.6 µm であった. C. ornatum ADU10 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状を した油腺が向軸面および背軸面の表皮の凹んだ部分に認められた(図17c).ドーム状の 油腺は4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞から構成されており,油腺を構成する細胞のうち 頂点の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.向軸面と背軸面に認められた 油腺の数は,向軸面で6.2±0.36 個,背軸面で 2.0±0.21 個と向軸面側に多く認められ, 大きさは66.6±2.7 µm×73.6±5.5 µm であった. C. ornatum ADU19 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状を した油腺が向軸面および背軸面の表皮の凹んだ部分に認められた(図 17g).ドーム状 の油腺は2 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞から構成されており,油腺を構成する細胞のう ち頂点の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.向軸面と背軸面に認められ た油腺の数は,向軸面で 4.5±0.37 個,背軸面で 2.6±0.45 個と向軸面側に多く認めら れ,大きさは61.2±2.7 µm×58.6±3.3 µm であった. C. japonense AAY7 では,精油などを分泌・蓄積する毛じ様の腺毛ではなくドーム状 をした油腺が向軸面および背軸面の表皮の凹んだ部分にわずかに認められた(図18c). ドーム状の油腺は4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞から構成されており,油腺を構成する 細胞のうち頂点の頭状細胞とクチクラ層との間に空隙が認められた.向軸面と背軸面に 認められた油腺の数は,向軸面で2.8±0.33 個,背軸面で 1.1±0.28 個と向軸面側に多く 認められ,大きさは53.2±1.5 µm×57.3±3.7 µm であった. C. crassum AAA2 では,油腺は向軸面と背軸面の表皮がわずかに窪んだ部分に認めら れ,その形態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図18g).その数は,向軸面で 2.6±0.43 個,背軸面で 1.7±0.40 個,大きさは 74.4±2.6 µm×69.2±5.1 µm であった. 油腺の構造は4 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細胞とクチク ラ層との間に空隙が認められた. C. yoshinaganthum XOO9 では,油腺は向軸面と背軸面の表皮がわずかに窪んだ部分に 認められ,その形態は毛じ様の腺毛ではなくドーム状であった(図19c).その数は,向 軸面で4.1±0.41 個,背軸面で 2.8±0.49 個,大きさは 28.9±6.2 µm×30.3±6.9 µm であ った.その油腺の構造は2 つの頭状細胞と 2 つの柄細胞からなっており,頂端の頭状細 胞とクチクラ層との間に空隙が認められた. 以上の結果から,野生種キクには表皮の表面に油腺が認められること,その分化する 位置は表皮のやや窪んだ部分に多いこと,頭状細胞とそれを支える柄で構成されている が,その数や大きさには系統間差があることが明らかになった(図20,21).これらの 中で白花除虫菊の葉の油腺に類似した系統はC. ornatum ADU10 であった.その一方で, 赤花除虫菊の葉に類似していた系統は A. japonica WA24 であった.したがって,C.
26 ornatum ADU10 が除虫効果を期待できる新たな種・系統であることが推察された. 2) 葉肉組織の解剖学的特性 野生種キク18 系統の葉肉組織について調査を行った.いずれの系統でも葉肉組織は 表皮,柵状組織,海綿状組織で構成されていたが組織における細胞数や形状には系統間 差が認められた.以下にその結果を示す.
T. corymbosum X2ZI1,C. indicum ABS18,C. makinoi X3KJ41 および C. ornatum ADU19
では,葉肉組織は1 層の表皮と柵状組織,細胞間隙を有する 3 層の海綿状組織で構成さ
れていた(図11a,図 13e,図 16e,図 17e).T. corymbosum X2ZI1 の表皮を構成する細
胞はそのサイズが大きかった.C. ornatum ADU19 の向軸面の表皮細胞の細胞壁が発達
していた.いずれの系統も柵状組織と海綿状組織を構成する細胞内には発達した葉緑体 が認められた.
T. vulgare YDA1 と A. japonica WA24 では,葉肉組織は 1 層の表皮,2 層の柵状組織お
よび細胞間隙を有する5 層の海綿状組織からなっていた(図 11e,図 12a).表皮はサイ
ズが小さい細胞が密に並んでいた.T. vulgare YDA1 では,柵状組織と海綿状組織を構成
する細胞内には発達した葉緑体が認められ,A. japonica WA24 では色が淡く小さい葉緑
体が認められた.
