教育実践学の未来i 一教科教育実践学の概念と英語教育研究における理論と実践-"THEScienceofSchooling"andEnglishLanguageTeachingResearch 兼重昇(兵庫教育大学) NoboruKANESHIGE(HyogoUniversityofTeacherEducation) 本稿では、「教育実践学」の設立時における概念について振り返り、そこにおける「理論」 と「実践」のあり方、両者の有機的な関連の必要性が再認識された。 また、後半では、 現在の英語教育研究における「理論」と「実践」との関係について紹介し、実践に基づ いた研究のひとつとして、行われているアクシ_3ン・リサーチの説明を-している。 最後 に、「実践学」が「学」として存するために必要と思われる点について私見を提案する。 キーワード実践学、理論と実践、アクション・リサーチ、SLA研究 1. 教育実践学とは 辻野、(1999:3)や加藤(1999:9)では、教育実 践学とは「主として初等・中等学校における教育 諸活動に関わる教育課程、_教師の教育行為、教 師・生徒関係、児童・生徒の行動など教育実践に 関わる諸事象を具体的事実に即して実証的に研 究し、その成果を実践の中で検証し、現場に輝元 することによって、実践を改善するには『どのよ うにすればよいか』(望ましい教育実現の創造) を究明することを目的とする」「教育課程の全体 構造及び教科以外の教育活動に重点を置く」とし ている。 また、兵庫教育大学連合大学院便覧では、「各 連合琴座を基盤にして、学校教育諸活動の実践的 な理論と方法の開発及び学校教育臨床の体系と 方法論の確立を目指す」、「現実の生きた学校. とい う教育環境とそこから生じる教育事象や日々の 教育活動そのものを研究の対象とし、幼児・児 童・生徒の健全な人格形成という祝事から実践の 方向や発展を示す開発的研究を総合的に行う」と 定義している。 ここには、これまでの教育学とは違った「(学 校)教育実践」を研究の発端と-し、また中心とし た「学」の構築をはかろうという意図がみられる。 換言すれば、これまでの教育学が「(学校)教育 実践」との有効なインタラクションがはかれてい なかった、もしくは両者の歪な関係があったとい う現実を表し、新しい「学」としての「教育実践 学」の構築と今ここにある実践の改善が目的とさ れているといえよう。 2. 教科教育実践学とは 上述のような目的で設定された「教育実践学」 は概念上「学校教育実践学」、「教科教育実践学」 に下位区分されている。 本稿では、英語科教育に 関わる部分について考察するため、ここでは、「教 科教育実践学」の定義について概括する。 加藤(1999:9)の構想案では、「教科教育実践学」 を「各教科の意義・内容や方法に関わる実践活動 を研究の対象とし、学校での人間形成における教 科の役割や成立基盤、教育課程の編成の理論など 教科に関わる研究を、教育科学、教科教育学、教 科専門科学を基盤として総合的・統合的に行うも ので、教科指導の技術的方法論のみを展開するも のではない」「原論と方法論に内容論を加えて三 側面を統合しようとするものである」としている。 同じく兵庫教育大学連合大学院便覧では、「各 連合講座の基本概念を基盤にして教科教育学、教 科専門諸科学の実践に関わる原論、内容論、方法 論による教育研究を目指す」としている。 この基 礎的原論(教科の存立根拠や目的を追求)、内容 論(教育実践の視点において教科専門諸科学を統 合して教科内容の基礎固め)、方法論(幼児・児 童・生徒の認識や行動の発達的側面を追求しなが ら教育実践を推進)を統合して、次世代を先導す る創造的な教育課程(実践的原論)を構築する」. 「幼児丁児童・生徒の健全な人間形成という視点 から教科に関わる実践の方向や発展を示す研究
-1-を総合的に行う」としている。 すなわち、「教科教育実践学」では、教科とい う枠において、実践と理論の統合を図り、そこで 主役たるのは、教育を実践する主体となる教師で あり、その教師が同時に、自らその実践を研究す る主たる教育研究者になることが「実践学」のあ るべき姿であるということになる。 3. 英語教育研究における理論と実践 「理論と実践のギャップ」をうめるべきである という風潮は、近年の英語教育研究においても多 くみられるようになった。 これまで、英語教育研究で我々が基盤としてい るものの中心は、SLA(SecondLanguage Acquisition)研究(第二言語習得研究)であると いえる。これは、第二言語習得の過程や発達につ いての研究であり、認知心理学などからの応用蘭 学的性質ももっている。 一方で、いくつかの問題 も露呈している。 この点については、吉田 (2000:47)がよくまとめている。 