教師に求められている「児童生徒の出すサインに気づく感性」とは何か : ある学習会の記録から 利用統計を見る
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(2) 童生徒の出している様々なサインに対して「変だな? 」「どうしてかな?」 という担任の気付きです。そして ,「変だな? 」「どうしてかな?」と気付 いたら,次に「いつ 」「どこで 」「どのような時 」「どんな問題が起こるか」 を観察し,問題となっているつまずきや困難などの様子を正確に把握するこ とが大切です。 児童生徒の出しているサインの中には ,「これはサインなのかな?」と思 うようなものの場合もありますが,それを見逃してしまったために,適切な 対応が遅れてしまうこともあります。場合によっては,問題行動等につなが ることもあります。担任として,児童生徒の出すサインに気付く感性をもつ ことが大切といえるでしょう 。(「 第3部. 学校用(小・中学校. 教員用」. より). 教師の「気づく感性」次第ということである。換言すれば,感受性,つまり子どもの心 を感じとる能力,子どもを理解する能力ともいえるであろう。 ところで,その能力とはいったい何なのか。これについては,さまざまな見解がある。 以下,いくつか紹介するが,軸足の置き方が若干異なるだけで,その主張を支える土俵は 同じであると筆者は考える。 例えば,専門的な知識や技術を強調する立場である。“早い話,愛情だけでは肢体不自 由児は立って歩いてはくれぬ。可愛いと抱きしめたとて,自閉症が治るわけではあるまい。” と高松(1990)は指摘する。そして,「実践障害児教育学」という枠組みで,障害児教育 にかかわる特殊技術の集積と共有を強調している(高松,1994)。古屋(2000,2001)は, さまざまな事例を紹介しながら,専門的な知識がないと,子どもの行動の意味を読み取れ ない,時には誤解さえしてしまうことを強調している。 例えば,専門的な知識や技術を,教師自らの人間性を通して,現実の場面でそれを翻訳 し直せる能力を強調する立場である。鯨岡(2000)は,専門知識は援助者の“人間性”を くぐり抜けて感性的な色づけを得る,と指摘している。玉井(2002)は,“療育プログラ ム的な正解”を,子どもや保護者にそのまま突きつけることの危険性を指摘し,あくまで も専門的な知識をそれぞれの子どもや保護者との関係の中で翻訳していくことの必要性を 強調している。 例えば,子どものことを感じとる前に,教師自身が自分のことをいかに感じとれるか, を強調する立場(尾崎,1997:古屋,2002など)である。尾崎(1997)は,“援助者の「自 然体 」”という概念を用いて説明している。援助者は,援助者である前に一人の人間とし て自分らしさをもっている。これを“自然発生的な自然体”としている。そして,援助者 は,自らのさまざまな経験を自ら見つめ直すことにより,それを“吟味した自然体”へと 変化させることの必要性を強調している。古屋(2002)は,事例研究を通して,教師自身 が子どもと対面している際に抱いたさまざまな判断のゆらぎそのものに価値があり,その - 169 -.