A. keiskeana X2NW3 は定植後,脇芽が出ずに枯死した(データ無).
A. feddei WA26,C. indicum ADY3 および C. indicum var. iyoense AKH4 では,1 層の表
皮と柵状組織,細胞間隙を有する4 層の海綿状組織で構成されていた(図 12e,図 14a,
図14e).A. feddei WA26 と C. indicum ADY3 では柵状組織と海綿状組織を構成する細胞
内に発達した葉緑体が認められた.C. indicum var. iyoense AKH4 では,柵状組織および
海綿状組織内の葉緑体は色が淡く小さかった.さらに,向軸面と背軸面を構成する表皮 細胞は丸みを帯びていた.
C. seticuspe AEV12 では,1 層の表皮と柵状組織,2 層の海綿状組織で構成され(図
13a),柵状組織および海綿状組織内の葉緑体が薄く小さかった.
C. indicum var. hexaploid ADS6,IC2 および C. japonense AAY7 では,1 層の表皮と柵状
組織,細胞間隙を有する6 層の海綿状組織で構成されていた(図 15a,図 15e,図 18a).
柵状組織および海綿状組織を構成する細胞内には色が淡く小さい葉緑体が認められた.
C. makinoi AHK40 と C. yoshinaganthum XOO9 では,1 層の表皮と柵状組織,5 層の海
綿状組織で構成されていた(図16a,図 19a).C. makinoi AHK40 では柵状組織内と海綿
状組織の細胞内には発達した葉緑体が認められ,C. yoshinaganthum XOO9 では色が淡く
小さい葉緑体が認められた.
C. ornatum ADU10 では,葉肉組織は 1 層の表皮,密に並んだ 3 層の柵状組織および
細胞間隙を有する 6 層の海綿状組織からなっていた(図 17a).表皮はサイズが小さい
27 C. crassum AAA2 では,1 層の表皮,2 層の柵状組織,8 層の海綿状組織から構成され (図18e),海綿状組織における細胞間隙が多く認められた.さらに,柵状組織および海 綿状組織内の葉緑体は小さかった. また,今回の実験で用いた数種の野生種キクにおいては,油腺とは異なる“T 字型” の多細胞毛が葉の表面に認められた(図11–19d,h).“T 字型”の多細胞毛はいずれの 系統も向軸面と背軸面の表皮に分布していたが,主に背軸面に多く存在した.“T 字型” の多細胞毛は頭状細胞と柄細胞で構成されていた(図11–19d).“T 字型”の多細胞毛は 系統により構成される頭状細胞と柄細胞の数が異なっていた.以下に系統ごとにその構 造を述べることとする. T. corymbosum X2ZI1 では,“T 字型”の多細胞毛は 1 つの頭状細胞と 5 個の柄細胞か らなっていた(図11d).T. vulgare YDA1 では,わずかな“T 字型”の多細胞毛が向軸面 と背軸面に認められ,1 つの頭状細胞と 5 個の柄細胞からなっていた(図 11h).
A. keiskeana X2NW3 では定植後,脇芽が出ずに枯死した(データ無).A. japonica WA24
では,“T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と密に詰まった 2~3 個の柄細胞からなっ
ていた(図12d).A. feddei WA26 は,“T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と 3~4 個
の柄細胞からなっていた.さらに,頭状細胞は大きく波を打ち縮れていた(図12h).
C. seticuspe AEV12 と C. makinoi X3KJ41 では,“T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細
胞と4 個の柄細胞からなっていた(図 13d,図 16h).
C. indicum ABS18,C. indicum ADY3,C. indicum var. hexaploid ADS6 と C. indicum var. hexaploid IC2 では,“T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と 4–5 個の柄細胞からなっ
ていた(図13h,図 14d,図 15d,図 15h).
C. indicum var. iyoense AKH4 と C. japonense AAY7,C. crassum AAA2 では,“T 字型”
の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と 5~6 個の柄細胞からなっていた(図 14h,図 18d,図
18h).
C. makinoi AHK40 と C. yoshinaganthum XOO9 では,“T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭
状細胞と3~4 個の柄細胞からなっていた(図 16d,図 19d). C. ornatum ADU10 では, “T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と 5~6 個の柄細胞からなっていた(図 17d). C. ornatum ADU19 では,T 字型”の多細胞毛が 1 つの頭状細胞と 2~3 個の柄細胞から なっていた(図17h). このように,野生種キクにおいては,柄の長さが系統ごとに異なり,C. indicum ADY3 の柄が最も長く葉の表面から離れていた.一方で,C. ornatum ADU19 の柄が最も短く葉 の表面に密着していた.一般に,毛じは葉における水分蒸発を防ぐ役割を担うことが知 られているので,毛じの柄の長さが短い系統は特にその役割を担っているものと考えら れる.その一方で,著しく柄の長い系統では,害虫に対する物理的な抵抗性として機能 する可能性がある.したがって,本研究結果から,葉の構造上,物理的に除虫効果が期 待できるのはC. indicum ADY3 ということになる.