多種多様のSLA 理論の乱立とそれを整理するための基準確立の 必要性や自然科学的な論理実証主義方法論、規範 に準拠していること-の問題などである。 (Beretta'-1993,Long:1993,Gregg:i993)<一 この現状に対して、vanLier(1995)では、理論 構築のあるべき姿は、むしろ多様な理論の共存容 認することであり、異なる理論が重なり合う部分 で発生するコミュニケーション、交渉、`理解、対 話によって形成される科学的ディスコースの構 築の必要性が述べられている。 また、これまでの、 第二言語習得研究における理論の説明力、因果関 係重視の傾向を批判し、「研究者は指導するもの」、 「実践者は指導されるもの・理論の対応者」とい った関係を否定し、クリティカルに実践と理論を 捉えることで、両者の循環をはかるべきだと述べ ている。教師主導のリサーチや共同研究といった 実践からの理論の構築を重視している。 こうした指摘から、これまでは当然のように棲 み分けをしてきた研究者と実践者とのギャップ、 相互作用不足や両者の歪んだ力関係について再 考すべきだということがわかる。 また、Lantolf(1996)も、「人間科学の理論構築 の最も適切なモデルを自然科学に求めるべきで ない」「全ての知識(理論)は、状況に埋め込ま れており、社会歴史的、言語的に形成される」「科 学の目的は、唯一の真理を追究することではなく、 実践的価値を持った様々な知や理解の形式をあ きらかにすること」「対話の必要性」などを挙げ て、英語教育研究においても、. いわゆる「科学的」 な説明可能性を求めるだけでなく、理論と実践の 溝に対する問題提起と橋渡しをすることの必要 性を提案している。 4. 英畠教育研究とアクション. リサーチ こうした理論と実践の溝に対する問題と、実践 との基盤を求める研究スタイルとして、アクショ ン・リサーチ(ActionResearch)ということばが盛 んに用いられるようになった。 アクション・リサーチとは、Carr&Kemmis (1986:162日本語訳柳瀬2000)による,t、「ある 社会的状況内の複数の参加者によって行われる 自己省察的(self-reflection)な探求の一種であり1、 その目的は、自らの実践、その実践の理解、その 実践が行われる状況、の三者の合理性 (rationality)と正義(justice)に関して改善を行う ことである。」とされている。 具体的な手順等に ついては、紙面上省略するが、Kemmisand McTaggert(1985inBurns1999:33)や、Carr& Kemmis(1986:186)iRichards&Lockhart(1996)、 Nunan(1993)in佐野(2000)などが参考になるO こうした手順をとるアクション・リサーチを分 かり易く分類したものがEllis(1997:23)である。 彼によると、アクション・リサーチには、大きく 次の3つがある。 ①TechnicalActionResearch 研究者としての外部観察者とによる授業研究 ②PracticalActionResearch 授業者が積極的に自分の授業実践を改善するた め(teacherresearch) ③Critica! ActionResearch 授業一個を改善するというだけでなく、それら を取り巻く裡会状況や環境全体を改善す_ること が目的のもの いずれも教育実践に焦点を当てているという点 では共通であるが、各個人の役割や研究の自由が どこにあるのかによって、分類されている。 これ o
らのうちのどれが、「教育実践学」と結びつくも のであるかは、明言できないし、むしろこの3つ は便宜上の分類であり、相互に関連があることに は疑いがないだろう。 5. 日本の英語教育におけるアクション・リサー チ(柳瀬他2001:53-54) 海外における英語教育研究再考という流れの 影響を受けて、日本の英語教育においてもアクシ ョン・リサーチという名のもとに行われている実 践研究が増えている。 しかし、上述のEllisによ る分類のどの. タイプが多く受け入れられている のだろうか。 また、いわゆるこれまで行われてき た実践研究との違いはどこにあるのだろうか。 佐野他(1999)では、実践研究のスタート点を確 定し、どのようなルートで、最終目標に至るかを、 明確な中間目標を含めて仮説として示し、かつ研 究の方向性と到達基準を明確に定めたもの、実践 を反省し考察することから、有益な洞察を得よう とする点では、「法則化」の試みに類似している が、法則化・一般性は範噂外としている。 柳瀬他(2000:54)や横溝(2000)では、アクショ ン・リサーチを「自分の教室内外の問題及び関心 事について、教師自身が理解を深め、実践を改善 する目的で実施されるシステマティックな調査 研究」として、9つの特徴を挙げている。 