(3) ゆらぎの省察が援助者の成長に寄与すると指摘している。 本稿では,教師の「気づく感性」もしくは「子ども理解の力量」ということについて, 意見交換が展開された4回のある学習会の記録をもとに,検討することを目的とする。. Ⅱ. 方法. 1. 学習会の概要. (1)学習会の趣旨や参加者の属性 対象とする学習会の概要について説明する。障害のある子どもの学校教育の在り方につ いて,さまざまな事項から検討するために,筆者がまとめ役となり設立した。盲・聾・養 護学校の教諭と寄宿舎指導員,小・中学校の教諭の参加が多い。その他,大学生,大学院 生,特殊教育特別専攻科学生,県・市町村教育委員会の関係者,保護者などの参加もある。 テーマに応じて,話題提供者を指定する。当日の司会および記録は筆者が行う。なお,記 録については,公表(次回の案内状に添付)するため,話題提供者に対して,原則的に内 容の確認を求める。. (2)開催日時やテーマの概要など 2000年11月に初会合。原則的に毎月第二金曜日の夜(19時30分から21時30分までの2時 間)に,山梨大学L440教室にて開催。 各回,冒頭,そのテーマを設定した理由と以降予定されている意見交換の柱を筆者が説 明(10分程度)して,話題提供者による情報提供(60分程度)を受けて,自由に意見交換 をする(50分程度)。参考に,これまでの開催日時とテーマを巻末に示す。 本稿執筆時点(2006年7月の第60回実施時点)で,121人(延べ739人)の参加。1回あた りの参加者数の平均12.3人,標準偏差4.1人である。. 2. 考察のための題材として扱う学習会とその記録 2006年4月から7月までの計4回とする。各回のテーマは ,「子ども理解のためのよりよ. いフレームに私自身が気づいたとき」とした。 話題提供者には事前(約2~4か月前)に以下のようなフォーマットで話題提供するよう に依頼した。子どもとのかかわりの中で日常的なエピソードを, 1). 「なぜ,このような行動をするの」という戸惑い. 2). 「もしかしたら,そういう意味があるかもしれない」という気づき. 3). 「であれば,このようなかかわりをしてみよう」という方針の決定. 4). その結果として子どもとの関係の変化. という一連の流れとして整理するように求める。なお,各学習会の話題提供者の属性や参 加者数などの情報を表1に示す。 - 170 -.
(4) 表1. 対象とした学習会の開催日時や話題提供者の属性等. 回. 開催日時. 話題提供者の属性. 参加者数. 57. 2006年 4月14日. A氏:寄宿舎指導員(経過20年程度). 13人. 58. 2006年 5月12日. B氏:養護学校教諭(経過10年程度). 21人. 59. 2006年 6月16日. C氏:小 学 校 教 諭(経過15年程度). 12人. 60. 2006年 7月21日. D氏:養護学校教諭(経過 5年程度). 11人. Ⅲ. 結果と考察. 1. 提供された話題について 各氏から提供された話題の概要を示す。なお,提供された話題に出てくる子どもに関す. る呼称は,話題提供者の所属により, 「舎生」 「生徒」 「児童」とそれぞれ異なるが,以下, 便宜的にすべて「子ども」と表記する。. (1)寄宿舎指導員A氏による話題について 知的障害養護学校に設けられている寄宿舎を利用する高等部に在籍する子ども3人の, 一見,理解に苦しむ行動とどのように向き合ったのかについての話題提供であった。 氏の実践は,子どもと一緒に「食べること 」「遊ぶこと 」「外出すること」を大切にす るものであった。氏の子どもに対する姿勢については,一つのエピソードの説明が終わる としばしば出てくる台詞「‥‥というような状況でした。でも,楽しくて仕方ない」「‥ ‥というように,すごいおもしろい子でしてね」 「‥‥ってことをするんですけど,まあ, いいっかなって,私なんて思ってしまうんです」などに象徴されていた。. (2)養護学校教諭B氏による話題について 小学校から知的障害養護学校に赴任して,そこで出会った子どもとの関係性の中で,氏 が気づかされたことについての話題提供であった。 「どの子どもも他者とつながるチャンネルをもっている。それに教師がまず気づく 。」 「どの子どもにも自尊心がある。子どもに対して‘できる喜び’を教師は積極的に促す。」 「どの子どもも積極的な意思表示をしている。教師はそれをよりよく翻訳する 。」という 3つのカテゴリーで,それぞれ2つずつのエピソード(計6つ)の紹介であった。また, 小学校の教師・教育と知的障害養護学校の教師・教育との対比についても言及された。. (3)小学校教諭C氏による話題について 授業が成立しにくかった通常学級の子どもたち,特に物事の感じ方・表現の仕方に大き な偏りのある子ども(仮にC君)との関係がよりよく変化した経過の話題提供であった。. - 171 -.
(5) 学級の中には,さまざまな子どもがいることが当たり前で,そのような彼らが学級とい う集団の中で,よりよく育っていけるための教師の役割や実際の指導が紹介された。教師 自身が教科指導の専門性を高め,授業の方法を工夫すれば,どの子どももよりよく授業に 参加できるということが強調された。また,通常学級との交流学習を避けて,特殊学級で 個別指導をしがちな特殊学級担任の姿勢の消極性についても言及がなされた。. (4)養護学校教諭D氏による話題について 多様な実態やニーズをもつ子どもたちが在籍する,いわゆる知肢併置型養護学校での実 践についての話題提供であった。 中学部に在籍する2人の子どもについて紹介されたが,多くの時間は,小学校からこの 養護学校中学部に入学してきた1人(仮にD君)のことに集中した。教科学習の遅れ,強 い不安や恐怖をもちやすい傾向,意思の表現の仕方として他者を傷つける行為(暴力や暴 言など)を顕著に示している。氏の子どもに対する姿勢については,当日配布されたレジ メの冒頭に記述されていた「人が人のことを理解する,ってのは本当に難しい。自分のこ とですら理解できちゃいないのに,誰かのことを理解しようなんて無理なんじゃないか‥ そうも思う。でも,大切なのは理解できたかどうかじゃなくて,知ろうとする姿勢なんじ ゃないかな。子どもたちの貴重なサインを見逃さないために,私たちはこれからも彼らの ことをもっと知りたいと願うだろうし,感性を磨き続けなきゃいけないと思う 。」の通り であった。. 2. 提供された話題後の意見交換について 各会での各氏からの話題提供の後に ,「子ども理解のためのよりよいフレームに気づけ. るための条件や資質」というテーマで意見交換を行った。そこで出された意見の要約を以 下に示す。なお,その時の意見交換の臨場感をそのまま残すために,一部,口語的な表現 をそのまま使用することとする。. (1)寄宿舎指導員A氏による話題提供を受けて ■1-1)障害特性をマイナスとして捉えず,逆にそれを利用できる柔軟な発想 氏は,子どもの障害特性によって顕著に現れるさまざまな行動を,決して‘問題行動’ と捉えず,それに対して禁止や修正をしていない。それを逆手にとって利用していく発想 である。そのような柔軟な発想が必要ではないか。 ■1-2)子どもの辛さにまず共感しようと努力できること 自閉症の子どもの強いかんしゃくや遅延性エコラリア,固執行動の強弱などは,その子 どもの気持ちの状態の表現であると話題提供者は捉えている。そのような行動が顕著に表 現されたとき ,「きっと辛いんだろうな」というところから開始できるような態度が求め られるのではないか。 - 172 -.
(6) ■1-3)さまざまな障害特性の中に自分の特性との共通点を見いだせること 「話題提供者が語るエピソードを聞いていると,そのエピソードで描写されている子ど もの特性と自分自身の特性との共通点に気づかされる」という感想が参加者から多く聞か れた。障害のある子どもの特性と援助者自身の特性とを相互に異質な関係と捉えず,スペ クトラム(連続性)として捉えられることが必要ではないか。 ■1-4)子どもの世代の関心事に歩み寄れること 子どもの話題は,その障害を越えて,その年頃らしいものであることが多い。氏は,子 どもたちの話題に出てくる芸能人やテレビ番組について研究していた。参加者の発言をそ のまま使えば ,「子どもの興味や関心の周波数を受信できるように,援助者側がアンテナ を高く広く,そしてチューニングし直せること」が重要である。 ■1-5)「人間性」という次元に最終的にはなるのではないか 「話題提供者が語るエピソードを聞いていると,聞いているこちらも何だかとても楽し くなる上に,気持ちが温かくなる」という感想が参加者から多く出された。さまざまなエ ピソードをそのように描写できる能力,そしてそのようなエピソードを誘発できる人間性 もしくは‘お人柄’のようなものが求められているのではないか。. (2)養護学校教諭B氏による話題提供から ■2-1)技術論や理論を超える迫力や熱意 氏の実践は ,「学習理論 」「環境の構造化」「言語心理学的技法」などのレベルに落とし て整理し直すことができそうである。