ただし、 これらは、すべてが必要不可欠というものではな い。 ①状況密着型 ②授業者本人が行うもの ③状況の改善・変革すなわち教育の質の向上を目標 ④協働的でありうる ⑤起こした変化によって他の人が影響を受けるも の:ポリティカルである ⑥自分の教室を超えた一般化を直接的に目指すもの ではない ⑦柔軟性があり取り組みやすく現場の教師向け ⑧システマティックであること ⑨評価的でありリフレクティブである こうしたアクション・リサーチとこれまで行わ れてきた実践研究との違いはどこにあるのだろ うか。 これに関してもいくつか意見が分かれてい る。佐野他(1999)では、「基本的に両者に大きな差 はない」としながら、実践研究では「手順の不備」 「生徒の正確な実態把握に欠ける」「参考文献か らの応用」「実践後成果の報告にとどまっている」 「研究の成果が次の実践にどういかされるのか という見通しがつかない」「到達判別基準が不 明瞭」などという問題点を挙げている。 あえてい うなら、システマティックな実践研究がアクショ ン・リサーチたり得るともとることができよう。 一方で、木塚(1999:25)は、アクション・リ サーチを「実践研究とは一線を画すべきもの」と して捉え、これまでの実践研究を「仮説」-「検 証」型の「科学的授業研究」と同じであり、アク ション・リサーチの本来の姿とは異なると考えて いる。彼はEllisのいうCriticalActionResearch がテクション・リサーチの元来あるべき姿である と考えている。 こうした意見は次のような現状をあらわして いる.日本のアクション・リサーチは、たしか柱 実践に焦点を当七てはいるものの、実践における Reflection省察)よりもActioivmodification(ど ういう教授・指導をするか)に重点を軍いたアク ション・リサーチが多い。 具体的な指導とその効 果という研究であり、焦点は指導・教授行為に集 中し、直接的な授業構造の改善、Teacher Researcher的要素が強いのである。 そこには、教 師自身やクラスがどのように成長(変化)したか という要素が少なぐ、また、社会-の働きかけの 意識欠如、授業・学習者・環境-の注意が欠如し ていることがわかる。 5. 英語科教育における課題 英語教育研究における実践と理論の橋渡しと して、現在盛4/に行われてきたアクション・リサ ーチについて、その概念と日本での受け入れられ 方について概観してみたが、英語科教育という教 科としての英語教育には、いくつかの課題を含ん でいる。 それは、英語科教育の役割に関して、で ある。英語科教育には、他教科と同様に「実学的 要素」と「教育的要素」の両者を含んでいる。 教 科として存する英語科教育では、「教育的要素」 を損なうことはできない。 しかし、一方で英語教 育の場合二標準化された英語力テスト(TOEIC、 TOEFL、英検等)によりこその実学的効果がお もてにでてきやすい。 これまでの実践の評価は、 こうしたテストで測られてきたといっても過言
-3-ではないOこれらのテストも、洗練された第二言 語習得理論からの知見を取り込み作成されてき た。そのためには、英語教育研究が、第二言語習 得理論の構築とそれに基づいた実験と検証に集 中してしまうのも肯けるのである。 その意味では、 英語科教育での理論と実践は比較的むすびつい ているといえるかもしれない。 しかし∴一方では一般化を求めるあまり、実験 室的環境で得られたデータは、実際の教室では利 ,用できないとか、多種多様な学校拳育現場-の理 解や認識に欠けるという批判も受けている。 6. !おわりにかえて:問題提起として これまで、「教育実践学」の概念を振り返りな がら、(学校)教育実践と理論、及び研究の有機 的な繋がりの必要性と、 それを具現化する可能性 のあるアクショ. ン・リサ一列土っいて考察してき たが、ここで再度「翠育実践学」について考えて みたい。 根本的問題として残るのが、「教育実践学」が 「学」として成り立つものかということである。 小林(1999:206-207)では、革と学の定義を引用、 整理し、「論が体系化されたものが学である」と まとめている。 また、アカデミズムというものが、 「学」となってこそ評価してきたという現実につ いてもふれている。 氏は、「論」をもっと評価し ていこうという主旨を述べているが、「実践学」 が、旧来型の「学」という枠組みに当てはまらな い、「学」にすすむための「論」とは異なるもの であるなら、むしろそれを積極的に表にだしてい くのも方法かもしれない。 また、もうひとつの問題として、「実践学」は 本当に新し_いものなのかという問いがある。 