しかし,氏の実践には,そのようにドライに分析す ることを許さないような迫力や熱意が感じられる。なお,氏は「自らの実践を技術論から 省察することもある」との見解を示している。 ■2-2)子どもの潜在能力を信じ切れる態度 氏の実践から,氏は子どもの潜在能力を信じて,最適な課題(ハードル)にその子ども が対峙し,頑張れるように積極的に促していると痛感させられる 。「障害が重いからその 場にいるだけでよい 」「まあ,大目に見るか」と子どもを見くびる態度,もしくは事なか れ主義に陥る態度を捨て去ることが大切ではないか。 ■2-3)教師自身が常に評価され続ける雰囲気を職場に創れること 小学校と養護学校の大きな違いとして,TT(ティーム・ティーチング)の存在を氏は 挙げた。TTは,教師が他の教師から常に評価され続ける雰囲気を自然に創り,この雰囲 気は,教師同士が意見を言い合うことで,よりよくなると氏は述べる。その雰囲気により, 子どもに関する仮説は練られ,根拠を帯びてくる。単なる「思いこみ(第Ⅱ種の誤り )」 は却下(予防)される。一方,小学校では,「教師自身の思いこみ」が「正義」になる傾 向が否定できない現状がある。 ■2-4)子どもを超えて人間への好奇心が強いこと 氏の描写の仕方は,いずれも明るく積極的で前向きである。氏の表現を借りれば「まず - 173 -.
(7) はその子の世界に入ってみる。その子が心地よいと感じていることを真似してみる。観て いるものを一緒に眺めてみる。‥略‥つながった瞬間,嬉しいのはこちらだけじゃなくて, お互いなんだと思う 。」である。これに関して,参加者から「子どもを超えて人間への好 奇心が強いからこそ,それができているのではないか」との意見が出された。. (3)小学校教諭C氏による話題提供から ■3-1)1年間貫ける基本方針をもてる能力 氏は,子どもたちとの関係構築にかかわり,最初の1か月が勝負であると強調した。そ の間に,子どもは教師をいろいろな次元で試してくる。その際,教師の中に存在する一貫 した‘何か ’,例えば,子どもに対する強い愛情や教育の基本方針のようなものを子ども が実感できて始めて,その年度が本当に始まるのではなかろうか。 ■3-2)子どもの潜在能力を信じ切れる態度 特殊学級の担任がしばしば使う台詞「この子は(交流学級のその活動への参加は)まだ 無理,危険だから(参加させません)」( 「 交流学級のその活動を)一緒にできるように, 特殊学級で練習してきます」に対して,強い懸念を氏は示していた。確かに各教科の表面 的な内容部分だけに教師がこだわれば,そのような判断になってしまう。しかし,ねらい の部分に着眼すれば,そのような台詞は出てこない。氏は,その実践例をいくつか紹介し た。このように,実態に大きな差があろうとどの子どもも同じ時間と空間をよりよく共有 できると確信して,それを実現できる能力が求められる。 ■3-3)ICFでいう「個人因子(Personal Factors)」に着眼できること C君は確かに,いわゆる問題行動という活動(Activity)や参加(Perticipation)の 仕方が多い。しかし,氏は,年度開始直後のC君との最初の接触であった氏に対するC君 の暴言のその声そのものに ,「天分として素敵な声の特性をもっている」と即座に判断す る。それを授業の中で活かしていく指導,そして伸ばしていく指導を行い,関係がゆるや かによりよい方向へと変化していった。子どもの他の諸側面「個人因子」への着眼が求め られるのであろう。 ■3-4)教科の専門性が確かなこと 氏は,音楽科・体育科に通じている。小学校の教師が各教科の目標ではなく,表面的な 内容部分だけを追う傾向を,実例(「 旋律楽器」や「体ほぐしの運動」の指導法など)を 示しながら説明した。参加者から,教科に関する氏の専門性の高さについての感想が多く 聞かれた。教科について学ぶことの楽しさを子どもたちが実感できるような(教師として 当たり前の)指導により,時に授業が成立しにくかった学級がだんだん安定したというこ とは当たり前のプロセスを辿ったのではなかろうか。. (4)養護学校教諭D氏による話題提供から ■4-1)高度な専門知識があること - 174 -.
(8) D君の一見不可解な行動を読み解くには,学習理論の知識が必要である。D君の不安感 やパニックは典型的なレスポンデント型の学習の結果であり,特異なコミュニケーション 方法は典型的なオペラント型の学習であることがわかる。その観点からD君の行動を理解 し直して,最低限の一貫したかかわりをしていかないと,二次的な障害の誘発と固着を招 きかねない。専門知識が不足して,かかわりのための選択肢がないと,援助者が信じる方 針を子どもに押しつけ続けることになり,結果的に二次的な障害の誘発と固着を導くもの である。氏の実践は少なくともそれを回避している。 ■4-2)発達年齢と生活年齢の両方を尊重できること 発達理論に基づき子どもの実態を読み解き,適切な2つの性質の課題を提供することが 大切である。D君の場合,発達課題の積み残しが多いと考えられる。生活年齢相応の行動 の形成も重要であるが,それを支えるために,生活年齢や自尊心を考慮しながらの発達課 題の再履修のための支援も必要である。 ■4-3)子どもの辛さに共感しようと努力できること 子どもの一見不可解な行動,特に非社会的・反社会的行動は彼らの心のつぶやき,と捉 え直すことができることが大切である。氏も,子どもの行動を,一貫して,その態度から 読み解こうとしていた。その態度によって,彼らがもつ自然な理屈に気づくことができ, より妥当なかかわりの指針の発見へとつながるようである。. 3. 意見交換の考察 上記の意見交換を総括しながら考察する。なお,意見交換された事項を引く際には,該. 当事項の冒頭部分に記した記号(1-1~5,2-1~4,3-1~4,4-1~3)を添えることとする。. (1)必要とされる専門知識 時に授業が成立しにくかった学級を徐々に安定させたC氏の実践や,特異な行動を多く 示す子どもに対する適切な援助で少なくとも二次的な障害の誘発と固着を回避しているD 氏の実践によって,専門知識の重要性が参加者に共有された。 C氏の話題提供によって,子どもたちがわかる授業を受け,学ぶ楽しさを実感できれば, 学級そのものも自然に落ち着くという,実は当たり前のことが確認された(3-4)。つま り,教師自身がその教科に魅力を感じて,その教科の研究を十分に行い,子どもにそれを よりよく伝えていける能力を磨くしかないということである。 D氏の話題提供によって,二次的な障害を誘発したり,固着させないためにも,行動を 読み解く手がかりとしての専門知識の重要性が共有された(4-1,4-2)。意見交換(4-1) でもあったとおり,専門知識は実際の発達支援のための具体的な手がかりのバリエーショ ンを増やすことになる。教師の個人経験に基づく自己流のかかわりとそれへの執着が,し ばしば生じさせる問題を回避できるのである。 専門知識は必要である。ただし,話題提供者の優れた実践を知ったとき,専門知識とい - 175 -.