これ まで行われてきた「教育学」との違いは明らかに なっているのだろうか。 ことばの示すとおり「実 践」を重視している点では評価できるが、これま で出されてきた論文や発表が、いわゆる「教育学」 と比較して、特徴的であるといえるのだろうか。 研究の内容であれ、方法であれ、「実践学」とし ての独自性(統合的なもの)が必要ではなかろう か.独自性を出し、実践を研究対象とするためiこ は、少なくとも、実践を共有し、旧来型の公表の 仕方(パブリッシング)では、不十分ではないだ ろうか。′短い時間での研究発表や旧来型の論文は、 これまでの研究手法を満足させるための方法で あり、仮に「教育実践学」が新たな「学」として 発展していくlのであれば、より新しい枠組みでの 実践の共有方法やそれに対するアカデミズムの 考え方(評価)を構築していく必要があるのでは ないかと考える。 1本稿は、平成14年7月3日に開催された、兵庫教育大学教 科教育学会シンポジウム『教育実践学の未来』に関する、話 題提供の-環として行った発表をもとに作成したものであるo 参考文献 Beretta,A. 1993. "AsGodSaid,andIThink,Rightly-. PerspectivesonTheoryConstructioninSLA:An Introduction"AppliedLinguistics,14(3)pp. 221-224 Carr,W. &KemmisS. 1986. BecomingCritical-Education, 血olpledgeandActionResearch. London,TheFalmer Press Ellis,R1997. SLAResearchandLa仰乃aching. Oxford-OxfordUniv. Press Gregg,K. R. 1993. ``TakingExplanationSeriously:Or,Let aCoupleofFlowersBloom". AppliedLinguistics,14 (3)pp276-294 加藤鼻1999. 「教育実践学-の覚書」『教育実践学の構築』兵 庫教育大学大学院連合学校教育学研究科pp. 9-10 Kemmis,S. &McTaggart,R. 1988. TheActionResearch Planner. Victoria,DeakinUniv. 木塚雅貴.1999. 「アクション・リサーチの特質Ir科学的授. 業研究」. との比較を通して」LanguageTeacher 小林鴬.1999. 「体育授業実践学-の道程」『教育実践学の構 築』兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科 pp. 199-208Long,M. H. 1993. "AssessmentStrategies forSecondLanguageAcquisitionTheories. Applied Linguistics,14(3),225-249 Lantolf,J.P.1996. "SLATheoryBuilding:"kttingAllthe FlowersBloom!"LanguageLearning46(4)pp. 713-749 Richards,J.&Lockhart,C. 1996. Reflectiveteachingin SecondLanguageClassrooms. Cambridge,Cambridge UniversityPress新里東男訳2000『英語教育のアクシ ョン・リサーチ』研究社出版佐野正之他. 1998-1999. rア クション・リサーチの進め方(1-12)」『英語教育』4月号 -3月号、大修館書店 佐野正之2000.『アクション・リサーチのすすめ一新しい授 業研究』大修館書店 辻野甲.1999. r教育実践学の構築に向けて-『学校教育実践 、学』と『教科教育実践学』の提起(1996年)に関連して 『教育実践学の構築』兵庫教育大学大学院連合学校教育 学研究科pp. 3-8 VanLier,L. 1994. "ForksandHope-"Pursuing UnderstandinginDifferentWaysAppliedLinguistics 15(3)pp. 328-346 柳瀬陽介.2000. 「アクションリサーチと応用言語学における 合理性について」第26回全国英語教育学会発表資料 柳瀬陽介、横溝紳一郎、峰野光善、吉EEI達弘、兼重昇、那須 敏弘、藤井浩美、加藤賢一、三浦省五2000. 「アクショ ン・リサーチと第二言語準育研究」『英語教育』10月号 増刊号大修館書店pp. 42-59 吉田連弘.2000. in柳廟他2000. rアクション・リサーチと 第二言語教育研究」『英語教育』10月号増刊号大修館 書店pp. 42-59