(9) う枠組みを超えた迫力や熱意(2-1)のようなものが優先されるということも参加者の共 通した印象であった。. (2)教師自身の一人の人間としての人間性 各会とも,特にA氏とB氏による話題提供では ,「どうも最終的には人間性の問題に回 帰していくように感じる」ということが参加者で共有されていく雰囲気(1-5,2-4)があ った。それも,参加者一同 ,「子ども理解のためのよりよいフレームに気づけるための条 件や資質」の検討で,このような次元にすべてを回帰させることは,身も蓋もないことに なることは承知の上であった。ただ,人間性の問題,という事項に重なるが,より分析的 な意見交換も以下のとおり4点あったと考えられる。 第一に,子どもの潜在能力を信じ切れる姿勢(2-2,3-2)である。この姿勢により,ど のような実態の子どもに対してでも,その集団の中で活躍の機会と満足感を必ず提供でき るというものである。 第二に,子どもの特性をマイナス評価しない態度(1-1,1-3,3-3)である。これは, いわゆる健常と障害とを区分するのではなく,スペクトラムとして捉えている姿勢である。 また,障害を否定して克服するという思想から自由になることである。 第三に,子どもの辛さに共感しようと努力できること(1-2,1-4,4-3)である。子ど もを教師側の世界に引き込むというよりも,子どもの世界に教師からまず入っていく姿勢 である。 そして,最後に,自己分析能力(2-1,2-3)の高さであろう。専門知識や同僚の意見と いうフィルターを通して,自らの実践の常に省察できる姿勢である。. Ⅳ. おわりに. 教師の「気づく感性」もしくは「子ども理解の力量」ということについて,学習会の記 録をもとにして考察を行った。各会とも,そしてその総括部分でも,本稿の問題部で紹介 したさまざまな考えが,あたかも循環するかのようになった。このように,教育実践とは そもそも曖昧なもの(古屋,2000:2002)であり,その曖昧さに教師自身がいかに誠実に 対峙し続けることができるのかが問われているのであろう。. 資料. 本稿で扱った学習会の開催日時とテーマの一覧 第 1回. 2000/11/10. 手厚い医療的処置を恒常的に要する児童生徒と学校教育. 第 2回. 2000/12/08. 高等部訪問教育. 第 3回. 2001/01/12. 個別の指導計画. 第 4回. 2001/02/09. 知的障害養護学校「体育」の授業づくり(実践研究). 第 5回. 2001/03/02. Nさんの摂食指導について. 第 6回. 2001/04/13. Y男の「国語・算数」の指導. 第 7回. 2001/05/11. 教育,その周辺領域の理解(1)-社会福祉援助技術という視点. - 176 -.
(10) 第 8回. 2001/06/08. 教育,その周辺領域の理解(2)-保育士の専門性という視点. 第 9回. 2001/07/13. 教育,その周辺領域の理解(3)-「専門職」を考える. 第10回. 2001/09/14. 寄宿舎教育に出会って. 第11回. 2001/10/19. よりよい交流活動を目指して. 第12回. 2001/11/21. 新学習指導要領による教育課程の編成-その可能性と諸問題. 第13回. 2001/12/14. T君の表出援助コミュニケーションの拡大. 第14回. 2002/01/11. K君の表出援助によるコミュニケーションの拡大. 第15回. 2002/02/08. 知的障害養護学校における集団に関する一考察. 第16回. 2002/03/08. 新設校のこの1年. 第17回. 2002/04/26. 自立活動って何ですか?(1)-問題・課題の抽出. 第18回. 2002/05/10. 自立活動って何ですか?(2)-理論と現実の摺り合わせ方. 第19回. 2002/06/14. 自立活動って何ですか?(3)-知的障害養護学校の中の現実的課題. 第20回. 2002/07/12. 自立活動って何ですか?(4)-その子どもらしさ,先生らしさ. 第21回. 2002/09/06. 学校教育法施行令第22条の3の改正と現場教師の拡大された役割. 第22回. 2002/10/18. 特殊学級担任から見た学校教育法施行令第22条の3の改正. 第23回. 2002/11/22. 「新・学校教育法施行令」と「保護者のニーズ」との摺り合わせ. 第24回. 2002/12/13. 障害児教育,特に「ろう教育」の制度的・思想的な歴史から学ぶべきこと. 第25回. 2003/01/10. LDとは力量不足の教員が体験する現象に過ぎない. 第26回. 2003/02/21. 「特別支援教育」の概念について考える. 第27回. 2003/03/14. 「特別支援教育」と「医療的ケア」. 第28回. 2003/04/11. 「特別支援教育」と「訪問教育」. 第29回. 2003/05/09. 「特別支援教育」と「市町村教育員会」. 第30回. 2003/06/13. 「特別支援教育」と「親の願い・市民の思い」. 第31回. 2003/07/11. 「特別支援教育」と「寄宿舎教育」. 第32回. 2003/09/12. 「特別支援教育」と「情緒障害特殊学級」. 第33回. 2003/10/10. 「特別支援教育」と「高等部問題」. 第34回. 2003/11/21. 「特別支援教育」絡みの学校教育法改正の某団体試案. 第35回. 2003/12/12. 「盲・ろう・養護学校」の今後-文部科学省の比較的最近の見解. 第36回. 2004/01/23. 「医療的ケア」の取り扱い-文部科学省の比較的最近の見解. 第37回. 2004/02/13. 特殊学級というシステムを考える. 第38回. 2004/03/05. M中学校の特殊学級について. 第39回. 2004/04/23. 中学校特殊学級の現状. 第40回. 2004/05/21. 特別支援教育コーディネーターの役割と実際. 第41回. 2004/06/11. 「障害」関係の最近のテレビ番組を考える. 第42回. 2004/07/09. 通常学級の中の特別な教育的支援を必要とする児童とその支援体制. 第43回. 2004/09/10. 保護者との連携-知的障害養護学校における指導計画-. 第44回. 2004/10/15. SGEのショートエクササイズによる学級における居場所づくり. 第45回. 2004/11/19. 中教審特別支援教育特別委員会への各関係団体からの要望書等を読む. 第46回. 2004/12/10. 各報道機関による「中教審特特委(中間報告)」の説明の仕方. 第47回. 2005/01/21. 市町村教育行政の可能性といくつかの挑戦. 第48回. 2005/04/15. 知的障害児学級在籍児の交流学級での学習について. 第49回. 2005/05/13. ろう学校の地域支援の実際. 第50回. 2005/06/10. 誤学習の芽だけを摘み,後は待つ,動作訓練の実際. 第51回. 2005/09/09. 養護学校の進路指導の実際-自立に関するパラダイム転換を踏まえて-. 第52回. 2005/10/14. 教員研修の在り方-初任者研修を通して-. 第53回. 2005/11/11. あらためて「特殊学級」の価値-日々の実践,特に交流活動の在り方-. 第54回. 2005/12/09. 中学校特殊学級の現状と可能性. 第55回. 2006/01/13. 「発達障害」という行政用語の空虚性と危険性,そして可能性. 第56回. 2006/03/03. 小学校の校内支援体制の実際と課題. 第57回. 2006/04/14. 子ども理解のためのよりよいフレームに私自身が気づいたとき(1). 第58回. 2006/05/12. 子ども理解のためのよりよいフレームに私自身が気づいたとき(2). 第59回. 2006/06/16. 子ども理解のためのよりよいフレームに私自身が気づいたとき(3). 第60回. 2006/07/21. 子ども理解のためのよりよいフレームに私自身が気づいたとき(4). - 177 -.
(11) 文献 1) 尾崎新(1997)対人援助の方法.誠信書房. 2) 鯨岡峻(2000)保育者の専門性とは何か.発達.83,53-60. 3) 高松鶴吉(1990)療育とはなにか.ぶどう社. 4) 高松鶴吉(1994)自立に向かう療育.ぶどう社. 5) 玉井邦夫(2002)スクールカウンセリングと障害児教育.山口勝弘・古屋義博(編) 子どもの発達支援.98-108. 6) 古屋義博・岡輝彦・広瀬信雄(2006)政策としての特別支援教育に関する多くの疑問. 教育実践学研究.11,51-74. 7) 古屋義博(2000)いろいろな障害を併せもつ子どもとその指導の視点.高山佳子(編) はじめての特別なニーズ教育.川島書店.154-165. 8) 古屋義博(2000)教育実践の曖昧性と教師の専門性.教育実践学研究,6,49-58. 9) 古屋義博(2001)子どもの心を感じ応える.発達の遅れと教育.528,4-7. 10) 古屋義博(2002)障害のある児童の発達援助に関して教師が抱く判断のゆらぎ.山梨 大学教育人間科学部紀要.4(2),227-234.. - 178 -.
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